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2010年6月 7日 (月)

みなさんが知りたいこと 12

  
  
  
「すると今までのように、何も判らないで不平不満を言いながら一生懸命やるのと、不平不満を消えてゆく姿として神様のほうにまかせて一生懸命やるのとでは、全然違ってきます。

マラソンをするのにしても、心の中にモタモタしたものがあって走っていたのでは、うまく走れません。

でも無心の状態でやっていると力が出てくる。スポーツを見ていると一番よく判ります。

野球なんかでも、打たなきゃ、打たなきゃと思うと、力んでしまって打てなくなってしまう。

無心でバットを出すとどんどん当たる。そういうように無心になることがいいのです。

無心になるためには、祈り言葉の中に、祈りの中に入っていればいいんです。

無心の中には神様のみ心があります。神様そのままの、生命を下さって人間を生んでくださったもとの心は無心の中にあるわけです。

無心ということは自分の心がないこと、想念がないということです。

しかし、想念がなくなるわけにはいきませんから、神様の中に入れてしまって、神様のみ心とすり変えてしまえばいいわけです。

そこに日頃の修練が生きるわけです。

いくら日頃修練していても、例えば野球の練習をしたって、試合で打てやしないんじゃないか、どうしようなんて頭の中でガタガタしていたのでは、打てやしません。

何も思わない時には成績がよくあがる。

それはスポーツばかりではなく、すべてがそうなのです。

そこで老子は、無為にして為せ、コチョコチョ小智才覚で思うのではないのだ、みんなおまかせして神のみ心のままに行け、と言うんですね。

それには、やっぱり祈り心、祈り言葉がないと、なかなか出来るものではない。

そこで世界平和の祈りというものが生まれているのです。

だから祈りに住して祈りに把われず、祈りながらしかもそれに把われないで、日常茶飯事のことを一生懸命やる。

祈っているから何もしない、なんてただボンヤリしていたって、それはどうしようもない。

祈り心で、しかも家庭の主婦は一生懸命家庭の仕事をし、学生は一生懸命勉強をし、サラリーマンは会社で一生懸命働く。

そうすると祈り心がそこに生きて来て、すべてがうまくゆくわけです。

神様におまかせしていると、自然と気力が充実してきて、自然に動いて何かしなければいられなくなる、それでいい仕事が出来るようになるのです。」(白光出版『天の心かく在り』




消えてゆく姿で世界平和の祈り』 五井昌久 の小冊子より抜粋




 



感想

ここで間違えやすいのは、ただボーッとして何も考えていないのと、祈りの中に入って無心でいるのとの違いです。

ただボーッとしているのは、無防備で隙だらけということです。

人間の頭には常に色んな情報が入ってきています。

以前、肉体人間の頭は、テレビの受信器と同じである、色んな電波と共鳴出来る、波と合わせられる、と書きました。

NHKもあれば読売テレビもあれば、衛星放送もあり、低俗なエッチな番組も恐怖映画もやっているし、目を覆いたくなるような暴力シーンもある、それらが入り乱れて頭の中に入って来るのです。

そして潜在意識の中に残っているものと共鳴する。

前世で乱暴だった人は、意識が残っていて、暴力を振るうシーンと共鳴するのです。そして昔を想い出してやってみたくなる。

まして地球上の想念エネルギーは汚れている、マイナス思考がたくさん漂っている。

だから人間はそこに共鳴してしまっておかしくなっているのです。


それを無くすには、汚れてしまった潜在意識というものを浄めなければならない、潜在意識は幽体に溜まっている。


幽体とは、肉体にくっついたエネルギー体ですが

それが集まった世界があるのです。

人間のあらゆる想念が溜まった集積場です。

それが幽界です。

そこを浄めないと肉体界は絶対に善くならない。

それを守護霊、守護神と一緒に協力して浄めていくのが世界平和の祈りなのです。

守護霊様、守護神様は人間の運命が善くなるようにと四六時中浄めてくださっている、夜も寝ずに一生懸命に浄めておられるのです。


感謝しても感謝しきれないくらいです。


すいませんあっかんべー

また話しが逸れました。(笑)

ですから、ただボーッとしているということはろくなことにはならないのです。

それは犯罪の温床になるからです。

悪い事をする人、してしまう人はほとんど目がうつろです。

幽界のオバケちゃんにもて遊ばれているのです。(憑依現象ですね)

だからそうならないためにも自分の本心と神様としっかりつながっていることが大切なのです。

つながった上で自分の想念、湧いて来る色んな想いをすべて神様に預けてお任せをする。(汚れた頭の中を神様のみ心と入れ替える)


すると頭がスッキリしてくる。ぴかぴか(新しい)

このことをお釈迦様は 空 くう とおっしゃっておられるのです。


こうなって初めて人間はまともになるのです。

人間から人(霊止)になる。

霊止(ひと)とは霊が宿った人のことです。

霊とは神様のこと

つまり神様のみ心が肉体の自分に入っているのです。
 

何も考えないのが無心ではない
 

神様と一体となった状態でおまかせした状態で余計なことは考えない


すると自分の器には神様が入っているので、神様が働けるのです。

神様に自分の器を使ってもらえるのです。

自分がするのではない、神様がするのです。

神様といっても見ず知らずの人のことではありません。(笑)

自分が神様なのです。(我即神也)

人間は神様から分かれた分霊(わけみたま)なのです。


頭でごちゃごちゃ考えなくても身体がスーッと動く、そして必要なことは無駄なくいつの間にかやってしまっている。


宇宙の法則(神様)に乗るということです。


すると一切の迷いが無くなる。


アセンションとは人間がこのような素晴らしい状態になるこというのです。



そのためには世界平和の祈りが必要なのです。




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます


 


  

追伸


ここまで書いてきて、自分が宇宙そのものである、宇宙とは神様のことであるというところでペン(キーボード)が止まるのです。(笑)

みなさんの中で自分が何者なのか?

がハッキリとわかっていないのだと思うのです。

私が、人間とは神そのものなのです と書いてもすぐに

「その通りだ」 と思える人ってそんなにいないのです。(私もそうでした)

それは潜在意識(前世)の中で

「神様なんかじゃない」というものを散々植えつけられてきたからです。

でも潜在意識の奥では知っているんですよ。わーい(嬉しい顔)

その潜在意識の奥を識ろうとしたら印を組むことなのです。

私の話をこれ以上進めて行くにはみなさんが印を組んで

「自分が神である」ことを心で判らなければならない。

そんな時期に来ているように思います。

でも無理にとは言いません。

組みたくても組めない人もいらっしゃいます。

エネルギーが強いので受けれない人もいるのです。

祈りだけでも十分世界平和に貢献できます。

でも、我即神也を本当に実感してみたい人は

やってみてください。

きっと、新しい自分を発見できると

私は確信しております。



  

 

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