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2010年6月30日 (水)

日々の指針

 
  
     
1.知識、博識、情報の操り人形と化すな。


1.人の運、不運は、瞬間瞬間の選択によって決まる。決して予め決まってはいない。


1.常に輝かしく生ききるためには、心のバランスが必要である。


1.無条件の愛とは、双方の間に依存関係がないことによって発揮される。




   
              


                西園寺 昌美


   

 

2010年6月29日 (火)

その人が悪いのではない

  
  
  
その人が悪いのではない。

業にまきこまれてしまうのだ。

あいつは悪い奴だ、といわれる人は

実は業をそこに結集させて、代表的に業を消している役目を荷っているのである。

ああご苦労さま、あの人の天命がまっとうされますように

と祈れる心は仏の心である。






      如是我聞   五井昌久 










 

感想
 

今、色んな悲惨な事件が起きていますよね。

そして、みんなその犯人を責めます。


「あいつは人間ではない」

「死刑にしてしまえばいいんだ」


勝手なことを言います。

でもそうではないのです。

その人たちは、人類のマイナスの業想念を一番受ける役目を背負っているのです。

人間には悪魔の心と天使の心がある。

誰だって両方を持っています。

その悪の方の心をたくさん取ってくれている。

だから他の人たちは悪者にならなくて済んでいるのです。

悪役を演じてくれているのです。

私たちも前世では、その悪役を演じていたのかもしれない。

今はたまたま

「いい人をしているだけなのです」

先日の調和波動気功セミナーで

于先生は

「どんなに嫌な、悪い人であってもその人の後ろにはこの世(3次元)にいるどんなに立派な人よりも優れている守護霊、守護神様がついていらっしゃるのです」

とおっしゃいました。

そうなのです。

私たちは業にまきこまれた表面のその人ばかりを見ていて

その後ろで見守ってくださっているその人の守護霊様、守護神様を見ようとはしないのです。

守護霊様、守護神様は先祖の悟った霊であり、この世的にどんなに優れていると言われる人たちよりもずっとずっと立派なのです。

そして業にまきこまれた人も本当はその後ろにいらっしゃる守護霊様守護神様そのものなのです。

一体となっていないだけなんです。

その存在を忘れて、業を引き寄せる役割りをしている。

その人たちに光が行って、守護霊守護神に力が付いて来るとその人たちは本心が顕われてきます。


そのときが、次元が変わるとき(瞬間)なのです。


悪がなくなり、善のみとなる。


それが本当のアセンション(次元上昇)なのです。


悪(業想念、業因縁)を消し、善を顕現させる方法が世界平和の祈りなのです。



 

世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




 


  

2010年6月28日 (月)

色んな宇宙人がいるんだ

  
  
昨日、調和波動気功のセミナーがあったのですが

そのときに英語の塾の講師をしているハーモニーの人がある質問をされました。

「生徒の子が電信柱に隠れている宇宙人を見つけたらしいのです、その宇宙人は電柱を抱え込んで電柱を揺らして遊んでいたんだそうです」


ハーモニーの人は子供からその子(宇宙人)とどう接したらいいのか相談を受けたのだそうです。

でもその人もどうしたらいいのかわかりません。


そこで于先生に聞かれたのでした。


于先生は

「簡単なことです、その宇宙人は神様とつながっている宇宙人ではなく人間を困らせてたり驚かせたりして喜んでいるのです。
 
宇宙人も色々居るのです。

だから世界平和の祈りを教えてあげなさい、そうすればそんなものとは共鳴しなくなるから」

とおっしゃったのです。

私は今まで宇宙人は人間に対して好意的な人達ばかりだと思っていました。

でも幽界のオバケちゃんのように不良な宇宙人もいることを初めて知ったのです。

先入観って怖いですよね。げっそり

そして改めて

世界平和の祈りを大人だけでなく子供達にも伝えていかないといけないんだと感じました。


世界平和の祈りは宇宙神の願い事です。

これほど、高い言霊はないのです。

ですから、低い意識の宇宙人や幽界のオバケちゃんとは絶対に共鳴しないのです。
 

これから色んなものが消えてゆく過程で現われてきます。


世界平和の祈りは現われて来る現象に惑わされない為の最高のメソッド(方法)なのです。


 

世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



   


  

3次元を大切にしよう

  
  
最近つくづく思うのは

「3次元をおろそかにして4次元、多次元はありえない」

ということです。

これを言い換えると

「目に見えることをおろそかにしては、目にみえないこと(神秘的なこと)をいくら語ってもそれは片手落ちになる」

ということです。

3次元のことが上手く行かなくなると神秘的なことに逃げる人が結構居るのです。

自分で努力することを怠って、神様を頼りにすることがあるのです。

「困ったときの神頼み」

ですよね。

普段、サボっていてどうしようもなくなってから

「神様お願いします」

なんて虫のいい話なんてないですよね。

神様は

「努力しない人は嫌い」

なんだそうです。げっそり

奇蹟ってそう簡単に起こるものではない

ぎりぎりまで人間にやらせて

後、もう少しのところだけ

下駄を履かせてくれるんだ


そのくらいの気持ちでちょうどいいのだと思うのです。


「目に見えることを大切にする」


それは観察力だと思うのです。

これだけで失敗はほとんどなくなります。

その後で

洞察力が出て来るのです。

洞察力とは、目に見えないエネルギーを察知する力のことです。

エネルギーとは気であり、神様の働きのことなのです。

人間は洞察力を努力で身につけることが出来る。

すると自然と神様と一体になれるのです。





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)


無限なる力

無限なる能力

無限なる可能性



  

 
 

やっと少し落ち着きました。

  
   
引っ越しとかがあって

長い間、日記を書かないでいましたがやっぱり落ち着きませんね(笑)

パソコンの前に座って、キーボードをたたいているのがなぜか心が休まるのです。

私のライフスタイルになっているみたいです。

心境の変化としてましては、これからは自分の言葉で書いていこうと思っています。

誰々がこう言っていたとか、○○さんが言っているから正しいのだ

ではなく、自分で責任を持って人に頼らずに書いていきます。

その方がもっと伝わると思うのです。

ただ、素晴らしい文章はこれからも引用していきます。

よろしければ、またお付き合いくださいね。わーい(嬉しい顔)



  

  

2010年6月23日 (水)

一人生まれ、一人生きて、一人死す

  
      
  
私は、両親も健在です、妻も子どももいます。

そして友だちもたくさん居ます。

そういう意味では幸せ者です。

しかし、私はどんなに周りに人がたくさん居ても

最後は、

「自分一人だけなんだ」

と思っています。


孤独というのではありません。


自分のことを本当にわかっているのは

自分自身だけだ

ということです。


色んな人と交流して

楽しいひとときを過ごしても

別れると一人になります。

このタイトルのように

人間は

一人で生まれ、一人で生きていき、一人で死んでいきます。

でも寂しいことなんてないのです。

それは自分の中にすべてが入っているからです。

  
  
  
それが 

我即神也

なのです。


『我即神也』の本の最初の章に


一人生まれ、一人生きて、一人死す が書かれています。


そこに書かれていることが真理を述べているのです。


よかったらお付き合いください。




 


一人生まれ、一人生きて、一人死す


人間は生まれた時にはたった一人でこの世に降りてきました。

また、死ぬときもたった一人でこの世を去ってゆきます。

と同時に、現在この世に生きてゆくのも自分一人なのです。

たとえ夫や妻がいようとも究極的には一人で生きてゆかねばならないのです。

そこは他の人が一切介入できない神聖な世界です。

たとえ愛する夫や妻や子供達といえどもタッチできない領域なのです。

自分の運命、自分の生命、自分の健康、自分の生き方はすべて、自分一人で決めてゆくことなのです。

確かに人類の多くの人達は、家族に囲まれ、家族の愛や助けや保護のもとに自分の人生を送っているように思っています。

しかし真実は決してそうではないのです。それは錯覚です。

人間は一人です。

自分一人が生きてゆかねばならない性(さが)なのです。

たとえいかなる幸せな家族に囲まれていようが、自分の悩みや恐れや不安や深い悲しみは自分自身のことであり、自分自身で取り除いてゆかなければ決して真の解決にはならないのです。


確かに自分を取り囲んでいる愛すべき家族や友人、知人等は、自分の苦悩や深い悲しみを取り除くためのあらゆる援助を決して惜しまないことでしょう。

皆、誠意をもって我がことのように、あなたのことを思い考え、ベストを尽くし、あらゆる方法を提供してくれていることでしょう。

そんな周りの人々の暖かい援助や助けを借りて、あなたはあたかも人々によって生かされているように思っているかも知れませんが、真実は決してそうではありません。


あなた自身が自ら決断し、一人で自らの人生を選び抜いて生きているのです。

周りの人々からいかなる援助や助けやアドバイスがあろうとも、彼らの領域はそこまでです。

人があなたは間違っていると指摘し、どんなに説き明かしてみても、またあなたの態度が傲慢で虚偽に満ちていると注意や意見をしたとしても、あとはあなたがそれらの指摘や意見に一切耳に傾けなければなんの意味もありません。

また、あなたが意見や指摘に対して耳を傾け、そのアドバイスや行為や暖かい思いやりに接して、すべてを自分のものとして聞きいれたとしても、最後の決断は自分でしているのです。

耳を傾けることも拒否することも自分次第です。

自分の決断によってすべて一切のことが決まるのです。

周りの人々の意見や指摘を素直に聞き入れ、それらに従って生きているにしろ、その結果はすべて一切自分自身にあるのです。

一般の人々の眼には、周りの人があなたの運命や進路や方向を決め、あなたがそれに従っているようにたとえ映ったとしても、実際はそうではありません。

周りの人々は、あなたの人生を創り出すことも出来ないし、運命を変えることも出来ないし、また病気を治すことも出来ません。

あくまでも自分の人生は自分で決定してゆくことこそが、この世の法則なのです。

運のいい人、運の悪い人、決断力のある人、ない人、また優柔不断で自分のことは一切決められない人、仕事人間、遊び人間、善人、人にもてる人、孤独な人、健康な人、病人、指導力のある人、ない人、尊敬される人、嫌がられる人・・・・・・といったように、世の人々は種々様々な生き方を自分で創り上げています。


どんなに周りを素晴らしい有能な何人ものプレーンに囲まれ、立てられ、大事にされ、愛され、羨ましがられている人でさえ、すべてそのブレーンの言うなりになって成功や権力や名誉を手に入れているのではありません。

それら有能なブレーンの意見や方法を取り入れるか否か、聞くか否か、従うか否か、その究極のなる決定はあくまで自分自身が下しているのです。

このようにして何もかもすべて一切のことを自分自身で行なっているのです。

だがそのように一般の人々の目には映らないだけのことです。

人類すべてことごとく一人です。

どんなに素晴らしき家族に恵まれ、愛されていようとも、究極は一人です。

一人で考え、一人で決断し、一人で耐え、一人で行為し、一人で自分自身の運命を築き上げてゆくものです。

その点において人類は皆、完全に平等です。

だから家族に囲まれ賑やかな家族の一員として生きていても、この世では完全に一人で生きているのです。

ただ同居人がいるかいないかの違いです。

愛する素晴らしき家族の中で生きていても、心が孤独感を感ずれば、それは淋しい孤独な人生と言えるのです。

また、たとえ家族には恵まれず、完全に一人で生きていても、心の中はいつも愛し愛されている人達が住んでいれば決して孤独ではないのです。




   
 『我即神也』 西園寺昌美 白光出版



 


 

感想


この文章を読んでいると


「人間よ、甘えるな!」


と聞こえてくるのです。


人はみな、人のせいにする。


自分で責任を取ろうとしない


しかし、自分で責任を取らないことこそ


人生を面白くないものにするものはない


と思うのです。


それは自分の本心にそむいているからです。


逃げているからです。


そむけばそむくほど

逃げれば逃げるほど

本心から

「お前は間違っている」

「そうじゃない!」

という声が聴こえてきます。げっそり


私はそんな声を聞きながら生きていくのは嫌です。


本心と自分が離れているのが苦痛なのです。


人が自分をどう思ったっていい


それよりも自分の本心(神)に素直に生きていきたいと


思っています。




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)



  

2010年6月22日 (火)

明後日、引っ越しします。

  
  
   
私ごとですが、明後日引っ越ししますので

日記は、しばらくお休みします。

多分、落ち着いてパソコンの前に座れるのは

一週間後くらいだと思います。

よろしくお願います。
わーい(嬉しい顔)



  


  

2010年6月21日 (月)

調和波動気功セミナーのお知らせ

  
  
   
みなさん、こんにちは わーい(嬉しい顔)

今月も月一回の調和波動気功セミナーが行われます。

今、地球に降りて来ている波動が益々細かくなってきて

大切なことに気づきやすくなっているのです。

意識改革の前触れですね。わーい(嬉しい顔)

肉体意識(地球意識)から宇宙意識(神意識)へのシフトです。

調和波動気功は宇宙の波動です。


「とても爽やかなんだか懐かしい感じがする」  

と参加された方はおっしゃいます。

きっと、地球以外の星に住んでいた時に

感じていた波動だと思うのです。

このセミナーをきっかけに

ご自分の本来の姿を

是非、思い出してください。わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)


 



    


   ムーンリバースター





★日時 6月27日(日) 

12:00~13:30 会食

14:00~  于先生講演

★ 大成閣(中華料理)06-6271-5238(禁酒・禁煙)

★ 会費 8、000円(小学生4~6年生4、000円)




参加されたい方はご遠慮なくグッドムーンにメッセージください。


篠崎携帯 080-1444-0018





詳しくは

http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/index.htm



オーラ・オーラもよろしくお願いします。



   http://auraaura7.com/  



  

   
  

2010年6月19日 (土)

読者の方の質問に答えてみました。

  
  
   
こんにちわ いつもメッセージ有難うございます。で、質問ですが(笑) グッドムーンさんならこれからどんな職業を目指すように受験生や学生に言いますか?学部とかも? あと京大東大なんて行く必要はあるのでしょうか? アセンション前提で教えてください。

投稿: | 2010年6月18日 (金) 19時04分





 
いい質問ですね わーい(嬉しい顔)指でOK

いい質問とは?自分だけでなく、みんなが知りたいだろうなぁという疑問をキャッチしてそれを相手に投げかけることだと思うのです。


では、私なりの考えを述べていきます。 (それからご質問と私の考えをたくさんの人に知って頂いた方がいいと判断した場合は本文にも公開させてもらうことをご了解ください、尚、知られるのが嫌な方はご質問は匿名でも結構です)




これからどんな職業を目指すように受験生や学生に言いますか?学部とかも?



アグリカルチャー、ズバリ農業ですね。これからは自給自足の時代です。今までは食べていく糧はお金だったのですが、これからは仕事も無くなってお金を稼いで食べていくことは困難になってきます。

これからは、中小企業のおやじさんが

「もう今までの仕事で食っていくのは無理だ、だけど従業員たちを路頭に迷わせるわけにはいかない、今の工場を潰してバイオを使った農場を作ろう」

と立ち上がるのではないでしょうか?

現にそういうところが現われているようです。

今なら無農薬の野菜を作れば買ってくれるところもあります。

自分たちの食べる分(自給自足)と売る分の利益を稼げるのです。

地方で土地の安いところはたくさんあります。

ゆくゆくは国が支援して小さなコミュニティ(農業をインフラとした)を造っていくようになるでしょう。

バイオも含めた農業を研究したり、その地域をマーケティングしたり、コミュニティを構築していくような仕事がいいでしょうね。


学生さんにいうのは、もう今からは雇ってくれるところは無いよ、ということ、それからこれからは何が求められるのか?を発見して自分で仕事をクリエイトしていく時代であること、産業のインフラ(基盤)となるものは農業しかないということ


このことがわかることが先決でしょうね。
 



学部とかも?



学部はともかく、中国語を使えるようになること

これから世界は中国を中心に廻っていきます。

アメリカ、ヨーロッパの時代は終わりました。

中国というのは世界の中心の国という意味なんだそうです。

しばらくは中国経済が発展します。

中国から仕事をもらうようになるのです。

そのときに中国と日本の橋渡しが出来る語学力のある人は引く手あまたになるそうです。

中国語の微妙なニュアンスを理解しているということは相手の心の内を読みとれるということです。

それが信頼関係につながってくる。

日本にもいますよね、日本人以上に日本人みたいな人

そんな人が求められるのです。

そして中国語は漢字です。

日本人は物心をついたときから漢字に親しんでいるのです。

(予備知識があれば)中国に旅行に行っても看板に書いてある意味も判るし、少し勉強すれば日常生活にも困らないのです。

中国は日本の故郷なのかもしれません。




あと京大東大なんて行く必要はあるのでしょうか?



偏差値なんて何の意味もないということがわかってくるので必要はないでしょうね。

ただ東大京大の生徒に何のために東大京大に入ったのかを質問したら

「感動することを見つけるため」と答えたのだそうです。

自分で感動することが見つかればそこがその人にとっての東大京大なのだと思います。


ブルース・リプトンさんの「思考のすごい力」という本を読んでいると人間の95%は能力の差はないと書いてありました。

つまり人間はその気になれば集中すれば誰でも100点満点の95点以上は取れるということです。

東大を目指している人が100人中5人は落ちるというのではなく及第点の95点以上はみんな取れるということなんです。

それくらい能力の差はほとんどないのです。

ただ東大、京大の人は難関を突破したという自信がほかの人よりもあるのだと思うのです。

この自信の差だけが現実(地位や収入の差)に現われているのだと思うのです。

自分に自信を持てるものがあれば、偏差値も東大京大も関係ないでしょうね。

そういう意味では目標を持つことはとても大切です。


東大京大に受かった人は落ちた人よりも目標が明確だったと思います。
 


アセンション前提で教えてください。


アセンションをあまり意識をし過ぎると3次元的なことがばからしくなったり目の前の大事なことが見えなくなってしまう危険性があります。

なまじっか知っているよりも知らない方がいい

ってこと結構あるのです。


私はときどき、若い人に

「アセンションって知ってる?」と質問するのですがほとんどの人は知りません。

私はそれでいいのだと思うのです。

それよりももっと基本的なこと
 

自分は何処から来たのか?

人間とは何か?

自分は今何をすべきなのか?


そのことを真剣に考えることの方が大切なんです。

その付録としてアセンションがある。

それでいいのではないでしょうか?

  

                  おしまい



  
 

2010年6月18日 (金)

みなさんが知りたいこと 最終章

  
  
「今、現われてくる悪いものは、過去世の因縁が消えてゆくのだから、借金を返しているわけです。最後に残るものは、神様と一体化、神と人間が一つになった姿、光明燦然たる自分だけなのです。
 

どんなものが現われてきてもいい、消えてゆく姿はどんどん消えてゆく。
 
最後に消えきった時に残るものは、光明燦然たる天国がそこに現われるのです。
 
それをやりとげようと、われわれは消えてゆく姿で世界平和の祈りという運動を展開しているわけです。
 

ゴチョゴチョ頭の中で考えて、ああしなければいけない、こうしなければいけない、とただ右往左往して飛び廻っていても、それはなんにもならないんです。

 
肚をすえ、しっかり大地に腰をすえる。
 

神様は愛なんだから人類を救わずにはいられない、救おうと思って守護霊守護神を遣わしている。

 
あるいは老子も孔子もお釈迦様もイエスさんも、みんなそのために現われている。
 

そういう大聖の教えのひびきをわれわれが受けとって、さらに現代的につけ加えて、みんな力を揃えて人類を救っていこうじゃないか。


人類を救うということは、自分を救うということと同じです。
 

個人人類同時成道、というようにわれわれはしていこうじゃないか ━ これが私どものやり方です。」(白光出版『内なる自分を聞く』)

          

                       おしまい



 

 『消えてゆく姿で世界平和の祈り』 五井昌久 の小冊子より抜粋




 






感想


一冊の小冊子を17回にも細かく分けて書いてしまいました。

それも毎日書いていたわけでもなく、前回に何を書いたのか私も覚えていないのですから、文章に脈絡がなかったのかもしれません。

でもこま切れであったとしても、前後の文章を読まなくても私の心には響いていたのです。

これは不思議なことでした。

それだけ天とつながった文章というのは、輝いているのだと思うのです。ぴかぴか(新しい)


では、ここでの最後の感想を述べます。



私たちはいつも考えます。

そして考えれば考えるほどわからなくなる。

二元対立するまったく違う答が頭には浮かんで来るのです。


みなさんもそんなことないですか?(笑)


どうしてまったく違う考え、想いが浮かんでくるか?


それは分析をするからなんです。

答は一つなのにそれを

あーでもない、こーでもない

自分が悪いのではないか

いや自分は悪くない

じゃあ相手が悪いんだ

いや相手の人は悪くない

と粉々にしているんです。げっそり


一台の車があるとします。

それを粉々にしてしまったら

ただの鉄くずになってしまう

元の形がわからなくなってしまう

考えるとはそういうことなんです。

分析するとはそういうことなのです。

だから心理学はやればやるほどわけがわからなくなるのです。



ゴチョゴチョ頭の中で考えて、ああしなければいけない、こうしなければいけない、とただ右往左往して飛び廻っていても、それはなんにもならないんです。


はそのことを書いているのです。

なんにもならないことを一生懸命にするよりも

ゴチョゴチョした考えを天にいる自分の本心に戻して

そこから新たに出発するのが世界平和の祈りなのです。


私たち個人も人類も原点(宇宙・本心)に戻る時期が来ているのです。






世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




  


 

2010年6月17日 (木)

正しい判断が出来ているとき出来ていないとき

  
   
少し前のことなのですが、ある人と共通して共同してやっていることがありまして

このことは自分がやることではない、その人の役割りだと判断し

「そのことはお願いします」


と依頼したところ(メールで)

「自分には出来ない、あなたがやってくれ!」

と甘えてきたのです。

それで段々腹が立ってきて

「何を甘えているんだ、おかしいじゃないか、そんなことなら自分はやらない、勝手にしたらいいんだ」

と思い

その気持ちを相手に伝えようとしました。

でも

「明日でいいや」

と先延ばしにしたところ


翌日には昨日の感情は消えていたのです。


「そのことをするのはあの人には難しいことなのかもしれない」

「自分が協力すると言ったんだからやってあげたらいいんだ」

「それをすることが自分の役割りなのかな」


昨日とは全然違う自分がいたのです。


この心境の変化には自分でもびっくりしました。


即、行動に起していたのなら


感情のもつれから喧嘩になったり関係がおかしくなっていたかもしれない。



でも、どっちが本当の自分なんだろう?
 

答はあきらかです。


翌日の自分だったのです。


人間はやはり感情を越えなければ

まともにはならないのです。


ということは、感情的になっていないときは

正しい判断が出来ているか?

大丈夫だと思います。(断言は出来ませんが)

それも下丹田(へその下3.5センチ)に意識を置いて

世界平和の祈りと相手の天命を祈っているのであれば

万全です。わーい(嬉しい顔)指でOK
  

心が座っている、動いていない


不動心の “状態” だからです。


正しいという字は


天 = 一 なので


一(天)に止まると書きます。


つまり天(一)に対し心が動かないでいるのならば


正しい判断が出来ているということなのです。


感情的になっているときは(心が動いている動揺しているのです)

正しい判断は出来ていない(自分は絶対に間違っていないと思っていても)


だが冷静になって気持ちが鎮まっているときは、天(神)と通じているので心は “正しい状態” にあるのです。


私は


常に “正しい状態” でありたい


そう思った出来事でした。






世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)




無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和

無限なる正しさ


  

愛すること

  
 
  
愛して心哀しい時があっても

愛しつづけていなければいけない

その愛はやがて

輝かな 喜びとなってあなたにか

えってくるに違いない





五井先生の “愛すること” という本に書いている一節なのですが

私は 自分のしている行為がそのまま受け入れられなかったり、人と噛み合わなくなったときにこの一節を読みたくなるのです。


昨日まで仲良くしていたり、心が通じ合うと思っていた人とほんのちょっとしたことや感情のもつれによって気持ちが離れていくことがあります。


私は今までそれが哀しくてしかたがありませんでした。


そしてなんとか修復しようとした、わかってもらおうとしていました。


でもそれが本当に必要なことなのか?


自分の信念を貫き通していることならば


相手の人がどれだけ怒ろうが、気分を害しようが、それによって離れていこうが


それはそれでいいんだ
 

それが後では必ずよい方向にいくんだ


と思えるようになったのです。


でも平気になったのではありません。


やっぱり哀しくなりますよね。


そんなときは、自分で自分に問いかけます。


「お前のやっていることに間違いはないか?」


そして
 

「大丈夫だ!胸を張れ!」


そういう答が返ってきて
 

また復活するのです。


この繰り返しを何度繰り返してきたか


繰り返せば繰り返すほど強くなるんですよね。


それが自分にとってはとても嬉しいことです。


自分を客観的に観て

「お前も強くなったなぁ」

と感心しています。


わかってもらえなくてもいいんだ


その人がいつか真理に目覚めて

幸せになってくれたら

それでいいのだ

と思っています。





愛して心哀しい時があっても

愛しつづけていなければいけない

その愛はやがて

輝かな 喜びとなってあなたにか

えってくるに違いない





       『愛すること』 五井昌久 白光出版




  

2010年6月16日 (水)

如是我聞 (にょぜがもん)

  
  
  
1.神の声をきいた、神様に教えられた、ということをよく聞くけれど、自分の潜在意識、かくありたいという潜在意識の現れであることが多い。

しかし、なかなか自分では潜在意識かどうかわからないから、まず、そうした霊能霊言は一切否定することである。

真実のものであるならば、いくら否定しても、否定してもおのずから全行為となって、全人格となって、全生活となって現われてくる。━ その木の実のなるをもって知れ ━




1.祈りの中から最善の知恵が授かる。




1.「悟るっていうことは、一体どういう状態をいうのでしょうか」

  「悟った状態というのは、すべてのことに感謝出来るということですよ」





 


                     五井昌久



  


啓示を信じるな!

        
  
ピピッと来た!

心に響いた!

天から降りて来た!

神様とつながった!


ってよく聞きます。

でも

思い違いが多いのです。

自分の潜在意識の中で思っていることであることも多いし

願望が出ることもあるし

誰かの想念と共鳴して啓示だと思うこともあるのです。

神様が現われて

ハッキリと啓示することなんてほとんどないのです。

そんなことをしたらその人は啓示に頼ってしまって

自分の心の奥から出て来る本心を信じなくなってしまう。

奥に入っていくことをないがしろにしてしまうからです。(統一のこと)

神様は

それとなく気づくように持って行かれるのです。

そしてそれが神様からの啓示ではなく

自分の心の中から湧いて来たように思わせてくださるのです。

そしてかなり立ってから、結果を出した後から

「あぁ あの時に神様は教えてくださったのかなぁ」

と振り返るくらいなのです。

だから自分の頭であろうと心であろうとハッキリ判る啓示なんて

ないと思った方がいい。

もしそれが啓示なら

すべてはスムーズに行きます。

何度も何度も啓示に関連することが現われます。

否定しても否定しても現われて来ます。(だから否定していいのです)

考えるよりも先にエネルギーが動きます。

それは神様が動いておられるからです。

本当の啓示なら神様が働きます。

自分が動くのではなく

神様のご計画が啓示です。

神様のご計画は人間にはわからない。

わからなくていいのです。

宇宙に意識を合わせていれば宇宙の法則に乗れるのです。

そのためには祈りしかない。

最高の智慧は祈りの中から生まれるのです。




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



  

極論ですが・・・・。

                          
  

ここに書くのは、グッドムーンの独りごとだと思ってください。(笑)

自分でもかなり思い切った考えだなぁと思うからです。

えっ今に始まったことではない?

そうかもしれませんね(笑)

では、始めます。


これから仕事をどうしていけばいいか?


『ビジネスで大切なことはみんなレストランで教わった』


を読めばすべては解決されます。



病気はどうすればいいか?


「ふくらはぎをもむ」と超健康になる


を読んで実践すればすべての病気は治ります。





大学で経営学を勉強したとしてもそんなものはもうどうでもいいのです。

『ビジネス・・・』の本の中に経営について一番大切なことはもう書いてしまっている。


だからそれ以外の勉強はもういらない。


同じように、今更、人間の身体のしくみを知っても医学的なことを勉強したとしても最後は気(エネルギー)しかないのです。

血液(エネルギー)の流れを良くしていけば、必ず健康になる。

調和波動気功とまったく同じことが書かれています。

つまりどちらも真理が書かれているのです。


真理は凄くシンプルなので2冊の本があればそれですべてはわかるのです。

人間の頭でわかっていることはサハラ砂漠の一粒の砂に過ぎない

と以前書きました。

今までに出た経営本、医学本はこの一粒にしか過ぎない。


しかし真理を書いたものはサハラ砂漠すべての砂の数に匹敵するのです。

だからあえてこれから医学や経営学を学ぶ必要はこれっぽちもないのです。

人間が作った医学や経営学なんてちっぽけなものです。

ほとんどは真理から外れているからです。

ポイントがズレテいるのです。(間違いだらけ)

間違いだらけのことを勉強してもなんにもないのです。


すべてはこの本を応用していくだけです。


かなり極論ですよね。


でも当っています。


それくらい凄い本なのです。

こんな本が一般から出たということは

もう地球の完成が近いということです。

時期が来たということです。

人間の意識がどんどん上がって来ています。

アセンションとは今までの知識とか常識が無くなるということです。

役割りを終えるということです。

肉体意識から宇宙(神)意識に変わるということです。


嘘だと思うなら、読んでみてください。


もうお医者さんもいりません。

経営コンサルタントもいらない。

そしてカウンセラーもいらなくなる。

そんな時代がやって来ているのです。



 

『ビジネスで大切なことはみんなレストランで教わった』


              岡田博紀 大和書房


「ふくらはぎをもむ」と超健康になる


              大谷由紀子 マキノ出版


   


   


天職というのは?

  
    
天職というのは自分は何に向いているとか、何がしたいということではなく

どの仕事に就けば、人類にとってそして地球にとって、宇宙にとって一番いい波動を醸し出すかということなのです。

前回の日記で、“状態” のことを書きました。

この善い波動の状態を維持する。

善い波動体で在り続けることしかないのです。

いい状態とは、捉われがなくエネルギーがサラサラと流れていて、プラスの光のエネルギーを放つということです。


これを維持するのに維持しやすい仕事をする。

それが天職なのです。

3次元的にいくら地位が高くても、人がうらやむような仕事に就いていたとしても、影響力(発言力)のある立場にあったとしても

その人が発している波動が澄み切っていなければなんにもならないのです。

天からみた天職ではないのです。

なぜなら波動がすべてだから

すべてのものは波動で出来ているのです。

私は今、身体を使って決められた時間だけ働く仕事をしています。

その時間帯だけ責任を持ってこなしていけばいいのです。

仕事が終わった後は、失敗がない限りは完全に解放されます。

だからこうして日記を書くのにも集中出来るし、調和波動気功の勉強や本を読んだり出来るのです。

これが3次元の仕事が責任の重いものであったり、後に残るものであったとしたら、そこに意識が集中してしまって

気功や日記どころではなく

私の役割りは果たせないと思うのです。

「仕事はね、3次元的に食べていけたらなんでもいいんですよ」

あるハーモニーに人から言われた言葉が

凄く私の支えになりました。

どんな仕事をしているか?

は3次元だけの狭い範疇の考え方です。

でも宇宙的視野からいえば

そんなことはどうでもいいのです。

それよりも

どんな波動を出しているか?

です。

神様は

そこだけをみていらっしゃるのです。

于先生は

3次元的に功績があって人から高評価されている人を世間と同じように

褒めることはなさいません。

どんなエネルギーを発していたかだけなのです。

それしかないのです。

それがすべてなのです。わーい(嬉しい顔)

いつでも祈れる状態にあるのなら

祈るのを邪魔するものがなければ

それがあなたの天職なのです。

転職をして以前よりも祈れる環境で無くなるのであれば

それは天職でもなんでもないのです。

環境を創りだすのはもちろん自分です。

自分がしっかりしていたのならば、どこでも祈れるのも真実です。

でもそこまで行くのにはやっぱり環境は大切なのです。




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)







追伸


私は以前、ノルマがきつい外資系の保険会社に勤めていました。

頭の中は数字を上げることで一杯でした。

祈る余裕もなかった

すると守護霊様は私を祈れる環境に導いてくださったのです。

それが今の環境でした。

つくづくありがたいなぁと思っています。
わーい(嬉しい顔)



  


 
 
 

天地を貫く光の波動体

 
   
  
人間って何?

どうやって出来ているの?

という質問に対して

タイトルに書いた


“天地を貫く光の波動体”


が、すべてを物語っているのです。


まず、光のエネルギーが宇宙から 肉体の頭のてっぺん(百会=ひゃくえという)に縦に入って来ます。↓

そのエネルギーは身体の六十兆の細胞をに行き渡り、身体の中心である下丹田(かたんでん)=へそ下3.5センチ)から横に流れるのです。

 ┃ と ━ が交差する。

するとプラス + になりキリスト の十字架(真理)になるのです。

4次元、多次元の縦のエネルギーを宇宙から取り入れてそのエネルギーを横と、そして下にも流れていきます。

地球の中心にも流れて行くのです。

下に流れるエネルギーのことを “引力” というのだそうです。

地球の中心には地球霊王様がおられてそこに流して行くのです。

下へのエネルギーも神様(宇宙)につながっているのです。


そして ━へのエネルギーは何のために流していくか?

実は ━ に流れるエネルギーは3次元を整えるために使うのです。

人間の体を通ったエネルギーは六十兆の細胞を通過するのですが、その人の想念エネルギーが汚れていたならば、━に出て行くエネルギーはマイナスになって、人々に悪いエネルギーを与えてしまうのです。


憎しみの心をたくさん持っていたならば、憎しみのエネルギーが自分から放たれるのです。

「あいつ腹が立つなぁ」とか

「もう嫌なことばっかりだ、死んでしまいたい」 無限なる光ぴかぴか(新しい)

とか想っていたならば、その想念がそのまま━のエネルギーになって流れしまうのです。

そんなマイナスのエネルギーを人間が流しつづけていたからこそ、地球人類はおかしくなってしまった・・・・・。

だから私たちは心の中を浄めて、マイナスのエネルギーを出さないようにしないといけないのです。


この姿ってまるで、樹そのものですよね。


宇宙から縦のエネルギーを入れる、そのエネルギーを樹の枝葉や幹に行き渡らせ、根っこからと地球の中心に流していく。

その横のエネルギーが酸素ですよね。ぴかぴか(新しい)

この酸素にあたるのが人間の想念エネルギーなんです。

もし樹が色んな悩みやマイナスの想いを持っていて、そのエネルギーをそのまま流したらどうなるか?

おそらくそのマイナスエネルギーを吸ってしまった人間は即死すると思います。げっそり

でも酸素をつくり出してくれている樹々はそんなエネルギーは出さない。

ただ淡々と宇宙からのエネルギーを受けて、地球の生き物にとって必要なものに換えて(酸素)地球に放ち、流しつづけているだけです。


人間もまったく同じなのです。


天からのエネルギーをスッキリ爽やかな肉体(器)に降ろしそのまま━と↓に流していけばいいのです。


でも人間はそうはしない(笑)

それはいらないことばかり考え、想っているからです。

想い(重い)のエネルギーはエネルギーの流れを悪くするのです。

きれいにサラサラに水が流れている川に大きな石を置くようなものです。

きれいな川は大きな石を置かれたことによって流れが悪くなります。


そしてそこが澱んで来て、その川は病んでしまいます。


それが病気なのです。


病気とは気(エネルギー)が病むと書きます。

エネルギーがスッキリ爽やかに流れていない状態なんです。

だから私が最近、特に言っているように

スッキリ爽やかに流れる “状態” にしてやればいい。

この“状態”をつくっていくのが大切なのです。(これが努力なのです)

そのメソッド(方法)を神様が教えてくれた

それが世界平和の祈りを祈ることだったのです。

世界平和の祈りは 祈っているうちに自然に この状態になって行くのです。

健康とは、エネルギーが滞ることなく流れつづけているということです。

高いサプリメントを飲んでも善いお医者さんに診てもらってもエネルギーがサラサラと流れていなければ何の効果もないのです。


自分は何者なのか?

自分はどうやって出来ているのか?

自分をどういう“状態” にすればいいのか?



その答はすべて


天地を貫く光の波動体 ぴかぴか(新しい)


にあるのです。




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和

無限なる光







追伸

最近、自分自身がしている調和波動気功法に絶対なる自信が出て来ました。

揺るぎないものになってきました。

人間も宇宙もすべてのあらゆるものは波動で出来ている。

人間ももちろん光の波動体です。

その波動体を調和させ整えて行くのが調和波動なのです。

そして気功とは、気(エネルギー)の働きです。

気(エネルギー)とか何か?

気とは、エネルギーとは神様のことなのです。




気功とは何ですか?

幽気、霊気、神気の気の働きであり、神様の働きである。

日本語の「気を付けて」は英語で「Good bye」=「God by you」であり、スペイン語で「Adio’s 」の dio’s は神の意味である。


「気」とは神の意味である。

               
 




調和波動気功法

 
http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/




  

2010年6月14日 (月)

正しい親子関係(人間関係)のために

  

  
以前、息子との親子関係で悩んでいたときに西園寺昌美さんの小冊子を読んで感動し、抜粋したことがあったのですが、この親子関係と人間関係は似たようなことがあるのです。

相手の人が自分に対して、冷たい態度をとってくる。

私に対して感情的になる(誰に対してもも含む)

こちらは普通にしているのに相手の人は心を開いてくれない。

そんなとき、私たちはついつい自分を責めます。

「自分が悪いから相手が怒っているんだ!」

「自分が折れて謝れば、上手く行くんだ」

確かにそういうケースもあると思うのです。

でもね、相手が感情的になっているとしたら

その感情の処理はその人自身でしなければならないのです。

あなたが何かをして怒らせてしまったとしても

いつまでも怒っているのは、あなたのせいではないのです。

それを私たちは、自分のせいにします

相手が怒っているのは自分が原因だと思ってしまうからです。

でも違うのです。

あなたが本当に悪かったと思い

そのことで心から謝ったのなら

その後のことは、もうあなたの責任から離れているのです。

そのことがよくわかる文章です。

すごく長いです。(笑)

興味のある人だけでも

よかったら

お付き合いください。 わーい(嬉しい顔)


 








━ あなたはこの世の創造者


人は自分の想念の世界に住んでいる

地球人類を構成しているのはあなた方一人一人なのだ。

この世に世界というものが存在しているのは、あなた自身のためだ。

実際この世界は、あなたがそれを創り出しているのだ。

一般に、あらゆる人々は自分のまわりにあらゆる世界を創り出す。

その世界はその人の想い方次第で創られてゆく。

平和な世界を創り出してゆくか、また豊かな世界や調和の世界や孤独な世界を創り出してゆくかは、あなたの想い方一つで決まるのである。

家族がお互い一つ屋根の下に暮らしていても、家族それぞれ皆異なる世界に住んでいる。

確かに同じ建物、空間を共有し、同じ物を食べ、血で結ばれていてさえも、あなたたち家族は皆決して同じ世界には住んでいない。

みんな別々の世界に居を構えているのである。なぜならば家族皆、同じ思考を持っているとは限らないからである。

家族はお互い、同じ濃い血の絆で固く結ばれているので、一つの世界に住しているように思われるであろうが、否、決してそんなことはない。

家族であっても全く異なる世界に住しているものである。自分の子供が天国に住み、その両親が地上の世界に住んでいるかもしれない。

ところがあなたたちは、実際に自分たちが同じ世界に住んでいると思っている。

たとえ夫や妻であろうと、親や子供であろうと、想念が違っているのに、どうして同じ世界に住むことが出来よう。

人は自分の想念によって創っている世界に住み、その世界から離れることは出来ないのである。

またあなたの想いで創りあげた世界に、誰も住むことは出来ない。

それはあなたの世界だからだ。

あなた一人の想いで築きあげてきた世界なのである。

 そして自分一人の世界に住みつくと、あなたが自分のまわりに世界を創る。

親が子に(夫は妻に)自分の生き方や思想や体験を語り聞かせることは出来る。

だがそれまでのことである。

決して親の思う通りに子を導くことは出来ないし、また子供のほうは、果してその親が導く通りに歩んでゆくかというと、それは否である。


子供は子供の世界を築いてゆくからである。子供の築いた世界が地獄の様相をきたすような世界であるため、子供を変えたいと思うならば、まず子供の想念を変えるように導いてゆかねばならない。

そういう世界をこの世に創り出してゆく根源は、その子の想念だからである。

人は皆、自分の想念の世界に住んでいる。

自分の住んでいる世界があまりにも不幸で悲惨で汚れた世界である場合、、まず自分の住んでいる周囲の世界を変えなければならない、と誰しもが思うことであるが、それは間違いである。

誰も他を変えることは出来ないし、変えられるわけもない。

たとえ親が子に対しても、夫が妻に対しても無理なことである。

自分自身が本当に今自分の住んでいる世界から抜け出したいと思うならば、まず自分の想念を変えてゆくことから始めてゆかなければならないのである。

自分自身が変わること以外に、何の方法も見出せないのである。

故に、たとえ血のつながった愛すべき親兄弟姉妹がどんなに不幸であろうと、それらの人々に関しての責任はいっさい他にない。

すべては本人の責任である。

本人の考え方であり、本人の願いであり、本人の想いだからである。

自分の今住んでいる世界が嫌だからといって、家から逃れても、世間から逃れても、自分の世界はいつも自分についてまわる。

どこか別の世界へと逃げおおせたとしても、一番肝心のこの自分自身から逃げ出すことは決して出来ない。

どうやって逃げられよう。たとえどこかに逃れても、そこでまた同じ世界を、全く同じ自分の想念の世界を創ることになるのである。

何故ならば、自分自身が以前と変わっておらず、同じままだからである。

自分の想いが消えない限り、人は自分の世界を離れることは出来ないのである。

故にどうしても変えたいと切に望むならば、自分の思考や想念を変えなければならない。

変えさえすれば自分の世界はたちまち変わってしまう、まったく違った別の世界が自分の目の前に現われてくる。

あなたがあなたの想念によって創り出す世界とは、自分が真実であれば真実の世界になる。

自分が非実在の欲望の中に住んでいれば、あなたはみせかけの世界を創り出す。

どんなものにせよ、自分がそれであるもの、それがその人の世界なのだ。

だからこの世の中には、人の数と同じだけの世界が存在している。

何故なら、誰もが自分だけの世界に住んでおり、自分だけの世界をまわりに創り出しているからである。

それはその人の想いの投影、その人の想いの創作になる世界である。

たとえこの世を離れても、その世界を離れることは出来ない。

どこに行こうとも、人は再び同じ世界を創り出すことになる。

何故ならばその世界は、絶えず自分の想念から生まれてきているものだからである。

子供の運命は子供の責任である


ここで、再び話を親子関係にもどしてみたいと思う。昨今、実に親子間のトラブルが絶えない。

特に自分の血を分けた愛しい子が、自分の思った通りに順調に育たない場合が多く、悩みが絶えない。

健康面でのトラブル、精神面でのトラブル。

親は自分のことならいざしらず、実の子の不幸をみていて血を吐く想いである。

ほとんど多くの親は、我が子がこうしたあらゆる問題を抱えている時、それをすべて親の責任と痛切に感じ、自分自身のいたらなさを責め裁く。

たとえ自分を責めて責めて責めまくったにせよ、それでその子がものの見事に変わるなら大変に結構なことであるが、そんなことは、ほとんどと言っていいほどあり得ない。

親が我が子の不幸や災難に対して、あくまでも自分の責任として受けとり、自分を責めつづけ、その結果我が子が治るなら、どんな親もわが身を徹底的に責め裁くがよい。

だがいくら自分を責めつづけてみても、子が治る筈は決してないのである。

子供本人の抱えている、その苦しみや不幸や悲惨さは、決して親のせいでもなければ、親の至らなさでも親の責任でもない。

その子自身の本人の望みであり、まさしくその子の持っている想念行為の顕われなのである。

それがたとえ生後何ヶ月の子、一歳二歳十歳の幼子であってもである。

その真理がわからずして、いたずらに歎き悲しみ、人生のすべてを費やしてその子のために捧げ尽くし、暗く惨めな不幸な一生を終える親がこの世の中にどれだけいることか。

絶対なる真理は、この肉体界の世界を通過する時、どうしても歪んだものになっていってしまう。

それはあたかも、丁度まっすぐな棒を水の中に入れるようなものである。

棒はまっすぐなのに、突然水という媒体を通すと曲がってみえる。

水という媒体が何かをしてしまう、まっすぐな棒を屈折させてしまうのである。

頭の中では、棒はまっすぐなままだとよく知っているのに、実際の目にはそれが曲がってみえてしまうのである。

真理もまったくこれと同じことで、真理は真理で厳然としていてしかるべきものなのに、肉体という媒体、世間という媒体、常識という媒体を通過すると屈折される。

真理が想念という媒体を通り抜けてしまうと、それは何でも歪んだものになってしまう、故意に曲げられてしまう。

真理が真理にあらずである。

そのように、子供に関する限り、世間の常識でいえば、子供ことはすべて親の責任と義務にあると思い込まされている。

そして子供に関する一切合切、そのすべてを親に負い被せ過ぎてしまっているのである。

確かに親は、赤ちゃんや、幼い子供に関しては充分に保護し、養い育てる義務はあるのであるが、子供がどんどん成長して自分の意見を持ちはじめ、自主的になりはじめる頃は、全面的に親の責任とはいえないのである。

子供が持って生まれた天性の性格や才能、因縁、そして想念によるものの顕われだからである。

たとえ親といえど、子供の心の中にまで土足で入り、踏みにじることが許される筈もなく、また子供の心や想念を変えることが出来るなどとは、思い上がりも甚だしい。

どんな親であれ、そんな権利は持ち合わせてはいない。

子供はすべて、子供の自由意思によって、その子の人生が運命づけられてゆくものだからである。

親の役目は導き手にすぎない。真理への道、神への道へと、方向づけしてあげさえすればそれでよい。

折角方向づけしてあげても、その子供がそれに反発して従わなかったり、逆の道を行くようだったら、それはその子の生き方であるから、それはそれでよいのである。

今生には未だその子が果たさなければならない、修行しなければならない険しい道が敷かれているに違いないのである。

 
その子が今生において、無事その子の果たすべき因縁を超えられた場合、来生は素晴らしい、輝かしい世界が展開されてゆくものだからである。

それが一つの魂の成長なのである。
 

段階なのである。
 

今生の生き方だけを垣間見て、ああでもないこうでもないと言うことは、甚だおこがましいことである。
 

子供の苦しみをみていて、あまりにも悲惨さがつづくと、つい子供の苦しみを少しでも親が引き受けてあげたいとか、自分と代わってあげたいとか想うのは、心情的には実によくわかることなのであるが、真実からいえば自分の感情移入も甚だしい。


子供の天命のまっとうを祈ろう


本当に子供を愛し、子供のことを想うならば、今その子が通り抜けなければならない状況を、無事通りこせるよう祈ってあげればよいのである。

それ以外に方法は何も無い。

またたとえ、親の願いが聞き遂げられたとして、その子の苦しみや負担を分かち合えたにせよ、いずれその子には同じ運命の苦しみや、同じ悲惨さが待ち受けているのである。

決して苦しみから抜け出したのではない、ただ後まわしになったに過ぎないのである。


その子が今生において果たすべき天命は、必ず果し終えなければ、何生繰り返しても同じ世界が繰り広げられるのである。


どうぞ世の親たちよ、心を鬼にしてまでも厳しく対処すべし。

その子の担った運命は、その子のみにしか果たし終えないものである。

決して代わりが許されるべきものでもない。

その子の魂の磨きである。

立派になるためのプロセスである。

自由自在にして、真理の道を歩んでゆくための今生の道でもあるのである。

それをよく判っていただきたいのである。

厳しいようでも、子供の苦しみは、その子の問題である。

親であるあなたの問題ではない。


何故あなたがかき乱されなくてはならない。

何故あなたが苦しまなければならない。

何故あなたが責任を感じなければならない。

何故あなたが負い目を負わなければならない。

何故あなたが、あなた自身の人生までも狂わしてしまうことがあろうか。

ましてや、その子を取り巻く兄弟姉妹の運命までも。

その子の周りにある物は、すべてその子のせいでそこにある。

その子がその子自身によって、果さなければならないことなのだ。

だからこそ、その子がそれを引き寄せているのだ。

その子の周りにある苦しみや不幸や悲惨さをあなたが感じているとしたら、それは間違っている。

それを引き寄せているのはすべてその子なのだ。

あなたではない。

あなたがそれに対して苦しむのは止めなさい。

腹を立て憤るのは止めなさい、そしてその子の抱えている悲惨さと闘うのも止めなさい。

そんなことをしても無駄だ、その子が引き寄せて招いているのだから。

その子の周りに起こっていることは、何でもその子の想いに源(みなもと)がある。

その子の想いが常にその子の不幸の原因である。

あなたがそれに対して責任を感ずることはない。

あなたが責任を強く感ずるとしたら、それはあなたが間違っている。

あなた自身の存在が、その子の修行にとってかえって負担になってしまっているのである。

その子は今生において果さなければならない因縁を持って、生まれ合わせているのである。

本当にその子のことを思っているならば、あなたはただ黙って、その子のために祈ってあげることだ、ただ祈ってあげさえすればよい。

一刻も早く真理に目覚めるよう、その子のために祈ってあげさせすればよいのである。

縁あって、親と子として今生に生まれ合わせてきたのである。

その縁故に親が心から愛する子に対して、その子の天命がまっとうされんことを祈ってあげる時、その子にその親の心、真理が通じない筈はないのである。

やがて子は目覚め、その子自身の持つ想念が変わった時、もはやその子の世界は苦しみの世界から一変することであろう。


子供への執着を断とう


親は子供への執着を断つことだ。執着故に苦しみ傷つき病むのだ。

執着の想いほど子供にとって大いなる迷惑はない。

執着は留まることを知らない。

ただ物事をしてあるがままにあらしめなさい、そうすれば物事のほうから自然に去ってゆく。

物事を自分の力で引きつけてはならない。

物事の自然と己れの自然とに従うがよい。

無知からくる執着こそ人を惑わすものだ。

人は光明にも執着し得るし、神にも執着する。愛にも執着するし、祈りにも執着する。

過去の出来事にも執着すれば、未来にもまた執着する。

物質に執着すれば、地位や権力にも執着する。

夫や妻や子供に執着すると思えば、土地や財産、富にまで執着する。

また憎しみにも執着し喜びにも執着する。

ひとたび何かに執着すれば留まることを知らない。

どんなものにも執着せず、自由でなければならない。

何事も執着すればすべてが止まってしまう。

エネルギーが一ヵ所に滞り、自由自在とはほど遠くなる。

人は常に何ものにも把われず、自由自在であるべきだ。

執着は自分に足かせをはめているようなもの、自分で自分の首を絞めているようなもの。

何事にも執着しないでいられたら大したものである。

ましてやそれが愛するいとしい子にさえも行われ得たなら、あなたはもうすでにあなたの苦しみから解き放たれている。

心は自由だ、明るく陽気だ。

たとえ現実がどんな悲惨な状況をみせていようとも、もはやあなたの心の中には苦しみは存在しない。

何ものにも把われない自由な心があるからだ。

あなたが周りにある、そして起こる、あらゆるものに執着しなくなれば、あなたはいかなるものをも引き寄せることはない。

そうなると、あなたの執着を身に受けて自由を失っていた子供が、突如として溌剌と生き生きと輝いてくる。

多くの人々、実に多くの人々が、不幸に対して深い執着を持っている。

なぜなら、ある不幸からやっと抜け出られたと思ったら、また次にはもう新しい何か別の不幸を持ってくるからである。

私にいわせれば、まるで好きこのんで次の不幸をつかもうとしているとしか思えないのである。

逆に自分の不幸を売りものに、内心大いに楽しんでいるかのように思えてならないのである。

彼らにとっては、不幸こそが最大の宝物なのであろう。

人は新しい不幸を次から次へと創りつづけることによって、生き甲斐を求めているのかもしれない。



                   
西園寺昌美さん





   


 

やる気が出ないとき

  
  
  
日記を読んでくださっている人からテストが迫っているのにやる気が出ない、他の事でも悩んでいてテストに集中出来ない、どうしたらいいのか? という質問を受けました。

テストでないにしても、気力が湧いてこない、やる気がしない、行動力が出ないという人は多いと思うのです。

特に明日から学校がある会社、パートに行かなければならないという日曜日の夕方(ちびまる子ちゃん、サザエさんの番組が始まる頃)は気が重たくなるのです。げっそり

そんなときに頑張って気力を出そうたって出るものではないのです。


日曜日の夕方にはマイナスの感情想念(嫌だなぁという感情)が集合意識になって渦まいているのです。


その集合意識の中に入って行ってしまって、自分も憂欝になるのです。


そこで、どうしたら憂欝の意識の中に入っていかないように出来るか?


 という前に意識とは人間とはどう出来ているのか?を知る必要があるのです。


私たちの気持ちをコントロールしているのは心です。

肉体は見えるけど、心は見ることが出来ない。

でも あるのです。

それは、空気 と同じです。

空気も見えないけど、ある。

心は頭の中に入っているのか?

心臓の中にあるのか?

そうではなく

心の場所は下丹田(かたんでん)にあります。

へその下3.5センチの所と肛門を結んだ線のちょうど真ん中にあると思ってください。(人間の体のちょうど中心になりますね)

そこ(心)からずっと奥に入って行くと幽界→霊界→神界(宇宙)へとつながっているのです。

この神界(宇宙)に自分の本心があるのです。

ここにつながらないと安心立命出来ないのです。(統一した状態)

お釈迦様のいう 空 ですね。

話がまたズレテしまいました。(笑)


私たちは心という精神波動があって、それに肉体という物質波動がのっかって出来ているのです。

物質波動は粗い波動なので、目に見える。

でも精神波動は細かいので目にはみえなのです。

だからいつもいうように死とは物質波動の消滅を言います。

でも心が先にあってそれに肉体(物質波動)が乗っかっているだけだから心は残るのです。

心は肉体界からは去りますが幽界、霊界、神界にはずっと生き続ける。

そして、また肉体界にもやってくる。

これが輪廻転生(りんねてんしょう)です。

ここまでで、人間の基礎とは心であることがわかっていただけたと思います。

だから心がすべてなのです。

心という精神波動で出来たものに何が入っているか?

何で満たされているかが、その人の心の状態を決めるのです。

愛で溢れていれば、愛深い人になる。

憎しみで満ちていれば憎しみの多い人になる。

だから愛深い、優しい人になりたければ、愛の波動、優しい波動で心の中を満たしていけばいいのです。


どんなときにも憎しみが出ずに感謝できるようになりたい!

という人は感謝で一杯の波動体になればなればいいのです。(地球世界感謝行をすればいい)

人間は光の波動体で出来ている。ぴかぴか(新しい)

でもその光が少なくなったとき、薄くなったときに心を暗雲が覆ってしまうのです。

ですから心の中に光のプラスのエネルギーを入れて行けばいいのです。ぴかぴか(新しい)指でOK


自分が頑張って愛深くなるのではないのです。

人間は肉体だけで出来ているのではない。

頑張るとは肉体だけで我を張るということです。(だからオリンピックでも頑張っているだけでは力が出ないのです、金メダルは取れない)


その奥の霊体や神体を使わないと本当の本来の力は出て来ないのです。

霊体、神体を使うとは霊界、神界の力を得るということです。

神界の力とは宇宙の力のことです。


心の中にエネルギーを入れるとは霊要素に力を注ぐということです。

肉体の力だけだったら目に見える食べ物で力は出るのですが霊力を使おうとしたら霊要素が必要なのです。


この霊要素こそが本来のエネルギー源なのです。


エネルギーの源はどこにある?

それは宇宙です。

宇宙から無限のプラスのエネルギーが入って来る。

それを十分に肉体という器に入れないともったいないですよね。

だってただなんだから・・・・・。わーい(嬉しい顔)


その心の中に霊要素(宇宙の栄養)を入れるメソッド(方法)が祈りであり、印であり、マンダラです。

今すぐに出来る、どこででも出来る、声に出さなくても唱えるだけでいい、寝ていてもいい


それが祈りなのです。

祈りとはいのちがのりだすという意味なのです。

いのちが生き生きとして来るという意味です。

いのちが生き生きとしないと本当の気力は出て来ないです。

カラ元気になるのです。

長続きしないのです。

すぐに萎えてしまうのです。げっそり

元気が出ない時

気力が萎えている時

やる気を出したい時は

祈り続けて心の中に光のエネルギーを充電して行けばいい!

そして溜まったエネルギーが臨界点に達した時

パーンと弾けて

元気が漲って来るのです。 わーい(嬉しい顔) 手(チョキ) 指でOK


元気とは気(エネルギー)の元(もと)と書くでしょ。

この元とは宇宙のことなんです。

だって私たちは宇宙からやってきたのですから・・・・。
 




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




   




追伸

今、世界平和の祈りはすごい力を持つようになってきて

「世界人類が・・・・・」

の世界人類のところで祈っている人はもうすでに光の波動体になっているのだそうです。(于先生が言っておられました)

磁場が出来て光の波動が早く反応するようになったのですね。ぴかぴか(新しい)

素晴らしいことだと思います。






    

   
 
 

2010年6月12日 (土)

疲れるとは取り憑かれるという意味なのです。

  
人ゴミに行くとなぜ疲れるのか?

それは、色んな人の想念エネルギーをもらってしまうからなのです。

人間は肉体と幽体というボディ同士がくっついています。

オーラ写真を撮るとよくわかるのですが、

私たちの本体は、光のエネルギーを放っている波動体で出来ているのです。

オーラに写る光とは、この幽体の部分です。

大きい人は、ビル一棟分くらいの大きさがあります。

そしてこの幽体の部分が非常に私たちに影響を与えるのです。


幽体がビル一棟の大きさがあるとしたらその人はビル一棟の中にいる人のエネルギーを

すぐに、もらってしまうのです。 (すべてではありませんが)

近くにいる人の想念がネガティブなものであったならそのネガティブなマイナスエネルギー

を 知らず知らずのうちにもらってしまうのです。


だから疲れるとは取り憑かれるという意味です。

ちょっと怖いかもしれませんが、憑依されているのです。

自分のエネルギー体が相手のエネルギー体と一体化してしまっている。

同化しているのです。(だからどうかしてしまう(笑))

そして、憑かれるとエネルギーがスムーズに流れなくなっていく

身体がだるくなったり、気持ちが落ち込むのがそれなのです。

だからエネルギーを流しつづけること(光明の言葉を祈り続けること)と

むやみやたらと人ごみになんて行かないことです。

長時間いないことです。

長時間、人ごみに居て、疲れないで帰ってくるなんてあり得ないですよね。げっそり

憑かれるのは漠然としたエネルギーだけではありません、想いももらってしまうのです。

職場に居ると職場の人の考えていることがわかることがあります。


人は大概、善いこと、プラスのことなんて考えてはいませんから、

相手の想念がわかると大体落ち込むのです。


「自分はそんな風に思われていたんだ」

「あの人は普段そんなことを想っているんだ」


でもよく考えてみてください。

その人たちの考えも他の人からもらってしまったものなのです。

その人たちの本心ではないのです。

だが、しかし人間とはそんなことで悩んでいるのです。

私たちは

「自分は相手にどう思われているか?」

を非常に、異常に気にするのです。げっそり

気にし過ぎるのです。
 

私はW先生に言われたことがあります。


「人が自分のことをどう思っているかチェックする必要はあります」

「しかし自分が相手にどう思われたいかは必要ないのです」


この違いわかりますか?


自分的には、直さないといけないところがあるかもしれない

改善点があるかもしれない (協調性がないとか、暗いとか)

それは他人がほんとうに思っていることでもあるのです。

自分を客観視ですね。

だからチェックは必要です。

でもだからと言って

人の想いをコントロールするのとは違うのです。

「善い人だと思われたい」

「仕事が出来る人だと思われたい」

「機転が利く人だと思われたい」

これは自分を磨いていけばそう想われる(善いように想われる)かもしれないことであり、

無理に思わせることではないのです。


思わせようとすれば我が出ます、無理をします。


自然の振舞いではなくなってしまうのです。


そして結果が出ないと、評価されないと、相手が自分の思うように思ってくれないと自分を責め、

相手を責め、不平不満が生まれ、焦るのです。

このことも疲れる原因です。げっそり


本来の自分ではなくなっているからです。


 

とにかくマイナスの想念が浮かんで来たらこれは自分ではない!

人の想いなんだ(想いとは相手の心と書きます)
 

と切り離すことです。


そして、そのマイナスの想いを持ったままでいいから世界平和の祈りの溶鉱炉の中に入れ切ってしまう。
  

世界平和の祈りは、もの凄い光で溢れています。


すると光のバリヤが出来て、人の想念エネルギーと共鳴しなくなるのです。


そして、本心(ほんとうの自分)とつながることが出来るのです。


すると疲れない、憑かれない、いつの間にかいつも元気な自分でいられます。

 
オーラ・オーラでは自分の放っているエネルギーをチェックしてくれます。

そしてこれからどうして行けばよいのか、改善策を教えてくれるのです。

普通のオーラ撮影は撮ったらもう終わりなのです。

診断されて、

「ひどいオーラですね、近々悪いことが起りそうですよ、気をつけてください」


または


「これを身に付けるとエネルギーが善くなります」 とわけのわからないものを売りつけられるのです。


エネルギーは自分で整えていくものです。


それを教えてくれるのがオーラ・オーラです。


真理(宇宙法則)から導いてくださるのです。


そんなところは地球上ではそこ以外にはないのです。

是非、行ってみてくださいね。
わーい(嬉しい顔)
 


  オーラ・オーラ

  http://auraaura7.com/ 
 


調和波動気功法

http://www.harmony-wave.jp/ 
     
  




  

みなさんが知りたいこと 15

 
  

「テレビを見たい時は、テレビを見ればいい。映画を見たい時は見てもいい。

しかし、その心の中では常に世界平和の祈りが鳴り響いているような、そういう生活をしていればいいわけなんです。そうすると、やがて自分の体が、世界平和の祈りの大光明で満ち満ちてきます。

そして、その光が他へ影響してゆくわけね。

自分の体が常に光に満ちて、世界平和の祈りに満ちていれば、その光が地球を浄めていることになるわけです。

それは、映画を見ていようと、ご飯を食べていようと、そんなこと関係ないんです。

それは、肉体の想いがするんじゃないんですからね。

自分の体に満ちた大光明波動が、法則のとおりに働くだけなんですから。

そういうふうに、自分が世界平和の祈り一念で生きていれば、何をしていたって、そんなことは関係ありません。


ただ、世界平和の祈りが自分の心に満ち満ちて、いつも世界平和の祈りが鳴り響いているように、祈りに始まって祈りに終わるような生活が根本になっていないとダメなわけです。

ですから、すべてを世界平和の祈りの中に入れてしまって、自分自身が世界平和の祈りで光り輝いているような人間になれば、それが世界平和を実現する大きな力になるわけです。

それをみなさんがやってくださればいいわけですね。

そういう人が一人でも多くなればなるほど、世界は早く平和になるんです。

一にも二にも、祈りに始まって祈りに終わるように、何をしていても、世界平和の祈りが鳴り響いているような人間が一人でも多くなるように、まず皆さんが努めることなんですね。」(白光出版 『天の心かく在り』)


「それ(地球界を真実の地上天国にせしめること)がだんだん実現してくるのです。

実現してくることになっています。

その応援のためにも、皆さんは世界平和の祈りをひたむきにやることです。

ねてもさめても称名念仏すべきものなり、というように、世界人類が平和でありますように、日本が先になったって、世界があとになったってどうでもかまいません。

世界人類が平和でありますように、だけでもいいです。

なんでもいいから、そのような想いをいつでもしていることです。

自分の子供がいい成績になりますように、と思うなら、その想いを抱いたままで、世界人類の平和を祈ればいい。

自分の病気が治りたいと思うなら、治りたい、という想いを持ったままでいい、世界平和の祈りを祈ればいい。

あなた方がちっぽくさい自分と見えるならば、悪く見えるそれが消えてゆく姿なのです。

本来の自分というものは、神様の中にいるのです。」
 (白光出版 『高級霊は上機嫌』 )



 『消えてゆく姿で世界平和の祈り』 五井昌久 の小冊子より抜粋





 
 
感想


私たちは常に神様の自分と消えてゆくダメな自分とが戦っています。

我は神なんだ、とダメ人間なんだと思っている自分が交互に想いの中で出て来るのです。

そこで立ち止まって

「どちらが本当の自分なんだろう?」

なんて確認しなくてもいいのです。

ダメな自分という想いを持ったままでいいから

世界平和の祈りの中に入ってしまう。

世界平和の祈りは宇宙と共鳴するので宇宙まで行くのです。

宇宙は無限のプラスの波動で出来ている。

無限のプラスの波動とは、どんな想いも消すことが出来る、燃やしてしまうことが出来る

巨大な溶鉱炉のようなものなのです。

善い想いも悪い想いもいちいちどうなんだろう?

と検証していてはめんどくさくてしかたがない。

全部の想いを宇宙の溶鉱炉に入れてしまうのです。

するときれいに溶けてしまった想い(重い)は軽くなって、明るくなって、プラスに替って

肉体人間の自分に還って来るのです。ぴかぴか(新しい)

一番の時間の無駄とは

浮かんで来た色んな想いに振り回されて、悩んでしまうことなのです。

「どうしてこんなことを想ってしまうのだろう?」

「この考えはどこからやって来ているのだろう?」

「いつになったらきれいな心になれるのだろう?」

そんなことを考えるのは時間の無駄使いです。

それは自分の本心から出た想いではないからです。

想いとは相手の心、自分の本心とは違うのです。


本心ではないのに、よそからもらってきたものなのに

「どうなっているのだろう?」

と考えてみても意味のないことです。

どんな想いが浮かんで来てもいいのです。

それをそのままにしないで

宇宙の溶鉱炉に入れて空(から)にしてしまえばいいのです。

それがお釈迦様のいう 空(くう) なのです。

どんな想いもどんなに汚れた想いもきれいに消し去ってくれる祈り言葉が世界平和の祈りなのです。




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)


無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和

無限なる光




  


 

2010年6月11日 (金)

あなたは先祖の代表なのです。

  
    
  
あなたが今、病気をしたりして家族に迷惑をかけているとします。

あなたは、申し訳ない気持ちで一杯になります。

でもね、今、精神的な病気や病気と診断されていなくても心が病んでいる人、原因不明の病気などで苦しんでいる人は、先祖の業(ごう)、業因縁、カルマとかを背負って生まれてきているのです。

アセンション(次元上昇)して一気に浄まるこのチャンスに先祖の代表として先祖が溜めてきた業(ごう)を消す役割りとして生まれて来ているのです。


だから先祖の霊たちは、あなたに感謝しても感謝しきれないくらいなのです。


あなたしかそれが出来ない、他の家族の人にはきつくて耐えることが出来ない役割りなのです。


だから家族の人に対してそんなに卑屈にならなくていいのです。


家族の人の守護霊、守護神たちはあなたの守護霊守護神を拝んでいます。

「辛い役割りを受け持ってもらって申し訳ない!」・・・・と


「こんな役割りなんて嫌だ、やりたくない」


とあなたは思っているかもしれませんが

あなたは

「よし引き受けた、私がやります」 わーい(嬉しい顔)

と潔く引き受けたのです。(生まれて来る前に)
 

だから素晴らしい魂の人なのです。 手(チョキ) ぴかぴか(新しい)

先祖が散々悪いことをしたり、人をないがしろにしてきたそのつけを、本当はその先祖が受けなければならないのに耐えることが出来ない。

消すことが出来ない。


だからあなたにお願いしたのです。


そして、先祖がしてしまった相手の恨みつらみが病気になって現われたりしているのです。

しかし先祖とはあなたと関係のない人ではないのです。

なぜならあなたもその先祖の一員だからです。

だから自分の分も含めた業因縁なのです。


そのまま何も知らないまま生きていたら多分その重荷に押し潰されていたでしょう。

でも、守護霊、守護神はそんなことにはさせないのです。


真理を教えてくれて、その先祖の分を含めた業(ごう)因縁を消してくれて、そして自分で自分のことを浄化できる方法を教えてくれるメンターに導いてくださるのです。


私の場合は、それがW先生や于先生だったのです。


死にかかった死の寸前まで行った私を救ってくださいました。


私が今ここで真理をお伝えしているのは、私が受けた恩をお返ししているのです。

W先生や于先生に導いていただいた素晴らしい真理を少しでも他の人に還元したい それだけなのです。

そして縁のある人が私とつながってくるのです。


そしてその業因縁を消すメソッド(方法)が世界平和の祈り、印、マンダラなのです。


今、自分を責めている人

どうぞ自分を責めないでください。

自分を責めることは人を責めることと同じなのです。

心優しいあなたは人を責めることは出来ません。

だったら自分を責めることもやめてください。

そして自分は、

「先祖の業因縁を浄める大きな器を持った素晴らしい存在なのだ。」

ということを理解してください。
 




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



  

地球世界感謝行 (水・肉体)

  
  
  
  
水への感謝


人類を代表して 水を司る神々様に感謝申上げます。

水さんありがとうございます。

我々は あなた様なくしては生きてゆかれません。

なのに人間のエゴによって

あなた様を汚している 愚かさをどうぞお許し下さい。

我々はあなた様の存在 あなた様のお働きに 深く深く感謝申上げます。


世界人類が平和でありますように

水さんの天命がまっとうされますように




  
 


肉体への感謝


人類を代表して 肉体に感謝申上げます。

私の肉体を生かしている すべての機能 すべての血液 すべての骨 すべての体液 すべての神経 すべての筋肉 すべての内臓 すべての器官 

肉体を構成している一つ一つの細胞さん 有難うございます。

肉体は 神様のみ心を現す大事な場。

肉体なくして この世に完全平和を 実現することは出来ません。

我々は 我々の肉体を 尊い神の器として

神の表現体として 尊敬し 愛し 大切にいたします。

世界人類が平和でありますように

肉体さん有難うございます。 

肉体さんの天命がまっとうされますように












感想



最近、この地球世界感謝行の印をよく組むのですがとにかくとても気持ちがいいのです。 わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)

スッキリ爽やかな気分になってくるのです。

それはこの印を組むとその光は宇宙に届きぴかぴか(新しい)、そしてまた自分や地球に還ってくるからです。

それも何倍もの宇宙のプラスのエネルギーに替って・・・。

私たちは3次元に生きていて、怒ってはいけない、イライラしてはいけないと自分を抑えなければならないことってありますよね。ちっ(怒った顔)

それが不思議なことにこの印を組んでいるとしばらくは、そんな感情(怒り、イライラ、感謝の足りなさ)が湧いてこないのです。


それは自分が、感謝でいっぱいの波動体になっているからなのです。

感謝が出来ないのなら、怒ってばかりで人間が出来ていないのなら(笑)


感謝の出来る、何があっても怒らない波動に自分がなってしまえばいいのです。


なんだかものすごくシンプルだと思いません?


これぞ、宇宙の法則なのです。



 
世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)




  

  

成功の秘訣とは?

  
  
  
本屋さんに行くと成功の方法とか、秘訣とか、体験談とか、たくさん山積みにされています。

誰でも成功したいと思っている、認められたいと思っています。


先日、行われた調和波動気功のセミナーで成功に関する話を于先生がされていました。

ほとんどの人が

「もう少しのところで成功(成就)するのに、その直前で諦めてしまっている」

のだそうです。

成功をした経験のない人は自分が成功する姿を信じられない、イメージ出来ないのです。


だからもう後少し、前進すれば道は開けているのに諦めてしまう。


産みの苦しみってありますよね、赤ちゃんが出てくる直前が一番痛いのだと思うのです。

でもその先には生まれることが判っているから我慢が出来る。


わかっていればもう少し頑張れるのに不安があるから躊躇したり諦めたりする。


「やっぱり駄目かもしれない」・・・・・  って


でも、どうせ考えるんだったら、思うのだったら


「駄目かもしれない」 ではなく


「絶対に大丈夫なんだ!」(どんな状況であったとしても)


と思ってください。


先日も書いたように

想いのエネルギーは先に行っているのです。

未来に行っているのです。

今想ったことはこれから先に影響を与えるのです。

プラスを想えばプラスが現われ

マイナスを想えばマイナスが現われるのです。

実にシンプルですよね わーい(嬉しい顔)


時間を無駄に過ごすとは怠惰になるだけではなく


マイナスの想念を持つ時間のことだと思うのです。


どうせ想うのなら未来が明るくなることを想った方がいいに決まっています。 わーい(嬉しい顔) 手(チョキ)


プラスを想うと光のエネルギーが未来を照らすので障害物が消えるのです。

マイナスが消えるのです。

過去世が浄められていくのです。

歩きやすくなるのです。

スムーズに行くようになるのです。

そして世界平和の祈りはそのマイナスを消す力が一番強いのです。ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)

なぜならマイナスの想念エネルギーは人間がつくったものです。

だから有限なのです。

でも世界平和の祈りは宇宙と共鳴するものだから無限の光なのです。ぴかぴか(新しい)

有限は無限に勝てっこないのです。


ですから


諦めないこと

絶対に大丈夫だと思うこと(信じること)

世界平和の祈りを祈ること



これをしていれば絶対に成功します。

成就します。

だって人間は創造主(神)なのです。

どんなものも創造していける力を持っているのです。

そのことがわかるようになる時期が

アセンション(次元上昇)の瞬間(とき)なのです。ぴかぴか(新しい)



 

世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



  
 








 
17、 私は常にあなたに真理を語りつづけている。
 
あなたの心が全智全能の創造主と同じような強い力を握っているのだということを。
 
あなたは自分の心で、自分自身を幸せにも不幸せにもすることが出来るのだということを。
 
自分自身を、傷つけ暗く悲しいものだと思ったら、その通りの人生が展開されてゆくであろうということを。

そして自分自身を神の分け生命として認め、明るく大いなる希望をもってゆくならば、またその通りの人生が展開されてゆくであろうということを。
 
心はすべてのすべてである。
 
なぜならば、心は自分自身の運命の支配者であるからだ。




20、

あなたは常に幸せを願うのだ。
 
あなたは常に神の無限なる能力を信ずるのだ。
 
あなたは常に調和を愛するのだ。
 
私はあなたのその望みにむかって全精力を傾けて、その実現のためにわがエネルギーをフルにあなたの心の中に注ぎこんでいるのだ。
 
だが、あなたの望みが常に暗く悲しく絶望的であるならば、その方向にむかってわがエネルギーを注ぎ込むことは、不可能である。
 
あなたの考えが明るく積極的な希望に満ち溢れたものに変わるよう、エネルギーを注ぎこむのであるが、そのエネルギーの消費量は並大抵ではない。
 
もともと+(プラス)の考え方を更に+(プラス)の方向に導き、この世に実現可能にせしめることは、宇宙の法則通りに実に簡単で無駄なエネルギーを消失しないものであるが、-(マイナス)の思考を+(プラス)に方向転換させることは、前者の何万倍ものエネルギーが消失されるものである。
 
 
常にあなたの考えを+(プラス)の方向に向けて生きて下さい。




『守護霊・守護神に代わってあなたに語る』 より




            西園寺昌美




  

  

2010年6月10日 (木)

宇宙からの警告(メッセージ)

  
  
今、なぜ地球世界感謝行が必要なのか?

ニュースで宮崎の牛の口蹄疫のことをやっていますが、なぜこんなことになったのか?起こるのか?

それは人間は薄々感づいていると思うのです。

「ああ、人間の都合だけで動物をあやめてきた報いだ」

・・・・と

ここに宇宙から地球へ向けられた警告(メッセージ)をお伝えします。

その声をどうぞ、聴いてみてください。
わーい(嬉しい顔)




 
宇宙からの警告(メッセージ)━ 地球生命体へ感謝を捧げよう

           
                     

                             西園寺昌美






宇宙への意志は、地球に完璧に働きかけています。

そして、宇宙からの強い警告が地球人類に届けられています。

地球に今、何か起こっているのでしょうか?世界中で生じている天変地変、環境汚染、自然破壊・・・・・・。

これからの地球は一体どのようになってゆくのでしょうか?果てしなく広がる真空の宇宙の中で、地球は今まさにさ迷っています。

地球の未来は果たしてあるのでしょうか?

地球人類は、地球の三十五億年の生命進化の過程で一体、何をしてきたというのでしょうか、地球人類は、地球の生命そのものの恩恵にどれほど浴してきたか、知っているのでしょうか。

地球の生命 ━ 水、空気、大地・・・・。地球人類は、これらの生命に対してどれほどの感謝を捧げたでしょうか。皆無でしょう。

逆に、地球の生命そのものを搾りにしぼりとってしまいました。

ただただ物質的豊かさや便利さのみを追い求めてきた結果として・・・・・。

そのため、地球という生命体は傷つき、病み、痛み、ついには癌化しはじめたのです。

その地球生命体の癌化こそ地球人類の癌化に他なりません。

そして、地球生命体は人類の癌とともに消滅する運命にあります。

この癌化のもとこそは、自然破壊、環境汚染をもたらした地球人類の否定的感情想念、物質的欲望の塊なのです。

宇宙の意志は、それに対して強い警告を地球人類に発しつづけています。

にもかかわらず、地球人類は相も変わらず、自我欲望に振り回され、物質欲に血眼(ちまなこ)になっています。


宇宙の意志はもうこれ以上、黙ってはいられません。


地球生命体がこれ以上傷つき、病み、痛むならば、地球生命体の一部分でもある地球人類もともに滅びかねません。


そこで宇宙の意志は、地球生命体が健康を取り戻すために地球の自己治癒力を促しました。

その結果起こった種々様々な天変地変はすべて地球生命体の復活を意味するものでした。

宇宙の意志は、地球の潰滅(かいめつ)など望んでおられません。

地球上で起こっている不調和、否定的想念エネルギーによる癌化などの状況をこれ以上、宇宙全体に波及させることを恐れてのことです。

宇宙の意志は、地球生命体とともに地球人類を救済することを切に望んでおられるからです。

地球生命体を蘇らせなければ、地球人類も救われはしません。

そのために宇宙の意志は、地球人類一人一人に対して真理の目覚めを促されました。

地球人類の宇宙への覚醒こそ今、必要なのです。


もうこれ以上、今のような生き方を続けてはなりません。歪められ、倒錯した人類の創造力からは、もうこれ以上、何も輝かしい未来は生まれてはきません。

神の無限なる叡智からすでに遠く離れてしまった人類の想像力からもまた、もうこれ以上、何も望むものは生まれてはこないのです。


人類はみな、物質的価値観のとりことなり、それに振り回され、毒され、汚れてしまいました。

それでもなお未だ懲りずに、その物質的価値観のもとで推し進められる最新のテクノロジーをあらゆる分野に応用し、さらに地球生命体の存続に根底から揺さぶりをかけています。

宇宙の意志は、もう忍耐の限界に達し、地球人類に警告を発しつづけます。





 

警告


『地球人類よ、もう一刻も早く真理に目覚めるのだ。

いつまでも同じ低次元レベルを繰り返すのではない。

いつまでも肉体に執着し、物質に心奪われ、倒錯した甘美な陶酔に浸っているのではない。

汝の生命を何と思っているのか。

汝一人の生命は地球よりも重いのだ。尊い存在だ。

地球人類よ、宇宙への覚醒こそ今まさに必要なのだ。

目覚めよ。

真理に目覚めよ。

地球人類は肉体界のみに生きているのではない。

同時に霊的、神的次元においても生きているのである。

人類は二つの次元に同時に存在しているのだ。そのことをよく知るがよい。

この二つの次元のバランスをとって生きることこそ、尊いことなのだ。

地球人類の大半は、肉体次元のみに傾いて生きてしまっているのだ。

霊的、神的次元に心を向けて生きるものは、ほとんど皆無に近い。


だが、しかし、地球人類の中にも、宇宙に覚醒して生きている者たちがいる。

彼らは究極の真理に目覚めている。

そして、彼らは地球生命体そのものに対して毎日祈りと感謝を捧げている。

それは “地球世界感謝行”である。

それによって、地球生命体は再び輝きを増し、生命を蘇らせている。

彼らの存在は実に尊い。

彼らの地球生命体への覚醒は目覚ましいものである。

それによって、地球生命体は復活しつづけている。

地球人類よ、一刻も早く一人残らず、真理に目覚めることだ。

そして地球生命体への覚醒こそ宇宙と地球と人類とがまったく一つに大調和してゆける道なのだ。

そのためには、地球生命体に対して“地球世界感謝行”を捧げることだ。
 

それこそが地球生命体を復活させるのである。
 

地球生命体を復活させるか破滅させるかは、もはや地球人類一人一人の真理への目覚めにかかっているのである。よろしく頼む 』






  

  

2010年6月 9日 (水)

みなさんが知りたいこと 14

  
  
  
個人の祈りが世界に及ぼす影響(個人人類同時成道)

 

この世は一人一人の想い(エネルギー)で出来ています。

だから、皆の想いが明るくなり、運命が善くなれば、自然に世界も平和になるのです。

「各国が軍備を増強しようとし、軍事力の強い国が一番強いんだという今までの古い考えが、そのまま踏襲されていったならば、この世界はやがて滅亡することは、もう常識の世界でもはっきり判っていることなんですね。

軍備を拡張するということは、滅亡までの時間を延ばしているに過ぎません。

地球世界の滅亡を、ほんの一瞬だけ、先に延ばしているだけなんですよ。

そうすると、このままゆけば地球の未来はない、ということになります。

それではいけないというんで、神様が世界平和の祈りを私共に下さったのです。

それが広まると、知らないうちに、戦争をしようとし、敵をやっつけようとする想いが次第になくなってゆくのです。

光の波で、業生の黒雲を消し去ってゆく。

だから、軍備をするとかしないとか、安保条約がどうとかこうとか、そんなことはまったく関係なく、日常茶飯事の自分の行いや想いのすべてをひっくるめて、世界平和の祈りの中に入れきってしまう。

そして自分は悠々と好きなことをしていればいいんですね。」(白光出版 『天の心かく在り』)





『消えてゆく姿で世界平和の祈り』 五井昌久 の小冊子より抜粋





 

 
感想


今日は少し、短か目にいきますね(笑)

先日、調和波動気功のセミナーで于先生が

エネルギーは先に行くっておっしゃっておられました。

これはどういうことかと申しますと

どこかへ出掛ける前に、自分が何かを想っているとする

するとその想いは肉体がそこへ行くよりも先に行って待っているということなのです。

だから例えば、朝から気分が乗らなくてイライラ、カリカリしていたとするとそのイライラ、カリカリの感情は先に行っているのです。


するとそこには、それに共鳴するような人たちが現われる。


当然、雰囲気悪いですよね げっそり

そこで喧嘩が始まったりする ちっ(怒った顔)

そして、そこがレストランだったとしたらその店に入ろうか、どうしようかと迷っている人は

「このレストランなんか雰囲気悪そう、止めておこう」になるのです。

ましてや、店のオーナー、店長、従業員がマイナスの嫌な気持ちで仕事をしていたり、何かの不満とかを持っていたまま店に来ていたとしたなら、その波動は料理にも波及するのです。

夫婦2人でお店をやっていてそこで喧嘩をしていたとしたら奥から怒鳴り声が聞えてきたら

美味しいわけがないですよね。(食材が新鮮で、善いものでも、味は落ちます)

このように今の心の心境が自分の未来も地球の未来をも創っているのです。

「世界平和の祈りを祈っていると物事がスムーズに運ぶ。」と于先生が言われていました。

それは祈りの光のエネルギーが未来の闇を照らすので、障害物が無くなる、消えるのだそうです。

ハーモニーの人で祈りながら人ごみを歩いていたら自分の歩くところだけ道が出来てスムーズに歩けた、すごく気持ちが良かった。わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)

と言っておられました。


そうなのです、想いのエネルギーは未来を創るのです。

プラスの光の想いは、明るい未来を創り、マイナスの暗い想いは、暗い未来を創ってしまう。

今、世界平和の祈りの力はかなり強くなっています。

祈る人が増えて少し祈っただけでもたくさんの人がその光で救われるのです。

だから、何かをしながらでもいいのです。

生活の中に祈りを入れるのではなく

祈りの中に生活をいれてください。わーい(嬉しい顔)指でOK




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます





  

 

2010年6月 8日 (火)

イカは漢字でなぜ 「烏賊」 と書くのだろう?

  
    

 

日頃、不思議に思っていたことがわかったときって嬉しいものです。わーい(嬉しい顔)

私の中で調べるほどのことではないのだけど、漢字で書いた烏賊(イカ)を読めなくて、

えーッこれがなんでイカなの?

と思ってそのときには記憶したつもりだったのに2度目にも3度目に見た時も

「あれッなんと読むのだったっけ?」と覚えられない漢字の一つだったのです。

納得しないと覚えることは出来ない。

そんなことってありますよね。

そして昨日、新聞を読んでいたら烏賊のことが書いてありました。

面白い内容だったので、よかったらお付き合いください。
わーい(嬉しい顔)



中略・・・・日本人は大いにイカを好む。刺身、イカそうめん、イカめし、ポッポ焼き、天ぷら、

のしイカ、スルメ。

世界のイカ漁獲量の半分は日本で消費される。

サケ、マグロと並ぶ三大海産物だ。

そのイカだが、漢字では「烏賊」と書く。なぜか鳥のカラスが出てくる。どうしてかというと、

イカは頭のいい動物で、時に死んだふりをして海面にふらふら浮かぶ。

カラスがしめたとばかり食いにかかると、突如反転して十本の腕で締め上げ、海中に引き

ずり込んで逆にカラスを食ってしまう。

カラスにとって海賊であるから 「烏賊」 と書く。・・・・




と文章は続くのですが、「烏賊」という字は決して当て字ではなく、風土記、日本書記の頃

からイカは烏賊と書かれていたそうです。

パッと吐く墨をカラスにも見ることが出来るし、神秘的な動物?魚?ですよね。


このように漢字というのは、真理を書いているのです。

漢字一文字をとってみても深い、深~い意味がある。

それと同じように人間も神秘に溢れています。

私たちの知らないことがまだまだたくさんあるのです。

わたしたちの頭でわかっていることは宇宙の規模から言えばサハラ砂漠にある一粒の

砂くらいのものだそうです。

頭でわかっているのが人間ですよね。

でも宇宙とつながると肉体の小さな人間から、宇宙大に拡がるとてつもなく大きな存在に

なるのです。

人間の心の奥には無数の世界があるのです。

肉体界→幽界→霊界→神界

心を鎮めて、世界平和の祈りを祈り、印を組んで、統一をしていくといくらでも深い世界に

入っていけるのです。

すると今までわからなかったことが一瞬でわかるようになったり、肉体人間で何生、何十

生、何百生、生きていてもわからなかっただろうと思うようなことも、パッとヒラメイタように

わかることがあるのです。

それは宇宙(本心)とつながった瞬間なのです。ぴかぴか(新しい)

そしてその深いところに本心、本当の自分がいるのです。

本心とつながることは人間にとって一番幸せなことなのです。

本当の幸せとは3次元の物質的なもので満たされることではなく

自分の奥にある宇宙(神)の波動に触れることなのです。

本当の自分を識ることは烏賊の意味を知ることとは、問題にならないくらい嬉しいこと

なのです。(笑)

今まで知らなかった素晴らしい世界がある。

そのことをお伝えする為にこれからも神秘的?なことを書いていきます。


 

世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)





 
 
 

みなさんが知りたいこと 13

  

  
  
このようにして、消えてゆく姿で世界平和の祈りをしながら生活していると、次第に神様の光で満たされるようになります。

「消えてゆく姿というものがなければ、世の中は暗黒です。

録音がぐるぐる廻りっぱなしで、この世の中はいつまでもよくならないんです。

ところが、あッこれは消えてゆくんだというと、スウーッと向うのほうへ流れていってしまう。呼び戻さないからね。

そして神様のほうへ持ってゆく、世界平和のほうへ持ってゆくから、どんどん業は消えてゆく、片一方では神様の光が入って来て、光明の録音がされる。

だから善悪がさかさまになっちゃうわけですね、渦転じて福となる。

転渦為福(てんかいふく)で、パッパッとひっくりかえってゆく。

悪いものが出た時、悪い想いが出た時、不幸が出た時に、もうそれはすでに良いものが入っていて、本当の姿が現われてくる。

光が出てくる。

いいかえれば、悪といい、不幸といい、病気といい、妬みといい、恨みといい、怒りといい、そういう業想念は神様の光が追い出しているわけなんですよ。

神様の光に追い出されて、外へ外へ、潜在意識から先へ追い出されて表面意識へ現われ、行為となって現われてゆくわけ。

現わすものは何かというと、神様の光なんですよ。

神様の光が追い出して、業は追い出されて消えてゆくんです。

それをまた掴んで、自分のほうへ引き戻そうとするのが普通の人間のやり方なんです。

昔の修養というのはそうです。

いちいち反省する。

反省は結構で、反省がなくては困る。

悔い改めをする、それも結構だ。

しかしかえりみすぎちゃって、知らないうちに業の中へ入っちゃうんですよ。

自分は悪いものだ自分は悪いものだに入ってゆく。

人間というものはだめなものだ、だめなものだに入って行く。

それは本心というものと業想念というものの区別がついていないからですよ。

本心は神の子である、神の分霊であって光明燦然(こうみょうさんぜん)としているものである、ということがわからないんです。

わからないために ━ この世界があまりよくありませんからね、堕落する人が多いし、自分勝手なことばかりする人が多いからね、人間の世界は悪いものだという性悪説が生まれたんですね。

それで人間はダメだ、ダメだと思う。

だめだ、だめだといっているうちは、だめなんです。

だめなものは何かというと、それは神様と離れた人間の想いなんです。

神様と離れている想いはだめなんです。

神様と一つになっている想いは愛なんですよ。

何故なれば神は唯一なんです。

一つなんです。

一つなるものが守護神に分れ守護霊に分れ、或いは分霊として何十億にも別れているわけです。

この元をただせば神様の中にあるわけ。」(白光出版『高級霊は上機嫌』)





『消えてゆく姿で世界平和の祈り』 五井昌久 の小冊子より抜粋






 


 
 

感想


ここで一番、理解しがたい、でも納得したいところは



悪いものが出た時、悪い想いが出た時、不幸が出た時に、もうそれはすでに良いものが入っていて、本当の姿が現われてくる。

光が出てくる。

いいかえれば、悪といい、不幸といい、病気といい、妬みといい、恨みといい、怒りといい、そういう業想念は神様の光が追い出しているわけなんですよ。

神様の光に追い出されて、外へ外へ、潜在意識から先へ追い出されて表面意識へ現われ、行為となって現われてゆくわけ。

現わすものは何かというと、神様の光なんですよ。

神様の光が追い出して、業は追い出されて消えてゆくんです。

それをまた掴んで、自分のほうへ引き戻そうとするのが普通の人間のやり方なんです。



のところですよね~


悪い想いが出ている、悪いことが起こっているのに、それは悪いことが出て善くなって行く前の段階なんだ。

神様の光が押し出しているんだ。

だから悪いことを掴んではならない。

理屈ではわかっても、やっぱり悪いことを想ってしまうと起こるとどうしてもそうは思えない。


そうですよね~


ここをもっとわかりやすく噛み砕いてみたいと思います。(前回言ったことと重なるかもしれませんが)

ここに心というコップがあるその中には、前世から積もり積もったマイナスの想いや悪いことをやってきた行為が消えずにたくさん残っているのです。(プラスの想いや善行為もありますが)

そして、そのコップには今の想念行為が足されていって水が溢れ出ている。

今、コップのまわりの机にあるテーブルクロスを汚しているのは、過去世の想いなのです。

それが

「どうしてこんなことを想ってしまうのだろう?」 とか

「どうしてこんなことが起こってしまうのだろう?」

なのです。

そしてプラスの言葉を想いを心の中に入れていけばよいと聞いてやってみた。

するとコップの中にはきれいな水が入って行くわけです。

でも溢れ出る水は以前よりもきれいにはなっているけれど

まだ汚れている。(急にはきれいにはならない)

相変わらず

悪い想いも湧いて来るし、嫌なことも起こる、会社が倒産するとか失業するとか病気になるとかそういうことが起こって来る。(それでもかなり小難になっているのです)


以前よりも多くなったかもしれない。


「祈っているのになんで善くならないんだろう、やっぱり神様なんていないんだ」

と短絡的に思ってしまうのです。

自分の願望とは逆に、神様は

「悪いものを早く出してやろう、こいつはそれに耐えられる」

と判断されて以前よりももっと悪い想いや出来ごとが起こることがあるのです。

でもそれは、潜在意識(幽界)を早く清めるためなのです。

神様の光とはここではきれいな水のことです。

世界平和の祈り言とはこの神様の光なのです。

コップの中に入れるきれいな水のことなのです。

だから考え方が変われば心の中で天地がひっくり返ったようになるのです。(実はこのことを奇蹟というのです)


今までマイナスに捉えていたことが本当はプラスだった。


「悪い想いが出て来た」

「ありがたい」

「悪いことが起こった」

「大難が小難になった、ありがたい」

「病気になった」

「悪いものが出て行くんだ、ありがたい」

「会社が倒産した」

「悪いものが消えて、また新しい光が入って来るんだ、ありがたい」


になるのです。


でも祈ってないと駄目ですよ(笑)

祈ってなくて、ただ潜在意識の中に今のマイナスの想いを入れていくのでは、五井先生のおっしゃる普通の人間になってしまいます。


今までの普通の人間では、世の中は善くなって行かないのです。

祈りによって幽界に溜まった、潜在意識に溜まった汚れた業を清めていかないと肉体界は善くなっていかないのです。

そのためには、自分が神様と一体となって、宇宙から流れてくる光を受け取って、光の柱になることです。ぴかぴか(新しい)


その光の柱の数が臨界点を超えたとき、地球は変わるのです。(三万人の宇宙意識(神意識)になった人)

夜明け前が一番暗いのです。

だから今が一番暗いのです。 (憂欝にもなるし、しんどくにもなる)

そして今、色んなことが起こっています。

心の中も地球上も・・・・・・。


祈っている人が多くなれば多くなるほど、闇を光が照らして業が噴き出るのです。

これから悪いと思われることがたくさん起こります。

でもそれは、プラスから出たマイナスなのです。

光がたくさん入ったので、闇が押し出されたのです。

でも安心してください。わーい(嬉しい顔)

闇はすぐに消えます。

暗闇で照明のスイッチを入れると一瞬で明るくなるでしょ電球ぴかぴか(新しい)

それと同じで消えてゆく姿はすぐに消えるのです。

祈れば祈るほど早く消えてゆきます。

肝腎なのは、そのときに掴まないことなのです。

つかんでもすぐに離す(放つ)ことです。

そうすればまたすぐに消えていきます。(でもすぐに消えないからと焦らないでください、消える時期もあるのです)

太陽が雲がうっとうしいとイライラして睨みつけたら雲は動けなくなってじっとしている。

しかし雲は消えてゆくんだ、流れ去っていくんだとわかっていれば、雲は勝手に流れて行くのです。

それと同じです。

世界平和を祈る上で消えてゆく姿は大切なポイントなのです。

そこで今回は詳しく書いてみました。

お付き合いありがとうございました。わーい(嬉しい顔)




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



  


  

地球世界感謝行 (食物・肉体)

 
  
  
食物への感謝

  
人類を代表して 食物を司る神々様に 感謝申上げます。

すべての食物さん有難うございます。

我々は あなた方によって生かされています。

にもかかわらず 人類がとってきた

食物に対するわがまま 不平不満 感謝の足りなさを

どうぞお許し下さい。

我々を生かし 働かして下さる エネルギー源の

すべての食物に 心より感謝申上げます。

世界人類が平和でありますように

すべての食物を司る神々様有難うございます。






肉体への感謝


人類を代表して 肉体に感謝申上げます。

私の肉体を生かしている すべての機能 すべての血液 すべての骨 すべての体液 すべての神経 すべての筋肉 すべての内臓 すべての器官 

肉体を構成している一つ一つの細胞さん 有難うございます。

肉体は 神様のみ心を現す大事な場。

肉体なくして この世に完全平和を 実現することは出来ません。

我々は 我々の肉体を 尊い神の器として

神の表現体として 尊敬し 愛し 大切にいたします。

世界人類が平和でありますように

肉体さん有難うございます。 

肉体さんの天命がまっとうされますように








感想


食物や肉体へ感謝をすることはよく考えてみれば、当り前のことのように思うのです。

そしてそれを司っている、構成している、機能させてくれている各担当の神々様へは自然とありがたいなぁと思います。

しかし、家庭でも学校でもそんなことは教えてはくれない。

私は親に食べ物への感謝ではなく、それを作ってくれたお百姓さん(古いですね~、農家の人のことです)に感謝しなさいと教えられました。

そしてそれと同じように肉体への感謝ではなく

丈夫な身体に産んでくれた親に感謝しなさいと言われたものです。

スポーツ選手がよくインタビューで

「健康な身体に産んでくれた両親に感謝します」

と言っているのですが

なにか変だと思うのです。

確かに肉体は母親の母体から出て来ますが、いのちは神様が司っているのです。

健康に生まれてくるために栄養をつけるなどの努力は母親がするとしてもその後の健康とか運命とかは守護霊守護神様がコントロールしているのです。

食べる物が貧しくても健康に育つこともありますし、栄養が満点でも病気にならないとは限らない。

食べ物を創ったのも肉体を創ったのもそれぞれを司っている神様なのです。

日本には八百万(やおよろず)の神がいらっしゃると言われています。

それくらい細部に渡って常に見守り続けてくださっているのです。

その存在(目にみえない偉大なもの)を忘れて、目に見えるものだけに意識がいく。

そこから人間の傲慢が始まったのです。

今、地球には感謝の気持ちの波動が少ないのです。

だからありがたいことや感謝すべきことなのに、それが当り前のことのように思えてくる。



地球世界感謝行をしていると感謝が出来る波動体になるのです。

感謝は光なので、自分の本体を輝かせます。

いのちが生き生きをして来るのです。

そしてその光は伝わって光の足りない処へ行くのです。

するとその場所は光に包まれます。ぴかぴか(新しい)

感謝をしないと地球はもう滅亡するのです。

これまでにアセンションに失敗して来た(6回)のは祈りと感謝がなかったからなのです。

足りなかったからです。


感謝行は地球を救うのです。



  


  
 

2010年6月 7日 (月)

みなさんが知りたいこと 12

  
  
  
「すると今までのように、何も判らないで不平不満を言いながら一生懸命やるのと、不平不満を消えてゆく姿として神様のほうにまかせて一生懸命やるのとでは、全然違ってきます。

マラソンをするのにしても、心の中にモタモタしたものがあって走っていたのでは、うまく走れません。

でも無心の状態でやっていると力が出てくる。スポーツを見ていると一番よく判ります。

野球なんかでも、打たなきゃ、打たなきゃと思うと、力んでしまって打てなくなってしまう。

無心でバットを出すとどんどん当たる。そういうように無心になることがいいのです。

無心になるためには、祈り言葉の中に、祈りの中に入っていればいいんです。

無心の中には神様のみ心があります。神様そのままの、生命を下さって人間を生んでくださったもとの心は無心の中にあるわけです。

無心ということは自分の心がないこと、想念がないということです。

しかし、想念がなくなるわけにはいきませんから、神様の中に入れてしまって、神様のみ心とすり変えてしまえばいいわけです。

そこに日頃の修練が生きるわけです。

いくら日頃修練していても、例えば野球の練習をしたって、試合で打てやしないんじゃないか、どうしようなんて頭の中でガタガタしていたのでは、打てやしません。

何も思わない時には成績がよくあがる。

それはスポーツばかりではなく、すべてがそうなのです。

そこで老子は、無為にして為せ、コチョコチョ小智才覚で思うのではないのだ、みんなおまかせして神のみ心のままに行け、と言うんですね。

それには、やっぱり祈り心、祈り言葉がないと、なかなか出来るものではない。

そこで世界平和の祈りというものが生まれているのです。

だから祈りに住して祈りに把われず、祈りながらしかもそれに把われないで、日常茶飯事のことを一生懸命やる。

祈っているから何もしない、なんてただボンヤリしていたって、それはどうしようもない。

祈り心で、しかも家庭の主婦は一生懸命家庭の仕事をし、学生は一生懸命勉強をし、サラリーマンは会社で一生懸命働く。

そうすると祈り心がそこに生きて来て、すべてがうまくゆくわけです。

神様におまかせしていると、自然と気力が充実してきて、自然に動いて何かしなければいられなくなる、それでいい仕事が出来るようになるのです。」(白光出版『天の心かく在り』




消えてゆく姿で世界平和の祈り』 五井昌久 の小冊子より抜粋




 



感想

ここで間違えやすいのは、ただボーッとして何も考えていないのと、祈りの中に入って無心でいるのとの違いです。

ただボーッとしているのは、無防備で隙だらけということです。

人間の頭には常に色んな情報が入ってきています。

以前、肉体人間の頭は、テレビの受信器と同じである、色んな電波と共鳴出来る、波と合わせられる、と書きました。

NHKもあれば読売テレビもあれば、衛星放送もあり、低俗なエッチな番組も恐怖映画もやっているし、目を覆いたくなるような暴力シーンもある、それらが入り乱れて頭の中に入って来るのです。

そして潜在意識の中に残っているものと共鳴する。

前世で乱暴だった人は、意識が残っていて、暴力を振るうシーンと共鳴するのです。そして昔を想い出してやってみたくなる。

まして地球上の想念エネルギーは汚れている、マイナス思考がたくさん漂っている。

だから人間はそこに共鳴してしまっておかしくなっているのです。


それを無くすには、汚れてしまった潜在意識というものを浄めなければならない、潜在意識は幽体に溜まっている。


幽体とは、肉体にくっついたエネルギー体ですが

それが集まった世界があるのです。

人間のあらゆる想念が溜まった集積場です。

それが幽界です。

そこを浄めないと肉体界は絶対に善くならない。

それを守護霊、守護神と一緒に協力して浄めていくのが世界平和の祈りなのです。

守護霊様、守護神様は人間の運命が善くなるようにと四六時中浄めてくださっている、夜も寝ずに一生懸命に浄めておられるのです。


感謝しても感謝しきれないくらいです。


すいませんあっかんべー

また話しが逸れました。(笑)

ですから、ただボーッとしているということはろくなことにはならないのです。

それは犯罪の温床になるからです。

悪い事をする人、してしまう人はほとんど目がうつろです。

幽界のオバケちゃんにもて遊ばれているのです。(憑依現象ですね)

だからそうならないためにも自分の本心と神様としっかりつながっていることが大切なのです。

つながった上で自分の想念、湧いて来る色んな想いをすべて神様に預けてお任せをする。(汚れた頭の中を神様のみ心と入れ替える)


すると頭がスッキリしてくる。ぴかぴか(新しい)

このことをお釈迦様は 空 くう とおっしゃっておられるのです。


こうなって初めて人間はまともになるのです。

人間から人(霊止)になる。

霊止(ひと)とは霊が宿った人のことです。

霊とは神様のこと

つまり神様のみ心が肉体の自分に入っているのです。
 

何も考えないのが無心ではない
 

神様と一体となった状態でおまかせした状態で余計なことは考えない


すると自分の器には神様が入っているので、神様が働けるのです。

神様に自分の器を使ってもらえるのです。

自分がするのではない、神様がするのです。

神様といっても見ず知らずの人のことではありません。(笑)

自分が神様なのです。(我即神也)

人間は神様から分かれた分霊(わけみたま)なのです。


頭でごちゃごちゃ考えなくても身体がスーッと動く、そして必要なことは無駄なくいつの間にかやってしまっている。


宇宙の法則(神様)に乗るということです。


すると一切の迷いが無くなる。


アセンションとは人間がこのような素晴らしい状態になるこというのです。



そのためには世界平和の祈りが必要なのです。




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます


 


  

追伸


ここまで書いてきて、自分が宇宙そのものである、宇宙とは神様のことであるというところでペン(キーボード)が止まるのです。(笑)

みなさんの中で自分が何者なのか?

がハッキリとわかっていないのだと思うのです。

私が、人間とは神そのものなのです と書いてもすぐに

「その通りだ」 と思える人ってそんなにいないのです。(私もそうでした)

それは潜在意識(前世)の中で

「神様なんかじゃない」というものを散々植えつけられてきたからです。

でも潜在意識の奥では知っているんですよ。わーい(嬉しい顔)

その潜在意識の奥を識ろうとしたら印を組むことなのです。

私の話をこれ以上進めて行くにはみなさんが印を組んで

「自分が神である」ことを心で判らなければならない。

そんな時期に来ているように思います。

でも無理にとは言いません。

組みたくても組めない人もいらっしゃいます。

エネルギーが強いので受けれない人もいるのです。

祈りだけでも十分世界平和に貢献できます。

でも、我即神也を本当に実感してみたい人は

やってみてください。

きっと、新しい自分を発見できると

私は確信しております。



  

 

2010年6月 6日 (日)

いざ、脱藩のとき!

 

   
坂本竜馬が相変わらずの人気ですが、私が竜馬が素晴らしいと思うのは、剣豪でありながら生涯に一人の人も殺めることはなかった

自分が殺されても相手を傷つけることを嫌ったところです。

徹底した平和主義者だったのでしょう。

そしてその人柄ですよね わーい(嬉しい顔)

明るく朗らかで子どものように無邪気だった。

人から愛されていた。

でもひとたび、ここぞというときには自分のいのちを惜しまず挑んでいった。

その挑んでいった先は、人を斬りに行くのではなく、調和な平和な日本を創るためだったのです。

そのためには、裏切りと思われるようなこともした。

それが脱藩だったのです。

藩という狭い範疇(はんちゅう)から抜け出した。

昔は藩主は神様と同じで絶対服従、逆らうと切腹ものでした。

しかし世界をみていた竜馬には藩は日本のほんの一部にしか過ぎなかった。

だから悪ぶれることも無く、当然のように藩を出て行ったのです。

この勇気が竜馬の魅力だと思うのです。ぴかぴか(新しい) わーい(嬉しい顔)


先日の調和波動気功のセミナーで最近ハーモニーにつながった方がいらっしゃるのですが、この方は○○経を信仰されていました。


熱心にされていてご自分が導いて入信された人も何人かいたようです。


大阪に来るようになって、于先生のレッスンを受けられるようになって本物だと思えるものに出逢えたと思った。

でも、その人には今まで育ててくれた、お世話になった、心の拠りどころとなっていた宗教があった。

そしてしばらくは掛け持ちをしていた。

しかし、大阪でのレッスン、セミナーとそれまでの宗教との行事が重なるようになった。

どちらかを選ばなければならない。

でもそのときにはもう心は決まっていたのです。

「大阪に来て、于先生のレッスンを受けて、セミナーに参加したい。」

そして于先生にお聞きしてみた。

どうしたらいいのか?ではなく、あちらの方にどう気持ちの整理をつけたらいいのか?だったのです。

すると先生は

「坂本竜馬が脱藩するようなものですね」

とおっしゃったのだそうです。(笑)


すごくわかりやすく、的を得たお答えだったと思うのです。


それからその方は、最後の集会で別れを告げて来たそうです。


今までの想いが出てきて悲しい感情も、申し訳ないという想いもこみ上げて来たけど、そして自分が誘って入信させた人たちもそこには居たけど、毅然とした態度で別れを告げられたそうです。


その中でトップの人が

「あなたの新しい出発が始まるのですね」 と心中を察したかのような言葉をかけてくださったのだそうです。

そしてとても清々しい笑顔で、

「又、大阪に来ることが出来ました」

とスピーチをされていました。

私は聞いていて

「素晴らしいなぁ」 と思ったのです。

そしてまさしく、坂本竜馬の取った行動とはこうだったのだろうと頷いたのでした。

今、たくさんの人がこのような岐路に立たされていると思うのです。

今までの 習慣、慣習、環境、そして思想、宗教を変えるのにはエネルギーが要ります。

勇気も必要です。

でも、やるときはやるんだ

という決意が大切だと思うのです。

それが仕事を辞めるときかもしれない

親離れ、子離れするときかもしれない

遠いところに行くときかもしれない

先の不安なことから考えたらこのままの方が楽かもしれない

今までの自分を否定することになるのかもしれない

人に相談したら反対されるかもしれない

でも今行動しなかったら、後で後悔する

時間を無駄に過ごしてしまう

それは自分の生命を生かすことにはならないのです。

私はこの脱藩?を煽るつもりはありませんが(笑)

自分を変えようとしたときには必要なものだと思うのです。

そして正しい判断が出来ているときは

案外、勇気を出すほどのものでもなく

スムーズに行くものなのです。

神様の応援があるからなのだと思います。

私も何回も脱藩を繰り返して来ました。

そしてこれからも

「ここぞ」

というときには

脱藩(小さなですが)をすると思います。

みなさんはどうですか?

もしかしたら、今が脱藩のときではないですか?



   

地球世界感謝行 (大地・肉体)

  
  
  
先日の日記で、私たちは動物に対して感謝が足りていない、だから宮崎の牛の口蹄疫のようなことが起こるのだ と書きました。

余談ですが、人間はお肉やお魚を食べるようにはなっていないのです。

人間の歯は、草食動物と同じ歯の形になっておりそのほとんどは臼(うす)のような形をしているので臼歯と呼ばれ、食べ物をすりつぶす役目を持っています。

つまり野菜やコメをすりつぶすように出来ているのです。

28~32本の永久歯の中で臼歯は20本あります。

そのうち食べ物を食いちぎる歯は犬歯の2本だけなのです。

つまり動物系の食べ物を食べるようには出来ていないのです。

それなのに食べるというのは不自然なのです。

牛や馬がお肉を食べるのと同じなのです。


http://www.hda.or.jp/qa/a7_1.html
 

先日に書きました、牛が屠殺場(とさつじょう)に送られる前に自分が殺されるのを察知して泣き叫んでいるという于先生の説明を聞いてから、私はお肉を食べることに躊躇するようになりました。げっそり


牛やその他の動物たちの天命を祈れば食べてもいいのだ

というものではないような気がするのです。

本来食べるべきでないものを食べてしまっている

そのことにも問題があるように思うのです。

未来の地球では、お肉は食べていません。

それは地球よりも進化した星(金星)の姿を見ればわかるのです。

以前、私が紹介した地球の地底都市のことが書いてある「超シャンバラ」という本にも載っていますが、私たちは近い将来(ほんとに近いのです)野菜と果物しか食べなくなるのです。
 

その前兆が今、現われているのです。

でも、今は食べている

だったら食べ物になってくれている動物や植物に感謝をしなければならないと思うのです。

それを形にしたのが感謝行です。

前回は、海への感謝を書きました。

全部で12項目あります。

今日は大地への感謝です。

そして日々かかさずに感謝しなければならないのが肉体への感謝です。

私たちの身体を司っている肉体、健康を保ってくれている肉体には常に感謝の気持ちを向けることが大切だと思います。

私がW先生のところへレッスンに通っているときには、レッスンの前にストレッチングボードに乗って、光明思想徹底行をすることとその後で肉体への感謝の言葉を唱えることをしていました。


感謝を捧げることにより肉体が喜び整ってくるのです。わーい(嬉しい顔)



これから、11項目の他に肉体への感謝を付け加えて書いていきます。







  山への感謝


人類を代表して、山を司る神々様に、感謝申上げます。

山さん、有難うございます。

我々は あなた様によって生かされています。

その限りなき恩恵に  心より感謝申し上げます。

そのお心も知らぬ 人類の勝手気ままの振舞いを どうぞお許し下さい。

噴火、爆発、山くずれを起させ 我々に目覚めを促されるお心を


どうぞおしずめ下さい。


世界人類が平和でありますように


山を司る神々様有難うございます。




 


肉体への感謝


人類を代表して 肉体に感謝申上げます。

私の肉体を生かしている すべての機能 すべての血液 すべての骨 すべての体液 すべての神経 すべての筋肉 すべての内臓 すべての器官 

肉体を構成している一つ一つの細胞さん 有難うございます。

肉体は 神様のみ心を現す大事な場。

肉体なくして この世に完全平和を 実現することは出来ません。

我々は 我々の肉体を 尊い神の器として

神の表現体として 尊敬し 愛し 大切にいたします。

世界人類が平和でありますように

肉体さん有難うございます。 

肉体さんの天命がまっとうされますように






 
追伸


感謝行の印を組みたい方は

白光真宏会のHPの個人・人類救済の方法の地球世界感謝行をご覧になってもいいですし


http://www.byakko.or.jp/index.html


于先生が出されている3冊の本や「無限なる勇気」にも載っています。


調和波動気功法HPのテキストのご案内をご覧ください。


   http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/

 
  

朝日新聞を読まれていますか?

  
  
すいません、今思い出しました。ふらふら


于先生が出された『無限なる勇気』の本の広告が今日の朝日新聞に掲載されています。


この本は宇宙神との約束事で降ろされた本なので、宇宙の波動で出来ています。(言っちゃった)

広告であったとしても、そこだけ光って見える人もおられると思います。ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)


是非、ご覧になってください。



    

みなさんが知りたいこと 11

     
  
  
祈りによる運命好転のしくみ(潜在意識への働きかけ)
 


祈ることで、潜在意識の中の、それまで悪い想いが溜まっていた部分に、新しくいい想いが溜まり、過去世の因果が善因に変わります。すると、心が軽くなり、自然と光明思想になる ━ つまり、運命が好転するのです。

「原因結果、原因結果と果てしなく輪廻する業因を超えるためには、その業因をつかんでしまってはいけない。

いかなる業因縁が果として現われようとも、果として現われれば、その因縁はそのまま消えるのだから、消えてゆくという念と、これで善くなる、という善念だけを出せば、運命はその時、新しい善因を記録する。

そうした方法を根よくつづけて行けば、その人の潜在意識は、しだいに善因縁に変化してゆき、顕在意識の善なる想念と正しく交流して、その人の運命は好転する。」(白光出版 『神と人間』)


「そして世界平和の祈りをやっていますと、だんだん心が明るくなっていきます。ああ消えて姿なんだナ、と心から思えなくても、一生懸命想おうとすると、悪い想い暗い想いが潜在意識に入るのがズーッと少なくなる。

それに平和の祈りをするから、救世の大光明が100%入ってきます。それがやがて現象界に出てきて、いいことが現われてきます。

世界平和の祈りをしていれば、平和の祈りが光となって入ってくるから、必ずいいことがあるに決まっているのです。」

「だから現われてくる想いや事柄を、消えてゆく姿としてどんどん世界平和の中に入れていますと、悪いものは消える。

いいものは改めて増加して光になって還ってくるわけです。だからいいも悪いも消えてゆく姿で世界平和の中に入れていると、悪いものはどんどん消えてゆくし、いいものは倍加して幽体の中に入ってゆく。

すると幽体がしまいに光に満ちて、平和の心に満ちて来て、神のみ心で一杯になるわけです。

幽体の波がスッカリ浄まった波になる。その浄まった波というのは神様の波と同じだから、肉体をもったままこの世で生活しながら、仏様のような菩薩様のような、いい人になるのです。」(白光出版『魂が大きく開く時』)





『消えてゆく姿で世界平和の祈り』 五井昌久 の小冊子より抜粋











感想

 

実は最後の文章の


 
「幽体の波がスッカリ浄まった波になる。その浄まった波というのは神様の波と同じだから、肉体をもったままこの世で生活しながら、仏様のような菩薩様のような、いい人になるのです。」


にかなり大切なことが大事なポイントとして書いてあるのです。

人間の心の中を一つのコップだと思ってください。

そのコップの中に色んな想いが入っている。

前世からの積もり積もった想いです。

そのコップの中には善い想いもあれば悪い想いもあるわけです。

それが時を経て、今出てきているわけです。

ところてんのように押し出されてね。

だから、

「なんでこんなこと思っちゃうんだろう?」

と考えてみてもしかたのないことなのです。

大昔、思っていた想念が今でてきているのだから・・・・

だからそんなことを反省せずに観の転換をした方がいいのです。

「これは今の自分じゃない昔のものなんだ」

と切り換えていい想いをコップの中に入れていくのです。

どうせ入れるのなら、光に満ちていて、一番早くコップの中を浄化してくれるものがいいですよね。ぴかぴか(新しい)わーい(嬉しい顔)

それが世界平和の祈りなのです。

この祈りは、五井先生と宇宙神との約束で

この祈りをする人には救世の大光明霊団(たくさんの神様)に応援についてもらう、だからその人の運命も地球の運命も早く善くなるし、宇宙全体にもいい影響を与える。ということなのです。

世界人類とは地球人のことだけではないのです。

宇宙に住むすべての人類のことを言っているのです。


これ以上、グローバルな祈りはないのです。夜


だからもの凄い光が降りるのです。ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)


それを信じてください。


これだけ汚れた人間の想念を浄めて、地球を浄化させてアセンションに導くには強烈な祈り言霊が必要なのです。

世界平和の祈りがないと間に合わないのです。

コップの中をきれいに早く浄化できないのです。

そしてこのコップの中に超きれいな水を入れ続けていくと

臨界点を超えた時に

なんの曇りもない透き通った青空のようなコップ(心)になるのです。

それが神様のコップ(心)と同じなのです。わーい(嬉しい顔) 手(チョキ)


そのことが


「幽体の波がスッカリ浄まった波になる。その浄まった波というのは神様の波と同じだから、肉体をもったままこの世で生活しながら、仏様のような菩薩様のような、いい人になるのです。」


に書かれています。


いつも言っているように人間は光の波動体なのです。

光の波が集まって出来ているのです。

だからその波をきれいにすればいいのです。



世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます


 

2010年6月 5日 (土)

袖振り合うも他生の縁

 

  
正確には

「袖振り合うも他生の縁」なのですが多くの人は

「袖触れ合うも多少の縁」だと思っていると思うのです。

袖振り合うと袖触れ合うの違いはどっちでもいいのですが

問題は他生と多少です。

私も昔は

「今、会っている人とは、少なからずご縁があるのだろうなぁ」

くらいに思っていたのです。

でも真理のことがわかるようになると

他生ががぜん真実味を帯びてくるのです。

他生(たしょう)とは、他で生きている世界のこと

今生以外の世界のことです。

幽界、霊界、神界のことも他の世界ですが

ここでは前世をいうのです。

今生とは、前世(過去世)の写し世です。

前世での想っていたこと、してきたことが、今こうして現われて来ているのです。

だから今、会っている人とは全員、一人残らず、前世で会ったことのある人たちです。

嬉しい感じがすることもあります。

懐かしい感じがすることがあります。

嫌な感じを受けることもあります。

反対にあなたに会って嬉しいと感じてくれる人も

嫌な奴だと思われることもあるのです。

私はその両方を経験してきたように思うのです。

私ごとですが、小学3年生までは、九州の大分にいました。

大分では毎日が楽しくて友だちもたくさんいて幸せな日々を送っていたのです。

しかし父の転勤で大阪の学校に転校してきたときから生活は一変しました。

学校で陰湿ないじめに遭ったのです。

それも理由なき理不尽ないじめでした。

どうしていいのかわからないまま地獄のような日々を過ごしました。

よその学校への転校するチャンスもあったのですが

「逃げてはいけない」 という言葉が心に響いて来て

なんとか卒業しました。

そしてその頃のことはずっとトラウマになっていました。

息子がいじめられていると見える場面があると(他の子とじゃれていただけなのに)飛んで行って

その子の胸倉をつかんでいました。

そして今から10年ほど前にその小学校の同窓会の知らせを受けた時に

W先生に

「私は小学生の頃にひどいいじめに遭っていたのです」

と告げると

W先生は

「あたり前です、前世であなたはその人たちを散々いじめてきたのです」

とおっしゃったのです。

その瞬間、トラウマは消えていきました。

私をいじめていた人たちへの恨みも消えたのです。わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)

それからしばらくして私はスッキリした気持ちで

その同窓会に出席したのです。

私たちの会う人たちとは、前世で縁のあった人たちです。

それも一回だけでなく何十、何百、何千、何万回も生まれかわり死に変りしているので途方もなくたくさんの人たちと接しているのです。

その間、仏様のような行為もしていれば、人殺しのような極悪非道な行為もしてきたのです。(色んな役を経験するために)

だから、相手に対して親切にしていた人には親切にされます。

そんな人たちはなぜか助けてくれるのです。

そのとき(前世)での恩を覚えていて(魂がですよ)そのお返しをしてくれるのです。

でも、私が遭ったいじめのように悪いことをしていたのなら、それが返ってくるのです。(多分その人を殺していたんでしょうね)

だから、そのときそのときによって、会う人たちの態度が違うのです。


私は、善いこともしてきていたけど、悪いこともかなりしてきたようです(笑)

しかし、そんな何万年、何千年前に出逢った人とのこと、出来事なんて覚えてないですよね(笑)


これまでの前世で会って来た人たちと今、ときを経て再会しているのです。(因縁生を消すために)


今生で会う人とは、自分の想いも相手の想いも様々です、複雑です。


遠い昔からある想いなのです。


その想いと想いが入り混じっている。


凄い修行の“場”ですよね。げっそり


できたらそんな修行なんてしたくない げっそり


私もそう思います。


でもそんな修行もさせられているのではなく

自分で選んできたのです。

肉体の自分はわかっていなくても

魂の本当の自分はわかって生まれて来たのです。(自分の魂を向上させるために決意して)

それも真実、真理です。


この世で一番難しいのは人間関係だと思います。


「誰とでも仲良くやっていきたい」

「笑顔で人と接したい」

「なんで嫌われているのかを知りたい」

色んな想いが湧いて来ると思うのです。



でも真理を識った上でそれを乗り越えていくのは


自分しかいないのです。


誰も助けてはくれない

神様は

乗り越えられない試練は与えないっていいます。


それも真理です。


いくつかの真理がわかったうえで

心の問題を自分で解決していく

それが大切だと思うのです。





  


    

2010年6月 4日 (金)

感謝出来る波動体になる

           

感謝行のことは前から書こう書こうと思っていたのです。

この感謝行をすると何に対しても感謝する気持ちが湧いてくるから不思議です。

以前、仕事において感謝できなくなってW先生に

「仕事を始めた頃は、すごく感謝出来たのに、今はそれが出来ない自分がいるのです」

とご相談したことがありました。

すると先生は

「感謝行をすればいいのですよ」

とあっさりとおっしゃいました。

そうなのです。

簡単なことなのです。

感謝出来ない自分を嘆くより

感謝が出来る波動体に自分がなればいいのです。

人間は光の波動体で出来ている

だから波動を変えればいいのです。

そのために感謝行をすれば、自然と感謝が出来るようになる。

不思議なようですが

真理なのです。

感謝しようしようとするのではなく

どこを押しても感謝しか出て来ない波動体に自分をしてしまうのです。

ちょっと難しいですか?

でも全然難しくはないんですよ(笑)


地球世界感謝行は

「我即神也」 「人類即神也」「光明思想徹底行」と同じように于先生の本に載っています。

この本は自分一人でも真理を追究出来て実践できるものなのです。(白光真宏会の応援はいりますが)

これからは組織に属さなくても個人で進化向上していける時代なのです。

http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/sub3.html



注意・・・初本の調和波動気功法には印の組み方は載っていません。


  

  

  

地球世界感謝行 12項目

  
  
私たちは、自然や自分の身体から無償の恩恵を受けています。

でも私たちはそれを当り前だと思い、傍若無人に振る舞う。

すると今まで黙っていた身体や自然たちは私たちを目覚めさせるために行動を起こすのです。

それが病気であったり、地震であったり、天変地変だったり、天候不順であったりするのです。

宮崎の牛の口蹄疫の問題も私たちが牛のお肉を当り前のように感謝もせずに食べつづけたからなのです。

「いただきます」とは

いのちを戴きますという意味です。

私たちが生きていく上で動物たちが犠牲になってくれているのです。

感謝は光なので、感謝をするとその光が動物たちのところへ行って

動物のいのちをまっとうさせるのです。

「牛は殺されるときに泣き叫んでいるのを知っていますか?」

「牛は屠殺場(とさつじょう)に行く前に自分たちが殺されるのがわかっているのです」

と于先生はおっしゃいました。

「宮崎の牛の口蹄疫は人間が感謝していないことへの牛の反乱ですね」

ともおっしゃいました。

その通りだと思うのです。

わたしたちはあまりにも感謝が足りないのです。

そして人類の感謝の足りなさを補うための祈り、印があるのです。

これから少しずつご紹介して行きます。




1.海 2.大地 3.山 4.食物 5.肉体 6.水 7.植物8.動物 9.鉱物 10.天象 11.空気 12.太陽







海への感謝


人類を代表して 海を司る神々様に 感謝申し上げます。

海さん 有難うございます。

我々は あなた様によって生かされています。

その限りなき恩恵に 心より感謝申上げます。

そのお心も知らぬ 人類の傍若無人なる振舞いを どうぞお許しください。

岸をたたき 浜をけずり 船をのみこむ 逆まく大波


荒れ狂う大波の数々を どうぞおしずめ下さい。


世界人類が平和でありますように

海を司る神々様有難うございます。





  



  

目をいたわろう

     
  
これも調和波動気功のセミナーでのことなのですが

ハーモニーの人(気功仲間)が質問で

「最近、視界がぼやけるのですがどうしたらいいでしょう?」

と于先生に聞かれていました。

先生は

「エネルギーがスッキリしていないこともありますが、タオルで目を冷やしたり、温めたりしたらいいです、後は、目の周りに保湿クリームを塗るのもいいでしょう」


とおっしゃったのです。


さっそくやってみるとほんとに気持ちがいいのです。わーい(嬉しい顔)

冷やしても温めても気持ちがいいとは不思議な感じですよね。わーい(嬉しい顔)

どちらも疲れが取れるのです。わーい(嬉しい顔)手(チョキ)

なぜそうなのか?は質問しなかったのですが

多分、先日書いたふくらはぎと共通しているのだと思うのです。

ふくらはぎは第2の心臓と言われていてここをもむと血液が循環するようになる。(温めると血管が広がり、冷やすと縮まるのでポンプの役割りをする)

実はこの血管の中をエネルギーが流れているのです。

血液がサラサラときれいな川の流れのように流れているのが健康な状態なのです。

血液が滞ったときに、病気になるのです。

脳溢血は血管が詰まる、癌は血液の流れが悪くなって血が澱んで溜まるのです。

目の中の血管は非常に細いのです。

だから携帯やパソコンで目を使うとその細い血管に負担がかかります。

流れが悪くなります。

それを温めたり冷やすことを繰り返すことで流れを良くするのです。(ポンプの役割り)

保湿するのも流れが悪くなって乾燥してきているのだと思うのです。

肉体はやさしくすること、感謝すること

そして丈夫になるようにしていくことが大切です。

それが肉体とうまくやっていく方法だと思うのです。



  

病気を治す3つの方法

  


 

先日の調和波動気功法のセミナー で于先生が

病気を治す3つの方法を言っておられました。




1.手を触れない

2.いつどうなるかを考えない

3.今日一日しかないと思う




1.の手を触れないとはそこに(悪い場所)に意識を持っていかないということです。

そこを意識するとそこにエネルギーを与えて大きくして しまうからです。


2.はどうしても結果を気にします、早く治って欲しいとそればかり思うのです。

病気を想うとまたそれを潜在意識に入れてしまうのです。
 
病気は時期が来れば必ず治ります。その時期を人間はコントロール出来ないのです。

だからどうぞ神様、お任せしますのでよろしくお願いしますと預けてしまうのです。


3.はここが一番大切ですね、これが出来れば、1と2は自然と出来ているのです。

もう今日しかないんだ、明日は無いんだ、だから今日を一生だと思って大切に生きようと思うことなのです。

そう思ったら、病気よりももっと気になることがあるのです。


「いつもは、嫌いだからと避けていた人に挨拶をしておこう」(笑)

「明日死ぬとして、他の人が部屋に入って来たらかっこ悪いからかたずけをしておこう」

「読みかけの本を読んでしまおう」

「もう明日がない」 と思えばいつもよりもやる気、勇気が出てくるのです。



私の病気を治す3つの方法の感想は以上なのですが、以前もそのことについて五井先生の本から抜粋したものがあります。

よかったら読んでみてください。本わーい(嬉しい顔)
  







個人指導の時、五井先生が 

「今日は病気が治る秘訣を教えてあげましょう。三つの約束が出来ますか?」

とおっしゃいました。




あなたは患部を触って、こんなに大きくなって、一体どこまで大きくなるんだろうか、と心配ばかりしている。

だからいけない。


明日から絶対に患部に触ってはいけない。


それが一つ。




二つ目は私がお浄めで病気の想いを消してあげても、あなたは病気だ病気だと、家に帰ると思う。


私は病気だからいつ頃死ぬのかな、とカレンダーを見れば、私の命日はいつかなと思い、先生が消せば、そばから病気だ病気だと思っている。


それではいくら消しても限りがない。


もう明日から、決して病気だと思っちゃいけない。





三つ目は、あなたはあと一ヶ月で死ぬか、三ヶ月で死ぬか、と思っているけど、人のいのちは神よりほかに知らない。



丈夫で歩いている人だってあと五分後のいのちかもわからない。


今夜にも自動車にはねられたり、ガス中毒で死ぬかもわからない。


そうかと言って、今、寝ている人が十年二十年生きるかもわからない。


だから、もう今日一日のいのちだ、と思って、半年後だの三ヶ月後だのと考えることは絶対にやめなさい。


あなたは今日一日、夜までだと思いなさい


先生に言われて、約束しますと申上げました。


そうしたら翌日から、何か皮がむけたような気がして、花も星もみなきれい、犬も猫も子どもたちもなんて可愛いんだろう、と思えるようになりました。


何か仕事をするんでも病気なんて思わないんです。


晩までのいのちなんだから、一生懸命にやろう、という気になりました。







感想

・・・・・・・・・・・文章はずっと続いていき、とうとうこの方の病気は治ってしまうのですが、プロセスとして、ご自分が病気のことを忘れてしまって、そして今日一日で自分のいのちは終わりだと思うことで一日一日を一生懸命に生きるようになって、心が寛容になって、人格が変ってしまったのです。



心の持ち方が以前と変ったのですね。

そして病気や色んなことに対する捉われが無くなったので、身体の中を流れるエネルギーがサラサラと流れるようになった。


人間は、光のエネルギー(気)体で出来ているので、エネルギーが正常(健康)になったのです。


そして気(エネルギー)が病んでいたのが治ったのです。


世間で言われる

「奇蹟が起こって、癌細胞が消えた!」


というのは癌を持っている人の心境が変化したことをいうのです。


自分で自分のエネルギーを整えたのです。

(これを波動調整といいます)



だから奇蹟でもなんでもないのです。



病気とは何か?


なんとなくわかっていただけましたか?


そして病気を治すことよりも心の持ちようがいかに大切か心の持ちようが現象(病気)に現われてくるのです。


だからやっぱり 病は気から なんですね。




最近、健康についてのブログを書き始めました。

目に見える肉体とみえない気(エネルギー・精神)との調和が取れてほんとうの健康が得られるのです。

どのページにも健康について大切なことが書かれています。


『健康と調和波動気功法 1~』

http://goodmoon51.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-6b36.html





参考図書

『みんな救われている』 五井昌久 白光出版



関連ブログ



「湯川れい子さんの末期ガンが治ったのはなぜ」


http://goodmoon51.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-eac4.html



「ガンが治る人 治らない人」

http://goodmoon51.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-31a4.html


  

一人一人に出来ること (無限なる勇気から)

  
   
一人一人に出来ること


21世紀、世界を変えてゆくのは私達一人一人の選択なのです。

政治家、科学者、聖者が世界を平和に導いてくれるのではないのです。

私達一人一人が、対立、競争、物質主義、病気などのマイナスを無意識に選択するという過去の古い習慣から脱却し、祈り、感謝、愛、調和、赦し、健康を意識して選択し続けることによって、世界の流れは平和、調和、幸せへと大きく変わってゆくのです。

そして、世界平和の創造は、宇宙神と人類の共鳴によって進められてゆきます。

宇宙意識に同調し、宇宙神と共鳴出来るまで意識を高めた人達の数が臨界点に達した時、生きとし生けるもの全てが一つに結びつき、調和、進化創造、次元上昇が果されてゆくのです。

宇宙神と共鳴出来るまで、意識を高める方法、それが印、祈り、マンダラなのです。

地球完成のため、まさに今、宇宙神より降ろされた神事なのです。


印、祈り、マンダラによって高揚した精神の目覚めが、チャクラを自然に開き、活性化させてゆきます。


「世界人類が平和でありますように。日本が平和でありますように。私達の天命が全うされますように。守護霊様ありがとうございます。守護神様ありがとうございます。」

という世界平和の祈りは光に満ちていて、自分が救われるとともに、人類の光明化、調和に大きな力を発揮します。


そして呼吸法を伴う「人類即神也」の印を特別なものです。

この印の深く特殊な呼吸法により自ら神性意識である魂と、物質である肉体エネルギーが一つになり、宇宙究極の生命エネルギーから全く新しいエネルギーを創り出してゆくのです。

そのエネルギーにより、自ら七つのチャクラが次々に開かれていくと同時に、人類の精神的目覚めに作用してゆくのです。

この印を組むことによって、知らず知らずのうちに宇宙の法則に則っているのです。

今現在、宇宙神と共鳴出来る意識の人が世界中で一万二千人います。

この数が三万人に達した時

が臨界点となり、加速度的に世界は上昇してゆくのです。


 


『無限なる勇気』 宇宙天使からの贈り物O大使とM大使お言葉から~「大元の光」 「天命について」 調和波動気功法 Ⅴ 于寿明


http://cart05.lolipop.jp/LA06686589/?mode=ITEM2&p_id=PR00101933969




調和波動気功法とは

   http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/



  


  

人と人間の違いは?

  
  
「あの人は・・・」

というのと

「あの人間は・・・」

というのでは

響きが全然違いますよね。

人の場合は、やさしい丁寧な感じがしますが わーい(嬉しい顔)

人間っていうと冷たい軽蔑に似た感じがする ふらふら

その響きを感じ取って、私たちは知らず知らずのうちに使いわけているのかも知れません。

でも、ハッキリとその違いはわかっていない



実は人とは霊止(ひと)のことなのです。

霊(神)が止まる。

つまり神様が宿っているという意味です。

霊は広く使われていますがその根源は神様です。

神様は神霊(しんれい)とも言われます。


 
神界(神霊)

霊界

幽界(幽霊)

肉体界(人間)

  

幽霊は肉体界にくっついている低い界層の霊です。

動物霊、感情霊ともいわれています。

霊界、神界に行くに従って魂の高い霊になるのです。

人(霊止)の場合の霊は神界の霊のことです。

だから人とは、神そのものなのです。

 

一方、人間とは何か?

人(霊止)と動物の間という意味です。

この動物とは、神から分けられた分霊ではなく

被造物のことです。

神様が創ったのだけれど、神は宿っていない。

つまり霊性はなく、感情で生きている動物という意味です。(犬のように霊性のある動物もいますが、ほとんどはそうではない)

神様と動物の狭間で生きているのが人間ということなのです。

地球には今、人間が住んでいる。

本当の意味の人(霊止)はほとんどいないのです。

だから地球は太陽系の中で最も遅れた星なのです。

何が遅れているかというと精神的に幼いのです。

金星がいつも冷静でしっかり者のお兄さんとすれば、地球はすぐに感情的になって、ケンカばかりをしているバカな弟なのです。(ごめんなさい泣き顔地球さん)


でも地球もいつまでもバカをやっているわけではありません。(笑)

アセンションとは、幼い星(地球)から立派な星に生まれ変わるということなのです。


これは一人一人の人間が本当の意味の人(霊止)になることをいうのです。

そしてアセンション(次元上昇)するためには宇宙神(神様)と共鳴出来る意識の人が3万人必要とされています。


3万人でないと人間の意識が変らないのです。

臨界点に達しないのです。(今、宇宙意識の人が1万2千人だそうです。)


そのことについては『無限なる勇気』に詳しく載っています。


この後に『無限なる勇気』から

一人一人に出来ること の文章を抜粋します。(宇宙神からのメッセージです)

大切なことが書かれていますので

是非、読んでください。わーい(嬉しい顔)


  


  

2010年6月 3日 (木)

みなさんが知りたいこと 10

  

  
本文


この「消えてゆく姿」 がわかりはじめた時に大切なことがあります。それは、自分の非を責めるのではなく赦すことが大事であるということです。

「例えば自分の間違いがありますね。過去世からの因縁で、悪い想いが出てくる。あるいは悲しい事柄が出てくる。

それは過去世の因縁の消えてゆく姿として出てくるわけです。自分の卑しい想い、人を恨むとか、怒るとかという想いはみんな過去世の因縁の消えてゆく姿なのであって、それを自分はダメだ、ダメだといって赦さないでいると、想いが消えようとしてせっかく出て来ているのに、抑えてしまって自分にくっつけておくわけです。

今日までの宗教というのは、自分に厳しく、他人に優しく、自分を責めさいなみ、自分を常に折檻して、それで立派にしよう、ということだった。

ところがなかなか立派にならない。立派になったようにみえても、今度は人を裁く想いがつのってくる。

自分を責めて、自分を叩き上げた人は、必ず人をも叩き上げたいのです。

人に対する愛が欠乏して、苛酷、冷酷になる場合があります。

そこで私は、自分を責めないで、自分を赦す ━ 赦すという言葉を言い換えますと、自分の想いなり、行ないなりを、消えてゆく姿として、神様にゆだねてしまう、ということを説いたのです。


現われてきた自分の嫌な想いは、過去世の因縁が消えてゆく姿なんですから、ダメだダメだ、と言って抑えないで、それを守護霊、守護神さんに、世界平和の祈りでもってお渡ししてしまう。

それが自分を赦す、という行為になるわけです。

自分の悪業というか、過去を放つ。

どこへ放つかというと、守護霊、守護神さんの中へ、世界平和の祈りと守護霊守護神への感謝の言葉をもってお渡ししてしまう。

自分をいつまでも、責めさいなんでいないということです。」

「ああしまった、私はこんなことをしちゃって、どうしてあんな心を出すんだろう、私は駄目だ、なんて私は悪いんだろうと嘆く。

嘆くと、私はどうしてこういう想いを出すんだろう、という想いをまた掴んでしまうわけでしょ。

短気なら短気、嫉妬なら嫉妬、恐怖とか不安の想いとかを掴んでしまう。折角消えようとするのに、掴んでまた、私はこういうもんだ、と録音しちゃうわけ。

折角一つの想いが押し出されて消えたんだけれども、つまり縁にふれて消えたんだけれども、また新しいものを同じ量だけ加えてしまうのですよ。

そうすると輪廻転生で、幽界の波の中をグルグル廻っていて、いつまでたっても悟れないわけなのです。

そこで聖者賢者が出て、助けていたわけです。

あるいは自分としては守護霊守護神がいて、守護霊守護神がたまった業を、夢などで一生懸命出して消してくれる。

だから録音されたものがそのまま録音されているわけじゃなくて、守護霊守護神が消してはくれています。


けれども自分自身では何も消してはいない。


そこで私の教えというのは、現われてきたものはすべて過去世のものが消えてゆくのだから、善いにつけ悪いにつけ、ああ消えてゆく姿だと思って、それを世界平和の祈りの中に入れてしまいなさい、神様のみ心の中に祈り言を通して入れちゃいなさいというわけです。

入れますと、それだけ減ったわけですよ。怒りなら怒りの想いを、ああ消えてゆく姿だな、と世界平和の祈りの中に入れちゃうと、その想いは消えるわけですよ。

妬みでも恨みでもどんな想いでもどんどん消えてゆく。」(白光出版『魂が大きく開く時』





『消えてゆく姿で世界平和の祈り』 五井昌久 の小冊子より抜粋




 





 
感想


今、自分が想っていること、考えていることは、今ではなく過去世からのつもりつもったものが出てきているんですね。げっそり

そして、「なんでこんなことを想うのだろう、こんなことを想ってしまうなんて、なんて自分は情けないのだろう」

と自分を責めますよね。

でも、それは今の自分が知らないものなんだ、それを責めていては立つ瀬がない。

他人に対してでもそうです。

「あいつなんで俺にあんなきついことをいうのだろう?俺は何にもあいつに対して悪いことは言っていないし、していないのに・・・・」


この世に現われてくるのは不可解なことばかり、理不尽なこともあれば、納得できないこともある。

でも他人を恨む気持ちもわかるけど、腹が立つ気持ちもわかるけど、


そこから脱却して(一歩進んで)


「ああそれであいつは俺のことを悪く言ったんだ、過去世で随分俺はあいつに悪いことをしてきたんだ」・・・と、相手に寛容になることも大切です。

でも、その前に自分を赦してあげることなのです。

なぜなら自分を赦してあげないと人も赦せないから

自分の責めから解放されて、自分の心が軽くなったら相手に対しても寛容になれるのです。

心に背負った荷物を下ろさないかぎりは、他人の荷物(想い)は背負えないのです。

想いは重い(笑)

この想い(重い)を世界平和の祈りの中に入れていくとどんどん軽くなるのです。ぴかぴか(新しい)

過去世からの積もり積もった荷物がどんどん減っていく。

でも、守護霊守護神さんだけでは消し切れないのです。げっそり

それくらい自分の業も他人の業も地球の業もたまりにたまっているのです。(それが今現われて来ているのです)

私たちは今まで他力本願でした。

守護霊守護神様に甘えていた。

夢の中で消して戴いていた。

ためてもある程度はきれいにしてくれていたわけです。

でもそれでは自立したことにはなりません。

3次元では立派な人だとしても魂的には未熟なのです。

自分の想いは自分で処理をする。

そして足らない部分、どうしても消えない部分は守護霊様守護神様に消していただく。

神様(守護霊、守護神)と一緒になって、一体となって初めて人間は一人前なのです。


世界平和の祈りは人間が一人前になるためにするのです。


W先生がおっしゃっておられました。

「人間は空(神様と一体となって)になってからすべては始まる」

そうなのです。

神様と一体とならないとすべては中途半端で終わるのです。





世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




  

2010年6月 2日 (水)

菩薩様のようになりたい!

  
     
「菩薩様のようになりたいのです。」

とある方からメッセージをいただきました。

人は自分が神の子であることをすぐに忘れてしまうのです。

神の子だ と思う気持ちと

駄目な奴なんだ と思う気持ちが

葛藤していて

駄目なんだという気持ちが勝ってしまうのです。

それは日々の習慣から来るのです。

潜在意識から来るのです。

過去世で神の子だと思うことがなかったり、少なかったり

そして今生でそんな教育なんて受けていなかったから

どうしても

駄目な子 が勝ってしまう。



目の前に海があるとします。

自分は船に乗っています。

波は荒れてきて嵐になる

すると船は大揺れに揺れます。

私たちは海を見ずに波を見て、波を自分だと思っているのです。

気持ちが揺れて不安になっているダメな自分が本当の自分だと思っている。

肉体は器です。

神の姿を現わす器であって、本体ではないのです。

本体(本心)は肉体(器)にはなく、そのずっと奥にあるのです。

波の下は海です、海の底に入って行くと

そこは深海(神界)なのです。

神界に本当の自分がいるのであって

肉体という器には自分はいないのです。

でも私たちは肉体(表面)のいたらない自分を見て

駄目だ~駄目だ~

ダメな奴なんだ~

と嘆いているのです。

そして一旦は神だと思い出しても、又、波が大きくなって船が揺れ始めるとまた不安になる

そして

あ~やっぱり自分はダメなんだ

神なんかじゃないんだ

と思ってしまう。

それをまた潜在意識の中に入れてしまうのです。

その繰り返しが輪廻転生です。(地球が滅亡を繰り返してきた原因なのです)

でも、もうそうならない方法を教わったのです。

「我即神也」の印は

自分が神であったことを想い出すツール(手段)なのです。

神である自分と波長を合わせるためのメソッド(方法)なのです。

心の奥に入っていく方法が祈りなのです。

人はみな

肉体のままで菩薩様になろうとします。

高いところへ上がろうとするのです。


自分(肉体)は1メートルしかジャンプ出来ないのに

3776メートルの富士山の頂上にその肉体で一発で上がろうとするようなものなのです。

絶対に無理ですよね げっそり

それで無理だ~無理だ~

自分は菩薩様になんてなれないって

言っている。

そうではなくて天にいる自分に富士山のてっぺんまで降りて来てもらえばいい。

高いところ(天界)にいる自分が肉体に降りて来たらいいのです。

お釈迦さまは金星という高いところ(意識)から地球に天下って来られたのです。

私たちも天界から肉体に降りて来たらいいのです。

それには、自分が天界に居たことを思い出すしかないのです。

自分が神の子であることに確信を持つしかないのです。

そのためには過去世から溜まった間違った考えの潜在意識(自分は神の子なんかではない)を変えるしかない。

それが祈りであり、「我即神也」の印を組むことなのです。

なんのために祈るのか?

なんのために印を組むのか?

それがハッキリをわかったとき

目的意識が明確になったとき

私たちは行動に起します。

そのときが自分を変える

チャンスなのです。手(チョキ)わーい(嬉しい顔)




 
『無限なる勇気』于寿明 宇宙天使からの贈り物

O大使とM大使のお言葉から~「大元の光」「天命について」




  

「ふくらはぎをもむ」と超健康になる

       
   
最近

「書こう!」と閃いて書いたことがすぐ後から

「あ~だからあのとき書こうとしたんだ」

と気づくことが頻繁にあるのです。わーい(嬉しい顔)

シンクロとかいうみたいですが

「ほんとつながっているんだなぁ」

と実感するのです。


昨日、ストレッチングボードに乗ると病気にならない、お医者さんはいらないと書いたばかりなのですが

今日、ハーモニー(気功仲間)の人からメッセージを受け取ったのです。





于先生から本のお薦めです。



「ふくらはぎをもむ」と超健康になる

大谷由紀子  マキノ出版





でした。

もうびっくりです。わーい(嬉しい顔)富士山


さっそくインターネットで調べてみると興味深いことが書いてありました。

明日は、梅田の紀伊国屋さんに直行です。(笑)

みなさんも是非、読んでみてください。

ふくらはぎは、ポンプの役割りをするそうです。(于先生いわく)

エネルギー(血液)を流す大切な役割りをしているんですね。



本の内容をご紹介します。






私が「ふくらはぎ」という不思議な部位に注目するようになってから、もう15年ほどになります。今まで2万人を超える人々の足やふくらはぎをもみほぐしてきました。その経験の中で確信したのが、「ふくらはぎは体と心を映す鏡」だということです。

 体になんらかの不調を抱えて私のもとを訪れるかたがたのふくらはぎに触れると、驚くことが多々あります。氷のように冷たいふくらはぎ、カチカチに硬いふくらはぎ、逆にグニャグニャになって張りがまったくないふくらはぎ……。こうしたふくらはぎの状態から、体の中の状態をうかがうことができます。

 加えて、ふくらはぎには心の状態までもが表れ表れます。大きなストレスを抱える人は、自覚症状がなくてもふくらはぎがパンパンに張っています。また、過去のトラウマや親との関係までもが、ふくらはぎには表れるのです。

 そして、心身の状態を映し出すふくらはぎを刺激することで、逆にふくらはぎから体の各機能を調整し、心を癒すことができます。

 ふくらはぎや足の刺激を続けたことで、さまざまな体の不快症状が解消し、顔つきが明るくなる患者さんは数多くおられます。今も、毎日の施術の中で、ふくらはぎをもむことで体も心も元気になることを実感しない日はありません。

 本書は、ふくらはぎが体と心に及ぼすさまざまな影響と、そのふくらはぎを刺激することで得られる効果を、具体的なマッサージの方法とともにまとめたものになります。ふくらはぎの重要性に改めて気づいていただき、ふくらはぎから心身を健康にするアプローチができるように構成しました。



大谷由紀子(おおたに・ゆきこ)
1964年、東京都生まれ。ゾーンセラピスト、リーディングカウンセラー。ふくらはぎや足裏からその人の体調や心理状態を読み取り、足という末端を刺激することで心身全体の治癒力を高め健康を取り戻す独自のふくらはぎ・足裏セラピーは高い人気を誇り、今まで2万人を超える人の足に触れている。96年、日本ゾーンセラピー協会設立。2001年、スクールを併設したサロンを開業し、手技の伝達や後進の育成にも努める。自身のサロンだけでなく、小池統合医療クリニック、東京女子医科大学附属青山自然医療研究所クリニックなどでも施術に当たっている。




はじめに

第1章 ふくらはぎの刺激で体が、心が変わる!

第2章 「ふくらはぎ」の役割と「ふくらはぎマッサージ」の効果

第3章 4分もむだけ!「ふくらはぎ刺激」基本編

第4章 ピンポイントで不調を撃退する「ふくらはぎ刺激」応用編

第5章 心を癒し悩みが消える「ふくらはぎ刺激」の不思議

第6章 むくみが、痛みが、こりが、心のわだかまりが消えた!5人の体験談

おわりに






「ふくらはぎをもむ」と超健康になる

ふくらはぎは第2の心臓! ふくらはぎは体と心の状態を映す鏡! 



大谷由紀子  マキノ出版


http://www.makino-g.jp/bookdetail/isbn/978-4-8376-1227-8/




  



 

みなさんが知りたいこと 9

  
  
  
「何よりも観の転換をして、生き方を変えてゆかなければいけません。けれど、ただ単に生き方を変えるといってもなかなか出来ないから、祈りによって自然に、知らないうちに変わってゆくことが大事なのです。

一番卑怯な生き方は、自分の不遇な立場を人のせいにすることです。私がこうなったのはあいつのせいだ、私が悪いのは親のせいだ、とか、人のせいにはするけれど、人のせいなんか何もない。

自分から生まれて自分に返ってくることなのです。

たとえ自分がいかにいいことをして人に殴られたにしても、それは自分の過去世の因縁が現われてきてるんです。

自分自身の消えてゆく姿なんです。

自分の中にないものは絶対に現われないんです。」


まかない種は絶対に芽を出さないのですから、富んでいる人は富むべき種をまいたのだし、貧乏をしているのは貧乏すべき種をまいたわけです。

だから人のせいにしないで、みんな自分の過去世の因縁なんだな、と思うことです。

そうすると一応そこで割り切れるわけね。

しかしそれだけでは進歩がありません。

ただのあきらめになってしまいます。

そこで、これは自分が作ったものなのだから、自分が改めて作り直せば必ずいいものになるんだ、そう信じて、今までの貧乏の種である想念というものは、どういうものか自分では判らないでしょうから、

ああ、これは過去世の因縁が現われているんだから、みんな世界平和の祈りの中にお返ししよう、と神様の中へ全部自分の想いを入れてしまって、世界平和に祈り一念で日常茶飯事のことを一生懸命やるのです。

そうすると心が晴れ晴れとして、心がのびのびとして生きることが出来るのです。

すると、運命が変ってゆくのです。」

「例えば人になぐられる運命があったとする。そしてなぐられ、人にいじめられたとします。

コン畜生、殺してもあきたらない、と思います。

なぐられる因縁があってなぐられた上に、そういう想いを出すと、それが潜在意識に入って、まためぐって来ていつかまたやられます。

それを三界は唯心の所現というのですが、想いの現われがここへ出てくる。

だから悪いことが出て来た時に、こん畜生! あのヤロウ! といって、私は不幸だ、なんてみじめなんだ、と思ったらばそれはそのままおまけなしに自分に返って来ます。

それは決まっている。

80%決まっているというのはそこなんです。


そこで悪いことが現われ、不幸のようなことが現われ、自分に都合の悪いようなことが現われた時に、ああこれは過去世の因縁が消えてゆく姿だなァ、ああこれで消えたんだ、有難うございます、必ずこれからはよくなるんだ、有難うございます、とどんな不幸にぶつかってもやるんです。」




『消えてゆく姿で世界平和の祈り』 五井昌久 の小冊子より抜粋



 

 
感想


私は今までどんな嫌な辛いことがあっても、それは過去世で自分がやってきたことが返ってきているのだから、しかたがない、それよりも観の転換(つまり気持ちの切り換え)をして

これからは未来に向かって良い種をまいていこうと思っていました。

これはこれで正解なのですが、ついこの間、ここで抜粋した文章でもっと高い真理をみたのです。目
 

繰り返しになりますが、みなさんも読んでみてください。


  




眼放水者其流楽

草木之戦覚恵神

(眼を放てば水はその流れを楽しみ、草木のそよぎにすら神の恵みをさとる)


第一句が日月は天にありてで、うーんと高い感じでしょ。それで、同じことを、今度は、我々の生きているこの地上に移してみると、せせらぎにしても大河にしてもですね、水というものは、自分がどんな風に流れようとか、流れたいとかが一切考えない。


ねっ。


それでいて、おのずからなるその流れを、流れのまんま楽しんでいる、任せ切った姿ですね。


それでもって悠々としている。


朗らかでさえある。


実は、我々を生かしめております生命というものも、この通りなのでありまして、その相は、悠々としたものなのであります。


真理の相の無邪気さ、朗らかさを、私はここでうたったつもりです。


草木は、そのそよぎにすら神の恵みをさとる。


そよぎですから、それ程の風じゃありません。


ありませんけども、自分自身をゆらゆらさせる。


フラフラさせるものには違いないんです。


これを人間世界に置き換えると、火事になるってことかも知れないし、病気になる、貧乏になる、ってことかも知れませんよね。


とにかく、いいことじゃない。


この世で、不幸と呼ばれているものの幾つかに襲われる、そういうことです。

けれど、地の上の草木は、突然風が吹いてきて、踏んばるのがやっとなんていう時にもね、

ああ、これは神様が私に働いて下さるからだ。

神様ありがとうございますって、イヤホントですよ。

私なんぞ、花の精や木の精としょっちゅうそういうことを話してるんですもの、で、そういう風に、感謝してしまう。

ありがとうございますといってね、神様と一体となる。

いつも私の言っている消えてゆく姿で世界平和の祈りそのものですよね。

神様の愛を受けて、万物は生い育っているんです。

勿論、その筆頭に人間がくる。

そうすると、本当に、素直な、さながらの姿になるとですね、あらゆることに、いいことに出合っても、また悪いことに出合っても、神様ありがとうございます。って言えるようになるんです。


それが自然なんです。




  

『無限なる勇気』于寿明 宇宙天使からの贈り物

O大使とM大使のお言葉から~「大元の光」「天命について」








 
 

またまた感想


これはもう消えてゆく姿さえ、意識しない、自然の素晴らしさを表した文章だと思うのです。


頭で消えてゆく姿を確認してそれを会得したら、今度はもう何も思わない、出てくるのはもう感謝だけ



本当に素晴らしいと思うのです。


 


世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)






  

2010年6月 1日 (火)

医者いらず、病気知らず

  
  
実は、10日くらい前に急に左足が肉離れになりました。

激しい運動をしたわけでもなく足に負担をかけたということもなかったのですが、前日からどうもふくらはぎのあたりに違和感があったのです。


そのときに


「あっふくらはぎが痛んでいる伸ばさなければ・・・」 と思っていたのですがそのままにしていました。

すると次の日、仕事中に激痛が走って肉離れを起こしてしまったのです。

しばらくはその痛さで動けずうずくまっていました。(仕事は商品の仕分けで動いて行うのです)

途中で帰ろうかとも思ったのですが、足を引きずりつつも最後までやりました。

家に帰って、妻に告げると

「テーピングをしたらいいよ」

と足の裏のふくらはぎの所にテープを張ってくれたのです。

これはふくらはぎにある筋肉を伸ばした状態になるのです。

痛みはずっと楽になりました。

まさに、魔法のテープです。

その後どうしても行かなければならない用事があったので病院には行きませんでした。

テーピングで治ると思ったのです。

でも痛みはましにはなったものの左に体重がかかると痛いのです。

「このまま悪化したらまずいな」

と思いました。

そして肉離れの前日に危険信号があったときにしようと思っていたことをしてみました。

それはストレッチングボード(健康器具)に乗るということでした。

その器具は体重計に乗るような感覚なのですが足の先が上がっていて角度が調整できるのです。

そしてそれに乗るとふくらはぎが伸びるようになっているのです。


ふくらはぎはテーピングをしているときよりもピーンと張って痛いのですが心地よい痛さなのです。

細胞が伸びることを喜んでいる感じなのです。

それはボードから降りた時にわかるのです。

乗っている時は痛いのに

降りると痛みが消えている

「これを繰り返していると治る」と確信したのです。

実はこのストレッチングボードはハーモニー(気功仲間)の人たちはほぼ全員持っているのです。

私がW先生のところに行くとこのボードが置いてあったのです。

W先生とは、于先生のお弟子さんで眼科のお医者様でもあり気功の先生でもあるのです。

医学的な面からも調和波動気功を理解されているので、それこそ3次元と4次元のバランスが整った方なのです。

その先生が

「これに乗っていると医者いらずです。」

とおっしゃっておられたのです。


どういうことかといいますと

人間の身体は光の波動体なのです。

それも宇宙からのエネルギーを受けて、それを60兆の細胞に行き渡らせ、そして地球の中心に流していく。

その流れがスムーズであればスムーズであるほど健康体なのです。

川の水が滞ることなくサラサラ流れているのを想像してください。

健康体とはサラサラに流れている川の姿と同じなのです。


このストレッチングボードに乗るとエネルギーが流れやすくなるのです。

私たち生徒(ハーモニー)はレッスンの前に必ずこのボードに乗っていました。

そしてスッキリした状態でW先生のレッスンを受けていたのです。


そのときに忘れられない想い出があります。(レッスンを受け始めた頃)

レッスンを受けている時の最後でW先生が

「それでは毎日、ボード(ストレッチングボードのこと)に乗って、祈ってくださいね」

と言われたときに

「あのー、家にはボードはないんですけど・・・」

というと、びっくりされて

「借金してでも買いなさい!」

と一喝されたのです。(笑)

それくらい波動調整には必要なものだったのです。

もちろんその帰りに東急ハンズに寄って買って帰りました。


あれから11年ずっーと乗りつづけていたのですが

最近、統一とかに集中していて乗る時間が減っていたのです。

心のどこかでは

「いけない」

とわかっていたのですが

「祈ったり統一をしているから大丈夫だろう」

と油断していたのです。

その信号が出ていたのに(前日に違和感があった)

そのときにも乗らなかった

その結果がハッキリと出たのです。

波動はほんと正直です。

それからいつもにもまして、以前よりも長くボードに乗るようにしました。

すると嘘のように痛みも消えて行ったのです。

最近、ハーモニーに入られた方も

于先生から薦められているとは思うのですが

一般の人?にももちろん乗っていただきたいのです。

これに乗ると

エネルギーが動いているのがわかるのです。

自分(人間)が波動体(エネルギー体)であることがわかるようになります。

エネルギーが動くので病気にはならないのです。

病気とは気(エネルギー)が病むと書きます。

エネルギーが正常に動いていない“状態”をいうのです。

真理とはシンプルなのです。

このボード(ストレッチングボード)に乗って光明思想徹底行をするとまるで滝のようにエネルギーが流れるのです。ぴかぴか(新しい)

ボードに乗っている姿とは滝の姿のようなのです。

インターネットで調べたら私が使用しているものとまったく同じものがありました。(他にも同じようなものが出ていますがこれが良いようです)

http://www.dy-mall.net/item/65128.html

興味のある人は使ってみて(乗ってみて)ください。


きっと素晴らしい波動を感じられると思います。ぴかぴか(新しい)わーい(嬉しい顔)


   
  

  

みなさんが一番知りたいこと 8

 

本文

しかし、せっかく過去世の因縁が現われて消えてゆく時に、嫌だ、あの人のせいで・・・・という想いを再び出してしまっては、それがまたテープレコーダー(潜在意識)に録音され、未来の悪因になってしまいます。

この時、悪いのは自分だとか、他人だとかいう想いすらも

「消えてゆく姿なのだ!」として一旦、否定し、すべての想いを徹底的に「消えてゆく姿で世界平和の祈り」の大光明の中に入れれば、祈りの大光明が潜在意識に流れ込み、把われの想いが消えてゆきます。

把われの想いがなくなると、すべてが自分の成長のプロセスだったことが分かり、気持ちが明るくなります。


「想いというのは、消えたようにみえて消えない。そこで改めて、暗い想いや、嫌な想いの観の転換のために、消えてゆく姿という言葉で、いっぺん否定してしまうわけです。

例えば短気だとか、自分は不幸だとか、思っているとする。


そうすると、そういう想いがあるうちは、その人は不幸なのですし、短気なのです。

だから短気の想い、不幸の想い、暗い想い、嫌な想いを、いっぺん消えてゆく姿と自分で意識して、どこかへ置いてきちゃえばいいわけです。

そうすると想いは心の中で廻らなくてなるのです。

目の前にあれば消えないけれど、それをどこかへやれば消えます。

自分の世界から消えてしまうわけです。

どこへやればよいのかというと、神様の中へお返しするのが一番いいわけです。

ところが神様というのは、どこにいるのか探しても分からない。

しかし神様のみ心というのは、世界人類が平和であること、みんなが仲よく調和してやってゆくことですから、神様のみ心と一つになるためには、みんなが平和であることを願えばいいわけです。


そこでこちらから、世界人類が平和でありますように、と祈るわけです。

そうすると、この消えないでいる想いがスーッと、神様の世界に昇ってゆくのです。

昇ってゆくと、神様の世界で消してくれるわけ。

自分から離しちゃうんです。

それを消えてゆく姿というわけです。」 




『消えてゆく姿で世界平和の祈り』 五井昌久 の小冊子より抜粋








  

感想


いつも書いていますように

自分が今想っていることのほとんどは、自分の本心からではない

それは自分の周りや自分の縁のある人たちの想いをもらってしまっているのです。

想いとは相手の心から来ている。


それを

マイナスを考えてしまったとき

嫌な自分だとおもったとき

なんでこんなことを想うのだろうとおもったとき

短気になってイライラしたとき

どれが本当の自分なんだろう?とわからなくなったとき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


つまりごちゃごちゃとなんだかんだと考えている、想っているときに


これは自分ではないんだ!

他の人のものをもらってしまっているんだ!

と徹底的におもうことです。

否定することなのです。

ここがすごく大切なポイントです。電球

マイナス想念で固まってしまった自分を本来の自分だと信じてしまうことから不幸は始まるのです。げっそり


でもそうじゃないんだと思ってみても

次から次へと色んな想いがやってくる

否定しても否定しても

やってくる


嫌ですよね~げっそり

なんにも考えない、浮かんでこない世界に行きたい

そこで頭に詰まった色んな想いをスッキリさせようと

知らず知らずのうちにスポーツをしたり、自分の好きな趣味に没頭したりするのです。

うまく転換の出来ない人は

そこから逃げようして麻薬に手を出す人が現われ、睡眠薬を飲んだりする

寝ている間は意識が肉体を離れているのでなにも考えないのです。


スポーツをしたり、自分のしたいことに没頭するのは非常に良いことです。わーい(嬉しい顔)


エネルギーが流れるからです。ぴかぴか(新しい)


でもそのときには流れているけど、ずっと流れつづけているわけではない。

止めてしまうとまた、たくさんの想いが襲って来るのです。

そしてその想いはなかなか消えない。

その繰り返しをしているのが躁鬱ですよね。

こんな精神状態では心が安定しないのです。

幸せ感なんて感じている間がないのです。

「この心を安定させたい!」

そこで出てきたのが

宗教であったり、色んな思想ですよね。

でも

「これだ!」

というものはなかなか見つからない。

そんな人って多いと思います。

話がまた脱線してしまいました。(笑)

実はそれを解決させようと現われたのが

お釈迦様やキリストなどの聖者、賢者なのです。

色んな時代に神様から依頼された聖者、賢者たちは進化した星(宇宙)から天下って来て、その星(宇宙)の教えを説いたのです。


宗教というのは、宇宙を示す教えという意味です。


だから宇宙観でないと進化した星の教えでないと遅れた星(つまり地球)を救うことは出来ないのです。

そこで登場したのが五井先生でした。

地球が完成する少し前に

その下地、つまり基礎をつくったのです。

それが消えてゆく姿で世界平和の祈りだった。

人間を苦しめている色んな想いを消す方法を説いた。

この想いを消さない以上は、なくならないことには

人間は不幸のままです。

マイナスをつかんでいるからです。

その想い(マイナス)を離す方法が

世界平和の祈りで自分の想念(自分のものだけではありませんが)を全部、宇宙(神様)に返してしまうということなのです。

想いというのは、人間がつくってしまったものです。

でも人間では消すことができない。

その想念をとてつもなく大きい宇宙にやってしまう。

その宇宙には神様がいて、そこで消してくださるわけです。

単純でしょ(笑)

消せないなら、消したいのなら消してくださるところへ持っていけばいい。

でも消すためには消してくれるところ(宇宙)と共鳴しなければならない。

宇宙(神様)の願いごとは何かと言えば

「こどもたちである宇宙の星が平和であってほしい、仲良くしてほしい、調和であってほしい」

だから世界の平和を祈ればいいのです。

それを五井先生は説いておられるのです。




  


  

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