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2010年5月28日 (金)

スポーツにおもう

  

     
私はスポーツが好きなので、新聞などスポーツ面は結構みています。

今日は、クルム伊達が全仏オープンで負けた、大リーグの松坂が乱調とありました。

伊達は40歳で技術的なものの完成度は高く一回戦では難敵に勝ったものの、右足は限界に来ていて、格下相手でも勝つことが出来なかった。

松坂も投手としてのピークは過ぎており、力でねじ伏せることは出来なくなっている。

どちらも共通していることは悲壮感が漂っていることです。

負けることが悪いことをしたように落ち込んでいる。

その姿をみて、私たちは次は頑張れ!と思うだろうか?

本人も身体を酷使してまで

やってやろうと思うのだろうか?

身体は正直だと思うのです。

酷使したり限界を越えると悲鳴をあげる。

それを乗り越えて限界に挑戦することがスポーツなのか?

身体が整った上で精神的に超人的な域に達するからこそ

私たちは感動するのであって

肉体を痛めつけてムチを打っている姿には感動はない

スポーツとは本来楽しいものだと思うのです。

身体を使うとスッキリしてきます。

肉体や関節に溜まった滞ったエネルギーを流してくれるからです。

頭でごちゃごちゃ考えて詰まってしまっている想念エネルギー、マイナスエネルギーを洗い流してくれるからです。

息子が浪人中のとき、于先生は身体を動かすことを勧めてくださいました。

家に閉じこもって動かずにいることは精神的にもよくないのです。

人間は光のエネルギー体で出来ています。ぴかぴか(新しい)

それも光っているだけでなく

滝のようにエネルギーが流れつづけて正常なのです。

調和波動気功では、動功(どうこうといいストレッチに似ている)をしてエネルギーを流しつづけることをしています。

天から頭のてっぺんに入ってきた宇宙からのエネルギーは私たちの身体(60兆の細胞)を通って、そして地球の中心へと流れていきます。

このサラサラに流れている状態が本当の健康体なのです。

運動やスポーツはそれを助けるものなのです。

スッキリ爽やかがスポーツの原点なのです。ぴかぴか(新しい)わーい(嬉しい顔)

でも今のスポーツは、勝ち負けにこだわり過ぎて、意識し過ぎて

スッキリ感、爽やか感がないのです。

プレーをしている人のスッキリ、爽やか感が私たちに伝わってきて感動するのが本来なのに

悲壮感が漂っているのです。(想いが滞っている)

やっている本人も楽しくないと思うのです。

伊達さんや松坂さんもスポーツをやり始めた頃は、楽しくてしかたがない時期があったのだと思います。

テニスが好きで野球が好きでたまらなかった時期が・・・・


勝ち負けにこだわらず

純粋にスポーツが出来たらいいのになぁ

と、ふと思ったのでした。



  

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