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2010年5月31日 (月)

『無限なる勇気』 から

  
   
于先生がこの度出された本には、五井先生が書かれた漢詩があります。

五井先生という方は神我一体となられた方なので宇宙の神々のおっしゃっておられることをそのまま肉体に降ろすことが出来るのです。

でもって、ここに書く漢詩とは宇宙神である、O大使とM大使のおことばなのです。

前置きはこれくらいにして

私が非常に感動した文章を抜粋します。

ここを読むと心が洗われるようなのです。ぴかぴか(新しい)

感想なんて野暮なことは書きませんのでみなさんの感性で読んでみてください。わーい(嬉しい顔)

 





 
眼放水者其流楽

草木之戦覚恵神


(眼を放てば水はその流れを楽しみ、草木のそよぎにすら神の恵みをさとる)


第一句が日月は天にありてで、うーんと高い感じでしょ。それで、同じことを、今度は、我々の生きているこの地上に移してみると、せせらぎにしても大河にしてもですね、水というものは、自分がどんな風に流れようとか、流れたいとかが一切考えない。


ねっ。


それでいて、おのずからなるその流れを、流れのまんま楽しんでいる、任せ切った姿ですね。


それでもって悠々としている。


朗らかでさえある。


実は、我々を生かしめております生命というものも、この通りなのでありまして、その相は、悠々としたものなのであります。


真理の相の無邪気さ、朗らかさを、私はここでうたったつもりです。


草木は、そのそよぎにすら神の恵みをさとる。


そよぎですから、それ程の風じゃありません。


ありませんけども、自分自身をゆらゆらさせる。


フラフラさせるものには違いないんです。


これを人間世界に置き換えると、火事になるってことかも知れないし、病気になる、貧乏になる、ってことかも知れませんよね。


とにかく、いいことじゃない。


この世で、不幸と呼ばれているものの幾つかに襲われる、そういうことです。
 

けれど、地の上の草木は、突然風が吹いてきて、踏んばるのがやっとなんていう時にもね、
 

ああ、これは神様が私に働いて下さるからだ。
 

神様ありがとうございますって、イヤホントですよ。
 

私なんぞ、花の精や木の精としょっちゅうそういうことを話してるんですもの、で、そういう風に、感謝してしまう。
 

ありがとうございますといってね、神様と一体となる。
 

いつも私の言っている消えてゆく姿で世界平和の祈りそのものですよね。
 

神様の愛を受けて、万物は生い育っているんです。
 

勿論、その筆頭に人間がくる。
 

そうすると、本当に、素直な、さながらの姿になるとですね、あらゆることに、いいことに出合っても、また悪いことに出合っても、神様ありがとうございます。って言えるようになるんです。


それが自然なんです。




  

『無限なる勇気』于寿明 宇宙天使からの贈り物

O大使とM大使のお言葉から~「大元の光」「天命について」




   


背中には守護霊様がいらっしゃる

 
     
昨日の調和波動気功のセミナーで子どもに対してどうやって対処したらいいか?というお話を于先生がされました。

“子どもは親の背中を見て育つ” といいます。

それはそこに親の生き様がみえるからです。

こどもとは例え遠くに離れているとしても親のエネルギーが行っているのです。

こどもがなんとなくする仕草にハッとしたことはありませんか?

それは、親のエネルギーに子どもが同化しているのです。

親が立派になれば子も自然と立派な人間になる。

立派な人間とは、奉仕をする人のことです。

人の為に自分を無くして一生懸命に生きる

それは3次元的に尽すことだけではないのです。

自分が発しているエネルギーを整えることで

周りを調和させることをいうのです。

それは世界の人類の平和を祈ることなのです。

そして守護霊様は後ろにピタッとついてくれています。

見守ってくださっています。

守護霊守護神に感謝しているとその守りが強くなるのです。

すると背中は光輝いて行きます。

その後ろ姿を見ている子どもは守護霊様をみているのです。

守護霊様はこの世のどんなに立派といわれている肉体人間よりも素晴らしいのです。

肉体人間として生まれてくるとは

何らかの課題があってそれを克服するために転生して来たのです。

だから欠点もたくさんあるのです。

しかし、守護霊様は悟った先祖の霊なのです。

すべてのことを判っておられるのです。

その守護霊様と一緒にいることが安心立命になる方法なのです。

その安心感が背中に顕われてくるのです。

于先生は、私が息子のことで心配しているときにおっしゃいました。

「あなたがちゃんと祈っていれば、息子さんは大丈夫です」

・・・・・と

その意味がやっとわかったのです。
わーい(嬉しい顔)手(チョキ)電球



   

   

もう一回みなさんが知りたいこと 7

  
  
 
前回のとき、本文とまったく関係のない話をしてしまったのでもう一度書いて、感想を述べようと思います。

よかったらお付き合いください。




本文


しかし、それだけではまだ足りない。

それは個人だけの想いだから、もっと広く大きくするためにはどうするかというと、守護霊守護神に感謝しながら、世界人類の平和を祈る、みんなが平和でありますように、みんな仲良く行きますように、一日も早く大調和の世界が来ますように、という人類愛の心を言葉に現わして

「世界人類が平和でありますように」 という祈り言が出たわけです。

ですから、世界平和を祈りながら守護霊守護神さんへの感謝をつづけていれば、必ずその人は立派になるに決まっている。

なぜならば、人間というものは想いの世界に生きている。自分の想いがすべてを決定するのです。

悪を思えば悪が現われ、善が思えば善が現われる。」(白光出版『悠々とした生き方』)

また、自分以外の人のために祈ると、そこに守護霊守護神の力が加味されて、その人の助けになることもあります。

「まして守護霊さん、守護神さんのほうでは、大体守るために来ているんですから、“守護霊さん、守護神さん”って頼られれば、思いが近づいてくるので、守りやすくなる。

守護霊、守護神が守りやすくなると、危ないところを助けてくれる。

例えばAという人があって、自分がAのことを思っているけれども、20%ぐらいしか思ってはいない。

ところが20%でもその人の天命がまっとうしますように、と祈ります。

自分だけの想いでは20%しか行かないんだけれど、

“守護霊様、守護神様よろしくお願いします” と自分の守護霊、守護神に頼んでいると、守護霊、守護神のほうから、向こうの守護霊、守護神に力を貸すわけです。

すると、肉体の自分のほうでは20%しか思っていないけれど、守護霊、守護神のひびきが80%も向こうに行くわけです。

肉体の人間のほうが力が少ないんだから、守護霊、守護神という神界、霊界の力のある方にお願いしながら、日常茶飯事を一生懸命自分の家のために尽し、会社のために尽し、自分の持ち場で一生懸命やればいいわけなんです。

自分の持ち場で一生懸命やりながら、そして守護霊、守護神に頼みながら、世界平和の祈りをしていると自分の天命もまっとうされていくし、他人の天命のまっとうされる力にもなる」(白光出版『質問ありませんか?2』




『消えてゆく姿で世界平和の祈り』 五井昌久 の小冊子より抜粋






 

感想


今までご縁があって真理の話をして、そして于先生にまでつなげたのだけど

数回のレッスンを受けただけでやめてしまった人やセミナーに数回来た人、ハーモニーから離れてしまった人がいます。

そして

「あの人どうしているのだろう」

と気になる人が何人かいるのです。

于先生のレッスンを受けると凄い光がその人の魂にいくので

何生、何十生、いや何百生分も浄化されるのです。

そしてそのときはスッキリ爽やかになったり意識が上がるのですが光には闇が来ます。

闇が来てしんどくなるときがあるのです。

でもこのしんどさは善くなる為のプロセスなのです。

みなさんはこのしんどさをあまりにも重要視し過ぎるのです。

幻を消えてゆくものをつかんでしまうのです。

感情をつかんでしまう。

その感情が本心だと本物なんだと思ってしまう。

そして

「なんだ、もっとハッキリとわかるものだと思ったのに、全然じゃないか」

「逆にしんどくなった」

と勝手に判断してやめてしまうのです。(なんともったいないことか)


先生が病気を治されてもそうなのだそうです。

そのときはわらをもすがる気持ちで必死に世界平和の祈りを祈っていたのにのど元を過ぎれば、祈りも忘れ、先生への感謝も忘れ、勝手に自然に治ったのだと思ってしまう。

治ったその後の祈りが大切なのに

もう止めてしまうのです。

でも、そんなひとたちでも于先生は見捨てないのです。

祈っていない人は必ずしんどくなります。

先生はその人たちをずっと見守っておられるのです。


そしてその人たちの名前をレッスンのときにおっしゃるのです。

そして

「○○さんと最近会われましたか?」

「いえ、お会いしていません」

私が申し訳なさそうに言うと

「その方のことをちょっと思い浮かべるだけで十分、光は行っているのですよ」

とおっしゃったのです。


スーッと気が楽になりました。


私もその方のことが気になっていたからです。


そうなのです。

意識はつながっているので、少し相手のことを思うだけでもエネルギーは十分に行くのです。

そして自分の想いの20%に守護霊、守護神の80%のエネルギーが足し増しされて想いのエネルギーは相手の人に届くのです。


○○さん即神也とその人のためにだけ組む印があるのですが、たくさん組めばいいのではないのです。

W先生は

「一回で十分です、それ以上組むとその方は倒れてしまいます」

とお聞きしたことがありました。

このことから連想されることは

恋愛中の男女の想い、親が子を心配する気持ちは強いのです。

エネルギーが行き過ぎるのです。

心配や相手のことを想う気持ちは度を超すと相手に伝わり過ぎて相手の人のエネルギー体を窮屈にさせたり、不調和にさせるのです。


相手の人の生命を生かすことにはならないのです。


こんな話を聞いたことがあります。


ある塾で子どもを海外に旅行させることになった。

その子の親は心配性で旅行前から途中、帰ってくるまでずっと心配しつづけた。

その心配のマイナスエネルギーはその子に届きつづけ、その子は旅行の間中ずっとぐったりとしていたそうです。

わたしたちは、くしゃみをすると

「あ、誰かが私の噂をしている」わーい(嬉しい顔)

と言います。

その通りなのです。

遠く離れたところでも自分の名前を誰かが言っただけで確実にそのエネルギーは来ているのです。


それくらい言葉の波動、想いの波動は伝わるのです。


まして、守護霊様、守護神様に頼むとその力は5倍になる。


そうなれば世界平和の祈りのエネルギーってどれくらいなんだろう?


って思いますよね。


一回祈ると数百人の人の魂が浄化されるそうです。

自殺しようとしている人が思い止まるのだそうです。

強盗に入ろうとしている人が止めるのだそうです。

周りで喧嘩が無くなるのです。

近くで事故に遭った人がかすり傷で済んだりするのです。



目に見えてわからないけど

それくらい素晴らしい言霊なのです。

今、色んな、祈り言葉があるようです。

でも、宇宙神は何を願っているか?

人間の本当の望みは何か?

を考えた時

そこに出てくるのは

やはり

世界平和の祈りなのです。

わたしたちの魂のずっと奥ではこの祈り言葉が鳴り響いているのです。ぴかぴか(新しい)




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます





  

 

宇宙人が降りて来る

     
  
日本の政治や各国の様子を見ていると、後2年くらいでアセンション(次元上昇)するなんてとても思えない。


次元上昇で何が起こるかというと天と地がひっくり返るということです。

つまり天界(天国)が地上に現われるということです。

3次元から4次元へ突入です。

こうなると人間の7つのチャクラは完全に開き、地球上の人間全員が覚醒する。

意識があがって、肉体意識から宇宙意識になる。

宇宙意識とは神意識のことです。

お釈迦様やキリストのように自由自在心になるのです。

 
でもどうしてもそんなことが起こるなんて信じられない。げっそり

このままの調子で行くと破滅は想像出来ても天国が現われるとは到底考えられない。

私も祈りだけの力でアセンションが起こるのは少し無理があるなと思っていました。

でも、それは確実に起こるのです。

絶対に間違いないことなのです。

そのことを昨日、調和波動気功のセミナーで于先生が教えてくださったのです。

ところで、私の書く日記の中に五井先生がしきりに出てきますが、五井先生は覚者なのです。

覚者とは神我一体となった人のことです。

神我一体とは、肉体の我(われ)と神が一つになった

つまり神様、仏様と合体したということです。

キリストしかりお釈迦様しかりなのです。

宇宙には霊位(れいい)と言って霊(神)の位を計る尺度があります。

お釈迦様は金星から天下って来られたのですが、同じ金星の人?でも段階があるのです。

お釈迦様は、業想念で汚れた地球に降りて来て、真理を説き、たくさんの人々を救ったので霊位が高いのです。

金星の中でも大尊敬されているのです。ぴかぴか(新しい)

五井先生は、もっと汚れた状態の地球に降りて来られた方で、キリストやお釈迦様よりも霊位が高いのです。(霊位が高くなければ浄めることが出来ないのです)


神界でもかなり高い所におられる神様なのです。


その神様が肉体の五井先生の器に降りて来て神界の教えを説いた。

その教えが世界平和の祈りだったのです。

この祈り言を人間が唱えることで地球と人間が救われていく

お前の役割りはこの祈りを人間に伝えることなのだ

と神示が降りた。


そして


五井先生には地球の未来を観ることが出来た。

天界(天国)が地上に降りて来るところを霊覚でハッキリと観ていたのです。

そしてそこで何が起こったのかを観たのです。




そこのところの文章を抜粋します。


『みんな救われている』五井昌久 P35から


世界平和の祈りの中には、神々が光輝いている。

この祈りは救世主がやっているのですから、救世主の大光明なんです。ぴかぴか(新しい)

その大光明が世界平和の祈りとして私に説かしている。

他にいろんなことを説かしているでしょうが、私には世界平和の祈りを説かしている。

その祈りの中に守護神がやがて降りてくるだろう。

宇宙人が肉体と同じような形で降りてきて、宇宙科学をもってサタンの武器を押さえるであろう、というのが私への神示なのですよ。

それで私は一生懸命世界平和の祈りをやっている。



もう一度書きます。ペン


宇宙人が肉体と同じような形で降りてきて、宇宙科学をもってサタンの武器を押さえるであろう、というのが私への神示なのですよ。



そうなのです。

世界平和の祈りを祈る人の数が臨界点を超えたとき

救世の大光明霊団の中から宇宙人、守護神が人間の形で現われて、サタン(悪魔、人間の業想念)から武器を取り上げるのです。


それを3次元に住む私たちは肉眼で見せられる。


神様が地上に現われるのだから

それはもう気絶するくらいのショックなのです。

映画「よみがえり」では死者が霊界、幽界から肉体界に戻って来ましたが、それどころの驚きではないと思います。

でもその頃には、波動が上がっていて何人かの人は冷静に受け止めることが出来るのです。

その未来の姿(様子)を五井先生は観られた。(霊眼で観たか神示があったかはどちらでもいいのです)

だから確信を持って

「絶対に大丈夫なんだ」

「人間も地球も救われるんだ」

とおっしゃったのです。

そこには大確信があったのです。


ならばグッドムーンにもその大確信があったのか?


いえ、私も五井先生が宇宙人が人間の姿で現われるという話をされていたことは知らなかったのです。


おそらく、時期ではなかったので封印されていたのだと思うのです。

そんなことはまだ知らなくてもいい

今はただ一生懸命に祈っていればいいんだ

だったと思うのです。


でも、封印を解く時期が来た

それが今なのです。

よりリアルになって来たのです。

これからたくさんの人が祈るようになるためには奇蹟が起こることを具体的に説明する必要があるのです。

科学的にも証明しないと駄目なのです。

理屈っぽい人は何を言っても信じない

目の前に神が現われないと信じないのです。


このことは徐々に人々に知られていくようになるでしょう。

そしてたくさんの人が世界平和の祈りを祈り

印を組み

マンダラを書くようになる

すべては神々のご計画なのです。




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




  

2010年5月30日 (日)

自らを信ずることと自信との相違

     
    
人間、何が一番大切かってことになると、やはりその人の人間性、人柄だと思うのです。

いくらお金をたくさん持っていたって、地位の高い仕事に就いていたってその人の人柄が素晴らしくなければ、魅力もないし周りの人はその人を好きになれないのです。

そこで出てくるのが、自らを信じることと自信との相違なのです。


どこが違うのか?

今日、調和波動気功のセミナーで于先生が、大切なことの一つとしておっしゃっておられました。


五井先生のご本の中から抜粋します。





 

自らを信ずることと自信との相違




ここで一寸いい忘れましたが、自信ということと自らを信ずる、ということとの相違を申し述べてみましょう。


一寸聞きますと、全く同じことのように聞こえますが、自信というのは、一つ一つの才能に対するものでありますが、自らを信ずるということは、自分の人柄や、生き方に対する信のことであります。


自らの生き方が、神のみ心の愛や真や調和にそむいているか、いささかでもそうした道をふんでいる人であるかどうか、そういう人格的なことで、自らの生き方を信ずる、ということであります。


芸術の天才などには人柄的には普通一般の人よりおとっているような現われ方をする人もありますが、それはそれで、その作品の偉大さが、人々のためになるので、神々もそれを見過ごしていらっしゃるのでしょうが、中途半端の才能では、やはり人格を立派にしてゆかなければ、この世に生きている甲斐がないのであります。


人間は生まれ変わり死に変りして、この世における様々の経験の上に、その人柄を立派にしてゆくことになっているのでありますが、自分の人柄の磨きをそっちのけにして、この世における感情の満足だけで、生きているようでは、地球滅亡の先端をゆくようになってしまいます。


人間には常に人格を磨きつづけて生きてゆくことが大事なので、人格が磨かれるに従って、自らを信じる力が増してくるのであります。


人間にとって一番大事なことは、愛の行ないです。


愛の行ないは、常に奉仕的であります。


他人に国に人類に常に奉仕していることは、愛の行ないそのものであります。


言葉であらためて奉仕などといいますと、何か堅くなりますが、真の愛を行じている人は、自ら奉仕の生活をしているのであります。


愛と共に大事なことは、真の行いであります。


愛のようにみえても、他の目を気遣って、奉仕のような形で生活していても、それでは駄目で、その愛の行いには真心がこもっていなければなりません。


そして、そういう愛の行いが、人類を調和に導いてゆくのであります。


といっても、すべてその人その人の過去世からの生き方のつづきでありまして、むりむり愛を行じようとしてもできるものではありません。


それを無理なくできるようにするのが、世界平和の祈りなのであります。


どうぞ今年もたゆみなく、世界平和の祈りを行じて、自己の人格を磨くと共に、人々のために尽して下さい。





    『自らを信ぜよ』より 五井昌久







 感想


自らが自らの人柄に惚れ込むというとちょっと変かもしれませんが、自分で自分のことを好きになることがとても大切だと思うのです。


その為にはどうしたらいいか?


それは人への奉仕、国への奉仕、人類への奉仕をしている自分を認めることだと思うのです。


本当の幸せとは、人に役立っている、喜びを与えているときなのです。


それ以上の幸せはないのです。


個人的な感情を喜ばせるのは、本当の幸せではないのです。


人、国、人類


そのすべてに奉仕が出来るのが


世界平和の祈りなんですね わーい(嬉しい顔)


人類とは地球上の人間だけでなく宇宙の生きとし生ける人たちのことをいうのです。



   
世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます






  


  
      
   
相手が壁をつくっているのではない

自分がつくっているのだ





以前、于先生のレッスンで

「最近、息子さんとはどうですか?

上手くいってますか?」


と聞かれたとき


「いえ、息子の方が私に壁をつくっていまして・・・」


と答えると


先生は、突然厳しく(怖く)なって

「あなたが壁をつくっているんです!」

とおっしゃいました。



そうなのです。


壁をつくっていたのは相手ではなく


自分なのです。


自分が素直になって心を開いていかなければ


なにも解決しないのです。


相手があって自分があるのではなく

自分があって相手がいるのではなく

自分の中に相手がいるのです。

目に見えるすべてのものは

全部、自分の中にあるのです。

だから自分がすべての鍵を握っているのです。




自分が変らなければ

相手は変らない





  


如是我聞 (にょぜがもん)

  
  
1.地位とか権力というものは、はかないものである。

向こうの世界(霊界)へいけばそんなものはゼロになる。

問題にされるのはその魂である。裸の魂になっても立派であるということが最大の問題である。


 

1.いい人というのは、スカッとしていて、過去のことにダラダラしていない人。

自分の心をだまさない、人の心をもだまさない人です。

 


1.人の善悪にいちいちとらわれて、コチョコチョ思っている人はいい人とはいえない。




1.一見いい人そうに見え、おとなしそうに見えて、したいこともしない、やりたいと思うけれど出来ない、と悶々として自分の想いでつつんでいる人は、その想いの重みで下に落ちてしまう。

だから、人間は心がつねにサバサバとしていることが大切だ。






      

                  如是我聞 五井昌久





  


究極の呼吸法

  
  
「悟るとは難しいものじゃない

余計なことを思わなきゃいいんだ」



という言葉が五井先生の如是我聞にありますが

わかっちゃいるけど

ついつい余計なこと

マイナスのことを思ってしまう

考えてしまう

そして祈ろうとするのだけれど

祈っていてもずーと祈りつづけてはいないので

どうしてもそこには間が空くわけです。

そこに魔が差す

グッドムーンは息を止めたときは何も考えられない

無になり空になっているという

でも息を止め続けることなんて出来ない

どうしたらいいのだろう・・・・・・・・・・・・・・


   


私は最近、仕事中に呼吸法をやっています。

すると仕事中余計なことを考えずに

落ち着いて、仕事に集中出来るのです。(ほとんどミスもしません)


そして宇宙とつながるので幸せな気持ちになれます。わーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)

「長い間、余計なことを考えずにいたい」

「空の状態を持続させたい」

という方は、やってみてください。わーい(嬉しい顔)手(チョキ)
 


  
   呼吸法による神事


(我即神也、成就、人類即神也は心の中で唱えながら行なう)


 吸って 我即神也 止めて 成就 吐いて 人類即神也



文字にするとこれだけなのですが、これに


静かに吸って 我即神也 

穏やかに止めて 成就 

爽やかに吐いて 人類即神也



を意識してしてみてください。


とても気持ちが落ち着いてきます。


私たちは呼吸を無意識にしています。



だから宇宙からのプラスのエネルギーの他にマイナスのエネルギーも同時に吸っているのです、そして細胞にもそのエネルギーがいく為に吐く時には当然マイナスの言葉になってしまっている。


この呼吸法は、無意識にしている呼吸を意識的にして

なお且つ、マイナスを受け入れる間(魔)を入れない方法なのです。


ただ、これをずっとやりつづけることは容易ではありません。(私もずっと出来ていません)


でも、これをすると

ほんとに楽になるのです。わーい(嬉しい顔)

その間、ずっとプラスのバリヤを張りつづけることができるからです。ぴかぴか(新しい)


よかったらやってみてください。



静かに吸って 我即神也 

穏やかに止めて 成就 

爽やかに吐いて 人類即神也(この後、世界人類が平和の祈りを入れてもいいのです。)




  


   
  

2010年5月29日 (土)

明日の日経新聞に『無限なる勇気』の広告が・・・

  
   
私は、調和波動気功を11年しています。

気功というのは、気(エネルギー)の働きという意味です。

そして気とは、神様のことです。

つまり本当の気功とは、神様(宇宙)から戴くエネルギーを調和させ整えてゆくものなのです。

そして調和波動気功の創始者である于先生がこの度、5冊目の本を出されました。

タイトルは

『無限なる勇気』 です。

この本が出されたことによってたくさんの方が勇気を持たれるようになります。

本当の真実、真理が書かれているのです。

神々はこれから地球をどう導いて行こうとされているのか?

地球が完成するには何が必要なのか?

真理がわかれば、生きていく方向性がわかれば生きる勇気が湧いてきます。わーい(嬉しい顔)
 

そして、ハーモニーの人たちがどんなときに勇気が出たか?勇気とは何か?

などの手記を寄せています。

私ももちろん投稿しています。

これを読んでいると力がみなぎって来るのです。

どうかみなさん真理を識って無限なる勇気を持ってください。



『無限なる勇気』 于寿明 星湖舎

 


  http://sksp.biz/index.html


http://www.junkudo.co.jp/detail.jsp?ID=0011041257




  


  

消えてゆく姿

  
  
  
相手の人の消えてゆく姿(肉体)に意識を合わせるのではなく、その人の守護霊、守護神さま、そして自分の本心に意識を合わせるのである。



                          グッドムーン



  



  
私たちはどうしてもその人の表面だけを見てしまいます。

そしてその人の欠点やマイナスに波長があってしまう。

でも、その人のずーっと奥をみてみると、そこには素晴らしい守護霊守護神様がいらっしゃるのです。

その守護霊守護神様が本来のその人そのものなのです。

表面に写ったその人(肉体)は消えてゆく姿です。

表面がなくなれば、その人は光の波動体なのです。ぴかぴか(新しい)

その波動体だけを観る。

それが消えてゆくものに惑わされない唯一の方法なのです。

そして自分の肉体も消えていきます。

消えてゆくものにとらわれているとほんとに苦しくなるのです。

奥にある自分の本心(神)に意識を合わせましょう。
わーい(嬉しい顔)手(チョキ)


 
 
世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)




  

2010年5月28日 (金)

スポーツにおもう

  

     
私はスポーツが好きなので、新聞などスポーツ面は結構みています。

今日は、クルム伊達が全仏オープンで負けた、大リーグの松坂が乱調とありました。

伊達は40歳で技術的なものの完成度は高く一回戦では難敵に勝ったものの、右足は限界に来ていて、格下相手でも勝つことが出来なかった。

松坂も投手としてのピークは過ぎており、力でねじ伏せることは出来なくなっている。

どちらも共通していることは悲壮感が漂っていることです。

負けることが悪いことをしたように落ち込んでいる。

その姿をみて、私たちは次は頑張れ!と思うだろうか?

本人も身体を酷使してまで

やってやろうと思うのだろうか?

身体は正直だと思うのです。

酷使したり限界を越えると悲鳴をあげる。

それを乗り越えて限界に挑戦することがスポーツなのか?

身体が整った上で精神的に超人的な域に達するからこそ

私たちは感動するのであって

肉体を痛めつけてムチを打っている姿には感動はない

スポーツとは本来楽しいものだと思うのです。

身体を使うとスッキリしてきます。

肉体や関節に溜まった滞ったエネルギーを流してくれるからです。

頭でごちゃごちゃ考えて詰まってしまっている想念エネルギー、マイナスエネルギーを洗い流してくれるからです。

息子が浪人中のとき、于先生は身体を動かすことを勧めてくださいました。

家に閉じこもって動かずにいることは精神的にもよくないのです。

人間は光のエネルギー体で出来ています。ぴかぴか(新しい)

それも光っているだけでなく

滝のようにエネルギーが流れつづけて正常なのです。

調和波動気功では、動功(どうこうといいストレッチに似ている)をしてエネルギーを流しつづけることをしています。

天から頭のてっぺんに入ってきた宇宙からのエネルギーは私たちの身体(60兆の細胞)を通って、そして地球の中心へと流れていきます。

このサラサラに流れている状態が本当の健康体なのです。

運動やスポーツはそれを助けるものなのです。

スッキリ爽やかがスポーツの原点なのです。ぴかぴか(新しい)わーい(嬉しい顔)

でも今のスポーツは、勝ち負けにこだわり過ぎて、意識し過ぎて

スッキリ感、爽やか感がないのです。

プレーをしている人のスッキリ、爽やか感が私たちに伝わってきて感動するのが本来なのに

悲壮感が漂っているのです。(想いが滞っている)

やっている本人も楽しくないと思うのです。

伊達さんや松坂さんもスポーツをやり始めた頃は、楽しくてしかたがない時期があったのだと思います。

テニスが好きで野球が好きでたまらなかった時期が・・・・


勝ち負けにこだわらず

純粋にスポーツが出来たらいいのになぁ

と、ふと思ったのでした。



  

みなさんが一番知りたいこと 7

  
  
  
しかし、それだけではまだ足りない。

それは個人だけの想いだから、もっと広く大きくするためにはどうするかというと、守護霊守護神に感謝しながら、世界人類の平和を祈る、みんなが平和でありますように、みんな仲良く行きますように、一日も早く大調和の世界が来ますように、という人類愛の心を言葉に現わして

「世界人類が平和でありますように」 という祈り言が出たわけです。

ですから、世界平和を祈りながら守護霊守護神さんへの感謝をつづけていれば、必ずその人は立派になるに決まっている。

なぜならば、人間というものは想いの世界に生きている。自分の想いがすべてを決定するのです。

悪を思えば悪が現われ、善が思えば善が現われる。」(白光出版『悠々とした生き方』)

また、自分以外の人のために祈ると、そこに守護霊守護神の力が加味されて、その人の助けになることもあります。

「まして守護霊さん、守護神さんのほうでは、大体守るために来ているんですから、“守護霊さん、守護神さん”って頼られれば、思いが近づいてくるので、守りやすくなる。

守護霊、守護神が守りやすくなると、危ないところを助けてくれる。

例えばAという人があって、自分がAのことを思っているけれども、20%ぐらいしか思ってはいない。

ところが20%でもその人の天命がまっとうしますように、と祈ります。

自分だけの想いでは20%しか行かないんだけれど、

“守護霊様、守護神様よろしくお願いします” と自分の守護霊、守護神に頼んでいると、守護霊、守護神のほうから、向こうの守護霊、守護神に力を貸すわけです。

すると、肉体の自分のほうでは20%しか思っていないけれど、守護霊、守護神のひびきが80%も向こうに行くわけです。

肉体の人間のほうが力が少ないんだから、守護霊、守護神という神界、霊界の力のある方にお願いしながら、日常茶飯事を一生懸命自分の家のために尽し、会社のために尽し、自分の持ち場で一生懸命やればいいわけなんです。

自分の持ち場で一生懸命やりながら、そして守護霊、守護神に頼みながら、世界平和の祈りをしていると自分の天命もまっとうされていくし、他人の天命のまっとうされる力にもなる」(白光出版『質問ありませんか?2』




『消えてゆく姿で世界平和の祈り』 五井昌久 の小冊子より抜粋





 

 
感想

もう一年以上も毎日かかさず日記を読んでくださっている人にお会いして

「どんなところに興味を持ってくださったのですか?印象に残った文章は?」

と聞くと

「?????いえ、とくにはありません」

と答えられたのです。

そうなんですね~

なんだかよくわからないけど、つい読んでしまう

読んでいるとわかることもあるし、何を書いてあるのかわからないこともある

だけど気づきがあったときに嬉しい

なんで読んでいるのかハッキリした理由もない

なんとなく・・・・。


このなんとなくがいいんですよね わーい(嬉しい顔)


「ビビッと来た!」雷

「判りました」電球

と昔書いて来られて

今は全然、来られなくなった人がたくさんいます。(笑)

mixiや他に書いている日記(内容は同じですが)で通じ合って、大阪に来られた人は、于先生に会われてから毎月のセミナーとレッスンを受けられるようになりました。

その方たちは東京などの遠方から来られるのです。

そして、その方たちが異口同音におっしゃるのが

「自分でも何故、ここに来ているのかよくわかりません」

なのです。

なぜだかわからないけど

来たくなって来る

これはもう肉体の自分の 我 が判断しているのではなく

守護霊、守護神様が動かしているのです。

コントロールされているのです。わーい(嬉しい顔)

こんなことを書くと

「自分は自分の意思で動いていると思っていたのに、そうじゃない?

そんなことはないだろう、オレはオレ気持ちで動いているんだ、守護霊、守護神なんて関係ない!」

と思われると思います。

私も多少はあるだろうけど、大半は自分の意思で動いているんだ

と思っていました。


でも、肝腎な要所、ここというところは、きっちりと押さえるんですね~

守護霊、守護神様は

そのことが最近よくわかってきました。わーい(嬉しい顔)

そしてその肝腎なところを押さえるってことですが

守護霊様、守護神様の先を先を見通してされることはすごいのです。

目先のその人間の喜びなんて問題にしない

その人の魂にとって一番成長出来ることだけで判断されるのです。

「こいつ、今調子に乗っているな、会社を倒産させて反省させた方がいいな」

「病気になった方が人の痛みがわかる、よし激痛が伴う病気にしよう」

「過去世でこの子の親類縁者がひどいことをしてきた先祖を代表してこの子にその刈り取りをさせよう、この子ならそれが出来る」

など、容赦ないのです。

同情は禁物なのです。

そんなことでは守護霊、守護神は失格だからです。

太陽は自分が照らしている光が強過ぎて日照りが続き、のどの渇きに耐えられなくなった人間を見ても

その光を弱めることはしません。

「明日は出るのを止めよう」 とはされないのです。

そんなことをすると宇宙の法則を外れるからです。

でも、人間を苦しめてやろう もないのです。

太陽はわたしたちをコントロールはしません。

ただ法則の通り動いています。

でも宇宙(神)から使わされた守護神、守護霊は私たちを自由自在に動かすことができるのです。

それも、太陽に近いのかもしれません。

厳しいし、ときには冷酷と思えることもあるのです。

ただ太陽との違いは

わたしたちが気づいた時

大切なことがわかったときに

成長したとき

ご褒美をくれたり、その苦しみから解放してくれることなのです。

もう十分理解、経験をしているのに

「もっと苦しめ!」

ということは絶対にされないのです。

なぜなら神は愛だからです。

試練といわれるものも

その人の成長にとって必要不可欠だから

起こるのです。

それは 愛 なのです。

それを人間がどう受け取るか?

なのです。

自分がなぜ、今

「この環境にいるのだろう?」

「なんでこんなことがおこるのだろう?」

そこには、きっと守護霊守護神の深~い、深~い愛があるのです。




世界人類が平和でありますようにぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます





    

2010年5月27日 (木)

すべてのものは波動から出来ているのです。

  

  
以前、W先生(気功の先生でもあり、眼科の女性の先生でもありました)のレッスンを受けているときに

先生が

「世界平和の祈りを祈って、印を組んでいれば、毒を飲んでもその中の良いものとだけ共鳴して後は外へ出るのよ」


とおっしゃったことがあるのですが、そのお言葉がずっと私の心に残っていました。


そして昨日、最近お会いした マイミク(mixiというコミュニティーサイトで縁の出来た人のこと)さん から相談を受けたのです。


「今、薬を飲んでいるのですが、副作用があるのです、止めたいのですが、止めると先生から怒られるし、私も不安なのでどうしたらいいのかわからないのです」


そうなのです、薬とは基本的には毒なのです。


ある機能を整える?ためには何か(細胞)を犠牲にしなければならない、良くなる?部分もあれば悪くなる部分もある。


プラスを得ようとしたらマイナスが伴う。


癌治療がその典型なのです。


癌細胞を殺そうとすれば、それに付随している細胞まで殺したり、抵抗力を弱くしてしまう。


でも、本当の治療とは、真の医療とは、マイナスもプラスもすべてプラスに変えてしまうのなのです。




その前に、私たちの体も目にみえるものも、目にみえないものも


すべては波動で出来ているのです。


目にみえるものは波動が荒いのです、反対にみえないものは波動が細かい。


見えるものも、分析していくと分子、原子、電子、素粒子、そしてもっと細かい波動から出来ているのです。


そしてその波動が共鳴し合って宇宙は構成されています。


つまり自分の発した波動(エネルギー)に共鳴して色々なことが起こるのです。


よい言葉や思いを発したり、心の中に秘めていれば、それと共鳴して善いことが起こるようになるのです。
 

悪いものが近寄ってきても、波長が合わないものとは決して同調することはないのです。
 

だから、毒(悪いもの)を飲んだところで、決してその影響を受けることはないのです。


世界平和の祈り、印、マンダラは宇宙の波動から出来たものなのです。


宇宙は、愛と調和と平和の波動で出来ています。


そこと共鳴していれば悪いものとは絶対に交わることはないのです。


守護霊、守護神に代わってあなたに語るの26番目に次のような文章があります。


26、 私は “神の子” であるという徹底的なる自覚がいかなる災いからもあなたを防ぎ、いかなる不幸からもあなたを脱出させる。
 
災いにも不幸にも絶対に波長が合わないからだ。



この通りなのです。


だから徹底させてください。


“自分は神の子なんだ”


と信じ切ることです。


それしか自分を救う道はありません。

自分で自分を救うのです。

自分が神の子であることを信じるために

世界平和の祈りを祈り

印を組み

マンダラを書くのです。

潜在意識の中に“神の子” をたたき込むのです。

やればやるほど、わかってきます。

理屈ではないのです。

やらない人はいくら本を読んで頭でわかろうとしても

腑に落ちないのです。

実感がないのです。

素直な人は一番先に救われます。

やる人はどんどん変わっていきます。

いや、本来の素晴らしい自分に戻っていくのです。わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)

それを見て、頭で考える人が

「ほんとだったんだ」

と気づくのです。


素直な人は人を救う役割りがあるのです。


そのマイミクさんもそんな素直な人なのです。


素直とは素(もと、つまり宇宙)に直と書きます。


宇宙とつながっている人、真理につながっている人のことです。


素直とは最高の才能なのですよ。わーい(嬉しい顔)手(チョキ)


 
  




 


調和とは

静かで 穏やかで 爽やかな 平和の心をあらわすものである。


波動とは

海の流れ 風の流れ 水の流れ すべての流れの調和のとれた動きをあらわすものである。


気功とは

宇宙根源のエネルギーを源と発し 調和のとれた すばらしい働きをあらわしたものである。


人間とは

小宇宙であり 大宇宙のこどもである。

大宇宙を見ずして 小宇宙はありえない





調和波動気功法 (宇宙天使からの贈り物)于寿明 三晃書房





  


 

2010年5月26日 (水)

祈りと念力は違う

  
  
  
今日、新刊の『みんな救われている』を読んでいたら

思わず頷いた文章があったので抜粋します。





 
祈りと念力は違う


我欲を満足させるだけの祈りは念力

ふつう一般の宗教家というものは、祈りと念力ということがわかっていない人が多い。

祈りというのは、いのちを宣言することで、自分に与えられているいのち、分霊(わけみたま)のいのちをこの世に現わす、のり出してゆくということです。

祈りについて、これからだんだん詳しく申上げますけれど、念力というのはどういうものか、というと、例えば

“商売を繁盛せしめたまえ、どうか繁盛しますように”

“お金が入りますように”

“自分の子どもが学校に入りますように”

“あの憎らしい奴が死にますように”

てなことをやってしまう。

自分の想念の力で、力をこめてする想いを神様や仏様に結びつける、それが祈りだとご利益宗教の人は思っているけれど、それは祈りではなく、念力なのです。

自分の望みが叶うように、自分の我欲が達成されるように、という想念の力を、ただ単に神様という名前に結びつけている。

それをお祈りだと思っている。


観音様や成田山へ行って、十円か五円のお賽銭をあげて、私の商売が繁盛しますように、とやってくるんでしょ。

それでお祈りをしてきたと思っている。

そういうのが祈りだと言うのだけれど、祈りでもなんでもない。


想いを満足させるだけで、念力です。


それでは魂の道を開くわけにはいかない。

誠の道を悟るわけにはいかない。

天照らすまことの光を地に呼ぶわけにはいかない。

祈りというのはどういうことかというと、いのちを宣言する。

いのちをのり出す、いのちいっぱいに生きる。

自分に与えられているいのちを、そのままいっぱいに生きる。

それはどういうことかというと、与えられた環境、与えられた立場というものに、不平不満を言わず、その中でまっすぐにいのちを生かすことです。

会社の小使いさんなら小使いさんで結構、小使いさんの天命を一生懸命やる。

自分のいのちを生かす。

それが祈りなんですよ。

神様仏様と言わなくても、自分に与えられた仕事を、いのちがけでやったら、それは祈りなんです。

神社仏閣をおまいりするよりも、いのちを一生懸命生かすほうがいいんです。

ところが、ただいのちを生かす、と言って、自分の仕事を一生懸命やっているだけでは、道は開かない。

目的も何もわからないと、いのちを生かすといいながらも、自我欲望が入っているわけ。


自分が生活しなきゃならない。自分の家を守らなければならない、と自分で思っているわけで、一生懸命にやるのはいいけれど、神様の本源の世界に達するわけにはいかない。

でもごまかしの宗教よりまだいいです。


ごまかしの宗教観念でやると、その癖がついてしまって、いつまでたっても立派になれない。

むしろ唯物論者のほうがまだいい、と私は思う。

何故かというと、いっぺん失敗して、壁にぶつかって、はねかえってくると、今度は本当のものになりますからね。

一番悪いのはごまかしなのです。

祈りのような形をして、念力ばかり使って、祈りのようにごまかしていること。

そういうことをしていると本当の宗教者にはなれない。

本当に魂を開くわけにはいかない。

祈りというのは自我欲望、自分の肉体を守ろうとする想い、家族を守ろうとする想い、自分の利害関係というすべての想いから発する念力というものが、なくなった時に現われてくる。

本当のいのちの姿が現われてくる。・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 

感想


みなさんはどう思われましたか?



  

5月30日(日)は健・美・食の日

     
     
もっと早くにみなさんにご連絡しなければならないのに

また、遅くなってしまいました。あせあせ

でも、ハーモニーのセミナーとは

「興味のある人はどなたでも来てください」

ではなく、準備の出来ている方しか来られないようになっているのです。

そこの“場”の波動はおそらく今の地球上では一番高いのです。

準備が整ってからでないと

間違って来られた場合は、魂がきれいになり過ぎて後が大変なのです。 (于先生がフォローしてくださいますが)


余程、ご自分で波動調整(祈ったり、印を組んだりして)をしないと波を被ることになるのです。


こんなことを書いてしまっては

「よし、行こう!」

という気にはなりませんよね(笑)


でも、それでも

「行ってみよう」

と思われる方は

守護霊様が

「是非、行って来なさい」

とおっしゃっておられると思うのです。







 健・美・食の会


★日時 5月30日(日) 

12:00~13:30 会食

14:00~  于先生講演

★ 大成閣(中華料理)06-6271-5238(禁酒・禁煙)

★ 会費 8、000円(小学生4~6年生4、000円)


参加したい人はご遠慮なくグッドムーンにご連絡ください。



篠崎携帯 080-1444-0018



詳しくは 、調和波動気功法の最新講座のご案内をご覧ください。


 http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/sub1.html 



オーラ・オーラもよろしくお願いします。 富士山



   http://auraaura7.com/  




   


   

守護霊守護神に代わってあなたに語る NO24

  
  
  
  
24、  あなたの長い間にわたる苦しみは私にはわかっている。
 
あなたの悲しみや痛みも私にはすべてわかっている。
 
そして更に今あなたの上に投げかけられている不安恐怖、今のあなたの立場ではどうしようもないのもわかっている。
 
私はいつでもあなたの心の叫びを聞き、訴えを聞き、その問題解決が一刻も早からんことを願い奔走しているのである。
 
だがあなたはこの私の心を知ってか知らないでか、常に自分自身の肉体の力でのりこえようともがいている。
 
だがよく聞いて欲しい、もはや肉体界でトラブルが現われはじめたということは、もう何年も、いや何千年も前に幽界で現れていたことを。

幽界で浄めることが全くできなかったが為に、この肉体界に現れはじめたのであるということを。

そのためにはまず幽界を浄め去るのが先決である。

それが出来るのはこの私である。

霊なる力で、霊なる光で、幽界を浄めれば、自ずと肉体界のすべてのトラブルは自然に解決されるものである。

私に頼りなさい。私を信じなさい。あなたが夢をみているその時ですら、私は闇を光に変える働きをあなたの為にしているのです。

あなたはあなた一人で生くるに非ず、私の生命と共にあって生くるなり。


 


感想


これくらい守護霊様、守護神様のお気持ちを代弁した文章があるでしょうか?


私はこの文章を読んで、何度も何度も勇気づけられてきました。


肉体の自分に出来ることなんてほんとたかがしれているのです。

自分とは何者なのか?がわからないとずっと迷ったままなのです。

自分とは、人間とは本当は素晴らしい存在なのです。



我即神也

人類即神也



    

みなさんが一番知りたいこと 6

  
    
そこで、常に守ってくださっている守護霊守護神、そして救世の大光明とより深くつながり、悪環境から抜け出す 

「消えてゆく姿で世界平和の祈り」 という方法が提示されたのです。


常に守護霊守護神に感謝し、世界平和の祈りを祈っていると、その救世の大光明と守護霊守護神とのつながりがより深く深まり、大難が小難になります。

また、現われる前に消される(現象に全く現われないで、因縁が消滅する)場合もあります。


それはテープレコーダー(潜在意識)に大光明が上書きされるからです。

「その窓口が20%開いている。それはなんの窓口かというと、守護霊守護神につながるものなのです。

それを一生懸命教えているのです。

守護霊守護神につながりなさい、守護霊さん、守護神さん有難うございます、と一瞬一瞬寝ている間でも起きている間でも、常に守りつづけている守護霊守護神に対しの感謝を教えているわけです。

感謝してゆくと、守護霊守護神につながってきます。

つながっていけば、たとえば自動車にぶつかっても助かったり、病気が重くなるのも軽くなったり、いろいろと助けてくれるわけです。


守護霊守護神で間に合わない時は、私の所に連れてきたりして助けてくれるわけです。

私(五井先生)の所に連れてくると、守護霊守護神のことをよくよく聞かせて、守護霊という先祖の悟った霊がいつのあなたを守り、その守護霊の上に守護神さんがいて何重にも守っているから、無事にすんでいるのだから、いつでも守護霊守護神に感謝して思っていなければなりませんよ、とこういうふうに教えるわけです。


一生懸命思うと、よけいに守護霊守護神との結びつきが強くなって、やがて、知らない間に業の世界を抜けていくのです。

今生の世界で抜け切らなくとも、あの世へいく場合に、普通の決まった運命からすればそこまでいかれないのが、ズーッと高い所へ行かれる。

そういうふうに守護霊守護神が導いてくれるわけです。





『消えてゆく姿で世界平和の祈り』 の小冊子より 五井昌久








 

感想

わたしたちが想ったり、行動したことはすぐに消えて無くなってしまっていると思っていますが

実は残っている

というより、潜在意識の中にまた入って行っているのです。

ある人に対して怒りを抱いた、だけどその場は爆発させずに忘れようとした、次の日も同じように怒りを持った

その怒りは潜在意識の中に入りつづけて溜まりに溜まっていくのです。

そしてあるときに悲惨な結果となって現われる。

想いはその場その場で消して処理(浄化)をしていかないと、もの凄いエネルギーになるのです。

一人の人の想いのエネルギーは原子爆弾よりも強いと言われています。げっそり

地球一つの星が吹っ飛ぶくらいなのです。げっそりげっそりげっそり

守護霊守護神さまは、その潜在意識に溜まった想いを一生懸命に消されているのです。

溜まったものが爆発したら、その守っている人間の運命も地球の運命もめちゃめちゃになります。

人間が寝ているときも、夢をみさせて劇画化させて、夢の中で消してくれているのです。

わたしたちが怖い夢をみても、その内容がハッキリしないのは潜在意識に入れない為なのです。

肉体界の親は、子どもが陰で陰れてしていることは知りません。

だから守りようがないのです。(限界があるのです)

それを守護霊守護神はすべてを知っていて、わかっておられるのです。

わたしたちの弱い部分も補わないと生きていけない所もすべて知っておられるのです。

私たちは、一分先のことも一時間先のことも、そして明日、自分の身に何が起こるのかさえもわかりません。

暗闇の中を灯りも点けずに歩いているようなものなのです。

守護霊守護神は、これからすぐに起こることも、ずーと先に起こることも全部わかっておられるのです。

そして歩いて行く先に大難があったらそれを消そうとしてくださっています。

闇を消すのは光なのです。ぴかぴか(新しい)

感謝は光 ぴかぴか(新しい) なので、守護霊守護神に感謝をすると闇が光にかわっていくのです。

そして悩みも消えてゆくのです。

悩みとは闇が波のように来るという意味なのだそうです。

世界平和の祈りを祈っていると

知らず知らずのうちに闇に光があたって悩みが無くなっていくのです。

黒い波やかたまり新月 が消えてゆくのです。ぴかぴか(新しい) 

そして明るく元気になっていくのです。ぴかぴか(新しい)わーい(嬉しい顔)

こんないいものは祈らなきゃ損ですよね 指でOKわーい(嬉しい顔)





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




  

2010年5月25日 (火)

みなさんが一番知りたいこと 5

  
  
  
このように、運命を改善するには、因縁因果をこえた20%の自由性を、つかまなくてはなりません。

そのために大事なのは、守護霊様、守護神様とのつながりを、より深く自覚することです。

人間が宗教をやるからには、この現象世界の貧乏を直したい、あるいは病気を治したい、ということだけでなくて、本当の人間に脱皮していく、過去世からの因縁因果の波をこえて神の子の姿を現わす、永遠の生命につながるという道を見出して、その道に励んで努力していくことです。

それが宗教なのです。

ですから、外科的に病気を治したって、あるいは病気が治ってもまた病気になる。

貧乏の因縁があればまた貧乏になる。

因縁因果を持っていたままでは病気は本当に治ったことにならないし、貧乏も直ったことになりません。

やがて変化した形でまた出てきます。

痔ろうを外科手術したら肺病になる、肺病をおさえるとたとえば癌になるとか、この現象世界ではぐるぐる廻っているわけです。

だから因縁因果をこえていかなければ病気の原因とか貧乏の原因はなくならないのです。

因縁因果をこえる道は何かというと、守護霊守護神につながる道よりほかにないのです。

守護霊、守護神につながって、因縁因果の波の影響を受ける三界 ━ 肉体界、幽界、霊界の下層 ━ を出てしまわなければだめなわけです。


三界を出ていくと、なんにも把われがなくて、自由自在に生きられるわけです。

それは一人では出られないのです。


人間が分霊(わけみたま)として、分霊魂魄としてここにいる人間自体ではこえることが出来ない。


守護霊守護神に想いを向け、守護霊守護神とつながって、そして助け出されて因縁因果の三界をこえていくわけです。

こえてしまえば、そこには悪も不幸も何もない、自由自在な世界がひらけてくる。

それは肉体界にいても出来るし亡くなってからでも出来るわけです。

そういう世界に導き出すのが宗教なのです。」



 


* 守護霊守護神・・・・人間の背後にあって、常に運命の修正に尽力してくれている神霊のこと。守護霊は先祖の悟った霊で、正守護霊と副守護霊がいる。

正守護霊は一人の肉体人間に専属し、その主運を指導している。

副守護霊は仕事についての指導を受け持っている。

その上位にあって、各守護霊に力を添えているのが守護神である。






 
 


感想


ここで宗教という文字がたくさん出てきます。

私は日記に真理を書いていますが、宗教というものをとくに説明しているつもりはないのです。

これが書かれた頃の時代背景は、今ほど宗教に対して偏見がなかったのだと思うのです。

真理=宗教の図式があったと思われるのですが、現在では宗教=オウム=オカルト(隠されたもの、怖いもの、奇異なもの)が定着してしまったのです。

呼び名なんてどうでもいいのです。


人間が心の奥底で真実に求めているものを探求していくことが、人間が真の幸せにつながる道だと思うのです。


だから宗教という言葉にあまりこだわらないでください。


話をまた元に戻しまして(笑)


私たちは自分の子どもたちを愛しています。(例外的に愛せないこともありますが)

そのこどもたちがまだ幼いのに、自分は病気(例えばです)で死ななければならない。

でも、どうしても心残りでしかたがない。

そして自分は死んだ

死んで幽界に行ったが、そこで肉体は無くなったが、魂、心がそのままであることがわかった。

そして、そのときに守護霊様が現われて

「さぁ、これから霊界に行くのですよ」

と言われた。

「ちょっと待って下さい、私には肉体界に残した幼い子どもたちがいます、こどもたちをそのままにして霊界にはいけません」

すると、守護霊様はこうおっしゃいました。

「大丈夫です、あなたの子どもさんには、子どもさんたちの守護霊様と守護神さまがついていらっしゃいます、そして常に守ってらっしゃいます、だからあなたは安心して霊界に行くのです、もしどうしもあなたが守りたいのなら、霊界で修行をして守護神様に認められたのなら、あなたが守護霊になることもできるのですよ」


というような会話がされているのです。


守護霊様とはそんな存在なのです。

孫であり、子どもである肉体人間たちを守ってあげたくてしかたがないのです。

運命を変えてあげたくて、幸せにしてあげたいのです。

しかし子どもたちが守護霊様に意識を向けていなければ守りにくいのです。

守護霊、守護神は霊界、神界にいらっしゃるのでそのこどもたちの霊体、神体を浄めることが出来ます。

そして運命を悪くしている幽体(潜在意識)を浄めることが出来るのです。

20%の自由性をつかむとは、守護霊、守護神につながることなのです。


 守護霊、守護神につながれば、運命は急速に開けてくるのです。わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)

逆に言えば、運命を好転させるには守護霊、守護神つながる他はないのです。

なぜなら、人間の運命を司っているのは、守護霊、守護神様だからです。





世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




   

2010年5月24日 (月)

考えない努力をしよう!

 
  
昨日、ある人と話をしていて

「私はどうしても色々と考えてしまうのです」

と言っておられました。

考えるというのは、頭を使います。

頭は身体の上にあるので

気が上がった状態になります。(正常な判断が出来ません)

日記、下丹田(かたんでん)にも書いたように

思う、考えるというのは、色んな情報が入って来ているのです。

そういう意味ではインターネットと同じです。

たくさんの情報が次から次へと入って来るのです。

でも、その中で必要なものはほんのわずかです。

後のものは、インプットせずに捨て去ってしまった方がよいのです。

頭で考えるとは、あたりかまわずインプットするということです。

でもその情報を処理出来ていない。(頭が詰まってくる)

そして、頭を駆け巡っている色んな考えを自分の考えだと思ってしまうのです。

今、ほとんどの人がマイナス思考です。

すると入ってくる情報もマイナスのことばかりなのです。

私もつい考えてしまうことがあるのですが

ろくなことはありません(笑)

昔のことを想い出して腹が立ってきたり、他人が自分のことをどう思っているのかを気にしてみたり

「あ、いかんいかん、これは自分ではないんだ」

「人の想念をもらっているんだ」

と思い直すのですが

この切り替えが出来ないと、


どんどん、マイナスの中に入っていってしまうのです。


W先生は私に

「考えない努力をするのです」

とおっしゃいました。

その意味が今、とてもよく判るのです。
 

私たちは昔から

「よく考えろ!」

「もっと頭を使え!」

と教えられてきました。
 

でもそれは違うのです。


そしてW先生は

「ここ(首)から上(つまり頭)はいらないのです」

と身振り手振りで教えてくださいました。

 

頭はいらない
 

そうなのです。
 

頭を使って想うこと
 

考えることはいらないのです。
 

必要ないのです。
 

お釈迦様のおっしゃっておられる
 

空とは、頭を空っぽにして
 

下丹田に意識を集中し、天にいる自分から本心を降ろすことをいうのです。(本当の自分は天界に居ます)


それを邪魔しているのが頭なのです。


神界・天界(本当の自分のいるところ、本心のあるところ)

霊界 

幽界

肉体界


インスピレーション(直観)は、頭に降りるのではなく、下丹田に降りてくるのです。

そこに本当の頭(心)があるからです。

おもうというのは、想うと思うがありますよね。

頭でわかったことは想うなのです。

想うとは相手の心と書きます、つまり自分の本心から出たものではないのです。

一方、思うの思うの田は下丹田の田なのです。

下丹田と本心は同じなのです。
 

下丹田とは心でわかること

想うとは頭でわかることです。

私たちはもう、色々と考えて、考え過ぎて、それに振り回されることから卒業しなければなりません。げっそり


アセンションとはその卒業を意味するのです。
 

私たちは頭と頭で会話をするのではないのです。
 

心と心で対話をするのです。

 
それがテレパシーで通じ合えるということです。


そのためには、頭でごちゃごちゃ考えないようにしないと出来ないのです。(スッキリさせることです)

頭で考えないようにするにはどうしたらいい?
 

それは頭に浮かんだ想念をつかまずに
 

すべてを天に還すのです。(汚れた想念を消してくれます)

すると天には本心があるので

そこから天下って来ます。(必要なものだけが降りて来る)

これが直観であり、インスピレーションです。電球ぴかぴか(新しい)

天に還して、そこから本心を降ろすには


宇宙と共鳴する祈り言葉がいるのです。

それが世界平和の祈りなのです。

そして天から神界、霊界を通って来るのを助けてくれるのが守護神、守護霊様なのです。





 
世界人類が平和でありますようにぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます






  

追伸

考えそうになったら

世界平和の祈りに切り替えてください。

しょっちゅう考えそうになる?

そうですよね(笑)

だから祈り続けるのです。

わたしたちは祈るために

生まれてきたのです。
わーい(嬉しい顔)




  

 

2010年5月23日 (日)

下丹田(かたんでん)とは?

  
  
    
私たちは、考える所は、この頭だと思っています。

でも肉体の頭とは、色んなエネルギーを受けやすかったり、人の想いが入ってきやすい場所なのです。

頭とは、テレビの受信器だと思ってください。

NHKもあれば読売、朝日、ローカル放送・・・・・海外のBS放送も受信することが出来ます。

つまり色んな考え想念が入り乱れているところなのです。

だから落ち込んだり、hightになったり、マイナスが入ったり、急に元気になったりするのです。

そして人間は、170センチ、65㌔というのがその人の大きさではなく肉体にくっついている幽体とは大きなビル一棟分くらいの大きさがあるのです。(宇宙を意識するともっと大きくなります)

だからビル一棟の中に居る人の想念エネルギーをまともに受けるのです。

そのビルの中にひどく落ち込んでいる人がいると自分も同じように落ち込んでしまう。


だけど、なんで急に憂鬱になったのかわからない。

「私はこう想います」

と言っていても

それは本当の本心から来たものではないことが多いのです。


想うとは相手の心と書きます。


それくらい色んな人の影響を受けているのです。


本来の自分ではないのです。


だから意識して自分の本心とつながらないと別人になってしまうのです。


アセンションすると地球の人類の想念がきれいになっているのでそんなに意識(本心とつながることを)しなくても大丈夫ですが


アセンションの前の今は一番汚れているときなのです。


善くなる前が一番きついのです。



本心とつながるにはどうしたらいいか?


マイナスのエネルギー、人の想念を受けなくするにはどうしたらいいのか?


まず本心はどこにあるのか?


ですよね。


それは私たちがどこから来たのか?をひも解いていくとわかるのです。


私たちは、宇宙からやってきました。

地球とは全然違う進化した星から来た魂もあれば、遅れている星もあれば、地球に長く居る魂もあります。


その色んな環境で育った魂たちが同居しているのが地球なのです。


話を元に戻して(笑)


そんな星から天下ってきた私たちはその星に居たことを忘れてしまっているのです。(記憶は消されているのですが)


意識がその星の宇宙(神)意識から地球意識になっている。


元居た場所、高い宇宙での意識と合わなくなっているのです。


そして違うものとばかり共鳴してしまっている。


神様の波動とも共鳴できるのに、業想念=マイナスのエネルギーとも共鳴しているのです。



では、その宇宙とつながる場所(スポット)とはどこにあるのか?


それが、下丹田(かたんでん)なのです。

下丹田とはどこにあるのか?

それはへその下3.5センチのところにあります。


本当の頭とはこの下丹田にあるのです。


私たちは常に気(エネルギー)が上にあがっています。

頭に意識があるのです。

それを本当の頭がある下丹田に意識を下げる


これが本当に落ち着くためのメソッド(方法)なのです。


お釈迦様は本心とつながるために座禅観法することを説きました。

これは下丹田から本心(宇宙)につながる方法を教えていたのです。

私が、「座っているときは、肛門(お尻の穴でもいいです)を意識してください」 と言ったのは

肛門と下丹田の場所がほとんど同じところにあるからです。

下丹田を意識しにくかったら肛門でもいいのです。

とにかく上(頭)から意識を下げることが大切なのです。

立っているときに下丹田を意識しにくかったら足の裏でもいいのです。

肉体から意識を外すと外部からのエネルギーを受けにくくなるのです。

そして本心とつながりやすくなる。

その状態で宇宙(神)と共鳴する

世界平和の祈りを祈ると

ものすごいプラスの光のエネルギーが宇宙から入って来るのです。

天地を貫く光の柱の中に居ることができるのです。ぴかぴか(新しい)

そうなればもう完全に宇宙人(神様)ですよね。わーい(嬉しい顔)

そうなのです。

私たちはすべてのものを創造出来る

神そのものなのです。



 
我即神也


世界人類が平和でありますように 
ぴかぴか(新しい)






  

みなさんが一番知りたいこと 4

  
    
 
どうしたらいいか?(消えてゆく姿で世界平和の祈りという方法)


 
すでに録音されたことなら、ビクビクしながら再生されるのを待つ以外にないのでしょうか?

そうではありません。

それでは運命は堂々巡りです。

運命はすべて決まっているわけではありません。

改善することが十分に出来ます。


「どうして玉石混交した世が現われてくるかというと、仏教的ないい方ですが、過去世の因縁因果によって現われてくるのです。

だから運命は80%決まっているのだ。

父と母の間に赤ん坊として生まれてきた時は、すでにその児の運命は80%決まっている、あとの20%の力でその運命を変えていくんだと私は説いています。

そういいますと、20%ではもうしょうがないじゃないか、もう決まってしまっているのと同じではないか、という考えが出てくる。


その20%というのはどういうことかというと、20%未知の世界がある、これから作り上げていく世界がある、というわけです。


20%の出発点から、100%、千%と、今までの業をこえて、すっかり業を消滅して新しい世界を作る窓口という意味です。


80%まっくらだけど、20%光がさすところがある。


それを窓口として、跳躍台として、無限に自由自在の世界に出る、ということなのです。


つまり、自分の生命体が自由自在になる、そういう窓口が20%開いていて、あとの80%はもう決まっているのだ、というわけです。


その窓口から出ていけば自由自在の世界に出られるのです。


この80%が決まっているということは何かというと、過去世の因縁因果の波が決まっている、過去世において行なったこと、想ったことが波として決まっている。


宗教というのはその因縁因果の波に流されて、波の中で生きてゆくのではなく、因縁因果をこえていく方法を教えるのです。


生まれた時から運命は決まっている、といういい方は、因縁因果の波の中で決まっている、ということですが、因縁因果をこえた人というのは、因縁とはなんの関係もなく、自由自在に生命を生かしていける。


そういう人間になる道が20%の光の道としてあるわけです。


20%の自由性がある。


その因縁因果の波をこえた自由性のところにつながれば、悪い運命であったとしても、それをこえて自由自在の世界に出られるんだ、ということなのです。」(白光出版「悠々とした生き方」)






  

感想


占いというのは、運命として決まっている80%のところを観る訳なんですね。

つまり過去世を観ている、潜在意識(幽界)に溜まったものを観て、それで未来を予測しているのです。

だから確率から言えば、80%は当る?。

でも人間はそんな単純で流されて生きているわけではない。

なんとかしようと思考を変えるわけです。

私がお薦めした

「思考のすごい力」(ブルース・リプトン著) は自分を変えようとする意志が人間の中の細胞や遺伝子までも変えてしまうというものなのです。

すると運命も変わってしまうのです。


不幸?にも癌になってしまった。


だけど自分の心の中で健康な自分の姿をイメージすると(思考を変える)と細胞はそのイメージした通りに変化するのです。


「ああ、自分は癌の家系だからもうだめなんだ!」

「奇蹟なんて起きないんだ!」

と思考がそちらの方に行ってしまうと

その通りダメになるのです。

だから普段わたしたちが思っていること、考えていることが運命を創っていくのです。


その大切さをこの後から述べていきます。




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)




 


2010年5月21日 (金)

仕事は雇われる時代からクリエイトする時代

   
  
先日、テレビでサムプライムローンやリーマンショックの影響はもうなくなったこれからは景気が善くなるなんて言っていたけど


笑ってしまいました。


お金をたくさん刷って表面的に善くなったように見せているだけでその水面下では、もうどうしようもないところまで来ています。


アメリカの経済は破綻しているし、日本もかなり際どいところまで来ている。


でも日本はまだ自己責任の認識がある分だけましなような気がします。


無理にインフラ(産業の基盤)をつくろうとしてももうすべてが飽和状態で、公共事業を増やしてもそのつけは国民にくるわけだから景気の良くなる材料はどこにもない。


それよりも無駄なもの、地球の環境にとってよくないものを削っていく(リストラ)方が無理に産業を活性化させ、お金を動かす(インフレを起こす)するよりも大切なのではないかと国民も気づきだしているのです。


でも今のままでは、仕事が無くなる


雇ってくれるところがない


大学を卒業しても受け入れてくれる体力のある企業がない



今は、仕事をさせてくれるところを探すのではなく


自分で創っていく(クリエイト)ときだと思うのです。


そんなこといったって何をしたらいいのかわからない


と言われるかもしれません。


でもいくらでもあると思うのです。


隙間はいくらでもあります。


なぜ、そう思ったのかというと


各業界に改善点がたくさんあるからです。


例えば不動産業界です。

なんでマンションが3千万もするのか?

なんで賃貸で3LDKが10万円近くするのか?

マンションを建てる(3000万の物件)のにかかっている建築だけのコストは500万くらいだと思うのです。


家を借りる(月10万円)のに


貸主の人は、コストは6~7万円も経費がかかっているのか?


だいたい適正価格とは原価に6割を乗っけたくらいだと思うのです。(それでも高いです)



そういう意味からすると


3000万のマンションは、原価が500万なので×1.6で800万円です。

300万の利益でもそこから従業員の給料分くらいは十分に出ます。


だから2200万円は高すぎるのです。



今金利が安いからと言って、賃貸に住むよりもローンの方が月々の支払いが楽だからと言って買う人が増えています。


でも、ちょっと待ってください。手(パー)


高過ぎませんか?


そこに気づいて


1000万の新築マンションを売り出すところが出てきたら


3LDKを3万円で賃貸する不動産屋(仲介業)さんが出てきたら


お客さんは飛びつきます。


そんな無茶苦茶な商売をしているところが結構あるのです。


サービスも値段にみ合ったものを提供しているところが少ないのです。


銀行にしてもしかり、保険屋さんにしてもしかり


つまり当り前のことを当り前にしていない(値段だけでなくサービスも)業界がかなり残っているのです。


それを正常に整えていくだけでいい


それは大きな組織にいなくても出来るのです。


大きな組織に入ったところでもうそこでは仕事は無くなってきているのです。


企業はリストラしか残された道はない。


だからどこ(組織)に入っても、最後は自分でやっていくしかないのです。


そのことに気づいている人は


当り前のことをすれば、人に喜んでもらえる


それで十分にやっていけるという確信をつかんでいるのです。


もう雇ってもらうという時代ではないのです。


一人で生きていけるようになる(そこで人を雇えばその人たちを助けることにもなる)


今は、魅力のある時代になったのです。


だから


どんなことをすれば人に喜んでもらえるのか?


を考えてください。



きっと答はたくさん見つかると思いますよ。







参考図書


『ビジネスで大切なことはみんなレストランで教わった』

岡田 博紀 大和書房   一番のお薦めです。



『宇宙が味方する経営』

伊藤忠彦 講談社インターナショナル
 


『思いをカタチに変えよ!』

渡邊美樹 PHP
 


『何のために働くのか』

北尾吉孝 到知出版社



 

  

ほんとうの健康法とは?

  
  
  
・薬も、運動も、食事療法も、鍼も、灸も、マッサージも健康を維持してゆく為には、ある程度必要かもしれない。


が一度び不安や恐怖心が湧き上がって来たら、果たして今まで続けて来た健康療法で乗り越えることが出来るであろうか。


身体を鍛える前に、心や精神を鍛える訓練をするほうが先決である。

つねに小さな些細なこと、取るに足らないことにさえ、いちいち自分の心が傷つき、イライラさせられ、心配や不安にかられていたならば、健康療法などなんの意味もなさない。


まず、どんなことが身のまわりに起っても、自分の心を痛めず、傷つけず、それに対して常に適切な対処が出来るように、心を養う必要がある。


心が常に一定し、明るく光明に輝いていさえすれば、身体はいつも何もしなくても健康そのものなのである。


肉体のコンディションはまず、心に起因しているものだということを知ることが大事である。




 

       

              『日々の指針』 西園寺昌美 白光出版






  

みなさんが一番知りたいこと 3

      
  
こうして、潜在意識(幽体に属する心)に溜まった過去世からの想いは因縁となり、消えてゆくために、現象面に現われます。

そこには時間差があるため、今悪いことをしていないのに、悪い事ばかりが起きることもあります。

では、なぜ今それが起きるのでしょうか?

それは、永遠の生命から見れば、今生(肉体界)で消すのが一番よいからです。


また、過去の自分が溜め込んでしまった業因縁を、今なら消せるということを神様から認められた、いわば「成長の証」 ということが出来ます。

一番いい時に、一番いい形で消していただけたならば、それは感謝の想いへとつながっていくことになるでしょう。


「善事をしつづけながらも、なかなか不幸な出来事が消えぬような人もたくさんある。

しかし、これは憂うべき事態ではなく、その人自身や、一家一族の進歩してゆく姿なのである。


それは過去世から蓄積されてある、その人または、祖先の悪因縁が、その人の時になって、表面にはっきり現われ、次々と消え去ってゆく姿だからである。


人間には、肉体の世界以外に、幽界、霊界の世界があるのだから、一番苦しみの軽い肉体界で、過去世の蓄積された業因縁をでき得る限り消滅し去っておいたほうが、その人や、その人の祖先、または子孫のためにも幸福である。


従って、善事をなせばなすほど、不幸な出来事が、より多く現われる場合もある。


しかし、それは真の不幸ではなく、潜在していた不幸が、より長く潜在していて現れぬと、その人自体が現在味わっている不幸の何層倍かの不幸になって、やがて現われてくるのである。」 (白光出版 『神と人間』)











 
感想



人間には必ず過去世があるのです。


過去の結果が現在、未来の原因が現在というのはわかりますよね。


ということは現在は、過去のやっていたこと(原因)の結果だということがわかります。


それも今生だけではなく、前世の結果が 今 現われているのです。


だから過去世で、働き者で善い事をたくさんして来た人は、今生ではなぜか恵まれ、過去世で乱暴者だった人は、今生ではなぜか嫌われるのです。


今、目の前に起こっていることは、今の私がつくったのではない、過去の私がまいたタネが、今、実って現われているんだ(今生も少しは含まれますが)



過去世でしてきたことは潜在意識に溜まっているのです。


潜在意識はやがて顕在意識に現われます。


潜在意識が幽界であり、顕在意識が肉体界なのです。


だから何回も書きますが、今、これからを善くして行こうとしたら


潜在意識をきれいにして、肉体界に現われる前に大難をできるだけ小難にすることです。


そして現われて来たということは消えるために出て来たんだと認識することです。


それが辛いことであっても過去世で自分がまいた想念行為が結果として現われたのだからしかたがないのです。


「なんでこんなことばかりが起こるんだ!」


と嘆くと


また悪因をつかんでしまうのです。


そこで腹を立てて自暴自棄になったり、相手に仕返しをしてはまた悪因をつくってしまうのです。


そこが大切なのです。


今現われていることは、過去世の結果なのだ


それも大難が小難にしていただいているんだ(守護霊、守護神が潜在意識を常に浄めてくださっているのです)


今現われたということは自分にそれを乗り越えられると守護霊、守護神様が判断されたから出してくださったんだ。


そこに反応せず、感謝で観ることが出来たら消えてゆくものなんだ。


肉体界に悪因が現われるということは一番苦しみが軽いんだ


悪因は結果として現われないと溜めると後(死んだ後、未来)でもっと辛い事になってしまうんだ。


とここまで気持ち(心)を切り替えることが出来て


はじめて


「この人はプラス思考の人だ」


というのです。


それは、人間の生命を過去世、現在、未来と宇宙的視野で観ているからです。


今、現在だけをみて


「自分は不幸だ」

「いくら頑張っても結果が出ない」


「あの人は同じことをしているのに恵まれている、それと比べて自分は不幸(病気、貧乏)ばかりが起こる。


「もうどうにでもなってしまえ!」


というのはナンセンスなのです。


私はこの原理原則、真理、宇宙の法則を


家庭でも学校でも教えるべきだと思うのです。


でないとさ迷ったまま、人生を送っていかなければならないからです。


そして、原理原則を教えるだけでなく


これからどうしていけばいいのか?


を伝えるのです。


それがなければ

なにも伝えない方がいいくらいなのです。


今までは


あなたが過去世で原因をつくったのだから


どうしようもないのです


とか


過去世を浄めようとしたら


「私のいうことを聞きなさい」

「この壺を買いなさい」(笑)


しかありませんでした。


それが宗教が嫌われてきた原因なのです。


宗教がなくったって


自分の運命は自分で変えれるのです。


そのメソッドをこれからも書き続けて行きます。




2010年5月20日 (木)

読みのないただの同情は自立をさまたげる

  
  
  
・外部からの援助は人間を弱くする。自らの手で自らを励まし、何事にも屈することなく、勇気づけようとする精神こそ尊いものである。

人の為によかれと思って援助の手を差しのべる時は、余程の読みが必要である。 

相手の自立の気持ちを失わせるようであっては、かえって援助がマイナスとなって働いてしまうからである。

人生は自分の手によってしか開けないものである、ということをよく知ることである。





   

       『日々の指針』 西園寺昌美 白光出版




    

天と地と自分が真っ直ぐにつながれば病気は治る

  
  
  
・人の心というものはそんなにもろいわけでもなく、弱いものでもない。

心が天に一直線につながっていると、神の叡知が真っ直ぐそのまま流れ入り、どんな不可能なことをも可能にしてしまう力が湧いて出る。


人間は本来みなこうあるべき筈である。

心がもろく弱そうにみえる人は、それだけ神に一直線につながっておらず、心の先端がどこかでずれてしまって、神のエネルギーが全部そのまま肉体に届かず、途中で放出されてしまっているのだ。


それはあたかも水道の蛇口にホースを真っ直ぐに差し込むのと、ずれてさしこむのとの違いである。


ずれてさしこんだ場合、水道の蛇口とホースとの間から水が漏れ、ほとばしり、流れてしまい、全部が全部、肉体に届かないための心の力が弱ってしまうのである。





       『日々の指針』  西園寺昌美 白光出版



 
  

 世界人類が平和でありますように

 日本が平和でありますように

 私たちの天命がまっとうされますように

 守護霊様ありがとうございます

 守護神様ありがとうございます



   



 

如是我聞


     

1.自分を見つめるということは、感情によって左右される表面的な自分を見つめるということではない。

その奥にある、永遠の生命と一つになる自分を見つめることなのだ。

 
 

1.表面だって働くこともよいだろう。しかしそれよりも自分を浄め、深めることがもっと大切なのだ。

 
 
 

1.調和とは自分がなくなることである。
 
 


1.人間大きくなりたかったら、自分の責任を他に転嫁するな。
 

 

1.肉体の自分がやっているんだ、と思っているようなうちは、その人は大した人間ではない。

 

 
1.自分の体というのはないのです。神さまが創った体なのだから、神さまの体なのですよ。それを自分の体と思うから、そこに執着が生じ、執着から迷いが生まれてくるわけです。

はじめから「自分」 なんていうものの所有物は一つもないのです。
 





                 五井昌久



 




  

みなさんが一番知りたいこと 2

  

  
━ 消えてゆく姿が起こるしくみ(現われて消えるしくみ) ━
 


 
潜在意識のしくみは“テープレコーダー” と似ています。

それも(過去世を含め)、自分が生まれて以来、常に“録音モード”になっている、非常に高精度なレコーダーを想像してください。

そのレコーダーの中のテープには、生まれてから今日に至るまで、自分の発してきた想いが全部、録音されています。

つまり、潜在意識には、自分が発した想いが記録されており、その記録された想いが因縁となって心や言動に現われ(再生され)、そして過ぎ去って(消されて)ゆきます。

これが「消えてゆく姿」の原理です。

「この現界は潜在意識(ひそんでいる心)と顕在意識(あらわれている心)とがぐるぐる廻っているので、顕在意識(普通いう心)に想ったことは、すべてそのまま潜在意識(幽体に属する心)に記録され、その記録された想いが、表面の心、顕在意識に記憶として浮かびあがり、ある時は、直接行動として、言動に現われる。


そしてその現われた言動がまた再び潜在意識に録音される。


こうした、ぐるぐる廻りが、その人、その人の運命となって現われている。」




 

* 幽体に関する五井先生の解説

「肉体界というものがあります。そのまわりに幽界というのがあるわけ。幽界というのは汚れた想いが一杯溜まってるところです。

その上に霊界というのがあり神界があるわけです。

霊界神界というのは浄まっていて、神様の光そのものが入っているところで、幽界にくると、今まで過去世から蓄積されていた肉体を守ろうとする想いが、一杯あるわけです。

それが黒雲となって渦まいている。

この幽界の黒雲の波を受けて肉体の生活が行われている。そしてまた肉体生活の波を受けて幽界が出来ているというように、ぐるぐるぐると肉体界と幽界とを廻っているわけです。

それで幽界にあるものが肉体界に現われてくる。

もっとやさしくいえば、自分が子供の時に親を恨んだ想いが一杯あるとします。それは自分の幽体に溜まっている。そして幽体がぐるぐる廻って、自分と幽界をぐるぐる廻っているわけですよ。

それがある時何かの縁にふれると、親と喧嘩したりする。というふうに現われてくるわけなんです。

過去世で想ったことは何処にあるかというと、幽界に一杯詰まっている。

今想ったことは何処にあるかというと、肉体界で想うけれどもすぐに幽界につながっていく。

幽体がくっついているんだからね。

だから幽界には悪い想いと善い想いとがごっちゃにあるわけです。

それが肉体界と幽界をぐるぐる廻っている。

だから肉体界だけのことを考えたのでは、絶対にこの世は幸せにならないんです。

肉体界と幽界とを共に含めて考えて、そこが業想念の場として考えないと駄目なんです」



                   つづく






感想


どうですか?

ちょっとややこしいですか?

でも何回か読み返しているうちにきっと理解してくると思います。

ここは基礎となる部分です。

ここがわかれば後はわかりやすくなるのです。

私たちは目にみえる世界しか考えようとしません。

でも空気もそうですし、心も目にはみえないけれど

あるのです。

宇宙の中で目にみえるものはほんの少しです。

後は目にみえない空間なのです。

そして目にみえるものも、みえないものから出来ているのです。

だったら目にみえない心を大切に大事にしていけば

目にみえるもの、出来ごとは整っていくはずなのです。

まずは私たちが住んでいる肉体界にくっついている幽界というものを理解しましょう。


幽界が汚れているから、肉体界も汚れてしまうのです。

だったら幽界(潜在意識)をきれいにすればいいのではないのか?

そうなのです、その通りなのです。

そこがキーポイントなのです。パスワード電球


    


  

   
 

2010年5月19日 (水)

みなさんが一番知りたいこと

    
    
  
わたしたちは日常生活を送っていく上で


「なんでこんなことを思ってしまうのだろう?」

「なんでこんなことが起こってしまうのだろう?」

「どうしたら今の状況から脱出できて、善くなっていくのだろう?」


という思いがあってそのことがわからなくて悶々としていると思うのです。

自分の考えていることはどこから来るのかもわからない

毎日起こることも突然色々なことが起こるので不安でしかたない

この流れを変えたいのだけどどうして変えていったらいいのかわからない。

今のこともわからないし将来のこともまったくわからない(病気になるかもしれない、仕事がなくなるかもしれない・・・)


そんな精神状態では、毎日を明るく楽しく生きていけるわけがないのです。


そこで昔、お釈迦様やキリストが現われて人々を救った


それが宗教となって世界中に拡がって行ったのです。


でもほとんどの人々は宗教で救われてはいない。


私はその辺のことをひも解いて行こうと思ったのです。


そして私が提唱する世界平和の祈りとの関係も同時に述べて行きます。


先日、ご紹介した白光出版が発行している小冊子


『消えてゆく姿で世界平和の祈り』 から抜粋します。


全46ページありますので毎日5~6ページづつ分けて書いていきます。






『消えてゆく姿で世界平和の祈り』 とは


怒り、憎しみ、嫉妬、不安、恐怖、悲しみなどの感情想念が出てきたときに、それらは新たに生じたのではなく、自分の中にあった悪因縁の感情が、消えてゆくために現われてきた、


即ち 「消えてゆく姿」 だと観て、世界平和の祈りを祈り、その祈りの持つ大光明の中で消し去る行のことです。


この行を続けると、潜在意識が浄化され、運命が好転してゆきます。


この小冊子では、その「消えてゆく姿で世界平和の祈り」 について、五井昌久先生の言葉を引用しながら、易しくご説明します。




因縁性 ━ 「消えてゆく姿」のもととなるもの(過去の想い)


日々さまざまな出来事がありますが、その中には、「どうしてこんなことが?」と思うこともあるのではないでしょうか。不慮の出来事に見舞われたり、おかしな言動をしてしまったり。

またある人は恵まれているのに、ある人は不運だっり・・・・・。


なぜそんなことが起きるのでしょう。それは因縁因果と深い関係があります。


「仏教では善因善果、悪因悪果といって因縁因果というものを説きますが、やはり因縁因果の法則というものを知ることが大事です。


自分が貧乏をしていて、オレがいくら働いても貧乏なのは、世間が悪いんだ、社会が悪いんだ、という人がいるけれども、


実は社会が悪い、世間が悪いんじゃなくて、自分の貧乏の原因は、過去世の自分にあるのです。


過去世といわなくても、今生にもありますが、過去世からずーっと伝わってきた因縁によって、貧乏をし、あるいは病弱に生まれ、才能がなく生まれるんです。


また、なんら偉くもないのに金持ちで威張っている、という人があるかもしれない。


しかしお金持ちになるにはお金持ちになるように、地位が高くなるには地位が高くなるように、過去世において一生懸命やっているわけです。


そういう種をまいているわけです」




* 因縁因果・・・・結果は原因だけでなく、直接的要因と間接的要因が両方揃った時に、結果がもたらされるという仏教の教え。


*過去世・・・・現在世に生まれる前に、生きていた世のこと、輪廻転生(生まれ変わり)の考えに基づく。





 

「人間は誰でも不幸になりたい人はありません。貧乏になりたい人もありません。能力が一杯あって、幸せになりたいと誰でもが思っている。ところが幸せになりたい。と思ってもなかなか幸せにならない。

例えば女の人で結婚をしたいしたい、と表面で思っているけれど、いざ見合いの場になると、相手に嫌がらせのようなことをして、ダメにしてしまうようなことが随分あります。


そういうのは、みんな因縁なんです。


潜在意識の中に、何べんも何べんも生まれかわった過去世の想いが、いや過去世と言わなくても、今生だけでもいい、昔の想いがあって、溜まっているわけです。」


               

                   つづく





  




  

2010年5月18日 (火)

天地を貫く光の柱に入る

  
         

于先生は、真理をお伝えしていく上で何が大切かとお聞きしたら

「天地を貫く光の柱に入ることを伝えてください、これさえ伝われば後の話はどうでもいいのです」

とおっしっておられました。


そうなのです。


例えば、大都会の空気の悪い所でも植物(樹)は育ちます。

天に向かって真っ直ぐに伸びている樹はまさしく

天と地を貫く光の柱の中に入っているのです。ぴかぴか(新しい)


「樹は宇宙と共鳴している」

「樹は祈りの姿です」


とお聞きしたことがありました。


その通りなのです。


だから人間もまったく同じなのです。


私たちは周りばかりを気にして


天を見ることを忘れているのです。(縦取りではなく横取りをしている)


光の柱の中にいることも気がついていないのです。


だから自分は天と地を貫く光の柱の中に居るんだ!


と意識するだけで

ものすごいプラスのエネルギーが入って来るのです。
 

それを意識して世界平和の祈りを祈ったり

印を組むともうそれはほんとに素晴らしい状態になります。

光のバリヤが出来て

あらゆるマイナスもはね返していくのです。
 

この光の柱が臨界点を超えたとき

アセンションが起こるのです。

ですから、2012年は関係ないのです。

もっと早くアセンションは起こるのです。





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




  

進化した星からやってきた天使たちへ

  
  
すごく波動(空気と思ってもらってもいいです)の細かい愛に溢れ、調和のとれた優しい星からやって来たというのは


緑がいっぱいで空気のきれいな所から、車や人ごみで色んな人の想念が渦巻いている都会へ来たのと同じなのです。


いつのシリーズかは忘れましたが、映画スーパーマンでスーパーマンの息子が地球になじめず喘息のような状態になって苦しんでいたのも波動が地球とは合わなかったのです。


だから喘息は病気ではなく、波動が違うために起こった現象なのです。


今、精神的に病んでいると思っている人の中にはこのケースが結構あるのです。


でも、スーパーマンは小さい子どもであっても、息子に同情するのではなく、自分の力で乗り越えて行くことをさせるのです。


「かわいそうだ」


という同情は、息子を決して自立させることにはならないのです。


進化した星からやってきた魂たちは、決して無理やりに送り込まれたのではないのです。


厳しい所(星)だとわかっていて、納得して降りて来たのです。



向こう(進化した星)での生活では満足出来なくて、もっと自分を成長させようと自分から自ら望んでやって来たのです。(だからあなたは決して弱くなんかない強いのです、それを誤解している)


それを勘違いしてはいけないのです。


そのことを理解してくれる人は、周りにはおそらくいません。


「自分を変えたい」


という強い意思が大切なのです。


変えたいという波動は


変ることの出来るものと共鳴します。


私のところにつながって来る人たちはそんな人たちなのです。


でも変える方法はお伝えしますが


変えるのは、やるのは自分自身です。


誰も助けてはくれないのです。


自分を救えるのは自分でしかありません。


自立とは甘えからの脱却です。


人は人を頼らずに生きていけるのです。


それを学ぶことが進化した星からやってきた目的の一つなのです。


自分を変えたいと思っている人は


自分しか自分を変えれないと思ってください。


厳しいようですが


これが宇宙の法則なのです。


あなたはそれを望んでやって来たのです。





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)




  


 

2010年5月17日 (月)

30ページの中に答がある

  
      
  
先程、日記の読者の方から

『守護霊守護神に代わってあなたに語る』


はどの本に載っているのですか?

という問い合わせをいただきました。


これは小冊子になっていて

いつも小さなカバンとかに入れて持ち歩けるのです。

ふっとページを開けるとそこに答が書いてある。


実は他にも素晴らしい内容が書かれた小冊子が出ているのです。


ご紹介しますので

今、自分に必要な真理はこれだ!

と思われるものがあったら是非、注文してみてください。



30ページ前後の中に答が凝縮されています。

とてもわかりやすく書かれています。



 
『人間と真実の生き方』

『世界平和の祈り Q&A』

『死んだらどうなるQ&A』

『般若心経の新しい解釈』

『愛と赦し』

『消えてゆく姿で世界平和の祈り』

『家庭調和の四つの鍵』


                  五井昌久




『守護霊守護神に代わってあなたに語る』

『教育の原点について考える』

『正しい親子関係のために』

『幸せをつくる光明思想』(果因説について)

『幸せの扉』

『明日を明るくするメッセージ』

『病気と死について』(病気=死の観念をくつがえす)


 
             西園寺昌美



一冊120円です。

白光真宏会に問い合わせをすればどなたでも購入出来ます。

よかったら何冊か頼んでみてくださいね。

きっとあなたの探していた答が見つかりますよ。本電球



白光真宏会 TEL 0544-29-5100




  


悟るって大切なことではない

 
  
宗教関係の人や道を極めようとしている人は

悟ることにこだわります。

そして少し閃いたり、わかったりするとそこで

満足してしまうのです。

宇宙は無限にあり

今わかったことがあっても

次々にわからないことが出てくる


なのに自分が悟ったような気になってしまっては


進化が止まってしまうのです。


だから

「自分は悟った!」

なんていらないのです。

「自分は悟った!」

と言っている人をみると

気持ちが悪くなってきます。

ほとんどが幽界のオバケちゃんに

取り憑かれているからです。


それよりも

自分の気持ちを落ち着かせることの方が大切なのです。

悟りとはその後で

知らず知らずのうちにわかっていたというのが正解なのです。

「あ~そうだったんだ~」

それだけです。

そしてそのことにももうこだわらないのです。

みなさん

注意してくださいね

「私は悟った!」

という人は

変な人なのです。げっそり




  


守護霊、守護神は心の親なのです。

  
  
何度も何度も読み返しても、守護霊、守護神の愛が溢れている文章なのです。

私たちの親は、この世の父母だけだと思っています。


でも本当の魂の親、心の親は守護霊、守護神なのです。


この世の父母は仮の親です。(だからと言って大事にしなくていいではもちろんありません)


しかしこの世の親は、たいしたことはないのです。


なんにもわかっちゃいない


肉体人間はちっちゃなものなのです。

でも守護霊、守護神は

先祖の悟った霊であり、神様なのですべてのことがわかっています。


私たちがこの先どうなるのか?

どんなことをしていけばいいのか?

仕事はどうすればいいのか?


この文章を読めばそれがなぜなのかがわかります。


守護霊、守護神を識ることは


自分を識ることになるのです。


これは魂の親、心の親からのメッセージなのです。ぴかぴか(新しい)





 
 


1、私は日頃あなたが思っていること、考えていることそのすべてを把握し、そしてその希望をすべて成就させるよう願っている。

決してあなた一人だけの望みではない。

あなたの望みは常に私の望みなのだ。







2、自己の希望を実現しえないで人生を終わってしまう人の何と多いことか。
 
彼らは私の存在を少しも認めようとはしなかった。
 
私はどんな時でさえも常に彼らの側にあり、彼らの望みを達成し得んが為に彼らを見守り導いてきたつもりでいる。
 
希望の成就は肉体個人一人で出来るものではない。
 
常に守護霊、守護神と共に歩んでこそ成就する路なのだ。
 
それが真実の人生の路なのだ。

   


 

3、出来うる限り明るく陽気に振るまいなさい。








4、私はあなたがいかなることをしようとも、決してあなたに罰を与えない。
 
私はただ、すべてを許すのみである。

そしてあなたのその罰を私が代わりにしょってあげているのである。
 
その代わりあなたは “消えてゆく姿で世界平和の祈り” を繰り返し繰り返し祈ればよい。

自分自身を深く信じなさい。

 


 

5、私はあなたにあえていいたい。
 
出来る限り明るい言葉や思いやり深い優しい言葉を常に、極力心がけて努力して使うようにし、光明思想の本を一日一回は読み、人の心を感動させるようなニュースを聞き、人と語り合う時には人の心を豊かに楽しませるような話題をあえて選び、明るいことのみを語るようにしてほしい。

そして暗いニュース避け、病気の話や人の不幸の話は出来るだけ口にしないことである。



 

6、羨望の心が湧くのも致しかたない。
 
嫉妬心にもだえるのもまたこれ仕方がないではないか。
 
そして人の幸福を妬み人の不幸を心ならずも喜ぶのもまた致しかたない。
 
人の心は感情によって左右されるものであるから、感情を無くさない限りこのようなことはすべて人の心の中に起こり得る現象である。
 
この世は物質肉体の世界、完全なる霊なる世界と違って不自由な束縛ある世界、よくないことだと充分にわかっていながら、正しいことではないと充分に理解していながら、神から反している行為だと充分に納得していながら、やはり現れてくるのが現実なのである。
 
おさえる必要はない、出すだけ出すがよい。

だが、出来るだけ人に迷惑がかからないように出してゆくのだ。
 
相手にまともにぶつからず、声を出して私にぶつけなさい、私にどなりなさい、私に非難をあびせかけるがよい。
 
私はあなたの心が充分にわかるだけに、あなたが愛しくて可哀相でならない。
 
私の大きな翼であなたを包んであげよう。
 
癒してあげよう。
 
心の中にある鬱憤をすべて私に吐きすてるのだ。
 
私が聞いてあげよう。
 
私が代わって祈ってあげよう。
 
あなたがあなた自身で祈れる時がくるまでは。

 偽善者 になるよりはよほどよい。






7、不調和な状態を一刻も早く自分の心の中から一掃せよ。

 



8、

あなたの内部の奥にじっとひそんで隠されている部分、秘密、嘘、葛藤、情欲・・・・それらのすべてを私は知っている。

私の前には何の隠しだても無用である。

ただ裸になることだ。

私にとっては肉体人間の弱さなどは百も承知の上だ。

だからこそ私というものが必要なのだ。

私の支えを必要とするのだ。

朝な夕なに私の名を呼びなさい。




9、

大自然の修復作用が発揮出来るよう大自然に代わって祈れ。




10、


あなたの希望を実現する場合、まだこの世の中に何の手ががりも見出せず、皆目何も無いところから全く新しい希望、この世に打ち出すそのきっかけを創造(つく)り出すのは、いうまでもないこの私である。
  
常に私の存在を忘れず私の名を呼びなさい。守護霊、守護神同士でお互いに交流し合うからである。


 

11、

人の悪を聞くために耳があるのではない。
 
人の悪を語るために口があるのではない。

人の悪しき姿を見るために目がついているのではない。

 


12、

相手を解放してあげると自己の束縛から解放される。

 


13、

すべてを見知っている私の前ですら未だ嘘、偽りでもって自分を覆いつくし、隠しだてをするつもりでいるのか。

情けない。

私はすべてを許そうと思っているのに。

私は(宇宙の法則)から絶対なる権限を与えられている。

あなたのすべてをゆるし、あなたのすべてを愛するのが私の働きである。





14、


あなたが私から離れてどこへ逃げようとも、隠れようとも、またどんな罵詈雑言(ばりぞうごん)をあびせかけようとも、それでもなお私は常にあなたの側を離れず、怪我がないよう、苦しまないよう、痛まないよう、見守りつづけているだけである。
 
私はあなたに嫌われていても、それでも尚あなたが愛(いと)しいし、愛しつづけているのである。





15、

私は肉体を持ちあわせていないので常にあなたの内部に働きかけ、内部の力を増し、調わせ、そのエネルギーを外界に現わし、そして出来るだけあなたの思うようになるよう、成就するよういたらしめているのである。

 

 

16、

私はあなたが暗く沈んでいる時、今まで以上に強い希望の光を投げかけている。
 
あなたが自分自身を傷つけ悲しみに浸っている時、すべては許されるのだという真理の光を送り、あなたに語りかけているのだ。
 
そして私の慈愛の光によって次第にあなたが真理に目覚めはじめ、その暗く果てしない入り組んだ道から脱け出してゆくあなたを見た時、私はあなた以上に天の神に感謝しているのだ。


 

17、

私は常にあなたに真理を語りつづけている。
 
あなたの心が全智全能の創造主と同じような強い力を握っているのだということを。
 
あなたは自分の心で、自分自身を幸せにも不幸せにもすることが出来るのだということを。
 
自分自身を、傷つけ暗く悲しいものだと思ったら、その通りの人生が展開されてゆくであろうということを。

そして自分自身を神の分け生命として認め、明るく大いなる希望をもってゆくならば、またその通りの人生が展開されてゆくであろうということを。
 
心はすべてのすべてである。
 
なぜならば、心は自分自身の運命の支配者であるからだ。



 

18、

私はあなたがいかなる苦悩、いかなる悲哀、いかなる絶望にあろうとも、必ずあなたを幸せにしようと心をくだいて見守りつづけているのである。

私の働きはあなたの真の幸せに導くこと以外の何ものでもない。


 


19、

 
私はあなたにお願いがある。この世は物質的肉体がすべてではなく、本来霊なる世界の写し世である、という事実を自覚してほしいのである。
 
霊的自我に目覚めたその時から、もはや何ものにもしばられぬ自由自在なる世界が、あなたの目の前に展けてくるのである。

それは無限の可能性を秘め、自分の思う通りになる世界となるのである。

 

 

20、

あなたは常に幸せを願うのだ。
 
あなたは常に神の無限なる能力を信ずるのだ。
 
あなたは常に調和を愛するのだ。
 
私はあなたのその望みにむかって全精力を傾けて、その実現のためにわがエネルギーをフルにあなたの心の中に注ぎこんでいるのだ。
 
だが、あなたの望みが常に暗く悲しく絶望的であるならば、その方向にむかってわがエネルギーを注ぎ込むことは、不可能である。
 
あなたの考えが明るく積極的な希望に満ち溢れたものに変わるよう、エネルギーを注ぎこむのであるが、そのエネルギーの消費量は並大抵ではない。
 
もともと+(プラス)の考え方を更に+(プラス)の方向に導き、この世に実現可能にせしめることは、宇宙の法則通りに実に簡単で無駄なエネルギーを消失しないものであるが、-(マイナス)の思考を+(プラス)に方向転換させることは、前者の何万倍ものエネルギーが消失されるものである。
 
 
常にあなたの考えを+(プラス)の方向に向けて生きて下さい。



 
 

21、

頭のよくない人ほど中途半端な聞きかじりをし、自分の知識をひけらかしたがるものである。

頭がよくないから善悪の批判力が無くすべて受動的に自分に吸収してしまうため、その人の潜在意識の奥にすべてそれらの中途半端な知識は溜めこまれてしまう。
 
さて、本人が病気になったり、挫折したり、失敗したりした時、これらの中途半端な知識が次から次へと頭を擡げ(もたげ)はじめ、自分自身の下らない知識で自分自身をがんじがらめにしばりつけ、また、自分自身の暗い思考力で自分自身を暗示にかけてしまい、どうしようもなく救われがたき状態においこんでいってしまうのである。
 
浅はかというより他にいいようがない。
 
知識ならどんなものでも入れていいというものではない。
 
本来ならば自分の心が勇気づけられ、希望に満ち溢れ、生きることの幸せが鼓舞(こぶ)されるような知識なら徹底的に入れこめよ。


自分の心を暗く不安恐怖に陥らせる知識は意識して取り払うべきである。



 
 

22、

“自分だけ悟ればそれでよい” という考え方は多分に利己的なわがままな生き方である。

これを出来るだけよい意味にとるとすると、人に真理を押しつけがましくするのは、たとえその教えがどんなに素晴らしくても、そこで必ず人の自由を縛りつけてしまうものであるから、よくないということであろう。

だが神のみ心からみたならば、真理を一人でも二人でも出来るだけ多くの人達に知らしめた方が積極的な善なる徳のある生き方なのである。

また何回も何回も重ねて自分の口を通して真理を語るということは、逆に、更に自分自身の潜在意識の中に改めて真理を吹きこむ形となり、自分の信念がまたここで更に強固に絶対的なものとなってゆくのである。

真理は何度も何度も繰り返し繰り返し語れば語るほどよい。

 

 

23、


旧き自己を捨て新しき自己に 蘇(よみがえ)るのが世界平和の祈りである。


どうにもならない自分をしっかりそのままつかんでしまった上、私はこんなにも悪い人間ですといわんばかりに、自分の悪を強調しても、誰も救われはしない。

むしろどうにもならない自分を一旦神の中に捨ててしまって、すべてを神の中に投げ入れていまうと、宇宙の法則にのっとった生き方が示されはじめる。









24、

あなたの長い間にわたる苦しみは私にはわかっている。
 
あなたの悲しみや痛みも私にはすべてわかっている。
 
そして更に今あなたの上に投げかけられている不安恐怖、今のあなたの立場ではどうしようもないのもわかっている。
 
私はいつでもあなたの心の叫びを聞き、訴えを聞き、その問題解決が一刻も早からんことを願い奔走しているのである。
 
だがあなたはこの私の心を知ってか知らないでか、常に自分自身の肉体の力でのりこえようともがいている。
 
だがよく聞いて欲しい、もはや肉体界でトラブルが現われはじめたということは、もう何年も、いや何千年も前に幽界で現れていたことを。

幽界で浄めることが全くできなかったが為に、この肉体界に現れはじめたのであるということを。

そのためにはまず幽界を浄め去るのが先決である。

それが出来るのはこの私である。

霊なる力で、霊なる光で、幽界を浄めれば、自ずと肉体界のすべてのトラブルは自然に解決されるものである。

私に頼りなさい。私を信じなさい。あなたが夢をみているその時ですら、私は闇を光に変える働きをあなたの為にしているのです。

あなたはあなた一人で生くるに非ず、私の生命と共にあって生くるなり。


 
 

25、

今あるとるにたらない小さな小さな幸福にさえも、神の与え給いしごほうびだとして感謝せよ。








26、

私は “神の子” であるという徹底的なる自覚がいかなる災いからもあなたを防ぎ、いかなる不幸からもあなたを脱出させる。
 
災いにも不幸にも絶対に波長が合わないからだ。







27、



私に徹底的に素直たれ。







  




 

思いを溜めてはいけない

  
  
  
私たちは善い事も悪い事も


心にずっと溜めてしまいます。


善い事であれば

「あ~あのときは善かったなぁ

あの後どうなったかなぁ

また同じように善いことがあればいいなぁ」


と思い


悪い事であれば


「あ~嫌なことが起こってしまったなぁ 

これからどうなるんだろう?

また同じようなことが起こらなければいいなぁ」


と思うのです。



善い事でも悪い事でも


過去を振り返ってどうのこうのと思うのは


心が重たくなるのです。


W先生は


「思い(想い)は重いのです、流してしまいなさい」


とおっしゃいました。


確かに

昨日起こった

どんなに善い事でも

どんなに辛い事でも


想い出して、もの想いにふけっていると心が重たくなるのです。


未来はどんどんやって来るのに


心が停滞しているのです。


だから、心をサラサラと流し続けましょう


あの川のように

凄い勢いで流れる滝のように


昨日のこと

さっき起きた善い事も悪い事も

さっさと流して忘れてしまうのです。



そのためには、大きな流れの中に


自分の想念を入れてしまうのが



一番なのです。



宇宙の流れの中に入れてしまえば


どんな重たい思いも綺麗に流してくれるのです。



それが世界平和の祈りなのです。




 
世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




  

心が休まる言葉

  
  
  
私は、自分でなんとかしたいと力みが出たとき

自分をわかって欲しいと強く思ってしんどくなったとき

人をなんとかしてあげたいという想いで重たくなったとき

自分をよくみせようと焦っているとき

誤解を解こうと悶々としているとき



かならず思い出す言葉があるのです。


人は人の気持ちをコントロールすることは出来ないし

してはいけないのです。

その人の自由も自分の心の自由も縛りつけてしまうからです。

人をどうにかしようとしてもどうにもならない

それよりも自分の心をコントロールできるようになることのほうが


ずっとずっと大切なのです。







 

● 私は釈尊(お釈迦様のこと)の次の言葉が好きである。


「沈黙しているものの非難され、多くを語るのも非難され、少しも語るのも非難される。世に非難されない者はいない」


この世に生ある限り、何をしても人は非難の目、嫉妬の目をもって他人を見つづけるのである。


人の目を気にして生きていたならば、自分の身が持たない。


天の目を気にして生きてゆくことだ。







         『日々の指針』 西園寺昌美 白光出版




  
  


2010年5月16日 (日)

進化した星からやって来た天使

  
    
昨日、ある人に印とマンダラをお伝えして来たのですが

そのときにわかったことは

この人は、地球よりももっともっと進化した星から来た天使のような人だということでした。

すごく素直で、すごく波動が細かくて、繊細で(でも弱くはないのです)地球に住んでいる一般の人とは伝わって来る響きが全然違うのです。(表現の仕方が難しいのですが)


だから、周りの人とは違うのです。


この人(これからAさんと呼びます)は、進化した星で育ったのです。

その星とは人と人とが言い争うことなどは皆無で、人と人とは愛し合い、相手の人を傷つける言葉などを吐くことなどは考えられないような穏やかな平和で調和がとれた愛に溢れた所なのです。


そんな人がマイナスのエネルギーで覆われた星に降りてきたら


びっくりしますよね。(カルチャーショックどころではありません)


相手の人が平気できついことを言うのが理解出来ない。


人の言うことには裏と表があることに気づかない。


感情的になって責めて来る人がいるとどうしていいかわからない(パニックになってしまう)



でも、周りの人は結構平気でいる


そんな人と比べて自分は違うと思ってしまう(本当は自分がまともで相手がおかしいのに・・・・地球は精神的に遅れた星なのです)


自分のような人が少ないので、自分はおかしいんだと思ってしまう。


弱いと思ってしまう。


そしてAさんは真理(神様)にも素直だけども、業(ごう)=マイナスのエネルギーにも共鳴してしまうのです。


神様(宇宙)とも波長が合い、マイナスにも波長が合ってしまう。


キャパシティーつまり器が大きいからどんなものも吸収してしまうのです。


だからしんどいのです。


どちらが本当の自分かがわからなくなってしまうのです。



私は昔の自分をみてるようでした。


私もW先生から同じことを言われたからです。


「あなたは、真理にも素直だけど、業にも素直ですね」


そうなのです。


今、地球にはよその星からやって来ている魂たちがたくさんいらっしゃるのです。


その人たちは、全然知らない土地で、何も知らされておらず(他の星からやって来たことを)


必死で頑張っているのです。


その姿を見ていると涙が出そうになります。涙


私はAさんをみていて


これからは業に波長を合わさずに神(宇宙)にだけ意識を合わせてくださいね。


そうすれば、本当自分と共鳴して本来の(進化した星にいた頃)光輝いている素晴らしい自分に出会うことが出来ますよと心の中でつぶやきました。


Aさんは自分を変えようとされています。


自立しようとされています。


そのこころざしは立派で素晴らしいと思うのです。


Aさんの将来は絶対に大丈夫です。


それは私が保証します。


私が変る(本来の自分になったということです)ことが出来たからです。





  

世界人類が平和でありますように


 

マイナスを考えそうになったら

  
       
  
昨日、ある人に、我即神也の文字を描くマンダラというものを伝授して来ました。

そのとき、その人は、凄い集中力でその文字(我即神也)を描いておられたのです。(あっという間に凄い量の文字を描いてしまいました)


マンダラを描く時には、ある決まり事があるのですが、描く時は、息を止めるのです。

実は、息が止まっているとは、何も考えることが出来なくなるのです。(想念停止)

何も考えないとは、余計なマイナスのエネルギー、他の人の想念も入って来ないということなのです。


人間は本当に集中している時は、息が止まっているのです。


サッカー選手がボールを蹴る時、野球の選手がボールを打つ時などは自然と息は止まっているのです。


そしてそのときには余計なことを考えてはいません。


だから
 

「あっ、今私落ち込みそうになっているな」

とか

「いけない、考え過ぎている」


と自分で察知(わかると思います)したときは


息を止めてみてください。


息を止めた状態で何かを考えようとしても


何も浮かんでこないでしょ(笑)


でもずっと息を止め続けることなんて出来ません げっそり



だから呼吸法をしてみてください。


吸うときは


静かに吸って


止めるときは


穏やかに止める


吐くときは


爽やかに吐きましょう♪


この息を止めるときに出来るだけ長く止めてみてください。


人間は、息を吸っているときよりも

吐いているときよりも

止めているときの方が

エネルギーがたくさん働いて動いているのです。

力がみなぎっているのです。


本当の呼吸法とは


吸気「四」 止める 「十六」 吐く 「八」


です。


でも個人差があるのでこれを基本として自分のリズムを作ってください。


吸気「七」 止める 「七」 吐く 「七」


でもよいのです。


深呼吸すると落ち着くのはこういうことだったのですね。わーい(嬉しい顔)


みなさんもやってみてください。



 


補足


宇宙神マンダラ


マンダラを書き始めて7周目になると、宇宙神の光と交流し始め、円周が大きくなるほど光が強くなります。最後の文字が記されるとマンダラに宇宙根源のエネルギーが流れ込み、強力な磁場をつくりだします。


マンダラ用紙全体が宇宙根源のエネルギーの発信源となり物質界に光を放ちつづけます。


「我即神也」と 「人類即神也」 のマンダラを各一枚ずつ描きます。

・「我即神也」の文字を綴るマンダラは、自分と周囲の人達に光を送ります。魂を進化、向上させ現在の不調和の原因である過去の誤った想念行為を清めます。


・「人類即神也」の文字を綴るマンダラは人類全体に光を送ります。人類即神也と一回描くと一人が、最後まで描くと何十万人の人々が救われます。完成したマンダラは宇宙根源のエネルギーを放ち、地球と人類の波動を高めます。



*宇宙神マンダラを描く資格は我即神也と人類即神也の印を組める方です。

   
    



  

2010年5月13日 (木)

好きってなんですか?愛ってなんですか?

  
  
好きってなんですか?愛ってなんですか?

というご質問をある人から受けたので私なりの考えを述べてみたいと思います。


あくまでも私の感覚ですが、好きになるとは感情的なものだと思うのです。

波長が合う、気が合う、一緒に居て楽しい

だから好き

好きの反対語は嫌いだけど

ちょっとしたことで相手のことを嫌いになることもあります。

波長が合わなくなったり、ぎくしゃくしてきたら

もう嫌になってしまう

友だち関係でも夫婦関係でも

すぐに絶交したり、別れたりするのは

好きでつながっているからだと思うのです。


でも、好きも悪くはない(笑)

軽いけど(light)、明るい(light)のです。

それは執着がないから

相手をどうにかしたい、コントロールしたいという願望がないので

心が軽くいられるのです。


恋愛でも気軽な気持ちで付き合っている方が楽しいし上手くいくことが多い。


でもそのままでいくことは少なく、どちらかが 愛?に発展させようとするからおかしくなる。


愛は愛でも男女の愛は、純粋なものは少なく(ごめんなさい)、ほとんどが相手を束縛したいという執着です。

情が絡む、欲が絡むのです。

こうなるとお互いが窮屈になってきます。

その束縛から逃れたいと思う。

これが別れになるのだと思うのです。

お釈迦様は人間が語る愛はすべて執着(不純なもの)だと断言されているくらいです。

私もそう思います。

本当の愛とは人間が普通、一般的に思っている愛とは全然違うのです。


チャリティー(慈愛)という愛もありますが

神様の愛とは

何も求めない無償の愛なのです。

太陽は毎日わたしたちに光とエネルギーを送ってくださっていますが、なんの対価も求めません。

空気も水もそうです。

ただ与えるだけの愛なのです。

私は人間どうしもこのただ与えるだけの愛になれたらどんなに素晴らしいだろうなぁと思っています。

自分という我がなく

ただ相手の幸せだけを願って自分の持っているものを惜しみなく与える。

それが本当の愛だと思うのです。


でも人間の素晴らしいところは、その本物の愛を実践できることなのです。


執着の愛を本物の愛に発展させることができる。


これって凄いですよね 指でOK


だから人間は神様なのです。
 



か~あ

み~い



 
 
世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)



 

  

人を信じる前に自分を信じれるようになってください

  
  
 
 
私がここで書いているのは、私(グッドムーン)の言うことを信じてください、ではなく

自分の中に神性をみたら、見つづけることができたなら

もう他のものに、外のものに頼らなくて生き生きと生きて行けますよということなのです。

そのためのつなぎとして私を利用してくださったら

それで私の役割りは終わるのです。

人間は自立をしないと面白くないのです。

どんなところでも生きて行ける心の強さを持てないと生きていても辛いことばかりです。

幸せとは、自分一人で生きていけるようになることです。

夜空に輝いている星のように夜

星は、他の星と絶妙の距離を置いてバランスをとっています。天秤座

私たちは、星になるのです。

死んでからではなく

生きている今も星になるのです。

わたしたちは星そのものなのです。

宇宙そのものなのです。


 

教祖や人間を選ぶな 法を選べ

  
  
  
教祖や人間を選ぶな 法を選べ

組織や形式を選ぶな 自由を選べ

選び方を誤ると窮屈な人生となる

自然体でいてこそ選択眼が冴えわたる

           
           助安由吉







 

感想


あるマイミク(mixiで)さんが書かれていたのを引用(もちろん許可をいただいて)しました。


私のハートにヒットしたのです。電球


人は自分を引っ張ってくれる人を探しています。


それがメンターであったり、教祖であったり、尊敬する人だと思うのですが

他人にそれを求めることは違うと思うのです。


人間はどれだけ素晴らしいと思える人であっても完全ではないのです。


神(完全)を求めても、それは違うのです。


そして違う(この人は本物ではない)とわかったとき


ひどく落胆する。


そんなことを繰り返したって


人間不信が続くだけなのです。


それでも


「この人こそは」


と又期待をする。


そんな人って多いと思うのです。


だからいつまでたっても自信が持てない。


信じることの出来ない自分に自信が持てないのです。


他人に神(完全)を求めるのではないのです。


自分の心の奥にある神性を求めるのです。


そこには本当の自分がいる。


キラキラと光輝いた、本来の素晴らしい自分がいるのです。ぴかぴか(新しい)


その素晴らしい自分を見つけることが


生まれて来た本当の理由なのです。


だからもう外に神を求めることはやめましょう。


そこには神はいないのです。


神は自分の心の奥にあるのです。




  


2010年5月12日 (水)

日々の指針

  
  
  
1.人生の目的は「何をするか」ではなく、「自分は一体何者なのか」を探求しつづけることである。


1.この世に起こることは、すべては必然。自らのそして人類一人一人の意志が決めている。

 

1.人生とは、どれだけたくさんのことをしてきたかでなく、どれだけ人のために愛を真と赦しの言動行為を尽くしてきたかである。


 
1.世界人類はみな病んでいる。心身ともに健康ではない。なぜなら究極の真理を忘れて生きてしまっているからである。



1.誰からも必要とされない。と思っている人は、自分さえも必要としていない。



1.世界人類一人一人はみな神から望まれてこの世に誕生している尊い生命なのである。



1.人類は一人残らず生きる価値がある。存在する価値がある。幸せになる価値がある。





             

                      西園寺昌美




  


2010年5月11日 (火)

本当の幸せとは宇宙とつながること


   
幸せの定義ってみんなそれぞれ違うのです。

私が幸せを感じることで人それぞれ違うのだなぁと

ある種の衝撃を受けたのは

何気なく読んだ本に書いていた文章でした。

ある親子が釣りに行ったときのことが書いてありました。

父親は釣りが大好きで

休みの日毎に出掛けて、たくさんの魚を釣り上げることに喜びを感じていました。


そしてある日、いつもは連れていかない息子と一緒にいくことになりました。


しかし、その日は天候も悪く、一尾も釣ることが出来ずに帰路に着くことになりました。


「あ~息子も来ていたのに最悪だったなぁいいところも見せられなかったし本当につまらない日だった」


とため息をついたのでした。


そしてかなりの月日が経ったある日、父親は息子の日記をみたのです。


そこには、釣に行った日のことが書いてありました。


「今日は、お父さんと釣に行きました、お父さんと一緒にいれてとても嬉しかったです」

とそこには釣果(どれだけ釣れたかの結果)のことは書かれておらず、その息子にとっては釣りのことはどうでもよかったのです。


それよりも普段一緒に居ることの少なかった大好きだったお父さんと時間を過ごせたことが楽しく、嬉しかったのです。


それを読んだ男は、しばらく絶句し自分の度量の狭さを痛感したのでした。


幸せって自分に付いた執着という欲や感情をどれだけはぎ取ることが出来るかだと思うのです。



幼い頃は、欲なんて持っていません。


ただ無邪気に毎日を生きている。


だけど成長するにつけて過去世(潜在意識)が現われてきたり、3次元での経験や想いがキラキラと輝いていた心を曇らせていくのです。


これが不幸?と呼ばれる由縁だと思うのです。



だから、自分の心を洗濯しなければならないのです。



綺麗になったらすぐに又、汚れていきます。



綺麗なもの、光っているものには汚れたものが寄って来るのです。


電灯の周りに虫が寄って来るのと同じ原理なのです。


身体の汚れはお風呂に入れば取れますが


心の汚れはなかなか取れないのです。


その取る方法が祈りなのです。


祈りとはいのちがのりだすという意味です。


汚れた想念を宇宙にすべてを返すのが祈りなのです。


宇宙という溶鉱炉はどんなに汚れた想念も燃やして綺麗に消してくれるのです。

人間の潜在意識(過去世の想念行為)は、人間が作ったものなので有限なのです。


しかし、宇宙のエネルギーは無限なのです。


人間が幸せになるには執着、感情を超えなければ絶対になることは出来ないのです。


幸せとは、目の前に現われる現象ではないのです。


どんなにお金があっても、地位や名誉があっても


それは消えてゆくものです。


永遠に消えないもの・・・


永遠のいのちとつながることしか幸せになる道はないのです。


それには祈りしかないのです。





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます





 


  

一人一人に出来ること

  
   
  
私はこの日記で祈りのこととか、印とかのことをかなり書いていると思います。

でも祈りを実践し、印を組んでいる人はまだほんの少数の人たちです。

多分、ほとんどの人の感想は、グッドムーンは結構まともなことを書いている。

だけど、祈りとか印、マンダラで何が変るんだ?


アセンション(次元上昇)となんの関係があるんだ?

それって宗教じゃないのか?(笑)

色んな???????・・・・・


があると思うのです。


そしてグッドムーンは本物か?偽物か?(大笑い)・・・・・・・・・・・・・・・・・。



 

私は、書き続けていくしかないと思っています。


そして4次元(目にみえない世界)を整えれば、3次元(目にみえる世界)は整っていくことを、私自身が実践していくこと


真理を識りたい人とコミュニケーションがとれて理論(頭)でも波動(心)でも納得させることが出来るようになること


言いたいことはたくさんあるのだけど、書きたいことも、伝えたいことも、本当のことをもっと書きたいのです。


でも、まだ、その時期ではない。


信用されなければ


すべてはまゆつばです。


心が納得しなければ、それはその人にとっての本物にはならないのです。

パソコンから出る響き、私が発している波動が宇宙から流れて来ているものであれば、必ずみなさんの心に響くはずなのです。


 
それがいつになるのかはわかりません。


でもその日が必ず来ると信じています。


絶対に絶対にやって来ます。


それは、私が私自身を信じているからなのです。



我即神也

人類即神也


 



 

一人一人に出来ること



二十一世紀、世界を変えてゆくのは、私達一人一人の選択なのです。


政治家、科学者、聖者が世界を平和に導いてくれるのではないのです。


私達一人一人が、対立、競争、物質主義、病気などのマイナスを無意識に選択するという過去の古い習慣から脱却し、祈り、感謝、愛、調和、赦し、健康を意識して選択し続けることによって、世界の流れは平和、調和、幸せへと大きく変わってゆくのです。


そして、世界平和の創造は、宇宙意識に同調し、宇宙神と共鳴出来るまで意識を高めた人達の数が臨界点に達した時、生きとし生けるもの全てが一つに結びつき、調和、進化創造、次元上昇が果されてゆくのです。


宇宙神と共鳴出来るまで意識を高める方法、それが印、祈り、マンダラなのです。


地球完成のため、まさに今、宇宙神より降ろされた神事(しんじ)なのです。


印、祈り、マンダラによって高揚した精神の目覚めが、チャクラを自然に開き、活性化させてゆきます。


「世界人類が平和でありますように。日本が平和でありますように。私達の天命が全うされますように。守護霊様ありがとうございます。守護神様ありがとうございます。」という世界平和の祈りは光に満ちていて、自分が救われるとともに、人類の光明化、調和に大きな力を発揮します。


そして呼吸法を伴う 「人類即神也」 の印は特別なものです。


この印の深く特殊な呼吸法により、自らの神性意識である魂と、物質である肉体エネルギーが一つになり、宇宙神の究極の生命から全く新しいエネルギーを創り出してゆくのです。


そのエネルギーにより、自らの七つのチャクラが次々に開かれていくと同時に、人類の精神的目覚めに作用してゆくのです。


この印を組むことにより、知らず知らずのうちに宇宙の法則に則っているのです。


今現在、宇宙神と共鳴出来る意識の人が世界中で一万二千人います。


この数が三万人に達した時が臨界点となり、加速度的に世界は次元上昇してゆくのです。





無限なる勇気』 宇宙天使からの贈り物

O大使とM大使のお言葉から~「大元の光」「天命について」

調和波動気功法Ⅴ 于寿明 星湖舎



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追伸


後、1万8千人で人間の意識が変るのです。

ここに来られている人は、1万8千人の中のお一人です。

宇宙と交信(心)出来る人たちなのです。

あなたが人類の意識を変えるのです。

そして地球と人類が救われていきます。

それがアセンションなのです。



 
  

  

2010年5月 9日 (日)

偉そうに振る舞うと・・・・。

  
  
偉そうに振る舞うと、皆から嫌われ、やがて国が滅びる


天才軍師が息子に伝授した教訓


 
秀吉の軍師として、天下取りに貢献した黒田官兵衛孝高(如水)は、子供思いである。

跡取り息子の長政が、大名として、多くの家臣や領民を率いていけるのか、心配でならない。


如水(じょすい)は、戦国乱世の中で、滅び去った国を多く見てきた。


その原因は、リーダーの言動によるものが多い。


息子に、同じ過ちを繰り返させてはならない。


黒田家の行く末を願って、如水は、多くの教訓を書き残している。


その中から、現代の私たちにも通じる大切な心掛けを挙げてみよう。



高慢で、人をないがしろにすると、国が滅びる


「大将には威厳がなければ、多くの人を率いてはいけない」 と言って偉そうに振る舞うのは間違いである。

具体的には、次の言動に気をつけなさい。
 




● 相手を見下げて、権威ぶった態度をとってはならない。


● 言葉を荒くしたり、ささいなことで目を怒らせたりしてはならない。


●人から注意されたならば、はねつけてはならない。


● 自分に非があるのに、威圧するような言い方で、ごまかしてはならない。


● わがままに振る舞ってはならない。





上に立つ者が、高慢で、人をないがしろにすると、家老(幹部)でさえ諫言(かんげん)しなくなる。


まして一般の家臣(部下)に至っては、ただ恐れて敬遠し、自分の身を守ることしか考えなくなってしまう。


やがては、一般の民衆からも嫌われるようになり、必ず国が滅びるのだ。


よくよく心得ておきなさい。


大切なのは、まずわが身の言動を正すことである。


そうすれば、強いて、人を叱ったり、脅したりしなくても、多くの人から慕われるようになっていく。


上司を侮ったり、規則を軽んじたりする者もなくなり、自然と威厳が備わっていくであろう。



信用をなくしては、お詫びしても取り返しがつかない



神の罰よりも、主君から受ける罰を恐れるべきである。


主君の罰よりも、家臣や農民から受ける罰を恐れるべきである。



それはなぜか。



神の罰は、祈れば免れることができるだろう。


主君の罰は、お詫びして許しを請うことができる。


だが、家臣や一般の民衆から信用をなくし、嫌われるようになってしまっては、取り返しがつかない。


祈っても、詫びても手遅れである。


必ず国が滅びるであろう。





『まっすぐな生き方』 木村耕一著 一万年堂出版より抜粋しました。







 

感想


リーダーと言われる人の資質とは、どれだけ謙虚であるかだと思うのです。

自分が前に出れば出るほど、反対に謙虚であるところがなければそれは杭( くい )になってしまう。

出る杭は打たれる のあの杭です。

杭を出すと後から必ず悔い が残るのです(笑)


驕ったり、自慢話などはとんでもありません。


自分がという我 があってはダメなのです。


それはすぐにわかります。


自分がそんな態度を取ると


周りはすぐに反応します。


「あいつ~調子に乗りやがって!」


それは上司もなにも関係ないのです。


どんなに偉い立場の人に対しても


周りの感情は同じなのです。


その空気を読めない人が案外多いのです。


それは驕り高ぶっているから


微妙な波動(空気)がわからなくなっている。


波動が荒くなっているのです。


私は、どんなときにも謙虚で、自分から出す波動(エネルギー)を細かくして行きたいと思っています。ぴかぴか(新しい)わーい(嬉しい顔)




  





2010年5月 8日 (土)

勝負ごと

  

  
最近、勝負ごとを見ていて思うのは

どうして負けたんだろう?

どこに原因があるのだろう?

ということです。

勝負は時の運とか、一生懸命にやったからいいじゃないか

という考え方もありますが

私は、そこには心の機微があるように思えるのです。

先日のボクシングの長谷川穂積を試合を観て

負けた原因は、心の問題だと思ったのです。

「相手が強かったから」

「自分が弱かったから」

言葉にしてみたら簡単だけど

案外、負けた本人は感じていることなのかもしれません。

個人競技だけでなく

団体競技にも

同じです。

負けるのは必ず原因があるのです。

だから結果がある。


これは不変の法則なのです。


だからと言って負けることが悪いことではありません。


ただ自分でちゃんと検証(つまり反省)出来ることが大切だと思うのです。


分析ではない


自分を客観的に観ることが出来るようになること


このことを宇宙的(神)視野というのです。


そんなとき、面白い本に出会いました。


抜粋しますので


よかったらお付き合いください。






勝負の事、十分を六分七分の勝ちは十分の勝なり。


子細は八分の勝はあやふし


九分十分の勝は、味方大負の下地なり




・・・・勝負というものは、十のうち六分、七分の勝ちでじゅうぶんである。

八分の勝ちは危険であり、


九分、十分の勝ちは、味方の大負けの下地となる


                  ━ 武田信玄『甲陽軍艦』から






人には、心の道しるべとなる座右の銘というものがある。


かく言う私にも、胸に深く刻んでいる幾つかの言葉がある。


そのうちのひとつで、つねに自分自身への強い戒めとしているのが武田信玄のこの言葉だ。


人はとかく、完璧なものを求めたがる。


男と女の愛でも、相手のすべてを支配したくなるし、学校の試験でも満点を取った者が称賛される。


しかし、信玄は合戦の勝ち負けが生死に直結した戦国乱世において、勝負は6、70パーセントの勝ちが最上だ、80パーセントになると危険信号であり、それ以上の100%近い完全勝利は、将来の大敗北のもとにしかならないと断じているのである。


大勝利が大負けの下地になるとは、ふつうに考えれば奇妙なことだ。


大勝ちは歓迎すべきことで、中途半端な勝ちでは悔いが残ってしまう。


ところが、現実はそうではない。


人は勝利におぼれやすいものである。


大勝ちして敵を蹴散らせば、その者の心にはおのずと驕りが生ずる。


緊張感を失い、より上をめざそうとする気持ちが萎えてしまう。


勝って兜(かぶと)の緒を締めよ という言葉もあるが、じっさい勝利の美酒を飲んでしまうと、その心地よい酔いが忘れられなくなる。


「どうだ、おれはこんなに偉いぞ」


と、ふんぞり返るようになる。


驕りが過信をまねき、刻々と移り変わる現実に対する分析がおろそかになっていく。


過去の成功にとらわれるあまり、思考の硬直化がはじまるのだ。


年ととってからなら、まだいい。


年齢を重ねた人間は、ひとつの勝利を手にしたからといって、次の戦いも勝てるほど甘くないということが、経験的に頭と身体にたたき込められている。


問題は、苦労がないまま若くして幸運な勝利を手にしてしまった者だろう。


慢心がどこまでも膨らんでいき、その結果、みじめなまでの急激な没落が待っている。


失敗は成功のもとだが、成功は失敗のもとでもある。


三十二歳のときに、私は小説の世界に飛び込んだ。


はじめて某社の新人賞に応募した作品が、編集者の目にとまり、運よく作家デビューを果すことができた。


自分では自信があるつもりだったが、処女作はまったく売れなかった。


その後も泣かず飛ばずがつづき、どうしたらよいのかと悩み抜い時期があった。


何としてもプロとしてやっていきたい。


好きな歴史小説を書いていきたい。


その思いを遂げるためには、自分の欠点を、ひとつひとつ克服していくしかなかった。


人からの批判や苦言にも、真剣に耳を傾けた。


自信と自己否定がせめぎ合う孤独のなかで、必死に歩いてきた。


デビューしていきなり大ヒットを飛ばしていたら、いまごろ自分はどうなっていただろうか。


実力もないのにおだてられていい気になり、本来、進むべき道さえ見失っていたにちがいない。


六分、七分の勝ちの妙味は、心のうちに驕りが生じないことだ。


三、四分の及ばなかった部分のなかから、問題点を明らかにし、自己を変革しようとする。


そこに成長がある。


次の勝利を呼び込むタネがある。


武田信玄は、若いころによく負けた。


ことに天文十七(1548)年の上田原の合戦では大敗北を経験している。


北信濃攻略をめざす信玄は、まだ雪の残る上田原(現・長野県上田市)で、信濃の武将村上義清と遭遇、一戦に及んだ。


武田勢は、おのおのが武勇に自信を持つつわもの揃いの騎馬軍団である。


敵を火のように攻め立て、一方的に押しまくって後退させた。


しかし、それは土地勘のある村上義清の仕掛けた罠であった。


退却する村上勢を深追いして、武田の猛将、板垣信形、甘利虎泰らが突っ込んでいくと、村上勢は、槍先を揃えて逆襲に転じ、波状攻撃をかけてきた。


形勢はたちまち、一転。


板垣、甘利をはじめ、名のある武将がつぎつぎと討ち死にし、信玄自身も左腕に楯傷を受け、武田勢は七百余人にのぼる戦死者を出して敗走した。


武田勢が、村上勢の前に敗れたのは、戦力が劣っていたためではない。


むしろ、個々の武将の戦闘能力では、敵をはるかに上まわっていた。


だが、そのことが逆に、武将たちのスタンドプレーを生み、村上勢の明確な戦略にもとづいたチームプレーの前に大敗するという結果をまねいた。


信玄は、この敗戦で得た教訓を深く胸に刻みつけ、個人の技能は重んじつつも、チームプレーを何より優先し、組織立った戦いをおこなう強力な騎馬軍団を造り上げていったのである。


二年後の戸石城の戦いで、信玄はふたたび村上義清の老獪な戦術の前に屈している。


しかし、それを境に、決定的な敗戦をこうむることはなくなり、以後、常勝の道をひた走っていく。


二度の負けいくさを通じて、自分なりの勝利の方程式が確立されたのである。


負けてもひるまず、勝ってもおごらず、つねにみずからを冷静に振り返って、弱点を克服していく。


それが、六分、七分の勝ちの言葉に込められた、信玄の深い智恵であろう。






 『武士の一言』 火坂雅志 朝日新聞出版


  

 

感想


武士の武とは、戈(ほこ=刀など)を止める士(人)のことだ、とう先生から伺ったことがあります。

本当の武士とは戦うのではく、争いごとやもめごとをしないことの出来る人だと思うのです。

今流行りの坂本竜馬は、剣豪として知られていましたが、生涯のうちで一回も人を殺めたことがなかったそうです。


腕は確かでもそれを使わなかった


そんな優しさが私たちに伝わって来ますよね。


昔の武将も戦うのが好きな人はいなかったと思うのです。


でも時代がそこを避けて通ることが出来なかった。


生まれた環境が武士ならば、自分や周りを守るために戦わなければならなかった時代があったのです。


今は、そうではない。


戦いを止めることが出来る時代なのです。


そう考えると今の地球人は幸せなのです。


今こそ、私たちは戈(戦い)をやめる勇気を持つべきだと思うのです。





  

2010年5月 7日 (金)

肩ひじをはらないで

 
   
   
よく


肩に力の入っている人


というのをみかけますよね


夫に対して


子どもに対して


かたくなって


いつのまにか


カチカチになってしまっている


笑っても


その笑顔がこおりついている


なんて


そういう人によく出会います


そういう人は


自分のまわりに


ああして欲しい、こうして欲しい


と思うわけだけど


でも


何よりも


自分自身を愛せていないんですね


ゆるせていない


これでいいと思えないんです


これはね、これほど苦しいことはないですよね


まわりがみんな良くみえて


自分一人いつまで経っても


ダメだと思っているんだからね


それで


こういう人と話をしていますと


まず


自分自身に緊張してるから


ガチガチになってるんです


肩の力を抜いて


何いったってかまわないから


と声をかけると


でも


夫を愛せません


子どもを愛せません


といったら五井先生に


どんな風におもわれるかって


みんな思っちゃうんですね


それでもぼちぼち


言いはじめて


私が何も言わずに


ああそうそう


そうだろうねぇ


辛いだろうねぇ


とすっぽり


その人の心のなかに入って


聞いてゆくと


溶けてゆくんですよ


一切とがめ立てしちゃいけません


責めちゃいけないんです


今まではみんな


お前がちゃんとしないからって


責めてばっかりきたんですね


もっと母親らしくとか


もっとやさしくなぜ出来ないとかね


だけど人間


出来ないときは


出来ないんです


ちっとも


まわりが自分のことをわかってくれない


と訴えてきたときに


そりゃあなたの努力が足りないよ


では、にべもない返事になってしまう


身動きのとれない苦しさ、辛さ


っていうものに共感して


そうだねえ


と一言


心から返してあげたら


その人のとらわれが


かたさが


ふっと取れて和む


平和になるんです


そうしておいて


徐々にほぐれてきたら


まわりのことが考えられるようになるんです


お腹がへって今にも死にそうだ


という人に


世界平和の祈りをすすめたって


できるものじゃありません


まず


その人のお腹を満たして


落ち着かせて


それから平和の祈りに入ったって


何もおそくないんです


親切そうにみえて


その人が今一番望んでいるものから


遠いものを与えたって


なんにもなりゃしない


やっぱりまず


のどがかわいてるなら飲ませ


お腹をすかせているなら食べさせ


泣いているなら


せいいっぱい


泣かせてあげること


それが大事です


すべては思いやりからはじまってゆきます


世界平和の祈りは広いひろい


祈りだけれど


まず


その人のために


あなた方が何ができるかって


ことをね


確実に即してね


それがすぐ


この人寒いんだな


じゃあ、あたためてあげよう


とか


おみそ汁持ってきてあげよう


とかね


私に黙って側にいて欲しいんだなって


そういう


心をキャッチしてできるように


ならないと


ただ


祈れ祈ればっかりじゃあ


実を結んでゆきませんよね


その人を安心立命させることは


むずかしいです


だから


肩ひじはらないで


肩に力を入れないで


というのは


SOSを出して


あなた方の所に駆け込んできた


一人一人の人に


言ったげないといけないことで


あると同時に


その歎きを受ける


あなた方自身も


決して力んだり


背のびしたり


いいかっこ言おうとか


ここでひとつ相手がハッとするような


ことを言おう


とか


おもわずに


ああ


これは消えてゆく姿なんだな


この人の苦しみが一日の早く


とれますように


天命がまっとうされますようにって


心のなかで祈りながら


光を送るっていうことが


何よりも大事です


言わずに祈るんです


やさしくして祈る


そうすると


自分の心も


相手の心も


ほぐれてゆく


光が入って


神様の方から光が流れてきて


ほぐれてゆくんです


だから肩ひじをはらずに


世界平和の祈りを祈りつづけて参りましょう







『無限なる勇気』 より第2部から抜粋 于寿明 星湖舎




 

 

  
  

さりげなさ

  
  
  
さりげなさ


というのがいいですね


大げさ


というのは


さりげなさの反対だけど


つい


人間というのは


大げさに


自分をふりむいてもらいたくて


色々いったりするでしょ


何だ何だ


とおもって聞いてみると


あんまり内容が


なかったりする


自分が充実して


たしかに生きているなと


おもえる瞬間が


ないんですね


いそがしすぎるんです


たしかに


自分が生きている


というより


時間に追われて


生きているっていう


感じですよね


だから


今の世の中で


じっくりとさりげなさがいいなあ


と感じるゆとりを持っている


人はすくないんです


けれど


その人が


感じるとか感じないとかより前に


さりげなさってのは


いのちのすがたの本質


なんですね


いのち


というものを


考えてみると


いのちそのものは


何の自己主張もしない


ただ


あるがままに


そのすがたのままに


ながれてゆくんです


行く河の流れはたえずしてっていう


草にしたって


樹にしたって


みずからの声を


あげずに


そのままの


自分自身のすがたで


すっと立っているでしょう


ああいうすっきりした


いさぎよさ


というものが


ひとつの


いのちの本質なんです


ながれのままに


というと


自己がないみたいだけど


そうじゃない


草花なら草花


樹なら樹


自己のすがたをしって


そして


そのすがたのまま


すなおに


生きてるんです


だからすっきりした


いさぎよさを


ささえているものは


さりげなさなんですよ


自分のいのちのすがた


というものを識ってるんです


だから声高にならない


なる必要がないんです


本当は


人間だってそうなのです


もともとが


神様からわかれてきた


いのちですから


自分といのちというのが


自分の想いにかかわりなく


本来


さりげなく


すっきりしているものなんだ


ということがわかると


こんな楽なことはないんですけど


なかなかそうはいかなくて


苦しむ


しかし


それはみなさん自身が苦しむのではなくて


過去世からの


みなさんのおもいが


あらわれて


消えようとするときに


苦しむんです


だから


自分自身(本体、本心)は


ちっとも苦しんじゃいないんです


ですけど


永年の習慣で


そんな風にはおもえないから


いかにも自分が苦しんでいるように


感じてしまう


実際


色んなことが


生活をしていると起こったり


ふりかかったり


してきますからね


だけど


そのおもいに


とらわれていたら


いつまでもおんなじ所をぐるぐる廻ることになるんです


そうすると


せっかく


本来のいのちの相というものを


持ちながら


いつまでも


それが発揮できずに


おわってしまう


いのちというものが


人間というものが


本当は


どういうものなのかが


わからないままに


おわってしまう


こんなもったいないことはないですよ


そこで


いのちや人間の


本当のすがたというものを


我々が


無理なく悟ってゆく


しってゆくために


世界平和の祈りというものが


できたんです。


世界平和の祈りのなかに


自分を入れてみると


まず


時間に追われている自分


あくせくとこの世に生きている自分


ではなくて


その自分のおくにある


しずかな


祈りたがっている


本当の自分をしりたがっている


こころ


というものに


気づいてゆくのであります


そしてさらに


自分がどこからきて


どこへ行こうとする存在なのか


自分のいのちの


ありか


といいますか


居場所


といいますか


その出発点をしらされて


そしてだんだん自分が光明体なんだ


ということを


祈りのうちに


しらされてゆくのであります


つまり


自分のふるさとが


神であり


我々は


そこに帰ってゆくのだ


ということを


祈りのなかで


たしかめてゆくことに


なるのであります


いのちの相を


あきらめて(明らめて)ゆくもの


それが


祈りだということができるでしょう


世界平和の祈りを祈ってゆくと


自分がかがやいていること


明るいことがわかってくるんです


心うれしくなってくる


何もいわなくても


満たされてくるんです


いのちの自然な相へかえるんです


さりげなく祈るということが


光になることだと


誰に教えられるわけでもなく


心にしみ込んでくる


そういうことなんです






『無限なる勇気』より第2部から



  





  


2010年5月 6日 (木)

無限なる勇気

  
   
  
皆さんに意識していただきたいこと、それは目的意識をはっきり持つことです。

健康、富、調和、愛、希望など、自分の望む姿を具体的にイメージし、意識して日常を送っていただきたいのです。


世の中や目の前に起こる出来事、他人や自分のマイナスに捉われないで、調和に向かっている過程だとみるのです。


特に自分には無理だと自己限定しないことが大切です。


日々の生活でも仕事においても、印、祈りの最中でも注意力、集中力を高めて下さい。


そして多くの経験をし、困難を乗り越え、多くの人に会い、観察し、チェックし、多くの本を読むことで自信をつけていただきたいのです。


時には断念しなければいけないことや、折れなければいけないこともあるでしょう。


それも必要な体験なのです。


そして人生の中で感動と神秘体験を積み重ねていただきたいのです。


東大、京大の学生と先生に


「なぜそんなに勉強をするのか?」 とアンケートをしている番組がありました。


すると一番多い答が


「感動したいから」


「極めることによって神秘体験をしたい」


でした。


これは全ての人が求めていることなのです。


実は一番の神秘体験とは印、祈りによって自分が変ってゆくことなのです。


祈りは、感謝と心を静めることからはじめます。


祈りにより自分と周りの空間が爽やかになってゆくのを感じてください。

すると勇気は人から与えられるものではなく、自分で創っていくものだということがはっきりとわかってきます。


最大の勇気には爽やかな状態の中にあるのです。


何度も何度も祈るのです。


回数を重ねるほど効果がわかってきます。


意識が高くなり、進化すると波長が高く、細かくなり波動がわかるようになってきます。(けれど敏感になりすぎると注意が必要です)



反省と努力を積み重ねてながら実践が勇気に繋がるのです。





『無限なる勇気』 う寿明 星湖舎


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感想


う先生が書かれた『無限なる勇気』の本から抜粋したのですが、もうなにもいうことはありません。


ただ、東大や京大の生徒さん達がいう


「感動したいから」


「極めることによって神秘体験をしたい」


は、もう何度も何度も経験し、体験しました。


私は改めて幸せを感じるのです。


そして感謝の気持ちで一杯になるのです。


私は以前から


自分は


「宇宙一幸せだなぁ」


と思っていました。


これって漠然としていたのですが


人一倍(人は関係ないのですが)


たくさん感動していることと


神秘的な経験をしていること


それから自分のことが大好き(笑)わーい(嬉しい顔)


だからなのだと思うのです。


これからも私は宇宙一幸せだと思いつづけるのだと思うのです。





   
  


2010年5月 5日 (水)

経営者感覚

  
  
世の社長さんは、従業員に対し

「もっと経営者感覚を持て!」

「コスト意識を持て!」

と言います。

でも営業ばかりをやっていたり

歯車の一部だけを担当されていては

全体のことはわからないのです。

そして何が必要で

何が無駄なのかも?

家庭でもそうです。

子どもにお金のこと(家計)を知られたくない

お金で苦労させたくない

という一見、愛と思われることが

親の心、子知らず

になるのです。

全部ガラス張りにして

「今、うちの会社(家)はこうなっています」

みんなでどうしたらいいか、考えてください。

としないとお互いが判り合えることはないのです。

改善点もそうです。

反省すべき点は誰にでもどこにでも

あるのです。

それを放っておいて

自然と善くなっていくなんてあり得ないのです。



コミュニケーションが大切なのです。


これからどんなところが残っていくか?

これからどんなものが受け入れられていくのか?

それは業種ではないのです。

技術(スキル)的なものではないのです。

これからは、全体を観ることが出来る

宇宙的視野に立つことが大切なのです。

宇宙的視野とは

愛を持って包み込むということです。

人もお金もあらゆるものを・・・・・。

本物の時代とはお互いに隠しだてすることなく

オープンにすることです。

さらけ出すことです。

すると心と心の垣根が無くなっていきます。

裏表があっては、嘘があっては心を開くことが出来ないのです。


それをした勇気のある人や企業は生き残っていきます。



本物だからです。


そんなことが書いてある素晴らしい本をご紹介します。

今まで上手くいかなかった人は

目からウロコだと思います。
目


『ビジネスで大切なことはみんなレストランで教わった』 レストラン

岡田 博紀 大和書房







追伸


同じ本のことを立て続けて紹介したことなんて今までになかったのですが

この本はホントにたくさんの人に読んでいただきたいのです。

家族であっても一つの経営所です。

会社やお店と同じなのです。

上手くいっている会社は

ガラス張りです。

裏表がないのです。

人間関係でもそうです。

見栄を張って、嘘を見せようとするからおかしくなるのです。

今までは、嘘があってもなんとか生きていくことが出来ました。

それは嘘の方が真よりも多かったからです。

でもこれからは違うのです。

本物の時代(次元)がやって来るのです。



  


 

    

2010年5月 4日 (火)

今の現状を冷静に観る

  
  
  
私たちは3次元の今を生きているのですが

「なんでこんなに嫌なことばかりが続くのか?」

「どうして自分だけがこんな目に遭わなければならないのか?」

「どうしたらこの不幸の連鎖から抜け出せるのか?」

など、不可解なこと、理不尽なこと、そして辛いことも起きています。


「自分にはなんの苦労も心配もない、だから毎日を楽しく暮らせているのさ」

という人なんていないと思います。


そしてそんな何の悩むことも迷うこともない人生なんてつまらないと思うのは私だけでしょうか?(笑)


私は、ゴールデンウィークの間に本を読みふけっています。本


う先生に薦めていただいた本なのですが、どの本も私の血となり肉となっているのがわかるのです。


だから読んいて楽しくてしかたがないのです。わーい(嬉しい顔)


その中で

『まっすぐな生き方』の本の はじめに の文章に納得してしまったのです。

本文を読む前に、

「自分の伝えていきたいことがここに書いてある」(すべてではないのですが)


と思ったのです。


心を打つ文章ですので、読んでみてください。




    

    はじめに



歴史は宝の山です。

人生の先達が残してくれた教訓が、無尽蔵に埋まっています。

発掘は自由。

自分に合ったヒントを、どれだけ発見し、身につけるかで、未来は大きく変わるといえます。


『平家物語』 の最終巻を読んでいて、とても意味深い言葉に出会いました。


「これは、勤勉な日本人を形成したスピリットに違いない」


と感じたので紹介しましょう。



京都の大原に、悲しみのどん底に突き落とされた女性がいました。

平清盛の次女、徳子です。

一人息子(安徳天皇)も、母親も、親族も、皆、1年前に、壇ノ浦の戦いで源氏に追われ、死んでしまいました。

徳子も海に飛び込んで自殺しようとしたのですが、意に反して助けられてしまったのです。

出家して、山里に隠れるように住んでいました。

ある日、そこへ亡き夫の父、後白河法皇が訪ねてきて


「こんなひどい所に住んでいるのか。なんといたわしいことだろう」


と言うと、徳子に仕えている女性が




「釈迦の説かれた『因果経』には『過去の因を知らんと欲すれば、現在の果を見よ。未来の果を知らんと欲すれば、現在の因を見よ』 とあります。


この意味を知らされてからは、もう嘆いてはおられません」


と言ったのです。


この言葉の中には、現在の不幸を呪ったり、他人を恨んだりする心を、消してしまう働きがあるのでしょうか。


彼女の気持ちを理解するために、まず、文中の 「因」と「果」 について解説しましょう。


仏教では、どんなことにも必ず原因がある、原因なしに起きる結果は、万に一つ、億に一つもないと教えられています。


では、幸福や不幸は、何によって決まるのか。


いちばん知りたい運命の、原因と結果の関係は、「善因善果、悪因悪果、自因自果」と説かれています。


「善因善果」とは、善い原因は善い結果、「悪因悪果」とは、悪い原因は悪い結果を引き起こす、ということです。


善いタネをまいて悪い結果が起きることもなければ、悪いタネをまいて善い結果が現われることもありません。


例えていうと、ダイコンの種をまけばダイコンが出てくる。


スイカの種をまけばスイカが出てくる、ということです。


ダイコンの種をまいてスイカが出てきたり、スイカの種をまいてダイコンが出てくることは絶対にありません。


まいた種と同じものしか生えてはこないのです。


次に 「自因自果」 とは、自分のまいたタネは、自分が刈り取らなければならぬ、ということです。


この「タネ」といわれているのは 「行い」のことであり、「結果」とは「運命」のことです。


幸福という運命は、善い行いが生み出したものであり、不幸や災難という運命は、悪い行いが引き起こしたものなのです。


善いのも悪いのも、自分の運命のすべては、自分のまいたタネが生み出したのですよ、と仏教では教えられています。


では、経典に記されている言葉は、どういう意味なのでしょうか。


「過去の因を知らんと欲すれば、現在の果を見よ」


過去のタネまきを知りたければ、現在、自分が受けている結果(運命)を見なさい、ということです。


徳子は、これまでの振る舞いを反省し、納得せざるをえませんでした。


「自分がこうなったのは、あの人のせいだ」 と他人を恨んでいるうちは、決して楽になれません。


「自分が悪かった」 と知らされると、怒り、ねたみ、愚痴の心が静まっていきます。



「未来の果を知らんと欲すれば、現在の因を見よ」


未来にどんな結果(運命)を受けるか知りたければ、現在の自分のタネまきを見なさい、ということです。


人を憎み、愚痴の心で暮らしていては、未来は、ますます暗くなります。


現在、苦しい目に遭っているからこそ、心を入れ替えて、善いことをしていかなければなりません。


そうすれば、必ず未来は変わるのです。


徳子は、この金言に救われて、光に向かうようになりました。


『平家物語』の、この教訓は、私たちにも、力強く前向きに生きる勇気を与えてくれます。


いつも正直に、努力を惜しまず、他人には親切にしていく。


そのように心掛けていけば、明るい未来が開けていきます。


反対に、さぼったり、うそをついたり、人を傷つけたりしていては、悪い結果が引き起こります。


「原因」と「結果」の関係を、厳格に見つめる。


この視点から、歴史上の出来事や人物を見ていくと、まっすぐに生きるヒントを、数多く発見することができました。


本書に掲載したエピソードの中に、一つでも読者の皆様に役立つものがあれば幸いです。



 平成二十二年三月  


 『まっすぐな生き方』  木村耕一 一万年堂出版









 
はじめに の感想


今、荒れ果てた土地があるとします。

その荒れた土地を嘆いて、すぐにどうにかしようとしてもどうしようもありません。

そこを開墾していこうとするなら

この土地はこれまでにどんな経緯をたどってきたのか?

を検証し

これからどういう対策をして、どんなタネをまいていったらいいのか?

を考えるしかないのです。


でも私たちは、今の現状をみて

すぐに善くならないのか、とか誰がこんなにしたんだ、とか

もうだめだ、どうしようもない(無限なる可能性ぴかぴか(新しい)


と諦めたり、自暴自棄になるのです。


そして放ったらかしにしたままで

愚痴ばかりを言ってマイナスを増幅させているのです。げっそり


これでは未来は善くなるはずがない!


ですよね。


だから今の荒れた土地になってしまっているのは


「しかたがない」

と一旦はあきらめるのです。(自暴自棄ではありません)

自分のせいだと認めるのです。(過去世を含めて)

あきらめるとそこからの執着がなくなるので

エネルギーが生き生きを動きだすのです。

こんなことってありませんか?

にっちもさっちも行かなくなって

「もうだめだ、もうどうにでもなれ!」

と思った瞬間に何かが動き出して

思ってもみないことが起きた(人はこれを奇蹟をいいます)

あきらめるとはあきらかになるということなのです。

だから人間 、あきらめが肝心なのです。(笑)

でもあきらめていただけではダメです。

はじめににあるように

善いものが実るタネをまいていかなければならない。

そうでないと明るい未来はないのです。

でも過去世がとてつもなく暗く悲惨なものだったら

どんなに善いタネをまいてもなかなか善くならないのではないのか?

ですよね。

いつになったら善いものへと転換して行くのか?

そのためには過去の悪いタネを消してしまわなければならないのです。

でないと善いタネを植えれば植えるほど

そこから悪いものが出ることもあるのです。(そこが辛抱のしどころなのですが)


ここで大切なのか善いタネを植えていったら必ず


善くなっていくという信念です。


この信念がなければ中途半端で終わってしまい

また輪廻していくのです。(苦しみの繰り返しです)


でも神様は、そんな試練ばかりを与えることはなさらないのです。


善いタネとはなにかを教えてくださったのです。


それが世界平和の祈りなのです。

3次元的に人の為になることを積極的にしなければならないことはないのです。

当り前の生活をしながら

世界(宇宙全体をいう)の人類(宇宙のすべての生き物)の幸せを祈っていることが最高のタネをまくことになるのです。


それは宇宙神(神様)の願いごとだからです。


とてつもなく強い光のエネルギーです。ぴかぴか(新しい)


光のエネルギーは過去の業因縁を浄化します。


これ以上、宇宙のプラスのエネルギーと共鳴する言霊はないのです。

この言霊によって個人も人類も救われていくのです。
わーい(嬉しい顔) 手(チョキ)



世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



  


追伸

過去の業因縁を消してくれるのは祈りだけではありません、守護霊様と守護神様が霊界と神界から幽界(過去世、潜在意識の世界)を浄めてくださるのです。

だから世界平和の祈りは素晴らしいのです。ぴかぴか(新しい)


  
 
う先生が薦めてくださったご本


『世界がわかる宗教社会学入門』 橋爪大三郎 ちくま文庫

『まっすぐな生き方』  木村耕一 一万年堂出版

『ビジネスで大切なことはみんなレストランで教わった』岡田博紀 大和書房


『武士の一言』 火坂 雅志 朝日新聞出版





  



 

2010年5月 3日 (月)

ビジネスで大切なことはみんなレストランで教わった!

  
  
久々に

やったぁ~ わーい(嬉しい顔)

やってくれました。

と手ごたえのある本に出会いました。

厳しいこの時代に

起業なんてできっこない

と思っていたのに

スキルがなくても

長い修行をしなくても

気持ちが前向きで

人を思い遣る気持ちがあれば

出来るんだ


という勇気を持たせてくれる本なのです。


今の時代大切なのは(レストランで言えば)


楽しくて心地のいい空間を

提供したい

そんな感性を持った人なのです。


そしてそれを創造(クリエイト)していく実行力と

プロデュース(生産)していく指導力

それは人に喜んでもらいたいという気持ちがあれば

自然と身についていくものだと思うのです。

 

大切なのは

何を持っているか?(スキル)

ではなく

人に何を提供していきたいか

なのです。


それさえあれば

どんな時代でも

きっと生きて行ける


そう思いました。


気持ちが前向きな人

是非

読んでみてください。




『ビジネスで大切なことはみんなレストランで教わった』

岡田 博紀 大和書房


 


 

光明思想徹底行 ♪

  
  
  
久しぶりに光明思想徹底行を書いてみます。わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)

ここに来られている読者の人もたくさんの人が唱えてくださっています。


この言霊は宇宙のすべてのプラス(愛)が入っています。


7は宇宙の完成を意味する数字です。

この7が7つ(49)集って宇宙の完璧に完成された言霊なのです。

この言霊を心の中にインプットしていくと

宇宙から+のエネルギーがもの凄い勢いで入ってきます。


十十十十十十十十十十十


一日、10回以上唱えると気持ちの中で奇跡が起こりますよ。
わーい(嬉しい顔)手(チョキ) 

 
 


 

世界人類が平和でありますように
 

無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和

無限なる光

無限なる力

無限なる叡智(えいち)

無限なるいのち


 
世界人類が平和でありますように
 

無限なる幸福(こうふく)

無限なる繁栄

無限なる富(とみ)

無限なる供給

無限なる成功

無限なる能力

無限なる可能性
 

 
世界人類が平和でありますように
 

無限なる健康

無限なる快活(かいかつ)

無限なるいやし

無限なる新鮮

無限なるさわやか

無限なる活力

無限なる希望
 

 
世界人類が平和でありますように
 

無限なる自由

無限なる創造

無限なるひろがり

無限なる大きさ

無限なる発展

無限なるエネルギー

無限なる感謝
 

 
世界人類が平和でありますように
 

無限なる喜び

無限なる美

無限なる若さ

無限なる善(ぜん)

無限なるまこと

無限なるきよらか

無限なる正しさ
 
 

世界人類が平和でありますように
 

無限なる勝利

無限なる勇気

無限なる進歩

無限なる向上

無限なる強さ

無限なる直感

無限なる無邪気

 

世界人類が平和でありますように
 

無限なるゆるし

無限なる栄光

無限なる気高さ

無限なる威厳

無限なる恵み

無限なる輝き

無限なる包容力




 

思考はすごい力を持っている

  
  
病気を治す方法って無数にあると思うのです。

その無数とはなにかといえば自分を変えることによって今までの自分の細胞を違うものへと変化させることに他ならないのです。

その変化させるメソッドが人それぞれ幾通りもあるということです。

細胞は生きています。

健康とは私たちの身体にある60兆の細胞が光輝いている状態なのです。


「あの人は光っている」

「あの人はなんだか輝いている」


という人に不健康な人はいません。


そして精神と肉体はくっついている。

精神(潜在意識)にあるものが肉体(顕在意識)に現われて来るのです。


精神とは、思っていること、考えていることです。


つまり思考ですよね。


この思考が暗く、マイナスであれば、すぐでなくても近いうちにその思考の通りのことが現実になるのです。


だったら思考が、プラスで明るいものであるのならば、今すぐでなくても近い将来に善いことが現われて来るのです。


これは宇宙の法則なのです。


人間は宇宙そのものなので、思考がすべてを決定するのです。


「ちょっとくらいマイナスのことを思ってもたいしたことなんてないさ」

と私たちは簡単に考えています。


しかしそうではないのです。


言霊(ことだま)という言葉があります。
 

言葉には霊(神)が宿っているということです。


つまりわたしたちが発する言葉とは、神(宇宙)そのものなのです。


マイナスの言葉は、津波のように宇宙に響き渡るのです。
 

ため息は、銀河系の果てまで届くそうです。
 

だから、思考はすごく力があるし、その思考を完全に変えることで自分の身体の中の細胞も一瞬のうちに変わってしまうのです。


そのためには今までの習慣(マイナス思考)を変えなければならない。


潜在意識をマイナスからプラスへと変えて行くのです。


マイナスと出来るだけ共鳴しないこと 

プラスの言霊を常に発するようにすること


このことを実行すれば、心(潜在意識)の中のマイナスがプラスに代わって行きます。


オセロのようにプラスで囲んだら、マイナスはプラスへと転換されていくのです。


そのようになるようにしていくのが本当の努力なのです。


神様は人間に力を与えようとされています。


でも何の努力もなしに力を与えることは出来ません。


だから努力をして思考を変えた(マイナスをプラスに変えた)人に無限のエネルギーを与えているのです。


人間は上(天、宇宙)を見ずに3次元の横ばかりをみています。


横のエネルギーとは ━ (マイナス)です。


だから整わないのです。


そうではなく


宇宙に波長を合わせるのです。


すると宇宙からの縦のエネルギーが頭のてっぺん(百会という)に入ってきます。


そして身体の中の60兆の細胞に流れ、そこから地球の中心に流れて行きます。

━ に縦の ↓ が流れるとプラスになるのです。

これが十字架の意味なのです。

キリストとは天地を貫いて3次元(━)と4次元(┃)のバランスがとれた人という意味です。


そしてもちろん宇宙神(心)とつながっている人という意味でもあります。


話が少しズレテしまいました(笑)


とにかく精神(思考)を整えることがすべてなのです。


今までは目にみえないものは、科学的に証明されてきませんでした。

病気も遺伝子の影響とされてきました。

でもそうではないのです。

気持ちが変われば細胞も変わるのです。

そのことがハッキリとわかる本があります。

この時期に抜群のタイミングで出て来ました。

まさしく神はからいだと思います。

それくらい画期的な本なのです。




「思考のすごい力」 ブルース・リプトン PHP研究所


信念は細胞を変え人生を変える!



   



  

2010年5月 2日 (日)

湯川れいこさんの場合

 

  
  
病気が奇蹟的に治ったすごくわかりやすい実話をご紹介します。

かなり前に新聞で読んだものであり、その記事を残していなかったので多少違うかもしれませんが、ほとんどは合っていると思います。


作詞家の湯川さんは、外国におられてそのときに身体に変調を感じ、その国の病院に掛かったそうです。


そこで

「あなたは癌です、それも末期の、手術しても助かるかどうかわからない」


そう言われた湯川さんは日本に帰って日本の医療に頼るか考え周りの人もそれを薦めたのですが

「私にはこれから他の国に行って、どうしてもやりたいことがある、どこで死んでもかまわない」

とその意思を貫徹しました。

仕事をやり終えて日本に帰ったとき

その癌細胞はきれいに消えていたそうです。


これは何を意味するかというと
 


1.病気を忘れて仕事に没頭した(よって病気を引き付けなくなった)

2.仕事に対する情熱でいのちが生き生き輝いてきた。

3.エネルギーが流れるようになった(波動調整)


 

これは湯川さんが意識的にしたことではなく

ご自分の本心に忠実に従った結果だと思うのです。

五井先生に指示されて相談者の人が動いたのも湯川さんが本心のままに動いたのも同じようなことなのです。


本心を動かしていたのは、守護霊、守護神ですよね。

インスピレーションは守護霊、神からやってきます。


湯川さんは本心(守護霊、守護神)に素直だったのです。




病気と闘うのではないのです。

病気という不調和なものに自分の意識を合わさないことが大切なのです。(合わすと共鳴します)

でもそんなことは出来ない、頭から離れない

そこで、今日一日が最後だと思って

一生懸命に生きることが大切だと思うのです。

エネルギー(神様)は一生懸命になったとき動きだすのです。




エネルギーを流す最適なメソッド(方法)が祈りなのです。

世界平和の祈りは宇宙と共鳴して無限のエネルギーを受け取ることが出来るのです。

波動調整が出来るので3次元が整ってきます。

そしてそのエネルギーを受けて周りも整ってくるのです。




世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




  



  

病気について

  
  
 
病気について


どうしたら病気は治るのか?

病気とは、気が病むと書きます。

だったら気とは何か?

病気だけでなく目にみえないものにはたくさん気という字が付きます。

元気、天気、空気、陽気、やる気、気持ち、電気、寒気・・・・・・・・・・・・・・・ほんとたくさんあります。


でもほとんどの人は気とは何のことか知らないのです。


そこで気功とは何か?という質問にう先生が答えられた文章をご紹介します。




 
気功とは何ですか?

幽気、霊気、神気の気の働きであり、神さまの働きである。

日本語の 「気を付けて」は英語では 「Good by you」=「God by you」であり、スペイン語で「Adio’s」のdio’sは神の意味である。


「気」とは神の意味である。



 
気とは目にみえないエネルギーのことです。

つまり目にみえないエネルギーをつかさどっているのは宇宙(神様)なのです。

私たちは病気になる。

しかし病気とはなにかの根本を知らない

気とは何かを知らない

目には見えないものが私たちの肉体に働きかけて

調子が良くなったり、悪くなったりする

目にみえないものとは何なのか?

コントロール出来るものなのか?

どうしたら治るのか?


ここで気とは神様のことだと知った?

では、神様とは何のことなのか?

神様とは宇宙のすべての働きのことです。

私たち人間を含めすべてのものを創造する力のことです。

大自然でもいいし、サムシング・グレートでもいい

道でも、悟った人、キリストでもお釈迦様でもいいのです。


それらに共通するのは 無限の 愛 なのです。


ただ与えるだけの 無償の 愛  


そのことがわかることが


神様をわかることであり


自分がわかることになり


病気とは何かがわかることになるのです。


近未来に病気が無くなるというのは


神様がわかり、自分が何者であるのかが


はっきりとわかるということなんですね。



  


ここで五井先生が病気を治すにはどうしたらいいのか?


という質問に答えられています。


病気とは何なのか?


その原点を述べておられます。


よかったら読んでみてください。



  

個人指導の時、先生が 

「今日は病気が治る秘訣を教えてあげましょう。三つの約束が出来ますか?」

とおっしゃいました。





あなたは患部を触って、こんなに大きくなって、一体どこまで大きくなるんだろうか、と心配ばかりしている。

だからいけない。


明日から絶対に患部に触ってはいけない。


それが一つ。




二つ目は私がお浄めで病気の想いを消してあげても、あなたは病気だ病気だと、家に帰ると思う。


私は病気だからいつ頃死ぬのかな、とカレンダーを見れば、私の命日はいつかなと思い、先生が消せば、そばから病気だ病気だと思っている。


それではいくら消しても限りがない。


もう明日から、決して病気だと思っちゃいけない。





三つ目は、あなたはあと一ヶ月で死ぬか、三ヶ月で死ぬか、と思っているけど、人のいのちは神よりほかに知らない。



丈夫で歩いている人だってあと五分後のいのちかもわからない。


今夜にも自動車にはねられたり、ガス中毒で死ぬかもわからない。


そうかと言って、今、寝ている人が十年二十年生きるかもわからない。


だから、もう今日一日のいのちだ、と思って、半年後だの三ヶ月後だのと考えることは絶対にやめなさい。


あなたは今日一日、夜までだと思いなさい


先生に言われて、約束しますと申上げました。


そうしたら翌日から、何か皮がむけたような気がして、花も星もみなきれい、犬も猫も子どもたちもなんて可愛いんだろう、と思えるようになりました。


何か仕事をするんでも病気なんて思わないんです。


晩までのいのちなんだから、一生懸命にやろう、という気になりました。


 

・・・・・・・・・・・文章はずっと続いていき、とうとうこの方の病気は治ってしまうのですが、プロセスとして、ご自分が病気のことを忘れてしまって、そして今日一日で自分のいのちは終わりだと思うことで一日一日を一生懸命に生きるようになって、心が寛容になって、人格が変ってしまったのです。



心の持ち方が以前と変ったのですね。


そして病気や色んなことに対する捉われが無くなったので、身体の中を流れるエネルギーがサラサラと流れるようになった。


人間は、光のエネルギー(気)体で出来ているので、エネルギーが正常(健康)になったのです。


そして気(エネルギー)が病んでいたのが治ったのです。


世間で言われる

「奇蹟が起こって、癌細胞が消えた!」


というのは癌を持っている人の心境が変化したことをいうのです。


自分で自分のエネルギーを整えたのです。(これを波動調整といいます)


だから奇蹟でもなんでもないのです。



病気とは何か?


なんとなくわかっていただけましたか?わーい(嬉しい顔)


そして病気を治すことよりも心の持ちようがいかに大切か


心の持ちようが現象(病気)に現われてくるのです。


だからやっぱり 病は気から なんですね。わーい(嬉しい顔)



  
 


参考図書

『みんな救われている』 五井昌久 白光出版


『調和波動気功法』 于寿明 三晃書房

『無限なる癒し』 

『無限次元への誘い』

『無限なる勇気』

           于寿明 星湖舎 
 



今日の朝日新聞朝刊に 于先生のご本の広告が掲載されています。

ただし『無限なる勇気』は新刊なので今回は載っていません。




  
 
 
  

2010年5月 1日 (土)

寛容になれる

  
     
先程書いた先祖の代表の話に関連したことなのですが


私はこの調和波動気功法をするようになって真理を求めて来る人とつながることが多くなりました。


そして、その人たちと接することがあるのですが、そこで常識(私の中の常識ですが)を外れる人がおられたのです。


約束した時間に来ない


どうしたのかと思ってメールをすると(そのときは携帯の番号を知りませんでした)


「今、家に居る、仕事は早引きした、疲れている」


私はあきれ果てて


「もう嫌だ!」

「常識のない人と接していくのは自分には無理だ!」


とその人とはそれからしばらくは離れていたのです。


そして う先生のレッスンのときに


「あの方どうされましたか?」


と聞かれたのです。


先生は


「その人には宗教カルマがあって、その宗教とは真理から外れた邪教なのです」


とおっしゃたのです。



その人は先祖の業や先祖(自分も含めた)の思想を受け継いでいるのです。



だから自分の理性ではどうしようもないことがある。




「そうか~自分だけの狭い物差しで図ってはいけない」


そう理解した私はまたその人と接することにしました。


そしてそれ以来人を自分の常識ではめることをしなくなったのです。


するとほんとに楽になるのです。わーい(嬉しい顔)





ジャッジ(善い悪いと判断)しないこと


自己限定しないこと




W先生の教えなのですが、苦しまないで生きていくための智慧であり、真理ですよね。



  

私たちは先祖の代表なのです。

 
 
 
2012年にアセンションするということは、そのときに肉体意識から宇宙意識、つまりお釈迦様やキリストと同じ意識になるということです。


お釈迦様は、地球よりもずっと進化した金星から天下って来られました。


キリストもそうです。


進化した星の人でないと遅れた(意識が)星の人たちを救うことはできないからです。


もうすぐ、宇宙意識に変わるということは今、地球上に魂の立派な人がたくさんいるということなのです。


その人たちは、天地を貫く光の柱になれる器の人たちなのでアセンションのキーマンになる存在なのです。ぴかぴか(新しい)


そしてお釈迦様と同じように、進化した星からやって来ている。


ただ、記憶が消されているので


自分が何者なのか?


どこから来たのか?


どんなミッション(使命、天命)があのかがわからない。


だから悶々としているのです。

2012年を前に今、肉体という器を持って、ここに居るということは凄いことなのです。


私たちの祖先の人たちが悟りたくても悟れなかった想いを


カルマ(業)で積もり積もった暗雲を晴らすために私たちは今ここに居るのです。


そのカルマの量は半端ではありません。


お祖父さんのお祖母さんのその又お祖父さんお祖母さん・・・・・・・・おそらく何億人もの魂を背負っているのです。



わたしたちが考えていることは自分一人だけの想いではないのです。





想いは重いのです。(何億人もの人の想念があるのです。)



だからスッキリすることが大切なのです。



私たちの魂にべっとりとしがみついている祖先の業を滝のように洗い流してしまわないと溜まりに溜まっていくのです。げっそり



それを流すには業、感情を光に変えていくしかないのです。ぴかぴか(新しい)



それには祈りしかない


祈りとは命がのりだすという意味です。


生命が生き生きとしてくるということなのです。


宇宙と共鳴した、宇宙の無限のエネルギーは


溜まりに溜まった業想念をカルマを消してくれるのです。


業やカルマは人間がつくった有限のエネルギーです。


有限に勝てるのは無限なのです。


そのことに気づいた人が


祈り始めています。


自分のミッションに気づいたのです。

ここに読みにきてくださっている人たちとはそんな器の人たちなのです。

ピンと来た人とまだそうでない人がいるのですが


時期がくればほとんどの人が気づくのだと思います。


その日が来ることを楽しみにしています。わーい(嬉しい顔)手(チョキ)




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように


守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます





 


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