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2010年4月 2日 (金)

神と人間 (五井先生の祈念法 4 )

  
  
  
どこまで悩んでも、いかに苦しんでも、救われぬのが人間である、という迷妄を覚させるた

めに、私は働いているのである。


であるから、ただたんに “おまえの運命はかくかくしかじかだから” と、その人の運命の

悪さを指摘したり、“おまえの心が悪いから、おまえの病気や不幸はなおらない” というよ

うな指導のしかたはしないのである。


ただひたすら、その人の運命の好転を祈る愛念だけで、人に対しているのである。


人の名前を聞いても、その人と対座しても、私の心には、その人の性格や運命が、鏡のよ

うに写ってくる。


何故写ってくるかというと、私の心に私自身の想念がないから(私自身が空だから)相手の

運命(潜在意識に録音されてある)がそのまま私の空の心に入ってくるのである。


しかし、私は、その事柄をそのまま、その人に告げることはしない。


そのまま告げても、その人を傷つけず、かえって勇気づける場合は別であるが、大体は勇

気づけるような内容だけを話して、少しずつその人の誤れる習慣の心、いわゆる、悪想念

の癖を善い想念に変えるように指導してゆく。


その間、勿論、私の祈念法をもって、祈念してやることは、いう迄もない。


いかに達者な弁で真理の道を説いても、心に愛の薄い人は、その姿に光が薄いし、何も

説けずに、ただ黙ってその不幸な人の開運を祈っていても、愛の深い人の姿は、光輝いて

見えるのである。



愛は光であり、光は即ち神である。ぴかぴか(新しい)




             つづく
 




   『神と人間』 私の祈念法 五井昌久 白光出版






 
 


感想


いかに達者な弁で真理の道を説いても、心に愛の薄い人は、その姿に光が薄いし、何も

説けずに、ただ黙ってその不幸な人の開運を祈っていても、愛の深い人の姿は、光輝いて

見えるのである。



愛は光であり、光は即ち神である。
ぴかぴか(新しい)



ここの文章を読んだだけで、五井先生というお方がどれだけ愛深く、人間の幸せだけを考

えていらっしゃったかがわかります。


普通、相手のことがわかるようになったり、その人の未来のことが見えたりすると自分の凄

さを誇示するために得々としゃべったりしたいものです。

でも五井先生はそんな3次元的なこと、自分の感情を喜ばすことなどは一切思ってもみら

れない。


そうでなければ真の人生指導等は出来ないのです。


私もちょっとでもそのような調子に乗ったところが出ると、う先生から強いお叱りを受けるの

です。


それがレッスンにおける、波動調整なのです。


みなさんも神と人間を読んでおられて書いてあることはよくわからない。


でも、心が何かしらホッコリして来る


と感じておられたらそれが良い波動ということです。


五井先生の文章は宇宙(神)からのプラスのエネルギーをそのまま降ろしておられるので

す。




   
 

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