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2010年4月16日 (金)

愛の行ないとしている人が・・・・・・。

  

   



私は努めて愛の行ないに励み、感謝の気持ちで日々を過ごしているつもりですが、次から次へと病気や不幸が絶えませんが、この場合、いったいどうしたらよいのでしょう。





 




善時をしつづけながらも、なかなか不幸な出来事が消えぬような人もたくさんある。


しかし、これは憂うべき事態ではなく、その人自身や、一家一族の進歩してゆく姿なのである。


それは、過去世から蓄積されてある、その人、その人または、祖先の悪因縁が、その人の時になって、表面にはっきり現われ、次々と消え去ってゆく姿だからである。


人間には、肉体の世界以外に、幽界、霊界の世界があるのだから、一番苦しみの軽い肉体界で、過去世の蓄積された業因縁をでき得るかぎり消滅し去っておいたほうが、その人や、その人の祖先、または子孫のためにも幸福である。


従って、善事をなせばなすほど、不幸な出来事が、より多く現われる場合もある。


しかし、それは真の不幸ではなく、潜在していた不幸が、いち早く現われたに過ぎず、その不幸が、より長く潜在していて現れぬと、その人自体が現在味わっている不幸の何層倍かの不幸になって、やがて現われてくるのである。


であるから、どんな不幸が現われようと、この現れによって、自分及び、祖先の業因縁が完全に消え去ってゆくのである、と堅く信じなければならない。


神は善事をなしている者に、決して不幸を与えるわけがないのである。


絶対にないことを私は明言する。


従って、その人は、自己の想念や、行為を、よく内省して、どう考えても自己の想念、行為に間違いなし、と信じられたら、そのまま、業の消えてゆく姿である、これから必ず良くなる、と断乎として思うべきである。


その勇気こそ、その人を救い、その人の周囲を救う祈りなのである。


といって、今生で、あまり不幸に会わぬ人は、幽界で必ず苦しむか、というと、そうではない。


過去世に善行をたくさん積んであった人は、今の現世で、あまり不幸に会わぬことになる。


たいして才能もなさそうな人が、意外な金力に恵まれ、名実ともに不幸な生涯を終わる場合もある。


これらは、過去世の善因縁の結果であるから、幽界に行って苦しむ、とは限らない。


現象の人間は、過去世の因縁、プラス、現在の想念、行為がその人の運命を定めるのであるが、これが、また未来の運命とも深い関係をもつことになるのである。


ただ、人間の真の姿は霊であって、業因縁に捉われるような者でなく、自由自在であると観じ、いかなる業因縁の動きにも、超然としていられる心境になれば、現象の不幸は忽然と消え去って、再び現われなくなるものである。


そして、その人は業因縁の輪廻を超えた神の世界に入り得るのである。







『神と人間』 問答篇  五井昌久 白光出版





感想

ここでポイントになるのは、



過去世の蓄積された業因縁


だと私は思うのです。

過去世なんてない! という人は置いておいて(笑)


私たちは過去世で色んなことをしてきているのです。

悪いことも善い事も

今は

「あの人は仏様のようだ」

とその人柄を崇められているような人も散々悪いことも経験としてして来ているのです。

散々したから悪事を働くことの無意味さとか、愛の素晴らしさがわかるのです。

そして悪事を働いたとしたらそれが自分に返ってくるのが法則です。

やまびこと同じ原理です。

だから今いくら善い事をしても返ってくるものがあるのです。


コップの中に過去からの潜在していた悪因縁があったとして、そこに綺麗な水を注いだら、悪因縁は薄くはなるのだけどコップから溢れだして周りを汚すのです。


その汚れが不幸とか病気とかの現象なのです。


そこでほとんどの人間は、次々に不幸がやってくるので善行をすることに躊躇してしまう。


そこでやっぱり必要なのは、真理を識ることと、勇気だと思うのです。


真理を識るのにも勇気が要ります。


今までの自分と訣別しなければならないからです。


自分は不幸の主人公でいいんだ

同情されるのも悪くない

病気になっていると人が優しくしてくれる

仕事もしなくても家族が助けてくれる


こんな人もたくさんいます。


でも心の奥底では


「これではいけない!」


と叫んでいるのです。


悟るってそう簡単にはいかないのだと思います。


でも簡単ではないのだけれどそこに向かって進んで行く人が必要だと思うのです。


そんな人がいないとひっぱっていく人がいないと


たくさんの人が路頭に迷うからです。


道に迷うのならまだいいけど魂が迷うのは本当に辛いことなのです。


だけど神さまはそのことがわかって私たちに守護霊様、守護神様をつかわしてくださいました。


どんな人でも必ず守護霊様は2人、守護神様は1人ついていて下さっています。


私たちはどんなときにも決して一人ではないのです。


だから安心して生きて行けるのです。




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます







補足

 
神は善事をなしている者に、決して不幸を与えるわけがないのである。

とありますが

神さまが最高の善事だとおっしゃっておられるのが


世界平和の祈りなのです。

3次元的に何か善い事をしようとしなくても祈って

その素晴らしい光が自分を包み、そしてたくさんの人に届き、地球の生きとし生けるものに光を与えることが出来れば、それが最高の善事なのです。

祈りなしでは人間は絶対に幸せにはなれないのです。







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