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2010年4月18日 (日)

名前を聞かなくても・・・・・・。

  
  
  


先生は、名前を聞いただけで、その人の性格や行動が、はっきりおわかりになりますが、どうしてそれがわかるのですか。

それに、その人の生死さえもわかるというのは、どういうわけなのでしょう。





 


これはなかなか説明しにくいのであるが、わかりやすく説明しよう。

私にとって、その人の氏名などは、どちらでもよいので、問う人が、その人の氏名を私に伝えよう、とする時、もうすでに、私の心は、その人の心に通じているのである。

それはどういうことであるかというと、この世界はすべて、光の波、想念の波で、できているので、各人が、その想念の波につつまれて生活しているのである。

例えばAという人が、過去世から発している想念の波の中で、その想念の因あるいは縁に触れる人たちや事物と交流して、その生活を営んでいるのであって、その人には、その人独特の世界があるのである。


そして各人は、各人の独特の世界をお互い持ちながら、因縁相合して、交流し合っているのである。


その想念の世界を、幽界というので、その幽界、個人では幽体に画かれている、想念の波、行動の波を、その瞬間、私の心は観じてくるのである。

どうして観じられるかというと、私は、私という想念を、その瞬間、無にすることができるので、私の心は空になっていて、その空の中に、Aなる人の幽体に画かれている性格や運命が、浮かび出てくるのである。


何故ならば、空とは、宇宙大に拡大したことと等しいことになるので、宇宙の中の小宇宙である、Aという人は、その間、私、すなわち宇宙大に拡がった、心の中に生活していることになるので、Aという人のことが、そのまま私にわかるのである。


この場合、Aという人と、そのAについて問う人が一面識もなくとも、同じである。


同じという原理は、問う人にとって、Aが、一面識もない、ということは、この肉体界においてのことであって、その人が、私にAのことを問うほどの状態は、過去世においての、なんらかの、因縁のつながりを持っていることを示すので、過去世からのなんのつながりもない人は、口の端にも、その名前が出ないことになるのである。


私は、その僅かなことを媒介として、そのAを探すことができるのである。


私はAのことについて識り得ると、識り得たすべてを問う人に告げるのではなく、問う人にとって、真実必要なことだけを教えるのである。


結婚の場合などは、男の性格と女の性格との相性と、その男女の過去世における因縁の善悪を、よく見定めて、良否を決定するのである。


過去世において、相敵対視していた男女が、恨み恨まれたままの想念で、この現世に生まれて来た場合など、表面的に顕在意識で、好き合って結婚しても、結婚後、過去世の想念が、潜在意識から、自然転回の業の法則にのって、表面(顕在意識)に現われ始め、しだいに争い始め、ついに大きな悲劇にまで発展してゆくのである。


私は、こうした人たちの結婚の相談を受けると、どんなに表面的に心が合っているように、当人や周囲の人たちが思おうと、断乎として、この結婚に反対してしまうのである。


そのため一時は、その男女に恨まれたりする場合もあるが、是非もない、と思っている。


その点、こうした人たちの結婚後の争いの仲裁を依頼されると、子供の特別多い場合の他は、離婚を薦める場合が少なくないのである。


こうした人たちを、そのまま拝み合わせるように仕向けても、結局は、この現世では到底拝み合えぬ深い業因の結ばれであることが多いのである。


その理を識らぬ宗教家たちが、ただやたらに調和調和と拝み合わせようとしたところで、時間がたてば、時間がたつほど、切り得ぬ縁になって、はては殺傷事件すら起こってしまうのである。


結婚したら、絶対に別れられない、と決めてしまっては、こんな場合があるので、人間の救いが狭められてしまうであろう。


真の調和は、在るべきところに、在るべき人を置くことになり、合うべき男性に、合うべき女性を配すべきである。


こうしたことの指導のできる人の多くなることを私は望んでいる。


ただ、常に守護霊、守護神に感謝し、加護を願っている人たちは、必ず、良き配偶者を与えられる、と私は信じている。


とにかく明るい想念をいつも発していることが、一番である。



私は、愛の深い、善良な人の名前を聞くと、その瞬間、実に深い愛の心が私に写ってきて、実に良い気持ちになる。


素晴らしい芸術家の名前を聞いた場合でも、実に素晴らしい良い気持ちがする。


先日も、シゲティの若い時代の写真を新聞で見た時、なんともいえぬ、良い気持ちになった。


素晴らしい音楽が、その写真から聞こえてくる(観じられてくること)のである。


愛の心と、善き芸術とは等しい美しさをもっているのである。


私は常に人間の肉体を観ているのではなく、その想念を観ているのである。


何故ならば、私の本住の地は、この肉体の世界ではないからである。


次に生死の見分け方は、分霊からくる光の波が、肉体界に流れてきていないか、肉体界まで流れてきているか、によってわかる。


もうすでに霊の光波が、肉体界への流れを止めていても、幽体が肉体を離れず、肉体に送るべき光波が、その幽体に蓄電池式に残っている場合は、死期が近いながら、いまだ肉体界の生活を営んでいるのである。


しかし、蓄積された光波(生命)が消えてしまえば、その時、肉体は倒れるのである。


テレビジョンは、霊界(幽界を含む)、肉体界の関係を実によく現わしている。


テレビジョン放送局で、種々の劇をやっているが、スイッチを入れて、受像機のブラウン管に写し出さなければ、ブラウン管になんの画面も出ていないことになるが、一度スイッチが入り、電流(光波、音波)が流れてくると、放送局でやっている劇や人物がその波に乗って、ブラウン管に現われて、活躍することになる。


人間の肉体は、ちょうど、テレビジョン受像機に相当し、霊界は、テレビジョン放送局に相当する。


そして、その放送局から、受像機までの空間に幽界があり、肉体の運命と現われる業因、業縁が行き交うている、ということになる。


肉体(受像機)がないとは、そこに何もないことになり、人間はいない、即ち死であることになる。


しかし、放送局(霊界)では、依然として劇はつづいており、その波動はひびいているので、人間は受像機(肉体)に写らぬだけで、活躍しているのである。


その活躍を私は、霊界(放送局の舞台)からも、その途中の幽界からも、肉体(受像機)からも、どちらからでも、見ていられる立場にいるのである。






『神と人間』 問答篇 五井昌久 白光出版










 

感想


これまでの問答篇が短かったのですぐに書き終わると思っていたらかなり長い文章でした。

でも、私にはすごくよく理解できたのです。


最後の肉体はテレビでいえば、テレビジョン(受像機)であるというところなんかは、思わずうなりました。


光波が肉体に届かなくなった時が死である。

しかし人間は神界、霊界、幽界にもいるのであって、本当の自分は神界にいる。


だから肉体が動かなくなっても(つまり死)その他の世界では生き続けている。


死ぬ(肉体界を離れる)と幽界に行き、そこから悟り具合によって霊界にも神界にも行く。


そこで自分たちの子孫を守る守護霊、守護神になったりもする。


その他、よその星に行くこともある。


すべて筋書きが出来ているのです。

筋書きではなく真実なのですが、腑に落ちるのです。

ここに書いていることを何回も読んで自分の頭にインプットすると

かなり真理を識ったことになると思います。

五井先生は神界から下の世界(霊界、幽界、肉体界)を観ておられるのでその範疇に入ったことのすべてがわかるということなのです。


しかし、五井先生だからそうなるというのではありません。


もうすぐわたしたちもそうなるのです。


それは、空 になるということです。


アセンションとは人間が空になるということなので、意識が宇宙大に拡がって行くのです。


そして相手のことも写ってきてわかるのです。


テレパシーで交信する、わかり合えるようになるとはそういうことなのです。


素晴らしい時代がもうそこにやって来ているのです。


いえ、もう来ているのですが(笑)・・・・・・。










 
補足

ここでは、男女関係について、結婚について等も非常に参考になることが書かれています。

五井先生のような方が側でいてくださったら相談するのに・・・・。


と思われておられる人も多いと思います。


でも私たちには守護霊様、守護神様がついてくださっています。


いつも守護霊様、守護神様に感謝して意識を向けていると必ず教えてくださるのです。

「この人はいい人(相性が)だよ」

「この人は絶対にやめなさい!」

親に相談するよりも親友に聞くよりも絶対に確かなのです。わーい(嬉しい顔)手(チョキ)

それは過去世、未来、相手との因縁生をご存知だからです。

みなさ~ん、もっと守護霊、守護神さまに守って戴きましょう。

私たちを守るために守護霊様、守護神様はおられるのです。

もっと甘えていいのです。

肉体人間だけではこの世は生きて行けないのです。




 

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