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2010年3月 8日 (月)

肉体人間の親と守護霊の幸せ感は違う

  
   
 
タイトルを読まれてなんのこっちゃと思いますよね。


これはどういうことかと申しますと


肉体人間の親が子に幸せになって欲しいと思うことと魂の親である守護霊、守護神が人間を幸せにしようとされていることにはかなりの差があるのです。


例えば、自分の娘をある人のところに嫁がせるとします。


肉体人間の親は娘に嫁ぎ先で何不自由なく、苦労なく過ごしてもらいたいと願います。


しかし娘の守護霊は、3次元でのそのときだけの物質的なこの世的な幸せより、魂の成長を優先させるのです。


嫁ぎ先の姑が意地悪だった、夫が酒乱だった、子どもが悪の道に走った、貧乏な生活を送った、病人の世話ばかりさせられた、・・・・・etc 家庭的には恵まれていなくても娘の親が知ったら泣きたくなるようなことでもそれに耐えて乗り越えることが娘の魂にとって必要なことであれば守護霊はそれでよしとするのです。


とてつもない苦労をしたお陰で人の苦しみがわかり心優しい人になることがあります。


そうすると苦労させた人は魂の恩人になるわけです。



五井先生や私の師匠である う先生は決して3次元的な幸せで進む道をアドバイスされることはないのです。


その先で苦労することが待っていたとしても、さもその先には良いことが待っているように薦められることがあるのです。
 

でもそれはあくまでも魂の成長にとって善いことなのです。
 

このことは魂とは永遠でずっと生き続けるのだという真理があります。
 

だから今、私たちの中で起こっていることはどんなに悲惨であっても魂にとっては絶対に必要なことなのです。

 
神様が守護霊、守護神が無駄なことなどさせるわけがないからです。


私たちの運命は自分で創っている、進んでいると思っていますが、すべては守護霊、守護神の計画通りなのです。


と書くと守護霊、神に主導権を握られている、縛られていると思いますが、実は違うのです。


守護霊、守護神は自分自身そのものだからです。


我即神也とは自分も守護霊であり、守護神でもあるのです。


つまり自分の今の状況は、どんな状況であろうと自分が望んでそこに居るということなのです。







世界人類が平和でありますように 
ぴかぴか(新しい)







 

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