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2010年3月 9日 (火)

神と人間 (正しい宗教と誤れる宗教 7 )

  
   
  
地界は、愛に背くもの、物質欲深きもの、執着強きもの、自我心強きもの、怠惰なるもの、

等々、神の心、すなわち本源の心に遠いものが、その業因縁を消滅せらるるために住む

世界である。


人界、地界(註・・・・この世界はお互いに幽体が見え合うのであって、その点肉体界と同じ

である。

ただ肉体界よりすべてにおいて速度が早く、善悪とも、思うことがすぐに実現する)におい

ては、業因縁の渦から脱しようと努力しながらも、肉体界以上に業因縁の渦は急速に回転

するので(それは、念波の周波数が肉体界より細かいから)なかなか、その輪をぬけ出る

ことはできない。


その渦の輪を抜け出すためには、一度、想念を停止すること、絶対の精神統一に入るこ

と、すなわち、神にのみ心を集中して、いかに業因縁の念が自己の周囲を回転しても、

見むきもしないことであって、その精神統一の深さに従って、蓄積された想念の消滅の仕

方が違い、その度合いによって、自己の住む圏(世界)が高くなるのである。

 

いいかえれば、いかなる辛さや、苦しみや自己に都合の悪いことが出て来ても、それは

今、自己を取り囲む業因縁が消え去ってゆく姿である、と観て、ただひたすら、神との統一

観に浸れ、ということで、これは肉体界における場合と同様であるが、肉体界のように、

その業因縁が緩慢に現われる世界と違い、烈しく、急激に現われるので、なかなかその苦

しさに耐え得られないのである。

 

このことを考える時、この肉体界に生活する期間中に、できる限り、自己の業因縁を消し

去っておくほうが、幽界において同じ業因縁を消し去るよりは、どれだけ楽であるかわから

ないのである。

 

例えていえば、百万円の借金(業因縁)をした人が、肉体界においては、五万円ずつの月

払いで済むとすれば、幽界では、一度に百万円を支払わねば、さらに百万円の利息がつ

く、というわけである。

 

幽界(人界、地界)においては精神統一が最大の悟道の法であるが、もう一方法、守護神

の指導に素直になることである。

 

肉体界において、守護霊、守護神の援(たす)けがあるように幽界においても、守護霊、守

護神(主に守護神の援助)の導きがあるので、この導きに素直に従ってゆくことが、自己を

救う、よい方法なのである。
 


この場合も、自己の眼前の利益を超えて導かれる場合が多いので、守護神の導きが、例

え、自己に不利のように見えても素直に従うべきである。


この場合でも、肉体界において、常に守護霊、守護神に感謝していた人は非常に益するこ

とが多いのである。


かくて、幽界において、ある程度浄化されると、また肉体界に誕生し、また異なる生活の経

験を得て、再び、三度、両界における体験を繰りかえし、しだいに、高度の生活に導かれ、

ついには、天界にいたり、神格を得て、神界に住し、あるいは、覚者(仏)となって、肉体

界、幽界の指導者となるのである。




  

『神と人間』 正しい宗教と誤れる宗教 五井昌久 白光出版




 

 

感想


ここに書いてある幽界のことをわかりやすくいうと、相手のことを「腹が立つなぁ殴ってやろ

うかなぁ」 と思ったら相手にはこちらの心がすぐにわかり、反対に即殴られることがあるわ

けです。

肉体界の場合はその想念があったとしてもすぐに相手にはわからなかったりします、だけ

どその相手への想い(エネルギー)は相手には確実に伝わっておりなんらかのお返しは後

から必ずあるのです。


幽界の場合、「殴ってやろうか」が2倍になって返ってくる。百万円の借金をしたら、さらに

百万円の利息がつくとはこのことなのです。


肉体界に今、いるということは本当に楽なのです。


殴られる前に、倍返しの2百万円を返さなければならなくなる前に、想念を清めることが出

来るからです。


その方法とは自己の想念を停止するという精神統一です。


統一とは神様のみ心と一緒になるということで業因縁の世界から離れることを言います。


神様の世界(神界)に入ってしまえば、業因縁の世界とは無縁になるのです。


それから守護神に素直になる、常に感謝することは業因縁を早く消すことになるのです。


なぜなら守護神は幽界を浄めることができるからです。


守護神は神界だけでなく霊界、幽界も網羅しているので人間の心に溜まった業因縁、潜在

意識を浄化することが出来るのです。


人間の運命は幽界(潜在意識)を浄めない限り、絶対に善くなることはないのです。


  
守護霊、守護神なんていらない、そんなものあるものか!自分一人で生きて行くんだ!と

いう人がいるとしたらそれは実に真理を知らない、おろかな生き方なのです。


肉体人間は明日自分がどうなっているかさえもわかりません。


でも守護霊、守護神は守っている人間がこの先どうなるのか、すべてお見通しなのです。


これまで輩出した聖者、賢者はこの守護霊、守護神の存在を知っていて、絶大な協力を

得ていたのです。



       
  


 

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コメント

ご質問ありがとうございます。

○○家族さんのご質問は他の方もたぶんそう想われているのではないかと思います。

さて守護霊、守護神の導きと自分の人生は違うのです。

生き方は人間本人の自由に任せられておりいくら守護神であろうと勝手なことは出来ないのです。


肉体人間の親が子のことを思い通りにしようとしてもその通りにならないのと同じです。

ただ、「これではいけない!」と なんとか修正しようとしているのです。

ここでのポイントを申しますと

今置かれた状況が悲惨で自分の望んでいない事が起きているとします。

でもそれは今の自分が作ったものではなく過去世からのプロセスがあって起こっているのだということを認識してください。

過去の結果が現在なのです。

過去とは今生だけでなく覚えていない過去世も含むのです。

よく、事件などが起こったとき

「あの人には何の罪もないのに・・・・」と言いますがそれは違うのです。

宇宙の法則として

自分のやったことは必ず返って来る

があります。

過去世において、人の為に尽くした人は今慕われています。

反対に想念、行為が悪かった人はそれが返って来ています。


今はその結果が現われているのです。


だったら今が悲惨な状況なのは過去世で自分が悪かったなのか?

ということになりますが、そうなると自分の運命はもうだめだということになります。


神様はそんな残酷なことはしないのです。


そこで神様は人間を守るために、救うために守護霊、守護神を使わした。


守護霊、守護神が人間を守るためにどれだけ苦労しているかはこれまでの日記に書いて来た通りです。


守護霊、神は、自分の守っている人間に過去世がそのまま現われてきたら大変なことになるので、夢で潜在意識を消したり、幽界(想念の世界)を浄めたりされているのです。


そして大難が小難になっているのです。


今の若い人などは特に

「最悪!」という言葉を使いますが、とんでもないのです。

必ずそこには守護霊、神の御加護があるのです。


過去に自分がした行為や想ったこと(想念)は潜在意識の中に録音、録画されて今再生されていると思ってください。


それが今、顕われて来ているのです。


だから私たちが今と思っているのは今ではなく過去なんですね。


今のことを写し世とか過去の影絵とか幻とかいうのはそういうことなのです。


今悲惨な事件、事柄があります。

子どもが虐待されて餓死した。

戦争のある国に生まれた子どもは学校にも行けない。

でもそんなこどもたちも実は運が悪いのではなく

自分で選んでそこに生まれて来ているのです。

過去世からの自分の人生を清算するために魂を成長させるために甘んじてその“場”を選んで来ているのです。

その人の魂はわかっているのです、納得して自分で生まれて来たのです。


だから同情や憐れみは不要なのです。

同情や憐れみはその人たちの尊厳を傷つけるのです。


守護霊、守護神たちはそのことをわかった上でその“場”で修行させておられるのです。(でもどんな試練であろうとその人に耐えられない、乗り越えられない試練は与えません)


ここまで書いたところで、だったらどうしたらいいんだになると思います。


その答はこれまでに書いてきたと思いますが


みなさんはみなさんで真理の勉強をしてください。


いくら私がこうですよと言っても書いても


心から納得しないとずっと腑に落ちないままです。


私がすることには限界があります。


きっかけにはなると思いますが


自分の魂を救えるのはやはり自分自身でしかないのです。


真理の勉強をしてください。


五井先生の本を読んでください。


そこに答が書いてあるのです。


『神と人間』の他に「神様にまかせきる」五井昌久 白光出版などがよいと思います。

  

色々あってせめて心の支えがほしくて、こちらを読ませて戴きました。
神を祈って苦しみを耐える事は簡単な事ではないですね。
我々はこの世に生まれた以上、この世、国の決められたルールに従い生きております。
仕事をし金をもらい、税金や保険料などを納め、生きるために飲食しております。
しかし、全世界、全ての人間に当てはまる事なのでしょうか。それぞれの国や家庭の事情により、残酷な出来事や悲惨な状態が永く続くのも、守護神や守護霊の導きやその修業だと一言で終わってしまうものなのでしょうか。
家庭崩壊はその家庭にいる人間たちの守護神、守護霊がやはり崩壊させるのでしょうか。
自分にも誰にもどうすることも出来ない苦しい状況が続く中、何に対して感謝すればいいのか理解出来ないのが現状です。
お金欲しいと言っても贅沢な生活をしたいのではなく、お金がなければ生きられない仕組みになっているからです。手術もしましたが完治はしておらず経過をみていくため通院はしております。トラウマとなり今後も苦しい思いをしていくのでしょうか。
これが守護神、守護霊の導きでしょうか。

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