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2010年2月22日 (月)

神と人間 (因縁因果を超える法 6 )

  
  
  

すいません、今から記述してゆく本文は、以前に書いた“夢はなぜみるのか?”

と重複しています。

しかし、非常に興味深く大切なことが書かれていますので、おさらいの意味でも読み返して

みてください。

よろしくお願いします。



 

本文




守護霊を信じ、守護神を想い、神に感謝しなければ、いくら因縁の転回や、心の法則を

知ったところで、人間は永久に救われない。
 

こちらが知っていても知らなくとも、守護霊はただ、黙って人間を見守ってくれる。
 

夢などはその顕著なるものである。
 

夢は何故見るか、この問題は世界の学者が種々と研究をつづけているのだが、いまだ

に、はっきりとわかっていない。
 

夢とは人間の業因縁の消滅する姿である、と私はいう。
 

想念は必ず現われる。
 

この法則は動かしがたい法則である。この法則のままに、想うことがそのままこの肉体に

現われたら、この人生は、もっともっと以前に滅びていたに違いない。
 

何故ならば、肉体の人間の心を奥底まで解剖すれば、愛は情に流れて執着となり、恨み

は恨みを重ね、悲しみは悲しみを追い、闘争心は常に戦火を絶やさず、情欲の業火は至

る所に燃え広がり、殺傷事件は眼に触れるあらゆる個所に展開されていることは明らか

である。
 

この業念の感情を、肉体脳髄の念の休止している間に、巧みに夢として肉体世界と離し

て、画き出してしまうのが守護霊の偉大なる一つの仕事なのである。
 

現われれば消えるのが想念の性格であるので、夢として画き出されてしまえば、その想念

は消えてしまう。
 

肉体世界に現われた場合は、その現われが、また頭脳にキャッチされて、再び同じ想念を

幽体に記録してしまうが(それでも現われれば幾分ずつか、消えてゆくのである。)

夢の場合はその想念(おもい)が巧みに劇画化されていて、いったいなんの想念であるか

判然としないので、夢から醒めた後で、いくら肉体頭脳で思ってみても、その夢に現われた

想念(おもい)は再び幽体に記録されることはない。


その想念は夢によって一度断ち切られるので、業因縁がそれだけ消えたことになる。
 

たまたまはっきり憶えている夢もあるが、守護霊が予知的に、その人に示す夢(霊夢)以外

は、その夢の画が、やはり、その想念の内容を察知できぬように描いてあって、判然とし

ない。


フロイトという精神分析学者は、この夢をすべて性欲(リビドー)の現われと解釈していて、

夢に現われる物質、風景、氏名等によって、それぞれの内容を解剖しているが、私の述べ

ていることとはまるで異なる解釈で、人間の救いには、あまり役立たぬものと思う。
 

判然としない夢は、そのまま判然とさせる必要はないので、ただ、簡単に、自分の業想念

が肉体の悪い運命となって現われるのを、守護霊がその夢と現わして消して下さったの

だ、と感謝すればよいのである。

 
このことを知ることは大きな救いになると思う。
 

この守護霊の働きは真に感謝しなければならぬものである。
 

守護霊は霊界、幽界、肉体界と三界を通して働ける者なので、幽界(潜在意識の世界)に

おいて、できつつ運命、あるいはすでにできあがって、時間の経過につれて自然に肉体界

(現界)の運命として現われようとする悪想念の結果(因果)を、あらゆる手段をもって、

その運命として現われぬように修正してゆく。

 
この守護霊の働きを、知っている人は、感じている人は実に少なくて、肉体人間の大半

が、この蔭の働きを知らないのである。
 

守護霊はその肉体人間が、守護霊の守護の力を知ろうと知るまいと、それは問わず、ただ

ひたすら、運命の修正に全力を挙げているのである。
 

いわゆる菩薩行なのである。




 



『神と人間』 因縁因果を超える法   五井昌久  白光出版




  



感想



すごい文章ですよね何回読んでもそう思います。

ところでここまで読んでみると潜在意識には過去世のとんでもない悪想念が溜まっている

ことがわかります。


そんなこと思いたくも考えたくもないのに次々に悪魔の考えが浮かんでくる。

そしてそんな自分自身が嫌いになったりします。


でもそれは過去世からの蓄積された自分の想念行為だったのです。


そして想ったことが現実になるとしたらその悪想念が現われて来るのです。

もし全部がそのまま出てしまったら大変なことになる。


それを夢にしてそこで映画のように上映させて出してしまう。

でもその映画?の内容は覚えてないのでもう繰り返されることはない。

「昨日、何だか恐ろしい夢をみたような気がするのだけどよく覚えていない」

というのはそれだったのですね。


凄いですよね、守護霊のされることは・・・・・・・。


肉体人間の自分や心配してくれている親にも絶対に出来ないことです。


常、日頃から守護霊、守護神に感謝してつながっていると悪いものが現われる前に消して

くださるのです。


これがほんとうに運命を変えるということなんですね。


運命を変えるには自分だけでは出来ない。


守護霊、守護神のバックアップ(応援)が必要なのです。わーい(嬉しい顔)手(チョキ)


神様と一体となることが大切なのです。(神我一体)



そして世界平和の祈りを祈り続けることが大切なのです。
 




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます





  
   

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