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2010年2月28日 (日)

人生の軸

  
  
  
私たちは、いつも迷っています、何を優先させたらいいのか?

仕事か、家庭か、子どもか、プライベートで一番大切にしているものか、自分の直感か、世の中の常識か?・・・・・・・・。


でもどれを優先させたところでどれも違うとわかるのです。


「いや、何かが違う、もっと大切なものがあるはずだ」


しかしそのもっと違うものがわかない


だからいつも自分に自信を持てずに生きてしまう。


もっと楽にもっと大らかにもっと信念を持って堂々と生きて行きたい!


誰もがそう思っていると思うのです。


何が人生の軸になるのか?

何を基盤に何を中心にしていけばいいのか?


西園寺昌美さんや由佳さんの手記はよく載せているのですが由佳さんのお姉さんで里香さんという方がいらっしゃいます。

みなさん世界平和の祈りの提唱者なのですが、とにかく素晴らしいのです。

今日は里香さんのお話を掲載します。

みなさんも人生の軸とは何か?

読んで考えてみてください。


あなたの人生の軸は何ですか?







人生の軸



自分の内面と向き合う時間




この世の中で生きていると、この世的な常識に翻弄(ほんろう)されてしまい、自分の中心とすべき軸がぶれてしまうことがあります。

そうなると、あらゆることが空回りしてしまいます。


ですから、そういう時には、立ち止まって、自らの内面と向き合う時間を取らないといけません。


私は祈りや印を組む時間とは別に、自分の言動行為や考え方を客観的に見つめて、答を導き出す時間が必要になる時があります。


私は先日、久しぶりにそのような時間を取ることが出来ました。


今年から宇宙子科学における昌美先生の働きはますます大きくなり、私たちは昌美先生が集中できるよう、あらゆる面でもっとサポートしていかなければならなくなっています。


私は、昌美先生からそのお話を伺った時に、少し不安の気持ちが湧き上がってしまったのです。


昨年の8月に娘が生まれてから、私の意識は主に彼女に向けられ、その中で仕事との両立を必死に頑張る自分がいました。


しかし、時にうまく両立できていない自分がいて、自信を失っていました。

そんな中、昌美先生のお話を伺って、私は真剣に自分と向き合わないといけないと思い、その時間を取ったわけです。


そして、私は守護霊様、守護神様にこうお願いし、質問したのです。


「私は昌美先生のサポートを全面的にし、神々様に器を使っていただきたいと心の底から願うと同時に、自信を持って子育てに臨み、道を開いていきたいと思うのです。 どうか私にその道の歩み方をお教えください。私は何を中心に、あらゆる選択をしていけばよいのでしょうか?
私は何を一番大切にして生きていけばよいものか教えてください。仕事ですか? 家庭ですか? 子どもですか? 祈りですか? 平和活動ですか?」


私はこのようにずっと問いつづけました。


そうすると、私の内からそのどれでもないという答が出たのでした。


そしてただ力強く


「我即神也、我即神也、我即神也、我即神也」が響き、仕事、家庭、子育て・・・・・それらは自分がまっすぐ 「我即神也」に至るためのツール(手だて)にすぎないということが分かったのです。


仕事、家庭、それらのいずれも自分の中心軸になるものではなくて、中心軸とすべき意識は神そのもの、我即神也、つまり自分の中に神を見ること、神を顕すこと、自分の生き方の中に真理の法則を見出していくことだと分かったのです。


その法則をクリアーにし、自分のものにしていくことが自分の人生の軸になるべきものであり、一番大切にすべきものであることが改めて分かったのです。
 




すべては神とつながるためにある



自分の人生の軸は、子どもでも夫でも仕事でも祈りでもないということです。


それらは自分の人生に喜びや気づきや学びや目覚めをもたらしてくれるツールではあるけれども、それらが私の人生の本質、人生の答え、人生そのものになってはならないということです。


そのツールを通して、その与えられたツールを愛して、大切にして、感謝しながらも、もっと自分を見つめ、我即神也を顕現し、内から流れる叡智、愛、光、神様に軸をしっかりと置き、それを中心に生きなくてはならないということです。



私と同じように、多くの人は自分の人生の軸をどこに置けばよいのか迷い、何を一番大切にすべきか悩んでいると思うのです。


そして、自分の人生の軸を子ども、夫、仕事、お金、ステータス・・・・・などに置いてしまいがちになります。


それではこの世の執着を増やしていくばかりです。


そして、自らの大生命の本質を見出さないまま人生の終わりを迎えてしまうことになるのです。


自分の人生の中心軸となるものは、生命の本質を自分の中に見出し、経験し、顕していくことであります。


自分の生命をまっとうするために、自分の生命を見つめ、死ぬまでの時間をいかに密に、神を中心に置いて、考え、行動するかだと思うのです。


それはいかにあらゆるものへの執着を取っていくか。いかに自立して生きて行けるか。いかに自分の生命を輝かし、自分の責任をまっとうさせられるか・・・・・・・ということでもあります。


人に頼ることなく、何かに依存することなく、迷惑をかけることなく生命を輝かせていけるか。


それは自分と神との交流、つながり、対話なくしては叶えられないわけです。


み教えがあるのも、祈りがあるのも、印があるのも、すべてそのひびきを通して神様とつながるためにあるわけです。


それだけではなくて、自分がこの世で出合う人も、経験する出来事もすべて自分と神との対話、つながりを強めるためのものだと思うのです。





人生をまっとうする生き方




すべては自分と神とのつながりを密にするためにあるわけです。


この世のお金も問題でなければ、病気も問題ではないのです。


災難も事故も問題ではありません。


それらは本質ではないからです。


それらは握りしめておくべきものではないからです。


ただそこに一時的に存在するものであって、生命ほどのパワーも、生命ほどのエネルギーもありません。


なぜなら生命に宿る神様は宿っていないからです。


神様が宿っていないものに生命をかけても全く無意味であるわけなのです。


生命のあるものが一番大切で本質に近いもので、それらがパワーになるものであります。


多くの人はお金や物質に執着してしまっています。


それらを増やしたり、減らしたりすることに一喜一憂していますが、そのような変化は私たちの本質が望む変化でもなければ、進化でもないのです。


そのような変化を進化だと勘違いしていると時間を無駄に使うことになり、もったいないわけです。


「大切なものは何か」

「中心とすべき軸はどこの置くべきか」

「目的、変化、進化とは何か」


その本質を見つめながら生きること、自立しながら神そのものを見つめ、本質を見極めながら生きること、その生き方こそが人生をまっとうする生き方であるのかもしれません。


家族でも、仕事でも、お金でも、ステータスでもなく、神一点を見つめ、本来の自分を見出すこと、つまり我即神也ということなのです。


これを確信した私は、仕事と家庭を両立しようと無理に頑張る気持ちから解放されました。


そして、今与えられた瞬間を大切にし、その時に必要とされたことにベストを尽くし、後の不安や心配はすべて神様に託しながら、み心のままに動いていくことが答えであるということが分かったのです。


私は迷った時は必ず神様とまっすぐにつながった本来の自分の意識とつながり、選択することにしました。


すると必ずすべてはうまくいき、完璧に整っていき、執着や不安は消えていくのだと思うのです。


今年はさらに力強く我即神也! 我即神也! 我即神也! その一点一方向へ進んでいこうと思います。




無限なる感謝


人類即神也





  

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