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2010年1月31日 (日)

31日の指針

 
  
  
愛の黙想は光そのものである

只黙って不幸な人の開運を祈っていても

愛深い人の姿は光輝いている




  

   
        五井昌久




 世界人類が平和でありますように




  

神と人間 (夢はなぜ見るか、中後半)

 
  



本文





そこでこうした人を守るためには、先程の二例のように、他の人に送念して、他の人から注

意や、助太刀をしてもらうことにする。
 

この時の相手は、必ず過去世において、守護霊同志、または、肉体人間同志が、因縁浅

からぬ者でなければ駄目なのである。
 

しかし時には、その被守護体の人間が、あまりにも業因縁が深く、迷(無明)で分霊の光を

ほとんど覆ってしまっている場合には、いかに守護霊が全力を挙げて浄めたり、奔走した

りしても、通じない。
 

仕方がないので、守護霊は、守護神に救援を願うのである。
 

すると守護神はこの願いを聞き入れて、大いなる神の光を、その肉体人間に放射する。
 

この光は業因縁を通して、分霊に通じ、分霊の光の力が増してくる。
 

この時、なんとなくこの肉体人間の心(脳髄)に宗教の関心が湧いてくる。
 

この場合、たんにご利益信心的な心であるかも知れない。
 

それでもよいのである。
 

この人間にとっては、その気持ちの起こったことが、一歩も二歩もの進歩なのである。
 

その時、守護霊は、その機会を逃がさず、その人間に適当する宗教に、その人間を導くの

である。
 

また、ある場合は、守護神の光によって、一挙に幽界に転出してしまうことがある。
 

いいかえれば、急死してしまうことがある。
 

それは、そのほうが、この人間の進歩に都合が良いからである。
 

以上のように守護霊は肉体人間と一つになって、人間を善導しているのである。
 

人間が、自己の運命を改善し、幸福になりたいとするならば、ただ、守護霊に自己の運命

を委せればよい。
 

守護霊さん、ありがとうございます、守護神さん、ありがとうございます、神様、ありがとうご

ざいます、と常に感謝していればよい。
 

この心が神への全托なのであり、守護霊の活躍を充分にさせる一番よい方法なのである。
 

この心でいれば、その人の行動はおのずから、調和した整ったものになり、生活は楽しく

楽になるに決まっているのである。
 

何故ならば、守護霊、守護神、と真っ直ぐにつながり、そのつながりによって、その光に

よって、業生の因縁因果の渦巻からいつの間にか離脱でき、分霊本来の光が直霊(神)

につながり、肉体をもったままで、人間神の子の実観を、真に体得できるのである。
 

守護霊を知らず、守護神を知らず、ただいたずらに、精神統一法をしたり、坐禅を組んだり

した場合、その精神統一で、やや空になった肉体に、幽界の魂魄が感応してくる場合があ

る。
 

こうした場合、守護霊により、自然法爾(しぜんほうに)整った、生活態度、いわゆる明るい

楽しい雰囲気とは違って、何か、非常識な、他人に不快を感じさせるような雰囲気を持つ

人間になる。
 

私はただ、素直に、守護霊、守護神に感謝してその人、その人の生活の業に励んだほうが

楽に、自然に、神につながり、悟れる、と信じている。
 

いかなる困難な事態がその人の前に起ころうとも、守護霊の守りを信じ得る人は、必ず、

その事態は光明に転ずるのである。
 

この場合、守護霊はいったいいかなる人か、などとその人の生前の戸籍調査などしなくと

もよいので、ただ、誰方(どなた)か知らぬが、自分に関係の深い祖先の一人が、神様につ

ながる強い力で、守って下さるのだと、素直に思っていればよいのである。
 

もし迷う事柄があったら、心の中で守護霊さんを呼びながら、その裁断を願えば、必ず、な

んらかの形で、その答をしてくれる。
 

それは前に述べたように他の人に逢って、その人の口から聞かされるかも知れぬ。
 

あるいは、ピン、と直感的にひらめくかも知れぬ。
 

ただ、この場合、前者なら、最初の直感が、その答である。
 

その答がいかに、現在の自分に都合が悪いように思えても、それは後によくなる方法に違

いないのである。
 

それを信じなければならぬ。
 

第二直感で出てくることは業因縁の答であるから、よくよく注意せねばならぬ。
 

業因縁の答は常に甘い。
 

都合のよさそうな答が多いので、つい、この答にひきずられることが多いものである。
 

だから、常日頃、守護霊を信じ、感謝の想いを抱いていなければいけない。
 

弘法大師が、同行二人(どうぎょうににん)といったのは、この人間生活は自分一人で生き

ているのではなく、守護霊と二人連れなのだ、神様と一緒に生きているんだ、ということで、

キリストの、神常に汝とともにあり、という言葉と同じである。
 

ただ、一般の人たちに、神、という風に、あまりに大きな、高い感じのものより、守護霊とい

う、自分自身と直接つながりを持つ、祖先のしかも力ある霊が背後で常に守ってくれてい

る、と思うほうが非常な親近感で、念じやすく、かえって神に統一する環境になりやすい。

 

  



感想

『神と人間』を書き写していくうちに長くなるので切ろう切ろうとするのですが善いこと、大切

なことばかりが書いてあるので切れないのです。
 

よって明日又、書きます(笑)
 

ここまで書いたことはみなさん日頃、不思議に思っていたことが
 

「ああ、そうだったのか~」
 

と腑に落ちることがあったと思うのです。
 

この中の一つで五井先生は神とつながる方法として統一を説いておられます。
 

しかしちゃんとわかっていないと中途半端に統一をしたために幽界(迷いの世界)とつな

がってしまうことがあるのです。(今幽界とつながってしまった霊能者と言われる人のなんと

多いことか)
 

真理を理解した上でしっかりとした指導者の元でやらないと幽界のオバケちゃんが憑依し

て大変なことになるのです。
 

だから五井先生の時代には時期早々としてあまり統一を勧めなかったのです。
 

でも時代は、変わりました、今統一する時期に来ています。
 

だってアセンション(次元上昇)とは、肉体意識から宇宙意識へのシフトなのです。
 

宇宙意識とは、宇宙と、神と自分の本心と一体になることです。
 

統一とはそのものズバリなのです。
 

波動が変わって統一が出来る波動体に人間がなって来ているのです。
 

その為には前の日記に書いた呼吸法も大切な役割りをします。
 

これからわかりやすくみなさんに説明していきますね。
 


  


  

     
   

潜在意識と顕在意識 2

 
    
本当は昨日、この続きを書くつもりだったのですが、まだ整理が出来ていなくてすいませんでした。

といいますのは、このことはすごく意味が深くて文章にするのが難しいからです。

潜在意識を変える、マイナス思考をプラス思考に転換させる

大げさにいうとこのことに地球の未来がかかっているのです。

アセンションとはマイナス思考がなくなってプラスのみになることなのです。

宇宙の波動はプラスのみです。

地球の波動はプラスとマイナスのエネルギーが交差している。

そこで私たちはこのプラスとマイナスの波動と交互に波長を合わせて一喜一憂したりしているのです。

憂欝病はその典型ですよね。

憂欝病はそう診断されている人だけでなく、ほとんどの人がそうなんだと思います。

さて、それなら地球上の肉体意識に合わさずに宇宙意識に合わすにはどうすればいいか?

その答は、実は呼吸法にあるのです。

今日は呼吸について述べたいと思います。

 

呼吸について


私たちは無意識に呼吸をしています。

当り前と言えば当たり前なんですが、実はすごい意味があるのです。



 

 
 
息を吸う

宇宙からのエネルギーを身体いっぱいに吸いこむ
 

 

息を止める

そのエネルギーを身体の中の60兆の細胞に行き渡らせる(このとき60兆の細胞は光輝いているのですぴかぴか(新しい)

 

息を吐く

細胞のなかのマイナス(老廃物)をすべて出す
 




それぞれに意味があるのですが、ここで注目してもらいたいのは息を止めたときです。


実は息を止めたときに宇宙と繋がっているのです。



みなさん一度意識して息を止めてみてください。(出来るだけ長く)


そして何かを考えてみてください。


そこで何を想ったか?





















何も浮かんでこない、何も考えが浮かばないですよね。
 

実はこの浮かんでこないというのが お釈迦様のおっしゃる


空 なのです。


頭が空っぽになって肉体意識を超えて宇宙と繋がっている瞬間なのです。




何分かは忘れましたが息を止めたまま数分経つと悟りが開かれるとか、肉体の限界を超えているときは自然と息が止まっていると言います。(火事場の馬鹿力はこのことです)

これは息が止まっているときにエネルギーが活発に動いているのです。


宇宙からの無限のエネルギーが身体に充満している状態なのです。



宇宙と一体、神と一体、我即神也の状態です。




だったら息を止めた状態でいつまでもいられるか?

無理ですよね。

一休さんはいざというときには坐禅を組んで 空 になりました。

それなら他の人もその 空 の状態になれたか?

そうではないのです。

そこには 信念 があるのです。

一休さんは悟っていたので自分が何者か?を知っていたのです。

そして100%それを信じていたので 空 になれた

他のお坊さんは30%はそうだと思っていた

だけど70%は信じられないと思っていた

そしたら30%しか宇宙からの叡智は降りて来ないのです。

ここまでのことをまとめると


空 になるには息を止め続けないとなれない


自分が宇宙とつながっている、つまり自分が宇宙そのもの、神そのものだという信念がいる


ということですよね。


後はまた明日書きます。


ここで是非試して頂きたいのは息を止めるという動作です。

息を止めるなんて普段しませんよね

水泳で潜水をするときくらいだと思います。

息を止めると思考が停止する

何も浮かんでこない

ということはマイナスの想念が一切、肉体頭脳に入っていない状態なのです。

考え過ぎの人、今マイナスが入っている人はやってみてください。

そして止めているときに自分の身体の中の細胞が光輝いているとイメージしてください。

これをすると心境が変わります。

なんだか明るく、嬉しくなってきます。わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)

それは暗闇の中に光が灯るからです。(祈りや印は未来に光を灯すということなのです、先が見えない暗いから生きているのが辛いんですよね)

後は、それを持続させることをすればいいのです。

それが宇宙意識になるためのメソッドなのです。わーい(嬉しい顔)手(チョキ)





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます







 
 

追伸


今風邪をひいて咳が出て止まらない人、目線を真っ直ぐ平行になるより少し上を向いて(下を向くとマイナスのエネルギーと共鳴するから)、息を止めてください。

苦しくても我慢して息を止めてみてください。(息を止めると信念とは関係なく神とつながる)

そして細胞が光っていることをイメージしてください。

これで咳は止まると思います。

それは何故か?

止めている間に宇宙からの無限のエネルギーが入って来て不調和なものを出してしまうからなのです。

宇宙とは実にシンプルですよね。わーい(嬉しい顔)手(チョキ)


  



参考図書
 

『我即神也』  西園寺昌美  白光出版





    


2010年1月30日 (土)

30日の指針

    

  
欠点を掘じくり返しても人間はよくならない


それより長所をうんと伸ばすことに精力を集中せよ


さすれば欠点は自然になくなる。 


 

神と人間 (夢はなぜ見るか、中半)

  
  
いったいどういう風に守護霊が運命を修正してゆくかというと、種々の方法がある。

例えば、転覆した汽車に乗るべきを、忘れ物をして乗り遅れたため、生命の危機を逃れた。

という場合、物を忘れた、この忘れ物に守護霊の働きがあるので、守護霊の念が、その人の肉体頭脳に働きかけ、その人の頭の回転を瞬間的に阻止して物を忘れさせるのである。

また他の人を使って、自分の守護する人間を助ける場合もある。

例えば、ある人が、何か急に友人Aを訪ねたくなり、別段に用事もないのに、急用でもあるような気持ちで、その友人を訪ねる。 と、友人A一家は、事業に失敗して、今まさに一家心中の手前であった。

驚いたある人は早速この友人Aのために人肌(ひとはだ)脱いでやることになった。

この場合、Aの守護霊は、Aを助けるため、Aと波長の合う友人のある人に、念を送り、Aの家へ引き寄せたのである。

この友人なら、Aを救ってくれる、ということを、守護霊は、はっきり知っているのである。

この二つの例のようなことが、常に人間世界の生活の上に起こっているのである。

守護霊はその被守護体の眠っている時から醒めて働いている時、休んでいる時、いついかなる時間にも、この人間を守りつづけているのである。

そして、この人間の発する悪想念の蓄積を浄めるために、たゆまざる努力をつづけているのである。

もっとも、肉体界(現界)の救いとしては、この人間にでき得るかぎりの努力、経験をさせつつ、いざという時に助けるのである。

ここで大いに考えなければならないことは、守護霊にとって、一番働きやすい、肉体人間の状態は、常に守護霊のほうに心を向けていてくれることである。

守護霊の存在のいかに重大であるかを知って、常に守護霊に感謝を揚げている子孫ほど、守りやすい肉体はないのである。

もっとも守護霊の生前の氏名など知る必要はない。

守護霊が懸命に、浄めの念を肉体に送っても、その肉体の心が、全然他をむいていて、一向に守護霊のほうに心を向けなければ、守りにくくて仕方がない。

やっと眠りの世界に肉体が入った時、無心になった肉体脳髄から、悪想念の蓄積(その時々の因縁)を夢として消すことより仕方がない。





神と人間』 より 五井昌久  白光出版









感想


ここで話しの区切りがよいので終わってしまおうと思ったのですが、ここまでは守護霊の働きしか書けていません。

実はこの後に守護神の働きがあるのです。

守護霊と守護神は違うのです、簡単にいうと守護霊は3体である、つまり3人の悟った祖先が付いていることになります。

守護神は一体です。(もっと多い人もいます)

守護霊の働きは先程書いたことと特に仕事などのアドバイスをしてくださいます。

アドバイスというのはコンサルタントではなく、閃きとしてメッセージを肉体人間の頭脳に送ってくださるのです。

リラックスしていたとき、ボーッとしていたときに急に

「良い考えが浮かんだ!」 とは肉体の頭脳が働いていないときに守護霊がヒントあるいは答を送っているのです。

いわゆる想念停止の状態の時ですよね、マンガ一休さんで一休さんが窮地に立たされたとき、座禅観法をして答を導き出しているのは、心を鎮めて頭を空っぽにして守護霊からのメッセージを待っていたのです。


話が逸れてしまいました(笑)


ここまでは守護霊様の働きです。

守護神様はその守護霊様を指導したりもっと大きな役割りがあります。

私たちはこんな素晴らしい人たち?に守られているのです。

どんなに感謝しても足りないくらいですよね。

それでは明日、守護神様の働きの続きを書いていきます。






世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます


 







 

  




  


2010年1月29日 (金)

無題

   

    
人を変えようと思ったら 

自分が変わることだ 

自分を変えることでしか相手は変わらない。  



   

潜在意識と顕在意識

 

  
潜在意識とは読んで字のごとく、私たちの魂に刻まれている過去世における想念、行為の記憶されたものです。

そして顕在意識とは、今起こっていることに対して感じたり思ったりすることです。

私たちが無意識のときに出て来る、その割合いは、潜在意識が95%、顕在意識が5%なんだそうです。

これはどういうことかといいますと、心の中ではこんなことを思っちゃいけないということが次々に浮かんでくることがあります。

思いたくない憎悪の気持ちや気が弱い自分、怖がりで自信が無い自分、嫉妬深かったり、ついつい人の悪口を言ってしまう自分・・・・・・

なんでこんなことを想ってしまうのだろう?

言うつもりはないのについ言ってしまうのだ

こんなことっていくらでもあります。

そして自己嫌悪に陥るのです。

それは今の自分が想っていることではなく95%は潜在意識がそう想っているからなのです。

過去における習慣なのです。

過去世において(今生も含めて)

「お前はバカだ、どうしようもない奴だ!」

という言葉を浴びせられて来た人は、今いくら

「あなたは素晴らしい、あなたは神様のような人です」

と言われても後の95%が

「とんでもない自分はそんな大それた人物ではありません」

と否定して、すぐに元に戻ってしまうのです。

面白い実験があります。

両手を前に出して肩の高さまで上げて

「あなたは山田花子さんですね?」 と質問したとします。

そしてあなたは

「はい」 

と答えます。

しかし、あなたの本当の名前は違うのです。

そして相手の人があなたの上げた手に重力をかけるといくらあなたが抵抗しようとしても両手には力が入らなくてすぐに下に降りてしまうのです。

その後であなたの本当の名前を言われて同じように

「はい」 と答える、そして同じように両手に負荷をかけるとその手は力強くその位置を保っているのです。

あなたの名前は生まれてからずっと植えつけられて来ているので潜在意識にインプットされているのです。

しかし違う名前には潜在意識が反応しない、顕在意識がいくら頑張ってみても潜在意識にはかなわないのです。

ここまで書いてみると自分の運命なんて95%決まっているんだから自分の努力ではどうしようもないんだとマイナスが勝ってしまいます。


でも意識は変えられるのです。わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)


そうでないと人間はなんのために生まれて来たのかわからないのです。

では、どうしたらいいか?

それは潜在意識を素晴らしいプラスの光明なものに入れ替えるのです。

これが本当の意識改革ですよね。

どうすればいいか?

それは昔の聖者、賢者が言っていた通りにすればいいのです。(それに今の状況に合ったメソッドを取り入れる)

お釈迦様は 空 になれ!とおっしゃいました。

空とは肉体意識を超えるということです。

潜在意識とは肉体と幽体に蓄積されているのです。


肉体意識を超えて幽界を超えて、霊界を超えて神界まで意識を高めるのです。

すると宇宙意識になります。

肉体意識とは感情意識とも言います。

つまり感情を超えるのです。

人間は感情を超えないと絶対に幸せにはならないのです。


長くなりますので

このつづきは明日また書きます。ペン







 
追伸

今書いたことが分かりやすく書いてある素晴らしい本があります。

今までの科学は遺伝(DNA)が人生を決めると述べてきました、でもそれは間違いであって、思考が信念が思いが環境が自分を世界を変えるという新しい説が生まれたのです。

この本によって心がすべてを決定するということが科学的に証明され浸透されると思います。

目にみえないものは信じられないという考えが無くなるのです。

精神文明の幕開けですね。



   思考のすごい力  ブルース・リプトン  PHP




  

神と人間 (夢は何故見るか?)

  
  
守護霊を信じ、守護神を想い、神に感謝しなければ、いくら因縁の転回や、心の法則を知ったところで、人間は永久に救われない。
 

こちらが知っていても知らなくとも、守護霊はただ、黙って人間を見守ってくれる。
 

夢などはその顕著なるものである。
 

夢は何故見るか、この問題は世界の学者が種々と研究をつづけているのだが、いまだに、はっきりとわかっていない。
 

夢とは人間の業因縁の消滅する姿である、と私はいう。
 

想念は必ず現われる。
 

この法則は動かしがたい法則である。この法則のままに、想うことがそのままこの肉体に現われたら、この人生は、もっともっと以前に滅びていたに違いない。
 

何故ならば、肉体の人間の心を奥底まで解剖すれば、愛は情に流れて執着となり、恨みは恨みを重ね、悲しみは悲しみを追い、闘争心は常に戦火を絶やさず、情欲の業火は至る所に燃え広がり、殺傷事件は眼に触れるあらゆる個所に展開されていることは明らかである。
 

この業念の感情を、肉体脳髄の念の休止している間に、巧みに夢として肉体世界と離して、画き出してしまうのが守護霊の偉大なる一つの仕事なのである。
 

現われれば消えるのが想念の性格であるので、夢として画き出されてしまえば、その想念は消えてしまう。
 

肉体世界に現われた場合は、その現われが、また頭脳にキャッチされて、再び同じ想念を幽体に記録してしまうが(それでも現われれば幾分ずつか、消えてゆくのである。)夢の場合はその想念(おもい)が巧みに劇画化されていて、いったいなんの想念であるか判然としないので、夢から醒めた後で、いくら肉体頭脳で思ってみても、その夢に現われた想念(おもい)は再び幽体に記録されることはない。

 

その想念は夢によって一度断ち切られるので、業因縁がそれだけ消えたことになる。
 

たまたまはっきり憶えている夢もあるが、守護霊が予知的に、その人に示す夢(霊夢)以外は、その夢の画が、やはり、その想念の内容を察知できぬように描いてあって、判然としない。


フロイトという精神分析学者は、この夢をすべて性欲(リビドー)の現われと解釈していて、夢に現われる物質、風景、氏名等によって、それぞれの内容を解剖しているが、私の述べていることとはまるで異なる解釈で、人間の救いには、あまり役立たぬものと思う。
 

判然としない夢は、そのまま判然とさせる必要はないので、ただ、簡単に、自分の業想念が肉体の悪い運命となって現われるのを、守護霊がその夢と現わして消して下さったのだ、と感謝すればよいのである。

 
このことを知ることは大きな救いになると思う。
 

この守護霊の働きは真に感謝しなければならぬものである。
 

守護霊は霊界、幽界、肉体界と三界を通して働ける者なので、幽界(潜在意識の世界)において、できつつ運命、あるいはすでにできあがって、時間の経過につれて自然に肉体界(現界)の運命として現われようとする悪想念の結果(因果)を、あらゆる手段をもって、その運命として現われぬように修正してゆく。
 

この守護霊の働きを、知っている人は、感じている人は実に少なくて、肉体人間の大半が、この蔭の働きを知らないのである。
 

守護霊はその肉体人間が、守護霊の守護の力を知ろうと知るまいと、それは問わず、ただひたすら、運命の修正に全力を挙げているのである。
 

いわゆる菩薩行なのである。



 


どういう風に守護霊が運命を修正してゆくかは明日続きを書きます。ペン わーい(嬉しい顔)




      『神と人間』 より   五井昌久  白光出版









  



29日の指針

  
  
心がはげしく動揺することは暴飲暴食するより体を痛める 


   
  
                           五井昌久   

 

           

2010年1月28日 (木)

アインシュタインは何を目指していたか?

  
    
以前に書いた日記より

 
アインシュタインは相対性理論が有名ですが、私には難しいことはよく判りません。

ただ、ある書物で宇宙観を述べた文章が私の心を打ちました。

ご紹介します。






「人間は宇宙と呼ばれる全体を構成する一部であるが時間と空間の枠に閉じ込められているために独立した自分が考えたり感じたりするものと理解する。

この理解は想念に生じた一種の幻像であって、我々の意識に対して牢獄のような作用をし、我々を自分の欲していることにのみに気を配ったり、身近の人々のみ愛情をそそぐようにしてしまう。
 
我々の使命は自分の意識をこの牢獄から解放し、すべての生物やすべての自然をあるがままの美しさで抱擁するまで自分の愛念の及ぶ範囲を拡げることである。

これは非常に難しい仕事で誰にも成就できないがその努力は自分を解放する道を歩むことであり、心の落ち着きをつちかうことである。」







 

私たちは自分と他人は別々に存在していていると信じて、対立したり、争ったりしていますが、本当は空が一つであるように意識(こころ)もつながっていて一つなんですね。
 
 
私たちが何かに感動する時、こころが一つになって目にみえない宇宙のエネルギーが動きだす。
 
 
私たちが忘れて眠ってしまっていた遺伝子が目覚めて喜んでいるのです。
 

これから地球は分離の時代から融合の時代へと変化していきます。

 
宇宙はこの分離と融合の繰り返しで進化していくのだそうです。

 
一つになる時代がもうすぐやって来ます (2012年)


アセンション(次元上昇)とは心の融合(愛)をいうのです。




  


日々の指針

  
  
1.本来、言葉は神聖なるものそれのみであった。


1.神聖なる言葉には、神霊が宿っており、神霊が宿っているからこそ、その言葉は成就されるのである。

1.知識を限りなく収集する人の頭の中は葛藤だらけである。故に、また知識を収集してゆくのである。

1.人類は膨大なる知識の犠牲者である。

1.知識はひけらかすのではなく、自らの内に包み込んでこそ価値がある。

1.叡智こそ人生の灯台である。


1.何事にも疑い深い人は、幸せのほうから近づいてきても逃してしまう。





             西園寺昌美







 
感想


知識を競っているテレビの番組をみていると、その人の品格とか心の糧になるとかはほとんど関係ないように思います。

それどころかかえって、知識があることが 偉い!と周りから言われるために自分を過大評価してしまい知識がないとダメなんだと思い込んでしまう。

そして知識の無い人を見下してしまう。

驕りが出てしまうのですね。

そしてその知識も間違ったものが多く人間の勝手な解釈や都合で作られたものだから真実でないものが多い。

直観よりも知識を信じてしまったから人間の不幸が始まったのだと思うのです。

それは宇宙の法則から外れてしまうのです。

外れてもそれに気付かない。

気づきたくないのかもしれない。

知識に固執してしまうと危険だと思うのです。

最後の指針のように疑い深くなってしまう、それは直観が信じられないようになるからです。

直観(守護霊、守護神)が

「違う!」

と言っていても

自分の知識では大丈夫だと判断するとそちらの方に従ってしまうのです。

守護霊、守護神が幸せになるようにメッセージを送っているのに人から(外から)得た知識が正しいと思ってしまうのです。

知識を身につけてブクブクに太ってしまったのですね。

スリムになるためにはいらない知識を削ぎ取ってスッキリして神(本心)とつながることが大切です。

いらない知識は捨てるのです。

今こそ、本心(自分のなかの神)とつながるときなのです。


 

  
 

 

2010年1月27日 (水)

収支のバランスが大切です。

  
    
個人においても国においても収支のバランスが大切だと思うのです。

国がリーマンショックの影響を受けようが知人がリストラに遭おうが自分がそれに惑わされることなく

入ってきたお金や物をしっかり管理して無駄なところに使わず必要なことに使ってそれをコントロールする。

お金の勘定とは自分の心の感情と同意語なのです。

まったく同じものなのです。

自分の気持ちをコントロール出来る人はどんな状況になっても困ることはないのです。

これからは、益々お金の管理が大切になってきます。

経済って難しいものではない

自分も国も自立することだと思うのです。 (精神的にも経済的にも)

これからの時代にピッタリのお薦めの本があります。

今から200年ほど前、日本がまだ藩であった頃

藩の財政危機を救った人物がいました。

みなさんは二宮尊徳ってご存知ですか?

自分の極貧生活を乗り越えて、その体験を生かして人々に節制を教えたり、お金を通して義や信、善、美を説いた人です。

今の世の中にこんな人がいたらどんなに国は豊か(精神的なことを含めて)になるだろうと思います。

私は息子に薦めました。

へたな経済書を読むよりよっぽど面白いし為になります。

是非、読んでみてください。目本電球

 




 二宮金次郎の一生  三戸岡 道夫  栄光出版社



  


  
  

今年の指針

 
   
日々の指針とは日めくりになっていて毎月一回は見ることになるのですが今年の指針は年頭に戴くありがたいお言葉です。

日々の指針は今日一日でクリア出来ること、今年の指針は毎日一回は必ず意識して一年でやり遂げること

それだけ大きな、大切な課題だと思います。

おみくじ式になっていてたくさんの指針の中から引くのですが、なぜが今の私の心境にピッタリだったりとか、そのときにはピンとこなかったのですが少し時間が経つと

「なるほど!」

と納得するのです。

私個人の指針ですが、縁のあるみなさんにも共通しているのでは?

と思い掲載します。



 
 

1. 己の発した言葉に最後まで

  責任を持て、責任を持てぬと

  思ったら その言葉は吐くな

 


1. 一日一度は心を鎮め

  神を瞑想する時間を

  持つことが必要である




   



日々の指針

 
  
名前を出そう出そうとあせるな

人につくすことだけを考え行動していると

周囲が自然に押し上げてくれる



  


      五井昌久



    

神と人間 3

    
  
神と人間の本から抜粋することを始めてから間隔が開いてしまいましたがまた書いていこうと思います。

何事も基本が大切なのですが学校とかでは学問の基本は教えているけど生きて行くための智慧や人間というものの基礎は誰も教えてくれないですよね。

それが私にとって、不思議なことの一つなのです。

 
自分や人間はどこから来たのか?

宇宙人はいるのか?

死んだらどこに行くのか?

大切なことなのに何んにも教えてくれないし、もし聞こうものなら

お母さんが

「そんなこと考えなくていいの!」

と一言ですましてしまう。

大人になればなる程、わからないことが多くなって不安になってくる。

子どものままでいたいのは生きていることが面白くなくなるからですよね。

先のことがわからないことほどつまらないことはない。

それは未来を予想するということではないのです、これから起こることが素晴らしいことだとわかっていたら安心して希望を持って生きて行けるということです。

そんな文章が書いていけたら嬉しいです。わーい(嬉しい顔)

神と人間の本はそんな内容のことが書いてあるのです。ペン本



 
 


本文から


その場、その時々の喜怒哀楽、渦をつかんでいったい何になろう。それが、こよなき歓喜のように見えたとしても、渦は、はかなく消えてゆくものである。

形あるもの、それは形なきものの影である。形あるものが、形あるそのままで見えるようでは、その人は救われない。

形あるものの形のみを変えて、社会改革を実現したとしても人類は救われない。

形、型、組織、制度、と形の世界、物の世界のみに固着した眼をもった思想は人類を滅ぼしこそすれ、救うことにはなり得ない。

人間とは肉体だけではないのである。神、すなわち宇宙に遍満せる生命が、その創造せんとする力が、個々の人格に分けられたもので、しかも横においてつながり合い、協力し合って、その与えられた力を、縦横に、自由無礙 (じゆうむげ)に発揮し、形ある世界に、完全なる神の姿を画き出そうとしている者である。


神とは宇宙に遍満する生命の原理、創造の原理であり、人間とは神の生命を形ある世界に活動せしめんとする神の子なのである。

このような、神と人間との関係を知り得たならば、この現象世界のいかなる変動の中にあっても、動揺せぬ生き方ができるようになるのである。

                 つづく




     『神と人間』  五井昌久 白光出版




  

2010年1月26日 (火)

グループをうまくやっていくためのコツ

  
  
以前の日記にも同じような内容のことを書いたのですが、また書いてみます。

人と人とが複数集まるグループでは、うまくやっていくのは結構難しいところがあるようです。

漫才のコンビが仲が悪かったり、最近では東方神起の男性グループが人気絶頂なのに解散するとか言われています。(よく知っているでしょわーい(嬉しい顔)

男性のグループもそうなんだろうけど女性のグループはもっと難しそうです。

なぜなら女性は男性に比べてやはり感情的になりやすいからです。

みんなが自由になり過ぎて相手を知らない間に傷つけることがあります。

そこにはある程度のルールが必要だと思うのです。

以前観たテレビで元C・Cガールズの青田典子さんが新しく出来た女性だけのグループにうまくやっていくためのアドバイスをしていました。




1.手を抜かない

2.男の話をしない

3.目立とうとしない

4.失恋の話をしない

 


この4つを守ることが出来たならもめることはないそうです。

女性のグループの場合はそうなんでしょうけどグループの形が変わるとこの内容は少し変わってくると思います。

でもどれも結局は相手への思い遣りですよね。

私は毎月のように高校の同期会の飲み会をしています。

アルコールも入るのですが、まったくもめ事など起こらないのです。

それは暗黙の了解で自然とルールが出来ているのかもしれません。


だから長く続いているしいつも楽しいのです。


自然に出来たルールがあるとしたらこんなことなのかな?


と思います。


1.プライベートなことは深く聞かない

2.感情的にならない

3.人の話を聞く

4.自己主張しない




グループのリーダーの人、人を指導する人は最低のルールを決めた上で後は何をしてもいいよという自由を与える

そんなやり方って試してみてはどうでしょうか?



  

2010年1月25日 (月)

マイナスはない

  
  
今、あなたの目の前で起こっていることが、あなたにとってどれだけ見たくないものであっても、そして消してしまいたいことであっても、そこから逃げたり、その先の未来を想像して落ち込んではいけない!

逃げれば同じことが何度も繰り返し現われて来るし、想像すればその通りになってしまう。

今、現われていることは幻なのです、影絵なのです、今現在起こっていることではないのです。

過去世で自分をしたことを相手の人や周りが代わりに見せてくれているのです。


過去の自分の想念行為が現われて消えてゆこうとしているのです。

だから

「ああ、悪いものが消えてゆくんだなぁ~、消えてしまえばきっと善いことが起こるのだなぁ」

と思って悪いこと、都合の善くないことをつかまえるのではなく、感謝に代えるのです。

マイナスをつかむのとプラスをつかむのでは結果が正反対になるのです。

悪いものが消えてゆくというのは

例えば昨日(過去において)、腐ったバナナを食べたとします。

身体の中に入った毒素はそのままでは身体を痛めつけてしまうために身体に溜めずに外に出ようとします。

腐ったものは悪い菌を持っているので中で身体の細胞が戦います。

そのときに腹痛や下痢が伴います、熱が出ることもあります。

でもこれは身体が毒素と戦っているのであり、下痢によって悪い物が出て行っているのです。

その出て来たものや痛みをつかまえて

ああだこうだと言っているのです。

悪い物が出てしまえば後はスッキリして善くなるだけです。

嘔吐したものや下痢で出て来たものは身体が戦ってくれた証(あかし)なのです。

それらのものが出なければ身体に毒素が溜まって死んでしまっているかもしれません。

それと同じなのです。

目の前に起こっていることを感謝で見守ることができると後は消えてゆくだけなので二度と現われることはありません。(つかんでないので消えるのです)


もうあなたにはその課題はクリア出来たのです。

そしてもし同じことが現われたとしてもあなたはプラスに受取るので悪いものが悪いものでなくなっているのです。

元々、悪いものなんてないのです。

自分が勝手に悪いもの、都合の悪いものと決めつけているだけなのです。


余計なことを考えずにどんなことも気にせずに祈りの中に入れて行ってください。わーい(嬉しい顔)

祈りは溶鉱炉みたいなものです、どんなことも溶かして光に変えてくれるのです。

マイナスもプラスも全部祈りの中に入れてしまいましょう。


神様が味方してくれて応援してくれて、きっと素晴らしい未来がやって来ます。

神様は愛だから人間を幸せにしようとされているのです。

祈っていれば

「幸せにするよ」

とおっしゃっておられるのです。
 




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます





  
 

2010年1月24日 (日)

今朝の日経新聞朝刊に

  
   
今朝の日経新聞朝刊21頁に無限なる幸せを体得する方法の広告が出ています。わーい(嬉しい顔)

その他の本もそれぞれに役割り意味があります、みなさんの興味のあるのはどの本ですか?

于先生は、これらの本は一冊一冊が宇宙天使の分身だとおっしゃっていました。

持っているだけで凄い光が与えられるのです。(お守りのような存在になります)ぴかぴか(新しい) 手(チョキ)

 




~無限なる幸せの波動とは何か~
 宇宙神からのメッセージ
 大天使からのメッセージ
あなたはどんな時に幸せを感じますか


于寿明(ウ トシアキ)

無限なる幸せを体得する方法
調和波動気功法Ⅳ 定価2100円
 

無限なる癒し
調和波動法Ⅱ
メソッド&メッセージ 定価2625円
 

無限次元への誘い
調和波動法Ⅲ
ピラミッドの秘密 定価 2625円
 

各巻とも調和波動気功法をまとめた実践CD・DVD付き





     


2010年1月23日 (土)

2012年にお金が無くなる

 
   
アセンション(次元上昇)するとはお金が無くなることを意味します。

それも2012年、後3年弱ですよね。

どういう形で無くなっていくのか?

経済が破たんするから?

お金に何の価値も無くなるから?

インフレは来るのか?

デフレのまま終焉を迎えるのか?

仕事は無くなるのか?

もっと私自身が経済と真理の勉強をしていかないとこういうプロセスを経て無くなるとは今はハッキリとは言えません。


でもゴールはやっぱり無くなるのです。

それは地球より進化した星には、お金というものが存在しないからです。


どうなるのかなぁと思っていたときある本を読んで気づいたことがあります。

人が者を欲しがらなくなるということです。

物質が無くても生きて行けるようになる。

必要なものは人と人同士で解決出来る。

物々交換の時代がやって来るのだそうです。

お金が無くても持っている人が持ってない人に分け与えてあげればほとんどのことは解決する。

そして与えられた人は自分が与えられるものを人に与えるようになる。

食べ物以外で人間にとってどうしてもいるものなんてあるでしょうか?

ほとんどはお金を得るために作ったものばかりです。

人間にとって必要なものは実はもうとっくに与えられていたのです。

そんなことを気づかせてくれる文章を見つけました。

『幸せになる生き方』 という本の一節です。


 


 
広告にはご用心


テレビ、新聞、雑誌などのメディアは、広告収入で成り立っています。

なかには、広告文句に嘘偽りのない、本当に買う価値のある役に立つ商品もありますが、買うのはお金と時間の無駄という商品もたくさんあります。

広告の品に心を動かされる前に、まず、自分に必要なもの、自分がほしいもの、自分にとって役に立つものが何なのか考えましょう。

宣伝に使われるキャッチコピーの多くは、見る人に「このままではいけない」と思わせる脅し文句です。

フェイスリフトやリンクルケアをしないと、まちがいなく悲惨な老け顔になってしまう気がしてきます。

わたし自身も、広告に洗脳されていったいどれだけお金を無駄にしてきたことか。

それを考えると、気が遠くなります。

化粧品業界は、世間というものをよく知っています。

世の中では、女性はいつまでも若く、しわひとつないのがよいとされているのです。どの商品も高価ですが、皮膚科の専門医に聞けば、何もつけないほうがよいとアドバイスするでしょう。

今や、莫大な情報があふれています。どこを見ても、宣伝文句が目に飛び込んできます。広告を見る限り、どの商品もとても魅力的で、効果絶大で、時間が節約でき、なくてはならない商品のように思えます。

でも、お金を払うのは誰でしょう?本当に出費に見合う価値があるのでしょうか?

その商品はあなたの人生の価値を高めてくれるでしょうか?

自分にとってよいものだと、心の底から信じられますか?

車もない、立派な家もない、高価な腕時計もないなどと、何かを持っていないことを嘆かずに、元気を出しましょう。

偉大なるダライ・ラマは、余計な付属物を捨てる生き方を教えてくれます。

わたしたちは人間であり、それだけでわたしたちは尊厳があるのです。

人は常に欲望をもち、欲望はどこまでいっても満たされることがありません。

しかし人間は、自分にとってためにならないことに対する欲求を抑えることができます。

オーストラリアのアボリジニのことわざに

「知れば知るほど、欲しがらなくなる」 という示唆に富んだ言葉があります。

ありのままのあなたでいられるような時を過ごしましょう。

これ以上お金や手間のかかる物は、要らないのです。







それだけですむものを、どれだけたくさん抱えていることか。


                   ソクラテス
 



足ることを知る者は富めり。     老子




情報において大切なことはその量ではなく

それに振り回されないことである


                西園寺昌美




『幸せになる生き方』 アレクサンドラ・ストッダード著




  



神と人間 2

  
  
人間とはいったい、いかなる者であろうか。
 

この問にたいして、はっきりかくかくの者であると答え得る人ははなはだ稀なのではあるまいか。

 
一見なんとなく考えすごしてしまうこの問が、人間世界の幸福を創りだす最も根底になる問題であり、最もむずかしい答なのである。
 

人間とはいかなる者か、我とはいったい何か、これがわかった時、その人は永遠に救われ、多くの人間がこの問に答え得る時、人類は救われ、地上天国の実現が見られるものである。
 

今迄に幾多の哲人、宗教家がこの問題に立ち向かい、あるいは百パーセントその問題を解明し得て覚者となり、あるいは半ば知り得て学者となり、あるいはみずからの肉体生命を断ち、あるいは唯物思想家、唯物行動家となって、世界をますます混乱せしめた。

 
かくて人間の本性を知り得た人が時代別にすると僅少であったため、現在にいたるまで人類は混迷をつづけてきたのである。


私はここで、ひとまず、私の信ずる、救われに入る人間観を、簡単に述べて、しだいに本題に入ってゆきたい。
 

人間は肉体のみにあらず、肉体のうちに、生命となって活動している何かがある、と認識して、そうした方向に生きている人。
それは天国への階段を一歩踏み出した人である。



人間は霊が主であり、肉体が従である、という思いに入った人。
これは同じ階段を二歩、三歩昇った人びとである。
人間は神によって創られた者であって、あくまで神のしもべである、と、ことごとに神の審判を恐れつつ、しかし行いを謹んで神にすがっている人々、この人々は、真の人間観からいまだ遠いが、他人を傷つけぬ場合は、天国の階段を昇り得る。
 

人間は神によって創られた被造者であるが、神は愛であるから、愛の行いを積極的にしていれば、決して自己に不幸はこないのである、と確信している人。この人も天国の階段を昇っている。
 

神のことも、霊のことも、特別に考えぬが、ただ、ひたすら、素直な明るい気持ちで、愛他行ができ、しかも、神仏の存在を信じ、あわせて、この地上世界が必ず善くなることを信じて生活している人、この人は天国の住者である。
 

人間は霊であり、肉体はその一つの現れであって、人間そのものではない、人間とは神の生命の法則を、自由に操って、この現象の世界に、形の上の創造を成し遂げてゆくものである、と識って、それを実行している人。この人は覚者であって、自由自在心である。即ち、個の肉体を持ちながら、みずからが、霊そのものであることを自覚し、その霊とは神そのものの生命であることを識り、神我一体観、自他一体観を行動として表現してゆく人、例えば、仏陀、キリストの如き人々である。



                     つづく



        

            『神と人間』 五井昌久


 





 
感想


自分は何者であるのか?

自分と他人、そして神とはどんな関係であるのか? 

肉体が自分であり、死んだら終わりだと思っているのか?

肉体が無くなっても生命は生き続けるような気がするのか?

自分は何の為に今、生きているのか?

自分の今の心境がどの辺にあるのか?

どこまで何がわかっているのか?

を確かめてみるのも大切なことだと思います。



  


  
 

2010年1月22日 (金)

『神と人間』 プロローグ

  
   

 

真実、真理を伝えていく上で大切なことは、絶対に諦めないで伝え続けることだと思っています。

毎日少しずつでも真理を書いていけばある日、ある時に臨界点を迎えてパッーと電光石火のように目覚めるようになる、それを信じてこれからも書き続けて行きます。

さて、人間とは何か?がわかることが自分が生まれてきた最大の目的なのですが、それをわかりやすく(しかし奥が深くて難しいのかもしれません)書かれている本があるのです。

そのものズバリ『神と人間』というタイトルです。

私は人間とは神そのものであると常々云っているのですが、その本に書いてあることを毎日少しずつ抜粋して書いていこうと思います。

毎日読んでいる内に いつの間にか人生の達人になっている 真理がわかるようになっていた そうなれば素晴らしいですね。
わーい(嬉しい顔)





神と人間


昔の私がそうであったように、世界の人びとの大半が、人間とは肉体そのものであり、精神とは肉体の中に存在する、ある機能の働きである、と思っている。

人間とは五十年、六十年、この社会に生存していて、後は灰になり無になってしまうものと思っている。

死んでしまえばそれまでのもの、と思いこんでいる。

はたして人間は肉体の滅亡をもって、最後の終止符になるであろうか。

私は即座に、否(いな)と答える。

なんとなく偶然にこの世に生まれ出て、食べたり飲んだりして肉体を維持し、ただなんとなく、社会生活を営んで、妻をめとり、夫に嫁し、子を生み育て、そして死んでゆく。

人類の大半はこのような生活を繰り返して、今日にいたっているのであるが、それでは済まない。何か漠然とした不安の想いが、その大小にかかわらず、人々の胸の中に去来しているのではなかろうか。

このような生き方ではあまりにも無意義であり、無目的でありすぎる。

このような生き方の他に、何かある。何があるかわからない。

わからないが、またわかろうと積極的に思わない。こうした想いが一般人の心であって、その中の少数の人たちが、そのままで済まされずに、社会改革に乗り出し、思想活動に加わり、また一方の小数人は自分自身の心の内面に立ち入って、深く突きつめ、神を知り、霊を知るにいたる。

ともに現況における心の苦しみを突き破ろうとしての動きなのである。



          『神と人間』 五井昌久 より




  




 
   

自分が無いことが素晴らしいのです。

   
  
先日、う先生のレッスンで近日中に発売される本についておっしゃっておられました。

その本のタイトルは、“無限なる勇気 ”です。

その本の中にハーモニーの人たち(う先生の弟子で調和波動気功の仲間のこと)が書いた「勇気」についての文章(エピソード)が素晴らしい!と絶賛されておられました。

「何が素晴らしいかというとみなさん自分が無いのです、自分が無いこと程、素晴らしいことはないのです」とおっしゃっておられたのです。
 

普通は自分が無いというとバカにされますよね。

「もっと自分を出せ、主張しろ!」

って

でもみなさん、ほんとにそうでしょうか?

自分が自分がと言って自分のことを必死でアピールしたり自慢したり、前に前に出ようとしている人と一緒に居て気持ちいいでしょうか?

私は苦しくてしかたがなくなります。
 

息が詰まりそうになります。
 

頼むから落ち着いてくれ!控えめにしてくださいと言いたくなるのです。
 

自分を出そうとしている人とは人類の欲望を引きつけて何かを得ようとしているのです。

お金かもしれない、名声かもしれない、認めてもらいたいという満足感かもしれません。

でもその欲望とはきりがないのです。
 

満足し終えることがないのです。
 

そしてその人の発しているエネルギーは周り人を不快にさせるのです。
 

エネルギーが汚れているからです。
 

どういうことかと言いますとそのエネルギーは宇宙と繋がってはいないのです。
 

横ばかりを見て人のものを欲しがったりして限られたもの(有限)を奪い取ろうとする。
 

横取りですよね。
 

一方、天と繋がるとは本心、宇宙、神と繋がることを意味します。
 

そこと繋がると宇宙からの無限のエネルギーが縦に↓入って来るのです。
 

私たちの肉体の器に入って来るのです。
 

そしてそのエネルギーを身体の中心である下丹田(へそ下3.5センチ)のところから後ろへ引いて奥へ奥へと入って行くのです。
 

前に出すのではなく奥深く入って行くのです。
 

そこには自分の本心があるからです。
 

本心=神は天と下丹田(かたんでん)の奥と2つにあるのです。


外と内にあるのですね。(神様は内と外から守ってくださっています)
 

ここまでを矢印で説明にしますと
 

↓縦のエネルギーが入って来る。
 

下丹田で受けて後ろに入って行く→すると奥の本心(神)と一体となる
 

一体となったエネルギーはそこから前に出て行くのです。←
 

そこで初めてバランスのとれた十字が出来上がるのです。
 

王様の王とは天と地をこの十字が支えることをいうのです。
 

天と地は漢字の一と書きます。
 

つまり天と地をバランスの取れた人間が貫いているのです。
 

十字になるためには自分が出てはいけないのです。
 

自分があっては十字にならないのです。
 

自分がするのではないのです。
 

自分の中にある神様が前に出て行くのです。
 

謙虚になって自分を滅して行くのです。
 

勇気とは気が勇むと書きます。
 

気とは神様のことですよね。
 

神様が働いた時が勇気が出たときなのです。
 

神様と繋がったとき素晴らしい力が自然に湧いて来るのです。
 

ハーモニーの人たちは魂が古いので勇気のある行動が自然と出来ているのです。
 

自分で勇気を出そうとか思ってもみないのです。
 

そこには一切の計算がない。
 

そこにう先生は感動されたのだと思います。
 

その感動は本になってみなさんが読まれるようになって地球上に拡がって行きます。
 

そして人類の意識が変わっていく
 

それがアセンション(次元上昇)です。
 

みなさん、本の発売を楽しみにしていてくださいね。




世界人類が平和でありますように
 


無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和

無限なる勇気



  




 


  

カフェでの出来事

  
  
印象に残った文章があったので引用してみます。

私たちは常に神経質に(わたしだけかもしれませんが)周りを見ています、電車に乗ったときのことを例に取ると、騒いでいる子どもやマナー悪く携帯で大声でしゃべる常識のない人に眉をひそめ、ベタベタとくっついているカップルを見て人前でいちゃいちゃするなと思い、化粧をしている若い女性をみたらそんなことしなくていいのにと思い車内に掲載されている広告の内容に興味を持ったりそれこそ意識はあっちへ行ったりこっちへ行ったりです。

そして目に入ってきた出来事にいちいち感情的になっているのです。

そんな自分がいやになって車両を変えてみたり、目をつむって見ないようにしています。

でもいつも思っているのです、目に入るもの、聴こえてくるものに一切まどわされることなく不動心でいられたらどんなに楽だろう?って





 
カフェでの出来事

                    

                                  西園寺由香
 


先日、ある駅前のカフェで本を読んでいました。いつもなら、隣に誰が座ろうと話をしていようと全く気にならず、むしろガヤガヤした中で時分の世界に入ってしまうのですが、その日はなぜか周りの人の会話が耳に入ってくるのです。

私は本を読むのをやめて、そのカフェにいる人たちを見回してみました。

隣に座っている女性二人はどうやら同じ職場で働いていて、新しく入った店長の噂話をしていました。反対側の隣では幼稚園児と母親が注文をしていました。

「ママ、オレンジジュース!!」と、その女の子は何度も何度も母親にせがんでいました。

もっと先に目をやると、付き合いはじめたカップルのような二人がお互いに憎まれ口をたたき合いながら微笑んでいました。

また、一人で来ているご年配、疲れて寝込んでしまっているサラリーマンまで、自分が普段何気なく座って過ごしている空間に存在する多様性を改めて感じずにはいられませんでした。

どこにでもある駅前のカフェの中は、さまざまな人間模様で溢れていたのです。

そのカフェで、私は一瞬自分を通さずに周りを見ることが出来たように思いました。

普段だったら、隣でひたすら店長の悪口を言いつづける女性に対して嫌な気持ちを抱いたでしょうし、憎まれ口ばかりたたく男の子に対して、彼はなぜそういうふうに言うのだろうと考えたり、寝ているサラリーマン大丈夫かなと思ったりするでしょう。

一人一人からはさまざまなエネルギーが常に発せられ、それらのエネルギーに少なからず私も影響されて、それに応じた新たなエネルギーがまた生まれます。

すべてがつながり合っているのです。

しかも自分自身を通して見ると、他のさまざまなエネルギーにいろいろな意味で影響されていると思います。

しかし、自分を通さずに他を見た時に何が起こるかというと、周りからの影響を受けないということでした。

すると理屈も説明もないけれども、すべてがいとおしく感じられてきたのです。

そこにいる一人一人が人を批判していようが、憎まれ口をたたいていようが、駄々をこねていようが関係なく、すべてがいとおしく思えたのです。

自分でも不思議な気分でしたが、私自身が他を批判することもなく、人からも影響されることもなく、純粋に今という瞬間と、周りにいる人々をいとおしんでいました。

自分という目を通すか通さないかで、こんなにも周りが違って見えることに気づいた私は、今まで無意識に人を批判していたことを実感しました。

カフェの何気ない風景が、そんなことを私に教えてくれた一日でした。






 

 感想


どんな人であっても批判することなくその人のことをいとおしく思えたならどんなに素晴らしいだろうと思います。

この文章を読んで私は西園寺由香さんの人間性が素晴らしいことだけでなく意識が由香さんを変えたことに気づいたのです。

人を批判していた由香さんの意識は肉体にありました。

肉体の頭には色んな人の想いが容赦なく入って来ているのです。

マイナス想念、人類の集合意識、ほとんどの人は他人を批判しているのでそこに波長が合ってしまうとどれだけ綺麗な心を持った人でも他人の想念エネルギーを受けてしまうのです。

「なんで私はこんなことを想ってしまうのだろう?」

ですよね。

これが私たちを苦しめます。

善い人であればあるほど自分の想ったことに苦しめられるのです。

想うというのは相手心と書きますよね、だから自分の本心から出た考えではないのです。

でもそんなことは自分で区別出来ないのです。

そこで由香さんはある瞬間に自分を通さずに、つまり頭を使わずに自分というフィルターを通さずに周りを見ることが出来たのです。

これが 空 宇宙と繋がったということなのです。

宇宙とは神につながったということなんです。

神は無条件の愛なのです。

どんなものも愛する包容力と慈愛で私たちを見守ってくださっています。

そこと波長が合ったのですね ぴかぴか(新しい)

だから由香さんは神と一体となった神そのものになった・・・・・・。


か~ぁ

み~ぃ


だから由香さんの心境が神意識になったのです。

肉体意識から宇宙意識になったのです。

こんな心境にどうしたらなれるのか?

一瞬だけでなくずっと神のように愛の人でいたい

それには神と繋がるしかないのです。

神と繋がればいいのです。

このことを統一というのです。

統一を会得することが無限なる幸せを体得する方法なのです。



無限なる幸せを体得する方法

う寿明 星湖舎





  


 

2010年1月20日 (水)

独学でするしかない

 
  
今日、新聞を読んでいたらプロのサッカー選手でも練習の仕方や試合での戦略などを自分で考えようとしないで監督やコーチに任せる人がいると書いてありました。

だから練習が終わるとサッカーから離れて違うことを考えていると・・・。

自分の仕事はサッカーを一生懸命にしてその姿を人に見てもらって感動を与えることなのに肝心なところは人まかせなのです。

今まで色んな人を見て来て、ものになっている人、大成している人ってみんな独学でやって来た人たちじゃないかと思うのです。

壁にぶつかったときに人に頼らず自分の中の潜在能力を信じてとことん追求する。

それはもう人から教わる次元ではないのです。

私はW先生に

「真理の勉強は自分でするものです」

ときっぱり言われました。

そして少しでも甘える姿勢を見せると

「自分で考えなさい、自分でしなさい」

と厳しく言われたのです。

だから大学に行って何を学ぶのだろう?

先生って教授って何を生徒に教えるのだろう?

と疑問に思います。

自分でとことん考えてどうしてもわからないことがあれば聞くというのが優等生的なやりかたかもしれませんが

教えてもらうという姿勢が少しでもあればそれは甘えだと思うのです。

誰にも頼らずあるときは頭で考えたり、心を鎮めて呼吸を整えたりしながら自分の本心(内)から答を導き出す

それしかないのに外に答を求めて出した答は、それは本当の答ではないです。

キリストのいう

「求めよさらば与えられん」

の与えられるとは人から与えられるというのではなく、自分の求めるエネルギーが答を引きつけるということだと思うのです。

もちろん人からヒントをもらったり人の発した言葉が答だったりすることはあります。

でもそれは自分が求めていた波動と相手の発した言葉という波動が合っただけなのです。

相手が答を教えてくれたのではなく、自分が出した答えなのです。

独学とは孤独な中でするものです。

心を鎮めて心を空にして、本心と向き合って自分を信じてするものだと思います。

神はそんな人(本物の人)を求めているのだと思います。




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)


我即神也




  

2010年1月19日 (火)

1月24日(日)は調和波動気功セミナーの日

 
    
すいませ~ん、日記にばかり意識がいっていて大切な気功セミナーのことを書くことが遅れてしまいました。

調和波動気功のセミナーは、たくさんの光を受け取ることが出来ます。

おそらく何生分、いや何十、何百生分の光だと思います。

お得という言い方はおかしいのですが、やっぱりお得なのです。わーい(嬉しい顔)


なんだかよくわからないけど、グッドムーンの書いてあることには興味があるのででもいいです、勇気を持って連絡ください、きっと素晴らしい一日になりますよ。手(チョキ)
 








『Moon River Star』


 

     
 

★日時 1月24日(日) 

12:00~13:30 会食

14:00~  う先生講演

★ 大成閣(中華料理)06-6271-5238(禁酒・禁煙)

★ 会費 8000円(小学生4~6年生4000円)


参加したい人はご遠慮なくグッドムーンに連絡くださいね わーい(嬉しい顔)
 

篠崎 080-1444-0018


詳しくは
 

 http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/sub1.html 




   

 



明後日は気功サロンの日

  
    
今年は出来るだけたくさんの人と真理の話が出来たらいいなぁと思っています。

今がそして未来が明るくなるような前向きなお話が出来たら楽しいし素晴らしいですよね。

みなさ~ん、お気軽にサロンに遊びに来てください。

スタッフ一同、お待ちしております。わーい(嬉しい顔)手(パー)




今年最初の気功サロンが1月21日(木)に行われます。

昨年はたくさんの読者の人がサロンへそして中にはオーラ・オーラへ、それから調和波動気功セミナーへと導かれて行かれました。

今年も調和波動、真理への入り口としてわかりやすく楽しく開催して行きますのでよろしくお願いします。

サロンではスッキリ爽やか、元気になる方法をお伝えします。




 いのち生き生き気功サロン 


 1月21日(木)PM1時半~7時まで
 2月18日(木) 同じ
 3月18日(木) 同じ

今年は第3木曜日に開催致します。


参加される人はお電話くださいね。




篠崎携帯 080-1444-0018



カリキュラムの内容  
  
 
    ① 呼吸法(気持ちを落ち着かせる為)
    ② ストレッチ(心と身体を柔軟にする)
    ③ 姿勢を正す(気を通りやすくする)
    ④ 一日七回感謝する(プラス思考)
    ⑤ 全てのものとの調和(感謝出来るようになる)
    ⑥ 身体の力を抜く(感情のコントロールが出来る)
    ⑦ 明るく朗らかに穏やかなる(パワフルになる)


この7つの中からいくつかを体験していただきます。

   
この時間帯の間のお好きな時間にお越し下さいね。

 

場所:浪速区民センター 第4会議室
大阪市浪速区稲荷2丁目4-3
電話  06-6568-2171 06-6568-2171
地下鉄千日前線桜川駅より徒歩3分
 


http://osakacommunity.jp/naniwa/index.html
 

参加費:500円

気功ってどんなものかな?と思っても、
なかなかレッスンにくるのは敷居が高い、
という方、是非気功サロンにお越し下さい
オリエンタルウインドの講師がわかりやすくご説明いたしますよ (女性3名男性2名)

  (●^o^●)


 


http://orientalwind.info/2006/12/whats_new.html


オーラ・オーラ もよろしくお願いします。


http://auraaura7.com/





  

 

自分は何者なのか?

  
     
海や空をどこで見ようと一つに繋がっているように人間の心も一つに繋がっているのです。

だから互いに影響しながら生きている。

自分がマイナスの言葉を吐くとそのマイナスのエネルギーは銀河系の果てまで行くのだそうです。

ため息一つもそうなのです。

大きな池に石を投げると確実にその波は広がって端まで行きます。

それと同じです、繋がっているからです、一つだからです。

私たちは自分が心の中で思っていることや発した言葉は、すぐに消えると思っています。

しかし想念エネルギーや言霊のエネルギーは消えずにその残像は残っているのです。

そして3次元では時間を経て返って来るのです。

長いときは前世の言葉や想念行為がこだまのように返ってくることがあります。

だから今善いことがないと思っている人は前世で自分の発したエネルギーが返って来てるのだと思ってください。

そして、今が善い境遇に恵まれている人は今の自分の想念行為が善いからそうなっているのではなく前世で積んだ徳が返って来ているのです。

ですから今の自分とは関係ないのだから落胆することもいらないし有頂天になることも違うのです。

今、善い状況の人も今現在徳を積んでおかないともう徳の効能が切れる寸前かも知れないのです。

悪い状況の人は前世の自分のやってきたことが今現われているんだ、悪いものが現われて消えてゆこうとしているんだと思ってください。

これらのことがなぜ起こるかと言いますと潜在意識の中に蓄積されたものが録音機のように再生されて出て来ているのです。

潜在意識の蓄積された世界を幽界と言います。

人間が作りだした想念の世界です。

ここを綺麗に浄化しないといくら今生で頑張ってもなかなか善くならないのです。

それは汚くて申し訳ないのですが、出て来たウンチを綺麗にしようとしても出来ないのと同じです。

出て来たものはしかたがないのです。

汚くても臭くても今はどうしようもないのです。

だから今の運命は諦めて(それでも幽界を守護霊、守護神様が消してくださっているので大難が小難になっている)

これから善い未来を創っていくのです。

人間は創造主(神)なので自分の想念を変えることでいくらでも素晴らしい未来を築いて行けるのです。

そのためには過去を振り返って今や未来を予想するのではなく

未来に素晴らしい状況を刻印するのです。

このことを果因説(かいんせつ)と言います。

原因があって結果があるのではなく、結果(未来)があって原因(現在)があるのです。

結果を善くなるとイメージしてそのイメージに従ってプロセス(道)を創って行くのです。

エネルギーはイメージしている方向に注がれて実現していくのです。

病気の人は健康な自分の姿をイメージしていくだけでいいのです。

するとイメージした通りに創られていく。

アセンションすると病気が無くなるのはこういうことなのです。

自分が何者?(創造主)かがわかったとき、人間は覚醒して真理に目覚めるのです。

みなさんは肉体人間の自分を自分だと思っています。

マイナスの想念エネルギーを受け続けている幽界のエネルギーに振り回されているダメな自分を本当の自分だと思っているのです。

そんな自分を神だなんて思えるわけがないですよね。げっそり

でも本当の自分とは、神界(天国)にいるのです。




 神界(天国、本心のあるところ)
 ↓
 霊界
 ↓
 幽界 (潜在意識の世界)
 ↓
 肉体界




すべてが整った、そして宇宙のすべてのことがわかった完璧な自分がそこに居るのです。

そこに波長を合わせ続けると完璧な自分でいられるのです。

キリストやお釈迦様はそれをした人?魂なのです。

意識がどこにあるか?だけなのです。

肉体に意識があるか?

神界に意識があるか?

だからお釈迦様は 空 になって肉体から意識を外して本心=宇宙と繋がりなさいとおっしゃったのです。

自分が頑張って神になるのではなく、元々神なのだから神界に居る自分に肉体界に降りて来てもらえばいいのです。わーい(嬉しい顔)手(チョキ)

それが統一なのです。

進化した星の人類は統一しているのです。

これが真実なのです。


未来に徳を積むには祈りしかないのです。

世界平和の祈りは宇宙と共鳴し本心と共鳴し宇宙天使たちとも共鳴するので物凄いプラスのエネルギーが降りて来ます。ぴかぴか(新しい)


最高の徳を積むことになるのです。


それは世界平和の祈りが宇宙神との約束事だからです。


この祈りを祈ることで救世の大光明が輝き、自分が救われるとともに、世界人類(宇宙を含んだ人類という意味です)の光明化、大調和に絶大なる力を発揮するのです。




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)
 
日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます







  
   

2010年1月17日 (日)

守護霊守護神に代わってあなたに語る 27

  
      
日記を書いているとこれは守護霊、守護神に代わってあなたに語るに書いていたことだなぁと思うことばかりなのです。

昨年も載せたのですが、今年改めて掲載します。

みなさん今一度、心の親である守護霊、守護神様の伝えたいことをかみしめてみてください。手(チョキ)わーい(嬉しい顔)
 






1、私は日頃あなたが思っていること、考えていることそのすべてを把握し、そしてその希望をすべて成就させるよう願っている。

決してあなた一人だけの望みではない。

あなたの望みは常に私の望みなのだ。







2、自己の希望を実現しえないで人生を終わってしまう人の何と多いことか。
 
彼らは私の存在を少しも認めようとはしなかった。
 
私はどんな時でさえも常に彼らの側にあり、彼らの望みを達成し得んが為に彼らを見守り導いてきたつもりでいる。
 
希望の成就は肉体個人一人で出来るものではない。
 
常に守護霊、守護神と共に歩んでこそ成就する路なのだ。
 
それが真実の人生の路なのだ。

   


 

3、出来うる限り明るく陽気に振るまいなさい。








4、私はあなたがいかなることをしようとも、決してあなたに罰を与えない。
 
私はただ、すべてを許すのみである。

そしてあなたのその罰を私が代わりにしょってあげているのである。
 
その代わりあなたは “消えてゆく姿で世界平和の祈り” を繰り返し繰り返し祈ればよい。

自分自身を深く信じなさい。

 


 

5、私はあなたにあえていいたい。
 
出来る限り明るい言葉や思いやり深い優しい言葉を常に、極力心がけて努力して使うようにし、光明思想の本を一日一回は読み、人の心を感動させるようなニュースを聞き、人と語り合う時には人の心を豊かに楽しませるような話題をあえて選び、明るいことのみを語るようにしてほしい。

そして暗いニュース避け、病気の話や人の不幸の話は出来るだけ口にしないことである。



 

6、羨望の心が湧くのも致しかたない。
 
嫉妬心にもだえるのもまたこれ仕方がないではないか。
 
そして人の幸福を妬み人の不幸を心ならずも喜ぶのもまた致しかたない。
 
人の心は感情によって左右されるものであるから、感情を無くさない限りこのようなことはすべて人の心の中に起こり得る現象である。
 
この世は物質肉体の世界、完全なる霊なる世界と違って不自由な束縛ある世界、よくないことだと充分にわかっていながら、正しいことではないと充分に理解していながら、神から反している行為だと充分に納得していながら、やはり現れてくるのが現実なのである。
 
おさえる必要はない、出すだけ出すがよい。

だが、出来るだけ人に迷惑がかからないように出してゆくのだ。
 
相手にまともにぶつからず、声を出して私にぶつけなさい、私にどなりなさい、私に非難をあびせかけるがよい。
 
私はあなたの心が充分にわかるだけに、あなたが愛しくて可哀相でならない。
 
私の大きな翼であなたを包んであげよう。
 
癒してあげよう。
 
心の中にある鬱憤をすべて私に吐きすてるのだ。
 
私が聞いてあげよう。
 
私が代わって祈ってあげよう。
 
あなたがあなた自身で祈れる時がくるまでは。

 偽善者 になるよりはよほどよい。






7、不調和な状態を一刻も早く自分の心の中から一掃せよ。

 



8、

あなたの内部の奥にじっとひそんで隠されている部分、秘密、嘘、葛藤、情欲・・・・それらのすべてを私は知っている。

私の前には何の隠しだても無用である。

ただ裸になることだ。

私にとっては肉体人間の弱さなどは百も承知の上だ。

だからこそ私というものが必要なのだ。

私の支えを必要とするのだ。

朝な夕なに私の名を呼びなさい。




9、

大自然の修復作用が発揮出来るよう大自然に代わって祈れ。




10、


あなたの希望を実現する場合、まだこの世の中に何の手ががりも見出せず、皆目何も無いところから全く新しい希望、この世に打ち出すそのきっかけを創造(つく)り出すのは、いうまでもないこの私である。
  
常に私の存在を忘れず私の名を呼びなさい。守護霊、守護神同士でお互いに交流し合うからである。


 

11、

人の悪を聞くために耳があるのではない。
 
人の悪を語るために口があるのではない。

人の悪しき姿を見るために目がついているのではない。

 


12、

相手を解放してあげると自己の束縛から解放される。

 


13、

すべてを見知っている私の前ですら未だ嘘、偽りでもって自分を覆いつくし、隠しだてをするつもりでいるのか。

情けない。

私はすべてを許そうと思っているのに。

私は(宇宙の法則)から絶対なる権限を与えられている。

あなたのすべてをゆるし、あなたのすべてを愛するのが私の働きである。





14、


あなたが私から離れてどこへ逃げようとも、隠れようとも、またどんな罵詈雑言(ばりぞうごん)をあびせかけようとも、それでもなお私は常にあなたの側を離れず、怪我がないよう、苦しまないよう、痛まないよう、見守りつづけているだけである。
 
私はあなたに嫌われていても、それでも尚あなたが愛(いと)しいし、愛しつづけているのである。





15、

私は肉体を持ちあわせていないので常にあなたの内部に働きかけ、内部の力を増し、調わせ、そのエネルギーを外界に現わし、そして出来るだけあなたの思うようになるよう、成就するよういたらしめているのである。

 

 

16、

私はあなたが暗く沈んでいる時、今まで以上に強い希望の光を投げかけている。
 
あなたが自分自身を傷つけ悲しみに浸っている時、すべては許されるのだという真理の光を送り、あなたに語りかけているのだ。
 
そして私の慈愛の光によって次第にあなたが真理に目覚めはじめ、その暗く果てしない入り組んだ道から脱け出してゆくあなたを見た時、私はあなた以上に天の神に感謝しているのだ。


 

17、

私は常にあなたに真理を語りつづけている。
 
あなたの心が全智全能の創造主と同じような強い力を握っているのだということを。
 
あなたは自分の心で、自分自身を幸せにも不幸せにもすることが出来るのだということを。
 
自分自身を、傷つけ暗く悲しいものだと思ったら、その通りの人生が展開されてゆくであろうということを。

そして自分自身を神の分け生命として認め、明るく大いなる希望をもってゆくならば、またその通りの人生が展開されてゆくであろうということを。
 
心はすべてのすべてである。
 
なぜならば、心は自分自身の運命の支配者であるからだ。



 

18、

私はあなたがいかなる苦悩、いかなる悲哀、いかなる絶望にあろうとも、必ずあなたを幸せにしようと心をくだいて見守りつづけているのである。

私の働きはあなたの真の幸せに導くこと以外の何ものでもない。


 


19、

 
私はあなたにお願いがある。この世は物質的肉体がすべてではなく、本来霊なる世界の写し世である、という事実を自覚してほしいのである。
 
霊的自我に目覚めたその時から、もはや何ものにもしばられぬ自由自在なる世界が、あなたの目の前に展けてくるのである。

それは無限の可能性を秘め、自分の思う通りになる世界となるのである。

 

 

20、

あなたは常に幸せを願うのだ。
 
あなたは常に神の無限なる能力を信ずるのだ。
 
あなたは常に調和を愛するのだ。
 
私はあなたのその望みにむかって全精力を傾けて、その実現のためにわがエネルギーをフルにあなたの心の中に注ぎこんでいるのだ。
 
だが、あなたの望みが常に暗く悲しく絶望的であるならば、その方向にむかってわがエネルギーを注ぎ込むことは、不可能である。
 
あなたの考えが明るく積極的な希望に満ち溢れたものに変わるよう、エネルギーを注ぎこむのであるが、そのエネルギーの消費量は並大抵ではない。
 
もともと+(プラス)の考え方を更に+(プラス)の方向に導き、この世に実現可能にせしめることは、宇宙の法則通りに実に簡単で無駄なエネルギーを消失しないものであるが、-(マイナス)の思考を+(プラス)に方向転換させることは、前者の何万倍ものエネルギーが消失されるものである。
 
 
常にあなたの考えを+(プラス)の方向に向けて生きて下さい。



 
 

21、

頭のよくない人ほど中途半端な聞きかじりをし、自分の知識をひけらかしたがるものである。

頭がよくないから善悪の批判力が無くすべて受動的に自分に吸収してしまうため、その人の潜在意識の奥にすべてそれらの中途半端な知識は溜めこまれてしまう。
 
さて、本人が病気になったり、挫折したり、失敗したりした時、これらの中途半端な知識が次から次へと頭を擡げ(もたげ)はじめ、自分自身の下らない知識で自分自身をがんじがらめにしばりつけ、また、自分自身の暗い思考力で自分自身を暗示にかけてしまい、どうしようもなく救われがたき状態においこんでいってしまうのである。
 
浅はかというより他にいいようがない。
 
知識ならどんなものでも入れていいというものではない。
 
本来ならば自分の心が勇気づけられ、希望に満ち溢れ、生きることの幸せが鼓舞(こぶ)されるような知識なら徹底的に入れこめよ。


自分の心を暗く不安恐怖に陥らせる知識は意識して取り払うべきである。



 
 

22、

“自分だけ悟ればそれでよい” という考え方は多分に利己的なわがままな生き方である。

これを出来るだけよい意味にとるとすると、人に真理を押しつけがましくするのは、たとえその教えがどんなに素晴らしくても、そこで必ず人の自由を縛りつけてしまうものであるから、よくないということであろう。

だが神のみ心からみたならば、真理を一人でも二人でも出来るだけ多くの人達に知らしめた方が積極的な善なる徳のある生き方なのである。

また何回も何回も重ねて自分の口を通して真理を語るということは、逆に、更に自分自身の潜在意識の中に改めて真理を吹きこむ形となり、自分の信念がまたここで更に強固に絶対的なものとなってゆくのである。

真理は何度も何度も繰り返し繰り返し語れば語るほどよい。

 

 

23、


旧き自己を捨て新しき自己に 蘇(よみがえ)るのが世界平和の祈りである。


どうにもならない自分をしっかりそのままつかんでしまった上、私はこんなにも悪い人間ですといわんばかりに、自分の悪を強調しても、誰も救われはしない。

むしろどうにもならない自分を一旦神の中に捨ててしまって、すべてを神の中に投げ入れていまうと、宇宙の法則にのっとった生き方が示されはじめる。









24、

あなたの長い間にわたる苦しみは私にはわかっている。
 
あなたの悲しみや痛みも私にはすべてわかっている。
 
そして更に今あなたの上に投げかけられている不安恐怖、今のあなたの立場ではどうしようもないのもわかっている。
 
私はいつでもあなたの心の叫びを聞き、訴えを聞き、その問題解決が一刻も早からんことを願い奔走しているのである。
 
だがあなたはこの私の心を知ってか知らないでか、常に自分自身の肉体の力でのりこえようともがいている。
 
だがよく聞いて欲しい、もはや肉体界でトラブルが現われはじめたということは、もう何年も、いや何千年も前に幽界で現れていたことを。

幽界で浄めることが全くできなかったが為に、この肉体界に現れはじめたのであるということを。

そのためにはまず幽界を浄め去るのが先決である。

それが出来るのはこの私である。

霊なる力で、霊なる光で、幽界を浄めれば、自ずと肉体界のすべてのトラブルは自然に解決されるものである。

私に頼りなさい。私を信じなさい。あなたが夢をみているその時ですら、私は闇を光に変える働きをあなたの為にしているのです。

あなたはあなた一人で生くるに非ず、私の生命と共にあって生くるなり。


 
 

25、

今あるとるにたらない小さな小さな幸福にさえも、神の与え給いしごほうびだとして感謝せよ。








26、

私は “神の子” であるという徹底的なる自覚がいかなる災いからもあなたを防ぎ、いかなる不幸からもあなたを脱出させる。
 
災いにも不幸にも絶対に波長が合わないからだ。







27、



私に徹底的に素直たれ。





  

人間は固体ではない

  
   
人間は肉体で出来ています。

つまり物質=固体ですよね。

一方氷は固体です。

そして溶けて水(液体)になり、沸騰すると気体になる。

だからH2Oは、水にも氷にも水蒸気にもなるのです。

人間も固体にもなり、固体の姿が無くなったら(つまり肉体人間の死)形を変えて細かい精神波動となるのです。

肉体を持っているときは物質波動と精神波動があったわけです。

ほとんどの人間は自分を精神波動(霊波動ともいう)と思っていなくて肉体が自分だと思っています。

そして肉体が滅びると精神(心)も無くなってしまうと思っている。

これが死を恐怖と思っている原因です。

お釈迦様のいう 空 とは肉体から意識を外して精神波動に意識を合わせるということなのです。

精神波動とは細かい波動のことで宇宙や本心と繋がっているのです。

肉体界を超えて幽界、霊界を超えて神界と繋がるのです。

そこは心の故郷なので安心するのです。

肉体界の自分は仮の世界、波動の荒い不完全な世界なのでそこが自分の居場所だと思ってしまうと不安でしかたがないのです。

落ち着かないのです。

肉体界は今、幽界が写って来ているマイナスの想いの世界が現われているからです。

幻の仮の世界が本当の世界だと思っているからしんどいのです。

仏教ではこの世を写し世と言います。

写し世とは幽界(迷いの世界)が写っているということです。

だから肉体(固体)だけを自分だと思わないでください。

肉体とは本当の自分のほんの一部なのです。

氷山の一角なのです。

海に浮かぶ氷山はその先端しか見えていません。

しかしその実像は海の底深く入っていかないとその本当の姿はわからいのです。

深海まで入って行かないと神界には行けないのです。(うまい!)

心を鎮めて、祈って、統一をしないと神界には行けないのです。

ましてや感じるところには本当の自分(神様)はいないのです。




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)


我即神也

人類即神也




  

感じないところへ入っていく

  
   
人間は感情を越えないと幸せにはなれない。

感情想念に振り回されていては心が動揺して、安心、平常心、不動心にはなれないのです。

喜怒哀楽に一喜一憂して、嬉しいことにとらわれ、悲しいことにとらわれ、楽しいことにとらわれ、怒りにもとらわれる。

これらはすべて表面に現われた感情の世界なのです。

だから感じることは神様の世界ではないのです。

手をかざして

「感じるでしょ?」

と言われて感じたとしてもそれは幽界の世界なのです。

神様のいらっしゃる神界は宇宙にあるので波動が細かいのです。

波動が細かいとは感じないということなのです。

微妙な波動の世界が本物なのに人間は感じるものにとらわれるのです。

感じることが神様=本物に通じたと思っているのです。

神通力だと思っているのです。

神様に通じようと思ったら心を鎮めて下丹田(かたんでん)、へそ下3.5センチから奥深く入っていかないと通じないのです。

どこで通じたかは、感じることでわかるのではないのです。

神様に通じるとは自分の本心と繋がることをいうので本当の自分に出逢うということです。

そのときは理屈ではなく安心感がジワッと湧いてくるのです。

幸せ感が感じられるのです。

同じ感じるのでも五感が感じるのでなく心が震えるような感じなのです。

感動とは五感が感じることではなく心が喜ぶということです。

その違いは天と地ほどの違いがあるのです。

どうか感じるものに惑わされないでください。

本物(神様)は感じるところにはないのです。

感じる先のずっと奥の感じない波動の先にあるのです。



  

私たちは光のひとすじ

 
   
他人は自分の鏡、自他一体感、愛とは人と人とが合うこと、感動とは自分と他人の心が一つに溶け合うことだと言われています。

でも私たちは、人と対立します、あなたと私は違うのだと思うのです。

だから腹が立つ、だから感情的になる、だから苦しいのです。

でも真理は違うのです。

自分の周りにいる人たちはみんな自分なのです。

自分以外の人はいない!

どういうことかと言いますと太陽を見てください。

一つの太陽から放たれた光は地球のあらゆるものを照らします。

山を照らし、海を照らし動物、植物、鉱物、人間もすべてのものを照らします。

しかしどんなものを照らしているとしても、元は一つの太陽なのです。

照らすものが違っていても同じ光であり、光に違いはないのです。

綺麗なものを照らそうと汚いものを照らそうと光の役割りに変わりは無い。

そしてその光の元をさかのぼっていけば一つの太陽に行き着く。

実は、私たちは太陽のように一つの生命から分かれた分霊(わけみたま)なのです。

霊とは御霊、生命、エネルギー、神のことを言います。

だから私たちは永遠の生命であり、エネルギーであり、神なのです。

感動するときとは分かれていると思っていた心が一つに繋がったときに心が喜んで震えるときなのです。

一体感を感じたときです。

魂は生命は、元の姿に戻りたい一緒になろうとしているのです。

魂の融合ですよね。

宇宙はどうやって進化して行くかというとユニティとセパレートです。

融合と分離なのです。

ユニティ(融合)とセパレート(分離)をある周期毎に繰り返しているのです。

感動とは、魂が融合した状態を言います。

地球は1万6000年ごとに融合と分離を繰り返しているのです。

2012年の12月が融合する時期になっているのですね。

今はまだ分離していますがエネルギーは融合の時代に入って来ています。

つまり愛の完成の時期なのです。

愛の完成とは真理が地球人類に浸透し、みんなが世界の人類(宇宙人を含めた)の幸せを祈るようになる時期なのです。

心が一つになったとき、あなたも私も無くなるのです。

無数に分かれた太陽の光がさかのぼって一つの光に戻るのです。

それは本当の自分に会うためにその元とたどっていくと宇宙に繋がることを言います。

宇宙に繋がったとき、他人だと別だと思っていた分かれていた光が一つであったことに気づくのです。

他人なんて存在しない宇宙には自分しかいないとわかるのです。

他人とは自分の過去世であり未来の姿だと言います。

自分の周りに居る人は自分の姿を写し出しているだけなのです。

過去の自分で未熟だった頃の自分を見て腹を立てているのです。

息子に対して腹が立ったと思ったらそれは自分の過去にしていたことと同じだったとはこのことです。

家族だけでなく他人も同じなのです。

袖すり合うも他生の縁 の他生とは、過去世のことなのです。

今、会っている人は過去に会った人ばかりなのです。

過去世で縁のない人とは絶対に今生では会わないのです。

他人の人生はすべて自分の人生です。

話がややこしくなってきたのでこの辺で止めます(笑)。

結論は、自分の周りの人がみんな自分の写し絵だと思えた時、人間関係のすべての苦悩は終わるのです。



  

天皇家と民間の違いは?

 
   
私たちは、天皇家の人々が普段何をされているのか、公務のとき以外は何をされているのかを知りません。

何で尊敬されているのか?

天皇家の歴史は?

昔、日本にお釈迦様やキリストが天皇に逢われるために来られたとか、天皇は神であるとか、知らないことだらけなのです。

それは、主張されていないからです。

私たちはこういうことをしていますと誰にもおっしゃられないのです。

そのことがよくわかる文章を見つけましたので是非読んでください。

世界平和の祈りの継承者である西園寺昌美さんと筑波大学の名誉教授である村上和雄さんの対談です。






天皇家と民間の違いは?



(西園寺) 「祈り」の大切さということで思い出したことがあります。

私は普段ほとんどテレビを見ませんが、先日、久しぶりにテレビをつけると、珍しく天皇陛下の神事について紹介していました。

それを何気なく見ていて、本当に驚いてしまったのです。

天皇陛下の第一の仕事は何だと思われますか?

それは「お祈り」なのです。


(村上) はい。


(西園寺)その時に祈っておられたのが、国民の幸せでしたが、それがただの祈りではなかったのです。

ただ単に「国民が幸せでありますように」「国民の病気が治るように」という祈りではありませんでした。天皇陛下は、国民の穢(けが)れや病気をご自分の身を通して(浄化し)、国民の幸せを祈っておられたのです。

祈りの真髄や言霊の偉力について、私は宗教家としてよく知っておりますし、五井先生の時代から、皇室のためにお祈りをしてまいりました。

ですから、天皇陛下のその神事を知った時、涙が出てきて仕方がありませんでした。

そして、そのような神事を天皇陛下がなさっていることを、国民にも知らせるべきだと思ったのです。


(村上) そうですね。少なくとも「天皇陛下は祈りの人です」ということを、国民は知る必要があると思います。

日本国憲法にも、「天皇は、日本国および日本国民統合の象徴」と書いてありますが、そう言われても、何のことか分からないですよね(笑)。

(西園寺) わからないでしょう。


(村上) ところが天皇陛下の一番大切な使命は、日本の平和と世界平和を祈ることだった。・・・・・・僕も、それは絶対に、国民に知らせるべきだと思いますね。

戦前は天皇があまりにも神格化され過ぎてしまって、根本のことが国民にまで伝わってこなかったし、戦後は「人間宣言」の影響で、天皇は自分たちと同等なのだと多くの人が思い込んできました。

しかし同じ人間であるとかないとか、そういう議論以前に、天皇陛下には特別の役割と使命があって、それらを日々遂行しておられるのですよね。
それは確かなことです。

 

(西園寺)そうなのですよね、働き、役割、使命が違うのです。
 


(村上) あと遺伝子学的に見ればDNAも違う。
何と言っても、神武天皇のDNAですからね(笑)。ですから、男系であることに意味がある。歴史上には女帝もおられましたが、女帝は子どもをつくられなかった。つまり、遺伝子は男系でつながっているのです。

遺伝子を継ぐということは、身体を通して伝統を継ぐということでしょう。こんな家系はどこを見渡しても、他にないのですよね。

それからもう一つは、環境や雰囲気が違う。皇室は、働きと、DNAと環境が違うというわけです。



(西園寺) あと、共磁場の違いもありますね。みんなの尊敬の念、「ここは尊い」「これは近寄り難い」という念が着いているから、私たちも自然に「何て高いのだろう」 「神聖な空気だ」と感じる。そういう場の雰囲気ができ上がっているのですね。

(村上)それは本当にそうですね。両陛下お目にかかった時、非常にゆったりとしておられて、ジェントル(穏やか)な優しい感じがしました。

(西園寺) そうですね。

(村上) それから秋篠宮様が学位をとられましたよね。僕たちは「やはり天皇家だから、少しは優遇があるのでは・・・・」等と思いましたが(笑)、決してそうではなかったのです。実に本格的な研究で、僕たちもよく知っている世界的に立派な雑誌に論文を出しておられました。


しかし、ご本人方は、そんなことには言及されないから、「どうせ名誉博士だろう」と思っている人も、世の中にはいると思うんですよね。
 


(西園寺) 天皇家に対するマスコミの取り上げ方にも問題があるのかもしれませんね。ですが、天皇家の方々は本当に真面目だし、本当に慎ましく、国民のために生きていらっしゃる。


 
(村上) そうなのです。でも見方を変えれば、その天皇のあり方こそが、日本文化の一つの強みと言えるかもしれませんね。権力をもたずに統率しているというのは、世界を見回しても他にない。もし天皇が権力を持たれてしまったら、そこに敵、味方の概念が生まれてしまいますからね。


(西園寺) 本当です。権力と全く離れて、皇室の方は学問の道、研究の道に入られている。それはすごいことです。

 

(村上) そうですね。そういう伝統、DNAが皇室にあるのですね。





 
 


感想
 

今、日本は権力争いに明け暮れています。

政治とお金、権力の主張をし合って力の強いものが勝つ、戦争だなんてとんでもない人もいます。

しかしそんな中にあって天皇陛下は何もおっしゃられないのです。

批判も非難も評価もしない。

崇高なことをされているのに国民のしていることには一切口出ししない。

ただ日本の平和と世界の平和を祈られている。

陛下はその渦中に介入して意見を言っても何の意味もない、返って混乱するだけだとわかっておられるのです。

そうではなく、人間の心を覆っているカルマ、業をただ祈ることによって浄めていらっしゃる。

だから天皇は宇宙の中心におられた方なのです。

キリストやお釈迦様が触れ伏す存在だったのです。

日本が神の国、日本が世界の中心、日本から世界が清まっていくというのはこのことだったのです。

天皇のことがよくわかる真実が書かれている本があります。

よかったら読んでみてください。
 

後醍醐天皇ー楠木正成対足利尊氏 竹田日恵(著)



  



 
  

2010年1月15日 (金)

正しい判断とは?

  
   
私たちは毎日決断を迫られます。

それも一瞬で決めないといけないことの連続です。

そしてそれが正しい判断だったのか?後で検証してみてもわからない、考えれば考えるほどわからなくなる。

そんな状態なのに自分の取った言動に責任を持て!と言われる。

自信がないのに 「自信を持て!」 と言われる。

だから人のいないところに行きたくなる、決断をしなくて済むような場所を探す。

生きているのが嫌になる苦しくなる原因は自分の思っていること、していることが正しいのか?間違っているのか?がわからないことだと思うのです。

正しいこととはそのときには正しいと思っていても後になったら違ったということもあります。

反対に違ったと思っても後になってみると良かったなんてこともあります。

正しいことなんて自分の頭で考えてわかることではないのです。


だったら考えないといい考えが浮かぶかと言ってもそんな訳がない、じゃあどうすればいいんだって思いますよね。げっそり




正しいことがわからないのは自分の本心と繋がっていないからなのです。

本心はどこにあるのか?

それは肉体の頭にはないのです。

どこにある?

それは肉体界を飛び越えて幽界も飛び越えて霊界を通過して神界にあるのです。

神界は天にあります。

だから天まで行かないと本心には届かないのです。

天と地を結ぶ柱の中に入らないと本心が入って来ないのです。

肉体の自分が天地を貫く光の柱に入ると本心からのメッセージが絶えず入って来るのです。

これが悟った状態です。

本心という心と肉体の吾が一緒になった状態です。

心が動揺しないでピシィと止まった状態です。

これを漢字で書くと

天は漢字の一を現わすので

一に止まるで正しいという字になるのです。

漢字ってすごいですね、真理を現わしています。

つまり天(宇宙)と繋がらないと正しい判断が出来ないのです。

宇宙と繋がると宇宙の無限の叡智が肉体の自分に入って来るのです。

肉体の頭では及びもしない素晴らしい智慧が湧いて来るのです。

そして、肉体と宇宙の橋渡しとしてくれるのが守護霊と守護神様なのです。

天は高くて届かないところを霊界と神界から守護霊と守護神が助けてくれるのです。

これまでに悟ろうとして悟り切れなかった役の行者は守護霊、守護神の存在を知らなかったのです。

自力でやろうとしたのです。

天地を貫く光の柱の中に自分は居るんだ とイメージして守護霊、守護神に感謝して世界平和の祈りを祈っていれば光のエレベーターで天と繋がることが出来るのです。

天と繋がれば心が不動心になって正しい判断が出来るようになるのです。

天と繋がらないと絶対に正しい判断は出来ないのです。

そして統一とは天と繋がった状態を言います。

人間の “幸せな状態” とは統一しているときなのです。

人間は心の故郷である本心と繋がると安心するのです。

本心は本当の自分がいる場所だからです。

 



世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます







統一する方法が書いてある本が

「無限なる幸せを体得する方法」 

う寿明 星湖舎

なのです。

なぜ統一が大切なのか?を知るために

「愛すること」 「真の幸福」 五井昌久 白光出版も合わせて読んでくださいね。



  

  



アセンションすると?

  
    
アセンションとは次元上昇のことなのですが、わかりやすくいうと人間が肉体意識から宇宙意識へとシフトすることをいうのです。

今の段階ではほとんどの人が自分は肉体界(つまり3次元)だけにしか生きていないと思っています。

だから死んだらもうおしまい、ジ・エンドだと思っているのです。

しかし本当(真理)は違います。

いつも書いていますように人間は肉体界の他に幽界、霊界、神界(天界、天国)にも同時に生きているのです。

だから肉体人間という器が無くなっても(つまり死)魂、心は幽界、霊界、神界で生き続けるのです。



アセンションとは3次元が無くなって4次元になるので死後の世界と完全に繋がるのです。

だから死んだ人と誰でもが交流出来るようになる。

映画、黄泉がえりの世界ですよね。

死が怖いものでもなんでもなくなる。

そして生命は永遠に生き続けるということがわかるのです。

アセンションすると自分のなりたい年齢になれるのだそうです。

80歳のおばあちゃんが17歳の頃に戻りたかったら戻れるのです。

それは思ったことが即、現われるからです。

そして男女の違いが無くなる。

陰と陽がなくなる。

菩薩様は男でも女でもないことからわかりますよね。

だったら子どもはどうやって生まれるか?

それは3人寄って子どもが欲しいと願えば生まれるのだそうです。

後3年も経たないうちのそうなるなんて信じられないですよね。

でも確実に波動は変わって来ているのです。

荒い波動から細かい宇宙の波動に近づいて来ているのです。

昨日も書いたように波動が細かいとは周波数の起伏が少ないので思ったことがすぐに現実になるのです。

起伏が大きいときは波が返ってくるまでは現実にならないのです。

時間差がなくなるのですね。(時空を超える)

アセンションとは今の地球から全然次元の違う星に生まれ変わるということです。

当然、私たちも生まれ変わるのです。

意識が変わってしまう。

でも変わりたくない、今ままでの地球のままでいいという人もいるのです。

アセンションするとお金が無くなります。

病気も無くなります。

お金に執着のある人、自分が病気の方が家族に甘えられるからその方がいいと思っている人は地球よりも遅れた星に行くのです。

ゲーリー・ボーネルさんの著書 「光の十二日間」に書いてあるのですが、アセンションの瞬間が訪れたときに人間は3つのパターンに分かれるという説です。

アセンションを喜びで受け入れる人、戸惑いながらも受け入れようとする人、まったく拒絶して受け入れることを嫌がる人。

ここでもやっぱり意識が大切だとわかります。

同じ現象を感謝で迎えらる人は幸せです。

しかし迷惑だと思っている人は不幸(不幸と思っていない)になるのです。

だから、幸せか不幸せかは自分が決めるもの

なんですね。

アセンションすると人間の苦しみが全て無くなります。

生老病死(しょうろうびょうし)

生きていくことの悩み、老いること、病気の苦しみ、死ぬことへの恐怖、これらの苦難は宇宙と本心と繋がることですべて無くなるのです。

生きていくことが喜びに変わります、老ることが無くなります、病気になることが無くなります、死も無くなるのです。

お釈迦様は金星と繋がって宇宙と一体となることで悟り、たくさんの人を生老病死の呪縛から救いました。

アセンションとはお釈迦様、キリストと同じ宇宙意識になるということなのです。

自由自在心です。

自分が創造主(神)なので、なんでも創造出来るし、どんな自分にもなれるのです。

それがもう3年足らずでそうなるのです。

わたしたちは天界(天国)が降りて来ることイメージして宇宙と共鳴し続けるだけでいいのです。

宇宙の願い事は宇宙のすべての人類が仲良くし、進化し続けることです。

世界平和の祈りは宇宙の願い事を言霊にしたものなのです。

だから宇宙天使と共鳴し、宇宙の無限のエネルギーが私たちの肉体の器に入って来るのです。

アセンションは2012年の12月だと言われていますが、予言は外れるのです。

意識しだいで早くもなり遅くもなります。

今までの予言が外れているのは当たらないように人間の意識を変えるためなのです。

このままではいけないという意識が現象を回避させるのです。

だから予言は外れる為にあるのです。

アセンションを迎えると摩訶不思議なことがたくさん起こって来ます。(3次元では信じられない奇跡)

それはわたしたちにとってうれしいサプライズばかりです。

私たちはそれを楽しみにその日が一日でも早く来るように宇宙と波長を合わすことが大切だと思うのです。

祈るだけでそれが実現する。

今まで6回アセンションに失敗してきたのは祈りが無かったからなのです。

宇宙天使からの応援を生かすことができなかったからなのです。

でも今回(七劫)は違います。

七は宇宙の完成した数字です。

だから絶対に大丈夫なのです。

地球が滅びることは無いのです。

それを信じてどんなことがあっても(天変地変や個人的な出来ごと)プロセスだととらえてください。

それがこれからうまく生きて行く為のコツです。

目の前の出来事は、地球が完成するために起こる消えてゆく姿なのです。

悪いものが出ないと地上天国は顕われてこないのです。

アセンションを楽しみにしながら平常心、不動心で居てくださいね。
 

 


世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます





  

2010年1月14日 (木)

人間は素晴らしい

  
  
  人間は素晴らしい

  いくらでも立派になれる

  いくらでも進歩向上出来る

  だから素晴らしい




       
          五井昌久


  



  

キリストが起こした奇跡とは?

  
    
先日、西園寺昌美さんという方がキリストが盲目の人の目を治したという話をされていました。

キリストが海の上を歩いたとか、色んな奇跡を起こしたというのは事実なのです。

ただ人に対しての奇跡とは全員に対して起こったことではなかったのだと思います。

キリストは天地を貫いて宇宙からの無限のエネルギーを地上に降ろすことをしました。

目に見えるもの見えないもののすべては波動、つまりエネルギーの波で出来ているのです。

私たちの肉体は物質波動、心は精神波動と言います。

だから宇宙の波動、エネルギーを自由自在に使うことが出来たキリストはすべてのものの波動を変えることが出来たのです。

そしてキリストは目の見えない人にも光のエネルギーを与えたのです。

しかし、目が見えるようになった人とならなかった人がいる。

なぜか?

それはキリストの存在を信じ、

「自分は救われた、これで自分の目は見えるようになる」 と100%信じた人は見えるようになったのです。


エネルギーをそのまま100%受け取れたのです。

しかし

「キリストがなんぼのもんじゃ、私の目がそんなに簡単に治るわけがない」

「そんなの無理だ奇跡なんて起きっこない」

と否定していた人にはせっかくのエネルギーを生かすことが出来なかったのです。

これは人間の自由な意思に任されているからです。

いくら神様がやることでも選択することや判断することは人間の意思に委ねられているのです。

なんともったいないことか げっそり

実は祈っていてもそうなのです。

祈りを信じ絶対に大丈夫だ、わたしたちは人類を救えるのだ、なぜならば自分は創造主(神)だからだと100%信じている人には100%のエネルギーが降りて来るのです。

意識が高いからです。

でもほんとに祈っていても大丈夫なのかな?と疑っている人は疑っている分だけ割り引いて降りて来るのです。(なんともったいないことか)


そしてその信じる高さに従って守護霊守護神が判断してチャクラを開けてくださるのです。

目覚めていない人のチャクラは閉じたままです。

それは真理を理解していない、マイナスのことにエネルギーを使ってしまうという人が宇宙のエネルギーを使ってしまったらほんとにすぐに実現してしまうからです。

3次元と4次元、多次元の違いは3次元の波動は荒いので思ったことが実現するまでに時間がかかるのです。

でも4次元になると波動が細かいので思ったことがすぐに実現される。(時間という波がないからです)

「あいつ腹が立つなぁ、死んでしまえ!」と思ったらほんとにそうなってしまうのです。

いえ思うだけだったらまだ大丈夫なのですが

言葉に出してしまったら本当にすぐにその通りになるのです。

それは言葉は言霊と言ってエネルギーだからです。

言葉のエネルギーは凄まじいのです。

4次元になる(アセンションする)とはそういうことなのです。

奇跡とは3次元で普通考えられないことが起こることを言うのですが4次元では当たり前のことなのです。

映画「スパイダーマン」で主人公の叔父さんが言っていた

「大いなる力には大いなる責任が宿る」とはその通りなのです。

ですから祈ることはもちろん大切なのだけど

意識を高く持って自分の言った言葉に責任を持つということが重要なのです。

当たり前と言えば当たり前です。

でも地球の人類はいつのまにか当り前のことが出来なくなってしまったのです。(無限なる能力)

祈っている人にもレベルの差があるとはこのことです。

奇跡とは3次元のこと(当たり前のこと)と4次元のこと(精神的)なバランスが取れて初めて守護霊、守護神がチャクラを開いて授けてくれる超能力のことです。

だからそれ以外で奇跡のようなことを起こしている人とはみんな偽物なのです。(念力です)

幽界のオバケちゃんと繋がって、みんなを驚かせては喜んでいるヤカラなのです。

これからそんなオバケちゃんに取り憑かれた人がたくさん出てきます。

「我こそは神なるぞ!」と言ったり

変な予言をして人を不安にさせたり、嫌な雰囲気を持った人たちです。

そして、悲しいかなそんな人に騙されたり振り回される人が多いのです。


でも、人のことなどはどうでもいいのです。

その人が本物であるとか偽物であるとかはどうでもいいのです。

それより自分が本物になることです。

天に繋がることです。

天地を貫く光の柱になることがすべてのすべてなのです。ぴかぴか(新しい)

そうなれば奇跡はいくらでも起こるのです。

奇跡とは宇宙にとってプラスのことしか起こりません。

個人的な利益で起こることはないのです。

宇宙が喜ぶことが奇跡なのです。

アセンションとはその最大のイベントなのかもしれませんね。わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)手(チョキ)


  


本当のアセンションとは?

 
  
アセンション(次元上昇)については色んな本が出ているようです。

そしてアニメとかでもそれを描こうとしている。

でも本当にどうなるのか?を正確にわかって書いているのはほとんどないように思います。

ゲーリー・ボーネルさんも光の十二日間とか5次元世界はこうなるという著書でアセンションについて書いていますがやはり少し違うのです。

それは、書いている人が宇宙意識になっていないからです。

本当のことはお釈迦様やキリストのように進化した星から地球を救うという天命を持って天下って来た人でないとわからないのです。

ゲーリーさんも最近、世界平和の祈りを祈るようになられたそうです。

だから真理に近づいて来ている。

でも完全に宇宙意識になっていないから本当に宇宙と共鳴したわけではないのです。

アセンションのときには、キリストが再来するという説もあります。

でも違うのです。

アセンションとは地球を覆っているカルマ(蓄積された人間のマイナス想念)を光のエネルギーで一掃する瞬間をいうのです。

キリスト一人の器に光が降りても地球全体のカルマを浄化することは出来ないのです。

たくさんのキリストと同じ宇宙意識を持った人たちの器(肉体人間)が必要なのです。

いわゆる神人(しんじん)と呼ばれる人たちです。

この神人と言われる人たちの数が臨界点を超えたとき、天界が地球界に降りて来て地上天国が顕われるのです。

今神様が求めているのは宇宙意識を持った人間の器なのです。

お釈迦様のいう 空 の状態ですよね。

空の状態になると肉体から意識が離れて幽界、霊界を超えて神界と繋がることが出来るのです。

神界には本当の自分がいる、そこに本当の自分の本心があるのです。

そこと繋がらないと人間は絶対に幸せになれないのです。

肉体人間のことを吾といいます。(我ではありません)

その吾と本心が一緒になった状態を悟るというのです。

この悟った状態とは神界、宇宙とつながるということなのです。

世界平和の祈りは宇宙神との約束事で

この祈りを祈れば救世の大光明霊団(つまり宇宙天使)が降りて来て肉体人間の身体にものすごい光が入るのです。

そして縦に降りて来た光を身体の中心にある下丹田(かたんでんといいますへその下3.5cmにある)で受けとめて横に流して行くのです。

これがキリストの言う十字架なのです。

臨界点を迎えるとは肉体人間の器を使った十字架がたくさん出来るということなのです。

そして横に拡がった光は目覚めていない人にも流れて行って、ほとんどの地球人が覚醒するのです。

だから救う人と救われる人に分かれるわけですよね。

私の日記を読んでくださっている人はみなさん救う側の人なのです。

自分ではまだまだとか、そんな私はそんなんじゃないと思っておられるかもしれませんが私の日記をフムフムなるほどと納得して読めているのがその証拠なのです。(笑)

だから3次元の消えてゆく現象に振り回されている場合ではないのです。

自らが天地を貫く光の柱になって、本心と繋がって、自分がまず幸せになってその光をたくさんの人に与える側になるのです。

そのために生まれて来たのです。

それがミッション(使命)なのです。

意識が高ければ高いほど光はたくさん降りて来ます。

高ければ高いほどチャクラが開くからです。

高い意識とは

自分が創造主(神)なんだと信じることです。

そして自分の器は人類を地球を救って行くんだという愛の心を持つということです。

でも今は意識がそこまで行っていないかもしれない、また信じられないときが来かもしれない(マイナスの想念が入って来て)。

でもその度に打ち消していくのです。

その繰り返しなのです。

何度も何度もやっている内に本当に信じられるようになってくる。

それが本当の努力なのです。

自分を信じてください。

そして、ご自分の素晴らしい神性に気づいてください。
 



世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




無限なる愛

無限なる平和

無限なる調和


我即神也

人類即神也




  

2010年1月12日 (火)

夜明け前が一番暗いのです。

  
  
善いことが起こる前には、悪いことが出てしまわないと現われて来ないのです。

膿がいつまでも溜まっていてずっとスッキリしない状態が続くよりも、ドカンと強烈な痛みが短時間であった方がその後ずっと善い状態になるのです。

悪いものを早く出すために今、痛みを伴っている。

個人も国も地球も今そん状態なのです。

2012年には今と全然違う地球に生まれ変わるのです。

今はまさしく産みの苦しみなのです。

今が善くなっていくためのプロセスだととられるのか?

これから益々悪くなって行くんだととらえるのではそれこそ天と地ほどの違いがあるのです。

真理を知っている人は少しも慌てることがないのです。

地球は今幽界が肉体界に現れているのです。

業(ごう)、カルマが出ているのです。

でも現われれば必ず消えるのです。

これでも大難が小難になっているのです。

それを信じて早く消えてくれるように守護霊守護神に祈るのです。

幽界の業、カルマは肉体人間には消せないのです。

消せるのは守護霊守護神なのです。

幽界が清まると神界がそのまま肉体界に降りて来ます。

それがアセンション(次元上昇)なのです。

世界平和の祈りを祈ると早く神界(天国)が現われるのです。
 




世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



  

みにくいアヒルの子

  
   
前の日記に書いたことを物語にしているのが 「みにくいアヒルの子」ですよね。

アヒルの子は白鳥(神)なのにずっとアヒルの子だと思っていた。

それがある日、水面に映った自分の姿を見て自分が神であったことを知ったのです。

私たちは自分が神であることを鏡で見てもわかりません。

神は私たちの心の奥にあるからです。

それを心を鎮めて奥へ奥へと入っていく

それが統一なのです。

わたしたちは統一をすることで本当の幸せを見つけることが出来るのです。


 

 
無限なる幸せを体得する方法 于寿明 星湖舎

  
http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/sub3.html


  

自分が創造主であることを忘れている

 
  
私たちは地球に来る前はよその星に居ました。

空を見ると無数の星があります。

その無限にある星に人類が住んでいない訳がないのです。

それをほとんどの人は信じていない。

人類は地球だけに居て後は飾りで他の星があると思っているのです。

すごく不自然ですよね。

そして、地球で何回も生まれ変わりをしていることもその前には地球よりももっと進化した星に居たことも、逆に遅れた星に居た事があったこともすっかり忘れてしまっているのです。

最近生まれて来た子供達の中には地球より進化した星から降りて来ている人がたくさんいます。

だから人と人が喧嘩をしたり騙し合ったりしていることが信じられないのです。

進化した星には人と争うことなんてないからです。

それは自分と他人は一体だ、つながっているんだと知っているからです。

学校も窮屈で規則に縛られ他の子どもたちからは変わっているといじめられうつ病になったりしているのです。

でも地球に来てすぐなので自分が何者であるかを知っています。

自分が創造主であり神であることをすぐに思い出せるのです。

真理に素直なのです。

だから我即神也の印を組んだり宇宙と共鳴する祈りを祈ったりするとすぐに自分の本来の姿に戻れるのです。

でも長く地球に住んでいる人は時間がかかるのです。

自分が創造主であり神であることをすぐには信じられないのです。

だから何回も何回も自分に言い聞かせることが大切なのです。

それこそ個人差があるのです。

私はW先生に

「祈りが足りません」

「24時間プラスαで祈り続けなさい」

と言われました。

そしてやっと自分が神であることが実感出来るようになったのです。

私たちは長い間地球に居たので

「自分はダメなんだ」

「自分はどうしようもない奴なんだ」

「自分は神様なんかじゃない悪魔の子なんだ」

と潜在意識の中に叩き込まれてきたのです。

だから間違った潜在意識をくつがえすには祈り続けるしかないのです。

少しくらい祈っただけでは今までの潜在意識が勝って

「やっぱり違うんだ」

と思ってしまうのです。

祈り続けてある臨界点を超えると自分を信じることが出来て来るのです。

自分の肉体が無くなって宇宙の中に溶け込んでいくことがわかるようになるのです。

それがお釈迦様の言っている

「空」になるということです。

肉体意識を超えて宇宙意識になるということです。

宇宙意識になると答は全部自分の中から出せるのです。

自分が神そのものだからです。

そのために祈るのです。

本来の素晴らしい自分に出会うために祈るのです。






世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



 





  



  

タバコは止めましょう!

  
    
私は今51歳、高校の同窓会の幹事をしています。

そこで昔の仲間が集まるのですが、同じ年であってもかなり年齢差があるのです。

それは肌に現われます。

肌につやがあって張りのある人は40代前半に見えます。

しかしタバコとかを吸っている人は60代の肌をしているのです。

肌は荒れ、しわだらけの顔はいくら化粧をしても隠せません。げっそり

へたをしたら親子ではないかと見間違えるほどです。

タバコを老化を早めるのです。

なぜ、そうなるかといいますとタバコを吸うと血管が収縮して細くなるのです。

実は血管は宇宙からのエネルギーの通り道なのです。


樹木を見ればよくわかるのですが、木は天からのエネルギーを受けて天に向かって真っ直ぐに伸びています。

天から受け取った縦のエネルギーを幹から枝(横)に流しているのです。

血管はこの幹の役割りをします。

幹が細くなってしまっては枝葉までエネルギーが行き渡らないのです。

そして枯れていきます。(老化しているのです)

これにストレス(考え過ぎ)や心配事が加わるといっそう流れが悪くなるのです。

血管という川に大きな石を置くような状態なのです。

これが病気の原因です。

反対に健康な状態とは血管を流れている血(エネルギー)がサラサラと滞ることなく流れているということなのです。

いつも陽気で子供の様に無邪気な人に不健康な人はいません。

そしていつまでも若くて元気なのです。

だからみなさん、タバコは辞めましょう。

大切な生命を、神様から戴いた大事な器を痛めつけることは止めましょう。

 

オーラ・オーラではエネルギーの流し方を教えてくれます。

http://auraaura7.com/
 

いのち生き生き気功サロンでも元気になる方法をお伝えしています。

http://orientalwind.info/2006/12/whats_new.html
 

みなさん是非、本当の元気を体得してくださいね。わーい(嬉しい顔)




    

  



 

2010年1月11日 (月)

わたしたちはどこから来たのか?

 
  
私たちは地球に肉体人間として生まれる前から他の星に居たのです。

生命は地球に生まれる前からあったのです。

だから今40歳として、何百億年プラス40歳なのです。

よその星で暮らしていて今回地球に天下って来たのです。

でもよその星に居たことをすっかり忘れてしまった。

ウルトラマンが地球に降りて来て自分の故郷を忘れて自分が肉体人間だと思い込んでしまったのと同じです。

忘れてしまったらもう本来の力は出ない、肉体だけの限定された力しか出ないのです。

お釈迦様は逆に菩提樹の下で明けの明星を見て、自分が金星に居たことを思い出したのです。

それで金星の意識と一体となった。

金星は地球よりもずっとずっと進化した星なのです。

だから仏教、お釈迦様の教えとは金星の意識なのです。

私たちがアセンションするとは私たちが居た故郷を思い出すということです。

それには宇宙(心の故郷)と意識を合わさないと思い出すことが出来ないのです。

そのために祈りがあり印があるのです。

そして最終的には宇宙と一つになることが大切なのです。

それが統一です。

人間の本当の幸せとは自分の本当の姿を知ることです。

本当の故郷を知ってそこと繋がることなのです。

今、私たちが幸せだと思っていることはまぼろしで消えてゆくものなのです。

まぼろしをつかんで幸せだと思っているのです。

変幻自在に移り変わっていくものをつかんで一喜一憂しているのです。

そんなことではいつまでたっても不動心になれないのです。

安心して生きていけないのです。

もう同じことを繰り返さないでください。

真の幸福をつかんでください。

それがあなたの守護霊、守護神の願いなのです。





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます


 

 

真の幸福 五井昌久 白光出版





  

2010年1月 9日 (土)

真実の愛

 
  
愛というのは、合、相という言葉と同じ意味をもっておりまして、自と他が一つに合する働きをする時に、起る心の状態です。

神のみ心は、すべてのすべてを生みなしたるみ心なので、神のなかには、自と他という区別がないわけであります。

そこで神は愛そのものである、ということになります。

そのような神のみ心は、分霊である人間のうちにも働いておりまして、愛したい、愛されたい、愛せずにはおられない、という想念が湧いてくるのです。

そして、この愛の心が天にむけられた時、魂の内奥にむけられた時には、神への信仰、神への愛となり、人類社会にむけられた時には、人類愛となるのであります。



    

     

            日々の祈り  五井昌久  白光出版




  

愛することを止めるな

  
  
愛についての日記を随分と書いていますが、日々の生活を送っていて人を愛せなくなることって時々あるのです。

  
特に思い遣りのない人、自分勝手な人を見ると腹が立ったり、許せない感情が湧き起こってきたり、そしてその場から自分をいなくなるようにしようとするのです。

でも、結局そんなことをしたところでそんな自分が嫌になることがあります。


そんなとき 思い出す文章があるのです。

みなさんも読んでみてください。

 
 



       愛することを止めるな


妻や夫や恋人や子供たちが、いつでも素直に自分の愛を受け入れてくれるものではありません、愛されていると知りながら、かえってその愛を裏切るような行為をしてしまうことがよくあるものです。

愛されれば愛されるほど、どこまで愛してくれるか試してみたいなどと思う、恋人や子供がよくあるものです。

愛しても愛しても、自分の心を素直に受けてくれない時などは、全く愛することの悲愛を感じるのは誰しものことです。

しかしそれだからといって、愛することを止めてしまったり、相手を憎んでしまったりしたら、せっかくの神のみ心が現わせぬことになってしまいます。

愛することが哀しい時があっても、やはり愛しつづけることが大事なのです。

愛することそのことが神の光なのです。





    
              日々の祈り  五井昌久 白光出版




  

2010年1月 8日 (金)

1月21日(木)は調和波動気功サロンの日

 
   
みなさんお待たせしました。

今年最初の気功サロンが1月21日(木)に行われます。

昨年は、たくさんのブログの読者の人がサロンへ、そしてオーラ・オーラへ、それから調和波動気功セミナーへと導かれて行かれました。

今年も調和波動、真理への入り口としてわかりやすく楽しく開催して行きますのでよろしくお願いします。

サロンではスッキリ爽やか、元気になる方法をお伝えします。
わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)手(チョキ)



 いのち生き生き気功サロン 


 1月21日(木)PM1時半~7時まで
 2月18日(木) 同じ
 3月18日(木) 同じ

今年は第3木曜日に開催致します。
 



参加される人は下記まで連絡くださいね。手(パー)


篠崎携帯 080-1444-0018





カリキュラムの内容  
  
 
    ① 呼吸法(気持ちを落ち着かせる為)
    ② ストレッチ(心と身体を柔軟にする)
    ③ 姿勢を正す(気を通りやすくする)
    ④ 一日七回感謝する(プラス思考)
    ⑤ 全てのものとの調和(感謝出来るようになる)
    ⑥ 身体の力を抜く(感情のコントロールが出来る)
    ⑦ 明るく朗らかに穏やかなる(パワフルになる)


この7つの中からいくつかを体験していただきます。


   


 

場所:浪速区民センター 第4会議室
大阪市浪速区稲荷2丁目4-3
電話  06-6568-2171 06-6568-2171
地下鉄千日前線桜川駅より徒歩3分

 

http://osakacommunity.jp/naniwa/index.html
 

参加費:500円

気功ってどんなものかな?と思っても、
なかなかレッスンにくるのは敷居が高い、
という方、是非気功サロンにお越し下さい
オリエンタルウインドの講師がわかりやすくご説明いたしますよ (女性3名男性2名)


  (●^o^●)


 

http://orientalwind.info/2006/12/whats_new.html


尚、オリエンタルウインドからのサロンへの参加申し込みはしていません、直接私(篠崎)にお電話ください。
近日中にグッドムーンの気功教室サイトを立ち上げますのでしばらくお待ちください。
 


オーラ・オーラもよろしくお願いします。


http://auraaura7.com/



 


 

2010年1月 7日 (木)

肩の力を抜け!

  
 
   
1.どうしてあなたはそんなに物を欲しがるのですか?あれも欲しい、これも欲しい。

家も建てたい、車も欲しい、レジャーを楽しむお金も欲しい。

何故、今日もまた無事生かされていることに、あなたは満足しないのですか? 

もしすべてが叶えられたとしても、明日生きる保証がなければ、すべてがむなしいものとなってしまう。

神様はあなたが本当に必要とするものであれば、必ず与えて下さるものです。

神に生かされていることに深く感謝すべきであって、決してあなた自身一人の力で生きているのではないのです。


 

 

1.なぜ人間には二つの耳と一つの口があるのだろうか?

それは自分の話すことの2倍聞くためである。

目はなぜ前の方についているのだろうか?

それは自分が常に未来に向いて突き進んでゆくものであって、決して過ぎ去った後を振り返って生きるものではないということだからである。







    
           日々の指針  西園寺昌美  白光出版



  


本当の健康ってなんだろう?

 
  
高齢化に伴い健康に関することがテレビでも新聞でも色んなところで言われています。

健康食品や予防医学や保険・・・・・・・・それだけでたくさんの消費が起こり不景気もなんのその健康関連だけでインフラ(産業の基盤)が出来そうです。

でも、本当の健康ってなんなのか?わかっている人は少ないと思います。

みんな無駄なことにお金を使い、間違った常識に振り回されている。

健康はお医者さんがしてくれるのでも、食品がするのでも、誰かがしてくれるものでもないのです。

自分のことは自分でしか癒せないのと同じように健康も自分で築いていくものだと思うのです。


西園寺昌美さんの文章には真理が書かれています。

みなさんも健康について考えてみてください。


 


 

1.薬も、運動も食事療法も、鍼もマッサージも健康を維持してゆく為には、ある程度必要かもしれない。が一度び不安や恐怖心が湧き上がって来たら、果して今まで続けて来た健康療法で乗り越えることが出来るであろうか。

身体を鍛える前に、心や精神を鍛える訓練をするほうが先決である。

つねに小さな些細なこと、取るに足らないことにさえ、いちいち自分の心が傷つき、イライラさせられ、心配や不安にかられていたならば、健康療法などなんの意味もなさない。

まず、どんなことが身のまわりに起こっても、自分の心を痛めず、傷つけず、それに対して常に適切な対処が出来るように、心を養う必要がある。

心が常に一定し、明るく光明に輝いていさえすれば、身体はいつも何もしなくても健康そのものなのである。

肉体のコンディションはまず、心に起因しているものだということを知ることが大事である。





   
         日々の指針 西園寺昌美 白光出版




    

2010年1月 5日 (火)

真理を学ぼう!

  
  
人は今生きている現在しか存在しないと思っています。でもこの自分が過去世や前世がなく、ポッとボウフラのように湧いて出たなんて思いますか?
 
過去があり、現在があり、未来があるのです。(自由自在心になると時空を超えるのですが)
 
夜空の星を見ているとわかるのですが、今私たちが観ている星は、今光っているものを観ているのではなく、何万年も前に光っていた光を今観ているのです。

それと同じように今私たちの目の前に起こっていることはすべて過去の影絵なのです。

前世で自分のやったことが返って来ているのです。

私は小学生の頃、九州の田舎から大阪に父の転勤で転校して来ました。
そこで凄まじいいじめに遭いました。

どれだけ好かれようとしてもどれだけ我慢していてもそのいじめは無くならなかったのです。

そのことがずっとトラウマになっていました。

いじめた人をずっと恨んでいました。

そしてそのことをW先生に話すことがあったのですがその時にW先生に言われたのです。

「当り前です、あなたが散々過去世でその人たちをいじめていたからです」

スコーンと詰まっていたものが抜けました。

その瞬間、私をいじめた人への恨みが消えたのです。

そしてわかったのです。

「そうか~自分がやったことが返って来ただけだったんだ、その人たちは昔の恨みを晴らしてスッキリしたかったんだ、ここで自分が恨み返さなければ消えてゆくんだ」

そうなのです、今あなたが色んな人にひどいことをされていたら、それは自分が過去においてやっていたことがそっくりそのまま返って来ているのです。

そんなことが次々に起こるのは早く現われて消えてゆこうとしているのです。

それも大難が小難になっています。

自分が相手を殺していたかもしれないのに一発殴られるくらいで済んでいるのです。

相手を深く傷つけていたのに嫌味の一つくらいで済んでいるのです。

だから相手を恨むのは筋違いで

「これくらいで済ませていただいてありがとうございます」 泣き顔

なのです。

守護霊様、守護神様が因縁生を消したり小さくしてくださっているからなんとか生きて行けているのです。

それを自分は悪くない相手がすべて悪いのだと思うから自分が不幸になっているのです。

不幸を呼び込んでいるのです。

だから真理を知らないと全然逆のことをしてしまったり思ったりしてしまうのです。

みなさん真理を学びましょう。

それが幸せになるためのメソッド(方法)なのです。

それしか方法はないのです。





  
真理を学ぶのに最適な本
 

 

愛すること  真の幸福  神と人間  生きている念仏  神様にまかせきる  五井昌久 白光出版

思考のすごい力 ブルース・リプトン PHP

幸せになる生き方 アレクサンドラ・ストッダード 

 
  
    

心のバランス

  
  
1.どんなことがあっても人とは対立するものではなく、柔和に打ちとけあってゆくことである。
どんな人にでも自分の心の中に、闘争心や対立心が潜んでいるものである。
それをまともに人にむけず、強い心で己をコントロールし、まず自分自身に打ち克つことである。
そして人と対することである。自分に都合の悪い人でも、心和やかに対処すると、かえって予想もしない素晴らしい結果を招くことになる。


 


2.騙された、裏切られた、と人を恨むでない。騙された君が悪いのだ。裏切られた君が悪いのだ。騙した相手が悪いのでも、裏切った相手が悪いのでもない。
ただ、ただ君の前生の消えてゆく姿なのだ。
ここで騙されることによって、前生の因縁がその人を通してやっと消えていこうとする時に、またもや、騙した相手が悪いと思いこんで、恨んだとしたら、消えてゆくどころか、またここで再び二重の罪を背負わなければならなくなる。
これは真理を知らない人の落とし穴である。
真理を知ろうとしない人は、気の毒なことに、いつまでたっても一生裏切られの人生を歩んでゆくより仕方がない。




 


               日々の指針  西園寺昌美




  

2010年1月 3日 (日)

“愛” を考え直そう

 
  
私が今読んでいる「愛すること」の本の中に考えさせられる文章があったのでご紹介します。



 “愛” を考え直そう
 


母親が子供を愛する愛などは、本質的には純粋であるのですが、子供が大きくなるにつれ、子供の本質をみぬくよりも先に、自己の欲望を達成させるための、自己愛の延長として、なにやかと世話をやき、形にはめてゆこうとする傾向が多くなってゆきます。

我が子というものを、神からおあずかりしたもの、社会国家人類という大きな生命体の一つの生命、というような、大きな考えから育ててゆくのでなく、ただ単に我が腹を痛めた子、自分たち夫婦がつくったもの、という小さな範疇に我が子を置いてしまうのであります。


こういう小さな考えのもとに育てた子供が立派な人格者になるわけがありません。小さな自分勝手な、利己主義的な人間になってしまうに違いありません。

なぜかと申しますと、育てる親の心が神を愛する想いも、人類愛の想いもなくて、ただ、自分と自分の分かれを愛するという、天にもつながらず、地にもつながっていない、宙ぶらりんの自己愛、ほんとうに小さなエネルギーの蓄積だけの生き方でしかないのですから、大生命エネルギーの供給をいただけないことになってしまいます。

真実の愛というものは、縦には神とのつながり、横には、小生命と小生命のつながり、というように、生命と生命が交流しあうことでありまして、お互いの欲望と欲望が通じ合ったり、肉体と肉体が一つになったりすることではありません。

親が子を愛するのでも同じことで、自己愛の欲望を充足させるために、子供を大学に入れ、成績をあげさせるための教育ママになったりするのは、その子を真に愛している心より、自己の欲望を愛する、ということになるのでありまして、もっと根本的な愛の心というものを考え直さなければいけません。

まず、赤ちゃんがお腹の中にいる時のことから考えて下さい。
どうして赤ちゃんがお腹に宿ったのでしょう。
そりゃあ、精子と卵子が結合したからだ、というけれど、精子でも卵子でも人間自体がつくったものではありません。

なにか不可思議な力がそこに働いて、赤ちゃんという生命をお腹に宿した、というより他に言葉はありません。

不思議でもなければ神の力とかなんとかいうのでもない、という人があったら、自分自身もう一度、自分の力で赤ちゃんとして宿ってきてごらんなさい。

そんなことができるわけがないでしょう。

人間の誰にもできないことを、無限といいたいほどの数をつくりあげている大自然の力というものは、いくら尊敬しても崇めても足りない尊いことです。

人間には一つの生命さえつくりあげられないのに、大自然(神)は無限の生命をこの宇宙につくりあげて、秩序よく調和せしめているのです。

こういう根本的な生命礼拝の気持ちをもたなくて、ただ単に赤ちゃんができた、自分の子だ、自分たちだけの子だ、と自分勝手に育ててよいわけがありません。

夫も妻もそしてその子もすべて神より分けられたる生命です。

神からいただいた生命を、ただ自分たちの生活のためだけにつかってよいわけがありません。

子供が親にそむけば親不孝であると同じように、人間が神の真意にそむいて、縦の神との交流も横の人類愛の心ももたないで、自分たちだけの生活の中にひきこもろうとすることは、神になんの恩返しもしないことでもあり、神の大生命からもしだいに離れ、人類の生命体から離れてゆくことで、その死後の生活がいかに淋しい孤独なものであるかは想像に難くありません。




 

         愛すること  五井昌久 白光出版




 

 

2010年1月 2日 (土)

ある人からのメール

  
      
年末にある人から嬉しいメールをいただきました。

かなり前に私がお守りをプレゼントをするという日記を書いたことがあって

「もしよかったらいただけませんか?もう遅いですか?」

という内容だったのです。

お守りとは五井先生の霊光写真のことです。

その写真とは五井先生のお姿(肉体)が写っているのではなく光の波動体が写っているものなのです。

一般の人は自分が肉体だけだと思い込んでいるので写真を撮ると当然肉体しか写りません。

でも五井先生やお釈迦様、キリスト等の聖者は天地を貫いて光そのものになっているので写真を写すと肉体が写らずに光(円光)が写るのです。


http://www.byakko.or.jp/2_goi/goimore/goi_reikou.html 

これが本当のお守りです。

波動が宇宙の天界の波動なので地球上の荒い波動と共鳴しない、身につ付けていると悪いもの、不調和なものと共鳴しないのです。

持っているだけで色んな危険から守られる。

凄まじい交通事故に遭って、警察の人がもうダメだと思われる状況であってもカスリ傷で済んだり、身体の痛いところに充てていると痛みが無くなったり、そんなお守りなのです。

その人は母子家庭で2人のお子さんと3人家族でしたのでお守り3枚と五井先生のご著書である、「神と人間」を送らせていただきました。


そしてその方と電話でお話をすることがあって

「腰が悪くてある気功治療院に通っています」

「治療してすぐには効果があるのですが、家に帰るともう痛みが出るのです。」

「気功の勉強をしてみたいと相談したら35万円かかります、それを習得したら人の治療が出来ます」と言われ


「でもグッドムーンさんの日記を読んでいたら何だかおかしいと思うようになったのです、それにそんな大金私にはありません」

とおっしゃっていました。

私は

「それはおかしいです、自分の身体の不調は自分で治せます、それにそんな大金を払って何かを学んだところでなんの意味もありません、止めた方がいいです」

と答えました。

そしてお守りを送ることと、本を読んで真理を勉強してくださいと申しました。

その本のタイトルが

「愛すること」  「真の幸福」 五井昌久 白光出版 でした。

う先生のご本もご紹介しようと思ったのですが、真理を学ばれて祈りの意味とかなぜ統一が必要なのか?を先に頭でもしっかり理解された方が良いと思ったのです。

その人は素直な人なので、すぐに2冊の本を取り寄せておられました。

その方は遠い地方にお住まいの方だったです。

こちらに(大阪)に来られることは難しいのですが、真理はどこででも習得出来ます。

そして毎日コツコツと努力していかれたら、身体の調子も良くなるし真理がわかれば本当の幸せも体得出来るのです。

私は遠方であっても真理の伝達が出来ることに嬉しさがこみ上げて来ました。

その人は感謝してくださったのですが、こちらも感謝なのです。

真理の伝達が出来ること程素晴らしいことはないのです。

それはその人の魂が救われていき、私の魂の向上になるからです。

その人の守護霊、守護神様が喜んでおられるのです。

このようなことがブログを始めて3年以上経って頻繁に起こるようになりました。

ブログを続けて本当に良かったと思います。
 

みなさんありがとうございます。


 
 

   

追伸
 

気功の気はエネルギーであり、神様のことです、そして功は働き、つまり神様の働きのことなのですが、巷で言う気功は全然違うものになってしまっているようです。

気功をしていますというと変なあやしいものと誤解されるのです。

私がしているのは調和波動気功で手をかざしたり遠隔でするものとは全く違うのですがこれからは調和、波動を強調して広めて行こうかなと思っています。

みなさん気功という言葉に騙されないでくださいね。

自分の身体、自分の心は自分で調整し治すものなのです。





   
 

マイナスではない

  
     
先程の神社仏閣の話は書くのに勇気がいりました。

マイミクさんには神社関係の人もいます、神秘的な所が好きで神社詣でをしている人もいます。

その人たちに喧嘩をうっているのでは?

否定しているのでは?

と思われるような文章ですよね。

誰も敵を作りたくない、否定的だと思われたくない、過激な奴だと思われたくはないのです。

出来たら差しさわりのない文章を書きたいのです。

でも私が思い切って真実を書くと必ず

ハッと気づいてくれる人がいる。

今までの常識や思い込みが違っていたことに気づいてくれる人がいるのです。

私もW先生やう先生に出逢った頃は気づきの連続でした。

今まで私が常識と思っていたこと、頭でわかって信じ込んでいたこと、つもりになっていたことをことごとく

違うんだ って教えていただいたのです。

それで私はとらわれることの少ない自由な自分になれました。

とらわれることがない自由な気持ちになることがどれだけ幸せになることか・・・・・。

今のほとんどの人は自分の直観よりも人の価値観、誰かによって作られた固定観念に縛られています。

思いこむとそれが正しいと信じてしまうのです。

でもそれは真実ではないのでおかしいと思いながらも流されていく。

するとどんどん真実、真理から離れて行くのです。

幸せから離れて行くのです。

当たり障りのないことばかりを書いていてはなかなか気づかないのです。

ワンクッションもツークッションも噛ませていては真実は伝わらないのです。

真理を書くことは一見、否定しているように思えるのです。

攻撃しているように感じられると思うのです。

でも、相手がどう想うかを気にしてばかりいては心に響く文章は書けないのです。

自分が書いていく意味がないのです。

思い切って書いてから嬉しいことが次々に起こっています。

勇気を出して何かをすると必ずエネルギーが動くのです。

自分の保身や都合を考えていては何も起こらなのです。

自分を無くして空(むなしく)してしていかないと勇気は出て来ないのです。

私が書いているのではない。
 

私はメッセンジャーなのです。わーい(嬉しい顔)

 


世界人類が平和でありますように


 


  


   

今ある神社に行っても何の意味もない


 
神社とは神様の社(やしろ)と書きます。

だったらそこに神様がおられるのか?

そこにいらして私たちも清めてくださるのか?

昔はそうだったのかもしれません、でも今は汚れ切っていて清まるどころか汚れてしまうのです。(だって人間が助けて欲しい、お金が欲しいと欲望が渦巻いている場所でしょ?)

へたをしたらケガをしたり変なものをもらってしまいます。

幽界のオバケちゃんに取り憑かれてしまいます。

その理由は2つあります。
 

1.その神社に今の人間の業を清めるだけの神通力を持った宮司さんがほとんどおられないこと。

2.そこの磁場が汚れてしまっていること(幽界のオバケの住み家になっている)

神社だけでなく世界遺産と呼ばれた場所は清まっていました。

観光地と言われる場所も光輝いている場所でなくなって来たのです。

今は、どこに行っても癒される場所はほとんどないのです。

旅行に行っても神社仏閣に行っても疲れるだけです。

マイナスのエネルギーをもらってくるだけなのです。

だったらどうしたらいいか?

自分が天地を貫く光の柱になって神社であり観光地になればいいのです。

そのためには祈りと統一が大切なのです。

そうすると人が寄って来ます。

あなたに清めてもらいたくて集って来るのです。

そんなあなたが商売をすると必ず流行るのです。

人は光輝いている人や場所が大好きだからです。

不況とか不景気は関係ないのです。

お金が無くなる最後まで困ることは無くなります。

これから先にどうしたらいいのか?を考えるより自分が天と地につながることが結局は安定した気持ちと生活が送れることになるのです。

天と地がつながると縦にエネルギーが流れるのです。↓

そして身体の真ん中(下丹田)から横に流れて行きます。→

これが光の交差、つまり十字になるのです。

プラス+とはそういう意味なのです。

だから神社仏閣に頼る必要は無いのです。

今の神社に頼んでも何もご利益もなければかえってマイナスなのです。


人やものに頼っていてはいつまでも自立出来ません。


あまり本当のことを書くとみなさんびっくりされるのですが(笑)

もしお正月に三社参りをしようと神社に行かれるのなら、行く前に嫌な気(守護霊からのメッセージで行くな!というサイン)がした場合はなるべく行かないようにしてください。

後でしんどくなります。

後悔することになります。

そのような場所をあなどってはいけないのです。

世間の常識を信じてはいけません。

それより自分の直観を信じてください。

神社仏閣には、むやみやたらと近寄ってはいけないのです。げっそり




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)




   
 

2010年1月 1日 (金)

愛すること

  

  
愛することにつかれたみたい♪

嫌いになったわけじゃな~い♪
 



松山千春さんの名曲で 「恋」 のフレーズ私のカラオケのレパートリィーになっています。

 
http://www.youtube.com/watch?v=5xQfp8QdQ1I 


確かに恋をすると疲れます。

私も人並みに恋をして来ました。

なぜ人を好きになって本気?になって愛するようになると疲れるのだろう?

それはきっと本当の愛でなく

執着の愛だからだと思うのです。

相手の魂の成長があって心の感動があってそして自分の成長もあって

それ以外は自分の自我のわがままな自己愛だと思うです。

いや、そうなんだと思うようになりました。


この本は本当の愛とはなんなんだろう?

人を愛する、万物を人類を愛するとはどういうことなのか?

どうしたら幸せになれるのか?

がわかりやすく書いています。

是非、読んでみてください。

生きていることが嬉しくなる名本です。




 
愛すること  五井昌久  白光出版


  



  



 

人間は霊的な存在なのです。

  
    
人間はお腹が空くと食べ物を食べます。

肉体に栄養を入れているのです。

でもオーラ写真を撮るとわかるのですが、肉体の周りには色(エネルギー)が写っています。


色はその時の心の状態を示しているのですが本当は無色です。

空気に色がないのと同じです。

でもその場所によって雰囲気は違います。

その雰囲気の様子を色で表しているのがオーラなのです。

だから雰囲気が暗くて重たかったら濁った不透明なオーラになります。

爽やかで透き通っていたならば透明感のある色や落ち着いていたならば紫色っぽい色が出るのです。

私たちは肉体からオーラ(エネルギー)が出ていると思っています。

だから肉体がなくなったら、つまり死んだらオーラもエネルギーも無くなるものだと

しかし違うのです。

最初に目に見えないエネルギーがあって(霊的要素)、目に見えない(肉体要素)を引きつけて人間が出来あがっているのです。

目に見えるものはすべてみえないものの集りです。

霊的なものは目にはみえません(見える人もいますが)が存在しているのです。

心や魂、命が先にあって肉体があるのです。

だから肉体が無くなっても(死んでも)心や魂、命は残ります。

霊的なものが主であり肉体は従なのです。

永遠に残ります。

話を元に戻して

私たちはこの肉体ばかりに栄養をあげて、霊的なものに栄養、つまりエネルギーを与えようとしないのです。

だから食べても本当の元気にはなりません。

元の部分に気(エネルギー)を与えていないからです。

人間という霊的な器に宇宙からの無限のプラスのエネルギーを与えるとその器は生き生きとしてくるのです。

少しくらい食べなくても平気なのです。

だから霊的な器に栄養を与えてください。

それが波動調整です。

人間は光の波動体で出来ているのです。

光という栄養を与えるといくらでも元気に大きくなれるのです。

それは人間は肉体以外に幽体、霊体、神体を纏っているからです。

どうぞ、自分を肉体だけなんて思わないでください。

もう少し先になると(来年くらいかなぁ~)

「昔は人間は肉体だけが自分だと思っていたらしい」

と迷信のように言われるようになります。

地球はまるいと信じていなかった時代のように・・・・・。


ほんの少しだけ時代の先取りをしてください。(本も読んでね)

それがこれから安心して生きて行く為のコツです。

それから祈りは本当の自分(霊的な存在)に栄養を与えることになるのです。

だから本当に元気になれる。

命が生き生きしてくるから祈りというのです。

命が乗り出すから祈りなのです。


世界には色んな祈りがあります。


でも宇宙と共鳴して光のエネルギーが一番強いのが世界平和の祈りなのです。

もうすぐ宗教な無くなります。

すべての宗教が世界平和の祈りに統一されていくのです。(言っちゃった)

そして統一されたときがアセンションの時なのです。

それくらい世界平和の祈りは素晴らしいのです。





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



  

おめでとうございます。

  
  
  
新年、明けまして おめでとうございます。


みなさ~ん年末の挨拶をせずに新年の挨拶になってしまいました。わーい(嬉しい顔)


今年は2010年、かなり激動の年になると思われます。げっそり

でも自分をしっかり持っていれば絶対に大丈夫です。わーい(嬉しい顔)手(チョキ)

そんな勇気の出る日記を書いていきますのでよろしくお願いしま~す。わーい(嬉しい顔)



    

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