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2009年12月30日 (水)

お金は勘定(感情)

  
    
私の母校である、高校の同窓会のホームページに書いている管理人の日記に書いたことを転用します。

今、国は莫大な借金を抱えています。

国民の貯蓄より借金が大きくなったらもう完全に破たんです。

国が破たんすることもよくないことなのですが個人においてもしっかりとお金をコントロールしていくことが大切だと最近特に思うのです。








私はいい同窓会をするには主催者の人がお金のことをきっちりと管理し運営することが大切だと思っています。

そして会が終わった後は、みんなに会計報告をすることが大切です。(出来なかったら監査の人と確認)

「あいつ同窓会をやって小遣いにしてるんと違うやろな?」

「会費が高すぎるで!」

「余ったお金はどうしてるのかな?」

「お金の管理と監査ちゃんとしているのかな?」

こんなことを疑われ、思われたらおしまいです。

1回目と2回目の同窓会は学校で行いました。

会費は3000円、場所代がかからないこと、食事は食堂で学校の食堂を運営している業者さんに来てもらい安く済ませました。

掛った経費は、招待状の往復ハガキ、インク代、食堂への飲食費、先生への花束代、写真プリント代、発送費その他雑費で余ったお金で初回は3万円、2回目はカンパも集めて5万円ほど学校側に寄付も出来ました。

私のみんなへの電話を使った通信費、学校との打ち合わせ等で使ったガソリン代とかはもちろん入っていません。

幹事との打ち合わせもみんな自腹にしてもらっています。

電話代はその月だけ異常に高くなるので嫁さんがブーブー言っています。

でもそんな経費を計上して自分のものとして取っていたらいい同窓会は出来ないのです。

同窓会をしたいと思ったのは私で電話とかは個人的な自分の意思でしているのです。

他の電話の内容と分けることも難しいし、他の事と混同してしまったらそれこそ公私混同になってしまいます。


はっきりとみんなと共用したものだけを経費として計上することが大事なのです。

3回目の同窓会は今年だったですが、学校で3000円でするつもりがホテルになった(インフルエンザの関係で)のでとてもその値段ですることが出来なくなりました。

それでホテル側と折衝してアルコールは出さない、経費は今までの剰余金で補う、ホテル側やみんなにも協力してもらい、なんとか6千円で実現しました。

ホテルへの支払いが一人あたり5800円ほどだったので経費がほとんど出なかったのです。(赤字でした)

みんなビックリしていました。

「6000円でこんないい場所で出来るなんて」 と

その後、○○先生を囲む会もしたのですが、会計は私だけでなく2人の会計監査の人にいつもチェックしてもらっています。

受け取ったお金、支払った経費の領収書をみんなみてもらっておかしいところがあれば意見を言ってもらうのです。

ホテルでの同窓会は急にキャンセルになった人の分をどうするか?で話し合いました。

2人のキャンセルがあり、一人の人からは来ていた友人の人が代わりに6千円のキャンセル代(全額)を頂いたのですがもう一人の人をどうしようかと相談しました。

結局、全額もらった人には半額を返し、もう一人の人からはその後会って3000円を頂くことにしました。

会計は終わった後も続くのです。

ここまでやって初めてキチンとしたことになるのです。

どんぶり勘定でするなんてとんでもないことなのです。

ノートに領収書を貼って記帳してお金は袋に入れて管理しています。

みんなから預かった貴重なお金なのです。

同窓会をするとはお金に対して綺麗にするということだと思うのです。

お金は勘定と言います。

感情と同意語なのだそうです。

勘定(感情)をコントロール出来ないと落ち着いた会は出来ないのです。

これは主催者側の責任だと思うのです。

これから同窓会をしようと思っているみなさん!

打ち合わせをするからとそれをみんなからの会費でまかなおうなんて思わないでくださいね。

誰かが観ています。

「おかしい!」

と思っている人が必ず居ます。

せっかくの好意でしていることがアダになることがあります。

自分に厳しく、お金に厳しくしてください。

でないと

おっかね~になりますよ(笑)



  

2009年12月29日 (火)

自分をもっと愛して大切にしてください。

 
  
人は誰でも好きになれない人がいます。

態度が許せない人がいます。

言葉使いに腹の立つ人がいます。

鼻につく人がいます。

見ているだけで不快になる人がいます。

虫が好かない人がいます。

性格的に許せない人がいます。
 


そしてそんな人を見てその人に振り回されている自分もいるのです。

私はそんな自分が嫌いでした。

もっと強くなりたい!

どんな人を見ても動じない自分になりたい!

どうしたらそうなれるんだろう?

そう思っていたときにこの文章を見つけました。

原因はやっぱり自分にあったのです。

よかったらお付き合いください。





真理に触れる不思議な縁
 


西園寺由香さんという人がオーストラリアで行われた世界の宗教会議で会場に向かうタクシーに乗っていたときの出来事です。

人当たりがあまり良さそうでないタクシーの運転手さんが由香さんが宗教会議に出席すると聞いて尋ねてきたそうです。

「僕はあなたに尋ねたい。夜タクシーに乗ってくるお客さんは失礼な人が多いんだ。僕は一生懸命丁寧に、どんなに酔ったお客さんにも丁寧に接するのに、返ってくるのは失礼な態度ばかりなんだ。しかし僕は無礼な人間にはなりたくない。でも、許せないんだ。だから僕はどうすればいいのか、あなたに尋ねたい。どうすればいいのか?」

それは本当に唐突なことで、真剣な目をして必死に尋ねてくるその運転手さんに、私はビックリして最初は絶句していました。

「あなたはその会議に出て、きっとたくさんのことを知っているだろうから、教えてくれ」と。

それは突然のことで、私は本当に困ってしまったのですが、瞬間的に出た言葉は

「どうか自分をもっと愛して、大切にしてください」

ということでした。

彼は最初、何を言っているのか全くわからないという顔をしました。

自分に対して無礼な扱いをしてくる人にどう接すればいいのかを聞いているのに、自分を愛してくださいと言われて、質問の意図を全く分かっていないという顔でした。

それでも私は

「自分自身の力で、自分の中を自分に対する愛と誇りで満たしてください」

と伝えました。

「自分の外にある、他人の価値観や態度に影響されることなく、あなたがあなた自身の中の素晴らしいものを見つづけ、引き出しつづけ、認めつづけてください」 と願いました。

「あなた自身は神性なのだから」 と。

そう伝えると彼は黙ってしまいました。

理解してもらうのが難しいか・・・・・と思った次の瞬間、彼は静かに

「私はあなたの言っていることの意味がよく分かった」と話し始めました。

「僕は、自分が相手に丁重に接しているからこそ、同じように丁重にしてほしいという気持ちがあった。だから丁重にされないと、僕は見下されたと思い、怒りがこみ上げた。その相手の態度に自分をちっぽけだと感じてしまっていた。でも確かに、そんな失礼な人に見下される僕ではないはずだ」 と。

その顔つきの一瞬での変わりようにこちらが驚いてしまう程でした。

私はさらに“May Peace prevail on earch”(世界人類が平和でありますように) と口ずさむとよいことを伝えると、また分からないという顔をしました。

でも私が会計を済ませタクシーを降りる時、笑顔で

「May Peace prevail on earch」 と言ってくれました。

真理に触れるべく人は必ず出合う。

つながるべく人はどんな不思議な形でも必ずつながるのだと、そんなことを教えてくれた素敵な旅でした。




世界人類が平和でありますように
















追伸



相手の態度に関係なく自分の心の中を自分への愛と誇りで充たし、自分の中の素晴らしいものを見つづけ、引き出しつづけ、認めつづける

このことをいつも意識していれば絶対に外からのマイナスに侵されることはない

そう確信しました。

う先生は

「自分を励ましてあげてください、寝るときにお疲れ様と自分への労をねぎらってあげてください」

とおっしゃいました。

自分でしか自分を癒すことは出来ないのです。

自分で自分を認めてあげることが本当は一番嬉しいことなのです。

心が喜ぶことなのです。

どうぞ素晴らしい自分を認めてあげてください。

自分を愛して大切にしてあげてください。わーい(嬉しい顔) 揺れるハート




  




  

2009年12月28日 (月)

日々の指針

  
     
1、人が誰かを批判や非難の対象にしている時、それはその人が自分自身の人生に決して満足していない証である。


1、善いことも悪いことも、自分の足跡を消してゆく生き方こそ素晴らしい。


1、知名度が高いことと、人間としての価値が高いことを混同している人が何と多いことか。


1、心配性の人は自我の強い人。常に自分のことのみしか考えられない。
 

1、希望を捨てない勇気、行動を起こす勇気、変革を試みる勇気。最後の瞬間まで崇高に生きたい。





                     西園寺昌美


 
  

2009年12月27日 (日)

本物、偽物

  
   
今、巷で新しい宗教というか、思想が流行っています。

これを唱えると幸せになれる、奇跡が起こる、浄化出来る。

これは今始まったわけではなく、人間が生まれて来て「生老病死」の苦しみを持つようになってからの永遠のテーマでした。

そこから救うために金星を中心に進化した星からキリスト、お釈迦様ら聖者が天下ってこられました。

そこから宗教が始まりました。

では仏教やキリスト教が人間を救ったか?

それはごく一部の人は救われたけどほとんどの人は悟れずに終わった。

それが今たくさんの人たちが苦しんでいる原因です。

それは中途半端に宗教をやっているからです。

徹底していないからです。

例えば法華経に「南無妙法蓮華経」 というお経があります。

その意味とは

「私は悟っているだから救われたい人はどうぞ私のところに来てください、あなたの魂を救ってあげます」 

なのです。

だからたくさんの救われていない魂が寄って来る。

でもその人に浄化する力がなければ受けるだけ受けてしまうのです。

だから宗教をやっている人の方が一般の何もしていない人よりもしんどくなる、暗くなる、嫌な雰囲気を出すようになる。

「世界人類が平和でありますように」の祈りにもまったく同じことが言えるのです。

中途半端ならどんな祈りも結果は同じです。

宗教というものが嫌われてきた原因はそこにあるのです。

宗教をする人にはいくつかの段階に分かれると思います。


1.仕事関係で誘われた仕事に有利だから教えはともかく集会には参加している。

2.教えは素晴らしいと思うでもやっている人が素晴らしいとは思わない。

3.教えを信じてやっています、でも他にもっといいものがあるのではないのか?他の教えも取り入れながら併用してやっています。

4.かなり熱心にしています、でも神様も仏様も信じ切れていないのでまだ悟っていません、いつになったらスッキリするのでしょうか?



1000人いれば999人までいや100万人いてもほとんどの人が4つに入ると思います。

これはすべて中途半端なのです。

それは天地を貫いて本心と神と宇宙と繋がっていないからです。


宇宙と繋がっていないと宇宙からの無限のエネルギーは入って来ないのです。

地球上にあるマイナスの想念エネルギーは凄まじいのです。

でも人間が作りだしたものなのでどこまでいっても有限です。

だから無限のエネルギーには負けるのです。

宇宙と繋がって初めて浄化出来るのです。


そこまで行ってないと(天地を貫いていないと)マイナスのエネルギーをたくさん受けてしまうのです。

プラスの言霊で魂は光輝きます。

光輝くということは闇を引けつけるのです。

自分の因縁だけでなく人の因縁、難まで背負うことになるのです。

自分の荷物だけでも大変なのに宗教をやるということは人の分まで受け持つということです。

だから菩薩行なのです。

自分はどうなっても人を救うという気持ちがなければやっては危険です。

身も心も滅ぼします。

では、神様はそれを望んでいるか?

そんなことはないのです。

神様は人間を救おうとされています。

業に汚れている人もその汚れている人を救おうとしている人も

そのためには自分も浄化出来て、人も浄化出来るキリスト、お釈迦様のような聖者が必要なのです。

アセンションとは聖者がたくさん顕われるということです。

この聖者の数が臨界点に達したときアセンションは起こるのです。

地球の大浄化が出来るからです。

自分が聖者になろうとしたら1~4をやっていてはなれないのです。

天地を貫く光の柱になって光続けて、闇や人類の業がやって来てもそれをはね返すだけの力を付けないと中途半端にやっていては苦しくなるだけです。

浄化は出来ていないのです。

そのためには統一が大切です。

自分の本心は神様のみ心の中にあります。

統一とはその中に入るということです。

お釈迦様のいう 空 の世界です。

これを自分の努力で出来るだけ長い時間入り続けるのです。

統一出来ていない時は業が容赦なく入って来ているのです。

だからしんどいのです。

あなたが今やっていることは徹底してやっていますか?

ご飯を食べている時も、電車に乗っているときも、歩いているときも祈っていますか?

唱えていますか?

でなければそれは浄化になっていないのです。

浄化とは時々するくらいではとても出来ているとは言えないのです。

だからそんな甘い教えは全部本物ではないのです。

偽物とは言いませんがそんな甘い教えで自分も人類も救われることはありません。

地球を救うのはたくさんの聖者ではありません。

恐らく100人くらいの本当に清まった人たちが地球の波動を変えるのです。

あなたはどこに属しますか?

100人の中ですか?

業を集める役をしますか?

今のままでは業を集める役割りをしているのです。

それはそれで大切な役割りです。

でもそれは浄化しているのではないことをわかってください。

そしてもし自分が大浄化をしたいのなら統一をしてください。

その方法はう先生のご著書

“無限なる幸せを体得する方法” に書いてあります。

その本を真剣に読んで実践すれば大阪に来てう先生に会わなくても統一(悟る)ことが出来ます。

縁のある人は大阪まで来られるのです。

どちらでもいいのです。

その人に合ったメソッド(方法)があるのです。





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます






 
 
追伸

浄化するのは肉体人間の自分がするのではありません、自分を守ってくださっている守護霊、守護神さまがしてくださっているのです。

だからどんな祈り、唱えごとをするのでも必ず守護霊、守護神への感謝を入れてやってください。






   

2009年12月26日 (土)

宇宙は進化し続けている

  
  
先日のう先生のレッスンで先生は

「宇宙は進化し続けています、立ち止まることは出来ない、止まった時点で落ちています」

とおっしゃいました。

3次元でお金持ちになったり何かのことに成功したり、やり遂げたことがあったり、何か重要なことに気づいて悟ったような心境になることがあると達成感があります。

充実感もあります。

そして

「自分はこれでいいんだ」

と安心してしまうのです。

でも、ここで心境が成長することを止めてストップしてしまうとマイナスのエネルギーが容赦なく入って来るのです。

謙虚でなくなります。人を見下す、幽界の堕落したオバケちゃんに取り憑かれて人が変わってしまいます。

隙を作ってはいけないのです。

そして常に前を向いて進んで行かないとダメなのです。

そうならないために神様(守護霊、守護神)は試練を与えます。

人を介して成長させるのです。

今日、日経新聞を読んでいたら谷沢永吉さんのことが書いてありました。

彼は、87年に全幅の信頼を寄せていた金庫番の友人に騙されて35億の借金を背負うことになります。

そのときは相手を恨んだそうです。

そのときに奥さんに言われたそうです。

あなた知ってる?人を恨まば穴2つって。

「人を恨んでばかりいても解決しないってことよ。

自分も2つ目の穴に落ちるよ。陥れた連中は忘れて、借金は背負って、返してということを彼女は言いたかったんじゃないの」

あのときの彼がいたから今の彼が居る。

どんなことも自分を成長させるための経験なのだと思います。

私のもう一人の師匠であるW先生はおっしゃいました。

「人間は無限次元に進化成長し続けるのです、だから人間は素晴らしい!」

今、そのお言葉をかみしめています。




  


2009年12月25日 (金)

完全性を求めるな!

 
  
人間が腹が立ったり心配をしたり、感情的になるときとは、自分や相手の人に求めるものが大きいときです。

自分が予想した通りにならなかったり、すぐに成果がでなかったり、相手の人が自分の期待したことと違うことをした場合に気持ちのコントロールができなくなる。

そしてそれを人のせいにしたり、あるいは自分を責めることにエネルギーを使ってしまう。

そしてマイナスのエネルギーを増幅させてしまうのです。

「このままで大丈夫かな?」

「この先うまくいくのかな?」

善くなっていることをイメージせずに

悪くなることばかりをイメージしてしまっているのです。

過去や現在の状況を見てその延長線上を予測しているのです。

それでは未来は善くなるわけがありません。

2012年は破滅するのではなく、素晴らしい未来が約束されているのです。

アセンション(次元上昇)とは3次元から4次元、多次元へのシフトです。

地球上に天界、天国が顕われるのです。

今まで地球は何回もアセンションに失敗して来ました。

でもいよいよ完成するのです。

私たちの地球は今七劫目に来ています。


http://home.att.ne.jp/sky/Lucimiento/21-05FF.html

七は宇宙の完成された数字です。

その周期に来ているのです。

だから絶対に私たち人類も地球も救われるのです。

絶対に大丈夫なのです。

だから

「なにがあっても絶対に大丈夫なんだ」

というのが大前提にあるのです。

だから、未来にそれを刻印するのです。


私たち人間は神の子です。

不可能を可能にしたり

奇跡を起こすことが出来るのです。

ただ完全になるにはまだ早いのです。

不完全な今の自分や他人を見て嘆いているのです。

今は不完全でもしかたがないのです。

後、2年はかかります。

それまでは悪いものが出て消えてゆくのです。

出ないと消えないのです。

お金もなくなります。

病気も無くなります。

死も無くなるのです。

それまでには、心の中で葛藤があります。

浄化するときには消えてゆく姿があるのです。

悪いものが表面に出て消えて行こうとするのです。

そこを見てしまって

「ああやっぱりダメなんだ」

と思うのは全然違うのです。

善くなるときは、最悪と思われる状況が現われてからでないと転換しないのです。

夜明け前が一番寒くて暗いように辛い時期を過ぎないとやってこないのです。

未来が全くわからないで不安な気持ちで見送るのと

絶対大丈夫なんだと心が動揺しないで雲が行き過ぎるように見守っていれば悪いものは勝手に消えていくんだ。

と思うのでは全然ちがうでしょ。わーい(嬉しい顔) 手(チョキ)

辛いのがもっと辛くなるのと楽しみが待っている前提での辛さは全然違います。


真理を知っていること、これから先に何が起こるかを知ることはとても大切なことなのです。

その大安心があって初めて落ち着いた祈りが出来るのです。

世界人類が平和でありますように

は未来に平和を刻印することなのです。

未来に人類(地球、その他の星を含めた)の幸せをイメージしているのです。

そして素晴らしい未来がやって来るのです。

時間は過去から現在未来へ流れるのではありません。

未来から現在にやってくるのです。

それが時空を超えるということです。

今は過渡期です。

ですから今の時点で自分や他人(本当は自分も他人も無いのですが)に完全を求めるのはやめましょう。







世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



  

2009年12月23日 (水)

お酒は怖い!

   
   
実は私は高校の同窓会の会長をしておりまして、同期会の幹事でもあり、同窓会のHPに管理人の日記を書いています。

そこで同窓会に出されるお酒について書いたのですが、同級生のある人が非常に共感してわざわざ電話までもらいました。

その人は高校の教師をしていて先生の立場や生徒のこと、同窓会のことを客観的に観れる人なのです。

みなさんも同窓会とかされることがあると思います。

参考にしていただけたら幸いです。






管理人の日記
 

 
今までに、三回同窓会をしました。

1、2回は母校でしたのでアルコールは無しでした。

3回目はインフルエンザの関係で母校が使えなくなり、ホテルでしましたが予算の都合でアルコールを出さなかったのです。

今振り返ってみると正解だったように思うのです。

お酒が入ると気が大きくなります。

声が大きくなります。

ストレスを発散させようとします。

昔のことを想い出して感情的になったりします。

人が変わります。

豹変します。

我ままになります。

言葉は悪いのですが

お酒は○違い水とも言われています。

お酒で失敗した人はいくらでもいます。

そんなお酒を先生を招いた会に出すのは違うと思うのです。

もし誰かが破目を外して豹変したらどうするのですか?

けんかが始まったらどうするのですか?

同窓会というのは昔に還るということです。

未熟だった頃に戻ってしまうのです。

自分の気持ちをコントロール出来ない頃に戻ってそこにアルコールを入れる。

考えただけでもぞっとします。

ホテル側は言います。

「アルコールが入らない会なんて聞いたことがありません」

「単価が上がらないのでそれはちょっと困ります」

それはそうかもしれません。

でももし、ぶち壊しになったら

それこそ、今まで準備して来たことが水の泡です。

(何もなかったとしてもお酒が入ると雰囲気はおかしくなるのです。気が荒くなります。飲んでいない時とは明らかに雰囲気が違ってきます)

後に続けることが難しくなります。

気まずくなります。

その人はもう同窓会に参加することが出来なくなります。

これは暴れた人に責任があるのではなく主催した側に責任があると思うのです。

お酒は会が終わった後の2次会で飲めばいいのです。

そこには覚悟が出来てる人が集まるからです。

同じ波長の人が集うからです。

でも同窓会はしらふで真面目にするものです。

何事もけじめが大切です。

これから同窓会をしようとされている人

参考にしてくださいね。


 

2009年12月22日 (火)

一生懸命

 
  
一生懸命って命を懸けるということです。

必死というのも死を覚悟しているわけです。

「人間死んだらおしまいだ」 とか言いますが

本当に悟ろう(幸せになろう)としていた昔のお坊さんは

「死んでもいいから悟りたい!」 それくらいの覚悟があったのです。

キリストも真理を知ることを目が邪魔をするのならえぐってしまえ!

とまでおっしゃっています。

それは死が終わりではないということです。

のんべんだらりと生きているだけでは命が死んでしまっているということです。

一生懸命に命を懸けてやらないと何事も成就しないし意味がないのです。

「どうしたら幸せになれるのですか?」

「辛いんですどうしたらいいんでしょう?」

と質問を受けるので

「こうしてください」

と言っても

「それはちょっと」

「そのうちやってみます」

そんな寝言のようなことを言っていてどうにかなると思っているのですか?

やることもやらないで、頭で考えてばかりで実行もしないでエネルギーが動く(神様が動く)はずがないのです。

みんな無茶苦茶甘えています。

「そのうち誰かがどうにかしてくれるだろう」

「なんとかなるだろう」

と考えているうちはどうにもなりませんよ。

自分が変わらなければ、なんにも変りはしないのです。




  


元気であるはずがない

 
    
最初だけマイナスと思われるようなことを書きます。わーい(嬉しい顔)

今地球はマイナスの想念エネルギーで溢れています。

寒いし、仕事は減ってくるし、お金は無いし、身体の調子は悪いし、人はみんな自分のことしか考えていないし将来は不安だし

そんな状態で

「私は元気です」わーい(嬉しい顔)手(チョキ)

と言っている人がいますが

「そんな訳あるはずがないのです」

たぶん、ちょっとしたことに喜んでいるのでしょうがそれも少し嫌なことや暗いことがあるとすぐに落ち込む

毎日そんなことの繰り返しだと思います。

結局、感情に振り回されているのです。

人の喜怒哀楽に波長が合ってしまっているのです。

人の喜や楽に合わせただけでそれが幸せなんて言えないのです。

どんなに苦しくても、たった一人しかいなくても、愛してくれる人がいなくても、愛する人がいなくても貧乏でも病気をしていても世の中の不幸を全部背負ったような境遇であったとしても・・・・・・・


自分の本心に繋がっていれば心配、不安にならないのです。

本心とは自分の本当の心がある“場所”です。


人はみな自分が何者であるのか?がわからないから不安になるのです。

たった一人ぼっちで死んだらおしまいだと思っているから怖いのです。

自分のことがわからないから人のこともわからない。

世の中がこれからどうなっていくのかもわからない。

そんな状態でそんな心境でどうして元気になれるのですか?

私は不思議でしかたがないのです。

元気になれるはずがないでしょう?


自分の本当の姿は何なのか?

どこから来てどこへ行くのか?

このことを追求して自分で答を探すのです。

答が出るまでは不安です。

でも幸せは自分自身でつかまないと誰も助けてくれないのです。

「答はこうですよ」

と教えてくれる人はいます。

でも自分でつかみにいかないと心が納得しないとわかったことにならないのです。

中途半端なのです。

頭だけでわかったつもりになっているだけです。


必死で求めていないのです。

必死になっていないときはまだまだ余裕があるのです。

甘さがあるのです。

本当に元気になるには感情を越えなければなれないのです。

そのためには求めることが大切です。

求めれば答はあるのです。

命懸けで真理を求めた時

幸せはやってくるのだと思います。











追伸


先日、遠い東京から大阪に2週連続で来られた人がいらっしゃいます。

先々週はオーラ・オーラに来られて次の週には、健・美・食のセミナーに参加されたのです。

そんなハードなスケジュールをこなして来られたのです。

その方の求める気持ちが強かったのです。

だから求めておられたものを得られて帰られたと思います。

行動に表わすことの素晴らしさ、直観を信じる素直さに感動しました。



 



  


 




  

2009年12月21日 (月)

自分を信じる、神様を信じる

 
  
人間を創ってくださったのは神様です。

宇宙と言ってもいいし、創造主でも、サムシンググレートでも何でもいいです。

その神様は人間を幸せにしようとなさっています。

神様は愛です。

か~ぁ

み~ぃ


その愛に溢れた神様が人間を不幸にするはずはないのです。

いじめたり、苦しめたりなんて絶対にしていないのです。

不幸だと思うのは人間が勝手にそう思い込んでいるだけです。

だって同じ境遇に遭っていてもそれを不幸と捉える人もいれば幸せにとらえる人もいるのです。

幸せとはその境遇ではなく、心の状態なのです。

心が愛に溢れて、プラスのエネルギーに充ちていて、マイナスと共鳴するものがなければ悪いもの(そんなものはないのですが)と波長が合うことはないのです。

すべてのことは自分の魂を成長させてくれるための経験、体験です。

経験、体験が厳しいものであればあるほど強くなれます。

人間は光の波動体で出来ています。ぴかぴか(新しい)

だから光が強くなればなるほど魂は喜ぶのです。

魂が喜ぶことが感動であり、幸せ感になるのです。

そして、魂が強くなればなるほど、今度はたくさんの人を救えるのです。

闇を照らすことが出来ます。

すべてのことは光を強く逞しくするための神様のご計画なのです。

自分一人で乗り越えるのでない。

バックには神様がついてくれているのです。

だから

「絶対に大丈夫なんだ、自分は神様に守られているんだ」

と深く強く信じることです。

神様を信じるよりも前に自分を信じることです。

自分の存在を信じることです。

私たちはどこから来たのでしょう?

それは宇宙から来たのです。

神様の世界から来たのです。


我即神也






守護霊、守護神に代わってあなたに語る



17、私は常にあなたに真理を語りつづけている。
 
あなたの心が全智全能の創造主と同じような強い力を握っているのだということを。
 
あなたは自分の心で、自分自身を幸せにも不幸せにもすることが出来るのだということを。
 
自分自身を、傷つけ暗く悲しいものだと思ったら、その通りの人生が展開されてゆくであろうということを。

そして自分自身を神の分け生命として認め、明るく大いなる希望をもってゆくならば、またその通りの人生が展開されてゆくであろうということを。
 
心はすべてのすべてである。
 
なぜならば、心は自分自身の運命の支配者であるからだ。





  

2009年12月19日 (土)

人の倍働こう!

  
  
最近仕事をしてて特に思うのは

人の倍仕事をしていれば、仕事におけるほとんどの悩み、トラブルは解消されるではないか ということです。




メリット

・ 仕事に集中出来るので人のことが気にならなくなる (ミスや失敗が極端に減る)

・ 長時間働いても時間を忘れるくらいになる (時空を超える)

・ 人から非難されることもない (一生懸命にしているので)

・ 暇なときにも仕事を探すようになる (時間の使い方が上手になる)





 昔は 「人の3倍働け!」 と言われました。

今は仕事が減っているのでやり過ぎるとかえって迷惑になることもあります。

倍とは人の分を取るということではないのです。

倍働こうとしたら効率を上げるためにどうしたらいいのか?

工夫するようになります。

人が嫌がる仕事にもチャレンジしようとします。

今、何をすべきか?

次に何をすべきか考えるようになるのです。

そして全体が見渡せるようになります。

客観視出来るようになるのです。

客観視するとは働いている自分をもう一人の自分を観るということです。

3次元の自分を次の次元で観るようになる。

目に見える肉体の自分を目にみえない霊的な自分が観ているのです。

実はこれが4次元であるのです。

4次元の意識です。

3次元と4次元は繋がっています。

3次元を一生懸命に努力していると

いつの間にか宇宙的視野に立つことが出来るのです。
 

人の倍働くとはそういうことなのです。




  

幸せになる方法

 
  
先日、う先生のレッスンを受けた時

「どうですか、真理の伝達は?」

と感想を聴かれました。

最近私は積極的に人と会うようにしているのです。

「そうですね、みなさんマイナス思考の人が多いのに驚かされました」

と述べると

「プラスしかないんですよ、プラス思考になるしかないんですよ」

とそれだけおっしゃいました。

たったそれだけの会話でしたが私には雷が落ちたようにビビッ雷 と響いたのです。


本来、宇宙はプラスだけの波動で出来ています。

地球よりもずっとずっと進化した星にはマイナスのエネルギーなんてないのです。

太陽系で精神的に幼くて一番遅れた星は地球なのだそうです。

どこが違うかというとマイナスのエネルギーで覆われているのです。

簡単に言うとプラスをつかまなくて、マイナスをつかんでしまっている。

マイナスのエネルギーとは人間が作りだした想念です。

嫉妬、批判、非難、中傷、敵対心・・・・・・無限なる光 ぴかぴか(新しい)

そこに意識が合ってしまうから不幸になるのです。

不幸だと想ってしまうのです。

モヤモヤ、スッキリしないのです。

でも、どれだけ地球や人類がマイナスエネルギーに覆われていたとしても必ずそこにはプラスのエネルギーも存在しているのです。

そこをつかむのです。

それを意識してプラスだけを見ていく

業にまみれてマイナスをつかんでしまった人に捉われてはダメです。

マイナスの部分を見ると、つかんでしまうと自分もそれに共鳴してその人と同じになってしまうのです。

どれだけ素晴らしいと思っている人、自分が信じている人にもマイナスは必ずあるのです。(肉体を持って生まれた以上は)

そこを見てしまって嘆いても、裏切られたとがっかりしても意味がないのです。

それはマイナスをつかんでしまっているからです。

意識的に生きていてはダメです。

無意識にただぼんやりと生きていてはマイナスエネルギーに感化されるだけです。

「自分はプラスにしか共鳴しないんだ、プラスしかつかまないんだ」

という強い意思が大切なのです。

プラスだけを見て、プラスだけを掴んでいくと宇宙の波動に共鳴するのです。

そして奇跡は起こる。

マイナス思考の人には絶対に奇跡は起こりません。

厳しいかもしれませんが、自分の気持ちをコントロールするしかないのです。

自分の心を自由自在に出来る人が幸せをつかむのです。

そしてそれは特殊な人だけが出来ているのではなく、誰でもが出来ることなのです。



守護霊さん、守護神さんは宇宙の法則をあなたに伝えようとされています。






守護霊、守護神に代わってあなたに語る



 
20、

あなたは常に幸せを願うのだ。
 
あなたは常に神の無限なる能力を信ずるのだ。
 
あなたは常に調和を愛するのだ。
 
私はあなたのその望みにむかって全精力を傾けて、その実現のためにわがエネルギーをフルにあなたの心の中に注ぎこんでいるのだ。
 
だが、あなたの望みが常に暗く悲しく絶望的であるならば、その方向にむかってわがエネルギーを注ぎ込むことは、不可能である。
 
あなたの考えが明るく積極的な希望に満ち溢れたものに変わるよう、エネルギーを注ぎこむのであるが、そのエネルギーの消費量は並大抵ではない。
 
もともと+(プラス)の考え方を更に+(プラス)の方向に導き、この世に実現可能にせしめることは、宇宙の法則通りに実に簡単で無駄なエネルギーを消失しないものであるが、-(マイナス)の思考を+(プラス)に方向転換させることは、前者の何万倍ものエネルギーが消失されるものである。
 
 
常にあなたの考えを+(プラス)の方向に向けて生きて下さい。



                     
                         西園寺昌美



 


2009年12月18日 (金)

自分のものなんてない

 
 
以前、ある本に書いてあったのですが、今も印象深く残っていることを書いてみます。

ある小さな国で、服が盗難にあったのだそうです。

犯人はすぐに捕まり、裁判になりました。

取られた人はお金持ちだったそうです。

裁判官は取られた人に言ったそうです。

「あなたは何枚も服を買えるだけのお金があるのだから取った人を許してあげなさい」

なんとおおらかな大岡裁きでしょうか わーい(嬉しい顔)

その裁判では取った人をとがめるのではなく

取られた人に

「せこいことを言うな!」

というような雰囲気だったそうです。

日本ではまず考えられないことですよね。

日本でこれをやってしまったら大変なことになります。げっそり

まず、裁判官は確実に首になるでしょう。

でもほとんどの人の本音は

「金持ちなんだから許してやれよ、それくらい取られたって全然堪えないだろう、みんなで助け合っていこうよ」

なのかもしれません。

でも法治国家だからそれができない。

こうしてみるとお金ってなんだろう?

自分のものってなんだろう?

と思います。

私たちはただで生まれて来ました。

お金を払って

「お父さん、お母さんお金を払いますから僕を生んでください」

なんて言って生まれてきた人はいないのです。

資本はないのです。

だからお金も自分のものではなく

ただ預かっているだけなのです。

死んだら使うことは出来ません。

あの世にはお金は持って行けないのです。

自分の身の周りの物も自分のものなんてないのです。

子どもも神様からの預かりもので

成人して自立できるようになったら社会に返すのです。

お金はエネルギーです。

溜めるとエネルギーが滞(とどこお)るのです。

詰まって来るのです。

流れないのです。

だから病気のような状態になります。

気とはエネルギーのことなので、気が病んだ状態になるのです。

だから循環させないといけないのです。

入ってきたら入って来た分を人が喜ぶことに使うのです。

するとお金は又、喜んで帰ってきます。

日本の経済はエネルギーが流れていないからおかしくなったのです。

先行きが不安だからお金が流れない。

使うべき時にも使わない。

自分のものではないのに自分のものにしようとしている。

自分たちで自分たちの首を絞めているのです。

 

面白い話を聞いたことがあります。

お金をため込むのは便秘と同じなのだそうです。

お金といううんちを溜めこんで出そうとしない。

食べても出さない(入って来ても使わない)

するとお腹が痛くなります。泣き顔

でも出すのが惜しいのでまだ出さない。

そしてとうとう病気になってしまう。

お金=うんち は外に出ようとしているのに出してもらえないのです。

金持ちが3代続かないのは、誰かがバランスを取るために使う役目をしているのです。

家族から 金食い虫 とボロクソに言われるけど憎まれ役をかって出ているのです。

その人のお陰でバランスが取れたのです。

お金は使っていかないと使う人がいないと家族が病気になるか、もっと不幸なことになるのです。(身体でいうと下痢の状態です)

お金は潤滑油のようなものです。

人と人とを仲良くさせる、幸せにさせるためにあります。

だから自分のものではないのです。

お金持ちの人は使う役目を授かっただけなのです。



だから自分のもの?を盗まれたとしても盗った人がバランスをとってくれたんだということなんですね。


だから悪い人は存在しないのです。

“罪を憎んで人を憎まず”

人は自分を成長させてくれるために存在します。
 

だからどんな人にも感謝ですよね。わーい(嬉しい顔)




  
 


2009年12月16日 (水)

いいわけ

  
    
人間関係において、つい、してしまいたくなることの一つに

「言い訳」 があります。

自分にはそんなに非があるわけではないのに誤解されて

「お前が悪い!」 と言われたとき

素直に

「ごめんなさい!」 というには勇気がいります。

「ちょっと待ってくれよ、こうこうこう言う事情があったんだよ」

と言いたくなります。

でもそこで弁解して相手の人がわかってくれても

なぜか自分の本心は納得していないのです。

それは自分の本心や守護霊、守護神がこう言っているからだと思うのです。

「言い訳をするな!みっともない!」 って

私には心の奥底からこの声が聞こえてくるのがわかるのです。げっそり

だからぐっとこらえて

「ごめんなさい」 と言います。

すると本心や守護霊、守護神が光を送ってくれるのです。

「よくやったそれでいいんだ」 という慈愛の光です。ぴかぴか(新しい)

するとその後が気持ちが良いのです。

しばらくは温かい光が私を覆います。

それがご褒美だと思うのです。

日常生活を送っているとこれの繰り返しだと思うのです。

名誉を取るかご褒美を取るか?

選択は人間に任されています。

人間は何をしようと自由なのです。

「どうしようかな?」

と迷う時間が短ければ短いほど早く楽になります。

迷っている時間は苦しいのです。

だからどうしたらいいのか?

することは同じなのです。

私たちは毎日、テストを受けているのです。

素直になるためのテストです。

素直は素(もと)に直と書きます。

人間の心の故郷は宇宙です。

宇宙は人間の素(もと)なのです。

つまり素直な人とは宇宙と繋がっている人のことを言うのです。

宇宙は創造主、神です。

素直な人とは神様と一体になっている人なのです。

だから日々の生活は神と一体になるための試験なのです。

自分の本心(神)に素直になるためのお試しなのです。わーい(嬉しい顔)


  


  

2009年12月15日 (火)

みなさんごめんなさい!

      
     
最近日記を書いていません。

今、プチ充電中です。わーい(嬉しい顔)

パワーアップして還って来ます。

もうしばらくお待ちください。 手(パー)


  

  

2009年12月10日 (木)

健・美・食の会 のお知らせ

 
 
今年最後の調和波動気功セミナーです。

私はセミナーがある度に是非!このチャンスをつかんでご自身の魂の成長に役立てて戴きたいと思うのです。

それくらい価値があって素晴らしいセミナーなのです。ぴかぴか(新しい)

みなさ~ん勇気を持ってセミナーに参加してください。わーい(嬉しい顔)手(チョキ)

う先生の楽しくてためになる講演があります。
 
 

参加される方は私までご一報ください。


篠崎携帯  080-1444-0018 



         


                   健・美・食の会



日   時:              2009年年12月20日(日)  12:00~
         
会   食:      12:00~13:30

う先生講 演 会:  14:00~




場   所:中国料理 大成閣 (大阪市中央区東心斎橋)




http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/


(ホームページに掲載されている健・美・食の会は前回開催された時のものです。)



 


 

目標とやる気

 
   
自分の生き方を決める上で目標設定をすることが大事だと言われています。

モチベーションとか夢であるとか、日産ルノーのゴーンさんのように長期的な目標(コミットメント)を持つことが大切であるとか

個人でも組織でも

成功するかしないかは目標を持ち続ける意志力なのです。

私は、この意思力とは “やる気” のことだと思うのです。

このやる気を起こさせることに家庭内でも、学校でも組織の長の人も頭を悩ませているのです。


個人でもどうやって自分は目的、目標を持てばいいのか?が分からない人がたくさんいます。


では、目標を持って輝いている人とそうでない人との違いは何か?



それは自分がどうしたらいいのか?を探している人と

どういう自分になりたいか?を見つけて追求している人との違いだと思うのです。

今の世の中、どこの会社に入って何をしたら将来安定した生活を送れるとも限りません。

というより安定とか収入とかを自分の目標としては壁にぶつかったときに弱いのです。

他にもっと安定したところがあれば移りたくなる。

収入が減ったときに自分の描いていた夢の生活と離れていく。

それどころか入った組織が破たんすることもあります。

物質的なもの、金銭的なものを目標としても、短絡的な短期的なモチベーションの維持にしかならないのです。

それが長期的なものであってもやる気の時間が少し延びるだけです。


人間の心はそんな浅い、低い志しの目標では維持できないのです。

心が喜ぶことでないと感動が伴わないと本当の“やる気” は湧いて来ないのだと思うのです。



大きな壁にぶつかるとへこたれてしまいます。

それに対して

どういう自分になりたいか?

どういう自分でありたいか?

を目標にするとブレないのです。

「私は人を救う人になりたい、だから医者になる」

「私は人に喜んでもらえる人になりたい、だから芸人になる」

愛とはとてつもなく大きいものです。

人類愛を目標とすると挫折、障害、壁は乗り越えられるのです。

愛の方が大きいからです。

しんどいとか、疲れたとか、眠たいとか、自分の都合で怠惰になることなんて無くなるのです。

エネルギーをその大きな目標に向け続けることが出来るからです。

エネルギーが集中する。

だから実現する。

早くなる。

奇跡が起こる。




そんな内容のことが書いてある本があります。

ワタミグループの社長で思いを、夢を実現した人の体験談です。

そこに目標の持ち方が書いてあります。

仕事に関する考え方が述べてられています。

よかったら読んでみてください。




「思いをカタチに変えよ!」 渡辺美樹 PHP




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)



   

  
 

2009年12月 9日 (水)

宇宙人と出会ってほしい

 
  
40歳を過ぎて子どもが授かったある美術家の女性が将来子どもが挫折をしたときに

「全く違う価値観の人(宇宙人)と出会ってほしい」

という願いをある新聞に書いていました。

これはどういうことかというとご自分の体験で高校生の頃にある現代美術作家に偶然(決して偶然なんかではないのですが)出会って、それから世界が広がったのだそうです。

人は生涯の内に生き方を左右するような運命的な出会いが何度かあるものなのです。

子どもというものは、ある時期から親の言うことを全くと言っていいほど聞かなくなります。

反抗しているのか、親を認めていないのか、いいなりになるのが嫌なのか

それはわかりませんが自分で進路を決めたいと思っているようです。

そんなときに親はいい友達や先輩、先生に出会って欲しいなぁと思うものなのです。

だからこの美術家の女性の言っていることがよくわかるのです。

そして全く価値観の違う人を宇宙人?と述べています。

私はこの宇宙人が神様の使い、つまり天使のように思うのです。

それも守護霊、守護神から依頼された人です。

だいたい一人の人間には守護霊が2人、守護神が一人付いているのだそうです。

そして見守っている人間が色んな経験を積んで魂が成長して行けるように背後から指導しているのです。

でも肉体人間は、肉体の親に逆らうように魂の親(守護霊)にも素直にならず自分の我で突っ走って行くのです。

そんなとき守護霊はその子に縁の深い、影響力の大きい、ある人に頼むのです。

「この子を正しい道、魂が成長する道に導いてやってください」・・・・・・・・・・  と

頼まれたある人はなんだかこの子を放っておけない心境になるのです。

そして親身になってアドバイスを送る。

どちらの人間も背後で守護霊、守護神同士が交流して仕組んだ事とは思ってもみないのです。

こんなことは実は、いくらでも起こっているのです。

私たちが偶然と思っていることはすべて必然です。


人と人とが出会うのには決して偶然はないのです。

無駄なことなんてこの世(3次元)にもあの世(4次元、多次元)にも絶対にないのです。

ただそれをなんとなく見過ごすか?

素晴らしい出会いと受け取るかはその人の選択に任されているのです。

こどもの守護霊様、守護神様にいつも感謝してお願いをしていると守護霊、守護神に光が行ってその子を守りやすくなるのです。(感謝は光だからです ぴかぴか(新しい) )

そして子どもは色んなメッセージに気づきやすくなります。

直観力が優れて来るのです。

そして素晴らしい宇宙人?に出会って運命が好転して行くのです。

だから私は自分の子どもだけでなく縁のある人の守護霊様、守護神様に感謝してその人が真理に目覚めていくことを願っています。


 


世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます










追伸


このことは 「守護霊、守護神に代わってあなたに語る」 の10番に出ています。





10.あなたの希望を実現する場合、まだこの世の中に何の手ががりも見出せず、皆目何も無いところから全く新しい希望、この世に打ち出すそのきっかけを創造(つく)り出すのは、いうまでもないこの私である。
  
常に私の存在を忘れず私の名を呼びなさい。守護霊、守護神同士でお互いに交流し合うからである






  




 

  

2009年12月 6日 (日)

忍者

 
  
時代劇で忍者が出てきて、お城などの高い塀をジャンプ一番!

上まで行くのを見ていて

「オリンピックに出たら文句なく金メダルだろうなぁ」ぴかぴか(新しい)

と幼心に思ったのは私だけではないと思います。

ほんとに忍者は跳べたのか?

架空の作り話なのか?

でも忍者は相当な修行をしているので今の常識では考えならないことをやってのけたようにも思っていたのです。

それ以外にも焼けた石の上を裸足で歩いても火傷しないとか、不思議な話はいくらでもあるのです。

そんなとき忍者がどうやって高く跳べるようになったのかがある新聞の記事で分かりました。

元プロ野球選手であり、横浜ベイスターズの優勝監督でもあった権藤博さんのコラムです。

現役の頃に読んだ時代小説に武者修行のことが書いてあってそこには、芽生えたばかりのケシの草を毎日跳んでいると、植物の成長につられて背丈の高さでも跳べるようになる、と書いてあったそうです。

それを参考に毎日少しずつトレーニングをしていったらとんでもない肉体と身体能力がついたそうです。

走るのが大の苦手だったのが、その当時の陸上三段跳びの五輪金メダリスト、織田幹雄さんが

「権藤を鍛えれば、東京五輪の400メートルでメダルが狙える」とまで言わしめたのだそうです。

ケシの草がまだ芽生えた頃は1cmくらいだったのかもしれません。

そんな高さならジャンプしないでも跳べる。

またいでも跳べます。

その絶対に跳べる、大丈夫なんだというところからスタートするのです。

ケシの草が3㎝、5㎝になっても絶対に跳べるしか顕在意識にはないのです。

30㎝でも50㎝になっても意識は最初の1cmのままだったのでしょう。

それが1メートルを超える頃になると顕在意識が潜在意識まで浸透してきて心の底から

跳べるのが当たり前という意識だったのだと思うのです。

それは2メートルになってもそれを越えても同じだったのでしょう。


そこでこの権藤さんのすごいところはこれを実践するために電車に乗って誰もいないグランドまで通ったのです。

そしてケシの芽生えた頃からを再現するために腹筋一回、背筋一回、ジャンプ一回から始めたのだそうです。

ものの3分で終わることをこの原点から始めたのです。

腹筋一回なんて誰でも出来る、絶対に出来る からスタートしたのです。

「跳べないかもしれない、跳べるはずがない」

から始めるのではなく

「絶対に大丈夫なんだ、当たり前なんだ」

の意識を植え付けるのです。

そこからスタートするのです。

マイナスを一切入れない。

本当のプラス思考だと思います。

私たちはすぐに

「無理だ!」

「不可能!」

「出来るわけがない!」

と簡単に言ってしまいます。

そして潜在的に眠っている本当の能力まで使わずにいるのです。

そして言葉もエネルギーです。

否定的な言葉はそのまま実現するのです。

反対に信念はどんなことも可能にします。

忍者が2メートルの塀をジャンプ出来たように

絶対に大丈夫なんだという信念はどんなマイナスも吹き飛ばすのです。

今こそ、この信念が大切だと思うときはありません。

自分に自信を持つことの大切さを感じるときはありません。


信念を持つ訓練をするために私もケシの草に例えて何かにチャレンジしてみようと思っています。

途中からではなく

原点(ケシの草の芽生えた頃)からスタートするのです。

みなさんも自分で奇跡を起こしてみませんか? 

きっと素晴らしいことが起こると思いますよ。わーい(嬉しい顔)手(チョキ)




  


2009年12月 4日 (金)

守護霊守護神に代わってあなたに語る全27

  

    
1、私は日頃あなたが思っていること、考えていることそのすべてを把握し、そしてその希望をすべて成就させるよう願っている。

決してあなた一人だけの望みではない。

あなたの望みは常に私の望みなのだ。







2、自己の希望を実現しえないで人生を終わってしまう人の何と多いことか。
 
彼らは私の存在を少しも認めようとはしなかった。
 
私はどんな時でさえも常に彼らの側にあり、彼らの望みを達成し得んが為に彼らを見守り導いてきたつもりでいる。
 
希望の成就は肉体個人一人で出来るものではない。
 
常に守護霊、守護神と共に歩んでこそ成就する路なのだ。
 
それが真実の人生の路なのだ。

   


 

3、出来うる限り明るく陽気に振るまいなさい。








4、私はあなたがいかなることをしようとも、決してあなたに罰を与えない。
 
私はただ、すべてを許すのみである。

そしてあなたのその罰を私が代わりにしょってあげているのである。
 
その代わりあなたは “消えてゆく姿で世界平和の祈り” を繰り返し繰り返し祈ればよい。

自分自身を深く信じなさい。

 


 

5、私はあなたにあえていいたい。
 
出来る限り明るい言葉や思いやり深い優しい言葉を常に、極力心がけて努力して使うようにし、光明思想の本を一日一回は読み、人の心を感動させるようなニュースを聞き、人と語り合う時には人の心を豊かに楽しませるような話題をあえて選び、明るいことのみを語るようにしてほしい。

そして暗いニュース避け、病気の話や人の不幸の話は出来るだけ口にしないことである。



 

6、羨望の心が湧くのも致しかたない。
 
嫉妬心にもだえるのもまたこれ仕方がないではないか。
 
そして人の幸福を妬み人の不幸を心ならずも喜ぶのもまた致しかたない。
 
人の心は感情によって左右されるものであるから、感情を無くさない限りこのようなことはすべて人の心の中に起こり得る現象である。
 
この世は物質肉体の世界、完全なる霊なる世界と違って不自由な束縛ある世界、よくないことだと充分にわかっていながら、正しいことではないと充分に理解していながら、神から反している行為だと充分に納得していながら、やはり現れてくるのが現実なのである。
 
おさえる必要はない、出すだけ出すがよい。

だが、出来るだけ人に迷惑がかからないように出してゆくのだ。
 
相手にまともにぶつからず、声を出して私にぶつけなさい、私にどなりなさい、私に非難をあびせかけるがよい。
 
私はあなたの心が充分にわかるだけに、あなたが愛しくて可哀相でならない。
 
私の大きな翼であなたを包んであげよう。
 
癒してあげよう。
 
心の中にある鬱憤をすべて私に吐きすてるのだ。
 
私が聞いてあげよう。
 
私が代わって祈ってあげよう。
 
あなたがあなた自身で祈れる時がくるまでは。

 偽善者 になるよりはよほどよい。






7、不調和な状態を一刻も早く自分の心の中から一掃せよ。

 



8、

あなたの内部の奥にじっとひそんで隠されている部分、秘密、嘘、葛藤、情欲・・・・それらのすべてを私は知っている。

私の前には何の隠しだても無用である。

ただ裸になることだ。

私にとっては肉体人間の弱さなどは百も承知の上だ。

だからこそ私というものが必要なのだ。

私の支えを必要とするのだ。

朝な夕なに私の名を呼びなさい。




9、

大自然の修復作用が発揮出来るよう大自然に代わって祈れ。




10、


あなたの希望を実現する場合、まだこの世の中に何の手ががりも見出せず、皆目何も無いところから全く新しい希望、この世に打ち出すそのきっかけを創造(つく)り出すのは、いうまでもないこの私である。
  
常に私の存在を忘れず私の名を呼びなさい。守護霊、守護神同士でお互いに交流し合うからである。


 

11、

人の悪を聞くために耳があるのではない。
 
人の悪を語るために口があるのではない。

人の悪しき姿を見るために目がついているのではない。

 


12、

相手を解放してあげると自己の束縛から解放される。

 


13、

すべてを見知っている私の前ですら未だ嘘、偽りでもって自分を覆いつくし、隠しだてをするつもりでいるのか。

情けない。

私はすべてを許そうと思っているのに。

私は(宇宙の法則)から絶対なる権限を与えられている。

あなたのすべてをゆるし、あなたのすべてを愛するのが私の働きである。





14、


あなたが私から離れてどこへ逃げようとも、隠れようとも、またどんな罵詈雑言(ばりぞうごん)をあびせかけようとも、それでもなお私は常にあなたの側を離れず、怪我がないよう、苦しまないよう、痛まないよう、見守りつづけているだけである。
 
私はあなたに嫌われていても、それでも尚あなたが愛(いと)しいし、愛しつづけているのである。





15、

私は肉体を持ちあわせていないので常にあなたの内部に働きかけ、内部の力を増し、調わせ、そのエネルギーを外界に現わし、そして出来るだけあなたの思うようになるよう、成就するよういたらしめているのである。

 

 

16、

私はあなたが暗く沈んでいる時、今まで以上に強い希望の光を投げかけている。
 
あなたが自分自身を傷つけ悲しみに浸っている時、すべては許されるのだという真理の光を送り、あなたに語りかけているのだ。
 
そして私の慈愛の光によって次第にあなたが真理に目覚めはじめ、その暗く果てしない入り組んだ道から脱け出してゆくあなたを見た時、私はあなた以上に天の神に感謝しているのだ。


 

17、

私は常にあなたに真理を語りつづけている。
 
あなたの心が全智全能の創造主と同じような強い力を握っているのだということを。
 
あなたは自分の心で、自分自身を幸せにも不幸せにもすることが出来るのだということを。
 
自分自身を、傷つけ暗く悲しいものだと思ったら、その通りの人生が展開されてゆくであろうということを。

そして自分自身を神の分け生命として認め、明るく大いなる希望をもってゆくならば、またその通りの人生が展開されてゆくであろうということを。
 
心はすべてのすべてである。
 
なぜならば、心は自分自身の運命の支配者であるからだ。



 

18、

私はあなたがいかなる苦悩、いかなる悲哀、いかなる絶望にあろうとも、必ずあなたを幸せにしようと心をくだいて見守りつづけているのである。

私の働きはあなたの真の幸せに導くこと以外の何ものでもない。


 


19、

 
私はあなたにお願いがある。この世は物質的肉体がすべてではなく、本来霊なる世界の写し世である、という事実を自覚してほしいのである。
 
霊的自我に目覚めたその時から、もはや何ものにもしばられぬ自由自在なる世界が、あなたの目の前に展けてくるのである。

それは無限の可能性を秘め、自分の思う通りになる世界となるのである。

 

 

20、

あなたは常に幸せを願うのだ。
 
あなたは常に神の無限なる能力を信ずるのだ。
 
あなたは常に調和を愛するのだ。
 
私はあなたのその望みにむかって全精力を傾けて、その実現のためにわがエネルギーをフルにあなたの心の中に注ぎこんでいるのだ。
 
だが、あなたの望みが常に暗く悲しく絶望的であるならば、その方向にむかってわがエネルギーを注ぎ込むことは、不可能である。
 
あなたの考えが明るく積極的な希望に満ち溢れたものに変わるよう、エネルギーを注ぎこむのであるが、そのエネルギーの消費量は並大抵ではない。
 
もともと+(プラス)の考え方を更に+(プラス)の方向に導き、この世に実現可能にせしめることは、宇宙の法則通りに実に簡単で無駄なエネルギーを消失しないものであるが、-(マイナス)の思考を+(プラス)に方向転換させることは、前者の何万倍ものエネルギーが消失されるものである。
 
 
常にあなたの考えを+(プラス)の方向に向けて生きて下さい。



 
 

21、

頭のよくない人ほど中途半端な聞きかじりをし、自分の知識をひけらかしたがるものである。

頭がよくないから善悪の批判力が無くすべて受動的に自分に吸収してしまうため、その人の潜在意識の奥にすべてそれらの中途半端な知識は溜めこまれてしまう。
 
さて、本人が病気になったり、挫折したり、失敗したりした時、これらの中途半端な知識が次から次へと頭を擡げ(もたげ)はじめ、自分自身の下らない知識で自分自身をがんじがらめにしばりつけ、また、自分自身の暗い思考力で自分自身を暗示にかけてしまい、どうしようもなく救われがたき状態においこんでいってしまうのである。
 
浅はかというより他にいいようがない。
 
知識ならどんなものでも入れていいというものではない。
 
本来ならば自分の心が勇気づけられ、希望に満ち溢れ、生きることの幸せが鼓舞(こぶ)されるような知識なら徹底的に入れこめよ。


自分の心を暗く不安恐怖に陥らせる知識は意識して取り払うべきである。



 
 

22、

“自分だけ悟ればそれでよい” という考え方は多分に利己的なわがままな生き方である。

これを出来るだけよい意味にとるとすると、人に真理を押しつけがましくするのは、たとえその教えがどんなに素晴らしくても、そこで必ず人の自由を縛りつけてしまうものであるから、よくないということであろう。

だが神のみ心からみたならば、真理を一人でも二人でも出来るだけ多くの人達に知らしめた方が積極的な善なる徳のある生き方なのである。

また何回も何回も重ねて自分の口を通して真理を語るということは、逆に、更に自分自身の潜在意識の中に改めて真理を吹きこむ形となり、自分の信念がまたここで更に強固に絶対的なものとなってゆくのである。

真理は何度も何度も繰り返し繰り返し語れば語るほどよい。

 

 

23、


旧き自己を捨て新しき自己に 蘇(よみがえ)るのが世界平和の祈りである。


どうにもならない自分をしっかりそのままつかんでしまった上、私はこんなにも悪い人間ですといわんばかりに、自分の悪を強調しても、誰も救われはしない。

むしろどうにもならない自分を一旦神の中に捨ててしまって、すべてを神の中に投げ入れていまうと、宇宙の法則にのっとった生き方が示されはじめる。









24、

あなたの長い間にわたる苦しみは私にはわかっている。
 
あなたの悲しみや痛みも私にはすべてわかっている。
 
そして更に今あなたの上に投げかけられている不安恐怖、今のあなたの立場ではどうしようもないのもわかっている。
 
私はいつでもあなたの心の叫びを聞き、訴えを聞き、その問題解決が一刻も早からんことを願い奔走しているのである。
 
だがあなたはこの私の心を知ってか知らないでか、常に自分自身の肉体の力でのりこえようともがいている。
 
だがよく聞いて欲しい、もはや肉体界でトラブルが現われはじめたということは、もう何年も、いや何千年も前に幽界で現れていたことを。

幽界で浄めることが全くできなかったが為に、この肉体界に現れはじめたのであるということを。

そのためにはまず幽界を浄め去るのが先決である。

それが出来るのはこの私である。

霊なる力で、霊なる光で、幽界を浄めれば、自ずと肉体界のすべてのトラブルは自然に解決されるものである。

私に頼りなさい。私を信じなさい。あなたが夢をみているその時ですら、私は闇を光に変える働きをあなたの為にしているのです。

あなたはあなた一人で生くるに非ず、私の生命と共にあって生くるなり。


 
 

25、

今あるとるにたらない小さな小さな幸福にさえも、神の与え給いしごほうびだとして感謝せよ。








26、

私は “神の子” であるという徹底的なる自覚がいかなる災いからもあなたを防ぎ、いかなる不幸からもあなたを脱出させる。
 
災いにも不幸にも絶対に波長が合わないからだ。







27、



私に徹底的に素直たれ。











  



人は財産

 
  
今日、テレビを観ていて久々に感動しました。

一時一世を風靡した猿岩石の有吉くんのドキュメントを放映していました。

猿岩石は電波少年という番組でヒッチハイクを世界中でして人気者になりました。

その後全然売れない時代があって、自暴自棄になって家から出れなくなってどん底の状態に陥っているときに先輩のダチョウ倶楽部が毎日のように外に連れ出してくれたんだそうです。

そこで、

「おまえは面白いよ、なんで売れないのかなぁ?」 と励まし続けてくれたというのです。

気持ちがすさんでひねくれた人の相手をするのは大変です。

出来たらかかわりたくないと思うものです。

有吉くんの性格を

「あいつはかわいいところがあった、なんか憎めないんだよね~」

と言っていました。

でも時々ならまだしもそれを毎日のように続けたのです。

たま~に付き合うくらいだったら出来るのです。

ボランティアのつもりだったら・・・・。

でも毎日となると本当の愛がなければ出来ないと思うです。

計算や思惑があったら絶対に出来ないことなのです。

愛は少しずつスポンジが水を吸い取るように浸透して行ってついに形になっていった。

その愛を受けて立ち直った有吉くんが言っていました。

「人が財産ですね」

私も本当にそう思います。

お金は人と人とを潤す潤滑油みたいなもののような気がします。ぴかぴか(新しい)

だから人と人とが愛することが出来たら

お金の役割りはなくなるんでしょうね。

 

色々と考えさせられた番組でした。


 

 

2009年12月 2日 (水)

何のために祈るのか?

  
  
何のために祈るのか?

その目的意識がなければその意識が強くなければずっと祈り続けることはできません。

その意識が強ければ強いほど、集中出来るし、よって効果も出て来るのです。

私はズバリ

3次元を整えるためだと思っています。

いつも言っていますように

肉体界とは幽界が写って来ているのです。

肉体界が顕在意識の世界で幽界が潜在意識の世界なのです。

幽界に潜んでいる想念、過去の行為、マイナスの想いが肉体界に時間差を経て現われて来るのです。

今幽界は汚れに汚れています。

だから肉体界が汚れて来ているのです。

幽界を浄めなければ肉体界は整ってこないのです。

いくら肉体界で頑張っても潜在意識を浄化しないとダメなのです。

この幽界を浄めてくれるのは人呼んで守護霊、守護神様なのです。

霊界、神界の力で幽界を浄めてくださるのです。

感謝は光なので守護霊守護神様に感謝をすると光が強くなって早く幽界が浄まるのです。ぴかぴか(新しい)

今2012年がどうなるか巷で騒がれていますよね。

でも絶対に地球は大丈夫なのです。

2012年が危ないと言っている人たちは幽界の世界をみているのです。

幽界はもう崩壊しているのです。

でも2012年に顕われるのは幽界ではなく神界なのです。




 
神界(守護神)

霊界(守護霊)

幽界(想念、迷いの世界)

肉体界




 
神界とは天国のことです。
 

幽界が浄まって神界がそのまま肉体界に顕われて来るのがアセンション(次元上昇)なのです。


世界平和の祈りを一心に祈り続けると幽界は、どんどんと浄まっていくのです。

すると自分の過去世、前世の想念(想っていたこと)行為(してきたこと)が消えて綺麗になっていくのです。

自分の幽界が綺麗になるとそれが肉体界に顕われるのです。

そして個人だけでなく同時に地球全体、人類全体の想念エネルギーも浄めているので個人、地球を同時に大調和に導いているのです。

目にみえない世界(幽界)を清めると目に見える世界は整って来ます。

そのために祈りはあるのです。

ただの願い事ではないのです。

祈りは命が乗り出すと前の日記に書きました。

生命が乗り出すとは人間が光輝くということです。ぴかぴか(新しい)

光輝くとは人間本来の姿になるということです。ぴかぴか(新しい)

私たちの地球が光輝くということなのです。ぴかぴか(新しい)





 
世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように


守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます





  
  


ガリ勉と祈り

 
  
先日行われた気功セミナーでハーモニー(気功仲間の人たち)のうちの一人の人が学生時代に集中して勉強をしていた頃の話をしておられました。
 

「どうしても解けなかった数学の問題の答が何日かした後でふっ~と浮かんで来る、あの快感は忘れられない、勉強したのは高校2~3年の一年間だけだったけど、あのときにガリ勉してた人の気持ちが分かった」
 

という内容でした。
 

私も高校受験の時に同じような経験があるのです。
 

わからなかったことがわかるようになる。
 

女性が子どもを産むときの
 

“産みの苦しみ”でしょうか産まれるまでは死ぬほど苦しいのに産まれるとそれまでの苦しみがうそのように喜びが生まれるのです。
 

男は子どもを産めないのですがその代わりになるものが受験だったのかもしれません。(笑)
 

このような経験が多ければ多いほど人は幸せを体験出来る。
 

だから苦しみも喜びに変えていけるのですね。
 

実はこのことは祈ったり印を組んでいるとたくさん経験出来ることなのです。
 

祈るとはいのちが乗り出すという意味なのです。
 

今生に生きていて何回も何十回も何千、何万回も輪廻転生してこびりついた業、カルマ、マイナスのエネルギーを取り払うことが祈りなのです。
 

人間の本体は光の波動で出来ているのです。
 

「あの人は光っている、輝いている。
 

とは、本当のことです。
 

目にみえないエネルギーを感じることが出来るのです。
 

祈っているとこの光を覆った汚れが取れてゆくのです。
 

いきなり、すぐに取れることはありません。
 

薄皮を剥ぐように徐々に徐々に取れていきます。
 

そのときに多少の痛みが伴うのです。
 

それが病気なのか、失業なのか、家庭不和なのか?
 

それが自分にとって辛いこともあります。
 

なんで祈っているのに善くならないんだと思うこともあります。
 

でもそれは、綺麗な水を注いでいくと汚いものが溢れだすという真理なのです。
 

今、ここに潜在意識が入ったコップがあるとします。
 

そこに祈りの光のエネルギーを注いでいくと過去世から溜めていた想いや行為が噴き出して来るのです。
 

溢れた水はコップから出て外のテーブルクロスを汚すのです。
 

汚れているものを見ると動揺します、落ち着きをなくします。
 

でも綺麗な水に薄められているのです。
 

痛みも少ないのです。
 

大難が小難になっているのです。
 

だから祈りを止めることは違うのです。
 

祈り続けているときっといつかは綺麗な水に代わって行くのです。
 

悪いこと(そう人間が思っているだけなのですが)が起こるには2通りあるのです。
 

自分がマイナスをつかんでマイナスと共鳴して、そしてマイナスのエネルギーを発して、またそれと共鳴してマイナスを引きつけている場合と
 

プラスのエネルギーを自分の心に入れていってマイナスが薄まって現われている場合です。
 

同じような現象にみえるけど実は天と地ほどの違いがあるのです。
 

祈っている人、印を組んでいる人は後者なのです。
 

そして、祈っているとたくさんのご褒美があります。
 

時々強い光を浴びて業やカルマがごそっと取れることがあるのです。
 

このときは、頭で考えていては100年かかってもわからなかったような疑問?やモヤモヤがスーッと晴れたように分かるようになることがあるのです。
 

「あーっそうかそうだったのか~」
 

突然、閃いたようにわかるのです。
 

そのときの感動は言葉で表せないのです。
 

たぶん難問が解けたよりも数倍も数十倍も嬉しい喜びがあるのです。
 

だから
 

祈ってどうなるんだ?
 

祈りで悟れるなら苦労はしないさ
 

と言っている人はかわいそうな人なのです。
 

なんだかわからないけどよさそうだからやってみよう!
 

と思い、即、実行出来る人は素直で素晴らしくて幸せな人なのです。
 

素直とは素(もと)に真っ直ぐ繋がっている人のことです。
 

人間の素(もと)とは宇宙にあります。
 

つまり素直な人とは宇宙と繋がっている人なのです。
 

世界平和の祈りは宇宙の願いごとなので宇宙のエネルギーが直で入って来るのです。
 

だから時空を超えて今までわからなかったとんでもないことまでわかることが起こるのです。
 

宇宙と一体になるからです。
 

人間は宇宙人です。
 

創造主です。
 

だから宇宙の法則に乗ればいいのです。
 
 

 
世界人類が平和でありますように 

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

  
 





追伸

 
う先生のご著書を読むと宇宙の法則に乗るメソッドがわかります。

「無限なる癒し」 「無限次元への誘い」 「無限なる幸せを体得する方法」 于寿明 星湖舎 のご自分でピンと来たものを選んでみてください。

どの本も印の組み方のDVD、宇宙法則に乗るCDが付いています。



  

2009年12月 1日 (火)

見える聞こえる感じるものは本物ではない

 
  
守護神の姿が見え、声が聞こえて、いちいち教えてくれたらなァ、と思っている人があるだろうが、私は普通の当り前が一番いいと思う。

いちいち守護神の声をきいて、指図されて動くというのでは、ほんものではない。

神我一体ではない。

自分が神とがバラバラに分かれている状態である。

守護神の声をきいてその通り出来る時はいい。

しかし出来なかった時はどうか。

肉体人間はかえって守護神に把われてしまやしないか、守護神がかえって恐ろしくなってくるだろう。

それでは勇気というものがなくなってしまう。

たとえ、神の声をきいたとしても、それが是非なさねばならないことなら、体が自然にそう動くのだし、実際の行動になって現われる。

自分の行動に責任を持ち、自分の誤った行動はすぐに償いをする、という心にならなければ、人間として一人前ではない。

自分が自然に行ったこと、或いは言ったことが、そのまま神のみ心になっている、という生き方が神の子の本当に生き方である。

    

 

           
如是我聞  五井昌久

 


 
 
感想
 

スピリチュアルなものを求めている人で

「神の姿を見た」

「神から聞いた、本心が聞こえてきた」

「何かを感じた」

と言っている人が非常に多いのです。

そして

「あなたには見えないの?」

と見えない人、聴こえない人、感じない人をバカにしたりする。

とんでもない間違いだし、驕りなのです。

見えたり、聞こえたり、感じたりするものは、肉体界にくっついている幽界のオバケの悪戯(いたずら)なのです。

波動の細かい本物の世界、守護霊様の霊界、守護神様がいらっしゃる神界は何も見えない、聞こえない、感じない世界なのです。

心の奥深く、自分の本心がある本物の世界とは五感に感じる世界ではないのです。

ちょっと瞑想したら聞こえてくることがあります。

見えたり、感じたりすることもあります。

でもそこには本当の自分はいないのです。

そんな浅いところに自分はいないのです。

心を鎮めて、宇宙と一体とならないと繋がらないのです。

繋がったこともわかる必要もないのです。

たとえ、神の声をきいたとしても、それが是非なさねばならないことなら、体が自然にそう動くのだし、実際の行動になって現われる。 

何も思わなくても勝手に体が動いてやるべきことを自然にしていた。

後から、そうだったのかなぁと思うくらいです。

頭で考えて、五感に感じて判るものではないのです。

だからそんなことを言っている人を信じてはいけないのです。

その人は幽界のオバケに遊ばれているだけなのです。


五感に感じるものは実体のない幻想なのです。



  


 

  

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