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2009年9月29日 (火)

人が不幸と感じるときとは?

      
  


与えられた幸せを考えずに、与えられている以上のことを求めると人は不幸になる。







 

 
感想
 

先日のセミナーでう先生が言っておられました。

私たちは自分で勝手に不幸になっているのですね。げっそり

「給料がもう少しあったらなぁ」

「お金がもっとあったなら」

「休みがもう少し多かったら」

「子どもが以前のようにいうことを聞いてくれたら」

「奥さんがもう少しやさしくしてくれたら」

「自分のことをもっと認めてくれたら」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・etc

そしてそれが充たされていないと自分は不幸だと思うのです。

でもどれをとってもきりがないことばかりです。

給料が20万だったら30万欲しい、30万だったら50万欲しい

20万円を与えられている幸せを考えようとしないからいつまでたっても幸せにはなれないのです。


「今のままでも充分過ぎるほど幸せなんだ」


と思える人は素晴らしいと思います。


ほんとうに幸せな人とはどんな状態でも、どんな状況になっても生かされていることに感謝して生きていける人なのですね。わーい(嬉しい顔)



   


    

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