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2009年9月26日 (土)

ほんものとにせものを区別する法

      

やたらに人を信じてよいというものではない。

やたらに人のいう通りに行動してよいというものでもない。

相手の本心と業想念をよく区別して、相手の業想念のなかに引きずりこまれてしまってはいけない。


そうした本心と業想念の区別をつける最もよい方法は、先祖の悟った霊である守護霊さんと、その上にいて常に守護霊に光を送っている守護神さんにつねに感謝の心を送っていると、守護の神霊の側から、その人の心にむけて、その区別を直感的にか、他の人を介して必ず知らせてくれるものである。


もしそれでもだまされたり、ひっかかったりする時は、それこそ過去世からのその人との業因縁がそこで消え去っていったもので、それも、自己の本心を輝かすために必要なことであったのだ、と思い、世界平和の祈りを祈りつづけることである。





        


               日々の祈り    五井昌久











  

感想 


この世は前世で自分が想っていたこと、していた行為が返ってきている世界なので、自分が前世で人をいじめていたならそれが返ってくるし、騙してしたなら、今生では反対に騙される立場になるのです。

ですから、その法則を果すためには、騙されることがわかっていて守護霊はそのままにすることがあるのです。

騙されることがすべてに悪いことではない。

守護霊は人間を守る役割りがあるのですが、魂の成長のためにはかばうことばかりをするのではないのです。

「かわいい子には旅をさせろ!」

ですよね、だから今どうしようもない立場に立たされている人は試されているのです。

あなたが強いから乗り越えていく力を持っているから試練は来るのです。

弱い人には辛く苦しい試練が来ることはありません。

ただ一人で乗り越えようとはしないでください。

どんなに苦しい境地でも最後には必ず守護霊、守護神が救ってくださいます。

ぎりぎりのところで救ってくださるのです。

そこまで耐えられるか神様から試されているのです。

どこまで努力するかを見ておられるのです。


失敗、成功はどうでもいいのです。

だから自己否定したり、自暴自棄になったりしないでください。

あなたは創造主(神)なのです。

どんな状況でも絶対に乗り越えていけるのです。

  




     

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