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2009年9月25日 (金)

誤った霊能

     

真の霊能と魔境的、迷い心の幻覚、幻聴とは違います。

魔境とは、まず最初に自己の力を誇示したいとか、自己の都合のよいようにその力をつかいたいとかいう想念でなった霊眼、霊聴、霊言のすべてをいいます。

そうした想念が魔境的想念なのでありますから、そうした想念、統一でなった霊能は、全部一度打ち消してもとの普通人に還らなければいけません。

それは例えば霊眼に仏菩薩の姿がみえ、霊聴に神と称しキリストと名のってきこえてきても、これはダメなのです。

何故かというと、自己利益的欲望では、絶対に神仏の真の力をいただく境地にはなれないからです。

魂の開発向上には少しも役に立たぬばかりか、ついに自己の身を滅ぼし、他人の魂を傷つけ、ゆがめてしまうようにもなるのです。




    

            日々の祈り 五井昌久

 





  
  

感想
  

自分だけの世界でスピチュアルなものを求めるのはまだいいのですが、魔界のオバケに操られて得た魔力を人に及ぼすほど罪つくりなことはないのです。

そんな人たちはだいたい浮世離れをしています。

自分の仕事に不満を持っていたり、人を批判してばかりいたり、目の前のことに真剣にならずに目にみえないことに逃げたり、やるべきことの責任を果たしていなかったり、感情的になったり、人を不快にさせたり・・・・・

だから最初は神秘的なことを求めてついて来た人たちも自分の中で審神(さにわ)、つまりにせものだと見破って離れていくのです。

文章の中で

そうした想念、統一でなった霊能は、全部一度打ち消してもとの普通人に還らなければいけません。

とあります。

まったくその通りでありまして、スピチュアルな力を得ようとしている人は幽界のオバケが憑く前に目を覚まし、3次元的なことを一生懸命にしていくことが大切だと思うのです。





  



  

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