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2009年9月15日 (火)

言うべきときにはいう

     
       
日本人はダメなことでも

「あなたそんなことをしていたらダメでしょ」

とストレートに言えない人種だと言われています。

  
 
日本人はやさしいから?

和を大切にするから?

奥ゆかしいから?



でもそれが言えない理由は自分を守るためが多いと思うのです。


「もう大人なんだから本人の気づくのを待とう」

都合のいいきれいごとですよね。


「そんなことを言って嫌われるだけ自分が損をする」

「言い出しっぺは嫌だ!」

「あの人がそういうことを言うべきだ」

「誰かが言ってくれたら私も賛同する」

「逆恨みされたらかなわない」

「誤解されるだけばからしい」

「あの人は言ってもわからない人だ」

「いいやん、そんなん放っておいたらええねん」


そこには相手の人のことを思ってよりも自分の保身があります。


しかし、放っておいたらその不協和音はどんどん大きくなっていくのです。

最初は、

「悪いことをしている」

「ルールを破っている」

「他の人はどう思うだろう?」

「今回だけにして次からはやめよう」

「もっと正直に生きなければダメだ」

と思っていてもそれに対して誰も何も言ってくれなかったり、忠告してくれる人がいなかったらそれでいいんだ、そんなに大したことでもないんだ、他の人もやっているからいいんだ と甘えが増幅していきます。


誰も言わなかったとしても、それは消えたわけではないのです。


消えるどころかどんどん大きくなっているのです。

あなたに対する不信感という不協和音はいつの間にかとてつもなく大きくなっているのです。

 
そんな状態で調和の大切さ、人類の幸せを唱えても
 

「自分はいい加減なことをしていて何が平和だ、そんなことより自分のこと(3次元)をもっとちゃんとしろ!」

 
という声が周りからも自分の心の内(守護霊、守護神)からも聴こえてくるのです。

それでもまだ続けるか?

という状態のときに

ビシッ!と

「あなたそんなことをしていたらダメでしょ!」

の一言は天の声だと思うのです。

組織の長である人や人の上に立つ人、何らかの責任者になっている人、器の大きい人、人に影響力を与える人
 

そしてそんな一言をいう役割りの人は
 

自分の保身を考えずに

言うべき時は言う

という勇気が必要なのです。
  

だから反対にそれが言えない人は

そんな立場に立ってはいけないのです。

“場” 違いなのです。

“器” ではないのです。

自分がそんな器でないのなら、その立場から自ら去るか

自分でその器になるように努力しないといけないのです。


その努力が “向上心” なのだと思います。


W先生はおっしゃいました。


「人間は唯一持っていい欲があります、それは向上心なのです」



ほんと、その通りだと思います。





  

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