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2009年9月26日 (土)

悔い改めは永々と時間をかけてするのではない

  
     
      
いつ迄も悔いてばかりいては、悪を把えていることになるのですから、その人の神性が表面に現われることが出来ないのです。

悔いも改めも同時に瞬間的にするのであって、永々と時間をかけてやるのではありません。

自分が悪い悪いといつ迄も思っていることは、けっして神様のお喜びになることではありません。

神の世界には悪はないのですから、自分の悪でも、人の悪でも、悪い悪いといつまでも掴んでいるようでは、その人は神の世界から遠ざかっていることになるのです。

悪を掴むのは自己なり人なりからその悪を消し去るために、一度掴むだけなのです。

それが自己の場合には悔い改めとなり、他人の場合には赦しということになるのです。






                 日々の祈り  五井昌久


 








 

 

感想


自分が何かを失敗して人に多少の迷惑をかけることがあります。

そのとき次の日になって

「昨日はすいませんでした」

と謝るときに考えてしまうことがあるのです。

「相手の人はまだ忘れていないだろうから、もう一度謝っておいた方がいいかな?」

と計算してしまうのです。

でも昨日もちゃんとその意思は伝えてある、もういいのではないのか?

とも思うのです。

そんなことをごちゃごちゃと考えてしまうという自分が嫌になります。

自分の中(心)ではもう引きずりたくないのです。

ということは自分の問題ではなく、相手の人が自分をどう想うか?を気にしているのです。(計算している)

最近では、そんな駆け引きは止めて、自分から自然と出る言葉や行為に任せています。

ここに書いているように悔い改め、反省は一瞬でいいのです。

反省の省は少な目と書きますよね(笑)

反対にお世話になったこと、嬉しかったことは次の日にも持ち越してもいのではないかと思うのです。


「昨日はありがとうございました、楽しかったです♪」
 

は人の心を再び温かくします。
 

でも、どんなに善いことでも明後日には、もう忘れた方がいいかもしれませんね わーい(嬉しい顔)


善いことにも悪いことにも把われないことが大切なのです。


エネルギーは流し続けないと明るい日はやって来ないのです。


明日という字は明るい日と書くのです。ぴかぴか(新しい)

  

  
 

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