« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

2009年9月30日 (水)

しばらく日記休みます。

  
    

他に集中しないといけないことが出来たので、日記をしばらくお休みします。でもどうしてもお知らせしたいことは書いていきますので、よろしくお願いします。わーい(嬉しい顔)  



                    グッドムーン



  

  

2009年9月29日 (火)

本当の幸せとは?

   
       
仏教では生老病死は人間の最大の苦しみだといいます。

この他にも欲、執着による苦しみ、そして感情を超えないと本当の安心立命にはなりません。

これらの苦しみを越えるためにたくさんの人が悟ろうと大変な修行をしてきました。

わたしたちは、今もこの修行中です。

そしてわたしたちはこの肉体を持ったままで、自分の力だけでなんとかしようとしています。

だからしんどいのです。

それは肉体しか自分にはないと思っているからです。

守護霊や守護神、神様なんているかどうかわからない

わからないものに頼っていてもしかたない

誰も教えてくれない

教えてくれても信じていいのかわからない

そんな状態の人がたくさんいるのです。

色んな苦しみの中で一番の苦しみは死だと思います。

人間が一番悲しく、怖いのは死なのです。

死後の世界は本当にあるのか?

死がなぜ怖いのかというと肉体を去ってしまうともう自分は無くなってしまうと思うからです。

生命は有限だと思うからです。

だから生に執着する。

これを克服しようとしたら永遠の生命と繋がるしかないのです。

アセンションとは永遠の生命と繋がることを意味するのです。

永遠の生命とは宇宙のことです。

宇宙は無限であるように私たちの生命も永遠なのです。

そのことを実感しようとしたら宇宙と繋がることしかないのです。

お釈迦様は“生老病死” の苦しみから脱するためには 空 になりなさい とおっしゃいました。

それは肉体意識を超えて 空 になって宇宙と繋がりなさいということだったのです。

宗教とは、宇宙を示す教えという意味です。

だから人間は人間の心の故郷である宇宙と繋がらないと絶対に安心立命出来ないのです。

繋がっていないからいつまでも苦しんでいるのです。

自分でいくら頑張っても自分の本心と繋がらないと悟ることは出来ないのです。


後はもう宇宙と繋がるだけなのです。

難しい理論も理屈もいらないのです。

素直になるだけでいいのです。


宇宙と繋がることが出来る本があります。

ここに書いていることを実践すると光のエレベータ―に乗れるのです。


  


『無限なる幸せを体得する方法』

 ~無限なる幸せの波動とは何か~

宇宙神からのメッセージ

大天使からのメッセージ

あなたはどんな時に幸せを感じますか

于 寿明 星湖舎




  
  

  

頭を空っぽにして相手の天命を祈る

     
   

腹が立つ人がいた場合、イライラしながら

 
相手の人の天命を祈っていました。
 

感情想念の真っただ中にいて言葉だけ発していたのです。げっそり
 

だから心から祈れてなかったのです。涙
 

せっかくの祈りが半減、いや、かなり目減りしていたのです。
 

頭を空っぽにしている状態とは
 

相手に対して何の感情もない、スッキリ、爽やかな状態です。

 
そんな 空 の状態で祈ると相手の守護霊、守護神に素晴らしい光が行くのです。

 
そしてその光は自分に還って来ます。ぴかぴか(新しい)
 

すると腹が立っていた相手に対して
 

なんと!
 

いとおしい気持ちになるのだそうです。ウインク 揺れるハート
 

心の中で奇跡が起こるのです。わーい(嬉しい顔)
 

マイナスがゼロになりプラスになるのです。
 

いや、空っぽにするとはゼロからのスタートなのかもしれません。
 

だからプラスをも超えれるのだと思います。


どんな相手に対しても自分の気持ちをニュートラルにすることは大切なことなんですね。
 

その状態で祈ったり、アクションを起こせばいいのですね。


頭を空っぽにするにはやはり祈り続けていないとそうはならないのです。

  


  
世界人類が平和でありますように

○○さんの天命がまっとうされますように ぴかぴか(新しい)



  


      

人が不幸と感じるときとは?

      
  


与えられた幸せを考えずに、与えられている以上のことを求めると人は不幸になる。







 

 
感想
 

先日のセミナーでう先生が言っておられました。

私たちは自分で勝手に不幸になっているのですね。げっそり

「給料がもう少しあったらなぁ」

「お金がもっとあったなら」

「休みがもう少し多かったら」

「子どもが以前のようにいうことを聞いてくれたら」

「奥さんがもう少しやさしくしてくれたら」

「自分のことをもっと認めてくれたら」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・etc

そしてそれが充たされていないと自分は不幸だと思うのです。

でもどれをとってもきりがないことばかりです。

給料が20万だったら30万欲しい、30万だったら50万欲しい

20万円を与えられている幸せを考えようとしないからいつまでたっても幸せにはなれないのです。


「今のままでも充分過ぎるほど幸せなんだ」


と思える人は素晴らしいと思います。


ほんとうに幸せな人とはどんな状態でも、どんな状況になっても生かされていることに感謝して生きていける人なのですね。わーい(嬉しい顔)



   


    

イエスキリストの愛

     
     
イエスキリストが、十字架にはりつけになった時、自分をはりつけまでに追いやった人のために

“神よ、この者たちを赦し給え。彼らは真理を知らざるがためにこの罪を犯したのですから”

という意味のことをいっています。

なんと深い、偉大なる愛の言葉でありましょう。

これこそ真の愛であり、人間すべてを感動させる聖者の心であったのです。

私はこの言葉を想い出すと、涙が出てならないのです。

ああなんという高い心境であろう、なんという澄みきった言葉であろう、とおのずから心が愛に充ちてくるのです。

愛とは単に言葉に現わしていうものではない。

自己の生命全体が、相手の生命ととけ合って、はじめて生まれてくる感情であり、その純粋感情によって行われる行為こそ、愛の行為といえるのです。





      
              日々の祈り  五井昌久








  

 

感想
 

感動したときの心の動きをどう文章にしたらいいのだろう?

どういうメカニズムで感動って起こるのだろう?

そんなどうでもいいことを頭で考えていました。

最後の文章で解決しました。
 

愛とは単に言葉に現わしていうものではない。

自己の生命全体が、相手の生命ととけ合って、はじめて生まれてくる感情であり、その純粋感情によって行われる行為こそ、愛の行為といえるのです。




  

 

いちいち善悪を比較するな

  
     
相手が悪い、自分は善い、と相手といちいち比較しているような想いでは、とうてい真実に相手を愛することはできないもので、相手も自分も悪いを善いもすべて守護霊守護神の神愛のなかに投入することの練習が一番よい方法なのです。

自分のほうが善いと思ったところで、過去世からどれほど間違ったことをしていたかは、現在の自分にはわからないのであって、自分の方が善い、と思うその想いは、ごく最近の出来事によるだけのものであるので、過去世からのその人の行為の何兆分の一かもわからないのです。

善い悪い等はいちいち自分で判断して、人を責めたり、自分を裁いたりするものではないので、自分は瞬間瞬間を神のみ心に波長を合わせつつ行為していればよいのであります。





    
      

               日々の祈り  五井昌久

  



 


 
感想

 
わたしたちは毎日のように私が悪い、あの人が悪いと自分や相手を決めつけています。

善いというより悪いことを探していることの方が多いのです。

そして決めつけた瞬間は気持ちが良くなったような気がするのですが、実はスッキリ爽やかにはなっていません。

それは自分や相手の人を批判、非難、評価することは真実の行為ではないからです。

「それは違うよ」

と守護霊さんからのメッセージなのです。

「相手が絶対に悪いのだ!」

と確信があったとしても

「あなたは正しい、あなたは何も悪くない」

と他の人に言ってもらっても

それは今生のことだけの判断です。

過去世ではあなたは相手の人にもっとひどいことをしていたのです。

自分のしたことが還ってきたのです。

還ってきて消えようとしているのです。
 

せっかく消えようとしているのに

 

「あいつ~ ちっ(怒った顔) 」
 

と相手を恨んでは
 

また、同じことを繰り返す(因果応報)だけなのです」
 

だからそんなことを又、ごちゃごちゃ分析してもしかたがないので

上の文にあるように

宇宙(神のみ心)に波長を合わせていればすべては神様がうまくやってくださるのです。





  
  


2009年9月28日 (月)

仕事をしているフリをする

    
   
ハーモニーの人の中のある男性が

「仕事場がしんどくてしかたがありません、どうしたらいいでしょう?」

とう先生に質問されたそうです。

う先生は

「仕事をしているフリをしなさい、そうすれば職場はうまくまわっていきます」

とおっしゃったそうです。


普通これを聴いたら


「なんていい加減な答えなんだ!」


と思いますよね がく~(落胆した顔)

ところがこの答はすごく深いのです。

まず、この男性は世界平和の祈りを祈っている器のとてつもなく大きい人なのです。

そして波動が細かいので人の想念も受けやすい。

マイナスのエネルギーにも合ってしまう人なのです。

職場の人の影響も当然受けているのです。

だからこんな状態では仕事もあまりいい仕事が出来ていないのです。(ごめんなさいこれは自分のことも言っているのです)
 

そこで仕事のことはひとまず意識から外して
 

仕事をしているフリをして祈りを主にかえていくとします。
 

祈りに集中すると空の状態になって、すっきり、爽やかになって来るのです。ぴかぴか(新しい)わーい(嬉しい顔)

空になると職場に光が降りて職場の人たちの本心にもその光が届くのです。

人間は元々善であり愛であり、美であるので、その本来の姿が顕われて来るのです。
 

するとその職場は素晴らしい 場 となります。
 

う先生はこのことをおっしゃっておられたのです。
 
 

それを聴いて私も職場では
 

仕事をしているフリをしようと思いました(笑)
 

でもそれはただのフリではないのです。
 

俳優さんが演じている演技に近いかもしれません。
 

祈りを主とした真理を顕すための手段としてなのです。



  
  


  

あなたは何のために生きていますか?

  
    
爆笑問題の2人が京都大学と東京大学の学生に質問したそうです。
  

「君達は何のために一生懸命に勉強して京大、東大に入ったんだ?」
 

・・・・・・・・と
 

学生達のほとんどの人は何と答えたか?
 

それは
 

「感動するため」
 

なのだそうです。
 

そうなのです。
 

人は感動するために生まれて来たのです。
  

それが一番の人としての喜びなのです。
  

じゃあ、感動するときってどんなときなのか?
  

それは神秘的なことに出逢ったときだそうです。
 
  

神秘的とは心の奥の本心と繋がったときにわかる世界です。
 

感動したときって心の奥が震える感覚があります。
 

そして、なんだか嬉しくて涙が出て来るのです。
 
 

そんな経験をたくさんしている人は
 

本当の幸せをつかんだ人なのです。
 

自分の本心を開発していくことはこの上のない喜びなのです。

  



  

  
  

悟りの境地に至るには

   
      
神は愛であるから、最後には人類のすべてを救い取って下さるのだ、ということを固く信ずるようにすることが第一であります。

神がなぜ愛なのか、というと人間生命の生みの親であるからです。

業想念世界に生活している人間の親でさえ、子供を愛する想いは非常に強いものであるのですから、業想念なき、光明一元の神のみ心が人間の迷いを浄め、人間が安心立命して、大調和して生活出来るように、と願いを持たぬわけがありません。

そこで神は守護神という、人類救済の働きに分かれて、人類の本心を開発させようと、つねに我らの身近に働いておられるのです。

だから肉体人間は、守護の神霊に感謝しつづけていさえすれば、いつの間にか見神と同じような状態になって、本心が開発されてゆくのであります。







 
                日々の祈り   五井昌久 





   

把われのある人とない人

    
       
あるお坊さんが、他の坊さんと二人で旅をしていて、ある川にさしかかった時、その川を渡り悩んでいる女性のいるのに気づき、その坊さんが、私の背に乗りなさいといって、その女性を背負って川を渡ってしまい、渡りきるとその女性を背から降ろして、さっさと歩き出した。

それを見ていた他の坊さんが、おまえは坊主のくせに何故女性を背負ったのだ、女性の体に触れるなどとはけしからん行為だ、と非常に怒って、その坊さんをなじった。

すると坊さんは、平気な顔をして、わしはもう背中から女性をおろしてしまったが、おまえはまだ、あの女性を背負っておるのか、といって大笑いしたという話があります。

心に把われのある人とない人の差をはっきり示した話です。


 



               日々の祈り  五井昌久









 

感想
 

人間は把われが無かったらどれだけ自由自在に生きて行けるでしょう。

私たちはいつも何かに把われています。

お金や地位や名誉ばかりではありません、心がそこに留まって流れて行かない状態です。

人が自分の思う通りになってくれない、自分のことを認めてくれない、嫌なことがなくならない、身体の調子が良くならない・・・・・・・

何かに把われていると、息が詰まるような、気分がもやもや、イライラするようなスッキリしない気分なのです。

自分がそのような状態のときは周りの人にも影響するのです。

その場の雰囲気が重苦しいのです。

一方、把われのない人はいつも物事にこだわらず、気持ちをサラサラと流しています。

近くにいる人は滝の側にいるようで気持ちがいいのです。ぴかぴか(新しい)わーい(嬉しい顔)
 

いつも何にも把われず、すっきり爽やかでいたい!

 
そうなるためには自分の心をいつも、自分の心の故郷である、とてつもなく大きな宇宙にその想念を還してしまえばいいのです。

宇宙の波動と共鳴すると宇宙からの無限のエネルギーが入って来て、把われていた、滞っていたエネルギーが流れ出すのです。

 

  

宇宙と共鳴する祈り言葉

 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます




  

    
  

神というものをそんなにむずかしく考えないでください。

   
   
私の日記を読んでくださった方が “無限なる幸せを体得する方法” の本を買われて、そして、その本の中から次の詩を抜粋してご自分の日記にアップしてくださいました。
 

感謝、感激です 泣き顔
 

今度は反対に私がアップさせていただきました。

読んでいくと、何か心が温かくなって、生きる勇気が湧いてくる詩です。

みなさんもお付き合いくださいね。わーい(嬉しい顔)







 

神というものを

そんなにむずかしく考えないで

たとえば

私達この肉体と

肉体に宿っている

生命を考えてみて下さい


どう考えても不思議なことだらけ

誰一人として

自分で生命を得て

生きてきた人はいないのです


みんな大生命の源

光のみなもとから

分かれてきたいのちなのです


そのいのちを生かしめているものが

大調和 大愛の光源


神なのです


自由な

こころ

自由自在心

これが

人間の真実の姿


すべての

枠も

たがも

なく

神の愛をうけて

光となって

働く


いのち

すなおに

ほがらかに

いのちを

放射して

天と地とを

つないでゆくのが

人間のすがた


十字交叉の

大きく

深い

人と

神との

愛の

架け橋が

やがて

宇宙の

星々の

光と

一つになって


世界平和の

祈りが

天地に

満ちるときがくる






神様はもう愛の思いで宇宙をつくり、地球という星をつくり

人間、私達をつくられてのであります。


だから私達の中には、神の愛と光が流れ込んでいるのであります。

どんなことが起ころうと、その愛と光は

誰にも取り除くことが出来ないのであります。


私達の生命というのもは、ずっと続いて参ります。

神もみ心、みふところの深く

天命をまっとうするまで、この生命は輝いて神と共にあるのであります。




いわゆる不幸とみえることは

その人の過去世の業(本来光であることに気付かずに犯した過ち)が

消えてゆく瞬間であると同時に

その人の魂の成長のために、その人が経験することによって

一層神様とつながって、光を輝かすために

神様が守護霊・守護神に命じてなさることでもあるのです。


その神様のみ心は、どこをどう覗いても愛なのです。

暗い所や闇の所なんぞ、これっぽっちもありやしないんです。


ですから、色々なことにぶつかっても

‘ああこれで消えるんだな‘と思って

どうぞ世界平和の祈り一念、愛の祈り一念の生活を続けていって下さい。








  ‘無限なる幸せを体得する方法  于 寿明さん 著 より‘






  

  

2009年9月27日 (日)

仕事は探す時代からクリエイトする時代へ

   
     
ただ仕事が無いと手をこまねいていてもダメなのです。

仕事はもう探す時代から自分で創っていく時代へと入っているのです。

わたしたちは仕事が無い、雇ってくれるところが無いと嘆きます。

年齢的に厳しくなる、条件が合わなくなる。

そして諦めるか、泣く泣くその条件を飲む。

いつまでも雇われることを考えていては自分を苦しくするだけです。

条件が合わないのだったら、自分のしたい仕事が無かったなら

自分で仕事を創ってしまえばいいのです。

どんな仕事も最初にクリエイトした人がいるのです。

「こんな仕事があったらみんな喜ぶだろうな、助かるだろうな、感謝されるだろうな、喜んでお金を払ってくれるだろうな」

という発想から生まれるのです。

仕事は段々と無くなって行きます。

たくさんの人が路頭に迷う時代がやってきます。

経済社会は終わるのです。

お金の無い時代がやって来るのです。

でもその前にたくさんのいい仕事が出来るのです。

そしてその仕事をクリエイトした人たちはお金が無い時代がやって来ても

ソフトランディング(ゆるやかな着地)が出来るのです。

そうなのです。

仕事とは与えられる時代から、創っていく時代に入ったのです。



  

あらゆる仕事を経験する

    
    
覚者であった五井先生は過去世であらゆる仕事を経験されてきて、していない仕事は

“タクシーの運転手” だけだったそうです。

だから色んな人の立場や気持ちがわかるのです。

仕事だけでなく

病気をすること、失業すること、失恋すること、離婚すること、いじめられること、お金がなくなること、逮捕されること・・・・・・

今生だけでもたくさんの経験をします。

そして思うのは、同じ立場の人の気持ちがよくわかるのです。

そしてそのときには辛い、悲しいと思うのだけど

「経験出来て良かった、あの経験があったから今の自分がいる」

ということです。

あの経験がなかったら今とは全然違う自分がいるのです。

ということは今、失業中の人も貴重な経験をしているプロセスなんですね。

この経験は魂を磨くために必要なものなのです。

守護霊、守護神が失業を経験してより強くなるためにさせている修行なのです。

これから人類はこの “失業” という経験をたくさんの人たちがしていくようになります。

ほんとにもう仕事が無くなっていくのです。

する仕事が無いのです。

あなたが今、もし失業しているとしたなら、それは人類に先駆けて人類を代表としてさせられていると思ってください。

あなたが先に経験していないと後に続く人が大変になるからです。

あなたが経験して、それを乗り越えることが出来たなら後の人たちも乗り越えることが出来るのです。

その経験が生かされるのです。

だから今の時点でどういう仕事をしているとか、何の職種に就いているとか

そんなことはどうでもいいことなんだ ということがわかります。

人生は今、この肉体を持っている自分だけではないのです。

過去世から現在、そして未来もずっと人生なのです。

今はそのプロセスです。

だから、今どんな状況にあったとしても焦らずに

のんびり行きましょう わーい(嬉しい顔)

焦ると焦げ付きます。

それより腰を据えて座るのです。

そしてどうしたらいいのか?

守護霊さんに聞いてくださいね。

きっといい

アドバイスが戴けますよ わーい(嬉しい顔)指でOK




    

2009年9月26日 (土)

食べるための生活は余技

         

人の嫌がる仕事や、人類のためにならぬような仕事についていたとしたら、仕事そのものが人類のためにマイナスになるとしても、その人がその仕事を通して、人類の平和を祈る心になって、その職場に生きていたならば、他の人がやれば害になるような仕事も、祈り心の光明波動によって、そのマイナスが極度に小さくなってゆくのであります。
 


これは人類の借財を減らしてゆくようなもので、やはり、その行為はこの世にプラスとなってゆくわけなのです。


人間の天命は、地球世界を大宇宙世界の一環として、精神と物質との融和を計り、完全なる平和世界とすることの働きをなしつづけてゆくことにあります。



 


         

                日々の祈り    五井昌久







  

感想
 

私にとってこの 
食べるための生活は余技 は強烈なインパクトがあるのです。

この世的にしている仕事は一生懸命にすることなんかは当たり前の当たり前でそれよりも最後の
 


人間の天命は、地球世界を大宇宙世界の一環として、精神と物質との融和を計り、完全なる平和世界とすることの働きをなしつづけてゆくことにあります。

 
が本当の仕事なのです。

私たちは自分のことをただ何となく生まれて来て、そしてなんとなく死んでゆくと思っています。

でも、そんななんとなくの目的なんかで神様は私たちを創っているわけがないのです。

3次元の仕事をしただけで天職をまっとうするわけがないのです。

宇宙はそんないい加減な世界ではないのです。

私たちはそんなちっぽけな存在ではないのです。



この世(3次元)での仕事はどんな仕事でもいいのです。
 

それよりももっと、もっと大切なことは自分の生命を輝かせることなのです。ぴかぴか(新しい)

 

祈りながら仕事をすると天命がまっとうできるのです。
 



世界人類が平和でありますようにぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます





         

ほんものとにせものを区別する法

      

やたらに人を信じてよいというものではない。

やたらに人のいう通りに行動してよいというものでもない。

相手の本心と業想念をよく区別して、相手の業想念のなかに引きずりこまれてしまってはいけない。


そうした本心と業想念の区別をつける最もよい方法は、先祖の悟った霊である守護霊さんと、その上にいて常に守護霊に光を送っている守護神さんにつねに感謝の心を送っていると、守護の神霊の側から、その人の心にむけて、その区別を直感的にか、他の人を介して必ず知らせてくれるものである。


もしそれでもだまされたり、ひっかかったりする時は、それこそ過去世からのその人との業因縁がそこで消え去っていったもので、それも、自己の本心を輝かすために必要なことであったのだ、と思い、世界平和の祈りを祈りつづけることである。





        


               日々の祈り    五井昌久











  

感想 


この世は前世で自分が想っていたこと、していた行為が返ってきている世界なので、自分が前世で人をいじめていたならそれが返ってくるし、騙してしたなら、今生では反対に騙される立場になるのです。

ですから、その法則を果すためには、騙されることがわかっていて守護霊はそのままにすることがあるのです。

騙されることがすべてに悪いことではない。

守護霊は人間を守る役割りがあるのですが、魂の成長のためにはかばうことばかりをするのではないのです。

「かわいい子には旅をさせろ!」

ですよね、だから今どうしようもない立場に立たされている人は試されているのです。

あなたが強いから乗り越えていく力を持っているから試練は来るのです。

弱い人には辛く苦しい試練が来ることはありません。

ただ一人で乗り越えようとはしないでください。

どんなに苦しい境地でも最後には必ず守護霊、守護神が救ってくださいます。

ぎりぎりのところで救ってくださるのです。

そこまで耐えられるか神様から試されているのです。

どこまで努力するかを見ておられるのです。


失敗、成功はどうでもいいのです。

だから自己否定したり、自暴自棄になったりしないでください。

あなたは創造主(神)なのです。

どんな状況でも絶対に乗り越えていけるのです。

  




     

悔い改めは永々と時間をかけてするのではない

  
     
      
いつ迄も悔いてばかりいては、悪を把えていることになるのですから、その人の神性が表面に現われることが出来ないのです。

悔いも改めも同時に瞬間的にするのであって、永々と時間をかけてやるのではありません。

自分が悪い悪いといつ迄も思っていることは、けっして神様のお喜びになることではありません。

神の世界には悪はないのですから、自分の悪でも、人の悪でも、悪い悪いといつまでも掴んでいるようでは、その人は神の世界から遠ざかっていることになるのです。

悪を掴むのは自己なり人なりからその悪を消し去るために、一度掴むだけなのです。

それが自己の場合には悔い改めとなり、他人の場合には赦しということになるのです。






                 日々の祈り  五井昌久


 








 

 

感想


自分が何かを失敗して人に多少の迷惑をかけることがあります。

そのとき次の日になって

「昨日はすいませんでした」

と謝るときに考えてしまうことがあるのです。

「相手の人はまだ忘れていないだろうから、もう一度謝っておいた方がいいかな?」

と計算してしまうのです。

でも昨日もちゃんとその意思は伝えてある、もういいのではないのか?

とも思うのです。

そんなことをごちゃごちゃと考えてしまうという自分が嫌になります。

自分の中(心)ではもう引きずりたくないのです。

ということは自分の問題ではなく、相手の人が自分をどう想うか?を気にしているのです。(計算している)

最近では、そんな駆け引きは止めて、自分から自然と出る言葉や行為に任せています。

ここに書いているように悔い改め、反省は一瞬でいいのです。

反省の省は少な目と書きますよね(笑)

反対にお世話になったこと、嬉しかったことは次の日にも持ち越してもいのではないかと思うのです。


「昨日はありがとうございました、楽しかったです♪」
 

は人の心を再び温かくします。
 

でも、どんなに善いことでも明後日には、もう忘れた方がいいかもしれませんね わーい(嬉しい顔)


善いことにも悪いことにも把われないことが大切なのです。


エネルギーは流し続けないと明るい日はやって来ないのです。


明日という字は明るい日と書くのです。ぴかぴか(新しい)

  

  
 

迷う時は守護霊さんを呼ぼう

                                  
      

もし迷うことがあったら、心の中で守護霊さんを呼びながら、その裁断を願えば必ず何らかの形でその答えをしてくれる。

それは他の人に会って、その人の口から聞かされるかもしれぬ。

(この場合最初に会った人)或いはピンと直感的にひらめくかも知れぬ。(第一直感がその答)

その答がいかに、現在の自分に都合が悪いように思えても、それは後によくなる方法に違いないのである。

それを信じなければならぬ。

第二直感で出てくることは業の答であるから、よくよく注意せねばならぬ。

業因縁の答は常に甘い。

都合よさそうな答が多いので、ついこの答にひきづられることが多いのである。

だから、常日頃、守護霊を信じ、感謝の想いを抱いていなければいけない。




      
      
                         日々の祈り   五井昌久








感想

 

セカンドソート、セカンドオピニオンと言われています。

人の意見を聴くのは悪いことではありません。

でも、それが自分の直感を迷わせるものが多いのです。

守護霊さんはどんなに優れた肉体人間よりも先を見通し、この先何が起こるかがわかっている素晴らしいコンサルタントなのです。

それは霊界に住んでいるので未来のことがわかるからです。

もう、占いなんかに頼る必要はありませんよね わーい(嬉しい顔) 手(チョキ)

自分の直感を信じましょう。

そして守護霊さんを信じましょうわーい(嬉しい顔)手(チョキ)




   

2009年9月25日 (金)

本心そのままで生きている人

  
               
悟りとは、自己の本心を光輝かせること。

生命をさわりなく生かしきれる状態をいうのです。

悟りといっても、種々と段階のあることで瞬間的に、自己の本心を現わしたり、生命を生かし切ったりすることも悟りでありますが、常に変りなく、本心そのままで生きぬいている人があるとすれば、その人は釈尊(お釈迦様)と同じような正覚を得た人というべきでしょう。

本心そのままで生きている人の状態とは、どのようかと申しますと、

慈悲深く、喜怒哀楽に迷わされず、すべての恐怖なく、他人の本心と想念をも、はっきり区別してわかり、おのずと人々の想念を浄めている、といったような人になるわけです。

神は光であるので、本心そのままで生きている人は光輝いている人であります。


 



                日々の祈り  五井昌久




   

悟りとは

   
     
悟りとは、本心と自分とが全く一つになるということなのであります。

迷ったり、怒ったり、恨んだり、妬んだり、哀しんだり、恐れたり、執着したりする想念というものを、ハッキリ、自分ではない、と思い定めることなのです。

自分とは、神と一つである本心そのものであり、もろもろの想念は、過去における自分の迷いの足跡が、今現われて消えてゆく姿である、と思い定めることなのです。

自分が自分の創造主であることを知ること。

つまり自分が神の使命達成の一員として、神の世界から天降って、この地上界に神の生命をはな咲かせつつある者であることを知ることなのです。




      
               日々の祈り  五井昌久 



   

気功サロン、セミナーのお知らせ

   
  
前回(9月19日)の気功サロンには、たくさんの人が来てくださいました。

高校時代の友人、気功教室のインターネットを見て、近所のスーパーに置かせていただいているチラシを見て来られた人、気功を勉強中の人、そして東京から来られてオーラ・オーラと気功サロンに参加しう先生に会われた人
 

サロンは大盛況でした。手(チョキ)
 

その中で来られた人を観察するとほんと様々なのです。
 



 
1.自分がなんで興味を持ってここに来ているのか?がわからないのだけど守護霊、守護神に連れらてなんとなく来た人(魂が求めている)


1.幽界のオバケちゃんに憑依されていて守護霊、守護神がその人を助けようと必死で連れてきた人


1.ご本心に光がいって、真剣に来た人(でも肉体人間のその人はそこまで自覚はない)


1.調和波動気功、う先生に繋がるために来られた人
 
 



どんな人が来られるかわからないときもあり、こちらが平常心、不動心でいないとその“場”のエネルギーが乱れてしまうのです。

でもそこには調和波動気功を真剣に10年以上やってきた人たち(私も含め)が居るのでいい波動が保たれています。

癒されるとは、波動調整が出来る人の傍にいること、または波動調整された場所をいうのです。ぴかぴか(新しい)


だから盛況になっているのだと思います。
 

みなさんも是非、気功サロンに来てください。
 

そしてお元気になってお帰りくださいね。
わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)


 

 

気とはエネルギーのことです。

目にみえない自分の発しているエネルギー を整えることが健康になるメソッド(方法)なのです。

病気とは気が病んだ状態なのです。

そして病気は人に治してもらうものではなく自分で気を整えていくものなのです。

これを波動調整といいます。



本当の健康とは、肉体と精神のバランスが整ったときの状態です。


身体が固くなると気持ちまでかたくなになるのです。

身体を柔らかくしたり、エネルギーを流すコツがわかるとスッキリ爽やかになります。

エネルギーがスッキリすると物事を前向きにとらえられるようになるのです。

気功サロンに来て、心身ともに健康になりませんか?
 



次回のサロン日は


 10月17日(土)13時30分~19時

 
翌日の18日(日)は調和波動気功のセミナー(森の会)が心斎橋の大成閣(中国料理)で行われます。


 
翌々月は

11月19日(木)13時30分~19時
 


のサロンはオーラ・オーラとコラボします。

気功サロンでオーラを撮るのです。カメラ ぴかぴか(新しい)

みなさんはどんなエネルギーを放っているのでしょうか ぴかぴか(新しい)

どうぞ、お楽しみに!! 
わーい(嬉しい顔)






      カリキュラムの内容  
  
 
    ① 呼吸法(気持ちを落ち着かせる為)
    ② ストレッチ(心と身体を柔軟にする)
    ③ 姿勢を正す(気を通りやすくする)
    ④ 一日七回感謝する(プラス思考)
    ⑤ 全てのものとの調和(感謝出来るようになる)
    ⑥ 身体の力を抜く(感情のコントロールが出来る)
    ⑦ 明るく朗らかに穏やかなる(パワフルになる)


この7つの中からいくつかを体験していただきます。

   
この時間帯の間のお好きな時間にお越し下さいね。

 

場所:浪速区民センター 第4会議室
大阪市浪速区稲荷2丁目4-3
電話 06-6568-2171
地下鉄千日前線桜川駅より徒歩3分
 

http://osakacommunity.jp/naniwa/index.html
 

参加費:500円

気功ってどんなものかな?と思っても、
なかなかレッスンにくるのは敷居が高い、
という方、是非気功サロンにお越し下さい
オリエンタルウインドの講師がわかりやすくご説明いたしますよ (女性2名男性2名)

  (●^o^●)



参加を希望の人は私(グッドムーン)にメッセージをください♪



調和波動気功とは?

http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/


 健康になる気功教室in 大阪 (気功のことがわかりますよ)

http://orientalwind.info/


そして、オーラ・オーラもよろしくお願いします。

http://auraaura7.com/




  

真の霊能の条件

   
  
愛が深いということは、魂の清さ高さを端的に現わしているからです。

自己を深めたい、人を救いたい、人のために働きたい、人の世のために全力を挙げたい

等々、常に自己の力を他に捧げたい、という愛の心が根本になって、開発された霊能であ

ることが第一です。

だがいかに深い愛をもっていても、霊視、霊聴、霊言を審神(さにわ)もせず、ただやたら

に信ずるようではいけないのです。

霊能があったからといってすぐに有頂天になったり、すぐに人に告げてみたりする軽率さで

は、守護神はその人に及第点を下さらないのです。

もしその人に深い洞察力がなければ、出てくる霊能を否定し尽くすことです。

否定して否定して否定し尽くしても、どうしても消えぬ霊視であり、霊聴であり、霊言だった

ら、それは真実のものと判断すべきです。





      
                日々の祈り  五井昌久




 


 

 

感想

 

これだけ、霊能のことを一生懸命に書いているということは、私と縁のある人の中でスピチ

ュアルな世界に入ろうとしている人、入っているけど抜け出したいとしている人がいるのか

もしれません。


霊的な力を得ようとしている人は、最初は純粋なのです。

愛が深い人たちが多いのです。

それはそうなんだと思います。

でも、どこに意識があるか?が大切なのです。

少しでも人に褒められたい、感謝されたい、凄いと言われたいという自分というものがあれ

ば、すぐに幽界のオバケのおもちゃにされてしまうのです。

そして人格がまったく変わってしまってしまう。

憑依されるのです。

それだったら最初からそんなものに興味を持たなければよかったということになります。

それくらい本当の霊力を得るということは厳しいのです。

洞察力というのは自分の本心(神)と繋がって、繋がり続けてやっと得ることが出来る力で

す。

真剣に自分というものを無くしていかないと得られないのです。

もし、少しでも自分がの我のある人は止めてください。

そんなものを持たなくても時期が来ればみんな覚者になれるのです。

ただ人類を愛する気持ちだけは失わないでくださいね。




 
  
世界人類が平和でありますように 

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます





  


誤った霊能

     

真の霊能と魔境的、迷い心の幻覚、幻聴とは違います。

魔境とは、まず最初に自己の力を誇示したいとか、自己の都合のよいようにその力をつかいたいとかいう想念でなった霊眼、霊聴、霊言のすべてをいいます。

そうした想念が魔境的想念なのでありますから、そうした想念、統一でなった霊能は、全部一度打ち消してもとの普通人に還らなければいけません。

それは例えば霊眼に仏菩薩の姿がみえ、霊聴に神と称しキリストと名のってきこえてきても、これはダメなのです。

何故かというと、自己利益的欲望では、絶対に神仏の真の力をいただく境地にはなれないからです。

魂の開発向上には少しも役に立たぬばかりか、ついに自己の身を滅ぼし、他人の魂を傷つけ、ゆがめてしまうようにもなるのです。




    

            日々の祈り 五井昌久

 





  
  

感想
  

自分だけの世界でスピチュアルなものを求めるのはまだいいのですが、魔界のオバケに操られて得た魔力を人に及ぼすほど罪つくりなことはないのです。

そんな人たちはだいたい浮世離れをしています。

自分の仕事に不満を持っていたり、人を批判してばかりいたり、目の前のことに真剣にならずに目にみえないことに逃げたり、やるべきことの責任を果たしていなかったり、感情的になったり、人を不快にさせたり・・・・・

だから最初は神秘的なことを求めてついて来た人たちも自分の中で審神(さにわ)、つまりにせものだと見破って離れていくのです。

文章の中で

そうした想念、統一でなった霊能は、全部一度打ち消してもとの普通人に還らなければいけません。

とあります。

まったくその通りでありまして、スピチュアルな力を得ようとしている人は幽界のオバケが憑く前に目を覚まし、3次元的なことを一生懸命にしていくことが大切だと思うのです。





  



  

どんな仕事にも真剣にたちむかえ

  
    
人間には、できるできないはひとまずおいて、何事にも真剣に取り組んでゆくということが必要なので、いいかげんな態度で世の中を渡ってゆこうとするぐらい嫌なことはありません。

与えられた職業はそれがどんな職業でありましょうとも、その人が永遠の生命をしっかり自己のものとするための一つの経験として与えられているものでありまして、その人に必要でない経験は現われてこないのです。

ですから、自己がおかれている環境に不満をもって、与えられた仕事を怠るようであったら、そうした経験を魂の底にしみこませられるまで、同じような環境をぬけきることはできないのです。

どんなつまらなそうな仕事に対しても真剣に立ち向かわなくてはいけないということです。




      

                                    日々の祈り  五井昌久  



 

2009年9月24日 (木)

病気になる原因

   
        
医学的にみてどうしても解決出来ないことがあります。

原因がわからない、つまり病気の元の部分がわからないのです。

病気になる原因はいくつかに分かれます。
 



1.その人のマイナス想念が生命エネルギーを弱らせてしまう場合。

2.過去世で病弱だったことが今に写ってきている場合。

3.守護霊守護神が試練を与える意味で病気にさせている場合。

4.亡くなった人、あるいは幽界のオバケが憑依している場合。
 



この4つに共通していることは、自らのエネルギー、漢字で書くと気が病んでいる状態なのです。

この病んでいる状態を病気と言います。

なんらかの原因でこのエネルギーが弱っているのです。

この4つの原因を見てみるとお医者様で治せるものは無いことがわかります。(外科的なことは別です、お医者様の愛がある場合も別です)

進化した星には、病気とか死もないのは進化した星の宇宙人はこのエネルギーを自分で調整出来るからです。

これを波動調整と言います。

地球の人類もこの波動調整が出来るようになることが

つまりアセンション(次元上昇)の時なのです。



  

では、4つの原因を検証していきましょう。


1.はなんとなくわかりますよね、

自分はダメだ、自分は病気になるのではないか?死ぬんじゃないか?病気は治らないんじゃないか?と思い続けて自分で病気を引き寄せている人です。

自分でエネルギーを弱らせているのです。


2.は、いつも書いているようにこの肉体界は幽界、つまり過去世の潜在意識に溜まったものが現われてきている世界です。だから過去世において病弱だった人はそれを引き継ぐのです。

3.はその人の魂の成長のために、その人が病気や不幸とみえることを経験することによって、一層神様(本心)とつながって、光を輝かすために神様が守護霊、守護神に命じてなさることでもあるのです。
いわゆる愛のムチですね。

4.は、まだ多くの人は自分は肉体だけで同時に幽界、霊界、神界に住んでいるとは想っていません。だから死んで肉体を離れても幽界から霊界へと行こうとしないのです。

肉体が無くなっても心が残っている。だから自分が死んだとは思えない。そして親しかった人や家族に憑くのです。

憑かれた人は死んだ人の想念と体質、つまり病気をもらってしまうのです。

だから真理を知らないと死んでからも人に迷惑をかけるのです。

人間が一番愚かだと思うことですよね。

今こそ、人は死んだらどうなるのだろう?死んだらどこに行くのだろう?くらいのことはちゃんとわかっていないといけない時期に来ているのです。

幽界のオバケちゃんに憑依されるのも同じようなことです。

今までみなさんが聞いたこともなければ予想もしていないような話なのかもしれません。

でも真理がわかっている人からみれば当たり前のことなのです。
 


知らない人が多すぎるだけなのです。

これを解決する方法は?

それは自分が宇宙と繋がって、宇宙の無限のエネルギーを自分の心を身体に入れていくしかないのです。
 

つまり空になって、統一することです。

 
すごく単純でしょ


そうなのです、宇宙は、真理はシンプルなのです。わーい(嬉しい顔)指でOK



  
この本を読むと空になって統一が出来るようになります。
わーい(嬉しい顔)
 

  
『無限なる幸せを体得する方法』

 ~無限なる幸せの波動とは何か~

宇宙神からのメッセージ

大天使からのメッセージ

あなたはどんな時に幸せを感じますか

于 寿明 星湖舎














  


  

2009年9月23日 (水)

調和波動気功セミナーのお知らせ

  
   
すいませ~ん、実は月一回の調和波動気功のセミナーが27日(日)にあります。

みなさんにご連絡するのをすっかり忘れていました。

振込み申込みは明日までですが、私に連絡いただいたら当日現地で会費を頂くということでなんとかいたします。


この間の気功サロンに来られた人も、参加してくださることになりました。

みなさんも是非参加してください。

調和波動気功のこと、う先生のこと、ハーモニーのこと、グッドムーンのこと・・・・・・

きっと色んな発見がありますよ 
わーい(嬉しい顔)

 


     森の会


       記
 

★日時 9月27日(日) 

12:00~13:30 会食

14:00~  う先生講演

★ 大成閣(中華料理)06-6271-5238(禁酒・禁煙)

★ 会費 8000円(小学生4~6年生4000円)


申し込み方法:
電話予約の後、3日前下記郵便貯金口座へお振り込みください。

口座名義:ニューハーモニーの会
記号:14620 番号:14862351


お子様が参加される方、ハーモニー以外の方で
初めての参加となる方は、上記まで連絡の上
お振り込みをお願いいたします。
ニューハーモニーの会
 

 
TEL :06-6245-5457





参加したい人はご遠慮なくグッドムーンにメッセージくださいね


携帯080-1444-0018


詳しくは

 http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/sub1.html 




   


     

如是我聞

      
     
1.神さまは成功、失敗を問題にするのではない、その器がいかに一生懸命にやるかやらないかを問われるのである。




1.四つの病いが重なり、精神的に焦りと恐怖心がわいて来て抑えきれない、という方へのお返事。

「人間は体でものをするのではありません。精神でするのです。

その精神の中に神さまが生きているのです。

ですから神さま有難うございます、と感謝しましょう。

体でやろう、体で生きようと思いなさるな」

 


1.体の諸所が悪い女性へのご指導 ━

「体から心をぬくような練習をしなさい。肉体で生きているんじゃないんだ、もう私の体はないんだ、と体を一遍ないようにして、心だけで生きていると思いなさい。

そして明るいことのみを思い、見ていきなさい」


 



 

                   五井昌久




   

一人で生まれ一人で死んでいく

   
     
生まれて来るときも死んでいくときも、一人で生まれてきて、一人で死んでいく

そんなことを書いた詩を読んだことがあります。

確かアメリカンインディアンだったかな?

「人は一人では生きていけない」

「人は支え合って生きていくのだ」

といいます。

その通りなのですが

人は窮地に立たされたりとか、本当に辛いことがあったりだとか、悲しみにうちしがれているときには、一人になりたいのです。

そんなときに人が

「大丈夫?」 とそばに行こうとすると

「大丈夫だから一人にしといて」

と言います。

これは自分の中にしか解決する答えがないことを知っているからなのです。

自分の心には自分の世界があって、そこに入って来られると余計混乱することが感覚でわかるからなのです。
 

だからどんなにさびしがり屋の人でも人が周りにたくさんいることが好きな人でも本当は一人でいることが一番落ち着くのです。
 

人と付き合うにはこの距離感を保つことが大切です。

必要以上に一緒にいることはいらないのです。
 

私はみんなと一緒に居ることが苦手でした。

団体行動が嫌いでした。

 
高校生のときの同級生に最近言われたことがあります。

「○○君は、親しくしようとして近づいていくといつの間にかそこから居なくなったんだよね」

・・・・・と

一緒にいるとしんどくなることがわかっていて自然と離れて行ったのだと思います。

今、同窓会のことをしているけど、やっぱり基本は自分一人なのです。

自分の時間を大切にする。

そしてみんなと一緒の時間も大切にする。

ただ、お互いの世界に、入っては行かないのです。
 

人は死んだら星になるといいます。

その通りなんだそうです。

星は他の星と絶妙の距離を保っています。

抜群のバランス感覚です。

人と人との関係もまったく同じなのだと思うのです。




  


幽界のオバケちゃん

       

幽界のオバケちゃんなんてふざけた書き方をしていますがこう書かないとみなさんが恐怖心を持ってしまうからです。

でも笑い事ではないのです。

幽界には本当にたちの悪い霊がいます。

人間界でいうと人を脅かして面白がったり、怖がらせて喜んだり、人に神様と崇められて調子に乗っているヤカラです。

感情霊、動物霊ともいいます。

そんな不良霊は、人間の背後にいて糸を引いています。

完全に操られているのです。(これを憑依といいます)

人に尊敬されたい、霊力を持ちたい、どんなことをしてでも金持ちになりたい、人を自分の思うままにしたい・・・・などと強く思っている人は憑依されます。

そんな不良霊を守護霊、守護神は取り除こうとするのですが、肉体人間がそれを望んでいてはどうしようもないのです。

それはどういう生き方をするかは人間の自由にまかされているからです。

やむなく守護霊、守護神は人間を厳しい立場に立たせて光を送るのです。

病気になると痛みが伴います。

その痛みが光なのです。

痛いというのは光が当たっているのです。

心の奥にある本心が目覚めやすくなるのです。

波動調整ですね。

地震によって地面にヒビを入れ、光を入れて波動調整するのと同じです。

雷の光や台風が人間の汚れた想念を浄化しているのと同じです。
 

大病をしていい人になることがありますよね。わーい(嬉しい顔)

憑きものが落ちてやさしい顔になったりします。

それは本心に光が当たったからです。

だから、本心から外れると真理に目覚めさせるために試練という経験をさせられるのです。

痛い目に遭わないと光が行かないし、気づかないからです。

反対に真理に目覚めて本心開発が進んでいくと本来なら経験しなければならない試練が必要なくなったり、大難が小難で済んだりするのです。

世界平和の祈りを一生懸命に祈っている人は、光が強くなっているのでオバケちゃんも消えて、あやつられることももちろん無いし、試練という辛い経験も積む必要が無いので平安な日々が送れるのです。

そしてその光は縁のある家族や縁者にいくのでいつの間にかその人たちも災難を免れたりして恩恵を受けるのです。

世界平和の祈りは人類を救うのです。
 

だけどいくら光を浴びても憑依されている人にはやはり試練は来るのです。

守護霊守護神は容赦はしません。

自分たちが守っている人間を目覚めさせるためには手加減はしないのです。

肉体人間の親が子どもを甘やかすようなことは絶対にしないのです。

だから霊力を持ちたいとか人をコントロールしたいとか、念力で人をどうこうしようとかしないでください。

そんなことをしたら幽界のオバケのいい餌食になります。
 

神我一体にならないと、つまり宇宙と一体となって空にならない限りは人を救うなんて出来ないのです。

してはいけないのです。

したとしてもそれは後ろで不良霊が操作しているのです。

病気を一時的に治して凄いと言われたいのです。

人間が驚くのを楽しんでいるのです。

守護霊、守護神が計画的に試練を与える意味で病気という状態にしていることがあります。

それを浅はかな考えで簡単に、それも念力で病気治しなんてするものではないのです。

とんでもないことなのです。

病気になることがその人に必要なことなのです。

無駄なことを神様がするわけがないのです。

 
う先生が病気を治されるときはご自分の命を懸けてされています。

あなたたちにその覚悟がありますか?

人の生命を救う、相手を浄化する、病気を治すとは自分の命と代えるくらいの凄まじいエネルギーがいるのです。

自分がの 我 が ひとかけらあっても出来ないことなのです。

天地を貫いて、相手の守護霊、守護神と相談して、自分の守護霊、守護神と一体となってやらなければいけないのです。

人の病気を念力で治すなんて思い上がりもはなはだしいのです。

自分だけでなく相手の人も不幸にします。

だから絶対にやめてください。

  
 

  
  
  

2009年9月22日 (火)

相手を認めるとは?

    
      
相手の人を認めることは大切です。

でもそれは、相手の人の光輝いている神性を認めるということです。

そうではなくて、幽界のオバケちゃんに取り憑かれて全然違う人になってしまっている人を認めるのではないのです。

でも、ほとんどの人は神性(完璧な神)を顕してはいません。

人は幽霊かお化けちゃんに取り憑かれています。

だからいつも疲れているのです。(無限なる愛)

いい部分を探してそこを褒めるとは相手の神性をみているのです。

本来の光輝いている部分がちょっとでも見つかったらそこに光を差し込んで拡げて大きくするのです。

そうすると闇の部分に光が当たって本来のその人の神性が顕われてくるのです。

だから認めるとはそういうことだと思うのです。

なんでもかんでも業に覆われた違う人格になってしまったその人を肯定するのではないのです。

否定するのでもないのです。

ただ良いところを見つけて見出して、そこを認めてあげればいいのだと思います。




   

光っているものと伝わってくるものは違う

    
     
知り合いの人が素晴らしい本を出しました。

その本は、ご本人が統一に統一を重ねてそしてやっと完成させたものだったのです。

天からそのまま降ろされたので、光の波動で満ち溢れています。

本を開くとそのページから光の波動が出ているのです。

でもなぜか伝わって来るものがないのです。

本の内容も素晴らしいし、挿絵も美しいし、シンプルで完璧なのです。

でもやっぱり何かか足りない、どこかが足りないのです。

それは、天(4次元)を意識し過ぎて3次元に意識が行っていなかったからだと思います。

上に上がりっぱなしで下に降りて来ていない。

3次元の人たちの気持ちが入っていないのです。

きれいな世界ばかりで3次元の人々の波動が入れられていないのです。

だから人々の意識から離れたものになってしまっている。

だから響いて来ないのです。

縦横十字の真ん中に居ないと、縦を貫いているだけではダメなのです。

4次元と3次元の真ん中にいてバランスが取れていないとダメなのです。

3次元をキチンとしていて、同時進行でないと4次元も整って行かないのです。

天と繋がることばかりを考えていると4次元が整うと3次元は自然と整うだから3次元は放っておいてもいいのだと考えている人がいます。
 

でもそれは違うと思うのです。

 
とちらも大切なのです。
 

そういう意味では3次元も4次元も多次元もないのです。



   

念力を信じている人へ

       

念力を使って人を治療しようとしている人が今、限界を感じています。

病気になった人を本当に治してはいないのです。

それは心を癒していないからです。

人間の本来の姿は光の波動体なので、念力で少しは動かすことが出来るのです。

滞ったエネルギーが動き出すと汚い川に勢いがつくので多少は流れます。

流れたことで治ったような症状になるときがあるのです。

でも根本が善くなっていないのですぐに元に戻るのです。

それを何回も何回も繰り返しているだけです。


エクソシストのように神父さんが除霊をしているだけなのです。


浄霊でないので元に戻るか、よそに移っているだけなのです。

浄霊をしようとしたら念力などの有限のエネルギーでは出来ないのです。

宇宙の無限のエネルギーが使われないと有限のマイナスのエネルギーは消えないのです。

念力とは有限で有限を消そうとしているのです。

相手のマイナスのエネルギーが強ければ負けてしまいます。

自分の家族が病気になっても治せないのはそのためです。

念力では相手にも良いエネルギーは行きません。

それはマイナスのエネルギーを使っているからです。

そしてそのエネルギーは自分に返ってきて自分も病気になるのです。

もういい加減気づいてください。

「これはもうダメだ、どうしようもない」

と薄々気づいているはずです。

肉体人間の力、念力なんてしれています。

一度や二度くらい成功したからとそんなことが本ものだなんて思わないでください。

法然さんや親鸞さんは肉体人間はどうしようもないバカだと心の底からわかったので、自分の我を捨てて天と繋がることが出来たのです。

自分(肉体人間)ですごいことが出来るなんて、自惚れているうちは自分の無力さにうちしがれるだけです。

もう同じことはやめましょう。

何度も輪廻転生して同じ過ちを繰り返すことはやめましょう。

あなたの守護霊、守護神様はそのことを気づかせるために試練を与えているのです。

家族を病気にさせ、仕事を失敗させ、倒産させ、人間関係を悪くさせ、自分では、どうしようもないことを知らせようとされているのです。


その真意をわかってください。


だからもう念力なんて使わないでください。




   

  

コンセントレーション

    
  
コンセントレーション、つまり集中力のことですが、私はなぜかこの英語のひびきが好きなのです。ぴかぴか(新しい)わーい(嬉しい顔)

最近、この集中力は、ほんとに大切だなぁと思うのです。

一点に集中すると岩をも通すと言われています。


集中力を語ろうとすると、そこには、やっぱり前に書いた天と地を結ぶ図が出て来るのです。(矢印が逆になります↑)





宇宙(本心)
 ↑
神界(守護神)
 ↑
霊界(守護霊)
 ↑
幽界(想いの世界、潜在意識の世界)
 ↑
肉体界 (顕在意識の世界)


 
 

肉体の自分が何かのことに集中すると幽界、霊界を突き抜けて神界、宇宙まで行ってしまうのです。

肉体の自分の力はたかがしれています。(本来の力のほんの数%しか出せていないと言われています)
 

しかし宇宙には無限のエネルギーがあるのです。夜


宇宙と繋がるということは肉体界にいながら宇宙の無限の力を得ることが出来るのです。
 

天才と言われる人は凡人には及びもつかないほどの能力を発揮しています。

まさしく、「信じられない!」ことをやってのけるのです。
 

その違いは何か?
 

それは集中力の違いだけなのです。
 

この間、200本安打を達成したイチローに対して、王さんが言っていました。
 

「イチローのバッターボックスでの集中力は凄まじい」


・・・・・と


そうなのです、天才と言われる人は必要なこと以外は何も考えていないのです。

必要なこととは相手をよく見るとか投げて来るボールに集中することではありません。
 

自分の頭を空っぽにして“無念無想”になるということです。
 

つまり 空 になることです。
 

空になるとは宇宙と一体になること
 

宇宙と一体とは肉体の自分と宇宙(本心)の本当の自分を一つにすることなのです。

そのことを統一といいます。

スポーツをしている人、芸術家の人、何かを極めようとしている人、何かに真剣に取り組んでいる人、自由自在心になろうとしている人、無念無想になろうとしている人、悟りたいと思っている人・・・・・・・・・


そんな人に一番大切なのは統一なのです。
 

進化した星の宇宙人はみんなこの統一が出来ているのです。
 

その浅い深いによって宇宙での自分の住み家が決まってくるのです。


その統一も、元はと言えば集中力なのです。
 

何事ものんべんだらりとしていては成功しません、成就しません、奇跡は起きないのです。
 

だから3次元(この世)で成功することはないのです。
 

反対に3次元を突き抜ければ4次元、多次元にも繋がっているのです。

突き抜ければ3次元は整ってきます。


4次元の完成された世界が3次元に降りて来るからです。


ここ一番の踏ん張りどころってありますよね。


マイミクさんで、 今やることをしっかりやれば素晴らしい未来が待っているという人がいます。


無限なる幸せを体得することが出来る人たちなのです。


やるべきことに今、集中してすれば、どんなことでも成功するのです。

そして幸せになれるのです。


それは意識を集中(統一)して宇宙と繋がることなのです。

  


『無限なる幸せを体得する方法』

 ~無限なる幸せの波動とは何か~

宇宙神からのメッセージ

大天使からのメッセージ

あなたはどんな時に幸せを感じますか

于 寿明 星湖舎




今、スポーツや芸術など本ものを極めようとしている人たちにこの本が買われているそうです。真剣に生きている人は本ものがわかるのです。

波長が合うのですね。









追伸


今は寄り道をしないでください。


ほかの余計なことに大事なエネルギーを注がないでください。

3次元のこと、目に見えること、消えてゆく姿にとらわれないでください。

自分が男であること、女であること、つまり性を今は忘れてください。
 

幽界のオバケちゃんに遊ばれないようにしてください。げっそり


横取りをせずに縦取りをしてください。


縦(天)に繋がらないと横(3次元)は絶対に整ってこないのです。


縦横十字の完成にはならないのです。


プラス+にはならないのです。


   



  
   

今、起こっていることは過去世のこと

     
  
私たちは肉体界だけしか存在していないと思っているから

今、現在目の前で起こっていることは

今のことだと思っています。

でも下の図のように私たちの住んでいる世界とは、肉体界だけではないのです。
 


  

宇宙(本心)
 ↓
神界(守護神)
 ↓
霊界(守護霊)
 ↓
幽界(想いの世界、潜在意識の世界)
 ↓
肉体界 (顕在意識の世界)




宇宙から、神界、霊界、幽界を経て肉体界に移って来ているのです。

移ってきているというよりも写って来ているというほうがわかりやすいかもしれません。

だから肉体界で今起こっていることとは、色んな世界を経て来た結果なのです。

神界は完全な世界、霊界もほぼ完全なる世界、しかし幽界は人間のマイナスのエネルギーが溜まってしまった不完全な世界なのです。

そしてこの幽界とくっついている肉体界が今ひどい状況になっているのです。

幽界とは潜在意識の世界です。

想いの世界です。

だから今想っていること起こっていることとは、今ではなく、過去世で想っていたこと、行為して来たことが録音されて、録画されて、再生されて出てきているのです。

過去の過去世の想いや行為が今映し出されているのです。

だから今、起こっていることはすべて過去のことです。

今、自分が想っていることは昔、想っていたことが浮かんできているのです。

わかりますか?

わたしたちはその過去の想いや出来事をつかまえて

一喜一憂しているのです。

「自分はなんでこんなことを想ってしまうのだろう?」

「これだけ頑張っているのにどうして良くならないのだろう?」


・・・・・・・・・・・・・・・と
 

過去において徳を積んでいなかった人は、今、苦労しています。

反対に人に尽くして善い行いをしてきた人はたいした努力をしていなくても人や物に恵まれていたりします。


でもそれは今の自分とは何の関係もないのです。


だから今の自分を否定することは違うのです。


過去世の自分の知らない、覚えていないことが現われてきているだけなので悲観することも苦しむこともいらないのです。


今、想っていること、起こっていることは消えていきます。


ただ写ってきているだけなので映しだされたら後は消えるだけなのです。

花火のようなものです。


花火はそのまま消えずに残ることはないですよね。

でもわたしたちはその写っている過去のことをつかんでしまうのです。

それは 今 のことだと思っているからです。

実在している本ものだと思っているからです。

だったら “本当の今” はどこにあるのか?

それは一番上の宇宙(本心)にあります。
 

だからいつも自分の意識を宇宙(本心)に向けているとその世界がそのまま降りて来るのです。

神界の神様の世界、天国が地上に降りて来るのです。

それがアセンションなのです。

地球がアセンションを迎えるとは人間が空になるということです。

空とは肉体意識を超えて宇宙意識になるということです。

空になるには宇宙に意識を合わせればいいのです。

 


宇宙と意識を合わせる祈り言葉



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます






  


追伸


守護霊守護神が幽界の汚れた潜在意識を浄めてくださるのです。すると肉体界に現われる前に消えたり、大難な小難になったりするのです。


祈りの中で守護霊守護神への感謝がありますが、感謝は光なので感謝をしていると光が強くなって守られやすくなるのです。ぴかぴか(新しい)


そして守護霊守護神と繋がると宇宙(本心)とも繋がるのです。

直観だけで生きて行けるようになるのです。

悩み、迷いが一切無くなるのです。

世界平和の祈りは完全、完璧な祈りなのです。指でOKわーい(嬉しい顔)








  



人間は善か悪か?

    
        
人間は果して性が善なのか、悪なのか、というんですね。

善なる心と悪なる心がいつも戦っている。

神とサタンがいつも心の中で戦っている。

それが人間なんだ、とこういうのですね。

今までの教え方はみんなそうでしょう。

ところが私はそうじゃない。

人間は完全なる善なんだ。

完全なる善が中にある。

悪のように見えるもの、正しい心を塞ぎ、邪魔をしているものは何かというとそれは過去世からの誤った想いが、消えてゆく姿として現われている、消えてゆくんだ、というんです。

わかりますか、消えてゆくんだというのと悪というのは違うんですよ。

人間っていうものは悪があって、どうにもならないんだ、人間なんてダメなんだ、というのは肉体の人間なんです。

人間は肉体だと思っている、肉体だけが人間だ、と思っているうちは、いつまでたっても世の中はよくならないです。

肉体というものにまつわる業想念というものは、いつか消えてなくなっちゃうんです。

いつかなくなってしまう消えてゆく姿なんだ。

いかなる想いが現われても消えてゆく姿。

いかなる不幸が現われても消えてゆく姿。

どんな災難が現われても消えてゆく姿。


災難が多ければ多いほど、よけいに消えてゆく。

小さいなら小さいなりに消えてゆく。

みんな消えてゆく姿。

消えてしまうと、本当の神様の姿がそのまま現われてくるんです。

消してくれる者は誰かというと、守護霊守護神なのです。

守護霊守護神に消してもらっているうちに、知らない間に、本心が出てきて、中の仏が出てくる。

そうすると何ものも恐れなくなってくる。・・・・・・・・・




  

     神様にまかせきる 五井昌久 白光出版




  

2009年9月21日 (月)

商売のコツとは?

   
    
商売をうまくやっていくためのコツは、2つしかないそうです。

これから世の中はもっともっと厳しくなっていきます。

その中で残っていくのは、本ものだけなのです。

後はすべて淘汰されます。

では、そのコツとは何か?

 

1.奉仕の精神
 

2.朗らかであること


 
たったこの2つなのです。

奉仕の精神とは自分のこととか人に対して勘定をしないこと

かけ引きをしないでただ相手が喜んでくれることをするということです。

相手を喜ばすのも感情を喜ばすのではなく、心を喜ばすのです。

相手の守護霊、守護神が何を望んでいるか?をするということです。

そのためには頭でどうのこうのとかけ巡らすのではなく、自分の心を空に、空っぽにしていないと相手の心の内がわからないのです。

本当の奉仕とは、自分がスッキリしていないと出来ないのですね。
 

それから朗らかであること

朗らかであると自分も相手の人も明るくなって月が良くなるのです。(グッドムーンの名前の由来です わーい(嬉しい顔) )

人間は肉体が無くなるとエネルギー体だけになります。

エネルギー体とはつまり光の粒子の集まりなのです。ぴかぴか(新しい)

明るいとはその光の粒子が輝いているということです。

人間が幸せを感じるときや感動しているときはこの粒子が光っているのです。

だから人間は、光輝いている人や場所が大好きなのです。


そんな人は出逢うとスッキリします、そんな場所に行くと心が洗われるような清涼感があります。

う先生とはそんな人?であり、大阪の大成閣(中国料理のお店)はそんな場所なんですね。

みなさんも大阪に来られたら是非、寄ってみてください。


きっとその波動=エネルギーがわかられると思いますよ 指でOKわーい(嬉しい顔)



  http://taiseikaku.jp/

  


  

2009年9月20日 (日)

欲を超える

      

人間は、欲や執着を持っています。

金銭欲(物欲)、食欲、性欲

これっていったいなんなんだろう?

それぞれの欲は人間を苦しめます。

金銭欲や物欲はいくらあっても満足することはありません。

食欲も同じです、あれも食べたいこれも食べたい、お腹一杯食べたい。

性欲もセックスや自慰行為によって快感を得るのですが、そこで満足して終わることはないのです。

でもこれらの欲も何かにすごく感動したときや自分が何かに真剣に集中しているときには忘れていたり、かなり薄れているのです。





不思議なことに、これらの欲が全くない人がいます。
 

お金にも執着せず、地位にも固執せず、異性も意識しない

こんな人は毎日をサラサラと綺麗な川の流れのように生きています。

だからと言ってお金がないのではなく、地位に恵まれていないのではなく、恋人や伴侶がいないわけではないのです。

それにこだわらないだけなのです。

欲しがらないのです。

あっても無くてもどちらでもいいのです。

あってもなくてもいつも同じ自然体でいる。



「こんな風になりたい、こんな人になりたい」

と思いますよね。わーい(嬉しい顔)

でもどうしたらそうなれるのだろう?

それは自分を覆っている欲のオバケちゃん、自分にとり憑いている人類の執着のエネルギーを消してしまうしか方法はないのです。
 

人間だから欲があってもいいのだ

欲を満足させるから楽しいんだ

欲や執着が無くなったらおしまいだ

と言います。

その通りだとも思いますし、違うんじゃないかとも思います。
 
そして欲を無くそうという気持ちもあれば、欲が無くなってしまったらなにか物足りない、寂しい、今の自分で無くなってしまう

そんな気持ちもあるのです。

人間の頭の中は不思議です、相反する気持ちがあるのです。

聖なる自分も好きなのに、業にまみれた汚れた自分も好きなのです。

だからやっかいなのです(笑)

どちらの自分が本当の自分なんだろう?

どちらの自分になりたいのか、決めないといけないのか?

業の自分と訣別しないといけないのか?

人間というのは神様と感情(勘定)を持った動物の間に居るという意味です。

つまり両面性を持っているのです。

だからどちらにも成り切れない。


どちらにしようか?

どちらがいいのだろう?
 

悩まなくてもいいのです。

自分がスッキリ爽やかになればいいのです。

自分が幸せを感じる生き方が出来ればそれでいいのだと思います。

ただ、自分の本心から外れているといつまでもスッキリすることはありません。


 宇宙(本心)
 ↓
神界(守護神)
 ↓
霊界(守護霊)
 ↓
幽界(想いの世界)
 ↓
肉体界


宇宙(本心)から真っ直ぐにおりて肉体界に繋がらないとスッキリしないのです。

この直線を歪んだもやもやしたものにしているのは幽界なのです。

幽界にはマイナスのエネルギー、人々の欲、執着がたくさん溜まった業の世界です。

幽界が汚れているので肉体界が汚れているのです。

この汚れを取らない限り汚れている中でお金を持っていても美味しい物を食べても、セックスをしてもお互いのエネルギーを汚しているだけなのです。

そんなお金はすぐに消えて無くなってしまいます。

汚れた気持ちで食べたときは美味しく感じることはありません。

欲と共鳴した相手とのセックスはむなしくなるだけです。


お金儲けが悪いわけではないのです。

たくさんの物を持っているのが悪ではないのです。

セックスをするのが悪いことではないのです。


ただ自分がスッキリしていないのにこれらのことをすると汚れたエネルギーは自分の未来を汚れた暗いものにしてしまうのです。

自分の未来を暗いものにするとは、すなわち人類の未来をも暗くすることに繋がります。
 

自分と人類は空のように繋がっているからです。


自分が爽やかな気持ちになっていれば何をやっても楽しいのです。

何をしてもいいのです。(人に迷惑をかけなければ)

まず、自分がすっきり爽やかになる。

それから次のことをしましょう わーい(嬉しい顔)

それがすべてを解決するメソッド(方法)なのです。






追伸


今日、私の師匠のう先生の本の広告が今日の日経新聞の21頁に載っています。

そのページから素晴らしい波動が出ています。ぴかぴか(新しい)


必要な人が広告を見て、本を買って、そして幸せになっていくのですね。





『無限なる幸せを体得する方法』


~無限なる幸せの波動とは何か~

宇宙神からのメッセージ

大天使からのメッセージ

あなたはどんな時に幸せを感じますか

于 寿明 星湖舎


正しい統一の仕方 印の組み方CD・DVD付き

  税込2100円





   

2009年9月18日 (金)

人の影響

   
       
私たちは人の影響を受けながら生きています。

だから人の言ったことを気にしたり、その人の意見を参考にしたり、その人の信頼度に合わせて自分の物差しと比べたりする。

それが正しいと思い込んでいます。

でも本当にそうでしょうか?

自分で決めるより人の意見を聞いた方がいい結果が得られるでしょうか?

結果よりも時間が経過した後でスッキリ爽やかになるでしょうか?
 

納得出来るでしょうか?
 

私は最近、めずらしく自分の直観よりも人の意見を取りあげてみました。

人は色んな意見、考えを持っています。

それこそ、十人十色です。

そしてその考えとはみんな正しいのです。

その人にとっては、その人の想念の世界では正しいのです。

でも、その想念の世界とはみな違うのです。

似通った考えはあったとしても同じ世界には決して住んでいないのです。

どれだけ仲の良い友達でも心の通い合っていると思っている家族でも、自分が全幅の信頼を寄せている尊敬する人だったとしても人は全然違う世界にいるのです。

自分には自分の宇宙があり、その宇宙を創造しているのは自分たった一人なのです。

人間一人は太陽系すべてを創っているくらいとてつもなく大きな存在なのです。
 

あまりにもスケールが大き過ぎる?

でも、宇宙は無限でしょ?

人は創造主(神)でしょ?

だったら銀河系を司っているとしても何の不思議もなのです。


それを創っているのは人の心です、想念の世界が出来ているのです。

だから人の考えを取り入れるというのは相手の世界にづかづかと入っていくようなものです。

そして取り入れるとその人の世界が自分の世界だと間違えてしまうのです。

違うエネルギーを受けてそれに同化してしまうのです。

だから自分の世界をちゃんとわかった上で自分の世界に相手の想念を入れないようにして五感(見る、聞く、かぐ、味わう、触れる)だけを使うのです。

イチローがバッターボックスで誰の影響も受けずにただ相手の投手の投球に集中している姿です。
 

自分の周りには色んな人がいます。

嫌な人、付き合いたくない人、話したくない人・・・・逆に好きな人、付き合っていきたい人、話を聞いてみたい人・・・・・

でもそんな人たちに対して


“私には私だけの誰も入ることの出来ない素晴らしい世界があるんだ”

と思うとすっごく楽なのです わーい(嬉しい顔)

人の影響を受けずに済むのです。

自分のペースで生きて行けるのです。

それは自分が世界(宇宙)を創っているからです。

自分がすべてのすべてだからなのです。




  

2009年9月16日 (水)

肉体から心を抜く

                                      
ほんとにしんどくてしかたがないときは、肉体から心を抜くことをすればいいのです。

えっ!なにそれッって思いますよね(笑)

でもちゃんと根拠があるのです。

私たちは目が覚めて起きていているときは色んなことを考えます。

ああだこうだどうしよう、こうしよう、どうすればいいんだ、やっぱりダメだ、あの人は私のことをどう思っているんだろう?・・・・・・・・・・もうエンドレスです、完全に考え過ぎです。

 
考えようと想わなくても私たちの脳裏にはいくらでも人の想念、集合意識が入ってきます。

そして自分の本心とごっちゃになってわけがわからなくなる。
 

しかし、寝ていると不思議とそれが無くなるのです。

あれだけ起きているときに悩み、迷っていたのに寝ているときは考えないし想わないし苦しくもなく、辛くもないのです。


だったら起きているときも寝ている精神状態になれないか?

それが出来るのです。

その前になぜ、寝ているときはいらないこと、余計なことが頭に入って来ないか?  ですよね。

それは心が肉体から外れているからです。

もっと正確にいえば寝ているときは意識が肉体界にあるのではなく、幽界、霊界、神界に居たりするのです。

幽界はともかく霊界、神界はスッキリ爽やかな世界です。
 

その世界へ守護霊、守護神さまが連れて行ってくださっているのです。

まさしく生命(いのち)の洗濯ですよね。

すなわち肉体に意識があるから、肉体に心があると思い込んでいるからしんどいのです。

色んな余計なものを引きつけてしまうのです。

だから肉体から意識を抜くことをしてみてください。

何か一つのものをじっと見てそこに心が移ったとイメージしてもいいのです。(スポーツなど何かに集中出来ているときはこうなっているときがあります)
 
すると肉体から心が抜けて寝ている時と同じ状態になるのです。
 

そして霊界や神界の上にある宇宙と共鳴する祈りを唱えると心は肉体を離れるだけでなく、宇宙へ行くのです。


こうなると、なんだか嬉しくなってくるのです わーい(嬉しい顔)


幸せが心の内からじわっと湧いて来るのです。


心が晴れ晴れとしてくるのです。晴れ


私はこの瞬間が本当の幸せだと思うのです。
 

だって宇宙の中で一番波動の良いところと自分が繋がっているのですから・・・・。

みなさんも肉体から心を抜くことやってみてください。

きっと今までに味わったことのない素晴らしい世界に行けますよ。






宇宙と繋がる祈り言霊



世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます





   

2009年9月15日 (火)

しんどいことの原因

   
                                            
しんどいとは大阪弁で、疲れるとか、辛いとか、だるいとかを集めたような言葉で、なんとも重苦しい状態です。

どうしてそうなるか?

それは今現在の状態を憂いて、心配して、終わったことでも

「あれはあれでよかったのだろうか?」と何回も検証し、また未来の未だ起きていないことに関しても

「このまま行けばまずいことになる」 と未来を予想し、その通りになると

「やっぱり予想は当たった」

「だったらこの先もこのまま行くのではないか?」

と現在がネガティブだと現在はすぐに過去になるので過去が暗くなり、そして未来も真っ暗になるのです。
 

このにっちもさっちもいかない状態に自らがしているのをしんどいというのだと思います。


しんどいことから脱すにはどうしたらいいか?

それは済んでしまったこと、今起こっていることを止めずに流し続けることです。

流すには覚えていては流せません。

だから自分のしたこと言ったことも止めずに流して忘れてしまうのです。


反省したらすぐに気持ちを切り替えるのです。


そして今、起こっていることにだけ集中する、今にしかエネルギーを注がないようにするのです。指でOK


それから今の自分の心の中の想念を明るい言葉で一杯にするのです。

そうすれば心の内が外に溢れて来ます。

外とは目に見える現象です。

すると奇跡が起こるのです。わーい(嬉しい顔)

本当は奇跡でもなんでもないのですが予想に反してポジティブ(善いこと)なことが起こると人はそれを奇跡と呼ぶのです。
 

この2つのコツを素直に行えば簡単に奇跡は起こるのです。


わたしたちは創造主なので心の中のことが具現化するのです。



   

宇宙のプラスの言葉がすべて含まれています。 ぴかぴか(新しい)


祈りと並行して唱えると効果抜群です。
 

一日、10回以上唱えると気持ちの中で奇跡が起こりますよ わーい(嬉しい顔) 


 

 
世界人類が平和でありますように

無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和

無限なる光

無限なる力

無限なる叡智(えいち)

無限なるいのち


世界人類が平和でありますように

無限なる幸福(こうふく)

無限なる繁栄

無限なる富(とみ)

無限なる供給

無限なる成功

無限なる能力

無限なる可能性
 

世界人類が平和でありますように

無限なる健康

無限なる快活(かいかつ)

無限なるいやし

無限なる新鮮

無限なるさわやか

無限なる活力

無限なる希望

 
世界人類が平和でありますように

無限なる自由

無限なる創造

無限なるひろがり

無限なる大きさ

無限なる発展

無限なるエネルギー

無限なる感謝

 
世界人類が平和でありますように

無限なる喜び

無限なる美

無限なる若さ

無限なる善(ぜん)

無限なるまこと

無限なるきよらか

無限なる正しさ
 

世界人類が平和でありますように

無限なる勝利

無限なる勇気

無限なる進歩

無限なる向上

無限なる強さ

無限なる直感

無限なる無邪気


世界人類が平和でありますように

無限なるゆるし

無限なる栄光

無限なる気高さ

無限なる威厳

無限なる恵み

無限なる輝き

無限なる包容力





  


如是我聞(幽霊とお化け)

  
      
昨年(昭和50年)のみたままつりの前日であった。

五井先生のお体に救いを求めてよってくるものが相当数あるという。それが後頭部と天頂部についているといわれた。

人類の業というのは、中からやってくる。

それに比べると軽いもので、ベタッとくっついているに過ぎない、とおっしゃっていた。

「子供の本に幽霊と化け物の相違というのが出ていました。幽霊というのは足がなく、迷い、恨み、病念というもので一ヶ処にとどまり、人体について悪影響を与えるもの。化け物というのは足があって、人間に悪さをして喜ぶもの。
たとえばカッパなどのようなもの、という区別でした」


「化け物というのは、本当にいたずらをして喜ぶんだよ。ところがいたずらされているほうはわからない。

みたままつりでくるものは幽霊のほうで、人類の業というのは、化け物と幽霊と半々なんだ。

化け物は人々を踊らせては戦争や悪事をさせ、そして喜んでいる。

神様というものに化けて、人を崇めさせては、人間はバカだバカだと嬉しがっているやから」

「四国の人の体験談で、黒い姿のものが襲って来たので、一生懸命世界平和の祈りをしていたら、黒い姿のものが世界平和の祈りを真似して唱えたというんです。

それでこれはいかん、と五井先生!ッて呼んだら、五井先生が来て下さって、黒い姿のものを連れていって下さった、というんですね。化け物も甲羅をへますといろいろなことを知っていますから、生半かではだめなんですね」


「世界平和の祈りをそのまま祈りつづけていけば、どんな化け物も変ってしまいます。化け物が出て来た時、決して恐れてはいけない。その時は勇を鼓してグッと前に出ることだ。そうするとパッと消える。

それにしても魑魅魍魎(ちみもうりょう)を語らずで、あまりいわないほうがいい。面白半分、興味本位で話していると寄って来ます。

それよりも自分の心から、あらゆる執着と虚栄心を捨てて、スーッと澄みきっている、という方向につねに心をむけておくようにすることだ。

漏尽通(ろじんつう)を目ざすことね」


「“白光の道”の中で審神(さにわ)には深い洞察力が必要だ、と書かれていますね。深い洞察力というのは、今おっしゃったように執着心虚栄心を出来る限りなくしてゆく、消えてゆく姿に徹してゆくことで養われるんですね」
  

「そう、消えてゆく姿にしてゆく、ほめられても驕らず、けなされても気落ちせず、いつも心をスーッと澄ませておくことです」




                   


                    五井昌久




  

言うべきときにはいう

     
       
日本人はダメなことでも

「あなたそんなことをしていたらダメでしょ」

とストレートに言えない人種だと言われています。

  
 
日本人はやさしいから?

和を大切にするから?

奥ゆかしいから?



でもそれが言えない理由は自分を守るためが多いと思うのです。


「もう大人なんだから本人の気づくのを待とう」

都合のいいきれいごとですよね。


「そんなことを言って嫌われるだけ自分が損をする」

「言い出しっぺは嫌だ!」

「あの人がそういうことを言うべきだ」

「誰かが言ってくれたら私も賛同する」

「逆恨みされたらかなわない」

「誤解されるだけばからしい」

「あの人は言ってもわからない人だ」

「いいやん、そんなん放っておいたらええねん」


そこには相手の人のことを思ってよりも自分の保身があります。


しかし、放っておいたらその不協和音はどんどん大きくなっていくのです。

最初は、

「悪いことをしている」

「ルールを破っている」

「他の人はどう思うだろう?」

「今回だけにして次からはやめよう」

「もっと正直に生きなければダメだ」

と思っていてもそれに対して誰も何も言ってくれなかったり、忠告してくれる人がいなかったらそれでいいんだ、そんなに大したことでもないんだ、他の人もやっているからいいんだ と甘えが増幅していきます。


誰も言わなかったとしても、それは消えたわけではないのです。


消えるどころかどんどん大きくなっているのです。

あなたに対する不信感という不協和音はいつの間にかとてつもなく大きくなっているのです。

 
そんな状態で調和の大切さ、人類の幸せを唱えても
 

「自分はいい加減なことをしていて何が平和だ、そんなことより自分のこと(3次元)をもっとちゃんとしろ!」

 
という声が周りからも自分の心の内(守護霊、守護神)からも聴こえてくるのです。

それでもまだ続けるか?

という状態のときに

ビシッ!と

「あなたそんなことをしていたらダメでしょ!」

の一言は天の声だと思うのです。

組織の長である人や人の上に立つ人、何らかの責任者になっている人、器の大きい人、人に影響力を与える人
 

そしてそんな一言をいう役割りの人は
 

自分の保身を考えずに

言うべき時は言う

という勇気が必要なのです。
  

だから反対にそれが言えない人は

そんな立場に立ってはいけないのです。

“場” 違いなのです。

“器” ではないのです。

自分がそんな器でないのなら、その立場から自ら去るか

自分でその器になるように努力しないといけないのです。


その努力が “向上心” なのだと思います。


W先生はおっしゃいました。


「人間は唯一持っていい欲があります、それは向上心なのです」



ほんと、その通りだと思います。





  

2009年9月13日 (日)

如是我聞

     
     
      
1.霊的に見えたって聞えたって感じたって、そんなもの何にもならない。それより何事何ものにも把われなくなる、ということにいつもいつもしておくことです。
  


1.ある青年が手紙でこう書いて来た。

「私は波動が変ったせいか、クラッシック音楽がとても好きになり、もうロックンロールなんて仕事も出来なく聞けなくなりました」

すると五井先生はこうおっしゃった。

「仕事は仕事として割り切ってしまいなさい。他の人がやればつまらない波だけれど君がやればつまらないロックの波の中に、いい波が入ってゆく、そういうつもりで仕事をしなさい」


  

1. 人生指導のポイントは、相手の長所、いい点を出してあげることです。




                


                    五井昌久




       


                                    

バルタン星人?

   
        
幼い頃、父の持っているレコードを聴いたことがありました。

その時、初めて聴いてこの世界(3次元)ではない、どこか異次元から流れて来ているような気がしたのです。

今もテレビのコマーシャルなどで、使われています。

昔の曲なのに全然、古さを感じさせないのです。

爽やかな宇宙を感じるのです。ぴかぴか(新しい)

日本も含めて1950年~60年代くらいが地球は一番いい波動だったと思います。

アメリカからもいい音楽が入って来ていました。
 

この曲を歌っている人はシルヴィ・バルタンというフランスの女性ですがバルタンという名前からバルタン星人ではないのか?という噂が流れたそうです(笑)
 

多分、そうだと思います。
 

きっとバルタン星から来た人?なんでしょうね 夜  わーい(嬉しい顔)



 


 
アイドルを探せ

http://www.youtube.com/watch?v=LBSI2KNiIbQ
 


あなたのとりこ

http://www.youtube.com/watch?v=EN9YJQQHQPQ&feature=fvw




  


  

2009年9月12日 (土)

どうにかしようとするのをやめよう!

     

宇宙は目にみえないものが99.9999999・・・・・・・%なのです。

だから目に見えているものなんて無いに等しい

肉体の自分もこの地球もそうです。

目に見えるものも突き詰めていけば目にみえない分子や原子、つまり波動出来ているのです。

だから目に見えるもの(現象)、みえないもの(人の心)を変えようとするのは肉体人間の力だけではどうしようもないことがわかります。

人間は肉体界(目に見える世界)だけに生きていると思っているけど、見えない世界、すなわち、幽界、霊界、神界の方がずっとずっとずーっと桁、いや次元違いに大きいのです。

肉体界に起こっていることは、幽界、霊界、神界の影響を受けているのです。

だから肉体の自分で、我でなんとか現象を変えようとしたり、人の心を変えようとしてもまったく無駄なことなのです。


もし変えようとしたら、霊界を司っている守護霊さん、神界で働いておられる守護神さんにお願いするよりしかたがないのです。


守護霊さん守護神さんに感謝して、自分の意識を合わせると肉体の自分が溶けてきて霊界、神界と融合するのです。


すると霊界のことがわかったり神界の世界へいけるようになるのです。


そうなればもう自由自在心


どうにかしようなんて気持ちも無くなってしまいますよね わーい(嬉しい顔)





  

霊界、神界と一体となる祈り言霊




世界人類が平和でありますようにぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます




       

2009年9月11日 (金)

統一とは?

        
     
統一というのは、自分の本心と一体となることです。

本心はどこにあるのか?というと心、魂の故郷である宇宙なのです。

宗教とは何を教えているかというと宇宙を示す教えということなのです。

だからお釈迦様は宇宙観、宇宙と一体となることを説いたのですね。

坐禅観法して空になることも統一することも同じです。

頭を空っぽにして意識を宇宙に合わせるのです。

空っぽにするとは何も考えないこと、何も想わないこと

無念夢想です。

ふだん私たちが考えていること、想っていることとは

本心(宇宙)からでなく、他人の想いであるのです。

想いとは相手の心と書きます。

だから自分の今考えていることは違うんだ

自分の本心ではないんだ

どんなに素晴らしいという想いも

反対にどれだけくだらないという考えも自分ではないのです。

本当のこととは空にならないと統一しないと出て来ないのです。

今、自分の考えに自信のない人

何でこんなことを考えるんだろうと悩んでいる人

どこからこの想いはやってくるのだろうと不思議に思っている人

もう悩まなくていいのです。

想わなくていいのです。

考えなくていいのです。

そして人の考え方がおかしいと批判しなくていいのです。

自分の考えも人の考えも本心から来たものではないので

おかしくて当たり前なのです。

無理に正そうとしなくていいのです。

統一すればすべてが解決するのです。

統一して自分の本心と繋がらないと本当の人としての第一歩は始まらないのです。

空になったとき初めて人間はまともになるのです。わーい(嬉しい顔)



正しい統一の仕方が書いてあります。

スポーツをする人も勉強や仕事をする人も大切なのは集中力です。

無念無想にならないと本当の集中は出来ないのです。

天と繋がらないと天からの無限の能力、可能性が降りて来ないのです。

天からの無限のエネルギーを使えた人を天才といいます。

人間は誰でも天才なのです。

宇宙からの無限のエネルギーを戴くことが出来るのです。


  



  
『無限なる幸せを体得する方法』

 ~無限なる幸せの波動とは何か~

宇宙神からのメッセージ

大天使からのメッセージ

あなたはどんな時に幸せを感じますか

于 寿明 星湖舎




   

17歳の自分

     
    
みなさんはいつの頃の自分が一番輝いていたと思われますか?

私は今の自分は別にして、今から34年前の高校生2年生の頃の自分でした。

その時の一年は あっ という間に過ぎましたが自分が一番自然体でいられたのです。

そしてその当時の先生や仲間たちも同じ魂を持った人たちでした。

だから今、同窓会のことを一生懸命にしているのかもしれません。

「一番輝いていたあの頃に戻りたい」 誰しもが思うことです。

う先生は

「もうすぐ自分になりたい年齢になれますよ」

とおっしゃいました。

それは本当のことなのです。


歳をとる、老化する、衰えていくと思っているのは、全部自分の想念がそうさせているのです。

「周りの人がそうなっているから自分も当然そうなるんだ」


と思いますよね、でもそれは違うのです。


自分の心、つまり想念が決めるのです。

自分が

「17歳になるんだ!」 と強く思えば本当にそうなるのです。


心の中が外に現われるからです。

自分が創造主(神)だからです。

そのことを忘れているだけなのです。

17歳に戻れるのはそれを想い出しただけなのです。

アセンションとは時空を超えることでもあります。

17歳の頃にタイムスリップするのです。

  


この間、33年前に作られた卒業アルバムの裏に当時の学校行事を撮ってくれていた写真屋さんの電話番号が載ってあったので連絡してみると、同行してくださっていた当時の社長さんとお話することが出来ました。


そしてその当時のスナップ写真が捨てられずに保存されているのを聞いたのです。

まさしくミラクルでした。ぴかぴか(新しい)


近い内にそれを現像して写真展を開こうと思っています。

みんな喜んでくれると思います。

そしてきっと思うでしょうね。

「あの頃に戻りたい!」

そしてそれが現実になる。

アセンション(次元上昇)とは、奇跡が起こるということです。


でもそれは人間の思い(想念)がすべてを創造するということなのです。

 

人間とは素晴らしい存在なのです。わーい(嬉しい顔)
 




世界人類が平和でありますように shine




  


裏表がない

      
  
自分のことってなかなか客観視しにくいですよね。

欠点は見つけられても、長所には気づかないことがあります。

つい先日、ある人(尊敬している)から

「グッドムーンさんて裏表がない人ですよね」

と言って戴いたのです。

そのとき初めて自分を振り返ってみました。

「確かにそうかもしれない」

自分ではまったく意識していなかったのですがその通りなのです。

裏表がないとは

“誰に対しても態度を変えない” ということだそうです。

話口調は多少変わっても

相手の人に対する気持ちを変えようとは思わないのです。

「こいつ嫌な奴だからこらしめてやれ!」

「この人は仕事が出来ないからバカにしてやろう!」

「この人は力を持っていそうだからよいしょしておこう!」

いわゆる計算(勘定)が出来ないのです。

だからいつも自然にのんきに楽しく生きています。

自分が人によって変わることがしんどいのです。

本来の自分から離れて演じているとその違う自分が本当の自分になってしまう

以前、W先生から

「あなたは真理にも素直だけど、業にも素直ですね」

と笑いながらおっしゃって戴いたことがありました。

その意味がよくわかります。

自分の性格って素敵だなぁ

素晴らしいなぁって思います。

こんなことを書いて変な奴だと思われないかなぁ

って普通思いますよね(笑)

私には、それもないのかもしれません。わーい(嬉しい顔)



   


守護霊、守護神は何を望んでいるか?

   
      
肉体人間に好かれようと思ったら、あたりさわりのない無難なことを言ったり、おだてたり、すかしたりして感情を喜ばせたらいいのです。

でも、そんなことをしたって後でむなしくなったり、一時の喜びを得るだけでどうでもいいことなのです。

それより、相手の人の本心やその人の守護霊、守護神は何を望んでいるか?

を考えることが大切なのです。

守護霊、守護神とはその人を守っている心の親であり、霊界、神界に精通した素晴らしい人たちです。

私たちの亡くなったおじいさんでもありあばあさんでもある。

そして私たちは何回も輪廻転生しているので守護霊、守護神は自分自身でもあるのです。


その人たち(守護霊、神)は人間に伝えたいメッセージがたくさんあるのです。


でも肉体人間はバカだからそれがなかなかわからない。

違う方へ意識が行ってしまっている。

中には行ってしまってしばらくの間、帰ってこられない人もいます。
 

伝えたいメッセージとは真理のことです。
 

究極の真理は

「あなたは肉体だけのちっぽけな存在ではない、あなたは創造主そのものなのだ」 

なのです。

でもそれが肉体の私たちはわからないのです。

それで守護霊、守護神はやむなく、断腸の思いで

その人を病気にさせたり、貧乏にさせたり、会社を倒産させたりするのです。

そうなる前になんとかメッセージを伝えることが出来ないか?

その役割りが私なんだと思います。

だから、結構きついことを言ったり、書いたりしないといけないのです。

私は嫌われたくないので言うのも書くのも嫌なのです。


でも言わないと書かないと後でその人の守護霊、守護神に怒られるのです。
  
  

「なんで伝えてくれなかったんだ!」 


って


私も肉体人間の私と天の私が一緒になったらこんなに嫌な心境で書かなくても済むんだと思います。
 

まだ、まだ修行が足りない。


統一が足りない。
 

そう反省した今日、この頃です。涙


  

  

波動が良い?

   
  
最近よくスピチュアルなことに興味を持っている人は

「波動が良い」

「波動が悪い」

といいます。

いったいなんのことなのか?

それはそれが場所だったりするとその場所は聖者、賢者、あるいは進化した宇宙人たちによって浄められたスポットということなのです。

「観光地」もそうなのですが今は汚れてしまって普通のところ以上に波動が悪くなったところもあります。

そして名所が観光地になっている場合もありますがそこが古戦場で浄化されていないとその場所に行くと寒気がしたり、嫌~な気分になったり心の中にもやがかかったようになり、身体にも変調をきたしたりします。

私は京都が苦手で、行くと必ず体調が悪くなったり息苦しくなったりするのです。

息子は歴史と京都が好きでよく行っていたのですが、帰って来ると必ずどす黒い暗い表情になっていました。

だからむやみやたらと名所旧跡、神社、仏閣に行くことは危険なのです。

それは憑依されるからです。

そのような場所には強烈な力?を持った幽界のオバケちゃんが住み着いていることがあるのです。

憑依されると宇宙(本心)と肉体の自分との間に幽界の不良霊が入ってしまい全然違う人格の自分になってしまうのです。

人間の本来の姿は光ぴかぴか(新しい)なのですが、その光を覆ってしまうのです。

もちろんそうならないように守護霊、守護神が守ってくださるのですが、オバケちゃんの力が大きいといくら守護霊、守護神でも浄化させることは難しいのです。

あなどってはいけません。

反対に波動のいい場所に行くとそこは浄化されてキラキラ輝いているのです。ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)

その場所に行くと 光のシャワーを浴びることになります。わーい(嬉しい顔)

自分の本来の姿は光そのものなので光を浴びるということは、この上もない幸せなのです。

心の奥からじ~んとしてきたり、懐かしいうれしい気持ちになったり、魂が喜んでいるのがわかります。
 

それくらい行く場所によって違うのです。
 

だったらどうやって行く場所を選んだらいいか?

それは自分がそこに行こうとした場合、その前に必ずふっ~と

嫌~な気持ちになることがあります。

心の中に急に暗雲が現われたようになるのです。

それが守護霊からのメッセージです。

「そこに行くなよ!」 というお知らせなのです。電球

でも何回もメッセージは来ません。


そしてそのうちに嫌~な気持ちが勘違い、他のことに原因があるのだと思って行ってしまうのです。

自分一人だったら止めることも出来るのですが複数の人との旅行はそうはいきません。

気分が乗らないのに行ってしまって

えらい目(憑依)に遭うことがあります。

だから私は団体行動が苦手なのです(笑)

一人旅が好きなのです わーい(嬉しい顔)

せっかくいい波動のところへ行ってもその後で悪いところへ行ったなら実にもったいないことなのです中途半端になってしまうのです。


自分は物見遊山で目的地に行くのか?


魂を浄める(本心開発)ために行くのか? 


それをハッキリ決めた上で旅行をすべきなのです。


3次元を楽しんで(感情を喜ばせて)、そして波動のいい場所に行くというのはもったりないのです。

感情を喜ばせるのはオバケちゃんと共鳴することなのです。


波動のいい場所に行くと3次元も楽しくなるのです。

それは4次元、多次元の中に3次元があるからです。


3次元の喜びより比較にならないくらいの幸福感があるのです。


みなさん、いい旅をしてくださいね わーい(嬉しい顔)

  




追伸・・・ちなみに大阪にある大阪城は波動が悪いのです。

わっ書いてしまいました、どこかからかクレームがこないかな?(笑)




   

2009年9月10日 (木)

愛は相手を解放すること

   
           

恋愛というのは相手の心の中にずかずか入り込んでいっていいのだ!

という誤解がありますよね。

最初はそれが嬉しいのですが、段々と苦しくなってくる。ふらふら

それっていったいなんなんだろう?

私は多分

● 愛は相手を解放すること

が正解なんじゃないかなぁと思います。


その恋愛が続いて、結果的に別れるか、別れないか、結婚するか、しないか、それはどちらでも、どうなってもいいんじゃないか?って

別れたことで相手にとっても自分にとってもいいパートナーが見つかることがあります。

結果は関係ない

そう思えば、恋愛も楽しめますよね 
指でOKわーい(嬉しい顔)






 


追伸
 

私は時々、Youtube で音楽を聴いているのですが、その中でオーディション番組歌スタが好きなのです。

歌って難しいですよね、上手いだけでも雰囲気があるだけでも経験があるだけでも相手を感動させれない。

そんな中で

「いいなぁ」と感じられたものがありました。


よかったら聴いてください。
 


 http://www.youtube.com/watch?v=lRygyN1P2Mk&feature=related


  
  



 

もやもやしているとき

    
   
    
何か心の中に雲のようなものがあってスッキリしないときは

今、すぐにアクションを起こして解決しなければならないことがあるのです。

それは本心(宇宙)が自分に向かって

「それは違う、そうじゃない!」というメッセージなのです。

本心はいつも青空のようにスッキリ爽やかでいたいのです。

アクションを起こさずにそのままにしていると

エネルギーが流れないので滞ってきます。

今、すぐに解決していればなんでもないことなのに

怠惰でいると濁ってくるのです。

これが業(ごう)と呼ばれるマイナスの想念エネルギーです。

身体は何日かお風呂に入らなくても

どうということはありません。

でも心の洗濯は瞬間瞬間でしていかないとすぐに汚れてしまうのです。

汚れるだけでなく息苦しくなってくるのです。

相手のことを考えてしまうあまり

自分がスッキリすることをやめてしまうことがあります。

でもそれは違うのです。

自分がスッキリしないとそのどんよりとしたエネルギーは相手に行くのです。

だから自分がただスッキリすればいいのです。
 

それは我儘ではありません。
 

我儘というのはスッキリしないエネルギー(感情)を周りにまき散らすことです。

地球を汚しているのです。

スッキリするとはエネルギーを流し続けて自分も周りも浄化させるということです。わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)
 

相手との調和を取りながら自分のエネルギーを整えていくことを波動調整といいます。
 

進化した宇宙人はこのことが出来ている人類なのです。夜






世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)



無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和


http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor



  


  
 

2009年9月 9日 (水)

悟りとは?

  
    
   
正岡子規は

「さとりとは、いかなる場合にも平気で死ぬことかと思っていたのはまちがいで、さとりとは、いかなる場合にも平気で生きていることであった」 といっている。

全くその通りであって、完全に生をまっとうすることによって、はじめて死をもまっとう出来得るものである。

生を逃避することによって、死への恐怖を拭いさることは不可能である。
 
生への恐怖を乗り越えることによって、死への不安はまったく無くなる。
 
生と死とは別なものではなく
 
全く一つのものである。



                     


                   西園寺昌美



  

アインシュタインは宇宙を語っていた

  
          
アインシュタインは相対性理論が有名ですが、私には難しいことはよく判りません。

ただ、ある書物で宇宙観を述べた文章が私の心を打ちました。

ご紹介します。




 

「人間は宇宙と呼ばれる全体を構成する一部であるが時間と空間の枠に閉じ込められているために独立した自分が考えたり感じたりするものと理解する。

この理解は想念に生じた一種の幻像であって、我々の意識に対して牢獄のような作用をし、我々を自分の欲していることにのみに気を配ったり、身近の人々のみ愛情をそそぐようにしてしまう。
 
我々の使命は自分の意識をこの牢獄から解放し、すべての生物やすべての自然をあるがままの美しさで抱擁するまで自分の愛念の及ぶ範囲を拡げることである。

これは非常に難しい仕事で誰にも成就できないがその努力は自分を解放する道を歩むことであり、心の落ち着きをつちかうことである。」






私たちは自分と他人は別々に存在していていると信じて、対立したり、争ったりしていますが、本当は空が一つであるように意識(こころ)もつながっていて一つなんですね。
 
 
私たちが何かに感動する時、こころが一つになって目にみえない宇宙のエネルギーが動きだす。
 
 
私たちが忘れて眠ってしまっていた遺伝子が目覚めて喜んでいるのです。
 

これから地球は分離の時代から融合の時代へと変化していきます。

 
宇宙はこの分離と融合の繰り返しで進化していくのだそうです。

 
一つになる時代がもうすぐやって来ます (2012年)


アセンション(次元上昇)とは心の融合をいうのです。



  



   

本を読むことの大切さ

    
      
今日、う先生のレッスンで真理を求めている人は本を読むことが大切です。とおっしゃっていました。

ほんと、その通りだと思います。

自分が何かで悩んでいる

そんなとき、ふと

「確かあの本に答えが書いてあったなぁ」

とヒモ解くのです。

するとそこには必ず自分の求めている答えがあるのです。
 

ぼんやりしたものがハッキリと見えてくるのです。
 

こうして日記を書いているのも自分の考えを整理しているのですが、自分でも思いもよらぬ、よい考えが浮かんできたり、いつの間にか答えが文章になって書かれていることが多いのです。


自分?で書いた文章に自分で感心したりします。


本を読む、文章にまとめる、日々の実践・・・・・・・・


この繰り返しが私にとってとてもいいリズムになっているようです。わーい(嬉しい顔)ムード


人の話を聴いたりスポットで文章を読む(新聞、雑誌など)のだけではダメなのです。
 

本を読んで自分の考えが正しいのか?どうなのか?
 

審神(さにわ)するのです。
 

審神とは、神(本心)から来たものかどうか?を判断するということです。


そのときによって出て来る答えが違うときがあります。
 

それでもいいのです。


本で練って練って自分なりの答えを出していくのです。
 


自分の生き方に確信を持てない人

毎日をなんとなく生きている人

感覚だけで生きている人


は 


是非、本を読んでください。
 

どんな本でも無駄になることはありません。
 

でも、真実のことを書いた、真理の本がよいのです。


五井先生、西園寺昌美さん、そしてもちろん、う先生の本はいつ読んでも新鮮です。


それは時空を超えているから・・・・ぴかぴか(新しい)夜


真理の本は奥が深いのです。



そしてそこには自分の知りたい答えが書いてあるのです。




  
  

9月19日(土)は気功サロンの日

    
   
今回の気功サロンにはmixiの人、私の同級生が来られることになりました。


開催される度に気功サロンの役割りが充実して来てるのを実感しています。
 

みなさんも是非、お気楽に遊びに来てください。


そしていつの間にか元気になって帰ってくださいね わーい(嬉しい顔)手(チョキ)

 


気とはエネルギーのことです。

目にみえない自分の発しているエネルギー を整えることが健康になるメソッド(方法)なのです。

病気とは気が病んだ状態なのです。

そして病気は人に治してもらうものではなく自分で気を整えていくものなのです。

これを波動調整といいます。



本当の健康とは、肉体と精神のバランスが整ったときの状態です。


身体が固くなると気持ちまでかたくなになるのです。

身体を柔らかくしたり、エネルギーを流すコツがわかるとスッキリ爽やかになります。

エネルギーがスッキリすると物事を前向きにとらえられるようになるのです。

気功サロンに来て、心身ともに健康になりませんか?
 



 


9月19日(土)13時30分~19時

10月17日(土)13時30分~19時

11月19日(木)はオーラ・オーラとコラボします。

気功サロンでオーラを撮るのです。

どうぞ、お楽しみに!! 
わーい(嬉しい顔)






      カリキュラムの内容  
  
 
    ① 呼吸法(気持ちを落ち着かせる為)
    ② ストレッチ(心と身体を柔軟にする)
    ③ 姿勢を正す(気を通りやすくする)
    ④ 一日七回感謝する(プラス思考)
    ⑤ 全てのものとの調和(感謝出来るようになる)
    ⑥ 身体の力を抜く(感情のコントロールが出来る)
    ⑦ 明るく朗らかに穏やかなる(パワフルになる)


この7つの中からいくつかを体験していただきます。

   
この時間帯の間のお好きな時間にお越し下さいね。

 

場所:浪速区民センター 第4会議室
大阪市浪速区稲荷2丁目4-3
電話 06-6568-2171
地下鉄千日前線桜川駅より徒歩3分
 

http://osakacommunity.jp/naniwa/index.html
 

参加費:500円

気功ってどんなものかな?と思っても、
なかなかレッスンにくるのは敷居が高い、
という方、是非気功サロンにお越し下さい
オリエンタルウインドの講師がわかりやすくご説明いたしますよ (女性2名男性2名)

  (●^o^●)



参加を希望の人は私(グッドムーン)に連絡をください♪


携帯 080-1444-0018



調和波動気功とは?

http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/


 健康になる気功教室in 大阪 (気功のことがわかりますよ)

http://orientalwind.info/


そして、オーラ・オーラもよろしくお願いします。

http://auraaura7.com/





  

2009年9月 8日 (火)

本ものの人とは?

     
   
本当にやる気のある人はどんなに悪い環境でも伸びていきます。

人や物に頼ろうとする気持ちがないので自立しているのです。

そして自分の中に無限なる可能性、無限なる能力があることを識っているのです。(我即神也)

そしてエネルギーを注ぐことになんの躊躇もないのです。

こういう人が人生の勝利者であり、人類を救っていく人なのです。


   


   

本当に変わろうとしているのか?

     
     
自分を変えたいと思っている人はたくさんいます。

このままでは自分はダメになってしまうという危機感があるのです。

自分を変えたら、そこには素晴らしい未来が待っていることもわかっているのです。

そしてたくさんの本を読み、成功者や経験者の話しを熱心に聴く。

環境は整えられている

だけどそこでそのままになっている人のなんと多いことか

それは変えようという意思より、このままの方が楽だ。

変えることはしんどいことだ

新しいことをするにはエネルギーがいる

だけどじっとしていたらエネルギーを使わずに済むし

周りの人も

「無理をするな」 と言ってくれる。

そんな状況が目にみえるようなのです。

病気の人がいつまでも治らないのは

そんな甘えがあるのではないか?

仕事が何年も見つからないのは

本当に死にもの狂いで仕事を探しているのか?

路頭に迷う家族がいたとしたら仕事を選んでいる場合ではないのではないのか?

W先生は

「求めてくる人だけでいいのです、そうでない人は放っておけばいいのです」

とおっしゃいました。


ほんとにその通りなのです。

求めていない人にエネルギーを注いでいる場合ではないのです。

エネルギーがすべてなのです。

自分を変えようとする強い意思だけが自分を変えられるのです。




  

正しい親子関係のために 4

     

子供への執着を断とう
 



親は子供への執着を断つことだ。執着故に苦しみ傷つき病むのだ。

執着の想いほど子供にとって大いなる迷惑はない。

執着は留まることを知らない。

ただ物事をしてあるがままにあらしめなさい、そうすれば物事のほうから自然に去ってゆく。

物事を自分の力で引きつけてはならない。

物事の自然と己れの自然とに従うがよい。

無知からくる執着こそ人を惑わすものだ。

人は光明にも執着し得るし、神にも執着する。愛にも執着するし、祈りにも執着する。

過去の出来事にも執着すれば、未来にもまた執着する。

物質に執着すれば、地位や権力にも執着する。

夫や妻や子供に執着すると思えば、土地や財産、富にまで執着する。

また憎しみにも執着し喜びにも執着する。

ひとたび何かに執着すれば留まることを知らない。

どんなものにも執着せず、自由でなければならない。

何事も執着すればすべてが止まってしまう。

エネルギーが一ヵ所に滞り、自由自在とはほど遠くなる。

人は常に何ものにも把われず、自由自在であるべきだ。

執着は自分に足かせをはめているようなもの、自分で自分の首を絞めているようなもの。

何事にも執着しないでいられたら大したものである。

ましてやそれが愛するいとしい子にさえも行われ得たなら、あなたはもうすでにあなたの苦しみから解き放たれている。

心は自由だ、明るく陽気だ。

たとえ現実がどんな悲惨な状況をみせていようとも、もはやあなたの心の中には苦しみは存在しない。

何ものにも把われない自由な心があるからだ。

あなたが周りにある、そして起こる、あらゆるものに執着しなくなれば、あなたはいかなるものをも引き寄せることはない。

そうなると、あなたの執着を身に受けて自由を失っていた子供が、突如として溌剌と生き生きと輝いてくる。

多くの人々、実に多くの人々が、不幸に対して深い執着を持っている。

なぜなら、ある不幸からやっと抜け出られたと思ったら、また次にはもう新しい何か別の不幸を持ってくるからである。

私にいわせれば、まるで好きこのんで次の不幸をつかもうとしているとしか思えないのである。

逆に自分の不幸を売りものに、内心大いに楽しんでいるかのように思えてならないのである。

彼らにとっては、不幸こそが最大の宝物なのであろう。

人は新しい不幸を次から次へと創りつづけることによって、生き甲斐を求めているのかもしれない。



             つづく 



  

正しい親子関係のために 3

 
    
   
子供の天命のまっとうを祈ろう


本当に子供を愛し、子供のことを想うならば、今その子が通り抜けなければならない状況を、無事通りこせるよう祈ってあげればよいのである。

それ以外に方法は何も無い。

またたとえ、親の願いが聞き遂げられたとして、その子の苦しみや負担を分かち合えたにせよ、いずれその子には同じ運命の苦しみや、同じ悲惨さが待ち受けているのである。

決して苦しみから抜け出したのではない、ただ後まわしになったに過ぎないのである。


その子が今生において果たすべき天命は、必ず果し終えなければ、何生繰り返しても同じ世界が繰り広げられるのである。


どうぞ世の親たちよ、心を鬼にしてまでも厳しく対処すべし。

その子の担った運命は、その子のみにしか果たし終えないものである。

決して代わりが許されるべきものでもない。

その子の魂の磨きである。

立派になるためのプロセスである。

自由自在にして、真理の道を歩んでゆくための今生の道でもあるのである。

それをよく判っていただきたいのである。

厳しいようでも、子供の苦しみは、その子の問題である。

親であるあなたの問題ではない。


何故あなたがかき乱されなくてはならない。

何故あなたが苦しまなければならない。

何故あなたが責任を感じなければならない。

何故あなたが負い目を負わなければならない。

何故あなたが、あなた自身の人生までも狂わしてしまうことがあろうか。

ましてや、その子を取り巻く兄弟姉妹の運命までも。

その子の周りにある物は、すべてその子のせいでそこにある。

その子がその子自身によって、果さなければならないことなのだ。

だからこそ、その子がそれを引き寄せているのだ。

その子の周りにある苦しみや不幸や悲惨さをあなたが感じているとしたら、それは間違っている。

それを引き寄せているのはすべてその子なのだ。

あなたではない。

あなたがそれに対して苦しむのは止めなさい。

腹を立て憤るのは止めなさい、そしてその子の抱えている悲惨さと闘うのも止めなさい。

そんなことをしても無駄だ、その子が引き寄せて招いているのだから。

その子の周りに起こっていることは、何でもその子の想いに源(みなもと)がある。

その子の想いが常にその子の不幸の原因である。

あなたがそれに対して責任を感ずることはない。

あなたが責任を強く感ずるとしたら、それはあなたが間違っている。

あなた自身の存在が、その子の修行にとってかえって負担になってしまっているのである。

その子は今生において果さなければならない因縁を持って、生まれ合わせているのである。

本当にその子のことを思っているならば、あなたはただ黙って、その子のために祈ってあげることだ、ただ祈ってあげさえすればよい。

一刻も早く真理に目覚めるよう、その子のために祈ってあげさせすればよいのである。

縁あって、親と子として今生に生まれ合わせてきたのである。

その縁故に親が心から愛する子に対して、その子の天命がまっとうされんことを祈ってあげる時、その子にその親の心、真理が通じない筈はないのである。

やがて子は目覚め、その子自身の持つ想念が変わった時、もはやその子の世界は苦しみの世界から一変することであろう。





               つづく



  

 

2009年9月 7日 (月)

正しい親子関係のために 2

       
  
子供の運命は子供の責任である
  


ここで、再び話を親子関係にもどしてみたいと思う。昨今、実に親子間のトラブルが絶えない。

特に自分の血を分けた愛しい子が、自分の思った通りに順調に育たない場合が多く、悩みが絶えない。

健康面でのトラブル、精神面でのトラブル。

親は自分のことならいざしらず、実の子の不幸をみていて血を吐く想いである。

ほとんど多くの親は、我が子がこうしたあらゆる問題を抱えている時、それをすべて親の責任と痛切に感じ、自分自身のいたらなさを責め裁く。

たとえ自分を責めて責めて責めまくったにせよ、それでその子がものの見事に変わるなら大変に結構なことであるが、そんなことは、ほとんどと言っていいほどあり得ない。

親が我が子の不幸や災難に対して、あくまでも自分の責任として受けとり、自分を責めつづけ、その結果我が子が治るなら、どんな親もわが身を徹底的に責め裁くがよい。

だがいくら自分を責めつづけてみても、子が治る筈は決してないのである。

子供本人の抱えている、その苦しみや不幸や悲惨さは、決して親のせいでもなければ、親の至らなさでも親の責任でもない。

その子自身の本人の望みであり、まさしくその子の持っている想念行為の顕われなのである。

それがたとえ生後何ヶ月の子、一歳二歳十歳の幼子であってもである。

その真理がわからずして、いたずらに歎き悲しみ、人生のすべてを費やしてその子のために捧げ尽くし、暗く惨めな不幸な一生を終える親がこの世の中にどれだけいることか。

絶対なる真理は、この肉体界の世界を通過する時、どうしても歪んだものになっていってしまう。

それはあたかも、丁度まっすぐな棒を水の中に入れるようなものである。

棒はまっすぐなのに、突然水という媒体を通すと曲がってみえる。

水という媒体が何かをしてしまう、まっすぐな棒を屈折させてしまうのである。

頭の中では、棒はまっすぐなままだとよく知っているのに、実際の目にはそれが曲がってみえてしまうのである。

真理もまったくこれと同じことで、真理は真理で厳然としていてしかるべきものなのに、肉体という媒体、世間という媒体、常識という媒体を通過すると屈折される。

真理が想念という媒体を通り抜けてしまうと、それは何でも歪んだものになってしまう、故意に曲げられてしまう。

真理が真理にあらずである。

そのように、子供に関する限り、世間の常識でいえば、子供ことはすべて親の責任と義務にあると思い込まされている。

そして子供に関する一切合切、そのすべてを親に負い被せ過ぎてしまっているのである。

確かに親は、赤ちゃんや、幼い子供に関しては充分に保護し、養い育てる義務はあるのであるが、子供がどんどん成長して自分の意見を持ちはじめ、自主的になりはじめる頃は、全面的に親の責任とはいえないのである。

子供が持って生まれた天性の性格や才能、因縁、そして想念によるものの顕われだからである。

たとえ親といえど、子供の心の中にまで土足で入り、踏みにじることが許される筈もなく、また子供の心や想念を変えることが出来るなどとは、思い上がりも甚だしい。

どんな親であれ、そんな権利は持ち合わせてはいない。

子供はすべて、子供の自由意思によって、その子の人生が運命づけられてゆくものだからである。

親の役目は導き手にすぎない。真理への道、神への道へと、方向づけしてあげさえすればそれでよい。

折角方向づけしてあげても、その子供がそれに反発して従わなかったり、逆の道を行くようだったら、それはその子の生き方であるから、それはそれでよいのである。

今生には未だその子が果たさなければならない、修行しなければならない険しい道が敷かれているに違いないのである。

 
その子が今生において、無事その子の果たすべき因縁を超えられた場合、来生は素晴らしい、輝かしい世界が展開されてゆくものだからである。

それが一つの魂の成長なのである。
 

段階なのである。
 

今生の生き方だけを垣間見て、ああでもないこうでもないと言うことは、甚だおこがましいことである。
 

子供の苦しみをみていて、あまりにも悲惨さがつづくと、つい子供の苦しみを少しでも親が引き受けてあげたいとか、自分と代わってあげたいとか想うのは、心情的には実によくわかることなのであるが、真実からいえば自分の感情移入も甚だしい。




                  つづく




  



     

正しい親子関係のために

        

テレビの芸能ニュースとか観ていると有名人の子どもが大痲、覚せい剤で捕まってその親たちが涙を流して世間にお詫びをしています。

でも二十歳を過ぎた子どもの尻拭いを親がしなければならないのか?

甘やかせて来たという負い目があったとしても全責任を感じなければならないのか?

親がかばうことで子はまた甘えてしまうのではないのか?

親が勘当することがあってもよいのではないのか?

うまく行っている親子関係ってどんな姿なのか?

親は子離れした方がいいのではないか?

というたくさんの疑問が湧いて来ます。


実はかくいう私も息子とスムーズな親子関係を保っているわけではないのです。

「なんとかしよう」 とすると自分を責めるか、息子を責めるかをしてしまうのです。

「これでいいのだ」 と思えないからだと思います。

そんなとき、西園寺昌美さんの


“正しい親子関係のために” を読みました。

親子だけでなく夫婦、兄弟、友達、その他の人間関係、すべてに共通しています。

是非、読んでみてください。

  


━ あなたはこの世の創造者


人は自分の想念の世界に住んでいる

地球人類を構成しているのはあなた方一人一人なのだ。

この世に世界というものが存在しているのは、あなた自身のためだ。

実際この世界は、あなたがそれを創り出しているのだ。

一般に、あらゆる人々は自分のまわりにあらゆる世界を創り出す。

その世界はその人の想い方次第で創られてゆく。

平和な世界を創り出してゆくか、また豊かな世界や調和の世界や孤独な世界を創り出してゆくかは、あなたの想い方一つで決まるのである。

家族がお互い一つ屋根の下に暮らしていても、家族それぞれ皆異なる世界に住んでいる。

確かに同じ建物、空間を共有し、同じ物を食べ、血で結ばれていてさえも、あなたたち家族は皆決して同じ世界には住んでいない。

みんな別々の世界に居を構えているのである。なぜならば家族皆、同じ思考を持っているとは限らないからである。

家族はお互い、同じ濃い血の絆で固く結ばれているので、一つの世界に住しているように思われるであろうが、否、決してそんなことはない。

家族であっても全く異なる世界に住しているものである。自分の子供が天国に住み、その両親が地上の世界に住んでいるかもしれない。

ところがあなたたちは、実際に自分たちが同じ世界に住んでいると思っている。

たとえ夫や妻であろうと、親や子供であろうと、想念が違っているのに、どうして同じ世界に住むことが出来よう。

人は自分の想念によって創っている世界に住み、その世界から離れることは出来ないのである。

またあなたの想いで創りあげた世界に、誰も住むことは出来ない。

それはあなたの世界だからだ。

あなた一人の想いで築きあげてきた世界なのである。

 そして自分一人の世界に住みつくと、あなたが自分のまわりに世界を創る。

親が子に(夫は妻に)自分の生き方や思想や体験を語り聞かせることは出来る。

だがそれまでのことである。

決して親の思う通りに子を導くことは出来ないし、また子供のほうは、果してその親が導く通りに歩んでゆくかというと、それは否である。


子供は子供の世界を築いてゆくからである。子供の築いた世界が地獄の様相をきたすような世界であるため、子供を変えたいと思うならば、まず子供の想念を変えるように導いてゆかねばならない。

そういう世界をこの世に創り出してゆく根源は、その子の想念だからである。

人は皆、自分の想念の世界に住んでいる。

自分の住んでいる世界があまりにも不幸で悲惨で汚れた世界である場合、、まず自分の住んでいる周囲の世界を変えなければならない、と誰しもが思うことであるが、それは間違いである。

誰も他を変えることは出来ないし、変えられるわけもない。

たとえ親が子に対しても、夫が妻に対しても無理なことである。

自分自身が本当に今自分の住んでいる世界から抜け出したいと思うならば、まず自分の想念を変えてゆくことから始めてゆかなければならないのである。

自分自身が変わること以外に、何の方法も見出せないのである。

故に、たとえ血のつながった愛すべき親兄弟姉妹がどんなに不幸であろうと、それらの人々に関しての責任はいっさい他にない。

すべては本人の責任である。

本人の考え方であり、本人の願いであり、本人の想いだからである。

自分の今住んでいる世界が嫌だからといって、家から逃れても、世間から逃れても、自分の世界はいつも自分についてまわる。

どこか別の世界へと逃げおおせたとしても、一番肝心のこの自分自身から逃げ出すことは決して出来ない。

どうやって逃げられよう。たとえどこかに逃れても、そこでまた同じ世界を、全く同じ自分の想念の世界を創ることになるのである。

何故ならば、自分自身が以前と変わっておらず、同じままだからである。

自分の想いが消えない限り、人は自分の世界を離れることは出来ないのである。

故にどうしても変えたいと切に望むならば、自分の思考や想念を変えなければならない。

変えさえすれば自分の世界はたちまち変わってしまう、まったく違った別の世界が自分の目の前に現われてくる。

あなたがあなたの想念によって創り出す世界とは、自分が真実であれば真実の世界になる。

自分が非実在の欲望の中に住んでいれば、あなたはみせかけの世界を創り出す。

どんなものにせよ、自分がそれであるもの、それがその人の世界なのだ。

だからこの世の中には、人の数と同じだけの世界が存在している。

何故なら、誰もが自分だけの世界に住んでおり、自分だけの世界をまわりに創り出しているからである。

それはその人の想いの投影、その人の想いの創作になる世界である。

たとえこの世を離れても、その世界を離れることは出来ない。

どこに行こうとも、人は再び同じ世界を創り出すことになる。

何故ならばその世界は、絶えず自分の想念から生まれてきているものだからである。


                   

                   つづく



  



  

2009年9月 5日 (土)

守護霊、守護神について

   
                     
守護霊、守護神の存在についてはお釈迦様もキリストもその働きの偉大さを説いていました。

けれどその存在を言ってしまったら人々は人に、外に頼らなくなってしまうのです。


つまり自分の心の中に守護霊、守護神がいる、そこと繋がっていれば絶対に大丈夫だと悟ってしまうのです。
 

そうなると時の権力者たちは民衆を掌握出来ない。


悟ろうと厳しい修行をしていた人たちも同じでした。
 

似非宗教者たちはお釈迦様やキリストの教えをそのまま伝えなかったのです。
 

それが色んな宗教、宗派に分かれた原因です。
 

守護霊、守護神無しで宇宙(本心)と繋がるのは至難の技なのです。


イチローの肩がいくら強かったとしてもセンターの一番奥からホームベースまで矢のような送球を投げて走者をアウトにすることは出来ないのです。
 

イチローとキャッチャーの間に入って中継をする人が必要なのです。


宇宙と肉体の間に入って繋いでくれる人が必要なのです。


それが守護霊、守護神なのです。




 宇宙神(本心)
  ↓  
  神界(守護神)
  ↓
  霊界(守護霊)
  ↓
  幽界
  ↓
 肉体界




世界平和の祈りの中には、守護霊、守護神への感謝が入っています。

だから世界平和の祈りは完璧な祈りなのです。

祈りながら統一をすると楽に宇宙(本心)と繋がることが出来るのです。





 
世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます






   

統一とは?

   

統一とは自分の本心と繋がるということなのです。

私たちが思い悩むのは頭で思っていることと心(本心)で思っていることが違うからです。

お釈迦様のいう 空 とは頭と本心を繋げることだったのです。

では違うようにさせているものとは何か?

それは人間が本心(神)から離れて勝手に作りだしてしまったカルマ、業想念、マイナスの考えなのです。


そのエネルギーはどこに溜まっているか?

それは幽界と言われている潜在意識の世界です。

いつも書いていますように

人間は肉体界の他に幽界、霊界、神界にも同時に住んでいるのです。

神界に、つまり天国に自分の本心があるのです。

 
  神界(本心)
  ↓
  霊界
  ↓
  幽界
  ↓
 肉体界


この図のように神界からまっすぐに肉体界(つまり頭)に降りて来ていればスッキリ爽やか悟った状態です。

でも幽界があまりにも汚れているので


  神界(本心)
  ↓
  霊界
  ↓
  幽界
    ↓
   肉体界

こうなってしまっているのです。


だから幽界を浄化しないと肉体界が良くなっていかないのです。

それはもちろん個人においても地球人類においてもです。

そして幽界をきれいに浄化してくださるのが守護霊、守護神なのです。

私たちが眠っている間も悪いことが起こらないように寝ずにずっとずーっと掃除をしてくださっているのです。


統一とは神界(本心)と繋がることなのですがその前に守護霊、守護神と繋がるのです。

守護霊、守護神と繋がると神界(本心)と繋がりやすくなるのです。

もっと正確に書くとこうなります。

宇宙と神界は微妙に違うと思うのです。
 

  宇宙神(本心)
  ↓  
  神界(守護神)
  ↓
  霊界(守護霊)
  ↓
  幽界
  ↓
 肉体界



その宇宙(本心)と繋がるのが統一です。



 
  

● 宇宙と一体とならないと本当の安心立命感は得られない、なぜなら宇宙が心の故郷だからです。


● 守護霊、守護神が幽界を浄化してくださる、だから感謝している(意識を向けている)と光が強くなって守ってくださるのです。


● 幽界の世界が時間を経て肉体界に現われて来ます、そのまま写って来たら大変なことになるのです。守護霊、守護神はあなたに大変なことが現われる前に消してくださっているのです。夢に変えて消してくださっているのです。
 

● 統一とは心がスッキリ爽やかになることです。宇宙からプラスのエネルギーが真っ直ぐに降りて来ているのです。


● 幽界(想いの世界)が綺麗にならないと肉体界(顕在意識の世界)は絶対に善くならないのです。


●アセンションとは神界がそのまま真っ直ぐに肉体界に降りて来ることなのです。

● 統一をすると直観ですべてがわかるようになります。宇宙と繋がるからです。

● 進化した宇宙人は常にこの統一が出来ている状態なのです。

● 統一が出来る人がたくさん現われる、つまりキリスト、お釈迦様の魂が増えると天からの光のエネルギーがその器に降りて来るのです。
そのとき(臨界点を超えたとき)が3次元から4次元、多次元へのシフトなのです。

● 自分が統一が出来る(器が使われる)ということは人類にとってほんとに本当に素晴らしいことなのです。ぴかぴか(新しい)


● 統一していないと絶対に人間は幸せにはなれないのです。






  

謝ってしまえ!

   
          
幼い子がお母さんに向かって怒りをぶつけています。

泣きじゃくって

「バカバカ、お母さんのバカ」 と小さなこぶしでお母さんをたたいています。

でもおかあさんはまともに相手をせず

「ごめんね、ごめんねお母さんが悪かったね」 と応えているのです。

 ━賢いおかあさんだなぁ━と思います。

お母さんはここで叱って怒りの感情をエスカレートさせるよりも

今はこの子を落ち着かせる方が先だと思ったのです。

マイナスのエネルギーを出し続けるよりも意識を変えさせてスッキリさせる方がいいと判断したのです。

これと同じようなことが私たちの生活の中でもたくさん起こっています。

自分が何かを言ったことで相手の人が誤解している

間違って伝わってしまっている

そしてそのことで他の人との調和も取れなくなってしまった。

誤解が他の誤解を生んでしまった。


そんなときは誤解されていることを一生懸命に説明して

「あれはこういうつもりだったのです、あなたは間違えて受け取ったのです」

と弁明するよりも

あっさりと

「すいません、私の言い方が悪かったのです、ごめんなさい」


と謝ってしまった方がいいのです。


すると相手の人の気持ちが収まります。


もう、もんもんとすることも他の人に対する不信も無くなるのです。

最近、この

「ごめんなさい!」 が言えるようになりました。

それはエネルギーのことが少しわかるようになったからだと思います。

エネルギー(目にみえないもの)で判断すると

間違いがないのです。


それはこの世も宇宙もすべてのものはエネルギー=波動=気 で出来ているからなのです。ぴかぴか(新しい)わーい(嬉しい顔)



 


  
  
追伸



目にみえないエネルギーを整えることの大切さをしみじみと感じます。

調和、波動、気功

そして改めて、自分のしていることに絶対の自信が湧いてくるのです。手(チョキ)わーい(嬉しい顔)
 

http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/




    




   

明日の朝日新聞の朝刊

    
                  
明日の朝日新聞の朝刊に私の師匠である、う先生のご著書の広告が出ます。

一人でも多くの人が読まれて、一人でも多くの人が眞に救われればこんなにうれしいことはありません。


下のタイトルの他に今、私たちには何が大切なことなのか?

のキーワードが書かれています。


さて?


今回はどんなことが書かれているのか?


私も楽しみにしているのです♪ わーい(嬉しい顔)


 


『無限なる幸せを体得する方法』


~無限なる幸せの波動とは何か~

宇宙神からのメッセージ

大天使からのメッセージ

あなたはどんな時に幸せを感じますか

于 寿明 星湖舎


正しい統一の仕方 印の組み方CD・DVD付き

  税込2100円




 

  

如是我聞

                                   
    
1.ノイローゼの人が自分で治りたい、と心の底から思えば治ります。しかし、なかなか治らないのは、自分が治りたいと思わないからです。現実生活から逃げたいために、そういう生活にかえるのが嫌なので、治りたいと思わないのです。
自分が治りたいと思うようになる迄、はたの人が一生懸命、その人の天命がまっとうされますように、と祈って愛の光を投げかけてあげることです。
  

  
1.人間は考えなくてもいいことばかりを考えている。
  
  

1.汚れた人が千人集っても一人の浄った人の救済力にはかなわない。
  


1.誰にもみな守護霊守護神がついているから、肉体人間と話をすると思わないで守護霊守護神さんと話をするつもりでいなさい。

そうしていれば治ります。 ━ 対人恐怖症の人へのアドバイス


  




                    五井昌久





    

2009年9月 4日 (金)

地球が救われる日

         
  
地球が3次元から4次元、そして多次元に次元上昇するとはどういうことなのか?

と申しますとそれは浄化されるということです。

地球上からカルマ=業が消えて

それと同時に人間の心を覆っているあらゆる欲や執着心が無くなって

初めて地球は次の次元への星へとシフト(移行)して行くのです。
 

その為には限りなくクリスタル(純粋)な心を持った人(器)が必要なのです。

その器に宇宙からの無限のエネルギー、つまり光が降りて来るのです。ぴかぴか(新しい)


キリストやお釈迦様のような綺麗なココロを持った人がたくさん現われれば地球は早く救われるのです。
 


今、宇宙人は地球の人類を救おうと上からメッセージを送り続けています。

「幼い兄弟よ早く気づいてくれ!それ以上ココロを汚さないでくれ!」

と願っているのです。

人間は肉体がなくなるとエネルギー体だけになるのです。

つまりココロだけが永遠に生き続けるのです。

だからそのココロを限りなくクリスタルにしていくしかないのです。


クリスタルになればなるほど素晴らしい世界へ行けるのです。わーい(嬉しい顔)指でOK


私たちが今、地球にいるのも勿論そのためです。


地球には今、色んな星から来た魂があるので魂を磨きやすいのです。


摩擦で磨かれてよりクリスタルになれるのです。


自分のココロを宇宙に合わせる(統一)とメッセージが降りて来ます。
  

直観で動けるようになるのです。
 

ただそれが宇宙(本心)からのメッセージなのか?
 

幽界のオバケからのいたずらなのか?げっそり
 

見分けることは出来ないのです。


だから正しい統一が必要になってきます。


統一とは自分の本心と真っ直ぐに繋がることです。
 


正しい統一の仕方が書いてあるのが


う先生の書かれた


『無限なる幸せを体得する方法』なのです。



そして統一をサポートしているのが


オーラ・オーラ


http://auraaura7.com/


であり

オリエンタルウインドなのです。


http://orientalwind.info/



正しい統一無くして真の幸せはないのです。

 




 ~無限なる幸せの波動とは何か~

宇宙神からのメッセージ

大天使からのメッセージ

あなたはどんな時に幸せを感じますか

于 寿明 星湖舎







  

大生命(神)なくして

     

     
1.大生命(神)なくして、小生命(人間)の存在はない。




              

                    五井昌久






 
   

感想

 

赤ちゃんとかをみているとこの子を創ったのは肉体人間の親でないことははっきりわかります。

目も鼻も口も何一つ親は関わっていません。

だったらこのいのちはどこから来ているのだろう?

そう考えたときサムシング・グレート、なにか偉大なものがあると考えるのが普通なのです。


何かに行き詰って、自分はなんてちっぽけな存在なんだろうと憂うとき

空をみていると心がすっきりして落ち着いてくるのはその偉大なものに波長が合っているからです。

もう人間は大生命に謙虚になってそのとてつもなく大きい懐(宇宙神)に還っていく時期が来ているのです。

そこに還らないと自分の未来も地球人類の未来もないのです。

 

 



サムシング・グレートと共鳴する祈り言葉

 

世界人類が平和でありますようにぴかぴか(新しい)

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和





  

インターネットの役割り

     
   

インターネットを構築したビルゲイツの目的はインターネットを地球上のあらゆる地域に網羅させて世界を一つにすることなのだそうです。

世界を一つにするとは合い、つまり愛に溢れた星にするということなのです。

インターネットは玉石混淆(ぎょくせきこんこう)つまり悪いものも善いものも混ざり合っています。

善いものよりも悪い情報、人間の心を暗くするものの方が多いかもしれません。

でもマイナスのエネルギーがどれだけ凄まじくても宇宙のプラスの無限のエネルギーには勝つことは出来ないのです。
 

マイナスを作ってしまったのは人間の想念です。
 

今、自らが発したマイナスのネガティブなエネルギーが自分たちに返ってきているのです。
 

個人では病気であったり、人類規模になると地震などの天変地変です。げっそり

自分が出したエネルギーは倍になって返ってくるのは宇宙の法則なのです。
 

だから甘んじてそれを受けなければならないのです。
 

でももう同じ過ちを繰り返している場合ではないのです。
 

受け続けている場合ではないのです。
 

マイナスのエネルギーを出すことを止めて

宇宙と共鳴してプラスのエネルギーを出していくと真っ黒だったオセロ盤が白駒を両方で挟むことで一瞬で白に変わるように地球上に次々に奇跡が起こって来ます。


それは人間の覚醒です。

人間が愛に目覚めるのです。

本来の姿に戻るのです。


インターネットもプラスの波動を発することで必ずその波動は伝わって行くのです。

ビルゲイツはそのことをイメージしてインターネットを創ったのだそうです。

私もそのことをイメージして日記を書いています。
 

インターネットは役割りが終わると無くなるんだそうです。

役割りが終わる日とは世界が平和になるときなのです。

テレパシーで心と心が繋がるとパソコンも携帯もいらないのです。

進化した星の宇宙人は携帯とか持っていませんよね(笑)

インターネットはそのときまでの

まさしく繋ぎであり、プロセスなんですね わーい(嬉しい顔)





宇宙のプラスの言葉がすべて含まれています。


祈りと並行して唱えると効果抜群です。

一日、10回以上唱えると心の内で奇跡が起こりますわーい(嬉しい顔)指でOK 

心の内で奇跡が起こるとそれは外に現われてくるのです。

 
 


世界人類が平和でありますように
 

無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和

無限なる光

無限なる力

無限なる叡智(えいち)

無限なるいのち
 


世界人類が平和でありますように
 

無限なる幸福(こうふく)

無限なる繁栄

無限なる富(とみ)

無限なる供給

無限なる成功

無限なる能力

無限なる可能性
 
 

世界人類が平和でありますように
 

無限なる健康

無限なる快活(かいかつ)

無限なるいやし

無限なる新鮮

無限なるさわやか

無限なる活力

無限なる希望

 
 
世界人類が平和でありますように
 

無限なる自由

無限なる創造

無限なるひろがり

無限なる大きさ

無限なる発展

無限なるエネルギー

無限なる感謝

 
世界人類が平和でありますように
 

無限なる喜び

無限なる美

無限なる若さ

無限なる善(ぜん)

無限なるまこと

無限なるきよらか

無限なる正しさ
 
 

世界人類が平和でありますように
 

無限なる勝利

無限なる勇気

無限なる進歩

無限なる向上

無限なる強さ

無限なる直感

無限なる無邪気


世界人類が平和でありますように
 

無限なるゆるし

無限なる栄光

無限なる気高さ

無限なる威厳

無限なる恵み

無限なる輝き

無限なる包容力



  

2009年9月 3日 (木)

眞の感謝行

           

有難いということは
  


私は有難いんでございます、という言葉は、真実神によって生かされている自分であり、仏の慈悲によって生き得ている自分であることを観じ、得難い人間としての生をこの世界に生活していられる、という感謝、感激から、思わず出てくる言葉であって、浮ついた口調で、やすやすと云えるものではありません。

有難い、という言葉の中には、神(直霊)と肉体人間(分霊魂)との、はっきりした光の交流が業生=カルマを破って行われた時に、表面意識に知ると知らぬとに拘わらず、こうして生きていること、生かされていることに対する、万感籠った思いのほとばしり出た言葉なのであります。

事業がうまく行って有難い、病気が癒って有難い、それも有難いのでありますが、この有難さも、神のいのちを善く生き得ることが出来た、という内容を含むが故の有難さ、感謝なのであります。

また、人の愛を受けた有難さ、人の愛を行じた有難さ、これも、その行為に神のいのち、仏のいのちの顕われを観るから自ずから有難くなってくるのであります。


こうした有難さは、自然であり、深い精神につながる感謝の心であり、言葉でありますから宜しいのです自分の宗教心を人に示そうとしたり、自己の善人なることを他に知らせようとして、

私は有難いんでございます、 とやたらに自分のをも含めた人間の善行為を人々に吹聴して歩く姿は、その人間の浅はかな心を人に見せて歩いているようなもので、卑しいものさえ感じさせます。

また、ただいたずらに、すぐ合掌する人がおりますが、合掌なども、そうやすやすと出来るものでもなく、するものでもありません。


合掌とは陰陽合体の姿であり、天地合体の姿でもあって、大調和している姿なのです。

こうした真剣な、大事な行事を、軽々しくやってのける癖がつくと、常に浅いところを堂々めぐりしていて、いつまでたっても、真実の世界、神のみ心の中に飛びこんでゆくことが出来なくなってしまいます。


安易なる自慰行為では、真実の神をつかみ、真実の自己を表現することは出来ません。

こんな行為をしている人が、宗教人という者の中に多くなってゆけば、神はいつの間にか地下にひき降されて、無神論者は勿論、神を信じようとしている人達からも信仰心をマイナスしてゆく結果を生み出してゆきかねないのです。

自己の信じていることをいちいち他人に知らせる必要もなければ、しゃべりまくって、自分の宗教に人をひっぱりこむ必要もありません。

そんなこと自己の精神や行為が、自ずから他の人の内部精神、信仰心を醒めさせ、知らず知らずのうちに、他の人が、その人の周囲に集まってくるようにならなければ、とても真実の信仰に人を導くことは出来ないのです。


               


                

                       五井昌久

                     


  感想



いつも

「すいません、すいません」

「ありがとうございます、ありがとうございます」 とやたらに連呼している人がいます。

本当に悪いと思って謝っているのではないことや有難いと思って言っていないことは相手の人はわかっています。


その人の出しているエネルギー(雰囲気)でわかるのです。


どうして普通に出来ないんだろう?
 

“沈黙は金” と言われるのは本心と違う言葉を発するくらいならしゃべらずに黙っている方がよいという意味なのだと思うのです。



  

  
  

2009年9月 1日 (火)

ボクの扉

    
  
私の気功仲間(ハーモニー)の人で絵本作家の人がいます。

オーラ・オーラのスタッフの人でもあります。

その人は素晴らしくクリスタルなのです。

心が純粋なのです。

だからその人の側に居ると癒されるのです。

う先生のご本もそうなのですがクリスタルな人が書いた本は輝いていますぴかぴか(新しい)

読む以前にその素晴らしさが伝わって来るのです。

この本を読まれたあるお寺の奥さんが感激して涙が止まらなかったんだそうです。泣き顔
 

それは真実が書かれているからです。
 

そして書いた人の純粋さに心を打たれたのです。
 

芸術ってそうなんだと思います。

書いた人の心がそのまま写っている。
 

たくさんの人に読んでもらいたい

たくさんの人に真理を知ってもらいたい

そしてみんなが幸せになってもらいたい
 

そんな愛がいっぱい、いっぱ~ぃ 溢れている絵本です。




 

ヤマカミ ヨーコさんからのメッセージです。
 



「心の奥の奥からほどけていきます。魂が癒されるんです。「ボク」はこの本を読んでいるあなたです。」


 
ボクの扉

 
http://cart05.lolipop.jp/LA06686589/?mode=CATE&c_id=CA00100142489



  
  

世界平和の祈りについて

   
      
私がいつも書いています世界平和の祈りですがその素晴らしさ、その重要性はいくら語っても語り尽くせないほどです。

今度のう先生の新しいご本、『無限なる幸せを体得する方法』にもそのことがわかりやすく書いてありますのでそこから抜粋してみます。


よかったらお付き合いください。


 


世界平和の祈りについて


私どもが唱えております世界平和の祈り、特に最初の世界人類が平和でありますようにという祈り言について述べてみたいと思います。


世界人類が平和でありますようにという祈り言を心に思い浮かべた時、その人は神様のチャンネルをひねったのと同じであります。


人類すべての悲願が結集し、祈り言となったこの言葉には、どんな人間の個我をも消してしまう大きな光がこめられ、放射されているのでありまして、この祈り言を、思い浮かべるだけでも私どもは大光明霊団の中に参加しているのであります。


ところで、この祈りの世界人類とは、どの程度の世界でありましょうか。勿論直接的には、私どもが住んでおりますこの地球を指しているのであります。

我々人間のいのちを細かくみて参りますと、それは光子という宇宙子から成っており、いのちの源はすべて波動から複雑に構成されているのであります。

宇宙に浮かんだ小さな星、この地球人類達は、こうしたいのちの成り立ち、いのちの仕組みというものにまだ気がついておりませんので、そのために宇宙人たちから 「幼い兄弟達」 と呼ばれているのであります。


私は今、宇宙人と申しましたが、実際この地球以上に、心も科学も数百倍も進んだ星々と人類が存在することは、事実でありますし、それのみならず、我々はこうした宇宙のすぐれた兄弟達から様々な援助を得て、一日一日を無事に過ごしているのであります。

世界平和の祈りはここに至って、地球人類のみならず、宇宙に生きるすべての我々の仲間、兄弟、宇宙人類が平和であるにという、宇宙の大調和をも目指した祈りであることが理解されるのであります。


この地球上には多くの国々があり、そのそれぞれの国は国交を結んでおります。

これからの政治家は、世界平和を根底に据えてかからなければ、一日たりと政治がとれなくなってくるでありましょう。

しかし、もっと真理を見極める眼を持ちますなら、単に地球という星の地上の国々との交わりというばかりではなく、星と星との交わり、星交というところまで進まなければ本当の宇宙全体の調和というものは完成されないのであります。

そして現在、我々にコンタクトを求めてきております宇宙の兄弟達は、この宇宙の大調和の中に、我々地球人類が一日も早く溶け込むよう、最大の助力を日々行ってくれているのであります。


 世界人類が平和でありますようにという祈り言は、宇宙神のみ心、愛の中に溶け入り、宇宙人類の一人として、全宇宙と宇宙人類全体の平和を祈り、又その愛念を彼らに送って、我々が日々彼らから受けております援助にも、応える形となっているものであります。

宇宙は玄妙であります。

そしてその玄妙な宇宙の運行を支えているものは、一点のわたくしなき、宇宙神の愛であります。


さて世界人類が平和でありますようにという祈り言には、さらにもう一つの奥義があります。

それは、人間というものの全体に向かって、祈り言を発しているということであります。

人間というものは、この肉体だけではありません。

幽・霊・神・大きく分けて、肉体以外にさらに三つの世界に生きているものであります。

この人間の本質、本体と申しましょうか、それぞれの世界に呼びかけ、霊界神界からの光の放射をしやすくする働きを、自然と持っているのが、世界人類が平和でありますようにという祈り言なのであります。


個人と人類の同時救済という性質を、この祈りは持っております。


さらにこの祈りは、人間の本体である光に向って愛と調和を放っている祈りなのであります。

ですから、心の中に 「世界」 と思い浮かべただけで、直ちにそれは、宇宙と人間の本体である光につながり、大光明を発揮することとなるのであります。


ちなみに宇宙人達は、こうした光体が自己の本質であることを熟知して、日々我々を助けてくれているのであります。


こうした世界平和の祈りを我々はたゆみなく祈って、宇宙人類と光と愛の世界建設のために邁進(まいしん)致しましょう。




  

 『無限なる幸せを体得する方法』


~無限なる幸せの波動とは何か~

宇宙神からのメッセージ

大天使からのメッセージ

あなたはどんな時に幸せを感じますか

于 寿明 星湖舎




  

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

最近のトラックバック

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ