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2009年8月24日 (月)

一休和尚の遺言

  
    
一休さんの説話の一つに遺言の話があります。
 

一休さんは亡くなるときに一通の封書を寺の弟子たちに残しました。
 

「この先、ほんとうに困ることがあったらこれを開けなさい。」
 

と言い遺しました。
 

何年かたって、寺に大変な難問題が持ち上がり、どうしようもないので弟子たちが集まってその封書を開いてみると、そこには


「しんぱいするな なんとかなる」


と書いてありました。


とたんに弟子たちは一同大笑いの内に落ち着きと勇気と明るさを取り戻し難しい問題を解決できたというお話です。





小坊主の一休さんは大人達が次々と突きつけてくる難問を少しも騒がず抜群の集中力とトンチで、スーと切り抜けます。
 

彼は今から約600年前に生まれ88歳という当時としてはケタはずれの長生きをしました。

 
さすがの一休さんも 「平常心でいられない」 「楽しめない」 「漠然とした不安がある」 「なんとなく無気力で元気が出ない」 等々人生の苦しみ悩みにさいなまれた時がありました。


けれども 「 不 思 善 悪 」 つまり物事の良し悪しにあまり厳しくこだわり過ぎない。
 

ありのままをありのままに見て認めてしまう、常に気を楽にするということを悟ったようです。



                   


                        おしまい







感想


私はW先生に


「分別心を無くしなさい」 と言われました。


私たちはいつも善悪のように、対立するものを決めつけようとします。


「あいつはいい奴だ、悪い奴だ、善いことだ、悪いことだ、好きだ、嫌いだ、綺麗だ、汚い、頭がいい、悪い、やさしい、やさしくない、・・・・・・・・・・」


でもそれは自分の狭い尺度でしか見ていないのです。


もっと大きな視野で見たり、違う角度から見たら全然違うものや違うことなのかもしれないのです。


決めつけると自分が小さくなるのです、小さくまとまるから窮屈で苦しくなるのです。


もっと大らかにもっと自由な心になるには


「分別心を無くす」  ことは大切なポイントなのです。


分かれたものが一つになることを合い、つまり愛といいます。


分別することは愛と逆の行為なのです。


人間は愛がないと苦しくなるのです。




  



  





   

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