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2009年8月29日 (土)

見えない世界が見えるのか? 2

    

霊能ではなく意識を磨く


  
(西園寺) でも、五井先生はそれを絶対に人に告げることはなかったし、予言や占いはよくないことだとおっしゃっておられたのですよ。

未来が分からないからこそ、人は自分の運命を自分で創っていけるわけです。けれども予言をされてしまったら、「もうすぐ交通事故が起きるんだ」とか、「私はこの人と離婚するんだ」とか、その日が来るまで戦々恐々として生きていくことになりますよね。

だから五井先生は「そんなことを予言する必要がどこにあるか!」と常々おっしゃっておられたのです。

「人間はみんな自由なのだ。運命は決められたものではなく、自分で創りあげていくものなのだ。予言などという余計なことはするな。もし未来を言うのなら、その人が事故に遭わないように、その人が離婚しないように、黙ってその人の天命を祈り、見守り、導き浄めてあげるのが本当の指導者だ」と五井先生はおっしゃっておられるのです。
  


(村上) なるほど。
  


(西園寺) 私もそれに倣(なら)い、「昌美先生、ぜひ教えてください」と言われても、予言は致しません。

たとえ良い結果が待っている場合でも、未来が分かった時点で、その方は努力をしなくなってしまうでしょう。ですから、ある程度のところまでしか私にも言えないのです。

そもそも、未来に映っていることでも、その方の努力、意識の集中力、濃度によって、それが現実となる瞬間が近寄るか、遅くなるかの違いは出るわけですし。
  


(村上) それはそうでしょうね。



(西園寺) それに、予言について五井先生はこうもおっしゃっていました。

「霊能によって一人の人でも誤って導けば、その人の苛酷な運命を全部自分が背負うと思え!」と。

そういう真実を教え導いてくれる人が誰も存在しないからこそ、人々は皆いろいろ霊能者に依存したり、かつまた霊能者は霊能を使って人を導いたりしますが、本当は予言などしないほうがいいわけです。

霊能など磨かなくても、自らの意識の次元が高まれば、自然にチャクラは開いてきます。すると自然に自ら無限なる直観力が高まり、無限なる可能性、能力が開かれ、自らの力で運命を切り開き、創造してゆかれるのです。






   
   

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