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2009年8月31日 (月)

恋愛のはなし

             

難しいことを書いているグッドムーンは3次元的なことはきっとわからないんだろう、きっと変な奴なんだと思われているんでしょうね(笑)


別にそれでもいいのですが、私も結構普通なんですよわーい(嬉しい顔)
  

一時期、恋愛の相談も受けていました。

  
私の中でわかったことをお伝えします。
  

なぜ、恋愛はしんどいか?

  
それは欲があるからなのですが恋愛の欲はちょっと特殊なのです。
  


恋愛は終わった後でもスッキリしないしんどさがあるのです。
  
 

恋愛の相手に求めるものは自分を一番にして欲しいという想いです。
  

色んな人と付き合ってきただろうけど、自分のことが一番好きだ、好きだったと言って欲しい、あなたは他の人とは違うと言って欲しいという願望があるのです。


自分だからあなたは私のことを好きになったはずだ
  

他の人ならこんな恋愛にはならなかった
  

私だからあなたはこんなに苦しくてせつなくなるんだ
  


すごいエゴだけど執着だけど恋愛でドロドロするのはこの想いがあるからなのです。


 
では実際はそうだったのか?

 

あなたのことは特別だったのか?

 

残念ながら特別ではなかったのです。

 

そのとき寂しかったのです、恋愛をする相手が欲しいなぁと想っていたときたまたまあなたが居ただけなのです。

  
波長が合っただけなのです。
  

相手はあなたでなくてもよかったのです。(きついかもしれませんが)
  

誰が相手でもたいした違いはなかったのです。

  
あなたの誇大妄想が小さな出会いを精神的にしんどいものにしてしまったのです。
  

多くの恋愛って結局はこの勘違いから起きています。
 

自分と相手のどの部分が共鳴しているのか?
  

魂の、心の奥で繋がっているのか?
 

ただの感情(勘定)を充たすだけなのか?
  

それがわかることが良い縁を見つける方法なのかもしれませんね。


   
     
  
 

人間は肉体だけではない

                            

オーラ写真を撮るとよくわかるのですが、人間は肉体の部分だけが自分ではないのです。

自分から出て写っているオーラは幽体の部分です。

大きい人でビル一棟分あります。

幽界でそれだけ大きいのだから霊体は地球の大きさがあり神体は宇宙に拡がっているのです。

自分の意識を宇宙に向けると自分も宇宙大に大きくなっているのです。

人間は本来持っている力の何万分の一も使っていないというのは小さな肉体の力しか使っていないということです。

自分が肉体だけだと思っているからそうなるのです。

ほんともったいないですよね げっそり

世界平和の祈りを祈ると大きな自分になれるのです。

肉体の一の力でどうにかしようとしていたのが百万馬力の力が出てくるのです。

なぜかというと世界平和の祈りは宇宙の願いごとなので宇宙の波動と一致するのです。


そして宇宙の無限のエネルギーが流れてくるのです。


だから肉体の一の力で病気を治そうとしていたのが百万馬力のエネルギーで治す力を得るのです。


病気とは気が病んだ状態です。


気とはエネルギーのことです。


無限のエネルギーが入ってきたら病気のような状態は無くなるのです。


すごく単純でしょ わーい(嬉しい顔)
 

病気があるのは太陽系で一番遅れている地球だけなのだそうです。
 

地球より進化した星には病気はないのです。(笑)
 

世界平和の祈りは真理を知らずに祈っているだけでも効果はありますがわかって祈ればもっと効果があるのです。 

 
それは信じる力が加わるからです。パンチ


病気が治っている姿がイメージ出来るからです。


イメージすることはすごく大切なことなのです。


「自分(人間)は肉体だけのちっぽけなものじゃないんだ」


ということがわかれば地球の意識が宇宙意識に変わっていくのです。


アセンション(次元上昇)とは意識が変わるということです。


あなたの意識が地球人類の意識を変えるのですよ わーい(嬉しい顔)手(チョキ)





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます






   

人は守護霊、守護神をみている

  
          
赤ちゃんは最初に肉体人間の顔をみていません。
 

ちょっと目線を上に向けて相手の人の守護霊、守護神をみているのです。
 

そしてその守護霊さん守護神さんに
 

「よろしくね わーい(嬉しい顔)」 と
 

挨拶をするのだそうです。
 

赤ちゃんが大きくなるとこんどは人の後ろをみるそうです。
 

後ろにも守護霊さんがいるからです。
 

「子どもは親父の後ろ姿をみて育つ」
 

というのは肉体の父親をみているのではなく
 

父親を守ってくださっている守護霊さんをみているのです。
 
 
父親が世の中に後ろ指をさされるようなことがなく
 
 
スッキリ爽やかに生きていれば
 
 
この守護霊さんがはっきりわかるのです。
 
 
父親と守護霊さんが一体となっているからです。


守護霊さん守護神さんはこの世のどんなに立派だと言われている肉体人間よりも素晴らしい人たち?なので一体になることは同じ人格になるということなのです。
 

人は肉体人間だけをみているのではないのです。


その奥の守護霊、守護神さんをみているのです。





     

食べていけたらそれでいいんだ

  
       
私たちは仕事にこだわります。
  

職種にこだわります、地位にこだわります、仕事の内容にこだわります、報酬にこだわります。
 

でもこの世での仕事なんて何をやってもいいのです。
 

そんなことより自分が輝いていればいいのです。
 

輝くことの方がずっとずーっと大切なことなのです。
 

なぜならわたしたち人間は光でできているからです。
  

光の中から生まれてきて光に還っていくからです。ぴかぴか(新しい)
 
 

だから光、輝き続けることが一番大切なことなのです。
 


仕事なんて食べていけたら、それでいいのです。わーい(嬉しい顔)指でOK




  
               
                                グッドムーン



  

2009年8月30日 (日)

占いとは?

  
     
占いとは過去の自分の想念、行為で今を予測しているのです。
  
なんの根拠(裏)もないわけではない、だからうらないというそうです。

だけど自分を変えようとして自己改革をしたらとたんに運命は変わります。

瞬間、占いは当たらなくなるわけです。

運命が変わると未来が変わる、現在から未来のベクトルが射手座変わると過去まで変ってしまうのです。

過去から現在、未来を予想するより今、この瞬間を大切にすれば過去も未来も無くなってしまうのです。

それが時空を超えるということなのです。
 





時空を超えて未来を過去を素晴らしいものに変えてしまう祈り言葉


世界人類が平和でありますようにわーい(嬉しい顔)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



   

2009年8月29日 (土)

グッドムーンのひとりごと

     
  

1.霊能者に魂を売り渡すのではなく


自分が霊覚者になってください わーい(嬉しい顔)指でOK



1.自分の心を限りなくクリスタルにしていく・・・・。

それしか生きる目的はないのです。



1.誰がどこで自分を見ているかわかない 目

だから誰にでも、もちろん神様に見られても恥かしくないように生きて行こう。

正々堂々と生きていきたい。



1.一生懸命に生きるということは、毎日死んで次の日に又、生まれ変わるということなのです。

だから次の日には別人になっているのです。

 
  



          

                      グッドムーン



  

無題

   

  
1.霊能者に魂を売り渡すのではなく


自分が霊覚者になってください わーい(嬉しい顔)指でOK



1.自分の心を限りなくクリスタルにしていく・・・・。

それしか生きる目的はないのです。



1.誰がどこで自分が見られているかわかない 目

だから誰にでも、もちろん神様に見られても恥かしくないように生きて行こう。

正々堂々と生きていきたい。



1.一生懸命に生きるということは、毎日死んで次の日に又、生まれ変わるということなのです。

だから次の日には別人になっているのです。

 
  



           

                      グッドムーン




  

見えない世界が見えるのか? 2

    

霊能ではなく意識を磨く


  
(西園寺) でも、五井先生はそれを絶対に人に告げることはなかったし、予言や占いはよくないことだとおっしゃっておられたのですよ。

未来が分からないからこそ、人は自分の運命を自分で創っていけるわけです。けれども予言をされてしまったら、「もうすぐ交通事故が起きるんだ」とか、「私はこの人と離婚するんだ」とか、その日が来るまで戦々恐々として生きていくことになりますよね。

だから五井先生は「そんなことを予言する必要がどこにあるか!」と常々おっしゃっておられたのです。

「人間はみんな自由なのだ。運命は決められたものではなく、自分で創りあげていくものなのだ。予言などという余計なことはするな。もし未来を言うのなら、その人が事故に遭わないように、その人が離婚しないように、黙ってその人の天命を祈り、見守り、導き浄めてあげるのが本当の指導者だ」と五井先生はおっしゃっておられるのです。
  


(村上) なるほど。
  


(西園寺) 私もそれに倣(なら)い、「昌美先生、ぜひ教えてください」と言われても、予言は致しません。

たとえ良い結果が待っている場合でも、未来が分かった時点で、その方は努力をしなくなってしまうでしょう。ですから、ある程度のところまでしか私にも言えないのです。

そもそも、未来に映っていることでも、その方の努力、意識の集中力、濃度によって、それが現実となる瞬間が近寄るか、遅くなるかの違いは出るわけですし。
  


(村上) それはそうでしょうね。



(西園寺) それに、予言について五井先生はこうもおっしゃっていました。

「霊能によって一人の人でも誤って導けば、その人の苛酷な運命を全部自分が背負うと思え!」と。

そういう真実を教え導いてくれる人が誰も存在しないからこそ、人々は皆いろいろ霊能者に依存したり、かつまた霊能者は霊能を使って人を導いたりしますが、本当は予言などしないほうがいいわけです。

霊能など磨かなくても、自らの意識の次元が高まれば、自然にチャクラは開いてきます。すると自然に自ら無限なる直観力が高まり、無限なる可能性、能力が開かれ、自らの力で運命を切り開き、創造してゆかれるのです。






   
   

見えない世界が見えるのか?

     

この世にあって、見えない世界が見える人と

この世にあって神界のひびきを放つ人。

読むと元気になる対談



 


見えない世界が見えるのか?



村上和雄(筑波大学名誉教授)

西園寺昌美(白光真宏会会長)

 




(村上) ところで一つお聞きしたいのですが、五井先生や西園寺さんのような方は、人の過去や未来が見えるのですか。



(西園寺) 見えます。もっとも、私の場合は見ないように自分をコントロールできますが、見ようと思えば見られます。

 

(村上) では、普通の人には見えないものが実際に見える「霊能者」は、この世にたくさんいるのですか。

 

(西園寺) いますね。
 


(村上) それは当たるわけですか。
 


(西園寺) 当たります。当て物をする霊が、近くで見ていますからね。そういう霊の力を借りれば、例えば「指輪がなくなった」と言う人に、「あなたの家の、絨毯の下に隠れていますよ」などと答えることも可能なわけです。
 

でも、本当に高い神霊は、真理に対してとか、道の問題とか天命の問題に対しては直接答えや導きを下さいますが、霊能的なことには一切応えないものなのです。
 


(村上) しかし、普通の人はそうした不思議なことや霊能者を信用してしまうのではないですか。普通の人が見えないものが見えるわけですから。
 


(西園寺)そうですよね。

 


(村上) まあしかし、本当に見えるのですね、そういう人たちには。

 


(西園寺) ハイ、見えます。だがしかし、本来誰にでも見えるものです。一般の人たちは、自分には見えないものだという長い間の固定観念が、本来見えるものも見えなくしてしまっているだけなのです。
 


(村上) ということは、努力次第では見えるようになるのですか。
 


(西園寺) ハイ。例えば先生のような科学者の方が神覚者になられたら、それこそ世界が変わると思います。
 


(村上) それは、サイエンティフィック・シャーマンですね。
 


(西園寺) サイエンティフィック・シャーマン・・・・とても素敵な言葉ですね!「アホ」に続いて、また流行りそう。
 


(村上) (笑)サイエンティフィック・シャーマンというのは、分かりやすく言えば、「サムシング・グレートのメッセンジャー」ということです。

 

(西園寺) なるほど!
 


(村上) 普通一般のシャーマンというのは、神や仏のお告げをする人のことですが、僕はサイエンティスト、つまり科学者でありながら、サムシング・グレートのメッセージを伝える・・・・そういう存在になれたらなと、ちょっと思いはじめてきたんですよ。
 


(西園寺) 先生、ぜひとも、そうしてください!というか、これだけスピリチュアルなことをお書きになり、講演なさっておられるということは、もうすでにその世界に入っておられるわけです。

半分は優れた科学者として三次元の仕事をやられ、あとの半分は神覚者としての先生が、サムシング・グレートからのメッセージを伝えてゆく。

 

(村上) それを自覚してないのですよね。

 

(西園寺) 自覚が足りない(笑)。これは本当に、意識だけの問題なのです。誰でも本来、そういった感覚を持って生まれてきているのですから。


 

(村上) 僕は見えないとも思っていませんが、見えるとも思っていないわけです。

人間が心と身体と魂からなっていることは信じていますが、その魂というものが見えないわけですからね。

しかし、魂はその辺に一杯あるのですか?

 


(西園寺) それについては、五井先生の説明をお借りしましょう。


 



肉体から魂まで、意識は貫いている
 




(西園寺) 体には、肉体の他にも幽体、霊体、神体があります。それらは孤立して離れているものではなく、ずーっとつながっているのです。

自分は今、この物質世界に現われているけれど、それと同時に自分の魂は霊界にも存在しているし、神界にもそのままの姿で存在している・・・これを五井先生は判りやすく「金太郎飴」とおっしゃいました。

肉体の自分しか自覚していなくても、本当は幽体にも、霊体にも、神体にも、同時に自分が存在している。

つまり、自分という存在は、肉体、幽体、霊体、神体も通して、切っても切っても同じ金太郎が出てくる飴みたいなものだと。

ですから、意識を向こう(霊界、神界)に伸ばせば、向こうの世界がすぐに見えるし、響くものなのです。

今この地上にいる人類の多くは、その意識を閉ざして、三次元の世界の中で「ああだ、こうだ」と物を言っている状態です。

しかし、自分の本体の意識に合わせれば、本体からの言葉が出てくるのです。

  


(村上) そうですか。意識は見えない世界までつながっているのなら、魂の世界とか、この世以外の世界が見える人というのも、本当に存在するわけですね・・・・・・。

 


霊能ではなく意識を磨く・・・・・・次の日記に書いていきます。






  

如是我聞

   
      

1.あまり人のことに気をつかい過ぎて、自分が疲れてしまう人がいるが、そういう人には図太い神経というのが必要だね。

人がどう思おうと、どう云おうと、そういうことは一切気にしないことだ。

気がやさしい人はそれくらいで丁度いいのですよ。



  
                

                                               五井昌久




   

2009年8月28日 (金)

近未来に病気は無くなる

    
      
人は、街中に出てたくさんの人のマイナス想念エネルギーをもらってしまうと

自分は汚れている、自分はなんてダメなんだ、なんというあさましいことを考えてしまうのだろう etc・・・・・・・・・・・・と自己嫌悪に陥って自分を責めそして傷つけてしまいます。 げっそり

でも

「そんなあなたは本当のあなたじゃないんですよ、澄み切っている、素晴らしいあなたが真のあなたなんですよ」 と言ってくれる人はめったにいないと思います。
 

だったら誰も言ってくれないんだったら、教えてくれないんだったら自分で自分のことを癒してあげましょう。

「ダメな自分は真のおまえじゃないんだ!」と確認してあげましょう。


自分のことを本当にわかってくれて心の底から癒してくれるのは他人ではないのです。


自分でしか自分を癒すことは出来ないのです。


自分で自分のことを癒すことが出来たとき、この世からあらゆる病気は無くなっていくのです。

それが、近未来の人間の姿なのです。 わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)





    

澄み切っている自分が真の自分

 

       
1.自己をじっと見つめなさい。澄み切っている自分が真の自分。

汚れているもの、不安動揺しているもの、不明瞭なものは、すべて自分の前を通りすぎてゆく雲である。



         


                 如是我聞 五井昌久




  

2009年8月27日 (木)

横どりはどこまで行ってもマイナス

      
   

「横どりはどこまで行ってもマイナスにしかならない」



自分の意識を自分の本心にある天(宇宙)に向けずに3次元の横にばかり目を向けていくと横のエネルギーはどこまでも━━━━━━ に拡がって行きます。

 
どこまでもマイナスの世界が拡がるだけです。
 

それが横どりになって人の命を奪い、国どうしの領土の奪い合いに
なるのです。
 

意識を天に向けると縦からのエネルギーが流れて来て ↓ ━ と交錯しプラスのエネルギーへと変わるのです。
 

十十十十十十十十十十
 

これがプラスであり、十字架の意味なのです。
 

このときに奇跡が起こります。わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)
 

つまり統一とは天の自分と繋がることなのでこの縦どりをすることになるのです。
 

天と繋がると肉体意識から宇宙意識へと変わります。
 

今まで眠っていた無限の能力が出てきます。
 

必要なことはすべて天からメッセージとして降りて来ます。
 

つまり進化した宇宙人と同じ意識になるのです。
 

アセンション(次元上昇)とは肉体意識(3次元意識)から宇宙意識(多次元意識)へとシフトすることなのです。
 


そのためには天と繋がる努力がいります。
 

メソッドが必要なのです。




 

『無限なる幸せを体得する方法』
 

 ~無限なる幸せの波動とは何か~

宇宙神からのメッセージ

大天使からのメッセージ

あなたはどんな時に幸せを感じますか

于 寿明 星湖舎






  

目に見える世界には幸せはない

   

最近、3次元での生活を謳歌していますわーい(嬉しい顔)

同窓会をして友と語らい、交流を深めてほんと楽しいです♪

「私ほど恵まれた人間はいない」 で自分で思っているくらいです。

でも同窓会が終わった後や楽しい飲み会が終わった後には

祭りの後の静けさ、寂しさ、虚しさがあるのです。

花火が打ち上がっているうちは綺麗で楽しいけど

終わると途端に現実に戻るのと同じです。

人はこの世での生活の中に幸せを求めます。

目に見える物の中に喜びを見出そうとします。

死ぬのが怖いのはそのすべてが無くなってしまうからです。

死んだら友と語らうことも交流することも出来ない。

死んだら美味しい物を食べたりお洒落や贅沢も出来ない。

今まで積み重ねて来た努力がすべて水の泡となる。


本当にそうでしょうか?

幸せは目にみえる3次元の世界にあるのでしょうか?



私は同窓会が終わった後や3次元で楽しかった後で急にむなしさを覚えたとき自分の心の奥に入っていくことをすると(これを統一といいます)


3次元の喜びとは違う安心に充ちた心境を得ることが出来るのです。


それは自分の本心に繋がっているのです。

自分の心の故郷である宇宙と繋がっているのです。

人間は死ぬとそれでおしまいではなく

心が残って、その心は永遠に生き続けるのです。

だからこの世(3次元)を去っても幸せになる術(すべ)を知っていないとあの世に行ってから右往左往するのです。

お釈迦様はそれがわかっていたので座禅観法をして統一する方法を伝えました。

今こそ、消えてゆく3次元の現象に惑わされるのではなく自分の本体、本心に入っていく統一行をすることが大切なのです。


統一するとそこには不動心の自分が居ます、感情想念や目に見えることにも動じない素晴らしい自分がいるのです。


今回のう先生の本には統一についての注意点や、正しい統一の仕方、なぜ統一が必要なのか?がわかりやすく書かれています。

今の人間にとって真の幸せをつかむメソッドが書かれているのです。

まさしく宇宙天使からの贈り物なのです。わーい(嬉しい顔)
 

みなさんも自分にとっての本当の幸せってなんだろう?

どうしたら幸せになれるのだろう?

目にみえることだけで幸せになれるのか?

を考えてみてください。

今までに考えた事もないことかもしれません。

でも、それを真剣に考えないと真の幸せはやって来ないのです。


 

『無限なる幸せを体得する方法』

 ~無限なる幸せの波動とは何か~

宇宙神からのメッセージ

大天使からのメッセージ

あなたはどんな時に幸せを感じますか

于 寿明 星湖舎



 



  

如是我聞

  
    
1.悪いことを三つしてしまったら、再びしまい、と心に強く思って、積極的に善いことを、五つも六つもしていけばよい。

そうすれば差引き三つも四つもプラスになっている。

失敗したことに、いつまでもクヨクヨしていることは愚かである。


1.気力というものは無理に燃やそうとしても、本当には出て来ない。
そうではないのだ。気力は内から自ずと湧いてくるものなのだ。





                
                  五井昌久






感想



> 気力は内から自ずと湧いてくるものなのだ。

 
そうなんですよね、人は無気力の人を見たら腹が立ったりします。

特に自分の子どもが無気力で覇気がなかったり勉強をしなかったりすると感情的になって叱る。

「お父さんやお母さんはお前のことを想って言っているんだ!」・・・・って

でも子どもは知っています。

「僕のことを想ってじゃない」ってことを

だから益々、心が離れていくのです。
 

親は子どもの心の中から気力が湧いてくるのを信じて待つしかないんですね。

愛は忍耐だそうです。

心の上に刃物を置く

それくらいの辛抱がいるのです。わーい(嬉しい顔)





  


  

2009年8月26日 (水)

勇気をもって力みを溶かしてゆこう

  
  
買ったばかりの本 『無限なる幸せを体得する方法』 から心に響いたページを抜粋します。

お付き合いください。


 
  
勇気をもって力みを溶かしてゆこう
 


 
力みと勇気とは違う。力みとは表面的に気を張っている状態であります。こうした心の状態は短時間しか続かぬもので、長時間にわたると次第になえてしまうような状態であり、自分に対しての相手、あるいは事件の圧力によっては、その心の張りは打ち砕かれてしまいます。

真に不退転の心の力ではないのです。勇気は気が勇むことであり、気とは魂の働き、人間の本源の生きる働きであり、光そのものの働きであります。


そうした生命の働きが生きる力としてそのまま素直に出ている状態を勇気というのであります。

勇気というのは、どのような圧力にも耐え得る不退転の心の力なのです。




私たちは使命感を持とう
 




人間にとって大事なのは、自分の信念であり、人間の最終ゴールは人のために役立つということのみです。

自分の名声とか、権力欲、欲望達成への野心が皆無であることです。



さてあなたは今幸せですか? 幸せでなければ何が必要ですか?その必要なものはあなたにとって絶対になくてはならないものですか?

それらのものは欲望ではありませんか?真の豊かさ、幸せとはすべてが完璧に満たされている。

けれどもすべてが満たされていた場合、健康、富、名誉、権力、家、家族、贅沢、これらを失う不安、恐怖は出てきませんか?

失うことへの恐れ、不安はストレスです。

では欠けたるものの中に自己の心を投入し、自分にはない、出来ない、無理だと思っているのではありませんか?幸せとは物質のあるなしではない。

幸せとはすべてから自由であること。

幸せのはき違いをして欲しい物に執着し、それが手に入らないためにあがき、苦しみ、ストレスとなっていませんか。

さてあなたは希望や志を持っていますか?

自分の人生に志を持って生きている人は本当に尊いのであります。

その志はさらに高くなる。もっともっと高くなる。最後には神様の志と全く一つになるといわれています。

私達はその一点に今向かおうとしています。

世界中の人達が神縁を待っているのです。

私達は光のメッセンジャーになろう。真理のメッセンジャーになろう。


幸せとは真理を知ることです。

真理を体得すること、宇宙の根源のエネルギーに触れること、人間本心から望むことは自分の霊性の開発、真理の伝達であります。

自分の魂が喜ぶこと、それに努力をし、喜んで感謝すること。

皆さん統一をして神と一体感を得ましょう。

それには日々祈り、印を組む。光明思想の言葉を唱える。ひびきにのること、ひびきの中に入ること。ひびきを現すことであります。神を具現化することにあります。


人間が一番知りたいことは、真理とそれを伝達する方法を授得して表現する幸せを体得することであります。





   

  

『無限なる幸せを体得する方法』

   
  
いきなりすごいタイトルが目に飛び込んで来たとびっくりされたと思いますが、実は今日、大阪梅田の紀伊国屋さんに予約していた、無限なる癒しの本を受取りに行ったとき、まだ発売されていないと思っていた


『無限なる幸せを体得する方法』 の本が店頭に置いてあったのです。本わーい(嬉しい顔)


喜びに震えながら購入してページをめくると喜びの震えが感動の震えへと変わっていったのです。

 

そこには真理が書かれていました。
 

それも今までのどのような本にも書かれていない本当の本当の真実が・・・・。
 

そしてタイトルの通り、人間がどうしたら無限の宇宙に、無限の幸せに繋がることが出来るのか?がわかりやすく書かれていたのです。
 

でも一般の人が読んでもわかるかな? という内容でもあるのです。
 

おそらく今すぐに理解される人は少ないと思います。

近未来に

「すごい本だ!」と評価されるのだと思います。


でも、世界平和の祈りを祈っている人、五井先生をご存じの人、う先生のCDを聴かれたことがある、本を読んだことのある人、前世でかなりの修行をした人等はわかられるのではないかと思います。


でも内容はわからなくても本を手に取っただけで素晴らしい波動が伝わってくるのがわかるのです。

お守りとして持っていても充分過ぎる程の意味があるのです。


『無限なる幸せを体得する方法』

 ~無限なる幸せの波動とは何か~

宇宙神からのメッセージ

大天使からのメッセージ

あなたはどんな時に幸せを感じますか

于 寿明 星湖舎



先程、ハーモニー(気功仲間)の人からメールが来ました。


今度のセミナー(ムーンリバースター)に参加された方に新しい本と富士の写真をお渡しする予定です。

そしてジャズの方がピアニスト付きで来られます。

どうぞ楽しみにしてくださいと先生からの伝言です。


と書かれていました。


こんなすごいセミナーは無いと思います。(笑)



まだ締め切りまで時間があります。


是非、思い切って参加してくださいね わーい(嬉しい顔)パンチ




    『Moon River Star』


 

     
 

★日時 8月30日(日) 

12:00~13:30 会食

14:00~  う先生講演

★ 大成閣(中華料理)06-6271-5238(禁酒・禁煙)

★ 会費 8000円(小学生4~6年生4000円)


参加したい人はご遠慮なくグッドムーンにメッセージくださいね わーい(嬉しい顔)


詳しくは

 http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/sub1.html 





  

美しくなりたい人は・・・・・・

    
美しくなりたい人は、オーラ・オーラへ行ってください。わーい(嬉しい顔)

この間、恩師を囲む会に出席していた化粧品会社に勤めている同級生の女の人が

「10万円の化粧品があるんですよ」と言っていました。

肌がしっとりするそうです。

でもいくら肌がしっとりして一時的に潤っても土台(基礎)がしっかりしていなくてはダメだと思うのです。

年齢を重ねてくると肉体を支えている骨も引力で下に下がってきます。

肉はその骨にくっついているのです。

だから骨が下に伸びていたら皮膚も伸びる(垂れ下がる)、そして顔の筋肉を使っていない部分は垂れてくるのです。

二の腕がたるんでくるのと同じです。

二の腕のたるみは、毎日荷物を持ったり、腕立て伏せをすることで取ることができます。

それと同じように目の下のクマも顔のしわも顔に運動?させることで無くすことが出来るのです。

例えば、日本人と外国の人の笑顔の違いはマンガを見ればわかるのですが外人の笑顔は口が大きく開いて三日月のようになっているのに日本人は口はそのままで目が笑っているのです。

だから口の動きがしゃべるときだけで限られた筋肉しか使われていないのです。

使われない筋肉はもう役割がないのかと判断して衰えていくのです。


これが老化の原因です。


ならばこの筋肉を動かして役割を認識してもらえばいいのです。


答えは簡単なのです。


垂れてきた頭蓋骨を上に持ち上げる、そして使われてない筋肉、皮膚を使って細胞を活き活きさせる。


これをすると40歳の人が20代の顔に戻ることが出来ます。わーい(嬉しい顔)
 

だけど、人は外見が綺麗になるだけではダメですよね(笑)
 

内面と外面が綺麗になって本当の美しさ(オーラ)が醸し出されるのです。
 

オーラ・オーラはそんなことまでレッスンしてくれるのです。
 

女性の人、いや、男性の人も是非行ってくださいね。


きっと

「どないしたん、最近綺麗になったね、なんか輝いているね~」と周りの人から言われるようになりますよ。わーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)


 

オーラ・オーラ


http://auraaura7.com/




 

2009年8月25日 (火)

ひとやすみ、一休み

   
   
一休和尚のことを書いたらブログの読者の方が補足してくださいました。わーい(嬉しい顔)

「心配するな、なんとかなる」

の一枚の紙ではなく

「心配するな」「大丈夫」「何とかなる」の三枚の紙だったそうです。


更に、「なむあみだ」は、


 
 
な…何とかなる
 
む…無理するな
 
あ…有り難い
 
み…皆良くなる
 
だ…大丈夫



 
…だそうです。



南無阿弥陀仏を唱えているとなぜか安心した心境になるのはそういう言霊だったからなんですね。わーい(嬉しい顔)

お経とは人が亡くなったときだけ唱えると思われているけど信心深い、昔のおじいさんやおばあさんはいつでもどんなときにも当たり前のように唱えていました。



自分や人類の汚れた想念をお経や祈りで浄化して、すべての想いを天に還していくことは今も昔も大切なことだと思います。




 

世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます






 
  

2009年8月24日 (月)

一休和尚の遺言

  
    
一休さんの説話の一つに遺言の話があります。
 

一休さんは亡くなるときに一通の封書を寺の弟子たちに残しました。
 

「この先、ほんとうに困ることがあったらこれを開けなさい。」
 

と言い遺しました。
 

何年かたって、寺に大変な難問題が持ち上がり、どうしようもないので弟子たちが集まってその封書を開いてみると、そこには


「しんぱいするな なんとかなる」


と書いてありました。


とたんに弟子たちは一同大笑いの内に落ち着きと勇気と明るさを取り戻し難しい問題を解決できたというお話です。





小坊主の一休さんは大人達が次々と突きつけてくる難問を少しも騒がず抜群の集中力とトンチで、スーと切り抜けます。
 

彼は今から約600年前に生まれ88歳という当時としてはケタはずれの長生きをしました。

 
さすがの一休さんも 「平常心でいられない」 「楽しめない」 「漠然とした不安がある」 「なんとなく無気力で元気が出ない」 等々人生の苦しみ悩みにさいなまれた時がありました。


けれども 「 不 思 善 悪 」 つまり物事の良し悪しにあまり厳しくこだわり過ぎない。
 

ありのままをありのままに見て認めてしまう、常に気を楽にするということを悟ったようです。



                   


                        おしまい







感想


私はW先生に


「分別心を無くしなさい」 と言われました。


私たちはいつも善悪のように、対立するものを決めつけようとします。


「あいつはいい奴だ、悪い奴だ、善いことだ、悪いことだ、好きだ、嫌いだ、綺麗だ、汚い、頭がいい、悪い、やさしい、やさしくない、・・・・・・・・・・」


でもそれは自分の狭い尺度でしか見ていないのです。


もっと大きな視野で見たり、違う角度から見たら全然違うものや違うことなのかもしれないのです。


決めつけると自分が小さくなるのです、小さくまとまるから窮屈で苦しくなるのです。


もっと大らかにもっと自由な心になるには


「分別心を無くす」  ことは大切なポイントなのです。


分かれたものが一つになることを合い、つまり愛といいます。


分別することは愛と逆の行為なのです。


人間は愛がないと苦しくなるのです。




  



  





   

心の持ち方

  
   
人間というのは心の持ち方次第でどうにでもなるものだ。

いかに幸福そうな環境に住んでいようと、その人が幸福だと思っていなければ、幸福じゃない。

その反対に、貧乏の中にあっても、その人の心が幸せでみちていれば、その人は幸せなんだ。

私など、どんな苦しみに会おうと、みんな楽しみにかえてしまう。

どこにいこうと、私にとってそこは天国さ。

私にとって、不幸とか苦しみなんていうのはないんだ。





     


                 如是我聞  五井昌久



  



  

2009年8月23日 (日)

今を振り返るな

     
たった今、起こっていることももう過去のことになっていることに気づきます。

滝をみていると今、滝の上にあった水が 「あっ」 という間に滝壺に落ちて川に流れて行きます。
 

つまり今はもう過去なのです。
 

「過去を振り返るな!、過去に囚われるな!」
 

とは今起こったばかりのことにもとらわれてはいけないということなのです。


最近、前日に起こったことを書こうとしてもなかなか書けなくなったのです。

前日のこととは滝の水でいえばもう川を下って海に融け込んでいる状態です。

そんな昔?のことを

滝にあった水の状態(時代)のことを書こうとしても書けないのです。


次から次へと新しい水が流れて来ようとしているのに古い水のことはもう、どうでもよくなってしまっているのです。
 

光は一秒間に地球を7周半するといいます。ぴかぴか(新しい)
 

人間の想念エネルギーはもっと速いのだそうです。
 

過去のこと今のことにとらわれていたら、気持ちがそこに留まっていたらエネルギーがどんどん詰まってくるのです。
 

高速道路で事故が起こってあっという間に渋滞が起こるのと同じなのです。

 
詰まるとエネルギーが病んできます。
 

気はエネルギーのことなので
 

病気のような状態になるのです。


人間の心もこの高速道路と同じだと思ってください。


自分の想念を想いを溜めずに、振り返らずに想いを祈りの中に入れて流していくことが大事なのです。


小我の自分を心の故郷である、とてつもなく大きな流れの宇宙に還してしまうのです。


宇宙と同化するために祈りがあるのです。


すると過去も今もどんどん流れていきます。

そして必要なことだけが天から降ってきます。

それが 「空」 になった状態なのです。

未来の素晴らしい人間の姿なのです。






世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます






   

調和波動気功のセミナー

  
    
今回のセミナーには、ジャズのミュージシャンをゲストでお招きしているそうです。

きっと素晴らしい波動を奏でる人なのでしょうね♪


そして、う先生の出される新しい本の広告が9月6日に朝日、9月27日に日経に掲載されます。


それに先駆けて、出席した人に本をプレゼントしてくださいます。


人類の意識が変わる画期的な本になるそうです。



今回のセミナーは超、超お得なのです。手(チョキ)わーい(嬉しい顔)


グッドムーンの言っているセミナーとはどんなものなのかな?


と興味を持っておられる人はご遠慮なく参加してください。


そこは、アットホームですぐにハーモニーの雰囲気に溶け込んで行けますよ。わーい(嬉しい顔)指でOK







  
    『Moon River Star』


 

      記
 

★日時 8月30日(日) 

12:00~13:30 会食

14:00~  う先生講演

★ 大成閣(中華料理)06-6271-5238(禁酒・禁煙)

★ 会費 8000円(小学生4~6年生4000円)





詳しくは

 http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/sub1.html 


  


   

誤解はどうして生じるか?

    
 
どうして誤解されるんだろう?

それも理解してくれる人と非難する人がいる。

同じ場で同じことをしていても好意的に思ってくれる人と非難の目で見てくる人がいます。

それは自分に問題があったのか?

至らないことがあったのか?

良心的な人は自分を責めます。


そして自分を傷つける。げっそり


でもそうではないのです。わーい(嬉しい顔)


誤解する人はエネルギーを素直にそのまま受け取れないのです。
 

その人がすっきり爽やかでないとエネルギーを歪んで受け取ってしまうのです。
 

歪むとは正しくないという意味です。
 

間違って伝わるということです。
 

発信側に問題があるのではなく
 

受信側が正しく受け取っていないのです。
 

これが誤解の原因です。

 
発信側が

「自分は間違っていない、何のうしろめたさもどこから見られても恥ずかしくないことをしている」
 

と信じたならば
 

相手の人は関係ないのです。


自分と相手ではなく自分と神(本心)との関係が大切なのです。


どんなに善いこと、正しいことをしていても必ず非難する人はいます。


でもそんなことに決して負けないでくださいね。手(チョキ)わーい(嬉しい顔)



  
  

流していかないと未来は来ない

  
   
終わったことは忘れて、想いもエネルギーもどんどん流して行かないと明るい未来はスムーズにやってこないのです。

未だ来ずですね(笑)

昨日、高校時代の恩師を囲む会がありました。

参加した人は22名でそんなに多くはなかったのですがみんなすごいパワーの持ち主なのです。

やはり波長が似通っています。

波動が近いのです。

その人たち一人の器で大きな組織を変えてしまうくらいのエネルギーがあるのです。


そんな人たちが一つの “場” に集りました。


会は発起人の挨拶から乾杯に続き、会食の後みんなのスピーチが始まりました。


日頃、エネルギーを使い果たしている人、すっきりしている人は話の歯切れがいいのです。

ビンビンに響いて来る。

話が長くなっても人を引きつけます。
 

反対にくすぶっている人、エネルギーを残して毎日を送っている人は伝わってこない、しんどくなるのです。

毎日を

「自分はこれでいいのかな?」

と疑問を持っている人たちです。


それはハーモニーの会(セミナー)とまったく同じでした。


話すことでくすぶった、溜まったエネルギーを流そうとしているのです。

 
話すとは放すと同じ意味だそうです。


話すことでエネルギーを流してすっきりさせようとしているのです。(無意識に)

日頃からすっきりすることを大事にしている人は放っているエネルギーもスッキリしているのです。

反対に溜まったエネルギーを放っている人はスッキリするまで話が終わらないのです。(だらだらと長い)


内容はどうでもいい、すっきりしたいから話す(放す)。


そんな色んなエネルギーが交錯している “場” でした。


溜まっている人を非難しているわけではありません。(ほとんどの友人はこの日記を読んでいないので書けるのですが わーい(嬉しい顔) )


みんな大変な状況で頑張っているのでどうしてもたくさんの人のエネルギーを受け取ってしまうのです。


それを溜めずに流し続けるのは至難の技(わざ)なのです。


そのことがほんとうにわかった集まりだったのです。

  


終わったことはすぐに忘れる、いつまでも引きずらない。


そしてこれからすべきことに意識を集中させる。


それは自分が手塩にかけて大事に育ててきた子どもを手放すことに似ているのかもしれません。


育てている時間は長くても、一瞬で離れていきます。
 

会をするための準備にはかなりの時間と労力をかけました。
 

だからしばらくは余韻に浸っていたのです。
 

でも余韻に浸ることはエネルギーを溜めてしまっているのです。
 

浸れば浸るほど息苦しくなるのです。
 

だからもう忘れて明日のことをやって行きます。わーい(嬉しい顔)


未来が未だ来ずにならないように・・・・・・・・・。




  

2009年8月21日 (金)

如是我聞

   
     
この世で一番いけないことは、執着です。金銭への執着、権力の執着、地位への執着、土地への執着、子供への執着、等々あるけれど、肉体の自分への執着がすべての執着の原因なのです。

肉体的自分を喜ばせたいから、いろんなものに執着が起る。業の自分を喜ばしてくれる人に執(しゅう)してしまう、というわけです。

業なんか喜ばしてくれたってしようがないでしょ。

消えてゆく姿なんだから。

ところがそうでなく、業の自分を喜ばせてくれるものや、業の自分を喜ばせてくれる人が嬉しくて嬉しくてしようがない。

そんな人がその人にとっては善い人であり、業の自分を喜ばしてくれない人が悪い人になってしまうのですね。





       
                     
                      
五井昌久






 

感想



宗教というものが何故出来たのかというと

実はこの執着を無くすということだったのです。

生きていてなぜ辛く悲しいかというとすべては執着からです。


とらわれもそうですし、欲望も、人間の醜い姿も常に何かに執着しているからなのです。

釈迦様の説いた 空 はスッキリ爽やか青空のように澄み渡った心の状態をいうのです。

それが本来の人間の姿なのです。ぴかぴか(新しい)

自分で意識して執着を少なくしていく、想いを流していく習慣をつけていくことが大切だなぁとつくづく思う


今日、この頃です。わーい(嬉しい顔)







  
 

2009年8月20日 (木)

魂が喜ぶこと

  
   
またまたオーラ・オーラの宣伝になりますが霊界の学校で教えてくれるようなことをレッスンしてくれるのがオーラ・オーラ、そして気功サロンなのです。


私がしている気功のレッスンも実はそうなのです。


魂が喜ぶことが本当の喜びなのです。わーい(嬉しい顔)


だからみなさん

「楽しい!」 って言ってくださるのです。わーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)

 

オーラ・オーラ

http://auraaura7.com/


健康になる気功教室


http://orientalwind.info/2006/12/whats_new.html




  

学校教育はこれでいいのだろうか?

    

今の若い人は本当に勉強が好きなんだろうか?

今している勉強が何か自分の為になると思ってしているのだろうか?

ほんとに真剣に生きている子どもは勉強の必要性を感じているのだろうか?

大人は子どもに

「勉強しなさい、頑張りなさい!」というけど何故、勉強が必要なのか?がわかっているのか?

いい高校、いい大学を出てないと生活の基盤がしっかりしないからという理由だけで「勉強しなさい」と言っているのではないのか?


私は勉強しない子どもをみていて

「まともだなぁ」 と思ってしまうのです。

それくらい今の学校教育はおかしいと思うのです。



五井先生の新刊を読んでいてなるほどと思ったので書き写してみます。


よかったらお付き合いください。

 



・・・・・・現代の世相をみていますと、幼稚園から大学まで、入試入試で親子共々追いまくられ、ただただ学校へ入るだけで、幼年期から青年期までの一番大事な期間を、その時々の試験問題を頭で覚えこもうという、永遠の生命からみてなんの関係もない、その時ばったりの記憶力の練習で過ごしてしまっている状態です。


そして大学へ入ると、ひと先ずほっと安堵して、何か解放感を覚えて、今まで遊びなかった分を一斉に取りかえそうとする。破目をはずして遊びたい気分になる。


しかし、期末期末のテストがあるから、その時だけはまたまた、頭にだけ詰め込む勉強をはじめる。


人間にとって最も大事な問題である、人間は如何に生きねばならぬものか、ということも、人類とはいったいなんのためにこの地球世界に生まれ出たものなのか、という大切なことも、学校では一切教えてはくれないのです。

学校で教えることは、生活技術的なことであり、生徒のほうは一日も早くこのつまらない学問の縛りから抜け出たい、という気持ちで一杯なのです。

人間はいったいなんのために学問をするのか、学問知識をつけて、よい就職をし、この世でのより高い地位を獲得する為にするのでしょうか。


それも確かに必要であるでしょう、しかしそれだけでよいのでしょうか。

そこがはっきりしていないことが、人類が真実の平和生活をつくりあげられない、大きな原因なのであります。


人間にとって人類全体にとっても、一番大事な問題を何も教えないでいて、枝葉のことばかり教えこむことより、根本問題をまず教えて、その根本問題を中心にして、枝葉末梢的な学問技芸を教えこむようにしない限りは、立派な人間はそう育ぐくまれてゆくわけはないし、従って人類が真の目的にそった生き方をしてゆけるわけもないのです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



   

      
人類の未来 五井昌久 白光出版


 







感想



学校に行くと友達がいて、自分のことをわかってくれる先生が居る。

それはそれで良いことだと思うのです。

でもその学校で先生は何を教え生徒は何を学んでいるのか?

生活していくだけだったら簡単な計算と読み書きが出来れば充分です。

中学までで基礎はいいと思うのです。

だったら人間はどこから来たのか、死とは何なのか、死後はどこに行くのか、何のために生まれて来たのか、なんのために働くのか、愛とは何なのか?宇宙とは?・・・・・・・。

人間が本当に知らなければいけないことを教えるのが本当の教育だと思うのです。

霊界にも学校があるそうです。

肉体界を去った子どもは霊界で楽しく勉強をしているそうです。わーい(嬉しい顔)えんぴつ

きっと上に書いたようなことを守護霊、守護神さまのような人が教えてくださるんでしょうね わーい(嬉しい顔)

一度受けてみたいものです わーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)




 霊界にいった子供達1 村田正雄 白光出版






  


如是我聞

   
  

.自分の意見を通そうとするな。通らない場合、ついイライラと心が乱れてしまう。まず人の意見を受け入れるようになろう。受け入れれば受け入れるほど、その人は大きくなる。
 
  


1.肉体の自分がやっているんだ、と思ってるようなうちは、その人は大した人間ではない。

 
 

1.調和とは自分がなくなることである。

 
 

1.ノイローゼ気味の青年へのご指導の一節・・・・・

「自分を見せようとするな。見せようとするから苦しいのだ。真裸の自分をさらけ出してしまいなさい。オレはこれだけの者と勇気を持って認めることだ。それだけでずい分楽になるだろう」



 
 

1.霊的な人にはつねに注意をはらえ。

 

 
 

1.己の直感のままに行動して失敗したからといって、恐れてはいけない。その失敗したことが、あとで好結果をもたらしてくれる。守護神さんはそういう導き方して下さるものなのである。


 

 
 




               五井昌久





  

2009年8月19日 (水)

本当の幸せに繋がる

   
霊界に行った子供達という本を読んでいると本当の幸せとは永遠の生命と繋がらないと得られないことがよくわかります。
 

愛していた子どもに先立たれることほど、肉体人間の親にとって辛いことはありません。
 

でも亡くなった子どもはこの世での天命をまっとうして、つまり役割を終えて本当の世界へ還って行ったのです。(いくら幼くてもです)
 

仮の世界から自由自在になれる本当の世界への移行なのです。
 

亡くなった子どもは霊界で楽しく暮らしていた。
 

仮の親から本当の親と住むことになった。
 

亡くなった子どもにしたら肉体の親と別れるのは辛かったけど本来の世界に還れてよかったのです。
 

真実のことがわかると3次元では悲劇的なことも全然違うんだということがわかります。

本当の幸せとは私たちが思っていることとは、

それこそ次元が違うんだということがわかります。

 
3次元の現われては消えてゆく、移り変わりの激しいことに振り回されていては永遠の幸せ、本当の幸せはやって来ないのです。
 

病気になることもある、事業が失敗して破産することもある、突然解雇されることもある、信頼していた人に裏切られることもある、親しい人が亡くなることがある・・・・・

 
この世は前世からの想念行為が写って来ているので今どうこうしようとしてもどうにもならないことの方が多いのです。

その写って来ているものに対していちいち動揺し、感情的になって、そして一喜一憂して自分は幸せだ不幸だと分析してみても意味はないのです。
 

今が幸せだと思っていても明日はどうなるかわからない。


不動心とはどんなことがあっても心が一つも動揺しない心の状態を言います。

それには真理を識ることも大切だけど永遠の生命に繋がることが一番なのです。
 

永遠の生命とは宇宙のことです。


宇宙とは人間の心の故郷なのです。
 

宇宙は自分の心の奥深く入って行ったところにあります。


人間は肉体の生きてもたかが100年で終わりではなく

永遠に生き続けているのです。

肉体は無くなっても心は永遠に生き続けるのです。
 

だから肉体生活の100年は永遠の生命から言えばほんの一瞬に過ぎないのです。


その一瞬の出来事に一喜一憂しているのです。
 

心を痛めて、いらない心配をして生命を汚しているのです。
 

ちょっときついことを書いているかもしれません。


でも自分が永遠の生命(宇宙)と繋がっていることがわからなければ永遠に幸せになれないのです。


現われて来る現象に振り回されてばかりいるのです。
 

お釈迦様はそのことを言っておられました。
 

人間はもうそのことに気づいてもいい時期に来たのです。
 

だから後3年あまりで次元上昇することになっているのです。
 

でも意識がついていってなかったら真理がわかっていなかったら魂が苦しむのです。

波動が細かくなって次元が上がっても意識がついていってなかったら魂は楽な方に流れて行くので地球と同じか地球よりも意識の低いところ(星)に行ってしまうのです。
 

天国とか地獄とかは自分の魂が選んで行く場所なのです。
 

神様が振り分けるのでもなく、地獄へ落とされるのでもありません。
 

自分の心がすべてなのです。
 

自分の心がスッキリと澄みわたっていたならばいくらでも進化した星にも行けるし、反対に遅れた星で聖者として働くことも出来ます。(幼い魂を救う役割です)


地球を卒業することはそんなに厳しい試練?ではないそうです。(笑)


五井先生は

「地球なんて鼻歌を歌って逆立ちしていても卒業できなければダメだよ」とおっしゃっていたそうです。


そうなんでもそんなに難しいことではないのです。



永遠の生命に繋がるだけでいいのです・・・・。



宇宙と共鳴すればいいのです・・・・・。



そのために祈りがあるのです。わーい(嬉しい顔)


 


宇宙と共鳴する、永遠の生命と繋がる祈り言葉



世界人類が平和でありますようにぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和




 



霊界に行った子供達1 村田正雄  白光出版
  

  

      

2009年8月18日 (火)

如是我聞


   
1.人の目からみて運が悪い状態になっても、ああ自分はなんて運が悪いんだろう、と思わないこと。必ずこれは何かいい方向に向かわせるためなのだ、神さまが導いて下さっているのだから、悪くなりっこない、と思いなさい。

運が悪いのだ、だめだと思ったら、運が悪くなるし、だめになってしまう。そう思わないようにしよう。


 

1.肉体人間以外のささやきや声が聞こえて来ても、まともに受取って耳を傾けてはいけません。一切雑念と否定しなさい。そして守護霊さんに“どうか消して下さい” と祈りなさい。



 

1.何事にも把われないこと、把われたらその分だけ不自由になる。



 

1.道は切羽つまって、どうしようもなくなった時に、パッと開かれるのである。 安易に道は開かれない。



 

1.どうして心の焦りと恐怖をしずめたらよいか。

守護霊さま守護神さまお守り下さい、とまずお願いすることである。つねに守護霊さまのお守りに心を運んでいれば、感謝していれば、守護霊さんが必ず守ってくれるので、心のあせりもなくなるし、恐怖心もなくなってくる。





 

 

                   五井昌久




  

2009年8月17日 (月)

ほんもの、偽者

  
  
霊能者でほんものと偽者の違いってなんだと思われます?
 

それは先程書いた除霊(じょれい)をしているか浄霊(じょうれい)をしているか?の違いなのです。
 

除霊とはとり憑いた悪霊(動物霊、感情霊)を取り除くことです。
 

だからその霊はまだ消えてなくて他の人の所に行ったり、また戻ってきます。

 
病気を根本から治さずに対処療法をしているのと同じです。
 

悪霊とはマイナスの想念エネルギーのことでもあります。
 
 

マイナスのエネルギーは有限なのです。
 
 

人間が自分や自分たちを守ろうとして作ってしまったものなのです。
 

だから肉体人間の意識を持った人ではその想念は消せないのです。


霊能者と言われている人のほとんどは肉体意識の念力でやっているのです。
 

だから限界があります。
 

マイナスとマイナスの戦いだからです。
 

本物の人とは宇宙と繋がった人です。
 

宇宙のエネルギーは無限なので有限のマイナスエネルギーを消すことが出来るのです。
 

私たちを守ってくださっている守護霊、守護神がそうですよね。


だから守護霊さま、守護神さまにしっかりつかまって守ってもらえばいいのです。

守護霊、守護神はそのために存在しているのだから甘えればいいのです。わーい(嬉しい顔)
 

話を元に戻します。
 

本物の人とはお釈迦様、キリストなどの聖者、賢者ですよね。
 

その人たちは宇宙と繋がっていたのです。
 

お釈迦様は太陽系で一番進化した金星から天下って来られました。
 

宗教とは宇宙を示す教えと書きます。
 

つまり真の宗教者とは宇宙と繋がっている人なのです。
 

宇宙と繋がるとはどういうことか?
 

それは天と地を貫く光の柱に入るということなのです。ぴかぴか(新しい)
 

「自分は天と地を貫いているんだ!」
 

「光の柱の中にいるんだ!」

 
とイメージして宇宙と共鳴する世界平和の祈りを祈っていると肉体意識から宇宙意識へと自然とシフトしていくのです。
 

お釈迦様やキリストと同じ波動体になっているのです。ぴかぴか(新しい)


後はこれを続けてやるだけなのです。
 

それをしている人だけが本物なのです。


本物の人とは霊能者ではなくて霊覚者ですよね。
 

だから今、地球上にいる霊能者はほとんどが違うということなのです。



 

そんな人に頼るより自分が本物になればいいのです。

 

それが自分にとっての本当のアセンション(次元上昇)なのです。



   
  

  
    

不安は誰にでもあるのです。

   
  
今、うつ病とか精神病とか診断されている人がたくさんおられます。

地球の今の波動ではそうなってもしかたがないのです。

精神がやられなくても身体に変調をきたしたりします。

身体が重たくなって気力が無くなります。

日記を読んでくださっている人から相談をよく受けるようになりました。

みなさんも参考にしてください。


 



あのね、今はマイナスの想念エネルギーが充満しているから

○○さんだけがそうなっているのではないのです。

私のところに来ている生徒さんもうつ病と診断されて薬を飲んでいます。
 

でも、不安になったときに不安なままでいいからそのまま世界平和の祈りの中に入っていけるようになってからかなり元気になりました。
 

不安を無くそうとしても無理です。
 

どんな人にも不安は襲ってくるのです。
 

祈っていると自分の心を覆っている闇が消えていきます。
 

悩みとは闇が波のようにくるから悩みというのだそうです。
 

闇を無くすには光を当てるしかないのです。 ぴかぴか(新しい)
 

祈りは光なのでいつのまにか不安が消えてゆくのです。


祈っているときは心の中に光が溢れているので不安なことを忘れているのです。

忘れているだけでなく消しているのです。


除霊ではなく浄霊です。


取り除いたものは又戻ってくるけど消したものは戻って来ません。


だから祈って祈って祈りまくっていればいつかは消えてなくなるのです。

 


それほど祈りは素晴らしいのです。


だから止めずに続けていけばいいのです。走る人


「あれっ不安がどこかに行っちゃった!」 わーい(嬉しい顔)



そうなります。


「そんな簡単なことでいいの?」
 

それでいいのですよ。


 

 

世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和




  

如是我聞

  

1.潜在意識と表面の意識とが全く一つにならなければ、人間は本当に幸福にはなれない。
 



1.現象の姿のみをみて、いい悪いと軽はずみに判断するな。

一夜あければ、大悪党が大善人となる場合もあるからである。

悪人がそのまま悪人ではない。


 


1.常に守護霊につながっていけば、直観的に善と悪がわかる。
 



1.思う通りに生きようと思うのなら、まず想いをなくすことだ。
 
 


1.想いをためておいてはいけません。
 
 


1.勇気とはあらゆる業想念に打ちかつことである。

 



               
 

                  五井昌久





  

2009年8月16日 (日)

波動調整とは?

    
 
宇宙は波動で出来ている、エネルギーで出来ています。

人間の心も身体も波動体なのです。

素粒子よりももっと細かい粒子の波動が集まっているのです。

波動調整とは本心と肉体とが調和している姿をいいます。


いつも言っていますように人間とは肉体の他に幽体、霊体、神体があり、それは幽界、霊界、神界にも同時に住んでいるのです。

本当の自分(本心)は宇宙にあります。

 



  宇宙神(本心)
   ↓
  守護神(神界)
   ↓
  守護霊(霊界)
   ↓ (幽界)
  人間 (肉体界)




この縦のラインが真っ直ぐに通っているときは本心がそのまま自分の考えになっているとき、つまりすっきり爽やかな状態です。 (悟った状態)


でもほとんどの人はこのラインが歪んでいるのです。

特に幽界にはたくさんの想念、業があってここが汚れているから今の人間、地球はおかしくなっているのです。

この幽界がスッキリ綺麗に浄化してくると宇宙、神界、霊界からのエネルギー、世界がそのまま写ってくるのです。
 

アセンション(次元上昇)とは幽界が浄って宇宙と直に繋がることをいうのです。
 

ここを浄めてくれるのは守護霊、守護神なのです。
 


世界平和の祈りをしていると守護霊、神が働きやすくなるのです。
 

そして宇宙にある本心と真っ直ぐに繋げてくださるのです。
 

ありがたくて涙が出ます 泣き顔
 

そしたら波動調整は守護霊、守護神にしか出来ないのか?
 

出来る人たちが居るのです。


天と地を貫いて光の柱に入り続けている人たちです。(めったにいません)


オーラ・オーラがそうなのです。
 

そこはほとんど宇宙の波動なのです。


気功サロンもそうなることを目指しています。
 


だからとても波動が良いのです。
 

居るだけで自然と波動調整になっているのです。


気功セミナーはう先生の波動調整を直接受けることが出来るのです。


何生、いや何百生ぶんかの光を半日で受けることが出来るのです。
 

だからお誘いしているのです。わーい(嬉しい顔)


波動調整とは肉体が本心(宇宙)と繋がるように整えることです。
 

人間にとって最高の喜び、幸せなんですね。わーい(嬉しい顔)




    

とらわれないようにするには?

    

とらわれないとは

囚われない

捕われない

捉われない

把われない

つまり、つかまない、こだわらない、執着しないということなのです。

アッサリとサッパリしていることを言います。

幼子のかわいいところは、とらわれがないからなのです。
 

過去にも未来のこともつかんでいない
 

昨日、おかあさんに怒られたけどあれは納得出来ないとか(笑)

明日はちゃんとおやつをくれるだろうか?


とか、そんなことなんにも考えていないし悩んでもいません。


今この瞬間しか生きていないのです。


だから無邪気でかわいいのです。わーい(嬉しい顔)
 

でも大人はとらわれます。
 

過去のことにも未来にも・・・・・・・。


お金のこと家族のこと、友達、同僚、人間関係、善いことにも悪いことにも、褒めてもらえたことにも叱られたことにも外見にも・・・・・・・・・・・。
 

褒めてもらえたことにもとらわれるのです。
 

それはもっと褒めて欲しいもっと認めて欲しいとそこからなかなか離れないのです。

褒めてもらえないと気持ちが落ち込んでしまうのです。

 
それは褒めてもらうことにとらわれているのです。
 

朝から晩までとらわれてばかりです。
 

しっかりつかんでいるから手が、心が疲れてくるのです。
 

離せば楽になるのに放してしまえば自由な心になるのに放そうとしないのです。
 

それは自分があるからです。
 

自分という存在を認めて欲しいから執着を放すことが出来ないのです。


人間が苦しんでいる一番の原因はこの執着なのです。
 

なにかをつかんでいるときとは、空を流れる雲をつかんでいるのと同じです。

太陽を隠している雲をつかんでいるからなかなか晴れて来ないのです。

青空が見えて来ないのです。
 

そして川の流れとも同じです。

きれいな水がサラサラと流れていないのです。

だから水が淀んで滞って病気のような状態になるのです。

病気とは気が病むと書きます。

気とはエネルギーのことです。

エネルギーが流れていないのです。



ならば、とらわれを無くすにはどうしたらいいのか?

それは自分の中の小我を大きな流れの中に流してしまえばいいのです。

大きな流れとは宇宙のことです。

宇宙と共鳴させるのです。

すると自分の心の中にある、とらわれも流れていくのです。

いつの間にか執着が消えているのです。ぴかぴか(新しい)

祈りとはいのちが活き活きすることをいうのです。

とらわれがなくなると活き活きしてくるのです。
 

そのために祈りをするのです。印を組むのです。




 

宇宙と共鳴する祈り言葉
 



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます






  
  

如是我聞

  

1.どんなさわりといえども、本当に守護霊、守護神につながり、神をたたえ、平和の祈りをしていれば、自然と消える。



1.業より離れるには、自分の中の光のみを見つめること。ぴかぴか(新しい)



1.悪いことが出て来たら 「あぁこれで過去の業が消えたんだ、これで必ずよくなるのだ」 と深く思うことです。



1.キリストは一人ではない。仏陀も一人ではない。すべての人の本質はキリストであり、仏陀である。




1.最も悪い時が開運する時である。








                  五井昌久




  


自分がすべてのすべてなのです。

  

● どんなに苦しくても吹き飛ばす位のエネルギーをつくる。

印を組んで、祈って強いエネルギーでマイナスを吹き飛ばす。





 
  
結局は自分のことは自分で守らないといけない。

それは 自分の中に宇宙(すべて)があるから です。

自分が創造主であり、自分で神界も創り出せるし、地獄界へも行ける。

自分が素晴らしい世界を創りたいのなら

そのメソッド(方法)はあるのです。

宇宙天使からの贈り物にそのやり方が書いてあります。

でもそれを実践するかしないかも自分で選ぶことが出来るのです。



http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/





オーラ・オーラは自分探しの応援をします。



http://auraaura7.com/




気功サロンはみなさんが本来の姿になられる機会(チャンス)をつくります。


http://orientalwind.info/2006/12/whats_new.html


  

  

于先生の言葉4

  
  
● 動作を美しく、言葉を美しく。


● 自分で調和のエネルギーを創っていく。

無限の言葉(光明思想の言葉)を10回以上唱える。(下に書きます)



● 人のせい、物のせいにしない。

自分自身の反省、感謝に切り替える。


● 幸せになりたいなら、苦しみから逃げない。

根本的に自分が変わらないと自分が納得しない。



● どんなに苦しくても吹き飛ばす位のエネルギーをつくる。

印を組んで、祈って強いエネルギーでマイナスを吹き飛ばす。







光明思想徹底行


 
  

世界人類が平和でありますように
 

無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和

無限なる光

無限なる力

無限なる叡智(えいち)

無限なるいのち



 
世界人類が平和でありますように

無限なる幸福(こうふく)

無限なる繁栄

無限なる富(とみ)

無限なる供給

無限なる成功

無限なる能力

無限なる可能性
 
 

世界人類が平和でありますように

無限なる健康

無限なる快活(かいかつ)

無限なるいやし

無限なる新鮮

無限なるさわやか


無限なる活力

無限なる希望

 
 
世界人類が平和でありますように

無限なる自由

無限なる創造

無限なるひろがり

無限なる大きさ

無限なる発展

無限なるエネルギー

無限なる感謝

 

 
世界人類が平和でありますように

無限なる喜び

無限なる美

無限なる若さ

無限なる善(ぜん)

無限なるまこと

無限なるきよらか

無限なる正しさ
 
 

世界人類が平和でありますように

無限なる勝利

無限なる勇気

無限なる進歩

無限なる向上

無限なる強さ

無限なる直感


無限なる無邪気


 
世界人類が平和でありますように

無限なるゆるし

無限なる栄光

無限なる気高さ

無限なる威厳

無限なる恵み

無限なる輝き

無限なる包容力






  


子どもは20歳までの預かりもの

  
      
親はどうして子どものことで不安になるのでしょうか?
 

それは子どもの将来のことがわからないからです。
 

親はどうして子どもに対して感情的になるのでしょうか?
 

それは自分の私物だと思っているからです。
 

親はどうしていらない干渉をしてしまうのでしょうか?
 

それは自分の不安を子どもにぶつけているのです。
 
 

肉体人間の親はおバカさんでどうしようもないのです。
 

“親は無くとも子は育つ” とは親が余計なことをしなかったら
 

子どもはちゃんとまともに育つということです。
 

肉体人間の親はおバカでも心の親である守護霊、守護神はこれから起こる将来のことも
 

子どもにとって何が一番大切なことなのか?
 

子どもの魂の成長には何が必要なことなのか?
 

がすべてわかっているのです。
 

それが肉体人間の親には理解できないことであってもです。
 

でもそれがわからない親はただ、オロオロするばかりです。
 

目にみえない世界のことがわからないからです。
 


宇宙は99.99999・・・・・%は目にみえないエネルギーで出来ています。
 

目に見えるものはみえないもの(エネルギー)から出来ている。
 

だから目に見えることはみえないことがわかっていないとわかるはずがないのです。
 

目にみえることしか信じない、わからない親が子どもを守ることなんて、まともに育てていくことなんて出来ないのです。(育てる努力は必要です)
 

目にみえない世界がわかるのは守護霊、守護神なのです。


だからもっと謙虚になって

「自分にはどうすることも出来ません、どうか守護霊さま、守護神さま子どもを守ってください、よろしくお願いします、ありがとうございます」 と全托すればいいのです。(これは自分に言い聞かせていることです)



肉体人間の親は自分であっても、本当の親、心の親は守護霊、守護神なのです。


肉体人間の親は仮の親です。


“子どもは20歳までの預かりもの” とは20歳になったら天に還す、世の中に還すという意味です。


自分のものでもなんでもないのです。


そのことがわかって自分でどうこうしようとするのをやめて、守護霊、守護神に全托出来るようになったとき
 


肉体人間の親は本当の親になれるのだと思います。



 





人類即神也

  
  
人に対して批判、非難、評価したくなったり、自分の心(私心)でものを言いたくなったり、感情的になりそうになったり・・・・・とにかく自分の心をコントロールできなくなりそうになったときは、この人類即神也の宣言文を唱えるようにしています。


すると不思議なことに気持ちがスーッと落ち着いてくるのです。


それは相手の人や今おかしくなってしまっている人類はこのままずっと、ずっーーーとおかしいのではなく目覚めるためのプロセスとしてそうなっているだけなのです。

プロセスの “今” はおかしくてもしかたがないのです。

そして人間とは不完全な存在なので完全性を求めても無理な話なのです。

人間から人(霊止)になるためのプロセスを見て嘆いてみても意味のないことなのです。

それに人を批判、非難、評価してしまっている自分も他の人と50歩100歩、天(神)からみたらたいした変わりはないのです。


そんなことが頭ではなく心に沁みてわかってくる言霊がこの宣言文です。


般若心経をわかりやすくやさしく説いたものでもあるのです。


みなさんも是非かみしめてみてください。


そして何回も読んでみてください。


きっと人に対する人類に対する感情が消えていきますよ。


それだけ凄い、光の強い言霊なのです。ぴかぴか(新しい)

 





人類即神也



私が語ること、想うこと、現わすことは、すべて人類のことのみ。人類の幸せのみ。人類の平和のみ。人類が真理に目覚めることのみ。
 

故に、わたくし個に関する一切の言葉、想念、行為に私心なし、自我なし、対立なし。
 

すべては宇宙そのもの、光そのもの、真理そのもの、神の存在そのものなり。

 
地球上に生ずるいかなる天変地変、環境汚染、飢餓、病気・・・・・これらすべて 「人類即神也」 を顕すためのプロセスなり。
 

世界中で繰り広げられる戦争、民族紛争、宗教対立・・・・・これらも又、すべて 「人類即神也」 を顕すためのプロセスなり。
 

故に、いかなる地球上の出来事、状況、ニュース、情報に対しても、又、人類の様々なる生き方、想念、行為に対しても、且つ又、小智才覚(しょうちさいかく)により神域を汚してしまっている発明発見に対してさえも、これらすべて 「人類即神也」を顕すためのプロセスとして、いかなる批判、非難、評価も下さず、それらに対して何ら一切関知せず。

私は只ひたすら人類に対して、神の無限なる愛と赦しと慈しみを与えつづけ、人類すべてが真理に目覚めるその時に至るまで、人類一人一人に代わって 「人類即神也」 の印を組みつづけるのである。




  


2009年8月15日 (土)

ムーンリバースターへのいざない

  
   
『Moon River Star』 って月、川、星ですよね。

どれを見ていても癒されます。
 

お盆の時期って故郷に帰って昔幼い頃に見ていた月や川や星をのんびりと眺める機会を与えてくれる瞬間(とき)なんじゃないか?


とふと思ったりします。


日頃の喧騒の中で時間があまりにも早く過ぎているからです。
 


調和波動気功のセミナーはゆったりとした穏やかなやさしい波動に包まれているのでまるで大自然の中に居るようなのです。


みなさんも是非、今生の世界から異次元の世界へいらしてください。


きっとその違いがわかると思います。
 
 




      
        『Moon River Star』
 

 

        
 

★日時 8月30日(日) 

12:00~13:30 会食

14:00~  う先生講演

★ 大成閣(中華料理)06-6271-5238(禁酒・禁煙)

★ 会費 8000円(小学生4~6年生4000円)


参加したい人はご遠慮なくグッドムーンに連絡をくださいね わーい(嬉しい顔)


携帯 080-1444-0018


詳しくは


 http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/sub1.html 





      
   

于先生の言葉3

 

● 愛深く、心清く、知恵深く、謙虚であり、不動心が大切である。
 


● 静か、穏やか、明るく、すっきり、爽やかな生活。
 


● すべてのものに感謝を忘れないこと。

 

● 人に頼るよりも、人に頼られる人であれ。
 


● その人の前にいくとスーッとする、楽になる。そういう人になる。

 


● 人に優しくする。 優しいだけではいけない。相手に必要なら厳しいことを言うことも必要。


 

● 自分を癒せる人は他人をも癒せる。


 

● 自分を許せない人は他人をも許せない。


 

● 愛は相手を解放すること。


 

● 自分の心が喜ぶことを意識して生きる。

 


● 平凡の中にある幸せを感じることが大切

 



● 人に元気、感動を与えることにより自分が元気、感動を得る。

自分を喜ばせないと人を喜ばすことはできない。



 
 
● 人に話しをする時はプラス思考で話すと2倍になって返ってくる。

静かになる、自分を見つめる、プラスのエネルギーを出す。

プラスのエネルギーが2倍になって返ってくるのは宇宙の法則。


 


● 人と自分が上手に付き合う方法

自分自身を尊いと思い、相手も尊いと思う。そしてお互いを向上させる。

 


● 一日を完全燃焼させる 

今日一日で死んで生まれ変わると思う。毎日死んで毎日生きる。
 



● 一世一代


今日は一世一代の日だと思う。全力投球。


 


● 来生でも仲良くしようねという気持ちで付き合う。

相手の中に神様のひびきを見るとその人が良く見えてくる。

いいアドバイスができる。




  
  無限次元への誘い  于寿明 星湖舎 


  http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/

2009年8月14日 (金)

素顔のままで♪

   
  
  
人はどうして素直に生きられないのか?

それは自分を過剰に守ろうとするからかもしれません。

誰でもそうです。

肉体人間なんて弱くて脆くて感情的ですぐに怒って・・・・・







  

だから自分のその弱さを認めてしまって

何かとてつもなく大きいものに投げ出してしまえばいいのです。

それが大自然であり、宇宙であり、サムシング・グレート、神であるのです。

呼び方なんてどうでもいい

ただ素直になって投げ出してしまわないといつまでたっても

うじうじした弱い自分のままでいるのです。

祈っているとそんな自分が宇宙に拡がって無限に大きくなっていくのが感じられるのです。


自分がとてつもなく偉大な存在であったことに気づくのです。ぴかぴか(新しい)


宇宙と共鳴するからです。


素直って素(もと)に直って書きますよね。

人間の心の素(もと)は宇宙にあります。

つまり素直な人って宇宙に繋がっている人を言うのです。

祈りながらビリージョエルの

“素顔のままで” を聴いていると幸せな気分になってきます。


みなさんも聴いてみてくださいね♪



http://www.youtube.com/watch?v=N9-CEbvhNX4&feature=related


オネスティもどうぞ


http://www.youtube.com/watch?v=mwIZreVcl34&feature=related 




  
世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます





  

男と女

  
 
同窓会をするようになって色んなことが起こりました。

私が通っていた高校は男女共学でした。

新しく出来たばかりの新設校だったのでほんとに自由でした。

男女の交際もかなりあったと思います(笑)


そのときの同級生同士で結婚した人が多いのです。

7組くらいありました。

それでもまだ当時は異性と話すことが恥ずかしい時代だったので清い交際がほとんどでした。(たぶん)

そのときの男女が34年の月日を経て再会する。

危険な匂いがするか?

それが全然ないのです。

昔の通り、いえ、昔よりも余裕を持って相手をみることが出来るのです。

お互いにおじさん、おばさんになっているからかもしれません。


もう今更という気持ちなのかもしれません。


でもそういうのではなく、男女を超えた人間同士の温かい触れ合いがあるのです。


再会した元カップルは嬉しそうでした、懐かしそうでした。


お互いに結婚していて幸せに暮らしているからそのように思えるのです。

今を一生懸命に生きているから過去を懐かしく振り返ることが出来るのです。

未来をしっかり見据えているから今を享受することが出来るのです。


素晴らしい人たちだから男女を超えて再会することが出来たのです。


なんの後ろめたさもないので堂々と一緒にいます。
 

人目を気にしたり、避けたりなんてしないのです。
 

だからその場は爽やかなエネルギーが流れているのです。
 

ついこの間(6月の末)に同窓会をしたばかりなのに今月8月の22日には恩師の校長先生になったお祝いを元生徒たちでしようとまた集まることになりました。


普通、校長先生になったくらいで(失礼!)お祝いはしないそうです。(笑)

ホテルの相談係の人がびっくりしていました。


「普通は退職のときくらいですよ、聞いたことがないですねぇ」


集まる理由なんていらないのです。


大義名分はどうでもいいのです。


同じ場所に同じ時間を共有してすごく縁のある人たちが3年間も通っていたのが学校なのです。

一つだったものがバラバラに分かれて行った。

そしてそのバラバラに散らばっていたものが又、一つになろうとしている。
 

引き寄せられて行くのです。


自然の法則、宇宙の法則そのものなのです。


これから起ころうとしているアセンション(次元上昇)そのものなのです。

あなたも私もない、一つのものが分かれていただけで元は一つの霊(光)だったのです。


だから男も女もないのです。


ただ大切な人たちがそこにいる・・・・・・。


菩薩様は男でも女でもないそうです。


男女という意識を超えているんですね。


私たちの同窓会もたぶんそうなんだと思います。


すごい仲間たちだと思います。






  

2009年8月13日 (木)

幸せを感じること

   

最近、私は幸せだなぁと思うことが頻繁に起こっています。
 

今日も高校の同級生の女の子?がオーラ・オーラに行ってくれることになったのです。
 

最初、気功に興味があるので気功サロンに行きたい!と言ってきました。
 

次回のサロン日は9月の19日(土)なので少し先になります。
 

その日まで気功や真理の話が出来ない!ということもそうだったのですが、私の心の中のイメージでは、オーラ・オーラで楽しく笑っている彼女の姿が浮かんだのです。
 

「そうだ、オーラ・オーラに誘ってみよう!」
 

メールにオーラの体験レッスンのことを書くと


「行ってみたい!自分がどんなオーラなのか知りたい」 と返信がありました。
 

即決でした。手(チョキ)


たったそれだけのことかもしれないけれど何かやたらに嬉しいのです。わーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)
 

いえ、たったそれだけのことではないのです。


人が何かを感じて、目的を持ってアクションを起こしてある場所へ行く

エネルギーがそこに集中する。


それは絶妙のタイミングがなければ起こらないことです。




いくら私が気功サロンに来てもらいたい、この人はオーラを撮ってみたらきっと喜ぶに違いない・・・と思ってみてもいくら念じても、その人の心が動かないとどうしようもないのです。
 

人の心を意図的に動かすなんて出来ないし、してはいけないことです。
 

だから相手の人の方から行きたいと言ってもらえることは本当に嬉しいのです。

不思議なことに肉体のその人は気功サロンやオーラ・オーラに行くことに納得しているわけではありません。


どういうことかと申しますと、それは相手の人の守護霊、守護神が行かすのです。

そこに行くことが自分が守っている人間にとって魂の成長になる。
 

そこに行くことで飛躍的に真理に目覚めることになる。ぴかぴか(新しい)


それがわかっている守護霊、守護神は本人の気持ちが行きたくなるように心をコントロールするのです。
 

気功サロンに行きたくなるように・・・・
 

オーラ写真を撮ってみたくなるように・・・


だから話がとんとん拍子に進んで予約が取れたりすると本人よりも守護霊、守護神が喜んでおられるのです。わーい(嬉しい顔)

その喜びの波動は、私の守護霊、守護神に伝わって、それから私の心や肉体にも伝わって来ます。


それが本当の以心伝心(いしんでんしん)なのです。


以心伝心とは守護霊、守護神同士のエネルギーの交流なのです。ぴかぴか(新しい)
 

だから、魂の喜びとは半端なものではないのです。わーい(嬉しい顔)


みなさんも魂が震えるような感動を受けたことがあると思います。
 

でもそんなには無いですよね。
 

それが最近の私にはかなりたくさん起こっているのです。
 

ほぼ、毎日のようにあるのです。わーい(嬉しい顔)
 

幸せって、魂の震えるような感動がたくさんあることだと私は思っています。


これが奇跡なんだと思います。
 

ココロが温かくなることが奇跡なのです。
 

mixiを始めてからたくさんの奇跡が起こりました。
 

同窓会を始めてからたくさんの感動がありました。
 

たくさんの人と繋がってきました。
 

そして今も続いています。
 

「こんなに幸せでいいのかなぁ?」
 

と思うくらいです。
 

みなさん、本当にありがとうございます。
 

そしてこれからもよろしくお願いします。わーい(嬉しい顔)





  
  

う先生のお言葉 2

  
  

● 目標、目的を探す。

 

● 祈っていたら与えられる。

 

● 自分が光の発信体になる。自分独自の力を発揮する。
 


● 無意識でも人に頼っている間は発信体になっていない。

 

● 自分の感情をコントロールする。
 


● 何か達成する度に自分に満足することを覚えると成長する。
 


● 自分を含め全てを客観的に、全体的にみる。
 


● 迷いは良くない、悩むことは良い。何故ならば悩みは目的意識を持っているから。悩んで解らない時は、時を待つ。他の方法を考える。

 

● 気がついた時は即、行動すること。後だと時期を逃す。
 


● 無言の力は凄い。自分の考えていることをすぐに人に言わない。黙っていると力が湧いてくる。

 

● 自分の人生は日々の想念で決まる。
 

 

● 焦らない。諦めない。
 
 


● 反省、努力、勇気  過去は過去、未来に生きること。




  


2009年8月12日 (水)

霊的な人は甘えるな!

  
   
ちょっと厳しいことを書きます。

霊的な人、つまり目に見えないエネルギーの影響を受けやすい人は確かにいます。

器の大きい人、波動の細かい人、繊細な人、エネルギーの弱い人、強い人、つまりほとんどの人は多かれ少なかれ他人のエネルギーを受けています。

オーラ写真を撮ると実感するのですが、自分の肉体を自分が放ったエネルギーが覆っています。

そのエネルギーが写っているのです。

人間は肉体の他に幽体、霊体、神体があるのです。

オーラはその幽体の部分が写っているのです。

幽体の大きい人はビル一棟分の大きさがあるそうです。

だからこの人はビルの中に100人の人がいたら100人分のエネルギーと重なっているのです。

人のエネルギーをまともに受けてしまうのです。

人ゴミに行くと疲れるのはこのエネルギーをもらってしまうからです。

疲れるとは取り憑かれるという意味です。

だから疲れるのはわかります。

しんどくて何もしたくなくなるのもわかります。

でも甘えてはいけないのです。

自分は受けやすいからと3次元でのこの世での責任から逃げてはダメです。

それは業(ごう)に負けたことになるのです。


業(ごう)とはたくさんの人の想いのエネルギーです。 (自分の過去からの間違った想念もあります)

 

マイナスの集合意識です。


人間がつくってしまったものとは言え、凄まじい力があります。

でも、やっぱりそこで萎えてしまってはダメなのです。

それは甘えです。

だって神様は本人に耐えられないような試練は与えないからです。

耐えられないと思っているのは本当のあなたではないのです。

本心を覆っているマイナスの想いが

「耐えられない」 と決めつけているのです。

どれだけしんどくても辛くても必死で頑張って生きている人はたくさんいます。

業を受けやすいとか、マイナスのエネルギーが強いからとかは関係ないのです。

3次元のやるべきことは、人として任されたことや自分でやると宣言したことは一生懸命にしなければならないのです。

その姿を見て、神様は助けたり、メッセージを送ってくださるのです。

霊的な人は3次元でこの世のすべきことに甘えています。

甘えている人が多いのです。

3次元の仕事が出来なくて、自分に霊的要素がある人が、スピリチュアルな職業?に就くことがあります。

占いは、百害あって一利なし

占う人も占ってもらっている人も不幸になります。(過去世を知っても何の解決にもならないからです)



3次元のことをキチンとやり遂げて

始めて

4次元、多次元のことを語ることが出来るのです。


業に甘えてはいけないのです。


マイナスのエネルギーなんて認めてはならないのです。


業に甘えることを怠惰というのだそうです。



  


  



追伸



オーラ・オーラはオーラを撮るだけでなく大切なことを教えてくれます。

3次元と目にみえないエネルギーのバランスを取ることを教えてくださるのです。



http://auraaura7.com/





  

于先生のお言葉

   
于先生とは私の気功の先生なのですが、人生の師匠(メンター)でもあるのです。

そのう先生が本の中で書かれているお言葉があります。

先生が日ごろおっしゃっておられることを誰かが記録していて発表したものだと思うのですが、心に響きます。

たくさんあるので何日かに分けて書いていきますね。



  


● 明るく、笑顔で、優しい言葉、礼儀正しく、謙虚で思いやりを。
 

● ふんわり、ゆったり、やわらかく。
 

● 穏やかな、静かな心は美しい知恵の宝石です。


● 子供は20歳までの預かりもの。


● 身体をほぐすより、心をほぐす。


● 祈り、印で無条件に癒される。


● 陰徳を積むのに最適なのが、印を組み、祈ることです。


● 自然体で生きる。


● 自分のすることに責任を持つ。


● 自分の置かれた環境で精一杯頑張る。
 

● 自分の響きを素晴らしくするという目的意識。
 

● 自分に抑圧をかけない。
 

● 何事にもとらわれない。魂が進化することを一番に考え、祈っていくとすべてうまくいく。


● 仕事を通して、いろいろな人に会い、喜び、悲しみに出会い、人として磨かれていく。


● 人に好かれる事を考えるより、人を好きになる。


● 幸せ、健康、能力、若さ等、自己限定しない。自己否定しない。

限界を超えていると思うことをしてみるとパワフルになる。


● 人と自分を分析・分別しない。他人と比較しない。自分は自分で良い。


● 自分を大切にする。


● 自分に厳しくする事により、楽しく生きやすくなり、人に優しくなれる。

 
● 身体と心がとらわれると不自由になる。良いことにも悪いことにもとらわれない。気持ちを切り替えることが大事。





  

 無限次元への誘い  于寿明  


  http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/sub3.html





  

2009年8月11日 (火)

無限次元へのいざない


  
● 人の長所を探し、長所とつき合う

人の短所を探さないようにしましょう。もし、その人の短所を見つけてしまっても、そこに注目しないのです。良いところを見て、つき合いましょう。プラスのみを見つめ続けることです。



  

● 自然体でいる


自分を良く見せようとしないことです。

誰に対しても謙虚さを忘れないことです。




  
● 自分をアピールするより人の話を聴く

最初は特に相手をよく知ることが大事です。相手を理解しようと、よく話を聴きましょう。

自分のことはほんの少し話すだけで充分です。


  

● 目的意識をはっきり持つ

何のために生まれてきたかをはっきり答えられる人は少ないですが、すべての人は魂の進化を目的に生まれてきています。

魂の進化を意識して日常生活を送りましょう。





  

 

  

無限次元への誘い 于 寿明 星湖舎
 

http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/






  

  

人にどう想われたいかはいらない

  
「人にどう想われたいかはいらない、でもどう想われているかはチェックする必要はあります」

W先生から言って頂いたお言葉でした。

私たちは人間関係で苦しくなっているときとは、ほとんどが相手の人に自分を良くみせようとしているときなのです。

または良く見られたいと思っているときなのです。

それも等身大ではなく、少しでもいいように見て欲しい、と欲が出ます。

恋愛が楽しいものから苦しいものに変わるときってこの欲が出てきたときです。

「私のことをどう想っているのだろうか?」

「ずっと好きでいて欲しい!」

そう思い始めたら恋愛は自分の 我 を 自分の感情をそして欲望を 喜ばせるための歪んだ不純なものになります。


愛のなかでも最低な自己愛なのです。げっそり


人に善く想われたいとは自己愛なのです。


だからしんどい、だから気持ちがいつまでたっても晴れないのです。
 

人に良く想われたいと思うことをやめて、あきらめて、

本来の自然体の自分でいいんだ

無理をして自分を善くみせなくてもいいんだ

人にどう想われったっていいんだ

と開き直る?とすごく楽になります。

想いという重い鎧(よろい)を脱ぎ捨てるからです。わーい(嬉しい顔)


でも完全にはその想いを捨てきれないですよね。


だからその次に出てくるのが


「でもどう想われているかはチェックする必要はあります」

なのです。

完全に解放されると無防備になります。

なんでも有りになります。

チェックして自分にいたらないところがなければそのまま行けばいいのです。

でも反省すべき点があれば直せばいい。

心を解放させてそれから ギュッ と手綱を締める。

大事なポイントだけを

それも出来ることをさせる。

この言葉の深~い、深~ぃ意味に感動します。

そしてW先生のやさしさに改めて感謝、感謝です。わーい(嬉しい顔)

 


  

2009年8月10日 (月)

すべてのことは許される

   

一昨日、と昨日すごく考えさせられることがありました。

それは人を批判、非難、評価することです。



ある人が受け持っていた、担当していた役割を

「しんどいから辞めたい」 と言ってきたのです。

それに対して私は

無責任だ、だからあなたはいつも中途半端で自分に自信が持てないんだ、なぜ、そんなことが出来ないんだ

と言葉には出さなくても、そう思っていました。

しかし、もう一人の人は優しく

「今までご苦労さま、しんどかったらいいのよ、私がやるから・・・」

と言ってあげていたのです。

私は

「そこで甘やかすからダメなんだ」 と思いつつも流れにまかせていました。

そして次の日にまったく逆のことが起こったのです。

妻の実家に行ったとき

義理の兄から猛烈に批判されました。

それは私が親戚の人の死に対し責任を果たしていないと言うのです。

宗教感の違いと言えばそれまでですが

私は人の死、そして慣例的に行われている死に対する行事に積極的ではないのです。

通夜やお葬式にも自分が行きたいと思わなければ行かないしお通夜には出てもお葬式は 「いいだろう」 と自分で判断していました。


心の中で亡くなった人の冥福を祈っていればそれでいいとそれを実践していたのです。

しかし義理兄の考えは違っていたのです。

「親戚とは最初から最後まで出席して出来るだけの手伝いをして尽くすものなんだ、君の考えは信じられない、これから改めないのならあなたとの付き合いを考えさせてもらう」


と言われたのです。

全人格を否定されたような感じでした。

2日間の間に批判する側と批判される側を経験したのです。

そのとき、ある人の言葉が浮かんできたのです。
 

「人間はどんなことをしても許されるのです」

これはすごく誤解を招きます。

非常に理解しにくいことです。

でも、真実はそうなのです。

それは私たちは今まで(今生)にありとあらゆることを経験して来ました。

悪いことも善いことも散々やって来たのです。

たくさんの人も殺してきました。

反対にたくさんの人も救ってきました。

恥ずかしいことも誇らしいことも自慢出来ることも自分を卑下するようなことも・・・・・・・・

ありとあらゆることを経験して来たのです。

でもそのたくさんの経験は魂を成長させるため、愛を学ぶためだったのです。

悪いことをしたときの心の虚しさ、やってはいけないことをしてしまったときの情けなさは経験した人でないとわからないのです。

それを何回も繰り返すことで愛に目覚めてやさしくなっていくのです。

だから今、

「仏様のようだ」 と言われているような人も過去世では散々悪いこと、人殺しなどもやって来ているのです。
 

それは悪いことを経験する必要があったからです。
 

そのとんでもない人が、今、素晴らしい人になっている。
 

だったら前世で悪いことをしてきた罰を受けて神から許されていないか?

と言えばどうでしょう?


 

許されているのです、今もちゃんと生かされているのです。

 


人を殺したことで仇討を受けたり、磔(はりつけ)になったり、牢獄に入れられたり、反対に時代によってはヒーローになっていたかもしれません。

その時代の人間によってどんな処置を受けたかはわかりませんが、神(宇宙)はただ見守っていただけなのです。
 

人間を創った神さまが許されているのに人間が人間を裁く、いや裁くことはいいのです。

でもその人を批判、非難、評価することは違うのです。

今、罪を犯している人とまったく同じことを私たちは前世でしていたのです。

人は自分の鏡であるとはそういうことなのです。
 

自分の周りに居る人は自分の過去世であり、現在の自分であり、未来の自分でもあるのです。

そのことが心の底からわかったとき

心の底から自分を許し、人を許すことが出来るのです。

どんな人であってもその人の心の奥に入って行くと

そこには神(宇宙)から分けられた生命があるのです。

人間はみな一つの生命(いのち)から役割に応じてたくさんの光に分けられているのです。

元をたどっていけば一つの命なのです。


宇宙は集合、離反、つまり一つになったり分かれたりしながら進化しています。

これから地球は一つになっていきます。


色んな経験を積んできた集大成です。


合い(愛)が完成するときなのです。わーい(嬉しい顔)





  

2009年8月 7日 (金)

悩みの原因

 
    
精神的に強い人と弱い人の悩みの原因は違うのです。

例えば、他人が何かで失敗したとき

強くて愛の深い人はその人を励まして元気になって欲しいと思います。

でも弱い人は自分の弱さを隠すために

相手に強く当たるのです。

「なんでそんなことを失敗するんだ!」 って

弱って落ち込んでいるのに

追い打ちをかけるのです。

でも弱い人はわかっているのです。

「この人なら強く当たってもへこたれない、強い人なんだ」

ということが・・・・・・。


幼子が親に駄々をこねているのと同じです。


しっかりと受け止めてくれるのがわかって


安心して感情をぶつけているのです。
 

ぶつけているだけではなく、ストレスを発散しているだけでなく
 

マイナスのエネルギーをプラスに代えてもらっているのです。


そんな素晴らしい働きをしているのに ぴかぴか(新しい)

ぶつけられる方は悩みます。
 

「なんであの人は自分にだけつらくあたるのか?」

「自分にそんなに悪い所があるのか?」

・・・・って
 

だけど原因はそうではないのです。


あなたの器が素晴らしくて強いからなのです。パンチぴかぴか(新しい)手(チョキ)


だから相手の人を幼子が駄々をこねていると思って許してあげましょう。わーい(嬉しい顔)
  

そして相手の天命がまっとうすることを祈ってあげましょう。
 

するとあなたの器はもっともっと大きくなって
 

宇宙に拡がって行きます。


宇宙に拡がるとは愛が深くなることなのです。
 

そしてもっと大きな働きが出来るようになるのです。
 

働きとは、はたを楽にさせることだ


とはそういう意味なんですね。


やっぱり宇宙は愛なんですね。


宇宙のことを神を言います。


か~ぁ

み~ぃ


ね、あい になるでしょ わーい(嬉しい顔)







世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます。

守護神さまありがとうございます。





  
  
  

相手を解放してあげると・・・・・

  


相手を解放してあげると自己の束縛から解放される。






 
           西園寺昌美











 

感想
  


人のココロを変えさせようと必死になっているときほどしんどいときはありません。

人のココロなんてコントロール出来ないのに

なんとかしようと何度も何度も繰り返してしまうのです。

それが相手の為を想う善意のつもりであったとしても

相手にとっては迷惑なことなのです。

そして相手の人をどうにかしようとしているときのエネルギーって相手の人には重たい嫌なプレッシャー(重圧)が行っているんだろうなぁと思います。


口に出さなくてもその重圧は確実に相手に行くのです。


そのことに気づいて、あるいは全然違うことに意識がいっていてその人のことを想わないようにしようと努力して忘れられたり(難しいですが)、想わなかったときには


自分と相手の間には何も無くなって


爽やかな風が吹いていることに気づきます。 わーい(嬉しい顔)


相手の人を束縛することをやめると自分が楽になっているのです。

わーい(嬉しい顔)


人はどんなときにも自由でいたい!



それは自分も相手の人もそうなのです。わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)





  

 

明日は気功サロンの日です。

   
  
すいませ~ん あせあせ
 

前回のサロンのお知らせでタイトルに木曜日がサロン日だと書いてしまったのですが明日の土曜日が正解です。(日にちはあっていました)

今頃になって遅いのですが、訂正してお詫び致します。うれしい顔




スッキリ爽やかになりたい!

疲れをすっかり取ってしまいたい!

と思っている人はほとんどの人ではないか?

と思います。

それで色んなところでマッサージを受けたり癒し系の場所へと行ったりします。

でもそのときはスッキリしたような、元気になったような気になっても反対に変なものをもらってしまうことも多いのです。


それは人のエネルギーをもらってしまうからです。

人と人とが触れ合うとはその人の想念エネルギーまでもらうということなのです。

マッサージをしてくれた人が朝、奥さん(旦那さん)と喧嘩して

「頭に来た!腹が立つなぁ、離婚してやろうか」

という気持ちを引きずったままあなたの身体に触れたらどうなると思います?

間違いなくマイナスの感情想念をもらってしまうのです。


どんなに美味しい料理も喧嘩しながら食べても全然美味しくないですよね。。


それは、心と身体を感情想念で痛めてしまっているからです。

それと同じ状態に身体がさせられてしまうのです。

だからむやみやたらに人と抱き合ったり、握手などもするものではないのです。


結局、自分でしか自分のことは癒せないのです。


自分のことを救えるのはやっぱり自分自身なのです。


動功(ストレッチ)というのは自分で自分の中に溜まってしまったマイナスのエネルギーを流し出し、宇宙からのプラスのエネルギーを入れていく方法なのです。

イチローは常にエネルギーを綺麗な川のように流しているのです。


だから直観力に優れているのですね 


みなさんも気功サロンに来てスッキリ爽やかになって帰ってください。



 

気功ってなに?

ヨガみたいなもの?

太極拳?

よくわかりませんよね(笑)


  
気功とは何ですか?

幽気、霊気、神気の気の働きであり、神様の働きである。

日本語の「気を付けて」は英語で「Good bye」=「God by you」であり、スペイン語で「Adio’s 」の dio’s は神の意味である。


「気」とは神の意味である。

                  「無限なる癒し」う寿明著より


気とはエネルギーのことです。

目にみえない自分の発しているエネルギー を整えることが健康になるメソッド(方法)なのです。

病気とは気が病んだ状態なのです。

そして病気は人に治してもらうものではなく自分で気を整えていくものなのです。

これを波動調整といいます。



本当の健康とは、肉体と精神のバランスが整ったときの状態です。


身体が固くなると気持ちまでかたくなになるのです。

身体を柔らかくしたり、エネルギーを流すコツがわかるとスッキリ爽やかになります。

エネルギーがスッキリすると物事を前向きにとらえられるようになるのです。

気功サロンに来て、心身ともに健康になりませんか?
 




8月 8日(土)13時30分~19時  

9月19日(土)13時30分~19時


8月、9月は土曜日の開催になります。




      カリキュラムの内容  
  
 
    ① 呼吸法(気持ちを落ち着かせる為)
    ② ストレッチ(心と身体を柔軟にする)
    ③ 姿勢を正す(気を通りやすくする)
    ④ 一日七回感謝する(プラス思考)
    ⑤ 全てのものとの調和(感謝出来るようになる)
    ⑥ 身体の力を抜く(感情のコントロールが出来る)
    ⑦ 明るく朗らかに穏やかなる(パワフルになる)


この7つの中からいくつかを体験していただきます。

   
この時間帯の間のお好きな時間にお越し下さいね。

 

場所:浪速区民センター 第4会議室
大阪市浪速区稲荷2丁目4-3
電話 06-6568-2171
地下鉄千日前線桜川駅より徒歩3分
 

http://osakacommunity.jp/naniwa/index.html
 

参加費:500円

気功ってどんなものかな?と思っても、
なかなかレッスンにくるのは敷居が高い、
という方、是非気功サロンにお越し下さい
オリエンタルウインドの講師がわかりやすくご説明いたしますよ (女性2名男性2名)

  (●^o^●)



参加を希望の人は私(グッドムーン)に連絡をください♪



080-1444-0018



調和波動気功とは?

http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/


 健康になる気功教室in 大阪 (気功のことがわかりますよ)

http://orientalwind.info/


そして、オーラ・オーラもよろしくお願いします。

http://auraaura7.com/






  

2009年8月 6日 (木)

如是我聞


    
1.善い人はなぜ弱いか、コチョコチョこれでいいのかしら、私は悪いんじゃないか、とわざわざ悪いところばかりさがして、ひねくりまわしている。

それより自分の特長のよい点をどんどん伸ばしてゆくことだ。

  

  


1.決断に迷う時には心を静め、守護霊、守護神に祈れ。

必ず答えを与えてくれる。

しかし目の前の利害にとらわれてはいけない。

その答えが目前のことにおいて損をするようなことがあっても、ひらめいた通りに実行せよ。

たとえそれが失敗に終わったとしても、必ず最終的には大きな実を結ぶ。







                五井昌久




  

2009年8月 5日 (水)

愛とは?

     

愛というのはどういうことか、というと、陰陽に分かれたのが相寄るときに起こる感情なんです。

たとえば前世において、直霊から分かれた分霊同士がここで会いますね。

そうすると、ああ親しいな! 懐かしいな! と愛を感じます。

愛情を感じる。

それで結ばれてゆく。

それは昔は一つだったからね。

昔は一だったものが分かれていて、それが会うから愛を感じる。

人類愛をいうのがありますね。

それはどういうことかというと、人類はみな一つです。

大神様において一つなんだ、一つのいのちだったものだから、ああみんなが救われますように、みんながよくなりますように、とこう思う。


世界平和が出来ますように、と思う。


これは人類愛です。

その人類愛というものは、世界人類の中に自分が入ってしまう。

飛び込んでいってしまうことなのです。

ということは、神様のみ心の中に入ってしまうことなのです。


分かれたものが世界人類の平和を祈る時には、世界人類の中に自分が入ってゆくのです。

その時に愛が起こる。

それを人類愛という。

大きく言うと人類愛、個人的ならばふつうの愛情なのね。


自分が楽しむために、男の子や女の子がデートしたりするでしょ。


それは愛じゃないんです。

業なんです。

業をその時々消していると、本当の愛が出てくるんです。

古事記のイザナギ、イザナミではないけれど

“ああいとしき人よ” と分かれていたものが一つになる、そういう時は本当の愛が起こる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


         
神様にまかせきる  五井昌久




  


空になるとは?

    
  
  
お釈迦様は 「空になれ!」 とおっしゃいました。

空とは、自分が無くなるということ

自分が無くなるとは肉体という枠を超えて宇宙意識になるということ

宇宙意識になるとは自分がどんどん宇宙大に大きく拡がっていくことなのです。

宇宙大に拡がると自分の周りの人すべてがその中に入ります。

すると人のココロの中がわかるのです。

自分が無くなるということは私が無くなることです。

無私といいます。

私というものを天に還すことなんですね。

わたしとは天にわたすからわたしというそうです。

自分とか私とか

そんなものはないのです。

すべては天から与えられたもの

自分が、私が、と自分や私があるから苦しむのです。

自由自在心にならないのです。

ココロが自由にならないのです。
 

自分が、という我をどんどん手放して余分なものを取っていくと
 

自分という枠がなくなってどこまでも拡がって行くのです。
 

それが宇宙意識であり、アセンションした


本当の人間の姿です。

 
これまでの過去からの引きつがれている確とした既成概念、固定観念から抜け出しましょう。


つまらない常識から脱皮して超常識に生きましょう。


そうすればきっと素晴らしい未来がやって来ますよ。 わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)





  

子育て

    

五井先生は男女では子どもの導き方は違うとおっしゃっていたそうです。

「男には苦労させたほうがいい。でも女には苦労させるな。

何故なら、女のひがみや卑下慢(ひげまん)は後で大変だから」・・・・と


確かにわかるような気がします。わーい(嬉しい顔)


男が苦労をしていないと壁にぶつかったときに萎えてしまう。


苦労という免疫が無いと生きていけないからです。
 

そして辛かったとしても相手を恨んだりすることも少ない。


もし、それをしてしまったら叱ってくれる人もいるし、叱られてもあまり根に持たない。


その点女性は比較的難しいと思います。


それは子どもを産むので自分を守ろうとする意識が強く働くからでしょうか?


ただ、女性でもかなり個人差があると思います。


男性だったら一喝出来るところがやっぱり女性には出来ないのです。


でも最近は、男性が女性化してきて、女性が男性化してきています。

というより逆の生まれ変わりが多いようです。


男だ女だという前にこの人の性質は男性なのか?

女性なのか?

で判断し、接していった方がいいのかな?

と思ったのです。
 

というのはう先生に


「息子さんは女性の魂ですね」   
(女性っぽいという意味ではありません)
 


と言われたからです。


私も薄々そうではないか?

と思っていました。



昔の男らしさ、女性らしさというのは消えてゆくのかもしれませんね。


菩薩さまは男でも女でもない。
 

これもアセンション(次元上昇)の時期の特徴だと思います。



  

2009年8月 3日 (月)

威張らないのが一番偉い

  

今、五井昌久さんの 「神様にまかせきる」 という本を読んでいるのですが、すごく響いてくるのです。

これからいくつか抜粋していきますのでどうぞお付き合いください。






威張らないのが一番偉い
 

  


肉体の人間というものは、みんな等しいんです。

肉体の人間に差別があるわけは絶対にない。

天は人の上に人をつくらず、というのは肉体の人間のことを言うのです。

肉体の人間はすべて同じです。

ただ肉体の人間がどれだけ空っぽになっているか、どれだけ私がないか、ということによって、その位が違うのです。

だから威張った教祖は、無私ではありません。

自我欲望がある。

コンマ以下の人間が、神様の使いとしてやっているような、そういう馬鹿な時代は去らなければならない。

そういう時代が続いたら、日本は滅びます。

実にくだらないことです。

一番悪いのは、新興宗教の教祖だ。

新興宗教ばかりではない。既成宗教も同じで、大本山の大僧正なんていうと、ふつうの人間を下目に見ている。

下目に見れば見るほど、その人は偉くないです。

ちょっとも偉くない。

人間は全部平等です。

威張りくさっていると、また偉いような気がするんです。

不思議なものでね、人間は凡愚だから。

きれいな着物を着て、お付きがダーッとついていると、なんだか輝くような気がするけれども、なんにも輝いていない。

業(ごう)が取りまいているだけです。

そういうのが偉いような気がしたら、偉いような気がするほうもやっぱり馬鹿だ。

一番偉い人は、ちっとも威張らないで、仕事は人一倍して、犠牲という言葉は嫌だけれど、みんなの犠牲になって、みんなのためになって、それで平々凡々としている人です・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。










 

感想
 

五井先生は人のことを悪く言ったりはめったにしません。

でもこのことに関しては強烈です。

それはほんとに悪口を言っているのではなく、そこに光を当てているのです。

業がこびり付いているので

「目覚めよ!」と光を送っているのです。

愛とはやさしいだけではない。

峻厳な愛もあります。

それは心の奥の方からやってくるのです。ぴかぴか(新しい)





  






見ざる聞かざる言わざるの意味とは?

  

うれしいことがありました。

かなり前に載せた文章なのですが、

「この考えが文字になって何処かに書かれていないか探していました。

見つけられてうれしかったです。」


とコメントを頂いたのです。

みなさんも是非、読んでみてください。

  
すごく長い文章なんですが、私の心に響いた素晴しい内容です。

真理を知りたい人はどうぞ、お付き合いください。


 


五井昌久  把われないこと
 

昔からいわれていることですが、見ざる聞かざる言わざるということはどういうことかというと、見た想いに把われず、聞いた想いにとらわれず、いった言葉に把われず、すべてのものにとらわれないのがいいのだ、ということです。

大体、道とか宗教の教えというものは、すべて想いがとらわれないということを主としているわけです。

想いがとらわれなくなると、神さまからそのままくる行いが出来る。

この世の中では、テレビ、ラジオはいつもいろんなニュースを報道している。

どこどこで強盗があった、火事があった、殺人があった、と嫌なこと暗いことを聞くまいと思ったって聞こえてくる。

新聞を見れば、誘拐があった、事故があった、アメリカがどうだこうだ、見まいと思ったって見えてしまう。

ともかく、見ざるも聞かざるもありゃしない。

今は、文明文化が発達して、マスコミというものが発達してますと、こちらが好むと好まざるとにかかわらず、強制的に見せられる、聞かされる、いわされる。

だから見ざる聞かざるいわざるというのは、本当はいいかもしれないけれど、実際問題としては適用しないわけです。

そこで、私は見てもいい、聞いてもしかたがない、いってもしかたがない。

しかし、あらゆるものはいいことであれ、悪いことであれ、それは消えてゆく姿なんだから、その想いにとらわれてはいけない。

いくらいい言葉をいって、それに人が感動したとしても、それにいつまでもとらわれていたんじゃ進歩がないんだし、また悪い言葉をいっても、しまったと思って

「しまったしまった、私はなんて悪い人間だろう、何でこんなことをいったんだろう」といつまでもとらわれていたんでは、それはかえって業が積もるんだから、いってもしまった悪いことはしかたがないから

「あー悪かったな、これは消えていく姿なんだ、もう再びいいますまい、ああこれで業が一つ減ったんだ」という風に思いながら

“世界人類が平和でありますように、あの人の天命がまっとうされますように” というようにいいなさい。

そういうように想いが出た時、想いにとらわれそうになる時に、それを消えてゆく姿として、平和の祈りの中に入れさせてしまうような教えに転換させたんです。

それはどうしてかというと、私は昔とても短気でしてね、ものすごい感情家だったんです。

私は大体、本質は芸術家ですから、いいものはいい、悪いものは悪い、嫌いなものはもう我慢が出来ないように嫌だったりね。

青年の頃はそういう性質をもっていました。

だから、これじゃいけないな、こういうことじゃいけない、なんとかしてこの短気を押え、この感情に負けないようにしなきゃいけない、というような気持ちが随分強くありました。

なんとかして立派になりたい、感情にとらわれない人間になりたい、愛一念の人間になりたい、と思い続けていたわけです。

それで聖書も読めば、仏教の経典も読んだり、宗教の書、修養書など手当たり次第に読んだり、座禅観法をしたりいろんなことをやったのです。




とらわれを消してくれるもの


そのうちに、とらわれまいとらわれまいとしたんじゃ、かえってとらわれるんだなということがわかったのです。

短気だから短気をなおそうだけじゃだめなんだ。

感情にとらわれちゃいけない、とらわれちゃいけないというと恐怖心が起ってしまう。

それではだめなんだから、どうしたらいいかというと、とらわれを消してくれる何かがなければいけない、それを見つけることだと思った。

それは神さまだと思ったのです。

短気が出たら出たでいい、臆病が出たら出たでしかたがない。

感情が出たらしかたがない。

その時はどうしようもないんだから、そういう時に、ああこれは消えてゆく姿だな、ああこの世に現れているものは、みんな変化変減していく。

常時そのまま変わらないものは一つもない。 みんな変っていく。

自分はだめだ、だめだと思っているうちはだめだいけないという業がまた入ってくるわけですから、いたずらにだめだだめだと思うより、いけなかったな、しまったな、と思ったら

『あッこれは消えてゆく姿だ、どうか神さま消してください、一日も早く消して下さい、どうかあの人の天命がまっとうされますように、私の天命がまっとうされますように、世界人類が平和でありますように』

順序はどうでもよいから、そういう祈り言にして、神様のみ心のなかへ、想いをどんどん送りこんでしまうのです。

神さまは完全円満なんだし、善なんだし、大光明なんですから神様に消せないものはないわけです。

善いものは善いものでそのまま生きるし、悪いものはそのまま消えていく。

だから善悪ともども神さまの中に送りこんで、消してもらう。

そういう風に自然に教わったわけです。

それで消えてゆく姿で世界平和の祈りという教えが出来たわけです。

ああ消えてゆく姿んだなあ、ありがとうございます、世界人類が平和でありますように、私がますます立派になりますように、愛深き私にならしめたまえとか、いろんな言葉で自分の願望をつけ加えてもいいから、みんな神さまの中に入れてしまうわけです。

すると、神さまのほうで、その人に一番適当な生き方をさせるのです。





肉体人間は無力なもの




肉体を持っている人間というものは、罪悪甚重(ざいあくじんじゅう)の凡夫(ぼんぷ)でして、親鸞がつくづく、心は蛇蝎(だかつ)の如くなり、罪悪甚重の凡夫だ、と嘆いていたのがよくわかる。

もう相当悟りすましたような立場にいても、何やかやといろんなことがひっかかってくる。

まして一般の人はひっかかり通しなんです。

何かしらに心がとらわれている。

だから肉体を持っている人間というものは罪悪甚重の凡夫だ、ダメなものだ、ということがわからないとだめなのです。

いつもいっていることですが、心臓を動かすことも、肺臓を動かすことも、肉体の頭では出来得ない。

心臓の止まった死骸に向かって、心臓よ動けといったって動かない。

肉体から魂がぬけたら、どうしようもない。

自分のことも人のことも何事もなし得ない。だから肉体をもった人間というものは無力なものだなあ、ということがハッキリわからないと、悟りにはいかないのです。

自分でなんとか出来るんだ、という想いがあるところからは、本当の悟りも生まれてこないし、安心立命も生まれてきません。

肉体は不完全だからです。不完全なものがいくら力んだって、完全になりっこはないのです。

だから不完全な肉体というものを、一度、肉体人間じゃどうしようもないんだな、とあきらめる。

さてそれでは、なし得るのはどなたかというと、守護霊さんであり、守護神さんで、大神様であるわけです。

そこで、守護霊さん守護神さんお願いいたします。
世界人類が平和でありますように、私共の天命がまっとうされますように、と素直に自分では出来ないことを、みんな神さまに差し上げてしまう。

それがいいことも悪いこともですよ。

よいことは俺がしたんだ。悪いことは人のせいだというのじゃない。

善いことも悪いことも自分ではなし得ない。

肉体人間として生まれてきたその前から、分け生命(いのち)として分かれてきたその時からの因縁、想念や行為がまわりまわって、今日ある肉体の生活として現われている。

ですから、今日ある姿は、今つくったものではなく、今の自分が作ったものでもないのです。

今食べたものが今すぐ栄養になるのではなく、ある時間がたって栄養になってくる。

それと同じように、あらゆるものは、過去世からズーッとつながってきて、今現われてくるんで、今いいことを想えば将来に現われるんです。




今のあなたが悪いのではない



今自分の想念が悪いとする、自分の生活が悪いとする、環境が悪いとする、体が悪いとする。

それは過去世からつながってきた、原因結果がそこに現われて、病弱に現われているのかもしれない。

気が弱く現われているいるのかもしれない。

短気に現われているかもしれない。貧乏な環境に現われ、不幸な環境に現われているかもしれない。

しかし、それは今の自分そのものじゃないのです。

過去世からの自分の想いがそこに現われて、消えていこうとしているんですよ。

それを掴まえて、私がいい悪いとか、立派だとか立派じゃないとか、悲しいとか憎らしい、とやっているわけです。

過去世のものが流れて来て、現われてくるんだから、いくら掴まったって、現われてくるものは現われてくるんです。

結果として現われてくる。だから現われた結果にとらわれたってしょうがない。

今の自分はどうしたらいいかというと、今思ったこと、今やったことが後の自分の運命を良くするか悪くするかなんですから、今までの悪いくせ、悪い環境があるその上に、私はダメなもんだ、私の環境はなんて不幸なんだろう、私は病弱だ、とつかんでいたら、また悪い同じ波が重なってしまう。

その想いの波からぬけなければならない。

ぬけるためには、それにとらわれてはいけない。

想いにとらわれてはいけないわけです。

そこで、空とか無為とかいうのです。

見ざる聞かざる言わざるもそうなんです。

  
しかし、そういうことをいっても、なかなか普通の人には出来ないから、ここに現われてきたものは、過去世の因縁の結果として出てきたもので、現われたら消えるんだから、今消えてゆこうとしているのです。

そして神さまが処理をして消してくれるんですよ。

だから、現われたら、ああこれは消えていくんだな、と消す先を神さまのなかへ持っていく。

神さまといってもどこにあるかわからないから、人類の一番の目的であり、願いである

“世界人類が平和でありますように”

 という言葉に働く大光明圏、救世の大光明のなかに、祈り言葉とともに持っていってしまうのです。

守護霊さん守護神さんお願いします、と持っていってしまう。

すると、ハイヨ引き受けたと、もともと人は完全円満なんだから、その悪いと思っている想いを、みんな消してくれるわけです。

そうすると、それだけ消えちゃうわけです。

それだけ消えると未来に現われる悪いものが減ってくるのです。

ああこれは消えてゆく姿だな、自分はこんな悪い想いのくせがあるけれども、こんなわがまま、こんな怒り心があるけれども、それはみんな消えていったんだな、あ、出てきた、けれど消えたんだな、また出た。消えたんだな、と世界平和の祈りと共にやっていくうちに、どんどん減って、未来に向かっては悪いものが出て来ない。





輝く未来が約束されている
 



未来へ向かってこんど出てくるものは、何かといったら

“世界人類が平和でありますように” というような尊い人類愛の想いが、そこにいっぱい、溢れ出てくるわけです。

愛の想いは完全円満なのだから、完全円満な姿がだんだん出てくるわけです。

消えてゆく姿で世界平和の祈り というのを、つづけて実行していればいるほど、その人の現在の心も明るく輝いてくるし、未来も完全になってきます。

しまいには絶対完全な人間になるのです。

たいがいの場合、それをいくら教わっても自分はだめなものだ、しゃくにさわる、とか、こんな不幸になって、こんな貧乏になって、こんな病弱になって、とこういうように思う。

思うなといっても、思ってしまうのだから、しかたがない。

思うのも因縁因果なので、思うように出来ているのだから。

だから、思ったら、すぐその場で、ああ先生に教わったのはここだな、と、消えてゆく姿だ、世界人類が平和でありますように、神さまお願い致します、と素直にやると、それだけ減ってゆくのです。

この教えは実にやさしくて、人をとがめるわけでもなければ、自分をとがめるわけでもない。

人間を自然の姿に還そうというわけです。

自然の姿は何かというと、春になれば芽がふき花が開き、夏になれば緑しげり、明るく太陽に照りはえる、というように自然に運行しているんです。

その運行を自然にさせないものは何かというと、神さまから離れた想いなんです。
 

その想いが勝手に自分の運命を作っている、神さまの次元としての運命と、自分の想いで作った運命とが、別々になっちゃってる。
 

だからみんな神さまにまかせて、消えてゆく姿で、世界人類が平和でありますように、とやっていけば、だんだん自分勝手な想いが消えてしまって、光一元の生命そのものの自分と、生まれかわってくるわけです。


生命一元の自分になりきってしまえば、なんにも悪いことは出てこない。

とらわれることもなくなってくる。
 

そうすれば、その人は平和になります。
 

一人の人間が本当に平和になれば、その影響は地球界に及ぼします。
 

宇宙に及ぼすのです。
 

そういう人が多くなれば、世界はいやでも平和になるんです。
 

その先達として、皆さんが世界平和の祈りを一生懸命やっていらっしゃるわけなんですね。
 

だから、皆さん一人一人が平和な気持ちになれば、それだけ世界平和に役立っているんです。
 

自分が平和な気持ちにならなければ、世界平和に役立っていないのです。
 

もし平和な気持ちがなかったら、ますます、一生かけて、二生かけてもいいから、消えてゆく姿で世界平和の祈りをやり続けるのです。
 

必ず平和な気持ち、平和な心が得られます。




                  おしまいです わーい(嬉しい顔)


2009年8月 2日 (日)

霊力なんて持とうとするな!

  

肉体人間以外のささやきや声が聞こえて来ても、まともに受取って耳を傾けてはいけません。

一切を雑念と否定しなさい。

そして守護霊さんに “どうか消して下さい” と祈りなさい。





     
       

              如是我聞  五井昌久




  

嫁と姑(しゅうとめ)

  

   
姑のことが気になってしようがないお嫁さんへのアドバイス。

「それこそ自分の修行だと思いなさい。そして、少しでも姑さんのことが気にならなくなった自分を見つけたら、ああ私はこれだけ進歩したんだ、と喜びなさい。

どんな小さな進歩でもよろこんでいるうちに、気にならなくなって来ます」





          如是我聞  五井昌久







 
 

感想


私たちは常に誰かのことが気になっています。

家族のこと仕事関係の人のこと、好意を寄せている人のこと、友達のこと・・・・・・お嫁さんと姑のこの話は自分の人間関係と同じです。


気になっているときってしんどいのです。げっそり

それは想いがとらわれてしまって流れていないからです。

きれいな川のようにサラサラと流れていないのです。
 

「これは自分が成長するための修行なんだ」

と割り切って

「気にならなくなったら、気にしなくなった自分が成長したんだ」


と思って自分で自分を褒めてあげたらいいんだ。


そう思うと気持ちがさっぱりとして落ち着いて来ます。


やっぱり、気の持ちようなんですね。 わーい(嬉しい顔) 指でOK



  


如是我聞

   

1.人の目からみて運が悪い状態になっても

  ああ自分はなんて運が悪いんだろう、と思わないこと、必ずこれは何かいい方向に向かわせるためなのだ、神さまが導いて下さっているのだから、悪くなりっこない、と思いなさい。

運が悪いのだ、だめだと思ったら、運が悪くなるし、だめになってしまう。

そう思わないようにしよう。





              五井昌久







  



感想


このことってすごく大切でたくさんの人が陥ってしまっている大切なポイントなんですが、こんな重要なことを誰も教えてくれない。

言ってくれる人がいたとしても

「そのうちに良いことがあるよ」

「そんな風に思っちゃダメだよ」

「世の中には君よりももっと運の悪い人がいるよ」


くらいのものだと思います。

でもマイナスと思われることをズバリそうじゃないんだ。

プラスになるためのプロセスなんだ!

とハッキリと断言してくれる人なんていないのです。

それを言えるのは本当のこと(真実)がわかっている人だからです。


気休めや思い付きで言っている言葉は響きません。


如是我聞を読んでいると心の奥からあったか~い光が響いて来るのです。わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)



  

  

2009年8月 1日 (土)

直観力

  
仕事でミスをしてしまいました。

それも初歩的なちょっと考えればわかるミスです。

そのときに

「なんで直観で “そこは違うよ” と神様は教えてくれなかったんだろう?」

と思いました。

「教えてくれたらこんなに嫌な思いをせずに済んだのに・・・」


でも振り返ってみると、よく見ていれば、もっと慎重にしていれば防げることだったのです。


五感を働かせて手を抜かずにきっちりやっていれば直観が働かなくても大丈夫だったのです。


直観力が出て来るとそれに頼ってしまうことがあります。


「自分は直観だけで生きているんだ!」

なんて・・・・・。


だけどそうじゃないのです。

直観力(インスピレーション)は、3次元のことをキチンとした人にしか降りて来ないのです。

降りて来ないことが 神様の愛 なのです。揺れるハート


「こんないい加減なことをしていて直観を与えては本人の為にならない」

と判断したら危ないと判っていても教えてくれないのです。涙


肉体界の親がこのまま甘やかしては子どもがダメになると思って、厳しくするようになるのと同じです。


だからやっぱり五感でしっかりと(見る、聞く、かぐ、味わう、触れる)をしなければならないと思うのです。


その先の第六感(直観)は3次元のことをしっかりした後でやって来る。


そう思った今回の失敗でした。わーい(嬉しい顔)





  

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