« 如是我聞 | トップページ | にっちもさっちもいかないとき »

2009年7月20日 (月)

如是我聞 2

  
1.霊的に見えたって聞えたって感じたって、そんなの何にもならない。それより何事何ものにも把われなくなる、ということにいつもいつもしておくことです。

  
 

1.気が強く、しっかりしていることはこの世での運命開拓の鍵であると同時に、死後の世界においても魂の進歩に大いに役立つものである。


 

1.道は切羽つまって、どうしようもなくなった時に、パッと開かれるのである。 安易に道は開かれない。







                   五井昌久









感想


1.気が強く、しっかりしていることはこの世での運命開拓の鍵であると同時に、死後の世界においても魂の進歩に大いに役立つものである。


気が強い人のことを一般では、生意気だ、かわいくない、女性らしくない、腹の立つ奴・・・・とか言いますがここぞというときに勇気が持てることはすごく大切なことだと最近思うのです。

本当に気の強い人と気の弱さを隠すために強がっている場合もあるけど本当に気の強い人とは勇気がある人だと思うのです。


気とは神様のことなので勇気とは神様が勇むことなのだそうです。
 

それを認められる度量の大きさを持ちたいですね わーい(嬉しい顔)



    

« 如是我聞 | トップページ | にっちもさっちもいかないとき »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/160971/30624933

この記事へのトラックバック一覧です: 如是我聞 2:

« 如是我聞 | トップページ | にっちもさっちもいかないとき »

最近のトラックバック

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ