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2009年6月28日 (日)

私は滝なのです。

  
人と接していてみんながみんな自分をそのまま素直に好意的に理解してくれるとは限りません。

誤解されることもあれば、その人の想いのくせで勝手にからまわりされて敬遠されることもあります。

そんなとき、多くの人は相手の波に入ってしまうのです。

相手の人と同じ波長になってしまうのです。

「あの人は自分を誤解している」

「あのときに話したことは相手の人はマイナスに受け取ってしまっている」

「責めたわけではないのに責められたと思われている」


 

人と接していると理解されるより間違って伝わることの方が多いのです。

そのときに理解されていないことにまた自分も振り回されてしまうのです。

「あのときに言わなければよかった・・・」

「あのときの対応がまずくて相手の気持ちを損ねてしまった」

確かに自分にも非があるのかもしれません。

配慮が足りなかったのかもしれません。

でも相手の人が自分の気持ちをコントロール出来ずに勝手に苦しんでいることがほとんどなのです。

だって同じことを言っていてもそれをプラスに受け取る人と全然違うマイナスに受け取る人がいるのです。

それは自分に問題があるのではなく、相手の人の問題なのです。

その相手の人は自分で自分の問題は解決しなければならないのです。

それを機嫌を損ねたからと

「悪かった」と謝ることは違うのです。

放っておけばいいのです。

きがつかなければ気がつかないでいいのです。

悪者にされたのなら悪者でいいのです。

それくらい自分が強くなるにはどんなことが起っても

すべてのことを流していく強い意思を持つことが大切です。

すべてのことを流していくのを現わしているのは、私にとっては滝でした。

箕面の滝を観に行って、う先生に言われて那智の滝に行って来ました。

那智の滝に行ったとき、私は滝になりました。

どんなことがあっても立ち留まることなく淡々と流していく

あの滝になったのです。

「滝になりたい」 ではなく

滝そのものになったのです。

それからすごく楽になりました。

強くなりました。

そして優しくなりました。

相手の人の感情の波に合わせて優しくなるのではなく

相手の本心に合わせて話したりすることが出来るようになったのです。

それでも誤解されます。

人とはそのようなものなのです。

でも誤解されようと非難されようと大丈夫なのは信じているからです。

相手の本心が素晴らしいことを・・・・・。

そして自分の本心も素晴らしいことも・・・です。

信じれば信じるほど現実に現われて来ます。

なぜなら自分が創造主だからです。





  

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