« アセンションについて | トップページ | 空気への感謝 »

2009年5月 1日 (金)

葉室賴昭さん(71歳)

  
私がある歯医者さん(葉室さんといとこだそうです)に薦められて読んだ本に「神道のこころ」 がありました。

すごいお医者様でもありましたし、今は春日大社の宮司さんをしていらしゃいます。

葉室さんも世界平和の祈りの素晴らしさをご存じの方です。

どんな人なのか?プロフィールを読んでみてください。
 

 


神道のこころ 春日大社宮司 

神に導かれて人生を歩む (形成外科医から宮司へ)

「僕は、なぜだか知らないけれど小学生の頃から、誰かが後ろで導いてくれていると感じていたんです。いつも母は口癖のように『神様のお導き、神様のお導き』という人でした。だから僕は、そのことに逆らわないで、今までずっと神さまのお導きに順応して人生を歩んできました」 
 
 


奈良県の春日大社宮司、葉室賴昭さん(71歳)は、七年前までは日本で有数の形成外科医院の院長として多くの患者たちから神さまのように慕われていた。

公家の家に生まれ、学習院の初等科から中等、高等科に進学した葉室さんは、植物が好きで、東大の農学部を受験する予定で猛勉強をしていた。ところが大阪市で一番大きい大野外科病院の院長に嫁いだ姉が、友達や知人がまったくなく寂しいので「大阪に来て、医者になり、病院を手伝ってほしい」といってきた。

当時は新幹線はもちろん、特急さえない時代で、東京と大阪は非常に遠かった。葉室さんも生まれてから一度も大阪に行ったことはなかった。「これは神さまのお導きです」という母の勧めもあって、葉室さんは医師になる決心をした。

しかし、突然の進路変更だったので当然のことながら不合格となった。そこで一年間死に物狂いで勉強したあげく、入学した大阪大学医学部だったが、浪人時代の過酷な受験勉強がたたり肺結核になった。

ある日、大量の喀血をし担当の医師から死の宣告を受け、両親の待つ東京に帰ることになる。まだ寝台車というものがなく、席を四つとってそこに戸板を敷き、寝かされて東京まで帰った。「僕はそのとき、すべての我欲というものが消えていたんです。医者になりたいだとか、生きたいという思いもまったくありませんでした」

そのとき、ある人が退屈しのぎにと一冊の本を葉室さんに手渡した。この本が葉室さんに神秘体験をもたらすことなった。「そこには『人は生かされて生きている』ということがえんえんと書いてあったんです」死を目の前にして無我になっていた葉室さんは、その本を読んで感激のあまり泣いて泣いて涙が止まらなかった。そうして汽車の中でずっと泣き続け、東京駅に着いたときには立ち上がる体力もまったくないはずなのにホームに一人で立ち上がっていた。

その後十日間ほど、その本の中に紹介してあった本を全部購入し、無我夢中で読んだ。すると不思議なことに葉室さんの体力がみるみる回復し、奇跡のように重度の結核が消えうせてしまった。「そのとき僕は神を見たというか、神の存在を身をもって感じたんです」死ぬとばかり思っていたところを神さまに救われた葉室さんは医学部にもどり、何か人様のお役に立ちたいと思った。

当時日本にはまだ、体や顔の変形を治す医師がいなかった。その患者たちはわらをもすがる思いで阪大病院へ来ていたが、医師たちも診察するだけで手の施しようがなかった。力を落として帰る悲しげなその人々を見て、葉室さんは「形成外科医」の道を選ぶことを決心した。

「人の顔は、目、鼻、口の形など、まさに神の神秘の姿そのものです。人々は当たり前のように考えているかもしれませんが、とても人間の医学の力で形作ることは不可能です。いくら頑張って手術してみても不自然さが残ります。

人間の意志の力ではなく、神さまのお導きによって手術しなければ、自然の人間の姿に回復することは不可能だと考えました。私は手術をする前には、必ずまず祈りということから始めました。いつも神さまのお導きによる無我の手術ができるように念じて手術室に入りました」そして四十年後、還暦が過ぎたころ、ようやく無我の手術ができるようになったとき、なぜか葉室さんは神主になってしまった。

神職最高位の「明階」に

葉室家はもともと朝廷の宗教的なことを受け持つ藤原家の家柄だという。葉室さんは藤原氏の公家の代表として毎年春日大社のお祭りに、装束を着て参加していた。そのころたまたま神職の資格を取る通信教育の学校があることを聞き、神主の作法を学びたくて願書を取り寄せた。

努力家の葉室さんは、医師の仕事のかたわら院長室に神道の分厚い教科書を持ち込んだ。家でも必死で勉強し、異例のスピードで神職の最高位、明階(めいかい)の検定試験に受かってしまった。そのとたん神社庁から呼び出され、病院を止めて、大阪の枚岡神社の宮司になってほしいという話がきた。そして「これは神さまのお導きだ」といわれたという。

そして二年後の平成六年、春日大社の宮司に就任した。
「僕が神さまのお導きでこの春日社にきたのは、この日本という国を、よみがえらせる仕事をさせるためだという気がします」とにこやかに語った。

葉室さんの著書「神道のこころ」(春秋社)を読んで感激した人が日本中からたくさん春日大社を訪れている。その人たちに葉室宮司はいつもこんな風に語っている。「これからは、自分だけ良ければいいという利己主義の考えではもうだめです。僕の話を聞いて、いい話だと思ったら自分の独り占めににはしないで、ひとりでも多くの」人に伝えてください。協力して一緒に日本を良くしていきましょう」と。 




  

« アセンションについて | トップページ | 空気への感謝 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/160971/29382491

この記事へのトラックバック一覧です: 葉室賴昭さん(71歳):

« アセンションについて | トップページ | 空気への感謝 »

最近のトラックバック

2017年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
無料ブログはココログ