« 無限なる癒し | トップページ | 日々の指針 »

2009年5月27日 (水)

意識するということ

  
新聞のスポーツ欄を読んでいたら卓球の試合で世界チャンピオンに挑んでいた若い選手が無心で戦っていて勝ちそうな場面になったとき、

「勝てるかもしれない」 とふと意識した瞬間に相手の選手にそれを見抜かれて結局負けてしまったという記事が載っていました。

無心のときは、自分の中にある本来の力がそのまま出ているのに我(欲)が入って来るとその力を弱めてしまうのです。

スポーツ選手はそのことを知っていて何回も苦い経験して、ある人は座禅を組んだり欲が入ってこないようにするにはどうしたらいいのか?を思考錯誤しています。

人と人との対話を観ていても相手を意識し過ぎて話をしている人のエネルギーは相手の人を息苦しくさせる。

そんな場面に何回か出会ったことがあります。

相手になんとか自分をアピールしたい、自分の言うことをわかってもらいたいという気持ちは心地よく伝わることは難しく逆にしんどくさせてしまうのです。

自然体というのは相手の人を意識していない状態ではないのか?

まったく意識するというのは難しいとしても相手をどうこうしようというのではなく、自分の発しているエネルギーを穏やかな優しいものにしていく。

そのことだけに意識を持っていく。

そうすると相手の人は気持ちが良くなって、心地が良くなってどんどん心を開いてくるのです。

自分の出しているエネルギーを流し続けるのです。

すると自分は滝のようになります。

相手の人は滝の前に行ったときのように爽やかな気分になるのです。

自分が滝のようになるには、エネルギーを流し続けるには祈りが一番なのです。


なぜなら祈りは宇宙の無限のエネルギーと共鳴するからなのです。




世界人類が平和でありますようにぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




  

« 無限なる癒し | トップページ | 日々の指針 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/160971/29814743

この記事へのトラックバック一覧です: 意識するということ:

« 無限なる癒し | トップページ | 日々の指針 »

最近のトラックバック

2017年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
無料ブログはココログ