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2009年1月 2日 (金)

さとりとは?

   
正岡子規は

「さとりとは、いかなる場合にも平気で死ぬことかと思っていたのはまちがいで、さとりとは、いかなる場合にも平気で生きていることであった」 といっている。

全くその通りであって、完全に生をまっとうすることによって、はじめて死をもまっとう出来得るものである。

生を逃避することによって、死への恐怖を拭いさることは不可能である。
 
生への恐怖を乗り越えることによって、死への不安はまったく無くなる。
 
生と死とは別なものではなく
 
全く一つのものである。


                      西園寺昌美


 

  
さとりとは、いかなる場合にも平気で生きていることであった

この文章は以前書いたものですが、新年の冒頭に一番最初に心に浮かんで来ました。

私はこの “いかなる場合にも平気で生きていることであった” の所に強く惹かれます。

私の良いところは気持ちが繊細であること(自分で言うのも変ですが)です。

繊細だけど脆(もろ)いところがあるのです。

たぶんみなさんもそうだと思います。

脆いと自分の本心から離れてしまうのです。

離れてもいいのだけどすぐに本心に戻ることが大切なのです。

なぜなら自分の発しているエネルギーが滞ってくるから

自分の心と身体を痛めるのです。

だからやさしさにはもっと磨きをかけて目の前に現れた現象、出来事に振り回されないようにするのです。

目の前に現れた現象、出来事はすべて消えてゆく姿、消えてゆけば必ず善くなる。

いくら長い雨でもいつかは止むんだ。


そう心に刻んで

いかなる場合にも平気で生きている自分になりたいと思っています。

なんだか自分への決意表明みたいですね
 わーい(嬉しい顔)

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