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2009年1月30日 (金)

私の先生のお言葉

     
私の気功の先生は 于 寿明(う としあき)先生とおっしゃるのですが、もう十年程、お世話になっています。

気功を日本に初めて伝えた人です。

心に響くお言葉はたくさんかけて戴いたのですが無限次元へのいざないという本の中で于先生のお言葉というページがあります。

心に響きます。

ご紹介します。


・ 明るく、笑顔で、優しい言葉、礼儀正しく、謙虚で思いやりを。

・ ふんわり、ゆったり、やわらかく。

・ 穏やかな、静かな心は美しい知恵の宝石です。

・ 爽やかで、明るいということが一番

・ 子供は20歳までの預かりもの

・ 身体をほぐすより、心をほぐす。

・ 祈り、印で無条件に癒される。

・ 隠徳を積むことに最適なのが、印を組み、祈ることです。

・ 自然体で生きる。

・ 自分のすることに責任を持つ。

・ 自分の置かれた環境で精一杯頑張る。

・ 自分の響きを素晴らしくするという目的意識

・ 自分に抑圧をかけない。

・ 何事にもとらわれない。

・ 魂が進化することを一番に考え、祈っていくとすべてうまくいく。

・ 仕事を通して、いろいろな人に出会い、喜び、悲しみに出会い、人として磨かれていく。

・ 人に好かれることを考えるより、人を好きになる。

 


                   つづく





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



 

なにをしてもいい、ただ・・・・・

    
「なにをしてもいいのです、人に迷惑をかけなければ」

これはW先生に言って戴いたお言葉だったのですが、そのときすごく心が軽くなりました。

私たちは何かをしたいと思っても、自己限定したり、人がどう思うかを考えたり、先のことを考えて取り越し苦労をしたりしてなかなかしたいことをしていません。

こんなんじゃ楽しくないですよね げっそり

アクセルを踏むよりもブレーキをかけることが多過ぎるのです。

自分だけでなく、人に対しても子供たちに対してもそうです。

やめとけ、無理だよ、失敗したらどうするんだ・・・・・

マイナスのことばかりです。

これでは生命(いのち)が活き活きしない


「なにをしてもいいのです、人に迷惑をかけなければ」


これだったらブレーキになることは一つだけです。

人間はたくさん経験した方がいいのです。

失敗してもいいのです。

そう思ったら、すごく気が楽になるでしょ わーい(嬉しい顔)


  

本当の美しい人?

    
ほんとうの美人とは、人から

「あなたは美しいですね」 と言われたりしたことに対して心が動かない、とらわれない人のことだ。

と聞いたことがあります。

自分のことを美しいとか思ってもみない人なのです。

美しいと言われても、つんとすましているわけでもなく、有頂天になるわけでもなく、ただニコニコと笑っているだけで、その言葉にとらわれない人って素晴らしいと思います わーい(嬉しい顔)

凛(りん)とした美しさというのかな?

今、コマーシャルで

「外面ばかり磨いていないで中身を磨け」 って言ってるけど、笑ってしまいました。

一生懸命に生きている人って、たぶん、そんな上っ面のことなんて気にしていないんでしょうね。

私たちは、自分の内面を見るよりも、自分を見ている人の目を気にしています。

美しいと見られたい、良い人だと思われたい、仕事ができると思われたい、素晴らしいと褒められたい、頭がいいと思われたい、すごいと言われたい

でも、人間の五感(見る、聞く、かぐ、味わう、触れる)を喜ばすものは、自分の本心から遠ざけるものばかりです。

老子は五感の穴をふさがないと自分の心の中には入っていけない、本当のことはわからない、と説きました。

すごく核心をついた真理の言葉だと思います。

美しいと言われようと、醜いと言われようと、素晴らしいと言われようと、くだらないと言われようと、バカだと思われようと自分のことをわかってもらえなくても、どんなことがあっても

ちっとも気持ちが動じない

そんな不動心の心がきっと 美しい心  なんでしょうね ぴかぴか(新しい)


 

 

2009年1月29日 (木)

知能と知性

   
知能と知性についてある人が書いた文章です。

興味深かったので抜粋しますね ペン



「答えのある問いに素早く答えられる能力を知能といい、答えのない問いを一生かけて問いつづけられる力を知性という」

というお話を伺いました。

私はこの話を聞いてなるほどと思い、自分は知性の高い人間になりたいと思ったのでした。

私たちは知能を高めるために学校に行き、勉強をし、この世の仕組み、常識などを学びつづけます。

でも、生きていく上で本当に大切なことは、答えのある問いに素早く答える能力である知能ではなく、答えのない問いをずっと問いつづけられる知性だと思うのです。

自分が生まれてきた意味、自分の存在について理解し、果たして自分はそこに向かって歩みつづけているのかということを一生かけて、自分自身に問いつづけることの出来る力をしっかり持つことなのだと思うのです・・・・・・・・・


文章はこの後も続いていくのですが、この後は人の考えでなく自分だけの世界だと思うのです。

これから自分が進化するのか?

今のままなのか?

知能だけで生きていくのか?

それを選ぶのは個人の自由なのです。

例えば、大学に入るには知能で入れます。

就職したり、生活していくのでも知能があればなんとか生きてはいけるのです。

でも、自分を向上させようとしたら目にみえない、深いところに入っていかないと迷ってばかりいるのです。


迷いながらでも誤魔化しながらでもなんとかやってはいけます。

それはほとんどの人がそうしているから

たくさんの人が上辺だけで生きているからです。

そんなことよりもまずお金だ、生活だ、世間体だ、人に勝つことだ・・・・・

でも心の奥底ではそうではない、何かが違うという魂の叫びがあるんですよね。

その声に素直に耳を傾けるのか?

無視をし続けるのかは本人の自由なのです。

天は人間に自由を与えています。

どうしょうと人間の自由なのです。

だから人はどうでもいいのです。

自分さえ突き進んでいけばいいのです  パンチ





 

2009年1月28日 (水)

日々の指針

   
   
1.人は誰でも自らの気づきなくして、他からのいかなる親切な忠告も禁止も素直に受け入れることは出来ない。




私が毎月、購読している小冊子に書いてある文章なのですが、この一節が私には響きました。

親というものは子どもに幸せになって欲しい、大切なことに気づいて欲しい、辛い人生を送って欲しくないという願望を持つのですが、その願望は届かないのです。

いくらいい本を薦めても、答えやヒントを言おうとも自らが気づかないと何の意味もないのです。

だから人のこと(子どもも含めて)は、気にしないで、そこにエネルギーを注ぐことは止めて、自分が立派になることだけに集中すればいいのです。

人はその真剣なエネルギーに触れて変わっていくのです。

この文章にはそれが書かれているのです。

いつもだったらそんなに気を止めることもなかっただろうけどそこに気づいたのです。

なる程、このことも人に言われて気づくようなことではないですよね happy01



 


 

ガス抜き

   
私の父は76歳、母74歳、お陰さまで今だ健在です。
 
病気もせず、わがままをいうわけでもなく
 
父はこの歳で、近くの公共施設の駐車場の管理の仕事に行っており老けこむのを防いでいるようです。

妻と時々
 
「ありがたいなぁ」と言っています。
 
父は昔は気難しく短気で、母は精神的に辛かった時期がありました。
 
今はその反動で母が父を叱責しています。
 
日常生活で細かいことに注意してストレスを発散させているのです。
 
父は昔短気だったことを反省していて昔とは逆に耐えているようなのです。
 
母は自分のストレスと昔の溜まった想いを父にぶつけているのですが
 
今度はぶつけられている父が大丈夫なのか?
 
少し心配なのです。

相手のストレスをぶつけられるとそのエネルギーは蓄積されるのです。

母が楽になった分だけ、父がその荷物を受け取るのです。

父が妻に言っていたそうです。

「息子(私のこと)と旅行にでも行きたい」

母とは一緒に行きたくないそうです(笑)

妻は何かを察知して私に言いました。

「義父さん、そうとう溜まってるみたいよ、旅行にでも付き合って話を聴いてあげたら」

そして父に電話しました。

父は喜んでいました。

想いを溜めるとエネルギーが重たくなるのです。

しんどくなるのです。

想いは重いのです。

話を聴くと確かにこちらがしんどくなります。

聴くとは気(エネルギー)が来るという意味なのです。

でもエネルギーの流し方がわかっているので、私は大丈夫なのです。

 
これも親孝行かな?

なんて思います。

物をプレゼントするよりも美味しいものを食べに連れていくよりもエネルギーがスッキリして爽やかになることの方がずっと大切なことです。

気功をやってきてよかったなぁ、ありがたいなぁと思います。

みなさんも人と話をした後は祈って想い(重い)を流して、軽くしてくださいねわーい(嬉しい顔)



 
エネルギーが流れてスッキリする祈り言葉
 


世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




 

どうしたらいいのか?わからないときは・・・

    
どうしたらいいのか?わからないときってありますよね。

そんなときに

「あなたの好きなようにしたらいいのです」

と言われたら

「そうか嫌なことや辛いことはせずに自分のしたいようにしたらいいんだ」

と自分の気持ちが楽になるように持っていけばいいんだと気づいたのです。

迷っているときとは、実は自分の気持ちは決まっているのに

相手の人に対しての体裁とか、自分のプライドとか、損得とか、相手がどう思うのか?とかどうでもいいことに惑わされていることが多いのです。

こうしたいなぁでもあの人はどう思うかなぁ

あの人が満足してくれても自分は嫌だなぁ

よし、このあたりで手を打つか・・・・・

でもやっぱりスッキリしないなぁ

迷っているときとは自分の考えと相手がどう考えているのか?という推測のどうどうめぐりなのです。

こっちを通せばあちらが立たないような気がする、あちらを立てれば、こちらがすっきりせず

いくら考えても結論は出ません。

でも自分の心の中ではどうしたいのか?は決まっているのです。

だけど踏ん切りがつかないのです。

そんなときに

「あなたの好きなようにしたらいいのです」

と言われると

ほっとします、気持ちが楽になります。

無理をして自分の気持ちに逆らったことをしても必ず途中で嫌になる。

だったら最初から好きなようにしたらいいのにね(笑)

どうしたらいいのか?迷ったときは

自分に正直に素直に

スッキリする方が正解なのです。
 

でも相手の人にはごめんなさいを忘れないようにしましょう。

素直に謝ったらきっと快く

許してくれますよ わーい(嬉しい顔)


 

2009年1月25日 (日)

好きなことを仕事にした人

    
好きなことが仕事になるということを書いていたら

妻がイギリスのオペラ歌手になった人のことを話していました。

YouTubeでその人のことを見つけました。

よかったら見てみてください。

きっと実感が湧いて来ますよ 
わーい(嬉しい顔) 


http://jp.youtube.com/watch?v=DcZcFssyJ-4&feature=related



 

好きなことが仕事になる

   
今の若い人は将来何を職業にしていけばいいのか?

どんな仕事だったら生活をしていけるのか?

全然、先が読めない世の中になっています。

年頃の子どもさんをお持ちのお父さんお母さんはアドバイスのしようがないですよね。

今程、希望を持って生きていくことが難しい時代はないと思います。

ところが、これからアセンション(次元上昇)をするということは、自分の一番すぐれた能力を活かして生きていけるということなのです。

天から与えられた才能、つまりみんながそれぞれ天才になってその道のエキスパートになる。

天才になるとは、自分だけではなく、人をも幸せにする才能を開花させるということです。

ピアノが好きで好きでしかたがないけど今はほんの一部の人しか食べていけていない

自分には無理かもしれない

夢は夢で置いといて、仕事は別に考えよう

が無くなるのです。

それはお金というものが無くなる、お金で生活しなくてよくなる

という次元になるということもそうなんですが、自分の本心と向き合う、自分の潜在的に存在している無限の能力がどんどん開発されるようになるということなのです。

そうなれば、仕事や食べていくことは自然についてきます。

だから自分の一番したいこと、好きなこと、本心が喜ぶことを躊躇(ちゅうちょ)せずにしていけばいいのです。

なんて素敵な時代になるのでしょう わーい(嬉しい顔)

ワクワクしますよね♪

だから専門学校や一つのことを集中して教えてくれる学校や場所?が重要になってくるのです。

でもそこは自分が才能を開花させるための通過点でしかなく、ヒントやアドバイスを受けるサブであることを忘れてはいけません。

そこに行ったから才能が開花するとか、食べていけるようになる

のではないのです。

そこにいくと自分の夢が早く効率よく実現出来るから行くのです。

それは大学にいくための予備校や資格を取るための学校と同じです。

大学へいくこと、食べていくために資格を取ることを目的にしては本当の才能は開花されないのです。

天から与えられた才能を開花させることは、自分の天命をまっとうさせることなのです。

なぜなら、天命をまっとうさせることは自分が光輝くということです。

光輝くと他の人やすべてのものに光を与えます。

すると周りのものが同じように光ってくる。

それが星であり、自分の本来の姿なのです。

これから人間は光輝く星(存在)になっていくのです ぴかぴか(新しい)

 


光輝く存在になる祈り言霊


世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます


無限なる能力

無限なる可能性

無限なる調和

 
     

気功サロンのお知らせ

    
気功サロンにいらっしゃいませんか♪


私ももちろん行きますが、他にも女性の素晴らしい講師の人がいますよ


きっとその場は、居心地のいい、何かなつかしい雰囲気がすると思います。

これからどういう気持ちで厳しくなる世の中を乗り切っていったらいいのか?

自分をどうコントロールしていったらいいのか?

本心と繋がる、宇宙と一体となるにはどうしたらいいのか?

そのメソッド(方法)をお伝えします。

みなさんにお会いできるのを楽しみにしています♪

ブログからサロンに来られて、調和波動気功のセミナーに参加されて気功のレッスンを受けている人がおられます。
 

うれしいかぎりです (●^o^●)
 


日時: 1月31日(土)13時30分~19時
    

    2月26日(木)13時30分~19時
         
この時間帯の間のお好きな時間にお越し下さいね。
出入り自由ですので、
いつ来ていつ帰っていただいても結構です!
 

場所:浪速区民センター 第4会議室
大阪市浪速区稲荷2丁目4-3
電話 06-6568-2171
地下鉄千日前線桜川駅より徒歩3分
 

http://osakacommunity.jp/naniwa/index.html
 

参加費:500円

気功ってどんなものかな?と思っても、
なかなかレッスンにくるのは敷居が高い、
という方、是非気功サロンにお越し下さい
オリエンタルウインドの講師がわかりやすくご説明いたしますよ
お茶とお菓子もご用意していますので、
雑談しに遊びがてらお越しくださるのも大歓迎!
楽しく、和気あいあいとご一緒に過ごしませんか (●^o^●)



参加を希望の人は私に連絡をください♪

携帯 080-1444-0018

 気功教室オリエンタルウインド (気功のことがわかりますよ)

http://orientalwind.info/



 

2009年1月24日 (土)

今年の指針

 
   
元旦に決意はあれど・・・・

人は誰でも毎年新しい年の初めになると、今年こそはこれをしたい、あれもしたい、という計画を立てる。

けれどもその一年間をふり返ってみると、たいていの人はいわゆる計画倒れに終わってしまう。

何故かというと、それは、あまりにも一度にたくさん計画がありすぎて、一度に欲張ってたくさんしようとするからである。

また一般の人たちは、精神面の指針を立てるよりも、目先の事柄をまず先に考えるのである。

例えば、今年こそは元気で働こう、今年こそはお金をためよう、事業を拡張しよう、今年こそは大学に入ろう、今年こそは美しくやせよう、といった具合に、精神面を磨こうとする内的欲求よりは、何々をしたいという外面的な感情想念を満足させる方向に片寄ってしまうのである。

内面を掘り下げる「今年の指針」

私が考え出した「今年の指針」というのは、いわゆる感情想念の欲望を満足させるようなものではなく、あくまでも内面的な精神面の方向をぐっと掘り下げているわけである。

人間はやはり精神がしっかりと磨きあげられ、鍛えられていないと、いくら指針の計画を立てたとしても、必ずそれを実行し、やりとげられるだけの能力が伴わないのである。

精神面が薄弱な上に、たくさんの計画を立てても、やはり毎年毎年繰り返して同じような失敗を重ねてしまうのである。

人間は動物と違って、喜怒哀楽という感情想念がつねにつきまとっているので、その感情想念を超えない限り、いつも苦しむのは自分自身なのである。

あれもしなければ、これもしなければと、毎年すばらしい計画を立てても、その途中で、己れの感情想念の欲望を満足させてくれるような誘惑に出逢うと、それに対抗することも出来ず、すべてを忘れ横道にそれてしまい、大きな希望にみちあふれて立てた新年の指針はどこか遠い世界にいってしまうのである。

そして少しの進歩もなく年を経てゆくのである。

その結果、夢が果たせなかった、実行が伴わなかった、といつも後悔の念ばかりが後に残って、意思が弱い、忍耐力がない劣等感ばかりが強く尾をひくのである。

果ては、新年の指針どころか、業をつんでいるようなものである。

次第に自己限定をしてしまい、自分は何をしても出来ない、意思の弱い、だらしのない人間だと思い込んでしまうので、何をしても駄目な人間になってしまうのである。


すぐれたおみくじ方式

そこで私は、新年の初めに、いわゆるおみくじ方式を用いて、毎年新年の指針を書き続けているのである。

皆さんは今年自分のやるべきこと、もしくは改めなければならぬことなど、今年一年なすべきことをすべて神様にお任せして、守護神にお祈りしながらおみくじを一つ引くわけである。

そこには必ず自分のことに関して必要な事柄が書かれている。

だから頭の中で、ああもしよう、こうもしようとひねくり返さず、素直におみくじの内容に従って、この一年全力を尽くして生きればよいのである。

守護神様は、一生の運命の中で、果たさなければならないことを、あらゆる手練手管を使って果たさせ、魂の修行をさせて下さるのである。

病気を通して、貧乏を通して、事業の失敗を通して等、あらゆる事柄を通して、精神を鍛えあげる魂の修行をさせて下さるのである。

私たちの一生において現われてくる、苦しみ悲しみ喜び、幸、不幸など意味のないものは一切ない。

すべてが何んらかの姿、形を通して、私たちに何かを学ばせ鍛えてあげようと訴えているのである。

そこで私たちは、不幸をそのまま不幸と見ないで、その奥の守護神様の愛深い意味を察知し、受止めねばならない。

が多くの人々は、その神様の深いみ計(はから)いがわかるどころか、与えられた苦しみや悲しみに振りまわされて、更にその苦しみや悲しみの淵に入りこみ、抜け出ることが出来なくなって、なお一層苦しんでしまうのである。

それでは神様の深い計いが、なんの意味もなくなってしまい、更に業を積んでいってしまうことになる。


精神力を鍛え磨く

一生を通して、どうせ果たさなければならないことならば、喜んでそれを受けられるだけの強いたくましい精神力が必要となってくるのである。

その精神力を鍛え、磨いてゆくことがこの指針でもある。

であるから、年の初めにこの指針をおひきになったら、そこに書いてある事柄を守護霊様のお言葉と解し、一生懸命に励み、実行したならば、必ず素晴らしい未来が展開されてゆくのである。


                     
                      西園寺 昌美


2009年1月23日 (金)

パワフルであること

   
わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい!

もう30年以上も前に流行ったコマーシャルのフレーズですが、今もその言葉が耳に残っています。

たくましくとは、パワフルであること、力強いということですよね。

私は、以前、気功の先生に

「あなたはチャネラーです、真理にも素直だけど、業(ごう)にも素直なのです、真理に自分の本心に意識を合わせなさい」

と言って戴いたことがありました。

つまりプラスのところ(波動)にも、マイナスのところにも意識が合ってしまうので、あっちに行ったりこっちに行ったりしているということなのです。

そして相手の人が何を考えているのか?がわかってしまうのでそれにとらわれて、振り回されてしまうので、それはもう、大変でした(笑)

私は去年の暮、毎日接している人の怒りの感情が凄まじいのでフラフラになっていました。

冷静でいようとするのですがエネルギーを受けてしまうのです。

怒りの感情が飛び火して私も怒るのではなく、怒っている人を前にしてどう対処したらいいのか?がわからなくなるのです。

こちらが冷静であっても相手の人は腹が立つようです(笑)

怒りが収まって、収拾がつくまでじっと我慢しているのが辛い、その場から逃げ出したくなるのが正直なところです。

そのエネルギー(マイナスの)を受けたくないのです。

年初めの気功のセミナーで私は于先生に質問をしました。

「怒っている人の前でどう対処したらいいのかわかりません」

相当、切羽詰っていたようです。

めったに個人的なことでは質問はしないのですが、どーしてもわからなくてスッキリしたかったのです。

于先生はひとこと

「パワフルになってください」とおっしゃいました。

 

今、その一言を実感しているところですが

自分を守るのはやっぱり自分でしかないのですね

その場その場をなんとか乗り切ってもまた違う試練や課題が訪れる、そのたびに逃げていては苦しみは去っていかない。

なんとかしようとするよりも対策を考えることよりも、相手をどうにかしようとするよりも、どんな状況であっても自分が平気になるくらい強くなったらいいんだ。

それには自分の本心ともっと、もっと強く繋がっていくこと

祈りによってプラスの波動体になっていくことしかないんだ

と気がついたのです。

今、巷では、いじめやリストラがあっていじめる方といじめられる側、リストラをする方とされる側、生活保護を受けずに自立しろと主張する人、相手の立場に立ってもっと優しくするべきだという意見があります。

それぞれの言い分を聴いているとどっちが正しくてどちらが間違いなんてないように思います。

考え方なんて立場が違えば簡単に変わってしまいます。

そんなことよりも自分が強くなる、少々のことがあっても、いや、どんなに辛いことがあっても強く生きていける、そんな精神力があればいいんだ。

人や周りは関係ないんだ!

“わんぱくでもいいたくましく育ってほしい ”は父が息子に託した言葉だったけど

私は自分に “たくましくなるんだ” と宣言したいと思います 手(チョキ)
 
 


自分の本心と繋がる、生命が活き活きする祈り言葉


世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




 
 

2009年1月22日 (木)

とらわれず、かたよらず・・・・・・

    
とらわれず、かたよらず、怒らず、いどまず、逆らわず、しゃべりすぎず、食べすぎず、考えすぎす、責めず、焦らず、卑下せず


調和波動気功法の本の中に載っている言葉なのですが、わたしたちは一日のうちでこの中のいくつかをやってしまっています(笑)

“過ぎたるは及ばざるがごとし” と言われていますが、この上に書いてある11のことはいずれも感情に結びつくことだと思います。

どれも過ぎると感情的になっていきます。

食べ過ぎることも感情や欲求を抑えられないときに起こるのです。

本当の平常心とは、感情を超えたところにあります。

人間の幸せとは、その先にあるのです。

物質的に満たされていても、心が穏やかでなければ真の幸せにはならないのです。

そのためには、自分で毎日を無意識ではなく、意識的に生きることが大切だと思います。

感情的になっていないか?

過ぎていないか?

もし、なっていたらその日のうちに反省して

感情をコントロールして

次の日に持ち越さないようにすることが大切ですよね わーい(嬉しい顔)

 


 調和波動気功法(宇宙天使からの贈り物)于 寿明著 三晃書房


 
    

とらわれず、かたよらず・・・・・・

    
とらわれず、かたよらず、怒らず、いどまず、逆らわず、しゃべりすぎず、食べすぎず、考えすぎす、責めず、焦らず、卑下せず


調和波動気功法の本の中に載っている言葉なのですが、わたしたちは一日のうちでこの中のいくつかをやってしまっています(笑)

“過ぎたるは及ばざるがごとし” と言われていますが、この上に書いてある11のことはいずれも感情に結びつくことだと思います。

どれも過ぎると感情的になっていきます。

食べ過ぎることも感情や欲求を抑えられないときに起こるのです。

本当の平常心とは、感情を超えたところにあります。

人間の幸せとは、その先にあるのです。

物質的に満たされていても、心が穏やかでなければ真の幸せにはならないのです。

そのためには、自分で毎日を無意識ではなく、意識的に生きることが大切だと思います。

感情的になっていないか?

過ぎていないか?

もし、なっていたらその日のうちに反省して

感情をコントロールして

次の日に持ち越さないようにすることが大切ですよね わーい(嬉しい顔)

 


 調和波動気功法(宇宙天使からの贈り物)于 寿明著 三晃書房


 
    

2009年1月21日 (水)

ダンシングクイーン

  
最近昔流行った曲が流れていますが懐かしいのも勿論だけど、やっぱりいい曲はいつ聴いてもいいものだなぁと思います。

魂の響きを感じます。

アバのダンシングクイーン、いい曲ですよね♪

 

http://jp.youtube.com/watch?v=j1O29Q-tlaI



 

新年の指針

 

足ることを知れば悩むことはない

今年はあなたにとって充分にすべてがととのえられてゆく


                新年の指針より



私は毎年、あるところで新年の指針という啓示を受けています。
 
それは一枚ずつ封筒に入っていて開封して読むようになっているのです。

そこには不思議と自分にとっての大切な課題が必ず書いてあるのです。

自分の分と家族の分、そして生徒さんの分を戴いて本人に渡すこともあれば、渡さずに私が持っていてその人の天命と照らし合わせていることもあります。

今日、開封していなかった息子の指針をみてみました。(息子は受け取ることはしません)

そこにこの指針が書いてあったのです。

“足るを知る” 老子のあまりにも有名な言葉ですが

わたしたちはつい忘れていまいがちになります。

わたしたちは天からすべてを与えられているにもかかわらず

あれが足らない、これも足らない、あれが不満だ、まだ満足出来ない、

もっと欲しい・・・・・etc 

期待と欲望を持って生きています。

この感情(勘定)があるかぎり、ととのえられていくことはないですよね。

だって最初からととのえられているのに欲のためにととのえられているのがわからないのですから・・・・

“足るを知る” やっぱり老子は素晴らしいですね わーい(嬉しい顔)

息子への指針だったけど、自分への指針だなぁと思った


瞬間でした わーい(嬉しい顔)



  

2009年1月20日 (火)

私はメッセンジャー

    
私は自分のことをメッセンジャーだと思っているのですが、お伝えしていくことで特に守護霊、守護神のことを知っていただくことが大切だと思っています。

それは他ではあまり詳しく述べていないからです。

守護霊とは先祖の悟った霊であり、霊界におられます。

守護神は、守護霊をも指導している神界(つまり天国)におられる神です。

守護霊は3体、守護神は1体です。

守護霊とはわかりやすく言えば亡くなったおじいさんおばあさんだと思えばいいそうです。

おじいさん、おばあさんは孫がかわいくて守りたくてしかたがないのです。

そして、守るだけではなく、耐えられる程度の試練も与えます。

霊界や神界にいると3次元でこれからどんなことが起こるのか?

とか、どうすれば孫たちの魂にとって一番良いことになるのか?がわかるのです。

そして、一番良い方向へと導いておられるのです。

それは3次元の世界では理解出来ないことなのです。

3次元の肉体人間の親は子どもが試練に立たされているのを黙ってみていられない、不憫でならない、助けずにはいられない(笑)

または、かわいさ余って腹が立ってきて余計な口出しをしたり感情的になったり、試練の邪魔をしてしまいます。

肉体人間は現在の状況だけを見て判断する

「このままでは子どもはダメになってしまう」
「将来取り返しのつかないことになる」
「かわいそうだ」

でも、それは子どものためではなく

それを見ている自分が嫌なのです。

自分が辛いから嫌なのです。

自分の思う通りにならないから腹が立つのです。

そして子どもの自立をさまたげ、ひ弱な人間にしてしまう

親は肉体のこどもを見るのではなく、その背後にいる子どもたちの守護霊、守護神をみればいいのです。

背後の守護霊、神は、3次元の肉体人間のどけだけ立派で素晴らしい指導者や先生方よりも先を見通し、すべてがわかっているのです。

こどもに感情的になりそうになったら、マイナスの言葉を言いそうになったら、不安をぶつけそうになったら、それを守護霊と守護神への感謝に変えて

「子どもの守護霊様ありがとうございます、守護神様ありがとうございます」と唱えればいいのです。

感謝は光なので、光はこどもの守護霊、神に届いて、光と力を得た守護霊、神はこどもたちへのメッセージが届きやすくなったり、直観を与えやすくなるのです。

そして結果的に一番良い方向へ向かうようになる。

表情も明るくなって素直な性質へとなっていきます。(元々そうなのですが)


そして守護霊、神は子どもの前世の誤まった想念(思い、考え)を浄化してくださるので悪いことが起こる前に消えたり、大難を小難にしてくださるのです。

肉体人間の親がどうこうしようとしても子どもは親の言うことは聞かないし、聞いたとしてもそれが良い方法なのか?はわかりません。

苦労させた方がいいのか?いらない試練なのか?判断なんて出来ないのです。

わからないことに頭を巡らせて、悪い結果を予想するよりもすべてをわかっていて一番良い方向に導いてくださる魂の親に全托するのが親にとっても安心出来ることなのです。

そして守護霊、守護神を繋がっていると子どもだけでなく、自分も守ってもらえます。

そんな守ってもらってばかりでどうするんだ!

頼るのは嫌だ!

と思いますか?

でも、守護霊、神はおじいさん、おばあさんでもあるのだけど、自分自身でもあるのです。

自分も何回も輪廻転生、つまり生まれ変わりをしているので、過去世において悟っている自分がいるのです。

だから守護霊、守護神は自分自身でもあるのです。

信じられませんか?

自信とは自分自身の神(守護霊、守護神)を信じることなんですよ。

自分で自分を守るということなんですよ わーい(嬉しい顔)



我即神也

○○さん即神也

人即神也

人類即神也
 


  

千人の人にパンを配るより

   
「千人の人にパンを配るより、ほんの一瞬でいいから冷静でいなさい」

これはイエス・キリストのお言葉なのですが今の時代に最も大切なことなのではないか?と思います。

わたしたちは自分一人くらい感情的になっていてもいい

自分のエネルギーなんてたかが知れている

マイナスのエネルギーを発したとしてもすぐに消える


と思っています。


これがとんでもない間違いなのです。

強い意志は岩をも通すと言われていますが、強いマイナス、感情的なエネルギーも消えずに残っていくのです。

これを業(ごう)、カルマというのです。

これが潜在意識に溜まって時間を経て又、現われてくるのです。

この潜在意識の世界を幽界といいます。

これを消さないかぎり、地球の平和はやってこない。

これを消せるのは私たちを守ってくださっている守護霊、守護神と世界平和の祈りなのです。


これから色んなことが起こって来ます。

不況、リストラ、経済不安、天変地変、個人にも地球上にもやって来ます。

たくさんの人が不安になって感情を乱していきます。

でも、真理がわかっている人は冷静でいることが大切なのです。

3次元的に目に見えることはどうでもいいのです。

なるようにしかならないのです。

その前に冷静にならないと本当の智慧は出て来ない

正しい判断も出来ないのです。

最近、つくづくそう思います。

キリストの時代も冷静でない人がかなり多かったんだと思います。

だから民衆にその言葉を説いた。

自分が冷静さを失いそうになったとき、キリストのお言葉が響いて来ます。


 
「千人の人にパンを配るより、ほんの一瞬でいいから冷静でいなさい」




正しい姿勢

  
私たちの姿勢は知らず知らずのうちに猫背で前屈みになっています。

頭のてっぺんには百会(びゃくえ)と言って宇宙からのエネルギーが入るスポットがあります。

赤ちゃんは寝ているときが多く、エネルギーが入りにくいので少しでも入りやすくするために百会はほとんど全開状態になっています。

だから触ってみるとペコペコですよねわーい(嬉しい顔)

赤ちゃんを高い高いをすると喜ぶのはエネルギーがたくさん入って来るのでうれしいのでしょうね。

天に向かって真っ直ぐに伸びている大樹を見ていると宇宙からのエネルギーを十分に受けていることがわかります。

私たちは前かがみになっているので実にもったいないことをしているのです。

良い姿勢を保つには顎を引いて目線を地面と平行よりも少し上にあげるのがコツです。

そして胸を張るのですが肩はいからず=怒らず、下げてください。

坂本竜馬の写真見たことあります?

胸は張っているけど肩はなで肩でしょ

あれが姿勢が良く、リラックスしている姿です。

そして頭のてっぺんに紐をつけて上から吊るされているのをイメージしてください。

この姿勢を保っていると立っている姿はきっと美しくなりますよぴかぴか(新しい)

そしてもちろん健康になります 指でOK


 

咳を止めるには?

   
先日の 于 先生のレッスンのとき、私が咳をしていると

「上を向いて息を止めなさい」とおっしゃっていただきました。

レッスンの後それをするとその瞬間咳は止まっていました。

上を向くとは次のような意味があります。

● 空からは宇宙のプラスのエネルギーが降って来ているので気持ちが明るくなり元気になる。

● 上を向くと自然と姿勢が良くなり、胸を張った状態になって器官が広がる。

そして息を止めているときとは、霊的な生命エネルギーが一番動いているときなのです。

わたしたちは物事に集中しているときに実は、息を止めているのです。

昨日、大相撲のラジオの放送で解説の人が関取ががっぷり四つに組んでいるときに、初めに息を吐いた方が負けると言っていました。

火事場の馬鹿力も息を止めています。

宇宙と繋がったときは宇宙からの生命エネルギーが入ってくるので呼吸をしなくても大丈夫なのです。

だから、息を吐くと力が抜けるのです。(リラックスするのにはいいのですが)

胸を開いて生命エネルギーの流れる道を広げてそこに宇宙からのエネルギーを息を止めてたくさん流す。

するとそこに滞っていた何か(ストレス、想い、不純物)が新しいエネルギーと共に流れて行ったのだと思います。

咳の種類にもよりますけど、風邪でもない、熱もない、鼻水も出ない、咳だけの症状だったらまずは治ると思います。

それ以外でも

この方法は症状を早く緩和したり治すと思います。

是非、試してみてくださいね わーい(嬉しい顔)



 

2009年1月18日 (日)

直観力

   
直観て正しいと言われていますが、それが直観なのか?

そうでないのか?を判断ができませんよね(笑)

私が指南書にしている本から抜粋してみました。

参考にしてくださいわーい(嬉しい顔)


日常の霊的状態

霊的な正しい判断力をつけるには?

直観力を養うことである。

直観力とは、祈りと感謝、神様を信ずることの中から、初めて得ることができる。

一般的に、フィーリング、すなわち好き、嫌いなどのように、まず心に浮かんだことが直観力であり、地位、金銭関係などがかかわって浮かぶことは、肉体的頭脳による答えにすぎない。

後者は、甘い答えが多く実行しやすいため、そちらの方が良いと思われがちであるが、これはいつかは行き詰まる。

前者は、直観力、神の答えであるから、一時的には困難じ見えることがあるかもしれないが、最終的には自分を活かし、人を活かすことができる。

真理に素直に「ハィ」と言える人は、調和な穏やかな、思いやりのあるやさしい人である。

自分自身が自覚しているか否かにかかわらず、霊性心がすでに備わっている人である。



調和波動気功法(宇宙天使からの贈り物) 

               于 寿明著 三晃書房




 

よく怒られる人は相手の人を癒している

    
今、前の日記を書いていて気づいたのですが、たいした理由もないのに人からよく怒られる人、感情をぶつけられる人、理不尽なことを言われることの多い人はすべてとは言いませんが、その相手の人のマイナスのエネルギーを消しているのです。

自然の中の樹(気)の役割をしているのです。

怒られた方はたまったもんじゃないけど(笑)

その人のどうしようもないストレス、持っていきようもない想いを浄化してあげているのです。

菩薩行ですよね(笑)

だから爆発させたその人は、言った後ですごくスッキリしています。

大切なのは、あなたが枯れた樹(気)にならないことです。

まともに受けてはそのままそのエネルギーをもらってしまう。

有限のマイナスエネルギーを宇宙の無限のプラスのエネルギーに変えましょう♪


世界人類が平和でありますようにぴかぴか(新しい)


無限なるエネルギーぴかぴか(新しい)

無限なる赦し ぴかぴか(新しい)



 

2009年1月17日 (土)

念力では人を救えない

    
手のひらの真ん中よりちょっと左(右手の場合)の少しへこんだあたりに労宮(ろうきゅう)といってエネルギーが出る場所があります。

そこに意識を集中して両手を向かい合わせにして(手を開いて)ぐるぐると手を回していくとエネルギーで出来た玉のようなものが作れるのです。

そのように手にはエネルギーを動かす力があるのです。

手当て、ハンドパワーと言われているのはそういうことです。

人間の身体もエネルギー=気=波動で出来ています。

身体の不調和とはこのエネルギーが滞って川の流れのように水がサラサラと流れていない状態なのです。

考え過ぎたり、何かのことで思い悩んだりするとこのエネルギーが滞ってくるのです。

病気とは気=エネルギーが病んだ状態なのです。

そこで手のパワーを使ってエネルギーを動かそうとしても、それはほんの少し動くだけで、気持ちがその時だけスッキリしたように思うだけで本当に治ったわけではありません。

なぜなら人の力に頼っているから・・・

自分の中の無限の力を使っていないからです。

相手の人を気で治療すると相手の人のエネルギーがそのまま移ってきます。

人をエネルギーで治療するとは命懸けでないと出来ないのです。


エネルギーを相手に病気の治療をしてきた人は念力でしていたので心身ともボロボロになっていました。

そのボロボロのエネルギーをどうしていたかというと自然の中に入って行ってエネルギーが溢れている樹(気)に転写していたそうです。

当然、その樹(気)は枯れてしまう。

人を救ったとしても自然を犠牲にしていては本当のものではないのです。

私たちも自分がストレスを感じたとき、人に向かって発散させているときがあります。

でもそのマイナスのエネルギーは相手の人を痛めているのです。

もう、わたしたちはこのようにことをやめなければいけませんよね。

有限ではなく、宇宙の無限のエネルギーと一体となれば身体の中は透き通った水のようにサラサラと流れて行きます。

自分のエネルギーは自分で整えなければ本当の健康にはならないのです。

自立とは?自分の発しているエネルギー=気に責任を持つということです。

そうなって初めて人間は進化出来るのです。



進化、向上するための祈り言葉


世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




 

2009年1月16日 (金)

みにくいアヒルの子

   
私は真実を思うとき、昔ばなしや童話を想い出します。
 
そんな中でみにくいアヒルの子は見事に真実を表しているのです。
 
白鳥の子はアヒルの子供たちと一緒に育てられて自分をアヒルの子だと思っていた。
 
だけど、どこかで自分はそうじゃないという心が潜在意識の中にあった。
 
ある日水面に映る自分の姿を見て、自分が白鳥であることを知った。

これは、今まで自分は肉体だけが自分で心は肉体の身体の中に宿っていて、死ぬと心も肉体と一緒に無くなってしまう。

人間とはかくもはかないものなのだ。

自分はそんな大それたものではない

どれだけ努力しても頑張ってもたかがしれている

どうせ死んだらおしまいだから今をおもしろおかしく好きなように過ごしたらいいんだ

ほとんどの地球の人たちは今の時点ではそう思っています。

でも、それは大きな間違いで人間とは神そのものなのです。

人間とは、すべてのことを創造出来てどんな奇跡でも起こすことが出来るのです。

私はW先生の最後のレッスンで一番大切なことを教えて戴きました。

「努力して頑張って神に近づくのでは無いのです。」

「もともと神である自分を想い出すのです、天に居る本心の自分と繋がって肉体に降ろすだけなのです」

「努力とは神と繋がり続けることを言うのです」

「人間とは、あなたは元々完璧なのです、素晴らしいのです」

私は勇気を与えられ続けました。

アセンションとは神である自分と一体となることなのです。

自分が本当に神そのものであることを識ったならすべての苦しみから解放されます。

病気、死、貧困、リストラ、複雑な人間関係・・・・・・etc

これから色んなことが起こってきます。

そこで人間なんて、自分なんて、どうしようもないダメなものなんだ

と思うのと

人間は神そのものなのだ

神である自分を想い出し、繋がって天から降りてくればいいんだ。

と思うのはそれこそ、雲泥万里の違いです。

祈っていると神である自分を想い出すことが出来ます。

たくさんの人が想い出すと真理に目覚めると、そこにたくさんのキリストやお釈迦様の魂が現れるのです。

そうして地球は進化した☆へと成長して行くのです。



我即神也

人類即神也


世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




 

2009年1月15日 (木)

丹田奥深く光輝け!

      
丹田(たんでん)とは上丹田、中丹田、下丹田と身体の中に3つあります。
 
どれも宇宙と繋がっています。
 
上丹田はまゆげとまゆげの間、中丹田とは胸のあたり、下丹田はへその下3.5センチのところにあります。


調和波動気功では下丹田を基本としています。

一番気が治まりやすいからです。

天から流れて来た縦の気=エネルギー=↓ は下丹田から横→に流れていきます。

そこで交差して+(プラス)のエネルギーに変わるのです。

このことを3次元では奇跡と言います。

物質化されるのです。

でもね、下丹田にエネルギーが流れても自分が何とかしようという自分というものがあったらそこにはプラスのエネルギー、宇宙からのエネルギーは流れないのです。

天から入った縦のエネルギーは、いったん下丹田の奥深く後ろへ入って→それから前へ←出て行くのです。

↓は→奥へ入ってから←前に流れる。

そこで創めてプラスになるのです。

目にみえない宇宙のエネルギーは、自分が謙虚になって自分という“我”を無くして 無(む) になり、 空(くう)になって奥にひっこんでから働くのです。

今、大相撲をやっています。

本来力のある人が勝てない

自分が勝とう勝ちたいという気、力みがあったら肉体の力しか出てこない、自分の中にある無限のエネルギーは出てこないのです。

力を抜いて、自分を無くして、自分の中の神の力を信じて、謙虚になって初めて、本当の自然体になるのです。

肉体人間の自分を出すのではなく、その奥にある霊的な本当の自分を出していくには気を沈めて、気持ち=心を下丹田の奥深くに入っていく・・・

それが本来の自分を現す真実のメソッド(方法)なのです。


難しいですよね わーい(嬉しい顔)

でも、真理とは、すごくシンプルなんですよ わーい(嬉しい顔)


自分という我を無くして宇宙と本心と一体となる祈り言霊が世界平和の祈りなのです。

 


世界人類が平和でありますようにぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




 

私のしている気功とは?

    
天気、元気、陽気、気持ち、やる気・・・・

この目に見えない気ってなんだと思います?

日本語の「気を付けて」は英語で「Good bye」=「God by you」であり、スペイン語で「Adio’s 」の dio’s は神の意味である。


「気」とは神の意味である。

                  「無限なる癒し」う寿明著より

気とは神様のことであり、功は働き

気功とは神様の働きなのです。

気のことを深く知れば知るほど色んなことがわかってきます。

目に見えることもみえないことも・・・・






波動気功(調和波動気功法)とは、中国古来より今日まで伝えられている二千数種類ともいわれている気功の一つであり、また、その範囲をこえたものであります。
 
非常に奥の深いものであり、また一方、誰にでも出来る簡単なものでもあります。
 
この気功は独自の呼吸法・リラックス法・イマジネーションによって自己の気と天地の気を共鳴させ 「和」 のパワーを引き出します。
 
言葉をかえれば自己と宇宙の調和、自己と他の調和、すべての調和です。
 
病気になる一番の原因は、自分を責める、卑下する、あせること、マイナスの精神波動を出すことなのです。
 
人間は、宇宙からの生命エネルギーによって生かされているのですが、
 
マイナスの精神波動を出すことにより気の流れが、とどこおってまいります。
 
そうしますと、そこに不調和が引き起こされ病気のような状態となって現われてくるのです。
 
 「病は気から」 と申しますが、その通り気のもので人に頼っているうちはなおりません。
 
病気はまず、自分自身の気で治すものです。それが気功であるわけです。
 
ですから、私たちは、いつも明るいプラスの精神波動を出すことが最も大切な事であるということを認識しなければいけません。
 
常に気を流し、明るい波動を出し続け、物事に感謝していくという心がけが大事なわけです。
 
そうしますと、人間に本来、備わっている自然治癒力が高まり、回復が早くなってゆくのです。
 
私共では、簡単で、どこでも、誰にでもでき、そして知らず知らずのうちに確実に効果が出てくる方法を指導致します。





 

気功サロンのお知らせ!

  
   
気功サロンにいらっしゃいませんか♪


私ももちろん行きますが、他にも女性の素晴らしい講師の人がいますよ


きっとその場は、居心地のいい、何かなつかしい雰囲気がすると思います。


みなさんにお会いできるのを楽しみにしています♪

ブログからサロンに来られて、調和波動気功のセミナーに参加されて気功のレッスンを受けている人がおられます。

うれしいかぎりです (●^o^●)
 


日時: 1月31日(土)13時30分~19時
    

    2月26日(木)13時30分~19時
         
この時間帯の間のお好きな時間にお越し下さいね。
出入り自由ですので、
いつ来ていつ帰っていただいても結構です!
 

場所:浪速区民センター 第4会議室
大阪市浪速区稲荷2丁目4-3
電話 06-6568-2171
地下鉄千日前線桜川駅より徒歩3分
 


http://osakacommunity.jp/naniwa/index.html
 

参加費:500円

気功ってどんなものかな?と思っても、
なかなかレッスンにくるのは敷居が高い、
という方、是非気功サロンにお越し下さい
オリエンタルウインドの講師がわかりやすくご説明いたしますよ
お茶とお菓子もご用意していますので、
雑談しに遊びがてらお越しくださるのも大歓迎!
楽しく、和気あいあいとご一緒に過ごしませんか (●^o^●)




参加を希望の人は私にメッセージをください♪


 気功教室オリエンタルウインド (下のアドレスにクリックすると気功のことがわかりますよ)


http://orientalwind.info/




  






 

2009年1月14日 (水)

子どもには素晴らしい守護霊、神がついている

  
私たちは自分一人で生きている、孤独だと思うときがありますが、実は守護霊様が3人、守護神様が一人は必ず私たちについてくださっているのです。

守護霊、守護神様とは悟った人たちなので、キリストやお釈迦様がピッタリと寄り添って守ってくださってくれていると思っていいのです。

子どもたちにも当然守護霊、神様がついてくださっています。

守護霊、神様は子どもたちの魂の成長に一番いい状況をつくってくださっている。

目先のことではなく、ずっと先を見て“今”の状況にしておられるのです。

“今”子どもは悩んでいるかもしれない

登校拒否で周りの人と馴染んでいないかもしれない

やる気を失って怠惰になっているかもしれない

自分の進むべき道を探しているかもしれない

そんな姿を見ると親は不安になって、将来を想像して子どもを信頼、信用出来なくなる。

すると子どもは、親が不安になった通りになってしまいます。

肉体人間では確かに子どもの親であるけれども、心の魂の親とは守護霊、守護神様なのです。

だから、

「子どもたちの守護霊様、守護神様よろしくお願いします」

と心の中で祈っていれば、一番いい方法でいい形にしてくださるのです。

わたしたちはつい目に見えることだけで判断し、焦ってしまいます。

この世は目に見える3次元と見えない4次元~多次元で出来ています。

だから両方のバランスが大切なのです。

目に見えるものは、目に見えないものから出来ている。

それがわかったとき不動の心になれるのです。

守護霊、守護神様は見えない世界をつかさどってくださっているのです。
 



世界人類が平和でありますようにぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



  
 

一芸に秀でる

  
専門学校の時代になるとは、一つのことに集中してするとそこは真理に繋がっているのです。

真理とは自分の本心のことです。

真理とは宇宙のことです。

特別に意識をしていなくても物事に集中して “無” の心境になるとインスピレーション、直観が湧いてくるのです。

そこは肉体を超えた霊界であったり、神界(天国)に居る自分と繋がったことになるのです。

だからお釈迦様は肉体感覚を超えて “空” になれと説いた。

この場合の 無と空は ほぼ同じ意味です。

意識を分散させて色んなことを広く浅く識るよりも何か一つのものに深く強く集中する。

すると本当の世界と繋がって、そこからすべてのことが見えてくるのです。

波動が細かくなってくると少しの集中でも本心と宇宙と繋がりやすくなってくる。

これからはそういう時代に入って行きます。

だから専門の学校が重要な意味を持ってくるのです。

昔から、「一芸に秀でる者は多芸に通ず」と言いますが、そのことが実感出来る時代になっていくのです。


自分はどんなことだったら集中して無であり空の心境になれるのか?


そこからこれから自分のすること(仕事でも趣味でも)を探していくのもいいかもしれませんね わーい(嬉しい顔)



 

2009年1月13日 (火)

これからは専門学校の時代だそうです。

    
息子は今、東京の大学を目指して浪人生活を送っているのですが、どうも見ていると身が入っていないようです(笑)

普通の親だったら「勉強しろ!」の一言も言うのだろうけど

私は息子に「勉強をしなさい」と言ったことが無いのです。

だって今の学校がしている勉強って面白くないでしょ(笑)

中学の時も、息子は「塾に行かせてほしい」と言って来ましたが、

「勉強は自分でやるもんだ、行かなくてもいい」とつっぱねていました。

息子は塾に行く為に必死でその理由を探していました。

「お父さん、僕、好きな野球を続けたいんだ、でも今のままだったら勉強も野球も中途半端になってしまう、塾に行ったら勉強のコツを教えてくれるのでどっちも両立出来ると思うんだ、お願いだから行かせて!」

そのとき、言っていることが納得出来たので行かせることにしました。

息子の成績はうなぎのぼりに伸びて志望高校に合格しました。

その時は一生懸命にする動機付けがあったのです。

浪人するときも

「大学に入ることが目的になったら勉強が苦痛になるよ、その先に何をするか?を目標にしないとモチベーションは続かないから」

と言いました。

息子は東京の有名大学に行くことがステータスだと思ったようです。

そしてそれを目標としていました。

でもそれでは弱いのです。

目標がしっかり出来ていないと息子は特に頑張れない性格なのです。

于先生は

「これからは大学ではなく、専門学校が大切な役割をするようになります」

とおっしゃいました。

私もそう思います。

専門学校もただなんとなく行くのではなく

自分の長所を伸ばす、好きなことをとことんするという意味です。

息子は音楽が好きでピアノをしたいと言っていました。

小さい頃習っていたのですがもう一度やりたいそうです。

それもいいんじゃないかと思います。

私は何かをプロデュースすることに向いている

息子の良さが活かせると思っています。

でも息子は大学にこだわっている。

「そんなに無理して勉強しなくていいんだよ」

「これからはいい大学を出てるなんてたいした意味は無くなるんだよ」

「どこの大学でもいいんだよ」

と言いたいのですが

言うタイミングが難しいなぁと思っています。

息子は息子なりに考えているのだろうなぁって思ったら

思いつきのように簡単には言えない。

こんなとき心の中で思うのは

「息子の天命がまっとうされますように」

なのです。

何をしてもいい

息子の生命が活き活きするようなことが出来たらいいと思っています。

やっぱり私も親バカですよね(笑)



 

2009年1月 7日 (水)

子どもは親の言ったことはしないが・・・

  
「子どもは親の言ったことはしないが、親がすることはする」

うわっすごい含蓄のある言葉ですよね(笑)

子どもはだいたい物心をつくころになると生意気になって親の言うことを聞かなくなります。

ほとんど親の言うことなんて聞いていない。

ほんと、頭に来ます ぷっくっくな顔

でも自分もその年頃(18~19歳)の時は親の言うことなんて聞いていなかったですよね(笑)

私の息子は今、人生の岐路に立っています。

アドバイスしたいのだけど、すごくナーバス(神経質)になっているのでタイミングを見て私なりの意見を言ってみようと思っています。

于先生にどのタイミングで話したらいいのでしょうか?

とお聴きしたら

「あなたがスッキリして穏やかな気持ちの時に話したらいいですよ

感情的になっている時に話したらダメです」

と言って戴きました。

子どもは親の言うことか聞かない、でもどうしても言っておきたいことがあったら自分がスッキリ穏やかな気持ちの時に話す。

これは子どもに対してだけでなく、誰に対してもそうだよなぁと思いました。




  

2009年1月 6日 (火)

頭で想うこと、心で思うことは違うのです。

  
頭で想うこと、心で思うこと

実はこれが全然違うのです。

ほとんどの人は頭に浮かんだことを口に出して話ています。

ところが頭はたくさんの人の想い(集合意識)やマイナスの想念が容赦なく入ってくるところ

なのです。

だから集合意識が感情的なものが多ければ、自分もつい腹が立ってしまうのです。

頭で色んなことを想ったり、考え過ぎたら、集合意識に波長が合ってマイナスをつかんだ

り、以前頭に来たことなんかを想い出して又、感情的になったりすることがあります。

この場合の想いとは相手の心と書きます。

つまり自分の本心から出た思いではないのです。

人間のほとんどの人は想いで話しています。 (だから想いは重いのです)

であるのなら、みんな同じことを想っているのか?(集合意識)というとそうではなく

想いの中には前世で自分が想っていたことが録音されていて、再生されて時を経て出てく

るのです。

だから今想っていることとは周りの人の想い(影響大)と人類の集合意識、そして自分の過

去の想いです。


次に、心で思うとは周りや集合意識に惑わされない本心のことです。

本心とは神界にある本当の自分の心のことです。

それもずっと奥に入っていかないと本心までは届かない・・・・・。

つまり、自分の今、想っていることはほとんど自分の本心から出た思いや言葉ではないと

判断して間違いないのです。

人間は神である自分(本心)と感情的(動物的)になった自分が入り交ざっているのです。

(動物さんごめんなさい悪い意味ではありません)

人間とは神と動物(感情)の間という意味です。

まさしく、人間は玉石混交(ぎょくせきこんこう)になってしまっているのですね。

玉=神の部分を多く顕している人や石(悪い自分)がほとんどを占めている人がいて、

今の地球はまさしく、玉石混交状態なのです。

自分が玉(神)、本心を顕わして自由自在心(つまり幸せに)で生きようと思うのなら、

頭で考えることを止めて心で考えるようにするのです。

お釈迦様は心の奥に深く入って本心(宇宙)と繋がることを説きました。

私がいつも言っている世界平和の祈りは本心がある宇宙と共鳴して繋がるためなのです。
 



世界人類が平和でありますようにぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




 

自立とは?

   
2009年から2012年にかけて人類は自立に向かいます。

自立とは、経済的な自立、精神的な自立、他にも人や物に頼らなくなることなど色々あると思いますが一番大切な自立ってなんでしょう?

昨日行われた調和波動気功のセミナーである人がう先生に

「自立について教えてください」と質問されました。

先生は

「自立とは自分で自分を癒すこと、穏やかであること」

「自分を癒すことが出来なければ人を癒すことは出来ません」

とおっしゃいました。


人を癒す前に自分を癒す、人を大切にする前に自分を大切にする、人に穏やかになってもらおうと思ったらまず自分が穏やかになる。


「自立とは自分で自分を癒すこと、穏やかであること」



ほんと、その通りだと思います。



 

無であり空であること

  
自分があるからしんどいのです。

自分があるから腹が立つのです。

自分があるから自分で何とかしようとするのです。

自分があるからわがままになるのです。

自分があるから自分を守ろうとするのです。

自分があるから執着があるのです。

自分があるから感情があるのです。

テレビを観ていても周りの人を見ても自分を主張して自分のことしか考えていない人を感じのいい、素敵な人だと思いますか?

感情が無くなったらダメだ

自分というものがなくなったら生きている意味が無いなんていう人がいるけど、言っていることに関して責任を持てるのか?と思います。

わからなかったらわからないでいいと思うのです。

自分がハッキリとわからないのにわかったような顔をして人に対して自分の考えを言うのは人を惑わすことになるのでよっぽど確信がない限りは言うべきではないと思います。

影響力の大きい人は特にそうです。

この世に於いて一番の苦しみは自分というものがあるからです。

私はよく嫌なものを見て嫌悪感を持ったり、人間関係で苦しくなったとき自分が水や空気のようになれたらなぁと思います。

空気はどんな人に対しても嫌な顔一つせず、平等に酸素を与えている。

水はどんなに汚いものにも同化していく

自分を主張して

「そんなところへいくのは嫌だ」と拒絶したら人間は存在することすら出来ない。

自分を無にする空(くう)になるとは、すべてのものと同化する。

自分というものを無くしてすべてのものと溶け合うことだと思います。

自分の中に宇宙がある

自分の中に人がいる

だから他の人もなければ他のものもないのです。

あなたも私もない

宇宙から見ればすべてのものは一つなのです。

元々一つものから分かれた生命なのです。

すべてのものは無であり空から生まれています。

私たちは元々無であり空なのです。

無であり空になるのではなく、

なろうとするのではなく

元々無であり空なんだと思い出すだけでいいのです。

 
宇宙はすごくシンプルなのです。



 


2009年1月 5日 (月)

自分の心を光で一杯にする

    
昔、自分は活躍していた

以前、私はこんなに善いことをしました。

過去を振り返ってその栄光に浸っている人に私は、何の魅力も感じない。

そんなことはどうでもいいこと

大切なのは、今、この瞬間を光明思想で光輝いているか?ぴかぴか(新しい)

なのです。

宇宙のすべてはエネルギーで出来ている。

そして、私たちは光の波動で出来ているのです。

肉体が無くなったら残るのは心、魂です。

その心や魂が光輝いていると自分だけでなく周りの闇を消していきます。

すると自分の悩みも人の悩みもいつの間にか無くなってしまう。

悩みとは闇が波のように来るという意味です。

闇を無くすには光が必要なのです。

頭でどうのこうの考えるよりも自分の心を光で一杯にしたら

問題は、もう解決された も同然なのです。

心が明るかったらベクトルは、天↑に向かっています。

すると天に届いたエネルギーは自分に帰って来ます↓

そのときにどれだけたくさんの━(マイナス)をつかんでいたとしても

天から降りてきた↓で心は十(プラス)に転じるのです。

状況が好転する前に心が先に明るくなるのです。

状況は悪いのになぜか気持ちはスッキリしている

なんだか良くなるような気がする

絶体絶命の状態なのになぜか安心感がある

それでいいのです。わーい(嬉しい顔)

心が明るくなってから3次元は整ってきます。

縦↓(4次元)が先で横 ━(3次元)は後です。

横 ━(3次元)を先に整えようとしてもマイナスは横へ広がるだけです。

まずは自分の心を光で一杯にしましょう ぴかぴか(新しい)


横取りではなく、縦取りをしましょう 指でOK


宇宙と共鳴する光明思想徹底行を唱えましょう♪

どんなに沈んだ心も十回以上唱えるときっと明るく元気になりますよわーい(嬉しい顔)



 

世界人類が平和でありますように

無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和

無限なる光

無限なる力

無限なる叡智(えいち)

無限なるいのち


世界人類が平和でありますように

無限なる幸福(こうふく)

無限なる繁栄

無限なる富(とみ)

無限なる供給

無限なる成功

無限なる能力

無限なる可能性

世界人類が平和でありますように

無限なる健康

無限なる快活(かいかつ)

無限なるいやし

無限なる新鮮

無限なるさわやか

無限なる活力

無限なる希望

世界人類が平和でありますように

無限なる自由

無限なる創造

無限なるひろがり

無限なる大きさ

無限なる発展

無限なるエネルギー

無限なる感謝

世界人類が平和でありますように

無限なる喜び

無限なる美

無限なる若さ

無限なる善(ぜん)

無限なるまこと

無限なるきよらか

無限なる正しさ

世界人類が平和でありますように

無限なる勝利

無限なる勇気

無限なる進歩

無限なる向上

無限なる強さ

無限なる直感

無限なる無邪気


世界人類が平和でありますように

無限なるゆるし

無限なる栄光

無限なる気高さ

無限なる威厳

無限なる恵み

無限なる輝き

無限なる包容力




 

2009年1月 2日 (金)

守護霊、守護神について

   
世界平和の祈りで守護霊様、守護神様ありがとうございます。
 
とありますが守護霊、守護神についてはピンと来ない人が多いと思います。
 
実はこの守護霊、守護神こそ、宗教においても政(まつりごと)においても隠蔽されてきたことなのです。
 
守護霊とは私たちの悟った先祖のことです。
 
例えば今生で自分の子どもたちを残してこの世を去ることになったおかあさんがいるとします。
 
子どもたちはまだ幼い。
 
死ぬに死に切れない
 
しかし死後、幽界へ行き、その後で霊界へと行った
 
そこには自分の悟った先祖がいて子どもたちを四六時中守ってくださっていることを知った。
 
この場合亡くなったおかあさんが魂の位が高い人だったら、こどもたちの守護霊になることもまれにあるそうです。
 
たいがいはおじいさんおばあさんが守ってくださっています。

守護霊、守護神とは先祖の悟ったおじいさん、おばあさんだと思えばわかりやすいと思います。
 
そして、肉体人間は意識を守護霊、守護神に向けているとおじいさんおばあさんは非常に守りやすいのです。
 
わたしたちはインスピレーションで直観でメッセージを受け取っているのです。

危機一髪で助かっているのはすべて守護霊、神のお陰です。

そこと繋がっているともう他の人を頼る必要がないのです。
 
なぜなら、守護霊、守護神は肉体界に生きている誰よりも素晴らしいからです。

守護霊、守護神になれる魂とはそれはそれは大変なことなのです。

私たちには一人の人間に、守護霊が3人、守護神は1人必ず守ってくださっているそうです。
 
霊界、神界にいるので子どもたちにこれから何が起こるのか?

どうすればいいのか?が未来がわかっているのです。

わたしたちは守護霊守護神と一体になることが安心立命になるのです。

しかし、その存在が知れたら、権力を持とうとしている、欲望を持っている政治家、権力者、宗教家は困るのです。

自分を神と思われなければ民衆はついてこないのです。

キリストもお釈迦様も守護霊、守護神のことは説いていました。

しかしそれは、弟子たちによって封印されていたのです。

 

本心がある宇宙と繋がるには守護霊、神のフォローがなければ、協力がなければ繋がることは大変難しいのです。

先が見えない3次元を生きていくことも難しいのです。

だから守護霊、守護神に感謝する祈りを世界平和の中に入れているのです。




世界人類が平和でありますように わーい(嬉しい顔)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



 

宗教とは宇宙を示す教え

    
宗教は世界中にどれくらいあるのでしょうか?
 
そして本物の宗教と偽物の宗教とは?
 
今日は宗教とは何ぞや?を私がわかる範囲で述べていきます。
 
興味のある人は読んでみてください。


 

宗教とは実は宇宙のことを言っているのです。
 
宗教の宗は宇宙を示すこと、その教えという意味だそうです。
 
お釈迦様は仏教の教祖ですが、悟りを開いたのは菩提樹の樹の下で座禅を組んでいるときでした。

何を悟ったかというと明けの明星(金星)を見ていて、自分が過去世において金星にいたことを突如想い出したのです。

金星は地球よりもずっと進化した星で文明だけでなく意識が高い、心が愛、平和で調和のとれている意識レベルの高い星なのです。
 
そして想い出しただけでなく生まれ故郷である金星に意識(心)を合わせると金星での考えがそのまま入ってきた。
 
身体は地球上に居ても意識はとてつもなく高くなったのです。

そして自分が何の為に地球に天下ってきたのかも知ったのです。
 
それは金星での高い意識を意識の低い地球に広めて人類を救っていくということ・・・
 
お釈迦様は弟子にその金星での教えを伝えていったのです。

その教えを伝えるには肉体の頭で理解しようとしてもわかるはずはない。

肉体の意識を超えて気持ちを沈めて、心の奥深く入っていく、宇宙は心の奥に繋がってある。

そのために座禅を組んで 「空」 になることを教えた。

「空」 とは頭を空っぽにして宇宙と一体になること
 
宇宙と繋がることは人間の故郷に戻る、帰ることをいう。

 
肉体の親は両親だが心の親は宇宙にある。
 
宇宙と繋がって、初めて本当の安心、不動心、幸せになれる。

そのためには肉体意識を超えて 空 になり、宇宙意識にならなければならない。
 
そのことを弟子に伝えた。

般若心経はお釈迦様が一番弟子の舎利ほつに教えた高い高い教えであり、そのほかの弟子には理解できなかった。

宇宙意識になって初めて理解できる内容であった。
 
だから今、地球上にいるお坊さんで般若心経を真に理解できている人はほとんどいないと思う。
 
仏教はインドで生まれ、お釈迦様の死後、中国、日本にも入ってきたが、伝わっていくうちに宇宙意識から欲望の強い肉体意識に変化していき、現在の宗教となった。

そして完全に肉体意識になって争いが起こり、宗教戦争になった。
 
水は山から河を流れ、海にいくまでに汚れていく。
 
純粋なものから不浄なものへと変っていく。
 
キリストが幼子のようになりなさい、老子が無為に為せと言ったのはお釈迦様の 「空」 と同じで宇宙の原点に帰りなさい、繋がりなさいという意味だったのです。

宗教の宗(もと)は伝え方は違っても同じことを教えている。
  
人間が安心立命して本当に幸せになるには心の親である宇宙と繋がることしかないのです。

それを教えてくれるのが本当の宗教であり、心が安心しない宗教は偽りの宗教なのです。
 
ただ、宇宙観はうたっていなくてもほっとする、そして安心するものであればその人にとっては良い宗教なのだからそれにこだわることはないと思います。




 

本当の幸せとは?

 
私たちの目の前に現れているものは絶えず変化しています。

今、物質的にも精神的なことにも恵まれていてもずっとその状態が続くことはありません。

自分や家族の健康も、仕事も、恋愛も、人との絆もいい状態とそうでない両方の状態がやって来ます。

いい状況のときはもう下り坂に向かっている、逆に悪い状況のときも長くは続かずやがて晴れる日がやって来ます。


目の前に起こることにとらわれると一喜一憂し、感情に振り回されることになります。

それは自分自身が肉体より他に存在していないと思っているからです。

目に見える世界しか存在しないと思っているからです。

死んで肉体が無くなってしまうと心も魂も無くなってしまう。

肉体界の他にも幽界とか霊界とか神界(天国)があると聴いたことがあるけどその世界がどんなところなのか?本当にあるのか?よくわからない。

だからハッキリわかっている肉体界、目に見える世界だけに意識がある。

でも目に見える世界とは、本当の自分がいる世界ではないのです。

本当の自分は神界に居て、そこから霊界、幽界を通って肉体界に写ってきている、降りてきているのです。

みなさんは2人の自分がいると思うことがありますよね。

マイナスを掴んで不安になって気の小さい情けない自分とその一方で心の奥に安心立命した感情想念に振り回されていない落ち着いた自分がいる。

この2人の自分が交互に出てきてどっちが本当の自分か?

わからなくなっているのです。

肉体にしがみついていては目に見えるものに一喜一憂していては永遠に

幸せになれることはないのです。

氷山の一角(肉体界)のほんの先端しか知らなかったら本当の自分の大きさがわからないのです。

気持ちを落ち着けて心の奥に入っていくとそこは本当の自分が居る本心と宇宙と繋がっているのです。

そこには、安心立命した不動心のどんなことにも微動だにしない悟った自分がいるのです。

そこと繋がらないと永遠の世界と繋がらないと本当の幸せにはなれないのです。


そして本心と繋がる、宇宙と繋がるメソッド(方法)が宇宙神から降ろされた祈りなのです。




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます





武士の武とは?

 
昔のお侍さん、武士は人と争うこと、自分や家族や仲間やお殿様を守るために平気で人を殺していたのか?

歴史やテレビの時代物を見ていると、そう思うことがあります。

昔の武士も気の優しい人は、人殺しを命ぜられてもどうしても出来なかったと思います。

血の気が多くて非情で人の心を持たないの人が武士なのか?

武士の武とは、弋(ほこ=武器のこと)を止めると書きます。

つまり戦いを止める士(人)のことなのだそうです。

柳生十兵衛のお父さんの宗矩(むねのり)は戦いを嫌い、平和を愛したそうです。

今も地球上では、まだ戦争が起こっています。

でも人を愛し平和を望む人の波動が広がっていくと武器を地面に降ろす勇気のある人が出てくるでしょう。

人の心を変えるのは心に響く愛と調和と平和の波動です。

目に見えるもの、見えないもの宇宙はすべて波動、エネルギーで出来ています。




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和




さとりとは?

   
正岡子規は

「さとりとは、いかなる場合にも平気で死ぬことかと思っていたのはまちがいで、さとりとは、いかなる場合にも平気で生きていることであった」 といっている。

全くその通りであって、完全に生をまっとうすることによって、はじめて死をもまっとう出来得るものである。

生を逃避することによって、死への恐怖を拭いさることは不可能である。
 
生への恐怖を乗り越えることによって、死への不安はまったく無くなる。
 
生と死とは別なものではなく
 
全く一つのものである。


                      西園寺昌美


 

  
さとりとは、いかなる場合にも平気で生きていることであった

この文章は以前書いたものですが、新年の冒頭に一番最初に心に浮かんで来ました。

私はこの “いかなる場合にも平気で生きていることであった” の所に強く惹かれます。

私の良いところは気持ちが繊細であること(自分で言うのも変ですが)です。

繊細だけど脆(もろ)いところがあるのです。

たぶんみなさんもそうだと思います。

脆いと自分の本心から離れてしまうのです。

離れてもいいのだけどすぐに本心に戻ることが大切なのです。

なぜなら自分の発しているエネルギーが滞ってくるから

自分の心と身体を痛めるのです。

だからやさしさにはもっと磨きをかけて目の前に現れた現象、出来事に振り回されないようにするのです。

目の前に現れた現象、出来事はすべて消えてゆく姿、消えてゆけば必ず善くなる。

いくら長い雨でもいつかは止むんだ。


そう心に刻んで

いかなる場合にも平気で生きている自分になりたいと思っています。

なんだか自分への決意表明みたいですね
 わーい(嬉しい顔)

明けましておめでとうございます。

    
昨日は、みなさんからのうれしいコメントを戴いて感激しております。

本当にありがとうございますわーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)

人は、色んなものを手に入れて欲しいものが無くなったとき、あるいはすべてのものを失ってなん~にも無くなったとき

最後に求めるものは、 感動することと神秘的なこと なのだそうです。

私が自分のことを “宇宙一幸せなんだ” と自信を持って言える由縁とは、たくさんの感動と神秘的なものをみなさんよりもほんの少しだけ早く与えて戴いたからだと思っています。

2009年は目に見えるものがどんどん消えて行き、その代わりに目に見えない波動やエネルギーがわかっていく時代になります。

お釈迦様のおっしゃった「空即是色」の世界が現れるのです。

本物の時代になってきます。

これからも感動すること、神秘的なことをたくさん書いていきますのでよろしくお願いします。
 



世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

 
  

 

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