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2008年9月 8日 (月)

「今」を生きる

        
少し長いですが、またまたいい文章を発見したので、そのまま抜粋します。

読んでいただけたらうれしいです。




人は一生懸命になれることや、夢中になれることを見つけられたら幸せであると思います。

いくらお金があっても、本当に時間を忘れられるくらい夢中になれることを見つけられなければ、完全に満足することは出来ないかもしれません。

どんなことであっても、本当に好きなことを見つけて、没頭できる人は幸せな人だとつくづく思います。

なぜなら、その人は 「今」 を生きることが出来ているからです。

人間が夢中になっている時は、マイナスなことを考える隙(ひま)がないのです。
 
「今」 を一生懸命生きている人はその瞬間に没頭しているため、退屈な時間や余計な不安や心配事を考える時間がないのです。
 
自分や人を批判し、非難し、自分の人生経験に不平不満を言っている人は、それだけ余った時間やエネルギーがあるのではないでしょうか。
 
生きることに必死であれば、余計なことを考える隙さえないと思うのです。

だからこそ、人間は何か没頭できるものを見つけることが出来たら本当に幸せであると言えるのです。

私が学生の頃、勉強や課題に没頭している時は、目標に向かって必死になっているので無駄なことはあまり考えなかったのですが、そうでない時は、自分の時間やエネルギーを有効に使えていなかったと思うのです。
 
無駄な時間や余計な時間がある時、人はろくなことを考えないものです。
 
惰性や過去の経験を元にマイナスなことばかり考える人が多いと思うのです。

人間は意識していないと、過去の習慣やパターンの思考に陥ってしまい、どうしても否定的なことを思い、悲観的になってしまいがちです。
 
自分が本当に好きで熱中できることに没頭できたらどんなによいことでありましょうか。
 
創造力を豊かに、それを無限に駆使して生きていくことが出来たらどんなに素晴らしいことでしょうか。
 
人より時間に余裕がある人は、その時間を祈りや自分を見つめる時間へと置き換えることが出来たら、どんどん目覚めていくに違いありません。

その時間を神様への感謝、自分の生命への感謝、そして世界平和の祈りの時間へと置き換えることが出来たらどれだけ魂が喜ぶことか分かりません。
 
私たちは本来神の分霊(わけみたま)なのです。

 

我即神也(われそくかみなり)なのです。

ですから、自らの意識と想念を鍛えることによってどんどん目覚め、輝いた姿を示して生きていくことが出来るのです。

それは特別な力を要するものではなく、自らの意識を毎日毎日明るい言葉や意識に置き換え、それが積み重なっていくと、うそのように変わっていくことが出来るのだと思います。

私たちは私たちの想念のみで、自らの運命を変えることが出来るのです。
 
私たちはまさに想念そのものを生きています。
 
私たちはは自らが意識したものを顕しつづけています。
 
私たちは私たちの想念をだまして生きることは出来ません。

自らの意識に基づいて、その世界を生きています。

                      西園寺里香さん




意識を光明に変える祈り言葉


世界人類が平和でありますように

無限なる愛 

無限なる調和 

無限なる平和





   

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