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2008年9月14日 (日)

我に返る

  
我に返るって自分の本心、本当の自分に戻るということなのです。
 
でも、何かと忙しい現代において常に自分に返ることは非常に難しいです。

しかし、どんなに忙しくても一日に一回はちゃんと自分と向き合ってリセットしないといつの間にか、本心とかけ離れた別人になってしまうことになります。
 
「以前はあんな人でなかったのに」
 
「あの人、人が変わっちゃったね」

ということがあります。

以前聴いた話で、今でも心に残っているものがあります。
 
それは忙しく働く機械ロボットの話です。
 
バブル絶頂の頃、物を作れば売れる時代に短時間で作業をこなす機械が作られました。
 
今までの3倍の速さでその工程をこなすので、多くの工場で採用されました。

しかしその機械はなぜか定期的に故障をするのです。

それに対して以前から使っていた機械は能率は低いのですが、ずっと故障なしできていました。
 
どこにその違いがあったのか?

それは、採用された機械はたくさんの工程をこなしてから自分の位置に戻ってきていたのです。

A、B、C、D、E、F、G、 AからGまでの仕事をこなしてから戻ってきていた。

あまりにたくさんの仕事をするものだから、戻ってきたときにその位置が微妙にズレていたのです。

それはほんの万分の一ミリだったのかもしれませんが、繰り返すうちにそのズレは大きくなります。
 
機械にとってそのズレは致命傷でした。

何度か修理はしたものの故障と修理の頻度が上がってとうとう使い物にならなくなりました。

一方、動作は遅いけど、丈夫な昔からの機械はなぜ故障しないのか?

それはAの作業が終わると元の位置に戻る、Bの作業が終わるとまた元の位置に戻るを繰り返していたのです。
 
だから元の位置がズレなかった。

私たちは毎日、「今日はあれもして、これもして、あの人と会って、その後は誰それと仕事の打ち合わせをして」 とめまぐるしく動き回っています。
 
何かにとりつかれたように

忙しくしていないと仕事をしていないかのように

忙しいのが自分の存在感を示す証しのように

でも、それだけ忙しくして、我に還ろうと思っても、原点(本心)が違うところにあったなら、その位置がズレていたら、別人になっていますよ。
 
忙しいって、心を亡くす って意味だそうです。
 
人として生きていて一番大切な心を亡くしてなんになるでしょう。
 
一度、自分の仕事で無駄はないのか?
 
忙しいことに振り回されていないか、把われていないか?
 
自分の立ち位置がズレていないか?
 
別人になっていないか?

をチェックしてみてください。

どんなに忙しくしていても時間に追われていても

自分が一人になる時間を作って、その日の反省をするのです。
 
その日のうちに反省しておけば、大きなズレを作らずに済みます。
 
本心の自分を保つことが出来ます。

ズレが小さいうちに修正出来るのです。
 
反省は少なくていい

だって反省の省は 少な目 って書きますよね (笑)


 

                             おしまい




  
   

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