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2008年8月28日 (木)

相手の “ものさし” 

 
すごくいい話を見つけたのでそのまま抜粋します。
 


インターネットである話を目にしました。
 
ある老人が物置で昔の物をいろいろ見ていたら、自分の古い日記と、当時小学生だった息子の日記が出てきました。

たまたまその日記の時期が重なっていたので、老人は、自分の日記と息子の日記を照らし合わせて読んでみるのです。
 
すると、自分の日記には 「息子と釣りに行った。何も捕まえられなかった。一日無駄にした」 と書かれていました。

しかし、同じ日の息子の日記を見てみると、そこには  「お父さんと釣りに行った。今日は人生で最高の日だった!」 と書かれていたのです。
 
それを見た時に、老人は自分の感想とは全く違う息子の純粋な日記に胸を打たれた、というお話でした。
 
私たちは皆、自分の “ものさし” を持って生きています。

その “ものさし” で、私たちは自分の悲しみ、喜びなどを計ったり、あるいは、それを自分の頑張り、努力の基準にしたりするのです。

この “ものさし” という基準が存在しているから、自分はこういう場合悲しむから同じく人も悲しむだろうとか、自分だったらこれくらい努力するのに、あれくらいで弱音を吐いている部下はまだ甘っちょろいとか、あるいは、私はこうされたらとても嬉しいから相手にもそうして喜ばせてあげようなどと、私たちは思うのです。

しかし、私たちが忘れてはならないのは、この “ものさし” は、自分の性格や実体験が基となった自分自身の “ものさし” であるということなのです。
 
いくら自分の “ものさし” で人を計り、喜ばそう、理解しようとしても、人が違えばその “ものさし” も変わってくるということなのです。

大切なことは、自分の “ものさし” を通して人を見るのではなく、相手の “ものさし” を理解して、それに合わせた行動を取るということなのだと思います。

最初の例で言うと、老人は自分の “ものさし” では魚釣りを重視している。
 
だから魚が釣れなければ一日が無駄だということになったのだと思います。

しかし、だからといって、息子も無駄だと思っただろう、ということにはならないのです。
 
息子の “ものさし” では、父親と釣りに行けることが喜びだったのです。

その “ものさし” で見れば、魚が釣れようが釣れまいが、全く関係なかったのです。

自分の “ものさし” がすべてだと思ってしまうと、多くのズレや誤解が生じる原因となってしまいます。

人と向き合う時、相手がどのような “ものさし” で世界を見ているのか。
 
喜びを感じているのか。
 
物事を理解しているのか。

それに向き合うことが大切なのだと思います。


 
                西園寺 由香さん




  

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