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2008年7月31日 (木)

人間の幸せ

    
「幼い頃は幸せだったなぁ」 とふと思うことがあります。
 
それはなんの心配もなく、なにも思い煩うことなく自由に生きていたから
 
親の大きな愛に包まれて身も心もゆだねることが出来た。

それはどんなことがあっても自分は守られているという安心感だったのだろう。

だけど大きくなって物心がつくようになるとそれが崩れていく

「人に負けてはだめだ」 「勉強をしないと落ちこぼれになるぞ」
 「だからお前はダメなんだ」
 
植えつけられるのは、マイナスの言葉と不安をあおることばかり・・・
 
そして大きな存在だった親も死んでいき、自分は誰にも繋がっていない、守られていないと感じるようになる。
 
目にみえるものはすべて消えていきます。
 
消えていくものだけを追いかけていると人間のはかなさを感じます。
 
目にみえるものは目にみえないものから出来ている。

宇宙をみてください、99.9999999・・・・%はみえないものです。
 
みえなもの、でも在るもの、元気、天気、気持ち、空気もそう、波動もそう、響きもそう、エネルギー、そして 愛 もそうです。

宇宙は波動、エネルギーでできています。
 
この波動、エネルギーがわかってはじめて安心するのです。

波動、エネルギーがわかるためにはどうしたらいいのか?
 
それは幼い子どもが 「おかあさ~ん」 と母親のもとに飛び込んでいくように、宇宙に飛び込んでいけばいいのです。

波長を合わせればいいのです。

宇宙に波長が合ったとき、そのときが本当の幸せなのです。


だって、宇宙が人間の本当の故郷だから・・・・ 






 

2008年7月30日 (水)

宇宙からのメッセージ

   
人間というのは本来、すべてが整い、すべてが大調和の中にある、宇宙の法則にのっとった存在でした。
 
そして、その大調和した世界をこの地上に創造すべく天降ったのです。
 
しかし歳月を重ねるうちに、やがてその宇宙の法則を外れ、本来の自分を忘れてしまったのです。
 
今は、まさに人類が目覚め、本来の自分を思い出す時となりました。
 
本来の自分とは、生命そのものの自分です。

無限なる自由に満ち溢れた、無限なるすべてのものを内包する、生命そのものである輝かしい自分です。
 
私たち人間は宇宙の根源の世界から生まれて来たもので、まさに宇宙の根源と同じものなのです。
 
宇宙の根源を親とすると、人間は子供ということになります。

宇宙というものはすべてエネルギーによって成り立っています。
 
エネルギー、もしくは波動ともいえます。
 
言葉はエネルギーであり、想いもエネルギー、そして行動もエネルギーです。
 
ですから私たちが否定的な言葉を使うと、その否定的なエネルギーが否定的な結果をもたらすわけです。
 
否定的な想念を持てば、その否定的な響きが言葉となって周りの人々に否定的な影響を及ぼすでしょう。
 
そしてまさにそれと同じように、私たちが肯定的な真理の言葉を語れば、それらの言葉は人々を勇気づけ、輝かせ、幸せにするのです。
 



世界人類が平和でありますように

無限なる愛 無限なる調和 無限なる平和


    
 

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2008年7月27日 (日)

理想を現実にするには・・・

 
今日、気功仲間のある人からいい話(面白い)を聞きました。

その人は事業を起こす人たちのセミナーに行って来られたそうです。

 理想-現実=課題 なのだそうです。

この課題を前向きにとらえて行けばいいのですが、多くの人は課題を不満と考える。

だから理想は実現しない。

う~ん、なるほど

この課題をネ、毎日コツコツとクリアにしていくと理想に繋がっていく

そこで大切なことが2つあります。

一つは 「絶対に大丈夫だ」 と自分を信じて理想をあきらめないこと

2つ目は人の喜ぶことを考えて実行すること

私は2つ目の人の喜ぶことをしていればきっと知らない間に理想は現実になっているような気がします。

みなさんはいかがですか?



    

 

2008年7月26日 (土)

わからなくてもいいですよ

 
昨日、高校の同級生の女の人が 「○○君のブログをまた、見るからね」 と言ってくれた。
 
うれしかったけど、多分、私のブログの内容はよくわからないと思います(笑)
 
でも、最近、不思議なことにアクセス数は以前と比べて多くなっている。
 
それは何を物語っているか?
 
それは波動が違ってきているのだと思います。
 
「何を書いているのかはわからない」
 

でも読んだ後、なぜかスッキリする
 
気になって、又、読みたくなる
 
街中の雑踏に居ると静かな緑のある場所に行きたくなる
 
そんな感じかな?
 
私が目指しているのはそれなのです。
 
波動は伝わる
 
私がスッキリしていないとその清涼感は伝わらない
 
インターネットは繋がっているのです
 
どこから空を見ても繋がっているようにインターネットもすべての人と繋がっている
 
だからプラスの波動もマイナスの波動も伝わる

 
最近、そんなことを想いながらブログを書いています。



 

自分の感情を喜ばせてくれる

 
自分の感情を喜ばせてくれるものに意識を合わせていると幸せにはなれない
 
自分のことを認めてくれる、褒めてくれる、持ち上げてくれる
 
絶賛してくれる、喜ばせてくれるものに一喜一憂していては本当の幸せはつかめない
 
五感を喜ばせるもの、見る聴く、嗅ぐ、味わう、触れる、そんなものに意識を合わせてそれだけの感情を満たそうとしたら奥戸の自分には会えない。
 
人間は肉体界の他に幽界、霊界、神界に同時に住んでいる。
 
本当の自分は神界にいる、そこから霊界、幽界を通じて肉体界に写ってきているのだ。
 
本心に繋がろうとしたら気持ちを沈めて感じないところへ入って行かないと行けないのだ。
 
W先生は 「感じないところへ入っていくのです」 とおっしゃっていました。
 
思う、感じるでもない、感じない世界
 
そこに本心の自分がいる
 
そこと繋がることが本当の幸せなのです。



 

プラスのエネルギーで溢れさす

 
マイナスのエネルギーは突然襲ってくる
 
だから少々のマイナスが来てもいいようにプラスのエネルギーを蓄えておくんだ
 
それしか自分を守ることも周りを守ることもできない
 
それくらいの気持ちを持っていて
 
落ちかけたモチベーションを保つことが出来る
 
自分を信じて神を信じる
 
真剣に生きてこそ目にみえないエネルギーが動く
 
  
土壇場でなんとかなるさ



 

勝負事

 
私の母校が甲子園の準決勝で負けた
 

相手は甲子園に何度も出場している、プロの選手を何人も輩出している伝統高
 
息詰まる試合展開の後、同点で迎えた10回裏の相手の攻撃2アウトからサヨナラホームランで終わった。
 
私はスタンドから母校の応援をしていた
 
あまりにもあっけない幕切れ
 
「夏草やツワモノどもが夢の跡」
 
一瞬、この言葉が脳裏を巡った
 
最近感情的になることが少なくなり、ものごとを淡々とみれるようになったなんて自分で思っていたのに
 
「勝って欲しい」 そして 「甲子園にいかせてやりたい」 という気持ちが高まり
 
負けが決まった瞬間、心の中がなんともいえない空虚感に覆われた。
 
むなしい、あまりにもむなしい
 
スポーツなのに爽やかなはずのスポーツなのに
 
なんでこんなにスッキリしないのか?
 
それはやっぱり勝ち負けにこだわっているから
 
甲子園への執着心があるから・・・
 
日頃、平常心であるとか不動心を書いていたりするのに自分が情けない
 
それなのに負けた選手は胸を張っていた
 
一瞬うなだれたがもう気持ちの切り替えをしていた
 
さよならホームンを打たれたエースは笑っていた
 
すごい
 
なんてたくましいのだろう
 
打たれた本人が一番つらいはずなのに
 
泣き崩れてももおかしくない場面なのに

  
後輩に教えられた
 
 
「僕たちは一生懸命にやりました、だから悔いはないです」


その笑顔はそう言っていた・・・・・。





  
 
  
 

2008年7月24日 (木)

生命(いのち)は永遠に生き続ける

 
生命(いのち)は永遠に生き続ける
 
だから、死んだ後にももちろん魂、心、意識は存続し続ける
 
今、肉体を持って生きている命は100歳まで生きたとしても、永遠の生命からすればほんの一瞬に過ぎない
 
その一瞬のために自分に嘘をついて、人の目を気にして、ごまかしながら生きていてなんになるのだろう?
 
そのつけは死んだ後の世界に必ず帰ってくる
 
今の肉体生活が満たされていないとしても人に理解されていないとしてもそんなことはどうでもいい
 
そんなことより自分の命を活き活きとスッキリ爽やかに過ごしていきたい
 
それが本当の自分が望んでいることだから
 
他の人も心の奥深いところでわかっていることだから
 

だから私は今を、自分の本心に素直に生きていきます





  

空になったときから、始まる

 
W先生から私は、 「あなたは、業をふりまいているだけです」 とよく怒られました。
 
それは業(ごう)という感情に振り回されてろくなことをしていなかったということ
 
見た目には何もわからない
 
普通の状態となんら変わりがない
 
しかし目にみえないエネルギーの状態からみればひどい状態だったと思う。
 
空(くう)になるとは何ものにも把われない
 
まさしく空(そら)のような状態
 
そうなってはじめて、エネルギーが整ったことになる。
 
それまではオシメが取れていない赤ちゃんのようなものです。
 
エネルギーを整えるというのは自分の出す波動に責任を持つということ
 
今、この瞬間にどんな波動を出しているか?
 
それが一番大切なことなのです。
 
過去において何をしてきたか?

どれだけ人類に貢献してきたか?
 
なんてことはもうどうでもいいことなのです。
 
今、この瞬間をスッキリ爽やかに生きているか?
 
生命を活き活きさせているか?
 
それのみなのです。
 
しかし空になってもその奥の空があるのです。
 
空が無限なように人間は無限次元に進化していける
 
だから人間は素晴らしいのです。

W先生はそうおっしゃっておられました。
 
たくさんの人たちがそのことを識ってほしい
 
そのことを識ることが人間としてのほんとうの幸せなのです。



 

うまくやろうとすると・・・

 
ハーモニーのある人が歌を習いに行っているそうです。
 
その人は決して歌がそんなに好きなわけでもなく
 
ある目的を持って行っておられるのです。
 
それは自分を  にするために
 
歌を少しでもうまく歌おうとするとなぜか声が出なくなる

「不思議なのよねぇ」 と笑っておっしゃっていました。
 
それは肉体の我の自分が出ようとしているから
 
私たちは生かされている

大生命に宇宙に神によって・・・

小生命の私たちは大生命に繋がってはじめて安心する
 
本当の故郷に帰ってはじめてまともになるのです。
 
それを忘れて 自分だけで生きているつもりになって
 
肉体を動かそうとしても我のぶんだけしか動いてくれない
 
いや動いてくれないのではなく
 
それが当たり前なのです。
 
それが自然なのです。
 

私たちは宇宙法則に乗って動いている


だって私たちは大生命からきた小生命だから・・・・。


 

私にとってのグッドムーン

   
私にとって、このグッドムーンの場は、何でも言える絶対の信頼関係が築けている、そんなかけがえのない場所です。
 
それは、今縁があって違う場所にもブログを書いているのですが、途中からうまく書けなくなった。
 

それは書くときにうまく書こうと構えてしまうから
 

私がここで文章を書いているときは、実は何も考えていない空(から)の状態
 

空(くう)にまではなっていないにしても、スッキリした状態で書けています。
 
 
だから自分であって自分でない
 
 
そうでないと勝手に手が動いてキーボードをたたけない
 
 
ここに書いていることには、私自身がハッと気づかされることがあるのです。
 
 
そのことが他のブログを書くようになってよくわかりました。
 
 
何を書いても許される


そんな器の大きい、ありがたい場所でした。


 
グッドムーンさん、これからもよろしくお願いします♪




 

2008年7月22日 (火)

世界人類が平和でありますように

  
お釈迦様は地球に住んでいたけど、心は金星(自分の故郷、地球よりもずっと進化した星)に繋がっていました。
 
 
金星は愛と平和と調和のバランスがとれた素晴らしい星です。
 
 
その金星の高い意識を地球に降ろそうとしたのです。
 
 
そして、地球を救おうとされていた(キリストもしかり)
 
 
前にも言いましたが、宗教とは宇宙と示す教えという意味です。
 
 
宇宙観を説いたものが本当の宗教です。
 

そして、ズバリ、アセンション(次元上昇)とは地球の低い意識から、宇宙の高い意識へ変わることをいいます。
 

ただ何もしないで勝手に変わればいいのではありません。
 
 
今も宇宙から降りて来ている波動(エネルギー)が宇宙の波動に変わってきているのですが、それに合わせて人間も意識を高めていかなければならないのです。
 
 
波動が変わっているのに意識が地球の意識のままだと多くの魂は悲鳴をあげます。
 
 
波動、波長が合わないからです。
 
 
そうならないために、気づいた人から意識を上げていくのです。
 
 
地球上にお釈迦様、キリスト意識を持った人をたくさんつくるのです。
 

そうすれば、光がたくさん降りて周りの人たちの意識が負担少なく変わっていきます。
 
たくさんの魂が救われます。

では、意識を上げるためにはどうしたらいいか?

 
それは自分から宇宙意識へ飛び込んでいくのです。

 
宇宙は、神は何を意識しているか?

宇宙はなにを望んでいるか?

宇宙の目的は何か?


それは地球を含めたあらゆる星にいる人たち、人類が平和であることなのです、 進化した星はより平和になることなのです。


 宇宙は人類が平和であることを望んでいる


そしたらそこに意識を合わせていけばいい


そのためには祈りがいるのです。
 

祈りとは命がイキイキすること 命がのりだすという意味だそうです。
 

祈りによって宇宙意識になり、本心に繋がり、生き生きしてくるのです。
 


 世界人類が平和でありますように


この祈り言葉は地球上のあらゆる宗教を超えた、そして宇宙共通の祈り言葉なのです。


この祈りによって、自分と世界人類が同時に救われていくのです・・・・


 



   

  

2008年7月20日 (日)

楽しいってなんだろう?


  
今、楽しいことはたくさんあるのですが、高校時代の友達と飲みにいくのがとても楽しいのです。
 
お酒も弱い、人付き合いも苦手、気を使うのがしんどい、タバコの煙が我慢できない
 

そんな自分が不思議なくらい居酒屋さんに馴染んでいる

 
何が楽しいのか?

 
特別に面白い人がいるわけではない

 
場を盛り上げるテンションが高い人がいるわけでもない

 
話上手な人がいたわけでもない

 
 
それはその場の波動がいいからだろう
 
 
来ている人たちがみんな穏やかなやさしいエネルギーを発している
 
 
だからその雰囲気が心地いい
 
 
それが多分、楽しいってことなのかな?

 
と、ふと、思ったのでした。




 


 

2008年7月18日 (金)

健康になるためには・・・

  
健康になるためには、まず、自分を識る・・・・・。
 
なーんか難しいことをいうようですけど、わかりやすく説明しますね
 

肉体人間の親は、自分の両親だけど、心の親、魂の親は宇宙にあるのです。

よく、「健康な身体に産んでもらって親に感謝します」

っていうけど、肉体も親が作っているわけではない

私も一児の親だけど、息子の目も鼻も口も手も一切製造?に加わっていないですよね(当たり前か)

だから子どもは自分の所有物ではない

神様からの授かりものというのは正解だと思います。

そしたら自分はどこから来たのか?

いったい何者なのか?

昨日、私が書いた日記に自分が宇宙と繋がっていると思うってコメントをくれた人がいたんだけど、そうなのです。 (すいません、他で書いているブログです)

宇宙(神ともいう、抵抗があるなら大自然でもいい)から来ているのです。

私たちは宇宙から来るエネルギーで生かされている。

人間の頭のてっぺんを百会(びゃくえ)というのですが、ここからエネルギーが入って(赤ちゃんの百会はやわらかいですよね)60兆の細胞を通って、地球の中心に貫けていくのです。

樹齢何千年の樹を見てください、宇宙の中心と地球の中心に対して垂直に立っているでしょ。

私たちは、大自然に生かされていますよね♪

だから人間は「大自然によって生かされているんだ、大自然さん、ありがとうございます」と感謝するだけでエネルギーがたくさん入ってくるのです(感謝は光なのです)


だけど人間はそのことを忘れて自分が勝手に生きていると思っている。

その勝手なぶんだけ、不調和になるのです。

人間は宇宙から来ているので、本当は完全、完璧に造られているんだけど、忘れているから不完全になってしまったのです。

よく人間は本来持っている力のほんの数%しか出せていないって言います。

それは宇宙と数%しか繋がっていないということなのです。

本当の自然治癒力とは宇宙と繋がって宇宙からのエネルギーをたくさん戴くことなのです。

まず、自分を造ってくれた大自然に感謝してください


そこから、健康、病気治し?は始まります・・・・・。






 



 

 

2008年7月17日 (木)

さりげなく言ったひとこと

 
この間、テレビを観ていたら、堺正章さんが亡くなった父親のさりげなく言ったひとことがずっと心に残っていたと話していました。


なぜか、力を込めた言葉より、さりげなく言った言葉の方が心に沁みる。
 

それは変な力が抜けて、おとうさんの本心がにじみ出たからだろう
 
その本心が思いやり、優しさ、愛のエネルギーになって相手の心に伝わるのです。

 
二つの心が一つに溶け合うとそこに愛が生まれる。
 
合う、相は、愛の同意語なのだそうです。


さりげなく言ったひとことがお互いの心にエネルギーの交流をした


人間の愛って素晴らしいですね♪





 

2008年7月16日 (水)

エネルギースポット

 
今、ブログの文章を書いていてわかったんですけど、ここにブログを書くようになって2年近くの年月が過ぎようとしている。
 
すると磁場が出来ていて書いているその瞬間(とき)が自分にとって非常に心地いい、癒しの  になっている。
 
そこにただ身をゆだねているだけで癒されるそんな場所なのです。
 
観光地といわれるところは文字通り光を観に行く地で、昔、聖者がその場所を浄めていた。
 
だからその場所は居るだけで、気持ちのいい場 であったのです。
 
私には、自分の部屋のある場所とこのブログを書いている時が癒しの場にいつの間にかなっていました。
 
病気などをしていて、しばらくぶりに家に帰ってくると 


 「やっぱり家はいいなぁ」 と思うあの感覚です♪


それをもっと心地のよい

自分で自分を癒す場所を自分で創っていくことが出来る 

そんなことがありがたいなぁと思っています。
 

自分を癒せるのは自分自身以外の、なにものでもないのです。
 

自分でしか自分を癒せないのです。




  

 
 

焦ると焦げ付く

 
最近することが増えてきて、優先順位がわからなくなることがあった。
 
そんなときは今、何をすべきか?

を考えるよりも


一番大事なことは何か? を自分に問うたほうがいい


一番大事なこととは、普遍的なもので絶対に変わることはない
 
原点に帰る、初心に戻る、自分の本心に意識を合わせる
 
これを波動調整という
 
自分本来の姿に戻ること・・・。
 
気が焦ってくると自分がわからなくなる
 
そしてそれをしばらく続けていると焦げ臭いにおいがしてくる。

 
そうならない前に、自分と向き合って自分と対話しよう




  

2008年7月15日 (火)

つい最近わかったこと

 
それは、肉体人間では絶対に救われないということ・・・・。
 
肉体人間ってどういうことか?というと肉体つまりこの肉体(物質)だけが人間の姿で心、魂も肉体の中にあり、肉体の死は心の死でもあると思っているということ。
 
肉体が亡くなっても魂は残るかどうかは別にしても、私は167cm65㌔のこの身体だけが自分だと思っているとほんとにちっぽけな自分でしかない。
 
このちっぽけな自分だけで人のこと地球のこと宇宙のことをわかろうとしても意識がすごく限定されたところにあるので心、意識が拡がっていかない。
 
肉体(物質)は小さくてもそこから放っている光、エネルギーは地球よりも大きいという
 
私たちが吐いている息は太陽系を通り越して隣の銀河までいくのだそうです。
 
そんな大きな偉大な存在なのにもったいないことに肉体だけに意識が留まっている。
 
留った意識で悟ろう、人を知ろう、地球をわかろうとしてもどだい無理なこと
 
昔の偉いお坊さんで親鸞さんは、肉体人間は凡夫(つまり大バカもの)なので、絶対に悟れない
 
とかなりの年齢になったときに思った。

それは自分でも散々努力してみて、人の愚かな姿をみていてそう想ったのだろう。

だからもっと大きなもの、宇宙、大自然、神様にすがらないと絶対に救われない、助からない、安心立命しないってわかったのです。
 
これ(人間はバカ)を徹底してわかったということは神に全托(ぜんたく)、すべてをゆだねることが出来るということなのです。
 
「肉体の自分では、何も出来ない・・・」
 
でもそれはほんとうの自分は肉体ではない霊なる自分は無限の可能性を秘めていることに繋がるのです。
 
「肉体の自分では、何も出来ない・・・」 と謙虚になってから、本当の自分を識り、そして人間の偉大さ、素晴らしさを識る。

 
人間って人ってほんとに素晴らしいですね。





  

2008年7月13日 (日)

最後は自分を信じること

 
自分の周りにどれだけ素晴らしい人がいても、すごいことに気付かせてくれる本がすぐ傍にあっても、幸せになる方法を教えてくれる人がいたとしても、そこに自分を信じることがなければ、な~んにも役に立たない、何の意味も無い。
 
巷には、この人についていけば、必ず救われる、この本を読めば金持ちになれる、これを実践すればあなたは幸福になれるという情報が山ほどある。
 
でも、そのことを実践してその通りになっている人はほとんどいない。
 
それは、それを信じる前に自分を信じていないから、そして人真似をして思い通りになっても何の価値もないとわかっているから・・・・・。
 
結果が大切なのではなく、自分を信じることが一番大切、自分を信じることの出来ることが本当の幸せだと心の奥底では識っているからなのです。
 
自分を本当に信じることが出来て初めて人を信じることができる。
 
だから自分って何なんだろう?
 
どこから来て、どこへいくんだろう?って疑問が湧いてきて当たり前だと思うのです。
 
 
人生って、自分探しの旅 だっていうけど、その通りだと思います。








 






 

クリスタル

 
クリスタル、すごくいい響きですよね、美しくて、強くて、繊細で、透明感があって、そしてピュアで・・・この名前を付けている個人の会社がありました。
 
ご本人は意識をして付けたのではないそうですが、名は体を表すの言葉通り、会社名はその人をあらわしています。

その名の通り、とても素敵な人でした。
 
その人は自分で気づいていないかも知れない、周りの人もそう(素敵な人だとは)思っていないかもしれない。
 
でも、心がキラキラ輝いているのです。
 
ダイヤモンドの原石のように光を放っているのです。
 
あなたはそんな素敵な人なんですよと本人に伝えるために自然とクリスタルが付く社名になった。
 
 
ふとそんな気がしました。


あなたはなんという名前ですか?そしてあなたの勤めている会社名は?
 

そこにはきっと素敵なメッセージが込められていますよ♪





  

セカンドソートはいらない

 
セカンドソート、つまり、直観もいいけど、次またはその次に浮かんできた考えも参考にして物事を慎重に判断して行動するという意味だけど、私はセカンド、サードソートはいらないと思う。
 
「いや待てよ、もしかしてこの方がいいんじゃないか?」 と決めた後で思うことがある。
 
何も考えずに決めてしまったので不安になるときがある。
 
だが、セカンドソートは相手の人のことより、自分にとって都合のよいことが多い。

「自分にとって効率のよいことは相手にとってもよいことなんだ」 とも思うけどそこには何らかの無理がある。
 
時間を無理するのか、相手の人を再度納得させることになのか、一度決めたことをくつがえすことに無理があるのか?
 
どれであるにしてもそこには自然でないエネルギーを使うことになる。
 
最初に決めたことであれば、二度手間になるのかも知れない、効率的でないかも知れない、しかし、物事は段階を経て、プロセスを経て成就するものなのです。
 
結果がすべてと言われるけど人の心はゆっくりでないと納得できなくなっている。
 
時間は大切だけど焦って、急いでするものではない。
 
焦りは焦げるという、焦げ付いてしまったらもう戻ることはできない。
 
セカンドソートは人の心を迷わせる、そして直観に疑いを持つようになる。
 
でも自分の直感、インスピレーションを信じてください。
 
そこには、自分の本心、宇宙の無限なる叡知が込められています。




 

2008年7月12日 (土)

感情的になったらおしまい


感情的になったら、もうおしまいとまでは言わないけど
 
世間一般で立派だ、偉いと言われている人がちょっとしたことで短気だったり、気に障ることを言われたらすごい剣幕で相手を攻撃したりしているのをみるとほんとにこの人は偉い、立派な人なのだろうか?といつも疑問に思う。
 
批判するわけではないが、自分の気持ちをコントロール出来ない人が指導者、人の上に立てれるとはとてもではないけど思えないのです。
 
指導者とは、人々が動揺していても、自分だけは冷静沈着で正しい判断が出来る人だと思う。

知識が豊富、頭がいい、自分の考えを持っている、統率力がある、カリスマ性がある、人を引きつける・・・・はもちろん大切な要素なんだろうけど、感情を超える人でないと最後にはすべてが台無しになるというのは私だけの考えでしょうか?
 

みなさんはどう思われますか?





 

気功とは?

 
一般の人たちって気功って何?って思っているんだろう?

1.身体に触れずに人を飛ばす?
 
2.手をかざして病気を治す?

実は私は調和波動気功法を実践しているのですが、他の気功が何をしているのか、ほとんど知らないのです。

というか全然興味がない、関心がない、これではいけない(笑)と他のホームページを覗いて気功の勉強をしようかなと思っています。

それはそれとして、私のいう気功とは何ぞやをみなさんにわかりやすく説明できないとダメだよなぁと思う今日、この頃です。
 


気功とは気(エネルギー)の働きといいう意味です。

そしてエネルギーとは目にはみえないけれど、心の中から発している響きのこと

この響きが細かければ細かいほど、やさしい、愛深い、調和のとれた波動となって、地球や宇宙に拡がっていくのです。

そしてその響き、波動があらゆるものと共鳴して帰ってくるのです。

愛を発したら愛が、赦しを発したら赦しのエネルギーが戻ってくるのです。

だから心の中をいつもきれいに、クリスタルにしていれば、自分だけでなく、あらゆるものにいい影響を与えるのです。

調和波動気功法とは、自分から調和した気、波動、エネルギーを発することなのです。

 
それが自分も周りも幸せにする唯一の方法なのです。





  


2008年7月 9日 (水)

とらわれが無くなる

 
私たちはいつも何かにとらわれて生きている。
 
とらわれとは、捉われ、囚われ、捕らわれ、そして変換しても出てはこないが把われと書く。
 
わかりやすく言えば、欲のこと、欲望のことだ。
 
自分の心の中からすべての欲望、葛藤、把われがなくなればどんな心境になるのだろう?
 
人によく想われたい、お金がもっと欲しい、人よりも良い暮らしがしたい、モテたい、地位と名誉が欲しい、子どもに尊敬されたい、もっと痩せたい、頭がよくなりたい、楽がしたい、宝くじが当たらないかな、親の介護はしたくない、美味しいものがたべたい、老後に充分なだけの蓄えが欲しい、子どもにいい大学に入ってほしい、人から羨ましいと思われたい、人よりも早くいい情報がほしい・・・・・。

欲望は欲望を産み、とどまることを知らない。
 
そして、思い通りにならないことにイライラしたり、絶望したり、落胆し、人を蹴落とそうとしたり、勝ち負けにこだわり、心はいつまでたっても穏やかになることは無い。
 

キリストは人々に 
「幼子のようになりなさい」 と説いた。


おさない子の頭の中は、無邪気で邪心がなく、何の欲望、ものに把われることもない

自由自在心だ。

だが、そんな幼子も純粋な期間は短く、しだいに大人のような心になっていく


お釈迦様は 空になって、肉体(物質)からの執着、把われを無くしなさいとおっしゃいました。

空になるとは、人々の汚れた想念の中に入ってしまった心をそこから離して、心の奥で輝いている自分の本当の本心に繋がることをいう。
 
人は自分の本当の本心に繋がらないと心の底からの幸せ感は得られない。
 
 
それが本当の安心であり、不動心なのです。
 
 
自分の本心と繋がってくると把われが無くなってくる。


頭の中がスッキリしてきて、何がしたい、こうありたい、が無くなって自然体になってくる。

 
何も考えないのが物足りないように感じるけど、そこには、何の焦りもない。
 
 
欲望が少なくなるってなんて楽なんだろう
 
 
把われが自分の心を苦しめていたんだ・・・・。


最近、以前よりずっと把われが無くなってきた(まだ有りますが)ことに気づき、心が軽くなったことを感じています。

 
幸せってこういうことを言うのだろうなぁとしみじみ思います。






  

病気は自分で治せる

 
病気になっている自分は病気のような状態をつくっているということ
 
ならば、病気でない状態も創れるのではないか?

病気って気が病むって書きますよね。
 
つまり気(エネルギー)が病んでいる
 
じゃあ、気ってなんだろう?

 
元気、陽気、電気、のん気、人気、やる気、気持ち、天気・・・・・・・。

 
そうです、目にみえないエネルギー、パワーのことです。
 
私たちは心、魂の中からこの気を出しています。

そして出している気に波長の合うものが共鳴してくる
 
外のもの(現われてくるもの)は、内にあるものがそのまま写っているのです(時間差はありますが)
  
だから内のエネルギーを心の中の状態を整った調和のとれたものにしていけば
 
外の様子は変わっていきます。

 
病気のようなものは病んでいるものが正常になっていくので自然と治っていく
これが自然治癒力なのです。


 


私たちがお伝えしたいのは、
「すべての人は自らで自らをいやせること」

本来人間は完全円満に機能するよう、生まれついています。
ですが、現代に生きる私たちは薬や病院、学校や
「何か自分を治してくれる所」に治してもらわないと
自分を癒せないと思っています。
その「何かにいやしてもらえる」という思いが
実は結局自分を不調和な状態にしています。

私たちの気功レッスンは、
レッスンにきて「治って」いただくのではありません。
自分で自分を整え自然治癒力を高め、
本来の自分自身に戻っていただくための気功法をお伝えしています。

心配されなくても大丈夫。
お伝えしたことを毎日の生活で実践していただければ、
必ずどなたでも変わります。
少しずつでも続けていけば、
ある日悩みがすっかりいやされていることに気付く日が必ずきます。
私たちもそうでしたから…

私たちが幸せになれたように、皆様にも幸せになっていただきたい

それが気功教室 Oriental wind の願いです。

                   http://orientalwind.info/




  

2008年7月 6日 (日)

ジャッジしない

 
我息子18歳、ただ今浪人中、予備校に行っているが、夜更かしをして朝起きられず、PM3時くらいまで寝ていることも多くなり、生活が乱れていた。
 
妻は朝、息子をたたき起そうとするが反応がないので、しかたなくパートへいく、私はそれをみていても何もいわない。

無関心みたいでこれでいいのかなぁと思ってはいるけど、叱るのは母親に任せて自分は何も言わずに見守っていようと決心してから息子と話をしなくなった。
 
最近、挨拶もしない
 
最初は挨拶くらいしようとしていたが、とってつけたような挨拶はいらないと思い、今ではまったく会話が無くなっていた。
 
今日、ある本を読んでいて自分の知りたがっていたことが書いてありました。
 
そして、気づいたこと

それは以前、W先生にいわれていた 「ジャッジしないこと」


自分のことももちろんそうだけど、自分の価値観で人をジャッジ(判断)することは違うということ


ジャッジしないで、じっと待っているとあるとき、ふと何かが教えてくれる。



それは登校拒否の娘が母親に心を開いたときに言った言葉でした。






「お母さん、私がなぜ夜遅くまで起きているか分かる?それは、夜寝てしまったら次の日がきてしまう。それが怖い。そして、一日がこんなふうに過ぎ去ってしまうのが寂しいし、惜しいからなの」


これを読んだとき 「あーそうかなるほどなぁ」 と理解できたわけではない、その女の子の気持ちが分かったわけでもない

理解できたから、分かったから相手のことを認めるのなら、理解できない、分からないのだったら受け入れられないことになる。

 
それとは関係なく自分の意識をジャッジしない方に持っていく、理解することにとらわれないことが大事なんだということ


ちょっとわかりにくいですか?


でもいいんです、理解してもらえなくても(笑)






 
 




いつもベスト

 
昨日、ある会合があって7人の人が待ち合わせの場所に来るようになっていた。
 
ところがそのうちの3人がドタキャン、最近そういうことに馴れてきたので

あーまたかと思い、事務的に 「わかりました」 と答えたけど、そのうちの一人は結構気合?が入っていたので急にトーンが下がっていたのには 「あれっどうしたのかな」 という疑問符?が残った。
 
結局4人だけの話し合いが始まったが内容の濃い、有意義な時間を過ごせた。
 
そのときにふと、ここに来るはずだったAさんBさんCさんが来ていたらどうだっただろう?
 
当然、その人たちにも共通した、理解出来る内容の話になるので、今とまるで違った議論になる。
 
雰囲気も波動も響きも空気も全て違ってくる・・・・。
 
人は自分一人くらいいなくたって大勢の中にいれば何の影響もないと思ってしまう。
  
だから自分の発している気(エネルギー)は大したことはないと思い込んでいる。
 
だが肉体は小さくてもその人の発しているオーラは地球より大きいという。
 
そのことを本当にそうだなぁと感じられた日でした。
 
そして、その日に集った4人は、一番いいメンバーだったんだ。
 
他の人がどうこうでなく、その日にはその4人が集まることがベストだったんだ。
 
だから、ドタキャンはよかったんだ。
 
ドタキャンした人たちはベストの日になるように協力してくれたんだ。
 
と一人になったときにわかりました。
 
今、この瞬間が自分にとっても周りのすべての人にとってもベストなのです♪

 
最悪なんてあり得ない scissors





 
 

2008年7月 4日 (金)

真実とは?

 
今は、ほとんどの人が人の死とは肉体の死とともに心(魂)も消滅すると思っている。
  
だから意識が肉体から先にはいかない。
 
地球上にいるどれだけ立派で、素晴らしいといわれている人でも、自分を守ってくださっている守護霊、守護神の足元にも及ばないというのは、守護霊、神は肉体の奥の幽界、霊界、神界へも通じているからなのです。
 
意識が高い、高~いところにある。

人間界でこれから起こることも人間が何を考えているのかもすべてわかっている。
  
ところが、自分の本当の本心はどこにあるかと言えば神界にいるのです。

だから人間は、肉体界、幽界、霊界、神界のすべてに生きているのです。
 
お釈迦様のいう 空 の心境になると神界の自分が肉体に降りてくるのです。
 
つまり本心と繋がる
 
そこで初めて、まともな人間になる。
 
それまでは迷いの世界にいる、なんとも幼稚で未熟な人間なのです。
 
そのことがハッキリとわかる時代に、これからなっていきます。
  
そして、次元上昇が始まる。

 
次元上昇とは人間の意識が地球(肉体)意識から、宇宙意識(神)意識へと上がることをいうのです。









  




 

答えは自分の中にある

 
先日、集まった同窓会の飲み会で、私のブログを読んでくれているある友達が
 
「答えはすべて自分の中にあるってブログに書いていたけど、あれは本当にそう思うよ」
 
と言ってくれました。
 
私はそんなこと書いていたかなぁとはっきりとその文章の内容を覚えていなかったのですが、私が言いたかった、伝えたかったことの大きなテーマの一つでした。
  
今、彼は身内の人がガンになって、大変な試練を受けています。
 
そんな中でしっかり自分というものを意識している。
 
現実から逃げずにしっかり自分を見つめている。
 
「偉いなぁ」 と思いました。
 

人は必ず死にます。


大切なことは そこから何を学ぶか だと私は思います。





  
  

 

メモをとる

 
最近、時の流れがすごく早く、速くなってきていると感じませんか?
 
私は、昨日のことがもうずいぶん昔のことのように感じるようになりました。
 
だからすぐに忘れてしまいます。
 
先日の調和波動気功のセミナーで、ハーモニーの人(30代の女性)が 

「日常生活に影響が出るくらい、もの忘れがひどいのです、どうしたらいいのでしょう?」

 と、う先生に質問しました、とおっしゃっていました。

 
「対策はないです。メモをこまめにとってください」 と答えられたそうです。

 
忘れることは決してマイナスではなく、エネルギーが流れていたら当然起こることなのです。

よいことなのです。
 
忘れる(流れる)から新しい力(エネルギー)が入ってくる。
 
ただ、どうしても忘れてはいけないことや人に迷惑をかける(約束を忘れる)などは困ることになるので、メモをとっておく必要があるようです。

 
これらの現象は年令が若い、若くないに関係なく、これから起こってくるのだそうです。
 
私は色んなことを忘れるって素敵なことだと思っています♪
 
だって全ての辛いことも悲しいこと、そしてうれしかったこと、感動したことも覚えていたらしんどくなりますよ。
 
不謹慎(介護をしている人ごめんなさい)かもしれませんが、お年寄りがぼけているのも


「かわいいなぁ」 と思ってしまう。


人間らしくて、自然で、おおらかで、いいじゃないですか


そのうちメモもとらなくていい、おおらかな時代がきっとやってきますよ♪




 

 

2008年7月 3日 (木)

目標を決める

 
目標を決めることはとても大切なことだと切実に思う。
 
目標がなければ生きる活力が湧いてこない、毎日が怠惰でつまらない時間を過ごしてしまう。
 
だけど、その目標の持ち方がわからない。
 
自分は何に向いているのか?何がしたいのか?将来どのような仕事に就いたらいいのか?
 
考えれば考えるほど焦点がぼやけてしまう。
 
ある本を読んでいてなるほどと頷くことが書いてあった。
 
それは、どんなことをするのか? 何を将来の目的にするか? ではなく


どんな自分になりたいか?がほんとうの目標だということ

 
何をするかの前にまず自分がどうありたいか?の方が先にある。


愛が溢れる自分でありたい
 
どんなことにも感謝して生きていきたい
  
自分の本心に素直でありたい
 
 
それを実践するためには自分には何ができるだろう?
 

私は、歌を歌っているときに幸せを感じる

 
私は、つくった料理を 「美味しい」 と言ってもらえるとたまらなくうれしい
 
 
私は、身体を動かしているときが一番活き活きしている

私は、人が好きでたくさんの人と出逢いたい
 

まず、自分の魂の望む声があって、それをするためにはどんな仕事があるか?
 

その仕事をするためにはどんな勉強や努力が必要なのか?が次に出てくると思う。
 
 
魂の声を聴け!
 

どんな自分になりたいか?
 

そうすれば目標は自ずと定まってくると思います。





 
 

2008年7月 1日 (火)

惚れ惚れするような・・・

 
う先生は 「自分に惚れ惚れするような人になってください」 と時々おっしゃいます。
 
最初の頃はとてもそんなことを思ったりなど出来なかったのですが、最近自分のことを
 「いい奴だなぁ」 と思えるようになりました。

いつからか急に、自分が愛おしく、愛せるようになったのです。

 
人を愛する前にまず自分を愛せよといいますが、なかなか自分を愛したり許すことができない。

自分を愛せないから人も愛せない、許せない。
 
人を許せないのも根本は自分にある。

以前、本で読んだことがあったのですが、そのことが理解できるようになりました。
 
昨日、こんなことがありました。
 
ある人が渡したはずの品物がないと言ってきたのです。
 
私ははっきり覚えていたので 「確かに渡しましたよ」 と言うと 「受け取っていたらあんたに言うはずがないやろ、俺は受け取っていない」 と強い口調で言うので、いつもなら、その口調の波長に合わせてしまい、 「もう一度探してくださいよ、絶対にありますから」 と相手を責めるように言ってしまっていたのを 「こちらでも調べてみますね、すいませんがそちらでももう一度みてもらえますか?」 と自分でもびっくりするくらい穏やかに答えていた。
 
そのとき、品物が出てきたときに相手の人が 「すまんすまん、あったよ」 と笑いながら言ってくるのを想像しながら・・・。

するとしばらくしてその通りのことが起きた。
 
そんなことは出来て当たり前なのかもしれない
 
デパートの苦情係りの人などは日常茶飯事のことだろう

でも私は冷静に、穏やかに、相手の感情に合わせず、相手が認めやすいように言ってきやすいように考えて、対応出来たことがうれしかった。
 
相手に問題があるのではない、原因の全ては自分にある


私にもトラウマやコンプレックスはあります。
 

いつも反省ばかりしています。
 

誰にも多かれ少なかれあると思います。


 
自分に惚れ惚れするようになるとはどんな自分であっても、自分のことを大きな包容力で無条件で受け入れてあげて、愛して、好きになって一番の親友になれることのような気がします happy01





 

 



 

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