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2008年6月30日 (月)

自分じゃない

  
昨日、二胡という楽器を使った教室の発表会を聴きに行きました。

席に座って気分よく聴いているとふいに、以前、腹が立ちかけた出来事が想い出されてきた。

それは自分の心の中で完全に消されてなかったので突然湧いてきたのです。
 
そのことに意識を集中させると段々と怒りが大きくなってきて、頭の中に登場している自分は感情的になって相手の人を殴り、汚い言葉でののしっていた。
 
そのときに気がついた

「これはほんとうの自分ではない」

以前、スパイダーマン3を観たとき、スパイダーマンがみんなに誤解されて自暴自棄になって、正義の自分と悪魔の自分が葛藤している場面があった。

そして一時期、悪魔が勝ってしまって悪の行為をしていた。
 
隙をみせるとマイナスの想念エネルギーがその隙間(すきま)に容赦なく入ってくる。
  
スパイダーマンも理解されないことへの苛立ちや悔しさがその隙間をつくった。


 
私はそのとき、自分を客観的にみれている自分がいた。
 
本当の自分と悪魔の自分?を両方みていた自分がいたのだ。
 
すぐに祈りに切り替えるとしばらくして、その悪魔の自分?は消えていった。

 
そのときにわかったことは、人はこうして犯罪を犯してしまうんだ。


不謹慎かもしれないが無理もないと思った。



それくらいマイナスのエネルギーがすさまじい
 


そして、間に入ったとしても意識をそこに向けないこと、マイナスに入っていく前に祈りで消してしまうこと


客観視をすること・・・だった。




しかし結論はやっぱり祈り続けることの大切さだった


祈り続けていれば魔=間が入ることはない
 
 

今回のことは自分にとって貴重な体験でした。


みなさんも怒りが湧いたり、感情的になってしまったとき祈ってみてください、不思議と消えていきますよ♪



祈り言霊


世界人類が平和でありますように




 



  

  

高校時代より・・・

 
先日の同窓会の飲み会に誘っていたけど仕事が入って来れなかった人からメールが来ました。
そこに 「高校時代より今のほうが同級生と出会ったり話したり出来ることが楽しいです!年をとった証拠かな?」 と書かれていた。

たくさんの高校の中から同じ学校を選択して3年間も同じ場所に通った人が縁の薄いはずはない。
 
ただ16~18歳の頃は自分というものが全くわからず、これからどうやって生きていけばいいのかも目的も目標もなかった。

自分のこともわけがわからないのに人とじっくり語り合えることなんて出来なかった。
 
だから今がまさしくほんとうに意味のある心に沁みる話が出来るのだと思う。

仕事が忙しくても、親の介護が大変でも、家庭がうまくいっていなかったとしても心にゆとりがある。

自分を客観的にみれている(いっぱい、いっぱいではない)
 
今まで一生懸命に生きてきたという自信がある。
 
その余裕や自信が人に対する思い遣りになっている
 
だから一緒にいるだけで癒されるし、楽しいのです。

 
う先生がおっしゃっていました。

 
「魂(心)が喜ぶ話でないと人は楽しくないのです、話しをしても意味がないのです」


ほんとうにその通りだと思います。

  

2008年6月29日 (日)

地球が宇宙時代に

 
昨日、友達との飲み会があって、私のブログの感想を言ってくれたんですけど、地球がこれからアセンション(次元上昇)して3次元から4次元へ移行していくことがピンと来ないって言っていました。
 
これからは、そのことをわかりやすく説明できる人や本が求められてくると思われます。

う先生は 
『地球が宇宙時代に移っていくと未来はこうなる』 という内容の本をみなさん(ハーモニーの人たち)で書いてくださいとおっしゃいました。
  
その為には色んな本を読んだり、勉強をしなければなりません、じっくりと時間をかけてしてください・・・と
 
3次元であろうと4次元、それ以上の次元であっても地道に勉強することは同じです。
 
進化した星にも学校?(地球の学校とは違いますけど)があるそうです。 

これからの私の夢はたくさんあるのですが、みなさんに わかりやすく未来の地球の姿を伝える ことをしたいなぁと今、思っています。

 
これからコツコツ勉強していきます(自分に宣言しました)





 



 


飲み会

 
昔は飲み会が苦手でした。
 
会社の忘年会、新年会、歓迎会、送別会、その他仕事が終わった後の親睦会?

その他、少年野球の親たちの飲み会
 
お酒を飲むと豹変する人がいる、愚痴をいう人がいる、なれなれしくする人がいる
本音を聴こうとさぐりをいれてくる人がいる、人の悪口をいう人がいる・・・・。
 
そんなことばかりとは限らないけどその場に馴染めなかったのは確かです。
 
だから出来るだけ避けていました。
 
誘われても断れるものならば断わってきた。

ところが最近、同窓会で再会した仲間と飲み会をすることになって、飲み会が大好きになりました。
 
だからといって違うメンバーでもよいかと言えばそれは違う
 
そのメンバーだから、その人たちだから楽しいのです。
 
ほっとする、懐かしいような気がする、癒される、リラックスできる
 
この年(50歳)になってそんな人たちに巡り合えるとは思ってもみなかった
 
少し前まで、気の合わない人と居るより、一人のほうがずっといいと思っていた

 
飲み会が終わって、みんなと別れて一人になったとき
 
自分はほんとに幸せだなぁとしみじみ思いました

私と同じタイプの人(飲み会が嫌いな人)は、きっとおられると思います。
 
みなさんも、自分が一番楽しかった頃(小、中、高)の同窓会をしてみませんか?

 
きっと深い縁の、素晴らしい人たちと繋がると思いますよ♪




  

2008年6月27日 (金)

未来の話

  
2012年に3次元から4次元に次元上昇することは以前にも書きましたが、地球がこれから4年でどう変化していくのか?イメージが湧きませんよね。
 
人間はなぜ、不安になるのか?
 
それは将来、未来に希望がないから・・・。
 
未来が明るいとわかっていたら毎日の日々がどれだけ明るくなるでしょう♪
 

わたしはこれから、そんな毎日が明るくなるブログを少しづつ書いていきます。



お金に対する不安

地球は銀河系のなかで最も遅れた星だと言われています。

遅れているとは地球にいる人類が精神的に幼いということ
 

その典型が感情的になること

すぐに怒る、腹が立ったら暴力をふるう

欲しいものがあったら戦争をしてでも手に入れる

他の進化した星からみれば、なんと幼い、信じられないような光景に写っているでしょう。
 

もちろん、その進化した星も過去においてはそのような経験をしてきたのですが・・・。
 
 
宇宙人は 「もうしょうがないなぁ」 と親が我ままな子どもをみるような目で眺めていると思います。
 

話が少し逸れましたが2012年からお金というものが徐々に無くなっていきます。
 

それはこれから地球は波動が穏やかになってくることを意味します。
 
 
宇宙からはたくさんにエネルギーが降り注いでいるのですが、実はそのエネルギーの質が変わってきているのです。
 
 
宇宙の波動と地球の波動は違う
 

簡単に、わjかりやすく言えば空気が違う
 
 
宇宙の波動は愛、調和、平和な波動です。
 
 
地球は人間の幼い想念(マイナス)で汚れている
 

マイナスの波動に覆われているのです
 
 
憎悪、怒り、悲しみ、嫉妬、欲望、批判、非難、暴力・・・・。

 
そのマイナスエネルギーで地球は滅亡寸前まで来ている
 
 
だけど、宇宙からの強力な宇宙エネルギー(プラス)が降り注いでくれば、人間の意識は変わるのです。
 
 
今は未だそれが、現われていないけどこれからたくさんの人が目覚めてくるのです。
 
 

すると今までは腹が立っていたのが怒りが湧いてこなくなる
 
 
なぜか穏やかになっている

 
相手をやっつけようという気持ちが萎えてくる 
 
 
そんなことが起ってきます(もう現われている人もいます)
 
 
つまり感情が無くなってくる
 
 
実は感情がお金を産み出したのです。
 
 
感情=勘定
 
 
感情が無くなればお金がいらなくなる
 
 
進化した星にはお金がない
 
 
地球は進化した星になる
 
 
よってお金が無くなる、お金が必要で無くなるって意味です。
 
 
お金が無くなれば、蓄えもいらない 
 
 
お金が無くなるので 将来、老後が心配 というこが無くなりますよね。



ただ、そのことがたくさんの人にわかってしまっては真面目に働く人がいなくなるので今は少数の人しかわからなくされています。
 


今日はここまでにしておきます。





 





  

  







 
 



 

2008年6月25日 (水)

五感を喜ばせても

 
先日の気功のセミナーでう先生がいくら感情などの五感を喜ばせても、魂が喜ぶ、感動することでないとつまらないとおっしゃっていました。
  
いくらあまりあるお金があっても広い豪華な家に住んでいても家族、友達に囲まれていても魂が喜ばなければそれは本当の幸せではない。
  
気功をするようになって、真理を勉強するようになって本当にそう思う。
 
魂が喜ぶとは心が一つになること
 
心は空のように一つに繋がっているのです。
 
太陽は色んなものを照らしているけど元は一つの光から出ています。
 
その照らされている一つ一つが人間であって

元は一つなのです。
 
そのバラバラにみえる人間の心が一緒になったとき、魂が喜んで、感動するのです。

 
自分だけが喜んでもそこに魂の融合がなければむなしいだけなのです。





 

家族を他人と思え

 
最近、妻、息子を他人のように思うようになってすごく気が楽になりました。
 
身内だと思うと、思い通りに気持ちが伝わらないとイライラしたり、自分の意思、考えを通そうとする。
 
家族であってもそれぞれ考えや価値観は違う。
 
家の中で他人が同居していると思えばたいがいのことは流すことが出来る。
 

「あーそういう考え方もあるんだ」 「今日は機嫌が悪いのかな?」
 


他人だとその人の考えを尊重する、その人に対して謙虚になる。

決して他人のように冷たくみるのではなく、家族も他人も同じように客観的にみるということなのです。

他人だとどうってことがないのに家族だと腹が立つ、それは因縁が深いのもある。
 
前世で敵同士だったり、憎み合っていたものが夫婦になったり、親子になったりしている。
 
だから余計感情的になってはダメなんだ。
 
他人のように思うには私自身かなりの葛藤がありました。
 
家族とわかり合いたい、仲良くしたいずっとそう想っていました。
 
その執着を捨てたとき、肩の力が抜けたとき
 
自然体になれたようです。

 
不思議なものですね。






  

平和の祈り

  
1972年、アメリカ合衆国の中で、人口が1万人以上の24都市は、ほんの1パーセント(100
人)ほどが祈りに参加しただけで、地域社会の中に、重要な変化を体験しました。

これらとよく似
た研究は、1988年に紛争解決のための機関紙として出版された、中東の『国際平和プロジェク
ト』のように、画期的な研究となりました。

1980年代初期の、イスラエルとレバノン間の紛争中、研究者は、単に心の中で平和について考えたり祈ったりするのではなく、身体の中に平和を感じるようにと、人々を教育しました。

教育を受けた人々は、ある月の特定の日に、特定の時間、中東の戦乱の地域の至るところに配置されます。

すると、彼らが平和を感じている時間中は、テロ行為が停止し、人々の罪が減少し、緊急救命室の患者が減少し、交通事故の数が大きく減少しました。
 
しかし、彼らがこうした感情をストップし始めると、
統計の結果は反対になりました。
 

この実験は、先ほどの結果を裏付けました。

人口のわずかなパーセントの人々が、内面的な平和を得たとき、平和が周りの世界に反映されたのです。

この発見は、曜日、祝日、月のサイクルさえも考慮に入れ、データはとても一貫性があったので、研究者は、世界に反映される前に、何人の人々が平和の体験を共有する必要があるのかを、特定することができました。

その数は、人口の1パーセントの平方根です。

この公式は思ったより少ない数
になるかもしれません。
 
例えば、100万人の都市で、その数は100です。

60億人の世界でも、その
数はたったの8000人くらいなのです。

この数は、反映までの過程に必要な最小限の数を示しています


より多くの人がいれば、ますます効果が早く出るのです。



世界人類が平和でありますように






  

2008年6月24日 (火)

目的意識

 
自分がなにか怠惰になっているときとは、目的意識が希薄になっているとき
 
そんなときは、自分の心の中からふつふつと湧いてくるエネルギーがみなぎってくる感覚がほしいときがある
 
目が死んでいる人、目の焦点が定まっていない人は目的を失っている

 
でも目的意識ってどうすれば持てるのだろうか?
 
 
私の中でずっとテーマだった

 
誰も教えてくれない

 
「目的意識」 はみんなそれぞれ違うから・・・
 
 
考えれば考えるほどわからなくなる
 
 
でも、今日怠惰になりそうになったときにふとわかった
 
 
それは未来を想像(創造)すること
 
 
地球が将来どうなっているか?自分や人がどうなっているか?
 
 
自分とかかわった人が幸せになっていることをイメージすることほどうれしいことはない

 
地球が素晴らしい星に進化していることをイメージすることほど素晴らしいことはない
 
 
だからその為には今、自分は何をしたらいいのか?
 
 
う先生はできるだけ人と会ってください
 
 
そして 「真理」 を伝えてくださいとおっしゃいました。
 

真理を知りたがっている人が待っています。
 
 
あなたが接触してくるのを待っているのです。
 

最近、人と会う機会が増えてきた、それも今までに会ったことのない人
 
 
縁が薄いと思われていた人とどんどん繋がってきた
 
 
そして、「次、いつ逢いましょうか?」 と打診するとあっという間に日にち、時間、場所が決まる、そしてその日に来るべき人が集まるようになっている。
 
まだ、準備の出来ていない人、その人が来ると波動(空気)がおかしくなる人はなぜか来れないようになっている。
 

無駄な時間が出来ないようになっている。
 

そのことがはっきりとわかる
 

目的意識がはっきりしているとすべてが順調に流れていく
 

それは目にみえない力が働いているから・・・・。
 
 

「今」 毎日がワクワクしています。
 

これからどうなるんだろう?と映画を観にきた観客のように今から起ることに胸を躍らせています。

 

ただ自分のなかで心がけていることは焦らないこと
 
 
映画はどれだけ興奮して観ていても最後はハッピーエンドで終わる
 
 
でも映画と違うところは自分がすべてを創造していくこと。
 

結果を早く出そうとしたり流れを変えようとしたら成るものも成らなくなってしまう。
 

それは宇宙(自然)の法則からずれてしまうから
 
 
エネルギーの動く速さに合わせて、時期を待って、タイミングをみて、自分と人との間を計ってやっていく
 
 
それは焦ってはできない、気が静まっていないと出来ないことなのです。
 
 
 
とブログを書きながら自分に言いきかせているところです。




 

  

2008年6月23日 (月)

自分がスッキリしていれば・・・

 
昨日、調和波動気功のセミナーでう先生が 「自分がスッキリとしていれば人のことは気になりません」 とおっしゃっていました。
 
ほんとにその通りなのです。
 
他の人、余計なことに意識がいっているときとは、自分の発しているエネルギーがどこかスッキリしていないのです。
  
すっごくシンプルですよね♪
  
そしてそのエネルギーは人に伝染する
  
自分がスッキリしていれば相手の人も明るい気持ちになってよい方向へ物事は進む
 
していなければ暗い気分になって自分も人も消極的になる
 
 
だから相手は関係ないのです。
 
  
自分にすべて原因があるのです。

 
だから答えは簡単、自分がスッキリ、爽やかになればいいのです♪






 


 

2008年6月21日 (土)

人間はいのちにおいて一体である

  
地球人類は一番大事なことを忘れている。
 
それは何かというと、人間というものは、いのちによって全部一つなんだ、ということです。
 
みんな個人があるでしょう。
 
個体という形があるから、みんな別々な人間だと思っているんですよ。
 
ところが、みんな一つなんです。
 
太陽から光が流れています。
 
いろんな色はあるけれど、その光線の一つ一つは太陽から来ています。と同じように、私たち人間は太陽光線なんですよ。
 
そしてその光線の一つ一つがみんな自分なんです。




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神様、仏様ってなんだろう?

 
お正月や受験のときに神社やお寺に神様、仏様詣りをする。
 
だけどそれは他力本願でほんとうにそれでいいのか?
 
ずっと疑問に思っていました。
 
自分の中に答えがある、他の人や物の中には答え(真実)はない・・・と漠然とだけど確信に近いものが心の中にありました。
 

ある本の文章を読んで 「これだ」 と思いました。
 
みなさんはどう思い、どう感じましたか?
 



神様は自分のなかにある。自分の中にある生命力が神様なのだし、それを全部出したものを仏様というのです。
 
ですから神様になるのも仏様になるのも、すべて自分の生き方によるのです。

神社に神様がいるわけではないし、お寺に仏様がいるわけではありません。
 
自分の中にある神様、仏様が、信仰が強く深くなると、その神社、仏閣に現われてくるだけであって、神社、仏閣に行かなければ、自分の中の神様が出ないわけではありません。
 
どこにいたって、寝ていたって、起きていたって、神詣りしなくたって、自分の中に神様、仏様があるのだから、その内なる神、仏を引き出してくれる、そういう方向に導いてくれる、それがほんとうの宗教家、指導者なのです。




       
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2008年6月18日 (水)

淡々と仕事をすること

   
職場において人間関係を潤滑にしていくことも大切だけど、それよりももっと大切なことは自分の与えられた仕事に集中してきっちりとこなすことだと思います。
 
仕事をしていると色んな雑念が湧いてくる
 
周りの人がイライラしていたり、怒っていたり、感情的になっているとその感情が自分に伝染してくる。

そしてその感情に振り回されて仕事で失敗したり、自信を無くしたりしてしまう。
 
人間はこの肉体だけが自分であって、離れている人とは何の影響も受けないと思っているが実はエネルギーは重なり合っていて人の考え、思考は手にとるようにわかるし、鏡のように写って(移って)くるのです。
 
しかし、まさか今の自分の考えは人からもらった別の考えとは思ってもみない
  
人というのはエネルギー体で出来ている。

肉体が無くなる(つまり死)とエネルギー、波動体、魂だけとなる。
 
オーラとか雰囲気はその目にみえないエネルギーのことなのだ。

そのオーラは大きなビル一棟くらいある(個人差がある)
 
だから、街中に出ると何万人もの人のエネルギー(プラス、マイナス色んな)をもらうことになる。
 
こんな状態で平常心を保て!落ち着いていろ!というほうが無理なのだ。
  
意識は分散され、集中力を欠き、無意識状態になる
 
ただ、一つのことに集中していれば 魔=間 が入る、差すことはない
 
仏教でいえば  の状態になる。

この状態は自分だけでなく周りの人をも落ち着かせる
  
何か知らないけど周りは癒しのような空間になる
  
仕事がしやすい環境になる
  
だから淡々と機械のように仕事を遂行することは素晴らしいことなのです。
 
周りの人と打ち解けて和やかにするのはこの環境を創った後のことなのです。
  
周りの人たちはわかってくれなくてもいいのです。
  
誰も認めてくれなくても神様はきっとみてくれています。
 
 
人に合わすのではない、神様(自分の本心)に意識を合わせるだけでいいのです。









  




 

2008年6月16日 (月)

気功のお守り

  
最近、気功のお守りを色んな人に渡しています。
 
受け取った人はどんなお守りなのかがわからないのですが魂は知っている、わかっているので、ほとんどの人が喜んで受け取ってくれます。
 
そのお守りを文章にするのは非常に難しいのですが、出来るだけわかりやすく書いてみます。
 
なぜ人はお守りを持つのか?持とうとするのか?
 
それは現状をよい方向に変えたい、何かについて良い結果があるようにとの願い事だと思いますが、自分の努力だけでは心もとないので目にみえない神様仏様の力を貸してください与えてくださいですよね。
  
それでは、今の自分の周りの状況とは何が起因しているのか?
 
それは過去における想念や行為が時間をおいて現われてきているのです。
 
過去に撒いた種は今になって花を咲かす
 
それと同じように過去世が原因となっている
 
過去世に悪いことを想い悪いことをしているとそれが現在や未来に現われてくるのです。
 
私たちは知らないけれど、覚えてはいないけど過去において悪いことをさんざんやってきている。
 
それが今に全部現われてきてはたまったものではない
 
話は少し変わりますが夢はなぜみるのか?
 
それは夢で現実に起こることを劇画化させることによって消しているのです。
 
その夢を覚えていなければ潜在意識(溜まった想念)の中から消えていく
 
だから具現化しない
 
その夢に出して消してくださっているのは守護霊守護神なのです。
 
だけど全部を消すことはできない
 
過去世を清めるのはたいへんなことなのです。

過去世、現在の汚れた想念のかたまりを業(ごう)、カルマといいます。
 
今地球上で起っている地震、や天変地変、事件、事故も人間の想念、行為が現われてきているのです。

過去を清めないと現在がよくならないのは地球も人間も同じなのです。
 
気功のお守りは過去世、今を清めてくれるのです。
 
だから身に付けているだけで現われてくることが大難が小難になったり
 
車などの大事故がかすり傷で済んだり
 
運気が上がってきたりするのです。
 
過去を清められるもの、それが本当のお守りなのです。
 

そのことがわかってからもっと積極的に渡すことが出来るようになりました。

読者の人で欲しい人がおられたら差し上げますよ happy01


応募者があまりにも多くなったら無理ですが・・・


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2008年6月15日 (日)

諦めるとうまくいく

  
諦めるとうまくいく・・・・・なんだか禅問答のようですが、一般論では 
「夢はあきらめるな」「希望は捨てるな」 といいます。

でも不思議なことに夢を持って頑張っていると力んで余計なところに力が入ってしまい疲れてしまうのです。
 
そして頑張ることが嫌になる、しんどくなる、逃げたくなる、頑張ってもダメなことがわかってくる。
 

でも頑張る以外に方法を知らない
 
しばらくは何もしない時間が過ぎる
  
そして夢をあきらめて身体の力が抜けて自然体になったとき、ふっと、いいアイデアが浮かんだりやる気が出てきたりする。
 
W先生は私に 「頑張るのではないのです。頑張るとは我を張ることです」
 

「あなたが自分でするのではないのです、あなたの器を使って神様が働かれるのです」 とおっしゃいました。
 
頑張ってはダメなんだ、それはわかる、でも、自分がするのではない器をつかって神様が働かれる?ってどういうことだろう?

それには深い深い真理がありました。

人間は肉体が自分だと思い込んでいるけれど、本当は肉体は人間のほんの一部であって、心が本体なのです、心は霊なるものでありエネルギーで出来ている。
 
霊とは宇宙の創造主であり、創造主とは自由自在心であり神そのものである。

私たちは心の中で想像する、そして想像した通りのことが創造されていく

だから肉体ではなく神である自分の本体に意識を合わせるとそこから本来のエネルギーが降りてくる。
 
なんかすごい難しいことを書きましたがそれが真実なのです。

人間はそのことを心の奥底では識っているのです。
 
  
話を戻して、諦めると肉体から意識が外れて奥底からの本当のエネルギーが出てくるのです。
 
「諦めなさい(自分の力でやろうとするのは)、諦めるとは明らかになるということなのです」 と頑張っている私に、W先生はおっしゃいました。




 



 

ごめんなさい

 
失敗することが悪いのではない、人に迷惑をかけてしまうのが悪いのではない、時間に遅れてしまう、人を傷つけてしまう、うっかりする、忘れることetc・・・・わたしたちは一日のうちで必ずどれかはやってしまう、神経を集中させて気をつけているつもりでも 
 が入ってくる。
 
もちろんそうならないように自分で努力することは大切だけど、もしやってしまったら 
「ごめんなさい」 の一言のほうがもっと大切だと思う。
 
その一言があればほとんどのトラベル、戦争、喧嘩、感情的な争いは無くなる。
 
「ごめんなさい」 を言うには勇気がいる
 
自分のプライドを捨てなければならない
 
相手は勝ち誇るかもしれない
 
自分よりも相手の方が非があるのかもしれない
 
これから先、主導権が相手に行くのかもしれない
 
色んなことが頭を駆け巡る
 
だから素直に謝れる人は強い人なんだ
 
本当に強い人は自分という我が無いので心に写った 
「ごめんなさい」 がそのまま出てくる
 
弱い人は 
「ごめんなさい」 に余計な想いがくっ付いてくる
  
そしてくっ付いた想いは重たくなってスッキリしなくなってしまう


 
 
だから重たくなる前にさっさと謝ってしまおう
  
相手の人はその爽やかさにきっと感動します
 
あなたの大きさに気づきます
 

でもそんなことより自分のことがきっと愛おしく 好き になりますよ♪






  



   

2008年6月13日 (金)

人生は選択の連続

  
山にこもって修行するのと街中で修行(生活)することに於いて大きく違うことは、街中の方がたくさんの出来事や人と遭遇するので決断を迫られることが多くなるのだと思う。
  
日常生活に於いて瞬間でどちらにするのかを判断する。
 
右か左かどちらかに決めたかによって結果はまったく違ってくる。
 
直観で判断するのか、損得勘定(感情)で判断するのか、常識(一般論)で決めるのか?
 
小さな選択では、メールの返事を書くのでも一字違えば相手に与える印象は違うものとなる。
 
そんな細かいことは無視をして直観で書けばいいんだと思うが文字は誤解を生む、いや言葉でさえも心の中をそのまま伝えることは難しい。

相手のフィルターがどうなっているかによって伝わり方が全然違うからだ
 
そこまで考えていたら神経が持たないよ
 
何も書けないし、何も云えない
 
だから、そうなのだからこそ、自分をスッキリさせておくことが大切なんだ
 
判断を迫られたとき自分をチェックする
 
心は中庸(ちゅうよう)=ニュートラルか?感情が入っていないか?自分の都合で決めようとしていないか?右ではなく左を選んだとしたら後悔はしないか?
 
そして、即決した方がいいのか?時間をかけた方がいいのか?
  
すると左を選択することにすごく違和感を感じるようになる
 
右の選択は一見、損のように思える
 
左の方が無難(ぶなん)のように思われる
 
でも、違うことが心の中でハッキリしてくる

そこで初めて右で 「大丈夫だ」 と決意する



もっとスッキリしていればその決断はもっと早くなる



 

  

2008年6月12日 (木)

常識ってなんだろう?

 
自分の中でおかしいと思っていたことを言わずにいた
 
それは相手の人が精神的に弱いので当たり前のことを言ったとしてもそれをネガティブに受け取ってしまうと感じたから
 
そして、そのことに触れるとその人は自分から離れていってしまうとわかっていたから
 
しかし、一見、愛と思えるようなその行為は決してその人の為にはならないのだ。
 
言うべきときには勇気を持って言う
 
そうじゃないとその人は自分の行為が間違っていると気づかない、それでいいと思ってしまう
 
常識ってなんだろう? 間違った行為って、どんな行為なんだろう?
 
人はそれぞれ考え方が違う
  
だから常識も間違いも存在しないという人がいる
  
一方で自分の常識が正しいとそれを押し付ける人がいる
   
どちらも違うと思う
  
W先生は 
「人に迷惑をかけなかったら何をしてもいいのです」 とおっしゃいました。
  
すごく自由でおおらかな考えと思っていたが、実は深い意味があることに気づいた。
     
人に迷惑をかけないとは人への思い遣りを持てということ
 
そして思い遣りとは愛の行為ということなのです。
 
常識って何かな?何が基準となるのかな?とわからなくなったとき
  
それは相手への思い遣りなんだと気づきました。
 
そして、人への忠告、語りかける言葉は思い遣りを忘れたとき、それをさりげなく、またはわかるように教えてあげることだと思います。
 

その行為もやっぱり思い遣りの 愛の行為ですよね。




  
  

2008年6月 9日 (月)

不思議な出来事?

  
不思議といえば不思議だけど当たり前といえば当たり前の現象が今、私のまわりで頻繁に起っている。
  
心の中で想ったり、言葉に出したことは時間を経て、必ず自分にかえってくる。
 
キリストの言葉で、
「自らが蒔いた種は自らが刈りとる」 とあるが今はその時間(刈りとるまで)がほんとに短い。
 
Aという人が仕事でミスをした、それをBという人が激しくなじった。
 
しばらくするとBさんはAさん以上のミスをして非常に恥ずかしい想いをした。
 
Bさんは普段は仕事の出来る人でほとんどミスをしない
  
それはBさんには考えられないような失敗だった
 
これがAさんのミスだったら聞くにも堪えないような言葉でAさんを責めていただろう
 
それを自らがやってしまった・・・。
  
しかしAさんはBさんに対して何の感情もなかった
 
「ざまあみろ」 の言葉も 「自分のことを棚に上げて偉そうに言うな」 もない
 
ただ、自分のことのように気の毒に思った。
 
人の失敗を自分のことのように受け止めることができた
 
Aさんは自分の中に想いが無いので鏡になった
 
Bさんの写し鏡になった
  
だからBさんは、自分の投げかけたマイナス感情、出来事を受け取ることになった
 
人をバカにする人は自分がバカにした人と同じようなことをする
 
人をけなす人は、事故を起こしたり、体調がおかしくなったりする
 
それはマイナスのエネルギーが自分に帰ってきただけ
 
自らが蒔いた種を自らが刈りとっただけに過ぎない
 
昔の人は 
「悪いことをすると罰(ばち)が当たる」 と言った。
 
それはたぶんこのことを言っていたんだと思う。
 
Bさんが早くそのことを感じとってくれたらなぁと思います。
 

Bさんの天命がまっとうされますように




 




 



2008年6月 8日 (日)

凛とした美しさ・・・。

 
星はたった一つで輝いている、仲のよい星同士くっついていることはない。
 
太陽もあったかいエネルギーを送ってくれるけど、月も優しい光を送ってくれるけど決して仲間がいるわけではない。
 
人は死ぬと星になるという
 
人は死ぬときだけではなく、生まれてくるときも一人だ
 
ほんとうの幸せって、たった一人になったとしても人に頼らずに凛(りん)として生きていけることなんじゃないか?とふと思うことがあります。
 
人を観ていても、たくさんの友達と連れ立っている人よりも、一人でさっそうと前を向いて歩いている人に美しさを感じます。
 
それは、決して人間嫌いとかではなく、人とも調和した上で一人でもちゃんと生きて行ける人という意味です。
 
今は家族や友達、知人がたくさんいるけどなんらかの事情でたった一人きりになった。
 
そんなときでも寂しいとか悲しいとか辛いとか、そんな感情に惑わされることなく、凛(りん)として生きている人
 
人がどう思おうが、どう理解されようが関係なく、自分の生き方が出来ている人
 
 
自分自身とちゃんと対話が出来る人
 

そんな人がほんとに美しいと思います。





 

調和波動気功法

 
私が調和波動気功をW先生のところへ勉強をしに通っているとき、一般の人たちにわかり

やすいように書かれていた説明書があります。
 
W先生は眼科のお医者様でもあり、気功の先生でもありました。
 
私はそこで、大変多くのものを教えて頂いたのです。
 
 

波動気功(調和波動気功法)とは、中国古来より今日まで伝えられている二千数種類とも

いわれている気功の一つであり、また、その範囲をこえたものであります。
 
非常に奥の深いものであり、また一方、誰にでも出来る簡単なものでもあります。
 
この気功は独自の呼吸法・リラックス法・イマジネーションによって自己の気と天地の気を

共鳴させ 「和」 のパワーを引き出します。
 
言葉をかえれば自己と宇宙の調和、自己と他の調和、すべての調和です。
 
病気になる一番の原因は、自分を責める、卑下する、あせること、マイナスの精神波動

を出すことなのです。
 
人間は、宇宙からの生命エネルギーによって生かされているのですが、
 
マイナスの精神波動を出すことにより気の流れが、とどこおってまいります。
 
そうしますと、そこに不調和が引き起こされ病気のような状態となって現われてくるの

です。
 
 「病は気から」 と申しますが、その通り気のもので人に頼っているうちはなおりません。
 
病気はまず、自分自身の気で治すものです。それが気功であるわけです。
 
ですから、私たちは、いつも明るいプラスの精神波動を出すことが最も大切な事であると

いうことを認識しなければいけません。
 
常に気を流し、明るい波動を出し続け、物事に感謝していくという心がけが大事なわけ

です。
 
そうしますと、人間に本来、備わっている自然治癒力が高まり、回復が早くなってゆくの

です。
 
私共では、簡単で、どこでも、誰にでもでき、そして知らず知らずのうちに確実に効果が

出てくる方法を指導致します。
 
又、当院は大変磁場の良いところですので、来院されるだけで心身のリフレッシュが出

来る場でもあります。
 
波動気功に興味のおありの方はお気軽にお尋ねください。


                                院長





 
  

 

2008年6月 7日 (土)

好きであること

 
歌のうまい人はたくさんいます。
 
カラオケでも歌っているプロの人よりも上手だなって唸らせる人もいる。
 
だからと言って、人の心を感動させる、癒せるか?といえばそうとは限らない。
 
聴いていて心地よくなる音楽、それはその人が歌をこよなく愛している、歌うことが自分の幸せ、喜びだと心底思っている人なんじゃないかな~と思います。
 
それが聴いている人に伝わってくるのです。
 
マライヤ・キャリーのWithout you を初めて聴いたときその幸せ感が伝わってきました。 

 
好きであること、愛することって大切なんだなぁって思います。






http://jp.youtube.com/watch?v=vOR_jq9M53c








  

イメージすること

 
前回にも同じタイトルでイメージのことを書きましたが、どうしてもイメージすることが期待することと混同するようです。
 
以前、読んだ本で、
宇宙が味方する経営 という本がありましたが、これは宇宙や神様をイメージして宇宙や神様が喜ぶこと、みんなが幸せになることをしたり、しようとしていると目にみえないエネルギーが動いて(味方して)奇跡のようなことが起こる・・・という内容でした。
 
最近、起こっていることなのですが、これをすることは神様が喜んでおられるだろうなぁとふと思える(イメージする)ことには、応援が入るのです。
  
それも応援を期待せずに 
「一人でもやるんだ」 と淡々としていると携帯の電話が鳴る。
 

「おーいお前、○○してるんだって、手伝うよ」 その人はいつもとても忙しい人なのです。
 
その人に限らず時間を取らせることは誰にも頼めない、お願いするくらいなら自分でした方がいい、そう思って、そのことすら忘れていると思わぬご褒美があるのです。
 
そうか、イメージするって神様が喜ぶこと、人が喜ぶこと、宇宙が喜ぶことを思うことなんだ・・・。
 
それ以外のものはたぶん、念力であったり、妄想であったり、自分の欲望であったりする。
 
それは強い想念であれば実現するかもしれないけど、後で必ず歪みが生じます。
 
 
つけがまわってきます。
 
 
それは自然でないからです。
 
 
いつも自然体でいたい、スッキリした自分でありたい

 
そう思います。



 
宇宙が味方する経営 関西アーバン銀行頭取 伊藤忠彦 講談社インターナショナル





  

2008年6月 5日 (木)

共感能力

 
5月31日の朝日新聞に興味深い記事があったので抜粋します。

 
ゴーン道場
 

━ 外国人の知人は 「日本のビジネスマンは退屈。仕事以外に話すことがない」 と言います。
ゴーンさんはどう思いますか。


そうは思いませんね。率直に言って、日本もアメリカもフランスも、退屈な人間の総数はそう変わらないですよ。ただ、その知人が「ビジネスマン」と言っているのが気になります。マネジメントにおいては、退屈な人間であることは避けなければなりません。
 
━ と言いますと?

私がよくリーダーに必要な資質に挙げる「共感能力」の話をしましょう。共感能力とは、理屈を超えて相手と心を通わせ合う力です。
頭がよい人がその能力が高いとは限りません。
どんなに優秀でも、共感能力がゼロなら誰もついていかないでしょう。

相手が外国人でも同じでしょうか。

もちろん。日本人同士なら、同じ文化や習慣を共有する者同士、心を通わせやすい。特に言語は大きいですね。最も有効なコミュニケーション手段ですから。でも国際社会ではそれが通用しません。そこで共有能力が問われます。全能力を使って、相手のことや周囲の状況を感じとるのです。そうする中で、周りの人たちとつながる(Connect)道を探ります。リーダーとして、部下に何かをさせたければ、まずその人の心に触れないとならないのです。
 
共感能力がない上司は退屈でしょうね。

特に外国人は最初にその「心の通じ合い」を感じられないと、あなたについていく意欲を失ってしまうでしょう。その点、一般に女性の方が共感能力は高いので、マネジメントに向いていると気付いてほしいですね。



感想・・・共感能力という文字に惹かれて読み始めたが、それは能力というより相手が何を求めているか?どうすることが相手の人をリラックスさせるのか?を知ろうとする心配りのことではないのか?と思った。
 
相手の興味のある話題作りも大切だろうけど、もしかしたらその人は静かに一人でいることが好きで落ち着くのかも知れない、そうだったとしたら無理な話題作りは逆効果となる。
 
女性のほうが男性よりも共感能力が高い?
 
それは男性の方が会社や家族を守ろうとする防衛反応が強い。
 
だから相手に警戒心、壁を作りやすい
 
それが相手と共感するのに時間がかかる原因になっているような気がします。
 
なーんだか分析をしてしまいましたが、大きな度量で考え方の違いを認めたり、相手の失敗などを許すような包容力があるような人が指導者には必要なんだと、私は思います。



 

2008年6月 3日 (火)

果報は寝て待て・・・

  
私はタイトルの 
果報は寝て待て が好きです。
  
寝て待てとは起きているときも寝ているときのように何も考えずに済んでしまったことは忘れろ、そうすればいいことが起こったときは何倍もの喜びになるよ♪って意味もあると思う。
  
起きているときは絶えず何かに期待している
 
こうなればいいなぁ、あの人がこう想ってくれたらうれしいなぁ
 
いいことばかりを期待している
 
それか逆に、こうなったら嫌だなぁ、あの人に変に想われていないかなぁと不安になっている
 
つまり起きているときは期待と不安が行ったり来たりしているんだ
 
だから疲れる、だからそんな自分が嫌になる、嫌いになる
 
子どものように無邪気になっていると何も考えていないのでちょっとした喜びが大きな幸せに感じる。
 
そして自分に都合の悪いことが起っても、それまでに不安感や恐怖感がないので、余裕を持って自然体で受け止めることができる
 
ハプニングは予測していた方が慌てなくていいと思いがちだけど、自然体のときのほうがどうしたらいいか?という知恵が出るものなのです。
 
自然体とは平常心、不動心、落ち着いた気持ちのことをいいます。
 

 
つまり自然体とは寝ているときのような状態をいうのです。


人は自然体でいられるように努力することが大切だと思います。
 


  
 




 

 

縁ってなんだろう?

  
今、たくさんの人と出逢っている
  
その人たちとはそれっきりになることもあればずっとお付き合いすることになる人もいる。
 
不思議なものであまり一緒にいたくない人とは毎日のように会ったり、縁が切れずにいる。
 
逆に関心のある?というか魅力のある人、話してみたいなぁと思っている人とはあまり続かない。
  
それはたぶん自分にとって都合の悪い人、うまの合わない人とは過去世からの関係が清算(解決、スッキリ)されていないからだろう。
 
相性の良い人とはもう終わっている。
 
だからその人と一緒にいてもあまり自分は成長しない
 
そう考えると人との縁は納得出来る
  
人との縁で最近つくづく思うのは
 
無理はいけないということ
 
たいした用もないのに、会う目的もないのに自分が個人的に逢いたいと相手の連絡してもたいがい会えないようになっている
 
無駄な出逢いは出来ないようになっている
 
心の奥底で求めた、そんな繋がりでないといい出会いにはならない
  
人恋しいなぁ、寂しいなぁ、誰かに逢いたいなぁは自分の欲望でしかない
 
自分のやるべきことを淡々としていると必要な人には自然と逢わせてもらえる
 
 
縁ってそんなものだと思います。





 

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