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2008年4月 8日 (火)

大宇宙と地球という星

 
大宇宙にはさまざまな星があって、地球人類よりはるかに進化している人類が生活していることは、近来かなり多くの人々に、そういうこともあるだろうな、というような肯定の仕方がなされております。
 
常識的に考えてもこの厖大な大宇宙の中のたかが地球という、小さな場だけにしか人類が生存していなくて、あとの無限の数の星座や星々が、このちっぽけな地球人類のためだけに輝いていたり、存在価値を持っている、というようなばかげたことを、大智慧大能力の神様がなさるわけがないと考えられるのです。
 
太陽も月も星々も、ただ地球人類のためにだけ存在している、というような思い上がった考えを、思い上がってはいないかもしれないが、当然のこととしていたということは、地球人類の考えが幼稚であった、という他はありません。
 
地球人類は大宇宙生命の一環を担う生物であって、大宇宙を離れた、単なる地球人類というのは、その存在価値を持たないのであります。
 
そういう大きな視野に立って考えてみますと、地球上において、お互いに争い合う国家や民族があるというのは、実におかしな、つまらぬことになるのです。
 
自国の権威がどうのこうの、自民族のプライドが汚される、とかいって争ったり、たいして違いもしない思想の相違を、いかにも大げさに、思想的な相違で友好関係は結べない、というような政治論争から、武力闘争にまでなりかねない、ということは、大宇宙の真理を知らないところから起ってくるのです。


  
 

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