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2008年3月30日 (日)

平常心と不動心

 
人として何が難しいかといえば、平常心であることだ。
 
どんな時にも心を安定させることは日常生活を送っていく上で最も大切なことだと思う。
 
山奥で厳しい修行をしてきた修行僧が街中に出てしばらくするとどうしようもなく心が乱れてきたという。
 
どんなに厳しい修行もそれは自分と自然に対してだけのものであり、対、人とではない。
 
家庭生活や仕事、その他の人間関係で調和が取れてこそ、意味がある。
 
そして、そこで自分の心が動揺しない、感情が乱れないことが大切だ。
 
人との調和をとるには、その前に自分の本心と繋がらなければならない。
 
自分の本心と繋がるとは、自分の守護霊、守護神と交流することである。
 
すると、自分の守護霊、守護神は相手の守護霊、守護神との交流を始める。
 
そして、相手の守護霊、守護神が肉体のその人に直観という形で司令を与える。
 
なんとなく親しみを感じたり、相手の人を大切な人だと感じたりするのは守護霊、守護神どうしのエネルギーの交流があるからなのだ。
 
仕事が思いもかけずうまくいったり、奇跡的なことが起ったりするのは、守護霊、守護神の働きであることはいうまでもない。
 
それを信じて、目に見えない力にすべてを任せられたとき、平常心や不動心になれることが出来る。
 
 
そして、全托(ぜんたく)、すべてを託すとはこのような心の状態をいう。



 



 

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