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2008年1月22日 (火)

分別心を無くす


   
 毎日、何らかの形で人と出逢っていると思わぬ気づきがある。
 
その気づきは今までのすべての思考を払拭するような強烈なインパクトがある。
 

私はW先生から 「分別心を無くしなさい」 「自分でジャッジしないこと」 を以前教えて頂いていた。

 
だがどうしても自分の考えを基本として 「いい」、「悪い」、「正しい」、「間違っている」 を決めていた。

 
そして生意気にも絶対的な自信を持っていた。
 

あるときは、
 
 「一般の常識なんて関係ない、自分の考えが正しいんだ」
 

そして、あるときは

「それおかしいんじゃないか?一般の常識からは外れてる」
 と・・・
 

自分のなかにある常識を基準にその時、その時で使い分けていた。
 

「お父さんこの間は常識なんて関係ないって言ってたじゃないか、だけど今は常識から外れてるってわけがわからないよ」 と突っ込まれたりしていた。
 
 
そんなことを言われてもまだ自分でジャッジしていた。
 

昨日、毎日のように立ち寄るコンビニで、よく世間話をする若いアルバイトの店員さんに声をかけた。
 
 
「今年高校を卒業したばかりのプロの選手になった●●君が、月のお小遣いが30万円だって、まだ18歳なのにそんなにもらったら金銭感覚がおかしくなるよね、一般の常識から外れてるよな、お金は親が管理して常識的な金額をやらなきゃね」

 
ところがその店員さんは
 
「そうですかね、僕はいいと思いますよ。だってその契約金や年棒は自分の力で稼いだのでしょう、それでおかしくなったら自分の責任でいいんじゃないですか?」
 
 
うーんなるほど何も言えなかった。
 
そのときジャッジをして、いい、悪いを分別している自分がいた。
 
グーの音も出ない自分がいた。
 

そうか、いいも悪いもないんだ。
 
自分が正しいも人が間違っているもないんだ。
 
分別するのは違うんだ。

分別をすると心がわかれてしまう。
 
 
私たちがつい感情的になってしまう時はたいがい分別している、ジャッジしているからだ。

ジャッジしなかったらどんなに楽だろう。
 
空気のようにただ漂っていたら、どんなに心が平安だろう。
 
風のように身を任せているだけでいいんだ。
 
何も余計なことを想わなければいいんだ。
 
そう思うと気持ちがすごく楽になってきた、肩の力が抜けてきた・・・
 
そんなスッキリした気持ちになれた1日でした。



  

  

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