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2008年1月29日 (火)

老子の言葉に・・・・

   
老子の言葉に 
「上徳(とく)は徳とせず、是を以って徳あり。下徳は徳を失わず。是を以って徳無し」 というのがあります。
 
上徳というのは、徳を積もうと思って徳をするのでもなければ、徳を積んだと自分で思っているわけでもない。
 
自然と行為に現わした物事事柄が徳になっている、というのであります。
 
徳というのを善い行為と解釈すればよいわけです。
 
そして下徳というのは、その人の行為が、いつも徳を積みたいとか、徳を残したいとかいう、徳という行為に自分の心が離れずにいて、徳に行為、つまり善事をしている、という程の徳です。
 
一口にいうと、上徳というのは、人為をもってするのではなくて、自然(ひとりで)に行為しているもので、その徳を何かに利用したり、どうしようというような自我の想いがでることがない。
  
下徳は、徳の行為をしても、その徳を自分のために役立てようとする行為をもつことがある、というのが老子の言葉です。



解釈
 


素晴らしい文章というのは、へたに解釈しないほうがその響きが伝わりやすいのです。
   

上記の文章は読んでいるだけで心が洗われるようです。
 

美しい音楽が流れているのに雑音が入るようなものです(笑)
 

ただ老子という人がどういう人だったか?だけ述べたいと思います。
 
 
キリストやお釈迦様はその出生(生い立ち)がわかっているのですが、老子はまったくわかっていない、どの時代に生きていたのか?どこに住んでいたのか?もわからないそうです。
 
つまり肉体を纏って(まとって)いたのではなく、心、魂、エネルギー、響きとして存在していたのです。

 
私はキリストやお釈迦様よりも老子が好きなのです。(個人的にですが)

 
それは、自分というものがまったくないクリスタル、ピュア、そんなものではない、どんな言葉を使っても表わせない、どこまでもどこまでも宇宙の果てまでも無限の響きを感じるからです。
 

言葉にする、文章にした時点でもうそれは汚れてしまっている。

 
美しい響きはすべてのものを超越するのです。



 



 

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