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2008年1月12日 (土)

続・如是我聞 27

  
    
結婚生活とはつくしあう生活である。

 


解釈

 


私は結婚してから21年になります。
 
最近つくづく思うのは、夫婦というのは我慢比べをしているのかなぁ・・・なのです(笑)

 
友達であったなら喧嘩をしたら会わなければいい、仕事場での人間関係だったら仕事だと割り切ればなんとかなる、逃げ道がある。

 
だが夫婦は離婚しないのだったら逃れることは出来ない。

 
別居は離婚と同じであり、逃げずに毎日顔を合わすのは修羅場以外の何ものでもない。

 
誰だか結婚は修行だと言っていた。

 
W先生は 
「家はくつろぐ場所ではありません」 とおっしゃった。

 
結婚を修行、修羅場ととらえるのは辛過ぎる。
  
 
だったらいっそのこと、開き直ってつくしあったらどうだろう?

 
修羅場とつくしあう場、案外似ているのかもしれない(笑)






  

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