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2008年1月12日 (土)

続・如是我聞 26

 
    
悪のうずまく時代においては、お説教や言葉でいくらいいことをいっていても、相手は変わらない。
それよりまず自分が浄まって、その光をふりまくことである。
その光にふれて人は変わってゆく。

 

解釈

 


よく、「人を変えることは出来ない、自分が変われば人は変わる」 と言われるが、自分が変わっても人が変わるか?と疑問に思うことがある。

 
「この人はちょっとやそっとでは変わらないよ」 とか 「人は人、自分は自分、だから関係ないよ」 と冷めた目で客観的に分析をしたりする。
 
 
自分のことを肉体だけが自分であると思っていては確かにその力や影響力はたかが知れている。

絶対に不可能だと思っていい。

 
だが人間は霊が主で肉体が従なのだ。
 
人間の本体は霊体であり、霊体というのは心というエネルギー体で出来ているのです。
 
そして、人と人の心は空のように繋がっている。

別々に分かれているように見えるが大元は繋がっているのだ。
 
感動するとは人と人の心が一つに溶け合うことをいう。
 
愛とは心と心が合うことをいう。
  
奇跡とは感動や愛の現象をいう。
 
 
心は光で出来ている。
 

自分が変わって光輝くと相手の人もその光にふれて変わっていく。





  

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