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2008年1月 9日 (水)

続・如是我聞 19


   
自分は一つも悪いことはしていない、しかし人に叱られたり、何かいわれたら、前生に何か悪いこと、間違ったことをしたんだろう、私が悪かった、とサバサバとあやまることだ。
何かいわれたら、悪いのは私なんだ、と思ってあやまってしまうことだよ。そうすれば喧嘩になりません。
自分は悪くない、正しい、なんて思っているとお互いにぶつかりあって、喧嘩、争いということになる。夫と妻との間でも同じだ。

 


 
解釈
 


喧嘩まではいかなくても何かを言われて腹が立ったとき、つい相手と自分の非の比率を考えてしまう。
 
自分も少し悪いが相手はもっと悪いとか、何でそこまで言われないといけないのか?とか、自分はほとんど非がないのにどうしてそんなに非難されるのか?同じことをしてもなぜ?自分ばかりが責められるのか?・・・
 
 
日常生活は相手を非難することがあまりにも多い。
  
 
ストレスの多くはここから来るのではないだろうか?
 

真理を識ることがなぜ必要なのか?W先生は私に 「真理の勉強が足りません、真理をもっと学びなさい」 とおっしゃいました。

  
それは、真理、ほんとうのことがわからないと真に幸せにはなれないから・・・

 
前生、前世があることを識らなければ人をずっと恨み続けることになる。

 
恨みは一生続き、死んだ後も苦しみ続ける。

 
真理を識った人は何かがあってもサラリと流すことが出来る、いつまでもこだわったり、とらわれたりしない。

 
私は腹が立ったとき、この文を想い出そうと思う。
 
 
そして、出来るだけ早く、気持ちの切り替えをしていきたい。






   

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