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2008年1月 3日 (木)

如是我聞 30

 
 
その人が悪いのではない。業にまきこまれてしまうのだ。あいつは悪い奴だ、といわれる人は、実は、業をそこに結集させて、代表的に業をけしている役目を荷っているのである。ああ、ご苦労さま、あの人の天命が完うされますように、と祈れる心は仏の心である。




解釈

 

テレビドラマに出てくる悪役の人は本当に悪い奴ではない。
 
ただ、演じているだけだ。
 
それと同じように、自分の身の周りにいる悪い奴と思っている人は、自分を成長させてくれる為に悪い役をかって出てくれている、ありがたい人だと思うときがある。
 

自分の中にすべての世界がある。すべての世界の中に自分がいるのではないのだ。
 
 
どんなときも自分が主役で、他のものはすべて脇役に過ぎない。
  

悪役を演じてくれている人は本心が出ていないので本来のその人から遠くなってしまっている。
 
みんなを代表して、業(ごう)、カルマをたくさん背負ってくれているのだ。
 
誰が悪く、誰が良いわけではない。
 
人の本質はみんな一緒なんだ。
 
みんな光輝いているんだ。





  

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