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2007年12月31日 (月)

如是我聞 21

 
 
何事もそうだけれど、心を緊張させて固くなってはいけません。力むということは、やはりそれだけ自分がやる、という 「自分」 が残っているからです。



 

解釈

 

「自分」があってはなぜいけないのか?
 
よく自我があった方がいい、自分を主張しなければ駄目だ、と云いますが本当にそうでしょうか?
 
今の競争社会が人々を幸せにするのでしょうか?
 
なんて評論家みたいなことを述べてしまいました(笑)
 
私も普通の人間ですよ♪
 
オリンピックでインタビューを受けた時、「頑張ります、必ず金を取ります」 と力(りき)んでいる人はなかなか本来の力を発揮することは出来ない。

 
人間は本来持っている力の数%しか出していないと云われています。
 
力むと肉体の力の数%しか出せず、本来の力は奥に閉まったままになっている。
 
自分や我を出そうとする人は宝の持ち腐れをしていまっている。
 
 
リラックスして謙虚な気持ちになったとき、奥からの本来の力が出てくる。








  





  

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