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2007年11月12日 (月)

我に帰る

 
我に帰るとは迷いの世界から本当の自分へ戻ることをいう。
 
罪を犯した犯人を吐かせるときに刑事がお母さんや故郷の話をして諭すのも本心に訴えるという意味がある。
 
人の心、本心は業想念(ごうそうねん)で覆われてしまっている。
 
業想念とは仏教用語だが、キリスト教ではカルマと言われ人間を苦しめ、悩ませる元凶である。
 
我に帰るときは守護霊や守護神がこれではいけないというときに他の人を使って諭す方法と業を消すために強烈な光を与える場合がある。
 
その時、人は急に宗教心に目覚めたり、その人に役立つ事に興味を持ち始めるという。
 
そしてそれでも光が届かない場合は幽界への移行、つまり急死の状態になる。
 
いづれにしても本人にとって一番よい方法が取られる。
 
だから、人の死は肉体界から幽界への旅立ちであって悲しむことではない。
 
肉体が無くなっても魂、心は生き続ける。
 
往生とは幽界への移行をいう。

 
往生は生きて往くと書く。





  




   

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