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2007年11月19日 (月)

守護霊の声

 
人の悪を聞くために耳があるのではない。
 
人の悪を語るために口があるのではない。
 
人の悪しき姿を見るために目がついているのではない。



解説 

これは死んだおじいさん、おばあさんが孫への戒め、躾のために云った言葉のように思えてならない。心にグサッと突き刺さるような言葉だ。
 
人の悪口を聞いたときの嫌な気分はなんともいえない、そして、つい悪口を云ってしまった後味も、見るものも、人の姿に腹が立ったときなどは不謹慎かもしれないが見えなかったらよかったのになんて思ってしまう。
 
これらの3つのことは自分の心の中がスッキリしていなくてイライラしているときなどに聞こえてきたり口に出たり、目についたりする。
 
つまり自分の心の中の鏡が悪を聞いてしまい、口に出て、見えてしまう。  
 
共鳴するのだ。   
 
自分の心の中に一瞬、入ってしまうのは致し方ない。 
 
人の身体は受信器なので色んな人の想いをキャッチしてしまう。  
 
そのとき、出来るだけ早く、不調和なエネルギーを出してしまうことが大切だ。 
 
それをしないかぎりは四六時中、悪と共にいなければならなくなる。
 
悪から、バリアを張って防いでくれるのは云うまでもなく、守護霊、守護神だ。
 








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