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2007年11月22日 (木)

真理を実践する

 
国の賢人、老子は自分が実践している、云っていることは常人、つまり、一般の人から理解されない、わからないと云われるくらいでないとダメだと云っている。
 
 
般若心経がほとんどの人に理解されていないように、あれは一番弟子である舎利ほつに説いた教えであって、そこまで意識が高くなければ理解できなくなっている。
 
 
ただ、肉体のその人はわかっていなくてもずっと奥の本体の自分はわかっているから写経をしたり読経をしたりしたら、意味はわからずとも心はわかっている。
 
 
すると意識には関係なく、すっきりした、さわやかな心境になってくるのだ。
 
 
だから、真理を実践していくこと、愛を貫いていくことは並大抵の忍耐ではない。 
 
 
愛は忍耐とW先生はおっしゃった。 
 

 
「忍とは心の上に刃と書きます。それくらい厳しいものなのです」・・・と
 
 
あまりにも厳しい、峻厳(しゅんげん)の愛である。 
 
 
でもその奥には暖かい無限の愛が流れている。 

 
そして、そこには本物の愛がある。
 







  

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