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2007年9月29日 (土)

下丹田、奥深く光輝け・・・

 
調和波動気功法のなかでう先生がいつもおっしゃっておられる言葉です。
 
どういうことかと云うと人の考える場所は実は頭ではなく、へその下3.5cmの下丹田(かたんでん)にある。
 
本当の人間は頭ではなく心で考え心で行動している。

人は頭で考えるとき、平常心を失い、正しい判断ができなくなる。
 
下丹田の場所は腹脳と呼ばれ、本心、そして人間の故郷である宇宙と繋がっている。
 
下丹田に意識を下げていくと、不動心になった、冷静さをとり戻した自分に逢うことができる。
 
いつも落ち着いた悟っている自分、そこが自分の本当の居場所。
 
そして、下丹田から後ろにずっと意識を引いていくと自我というものが完全に無くなっていく。
 
目立とうとする自分、自分の力、自分の能力でなんとかしようとする驕り(おごり)。
 
肉体人間の自分ではなんにもできないのになんとかしようとしている自分。
 
人をコントロールして思い通りにしようとしている愚かな自分。
 
そんな浅はかな自分を奥深く引っ込める。
 
そうすると、本心の自分が顕われてくる。
 
自我の自分が引っ込んで、本来の素晴らしい自分が動き出す。

 
プラスという字は+と書く。
 
十字架をも意味するが、頭のてっぺんから入った宇宙からのエネルギーは地球の中心へと流れ続ける。
 
そしてその一部は下丹田で受け止めて横に流していく。
 
だが、これだけでは+にならない。
 
自分が奥深く、謙虚になったときに初めて前にエネルギーが流れていく。
 
奥深く入ることとは自分を無くすこと。
 
自我を無くすこと。
 
自分という気配を消したところから目にみえないエネルギーが動き出す。
 


下丹田、奥深く光輝け・・・




人生とは、自らが自らの内なる神性を表現し、体験してゆくことに尽きる。









    


今が絶好のチャンス


2012年に地球は本格的にアセンション(次元上昇)していくけど、宇宙でもアセンションの場に遭遇することはめったにないそうだ。
 
だから他の星からアセンションを経験するためにたくさんの魂がやってきている。

その魂たちは記憶を消されて普通の一般の人たちに混ざって、交流している。

そのなかで、慣れない波長の中で本物の愛を学ぶために・・・
 
死んでしまって、魂だけになると同じような心を持った人たちだけの集合体にいく。
 
そこはそこで居心地はいいのだけど、そこに慣れてしまうと魂の成長はしにくい。
 
現在(いま)なんのために肉体を纏って=持って、地球に住んでいるか?

 
それは色んな星からやってきた波長の違う魂たちと交流し、理解し合うことを目的としている。
 
自分と違う考えや思考を大きな包容力で包み込みそして、愛を与えていく。

そのことに集約される。


2012年には肉体という感覚がなくなって、霊そのもの、魂、心だけが存在するようになる。
 

文字通り裸の付き合いが始まる。
 
そのときに、心がピュアであるように、純粋であるように自分を磨き続ける。
 
すると、これから先の生命(いのち)が永遠に輝くことになる。


だから、このチャンスを逃すのは本当にもったいない。




名はたいを表す

 
名は実体を造っていく。
  
あるいは滅びていく。
  
例えば、会社名を耳障りの良いものにしようとする。
  
何かを製造する会社で、愛の工場・・・ アイ・ファクトリーと名づけたとする。
 
しかし実体は、公害を撒き散らし、汚水を流し、周りに迷惑をかけ、脱税、汚職を繰り返す会社だったとする。

社名と行っていることが全然マッチしていない。
 
宇宙の法則とは理屈ではなく、名と実体のバランスを取ろうとする。
 
名と実体が同じであれば、存続していくが、違っていれば淘汰しようとする力がはたらく。
 
そんな会社はほっといてもダメになっていく。
  
人もそんな会社にあいそをつかし、見向きもしなくなる。
 
逆に名に合った会社にしようと努力しているといつの間にか経営の軌道に乗っていくことがある。
  
この場合、宇宙のエネルギーがプラスにはたらき始める。
  
いずれにせよ、エネルギーは一切の妥協も同情もなく法則の通りに動いている。


会社だけでなく、もちろん、人の名もたいを表す。




ほとんどの人たちは、目の前に存在する、形のあるものにこだわり過ぎているのです。
しかし、本当に大切なのは、目前に存在するものではありません。
その背後にあるものなのです。

    

   宇宙が味方する経営 伊藤忠彦 講談社インターナショナル









    

働くということ

 
ずいぶん前に働くということは傍(はた)を楽にさせることことだと聴いたことがあった。
 
なるほど、それは家族を養って楽な生活をさせることだと思っていた。
 
少しでも条件のよいところで精一杯頑張って、お金に不自由をさせないこと・・・

それくらいに思っていた。

だが、波動の目にみえないエネルギーのことがわかるようになると全然違っていたことに気づいた。
 
自分がある職場へ行く、そこは自分と前世から縁のあった人たちの集まる場となる。
 
そこにいる人たちは過去世で雇い主だった人は今生では雇用されるほうに、雇用されてた人は雇い主となり、逆の立場となる。

あるいは上司と部下の関係にもなる。
 
今、理不尽な扱いを受けて、つらい目に遭っている人は前世で散々人をこき使っていた、ひどいことをしていた。
 
真理の法則は絶対で、自分のしたことは生まれ変わって、だいたい逆の立場となって返ってくる。
 
魂を成長させるには過去と違った経験をさせることが一番その人を進化させる。
 
職場とはそういう修行の場となる。
 
当然、過去に於いて理不尽な扱いを受けた雇い主は、怨念が残っていて、雇われている人が何かにつけて気に入らない。
 
立場も強いので、イライラした感情をその人にぶつける。

それはイジメのように写ることもあり、そのからくりは3次元ではとうてい理解出来ることではない。


感情をぶつけられた人は、腹が立ち、傷つき、相手を恨む。
 
前世のことなど思いもしないので、報復しようとする。
  
その恨みの想念が大きくなったのが国どうしの戦争となる。

戦争も今の状況で、どちらの国が悪いとか、短絡的に観てはいけない。
 
必ず過去からのしがらみがある。
 
働くとはそんな戦場のような場所にいるということだ。 (ただし、前世で徳を積んでいる人は良い職場に恵まれる)

そんな場に於いて、はたを楽にさせるのは、過去を超越して愛の気持ちがなければできるものではない。

楽にさせるとは周りのエネルギー(雰囲気といってもいい)を爽やかなプラスな波動にしていくことをいう。
 
どんなことがあっても、相手を恨まずにエネルギーを溜めずに流していく。
 
理不尽なことを云われても、されてもサラッと受け流し、反対に愛の言葉をかけていく。
 
そんな人が職場に一人でもいたら、そこは地上天国になる。
 
その人の側にいる、いつも怒ってばかりいる人が最近、穏やかになった。
 
家に帰ってきて家族に怒鳴り散らしていたお父さんが急に優しくなった。
 
 
それは、はたを楽にしてくれる人がその場にいてくれるからだ。

 
この素晴らしい波動はお父さんから奥さんや子どもたちにも波及し、無限大に拡がっていく。

 
これが本当の働くという意味だ。

 
目に見えるお金で人を幸せにすることなんて、ほんとにちっぽけなことだ。


 

目にみえることなんて無いに等しい







   

2007年9月27日 (木)

なぜ悟らなければいけないか?

 
人間死んだらそれで終わり、肉体と一緒に心も無くなってしまうと思い込んでいると死んでしまったとき、とんでもなく人(ほとんど家族)に迷惑をかけることになる。
 
人は死んでも心はそのままなので、自分が死んだことを認識できない。
 
まだ生きていると思ってしまう。
 
だが、いくら呼びかけても誰も気づいてくれない。
 
業を煮やしたあなたは一番身近だった家族にとり憑く、そしてあなたが癌で死んだ場合は病気まで家族の人に憑いてしまう。
 
身内の人に同じ病気の人が多くなるのはこの影響が多い。
 
だから、肉体を持っている間に真剣に生きなければならない。
 
真剣に生きるとは、人間とは何か?
 
何のために生きているのか?

死んだらどうなるのか?
 
人としてどう生きていけばいいのか?を探求することである。
 
それは人として生まれてきて当然学ぶべきこと・・・
 
ただ、刹那的に生きていてはまた同じことの繰り返し・・・
 
何度も何度も、輪廻転生して、人に迷惑をかけるだけ・・・
 
もう同じことを繰り返してはいけない。
 
2012年に地球人類はアセンションする。
 
だが、すべての人が次元上昇をするわけではない。
 
向上心のない人は違う次元に移行してもついていけない。
 
その人のためにはならない。
 
だから、地球と同じような星へ行って、また同じ苦労をすることになる。
 
悟ろうとすることは本人の自覚に任されている。

誰も強制はしない。

でも、私は想う。


自分はよくても人や家族に迷惑をかけてはいけない・・・と

最低限、死んだらどうなるかは知っておくべきだと思う。





   

空即是色

 
般若心経の空即是色(くうそくぜしき)の中にすべての真理が入っている。
 
ものすごい4文字・・・
  
この前に色即是空(しきそくぜくう)がある。
 
この色即是空の  と空即是色の  は違う。

最初の色は本物、偽物が混ざり合ったこと、ものをいう。
 
世の中のすべてのものは消えていく。
 
どれだけ頑丈で丈夫なものでも人でも形のあるものは必ず消え去る。
 
そして良いもの、悪いもの(区別することではないが・・・)も消えていく。
 
そして無、空になる。
 
これを色即是空という。


だが、すべてのものが消え去ってもただ一つ消えないものがある。

それは、あなたの美しい心・・・

永遠の魂・・・

そして、人類を愛する心・・・


心は永遠に生き続ける。
 
何億年、何千億年たっても、美しい愛の心は永遠に消えない。

すべてが消え去った後で顕われてくる クリスタルな心


それが空即是色の 色 である。






  







   

本当の自分

 
ほとんどの人はこの肉体が自分、そして今、何かを思って、考えているこの瞬間が自分であると思っている。

確かに少しは本当の自分ではあるけれども、今思っていることのほとんどは自分ではなく、他の人の考えが多い。

それを自分の考えだと思っている。
 
人というのは色んな人の想念を拾う受信機だと思えばいい。
 
自分(本心)以外に色んな想いを受信している。
 
だから、天使の自分もいればニセモノの悪魔の自分もいる。

 
人と人間はどう違うか?
 
 
実は人の本当の語源は人=霊止(ひと)、霊が止まると書く。
 
つまり、霊とは心であり、魂ともいうが、不動心の状態を指す。
 
これは悟りを開いた状態をいう。

一方、人間は、霊止(ひと)と本心から離れてしまったj状態の間という意味だ。

神と動物の間が人間といえる。
 
だから本当の、本心の自分に逢おうと思ったら、余計な受信をしてはいけない。
 
ネガティブなマイナスの想いを受け取ってはいけない。

何度も云うが、お釈迦様は座禅観法して、意識を自分の本心に合わすことを説いた。

これは、受信器を本心にのみ合わせ続けることを意味する。

現代は昔よりももっと色んな想いが入ってくる。
 
だから、本心とそれ以外の想いのギャップがストレスとなる。

本当の自分に出逢える本が出ました。

これから人類のバイブルとなっていく本です。




無限なる癒し 宇宙天使からの贈り物 う寿明 星湖舎






  

2007年9月26日 (水)

人間は無限に進化する

 
宇宙が無限にあるように、人間として顕れている肉体の自分はほんの先端の部分で奥深く入っていくと幽界があり、霊界があり、そして神界がある。
 
人は肉体界の他に同時に色んな世界に住んでいる。
  
人は寝ている間に色んな世界へ行っている。
 
他の星に行っていることもある。

下丹田(へそ下3.5cm)は宇宙に繋がっていてそこは、神界、つまり天国と云われているところの入り口となる。
 
実は本当の自分はこの神界(天国)に住んでいる。

  
お釈迦様は座禅を組んで気を沈めてこの神界と繋がることを弟子たちに説いたのだ。

ここに繋がらないと本当の安心立命にならない。

本当の幸せがわからない。
 

肉体の自分は本当の自分ではない、本当の自分は奥深い神界にいるのだと・・・

 
考えてみてほしい、自分はどこからやってきたのか?
 
父母からか?
 
私は一児の父親だが息子を造った覚えはない。
 
目も鼻も口も顔も細胞の一つ一つもすべて宇宙が創造した。
 
生命(いのち)の親は宇宙にある。
 
そして、その宇宙に本当の自分がいる。
 
生まれ故郷の宇宙と繋がるには自分の奥深くへ入っていかなければならない。
 
進化の本当の意味は奥へ奥へ入っていくことをいう。


奥は無限に拡がっている。

人間は肉体が本体ではない。


肉体は、単なる顕われに過ぎないとわかったところから本当の進化への第一歩が始まる。




  




  

本当の自然体

「あの人は自然体だね とか 天然だね」 とかよく使われているが本当の自然体とは自我というものが全くない、宇宙法則に乗った状態をいう。
 
自然の反対は不自然だが、不自然とは頭で考え損得を計算に入れている状態だ。

 
私の師匠であるW先生はレッスンの時、質問(禅問答のような)をされる。
 
私が答えに困って、頭で考えようとするとすぐに

「今、意識はどこにありますか?」 と問われる。

座った状態のときは、おしりの穴に(最下部)に意識がいってないと自然体になっていないのだ。
 
W先生はエネルギーがわかる人なので、私の意識の状態は一瞬にしてわかる。
 
人は気が上がった状態のときに不自然になる。


落ち着きを無くす。
 
どうでもいいことを口走る。
 
正しい判断ができなくなる。
 
感情的になる。
 
周りに振り回される。
  
平常心でなくなる。
 
そして、宇宙(自然)の法則に乗り損ねる。

  
  
人は時々、自然体になれるときがある。
 
でも、すぐに周りの影響を受けて不自然な人になってしまう。

ずっと自然体でいられる人を悟った人、聖人という。
 
これから人は聖人になっていく。
  
波動が変わって自然体でいられる状態が増えてくる。
  
人の幸せはこの自然体の状態をいかに保てるかによる。







   

2007年9月25日 (火)

今の私に必要なのは・・・

  
私はテレビをほとんど観ないがたまたま息子がホタルのヒカリというドラマを録画していたので観る機会があった。
 
それはそのドラマの最終回だった。
 
ほとんどの作品は最後に一番言いたいことわかってほしいところを持ってくる。
 
起承転結の結びの部分だ。
 
そのなかで、主人公の女性が別れた恋人に

「今の私に必要なのは、一人で生きていけるようになることだと思います」 

と云っていた。
 
今まで何かに依存していた、誰かに甘えていた、癒してもらおうとしていた自分からの脱皮、それは一生のうちで何度かある。
  
でもほとんどの人は寂しいとか悲しいとか感情を表すだけでそこから何も学ぼうとしない。
  
人間は未熟でおろかで、どうしようもない生き物だ。
  
だけど人や周りに頼らずに一人で乗り越えていこうとする人の姿は美しい。
  
キラキラ輝いている。
 
星は誰にも依存せずに凛として光っている。
 
周りとの調和を保ちながらたった一人で輝いている。
  
人は死ぬと星になるという。
 
  
たった一人の自立した星に・・・









     

すべては動かされている。

 
自分の周りにいる人で
 

「この人は働き過ぎだな、無理をしている、このままだと事故を起こすのではないかな」 (トラックの運転手さん)と思っていた人がいた。

しばらくして、会社から 「辞めてくれ」 と云われたそうだ。

会社から辞めさせられる理由は小さなミスをつっついてきたらしい。

他の人には寛大なのにどうして自分だけがとその人は憤慨していたが、私には、背後の守護霊の力が働いていることがよくわかった。
 
この場合、このままトラックに乗っていたら大きな事故を起こしてしまうと識っている守護霊(未来がわかる)が上司の守護霊に、この人を辞めさせてほしいと頼む。

頼まれた上司の守護霊は肉体の上司に働きかけてなんとなく辞めさせたい気分にさせる。
 
上司はこの人が急に嫌いになって、辞めさせる理由を探し出す。
 
結果的に辞めることになるのだがこの運転手さんには事故で死んでしまったり、責任を負う立場に置くよりももっと魂を磨くことに適した場面にこの人を置こうと守護霊が計画していた。
  
この場合上司は悪者だが、そんなことは魂の世界から云えばどーでもいいことに過ぎない。
 
守護霊は現れの3次元の世界のトラブルなんて意に介していない。

この世に現れているのは全て現れては消えていく、実体のない幻のようなものなのだ。

永遠に消えないものは心であり霊なるものであり魂である。
 
私たちは目に見えるものだけを信じて、みえないものを信じようとしないが、見えているものはすべてみえないものに動かされている。
 
みえないものとは具体的には自分を守ってくれている守護霊、守護神だ。
  
小さなどうでもいいことは人間の自由にさせているが肝心なところはしっかり握られている。
 
だからじたばたせずに守護霊に託せばいい。

きっとうまくしてくれる。
 
守護霊に思い通りにされるのは嫌だ、自由でいたいというのは違っている。
 
実は守護霊とは自分自身でもある。
  
過去において何回も輪廻転生し、悟りを開いた自分自身でもあるのだ。
 
本当の自分は3次元にはいない。
 
もっと深い、奥にいる。
 
その奥の自分と波長を合わせると、思うこととすることが奥の自分と肉体(3次元)の自分とが一致してくる。


そうなると全ては自分の思う通りになる。


人は想像=創造した通りの世界を造れる。


なぜなら、人は創造主だから・・・






  




  





  

悩むことはもうやめよう

 
悩みごとのほとんどは自分が人から理解されない、認めてもらえないことだと思う。
 
認めてもらうことで今の状況が変わると思っている。
 
上司に仕事ぶりを認めてもらう→出世する→給料が上がる→お金がたくさん入ってくる→家族、周りから尊敬される→プライドを保てる。
 
だが認めてもらえなかったらどうなるか?上司を恨む、ライバルを蹴落とそうとする、家族、周りから軽蔑されていると思い込む、自信を喪失する。

 
これが会社だけでなく、学校でも、色んなサークルでも日常茶飯事どこでも行われている。
 
そして、人を傷つけ、傷つけあう。
 
競争に勝つ人は限られている。
  
勝った人もいつ足を引っ張られるか?いつ抜かされるかと戦々恐々としていなければならない。
 

人に認められることがそんなに素晴らしいことか?
 
出世したり、地位が上がることがそんなにうれしいことか?
 
お金持ちになることだけが幸せか?


人に認めてもらうとは物質的な欲望を満たすというちっぽけなことに過ぎない。

人は人に認めてもらおうとするときものすごいエゴのエネルギーを発している。

人の気持ちをコントロールしようとする我のエネルギー。
 
だが、人は人にコントロールされることを最も嫌う。

人はいつも自由でありたいと思っている。
 
神様でさえ人の心の中に入ってこない。
 
人間の自由にさせている。
 
無駄なことはやめよう。

悩むこともやめよう。

どうにもならないことに大事なエネルギーを消費するのはもう、やめよう。


そしてこれからはそのエネルギーを自分を整えることに使おう。











   

2007年9月23日 (日)

ニュートラル

 
オートマチックの自動車でニュートラルはドライブとバックの真ん中を意味する。
 
上に上げればバックになり、下に下げれば前進する。
 
野球の守備にはこのニュートラルの状態が必要となる。
 
打球は前後左右、斜めどこに飛んでくるかわからない。
 
左に飛んでくると予測して体重を左に傾けていると右に来たときにいったんニュートラル=中心に戻してからまた右にシフトを換えなければならない。

テニスでも同じことが云える。

勘が当たっているときは良いが、狂い始めると歯車が噛みあわないようにボロボロになる。
 
このニュートラルは中心、漢文では中庸(ちゅうよう)という。

中庸とはかた寄らない考え方をいう。
 
人間の身体にも中心がある。
 
へその下3.5cmのところに下丹田(かたんでん)と呼ばれる場所がある。
  
この位置に意識を集中すると気が治まって、不動心となる。
  
不動心とは字のごとく、何があっても動じない心だ。
  
人は不動心でなければ正しい判断ができなくなる。
  
漢字の一は天を意味するが、天(一)に止まる(不動心)と書いて正という字になる。


漢字は真理を顕している。










  





  

  

透明感

 
透明感のある人とは物事にこだわらずサラッと流せる人である。
 
人は他人の言動に対して批判、非難、評価をしてしまい、流れを止めてしまう。
 
自然に任せていればその人はどこかで頭を打つことになる。
 
あなたが批判しなくてもその人は自分で悩み、自分で反省し、自分で解決しようとする。
 
あなたがでしゃばることで反感を買い、その人は悩み、反省、解決が出来なくなる。
 
その機会を逸することになる。

透明感のある人は宇宙の法則(自然の法則)を識っているので、全ての出来事を止めずにスルーさせる。

そして、その器を通して光のエネルギーを流す。
 
縦に入ってきたエネルギーを横に流していく。

縦、横、つまり十字のエネルギー、十字はプラスを意味する。

人間は本来、頭から受けたエネルギーを地球の中心に流し続け、一部のエネルギーを身体の中心で受け止めて他の人や全てのものに流していく役割がある。
 
この横に流れるエネルギーを愛という。
 
愛のエネルギーは全てのものを癒し、調和へと導びいていく。

これが、次元上昇の真理だ。
 
宇宙(神)はこの透明感のある器を欲しがっている。

クリスタルな人が必要とされている。

純粋で愛に溢れたあなたの出現を待っている。






  

疲れるの意味

  
疲れるには大きく分けて2つの意味がある。
 
一つ目は身体の中に老廃物が溜まっている、本来新陳代謝して、出ていなければいけないものが残っている状態をいう。
 
これは、サウナに入って思いっきり汗を流し、水風呂に入ったりを繰り返していたら出ていっているのが、実感できた。
 
後、プールで大きく足を上げて後ろ向きに走っているときも、足から疲れが取れていくのがわかる。
 
疲れているときは休めばいいと思いがちだが、それは老廃物を取り除いた後の話でじっとしていてはなかなか取れていかない。
 
早く、リセットしたければ、プールとサウナの両方行かれることをお薦めする。
 
二つ目は、疲れるの語源だが、とり憑かれるという意味が本当だ。

憑かれるとは他人のマイナスエネルギーをもらうことにほかならない。(マイナスとは限らないが)
 
人ごみに入って、ひどく疲れるのはたくさんの人のエネルギーの中にいて、その影響を受けることによる。
 
その時、近くにいた人がネガティブな人が多ければかなりダメージを受ける。
 
だからむやみに人の多い所に行くものではない。
 
人のエネルギーは主に足に溜まる。
 
昔の人は家に帰ったらまず、足を洗えと云った。
 
このことはマイナスエネルギーは下に浮遊していることを意味する。

それから落ち込んだときに下を向くのも、マイナスエネルギーと共鳴してしまう。
 
プラスのエネルギーは天(宇宙)から降ってくる。
 
上を向いていると+の気がもらえるので、目線を上げることが大切だ。
  
この疲れは寝ている間に守護霊がとってくださるが、とり切れない分は起きた後も残ることになる。
 
だから、身体のメンテナンスと精神のメンテナンスの両方が必要となる。

身体のメンテナンスは自分でするとして、精神のメンテナンスは難しい。
 
いつも、自分の状態をプラスに保つのは不断の努力が必要となる。
 
興味のある人は下記の本を読まれることをお薦めします。

人間にとって必要、大切なことが書かれています。



上を向いて歩こう♪



 無限なる癒し 宇宙天使からの贈り物 う寿明 星湖舎















  

2007年9月21日 (金)

私はメッセンジャー

 
ほとんど毎日不思議?なことを書き続けていますが、後何年かすれば、当たり前のことになります。
 
次元上昇のことも波動が変わって人の意識が変化していくことも今は信じられないだろうけど本当のことです。
  
それが証拠にかなりたくさんの人がこのブログを読んでくださっている。
 
潜在意識のなかではもう識っているのです。
  
もうわかっているのです。
  
ただ、今の3次元とのギャップが大きすぎるので、まだ意識がついてこれていないだけでそれもある日を境に急速にわかり出す日がやって来ます。
 
その時に慌てないように、すんなりいくようにあなたの意識に少しずつインプットさせている。

でも、あなたの本体は識っているのです。
 
だから、なるべく心を素直に、既成概念にとらわれないように柔軟にしてください。
  
そうすれば、もっとすんなりと当たり前のように受け入れられると思います。
  
私は自分が人よりも少しだけ早くこれから何が起こるかを知っただけです。
 
それをそして大事なことを伝えるメッセンジャーです。
  
それ以上でもなければそれ以下でもありません。







  
  




  

夏と冬がなくなる

 
2012年に3次元が4次元に次元上昇するということは地球上に天国が顕れることを意味する。
 
天国、つまり4次元以上には夏や冬がない。

過ごしやすい春と秋しかないのだ。
  
なぜ暑い夏や残暑があるかというと人間の業想念が吹き出ているに他ならない。
  
人間は自分の想念やストレスを浄化できないので身体中からマイナスのエネルギーが溢れ出ているのだ。
  
今やその量たるものすさまじい規模になっているらしい。
 
だから浄化しきれないので季節外れの台風が発生してバランスを取ろうとしている。
 
台風の発生は人間の感情想念を浄化する。
 
後、5年以内に、人は自分の想念をコントロールできるようになる。
 
すると浄化する必要がなくなるので、台風、大雨、地震などの天変地変がなくなる。
 
そして、季節の激しい変化もなくなる。
 
ただ、その日が来るのを指をくわえて待っているわけではない。
 
一日でも早くその日が来るようにするには人々の祈りが必要となる。
 
地球だけでなく宇宙全体が平和で愛に溢れるような言霊(ことだま)


それは   
世界人類が平和でありますように





無限なる癒し 宇宙天使からの贈り物 う寿明 星湖舎






  






     

煙草(たばこ)

 
私は今からちょうど8年程前まで一日50~60本のタバコを吸っていた。
 
仕事が保険の外交をしていたので毎日がストレスの連続だった。
 
数字にいつも追われていて気の休まるときがタバコを吸っているときだった。
 
そんなある日、ある人のオーラ分析の診断を受けた。
 
分析をして頂いた内容はともかく、その人は非常に爽やかな人だった。
  
分析が終わり喫茶店に一緒に行って、診断の続きの話をしていた。
 
その時私は
 「タバコを吸ってもいいですか?」 と尋ねるとその人は自分が吸わないのにもかかわらず、嫌な顔一つせず、にっこり笑って

「どうぞ」 と云ってくださった。

次の日の朝は、仕事が休みの日だった。
 
いつものようにタバコを口にくわえて、ライターで火をつけた。
 
「まずい、まず過ぎる」
 
そう思った瞬間、タバコを捨てていた。
 
その後、8年間一本もタバコを吸っていない。
  
なぜ、一日で20年間も続けていたタバコをやめれたかというとオーラ分析をしてくれた人の波動が細かくきれいだったので、タバコの荒い波動と共鳴しなかったことにある。
 
その人の素晴らしい波動は次の日まで私に影響を及ぼしていたのだ。
 
その人と巡り合えたことは私にとって、とてもラッキーで幸せだった。
 

これから2012年にかけて地球の波動はどんどん細かく繊細になっていく。

タバコを吸う人は過去の私のように
「まずい、まず過ぎる」の状況になって5年後にはほとんど吸う人はいなくなるだろう。

私も以前は吸っていた。

だから、吸う人の気持ちはよくわかる。

でも、もう少しマナーであるとか、人の迷惑を考える余裕は持てないものだろうか?
 
タバコを吸う事は、 
「私は自分のストレスを自分でコントロールできないのです」
と云っているに等しい。

それならば人のいないところで吸うのが当たり前だろう。
 
くわえタバコで仕事をしている人を見るとけじめをつける大切さを実感する。

仕事は仕事、ストレスはストレス。

仕事をしながらストレスを発散させるのはおかしい。

タバコを吸っているのが似合っている人がいる。

一仕事終えた後で、一人になって空をながめながらゆっくりくゆらせている姿だ。


3次元でも4次元でも相手を想いやる気持ちは大事だと思う。





  

人は抜けているくらいのほうが

 
自分は人がどう思っているかは別として、かなり神経は敏感な方だと思う。
 
瞬間、相手の人の気持ちがわかったりする。
 
このわかるのはほんと良し悪しだが、わからなかった方がいい場合が多い。
  
わかってよくなるケースは稀で、それを人に話すと気持ち悪がられるか、云わなくても相手に対して不自然な態度をとってしまう。
 
霊的に鋭い人は普通の人が見えないものまでみえてしまう。
 
「いいなあ」 とうらやんだこともあったが、みえると自分はそれに囚われて、こだわってしまうので、みえない方がよかったと思う。
 
鈍感な人は敏感になるとその人にとってよくないのでわざとそうさせられている。
  
しかし、敏感になる修行が必要なときは感度は変えられる。(守護霊によって)
  
だからいずれにしてもどんな状態のときにも平常心でいることが大切だ。

敏感であろうと、鈍感であろうと、それに振りまわされないこと・・・

鈍感な人はその状態を楽しめばいい。

人はちょっと鈍感で、抜けているくらいの方がかわいくて愛される。

 
必要なときは敏感になって、必要ないときは鈍感になる

そんな人って魅力的ですよね。







     

2007年9月20日 (木)

サウナに入って・・・

 
まだまだ、毎日暑い日が続きますが、湿気があって蒸し暑い日は、ミストのサウナに入っていると思えばいい。
 
つまり蒸し風呂ですね。
 
蒸し風呂は汗がすごく出るのでそれだけ新陳代謝が活発になり老廃物=悪いものが出やすくなる。
 
昔、戦国の武将が怪我を早く治すのに蒸し風呂を利用したと聴いたことがある。
  
だから蒸し暑い日は無料でミストサウナに入っていると思えばうれしくなる。
  
ただ、汗をかいたままそのままでいると不快になってくる。
  
表面に浮き出てきた老廃物を水で洗い流さなければスッキリしない。
  
洗い流すと余計なものが無くなって気分爽快になる。
  
身体と同じように心のなかに溜まった、余計な想念、考え、ストレスなども洗い流さなければ、やはりスッキリしない。

それには心のなかの否定的なマイナスのエネルギーをプラスのエネルギーに変換させることが大切だ。
  
コップのなかに今、汚れた水が入っている。
 
ここにきれいな水をどんどん注ぎ込むと汚い水が溢れ出てやがて清らかな水だけになっていく。
  
日々進化していく、向上していくとはこの状態になる努力をすることだと思う。
  
アセンション(次元上昇する)とはそういことだ。
  
いつも、心身共にすっきり爽やかでありたい。



 無限なる癒し 宇宙天使からの贈り物 う寿明 星湖舎









        





  

2007年9月17日 (月)

ミスをするとき・・・

  
仕事などで充分集中して、注意をしていたとしてもミスや失敗は完全にはなくならない。
  
ミスは自分だけでなく、仕事に関わっている人との連携が少しでも取れていないと起こることがある。
 
この場合100%相手が悪い、相手の一方的なミスなんてあり得ない。
 
99%相手に落ち度があったとしても細心の注意を払っていれば必ずミスは避けれる。

という気持ちでするくらいでちょうどいい。
  
医療の現場で、ミスが多発している。
  
つい、うっかりが許されない厳しい場である。
  
小さなミスであれ、大きなミスであれ、起こすときは、相手のことや仕事のことを考えずに自分のことを考えていることが多い。

自分を無くして、気を配っていれば、気配でわかる。
 
誰かが、知らせてくれる。(直感という)

  

人間は神様ではないからミスをするのはしょうがない は ただの甘えに過ぎない。

言い訳以外のなにものでもない。


人は自分を無くして空になると、神そのものになる。









   

2007年9月16日 (日)

インターネット


今朝、PCを触ろうとして立ち上げたら、インターネットに繋がらなかった。
 
モデムという心臓部に信号がついていなかったので、プロバイダーに電話をした。

指示された通りに何度かチャレンジしたが、結局ダメだった。

すぐに来て欲しいと云ったが、明後日しか、作業員の人は来れないという。

 
「しょうがないなあ、でもたまにはPCのない生活もいいか」 と思い直し、読みかけていた本を開いた。
 
いつもだったら、PCに向かっている時間だ。
 
ここのところPCにこだわり過ぎている、頼りすぎている。
 
自分に向き合っている時間よりもPCの方に偏っていた。
 
そう反省しながら本を読んでいて、ものは試しとPCを再度立ち上げてみた。

なんと、繋がっている。
 
機械ものは理屈ではなく、不可思議なことが多い。
 
それは人間も同じだ。
 
インターネットは地球中にネット(あみ)を張り巡らせている。

どこにでも繋げることができる。

そして、情報を流し続けている。(働き続けている)

 
でも、たまには休憩したり、駄々をこねたりしたいんだろうなあ と思う。

それが故障という形で現れる。

あながちプロバイダーのメンテナンスの悪さだけではないなあと変な納得をした。

プロバイダーのオペレーターの人に無理を言わなくて、よかったと思った。




  

2007年9月15日 (土)

なにも考えないと・・・

 
不思議なことだが、ブログを書こうとPCの前に座っていても何も浮んでこない。

だが、自分の部屋で何も考えていない状態になると書きたいことが 
ふっ と浮んでくる。

そして、PCの前に座っていると指が勝手にキーボードをたたいている。

だから、何を書いたのかしばらくすると忘れてしまう。

読者の人から「あのブログよかったですよ」と云われてももう覚えていないのだ。

だから自分の作品だとは思っていない。

読者の人たちへの何らかのメッセージだと思っている。

たくさんのことを書いてきたが自分の考えを出そうとしたら苦しくなる。

頭が詰まって膠着(こうちゃく)しているのがわかる。

サラサラ川の水のように流そうとしたら、空の状態でないと書けない。

文章は思いでは書けない、思いで書くと重たくなって動かなくなる。


思いは重い

思うとろくなことはない。

何も考えていないとき、スムーズにことは進む。

思うとマイナスのエネルギーが容赦なく襲ってくる。

考えない努力をして、それを続けるだけで天に陰徳を積むことになる。

お釈迦様は空(考えないこと)の大切さを説いた。

キリストの幼子のようになりなさいは余計なことを考えずシンプルな心(素直な)になることを説いた。







    

時空を超えて人間の意識は・・・


空はどこから見てもすべての空とつながっている。

区切りがあったり、終わりがあることがない。

人間も自分と他人、あなたと私、別々の存在だと思っているが、実はその元は一つである。

太陽の光は色んなものを照らす、だが、元をたどれば一つの太陽からの光線だ。

私たち一人一人はこの一筋の光線である。

光線によいも悪いもない、あなたと私もない。

区別する、分ける必要もない。
 
人間の意識もバラバラではなく空のように一つにつながっている。
 
一人一人が壁を取り払って心を開いていけば相手の人とつながっていることがわかる。
 
心が交流して一つになっていくのがわかる。

 
私は、この状態が
 愛 だと思っている。








    

「自分は何をなすべきか」より

  
「自分は何をなすべきか」より、「自分はいかなる者か」のほうがより重要である。

絡みに絡まってしまった糸は無数の数の本数があるように見える。

だが、どの糸からでも元をたどっていくと、ただの一本の糸しかないことがわかる。

つまり、元はなにかがわかればすべては解決するようになっている。

人間の元はどうしようもない生き物なのか?

それとも、宇宙を根源とした偉大な存在なのか?
 
人はこのどうしようもないなさけない部分とピュアで天使のような心を持った部分を持ち合わせている。

どうしようもない部分が自分だと思ってしまうと生きる意欲をなくし自暴自棄になる。
 
だが、天使の心が自分だと思うと今の環境に関係なく意識は天国に在る。


環境に惑わされない安心立命した意識を持てる。 

 
人は自分が想ったままの自分になれる。
  

自分が偉大な存在=神と識ったとき、絡まった糸がほぐれるように、すべてのことが解決する。




 






 

言葉以前の響き

  
目は口ほどにものを云う というが目よりもわかりやすいのが目にみえないエネルギーだ。
 
空気は目にみえないが確かにある。
 
宇宙は、星意外のものはすべて目にみえない。
 
実は星や人間も基を辿っていくと細胞、分子、原子、素粒子と目にみえないものの集まりであることがわかる。
 
つまり、すべてはエネルギーでできている。

エネルギーを漢字にすると 
 になる。
 
気は日本語では非常にたくさん使われている。
 

天気、空気、元気、陽気、陰気、気持ち、気遣い、気分、気力、やる気、本気、平気

一日の生活は、この気に関わることばかりだ。

すべては気で動いているといっていいだろう。
 
気はみえなくても確かに存在している。
  
そして、多大な影響を受けているし、与えている。
  
自分を整える、自分を進化させることはこの気をよりよい状態にしていくことにある。
  
気が整っている人は何も云わなくてても周りを暖かくさせる。
  
その人がいるだけで幸せの波動が流れている。
  

言葉は関係ない、それ以前の響きが大切だ。








   

2007年9月13日 (木)

批判、非難、評価をしない

 
気功の教えのなかで、人を批判、非難、評価してはいけないとある。
 
人間関係に於いて、もしかして、一番難しいのがこの3つなのかもしれない。
 
人はそれぞれ、環境やその時の状況はそれこそ百人十色でみんな違う。
 
いくら経験が豊富な人でも相手とまったく同じ気持ちになることは不可能だ。
 
それにもかかわらず、人は人を批判、非難、評価をする。
 
批判された人は自分のことを判っていないのに・・・と思い、その人との信頼関係は崩れていく。
 
批判されてもそれを許せる人はかなり器の広い人だ。
 
そして、この3つのなかで意外と難しいのが評価すること。
 
悪い評価はよくないと誰もが思うが、良い評価もしてはならない。
 
いい人で、人格者であると思って褒めちぎっているとその人のマイナスの部分が現れてきて、ばつの悪い想いをすることがある。
 
自分が評価したことで周りの人がその評価に影響を受けると正しい判断ができなくなる。
  
例えば、就職の推薦をするとき、過剰に評価すると面接官は自分の直感よりもその評価に惑わされる。
 
そして相性の悪い、採用してはいけない人を採ってしまう。
  
そして面接を受けに来た採用されるべき人がこれなくなる。

この場合の損失は計り知れない。
 
会社にとっても、採用された人、されるべきだった人、それぞれが無駄な徒労を強いられる。
  
だから、簡単に人を批判、非難、評価してはいけない。


私も、つい、うっかりしてしまいそうになるが、そんなときは、ぐっと口をつむぐようにしている。





      

   

2007年9月12日 (水)

大切なのは、土台を調える事

  
この場合の土台とは内面を意味する。
高層ビルを建設するには、地中深く鉄柱を打ち込まなくてはならない。
地上のビルが高ければ高いほど、目に見えない地下の土台こそ完璧に調えなければならないのである。
だが、現実は決してそうではない。
目に見えない部分は全く疎かにされ、外見のみが立派に整えられているのである。
そのため地震や転変地変が生じたら、一瞬にしてすべて崩れ落ちる仕組みになっている。
人間の生き方も、これと全く変わりがない。外見ばかり、世間体ばかりを気にして生きているから、何か突然、不幸や困難が生じると、たちまち崩れ落ちてしまう。外見のみにとらわれて、内面を磨かないからである。



この文章は私が愛読している月刊誌から抜粋したものだが、全くその通りだと思う。
 
大切なのは自分がどこに意識を置いているかだと思う。

常に人の目を気にしてそとみ(外見)ばかりを気にしていては、ものごとの本質はわからない。

外からの目を完全にシャットアウトして自分を見つめることに徹底すると、内面から真実が溢れてくる。
  
外見を完全にシャットアウトするには勇気がいる、覚悟がいる。
 
いままでと違う自分にならなければならない。
  
でも、いざやってみると案外簡単で、居心地がいいのに驚くかもしれない。

  
なぜなら、そこが本当の安住の地だから・・・・







   

2007年9月11日 (火)

時空を超えて

  
32年ぶりに友人と再会した時、意識は完全に32年前に戻っていた。
  
肉体は32年を経た身体になっているけど、精神は経っていない。
 
そして、またこれから32年経ったとしてもやはり意識は変わらない。
  
つまり、過去、現在、未来という時間は存在しないことになる。
  
ただ、肉体は18年+32年+32年=82年
  
82歳の肉体になるかと云えば、これからはそうはならない。
  
時間は存在しない、過去、現在、未来はすべて一緒に在る。
  
それがわかった時点で肉体の時間の経過(つまり老化)が止まる。
 
肉体が老化することがなくなる。
  
自分の好きな年齢になれるそうだ。
  
その夢のようなことが起こる。
  
2012年、あと5年でそれが始まる。





  

2007年9月10日 (月)

生と死

  
これから世の中が変化していくうえで、一番衝撃的にわかることは、生と死のことだと思う。
 
一般的な常識としては、人の誕生は皆から祝福され、死は悲しまれる。
 
だが実は反対だったのだ。
  
人の誕生は波動の細かい宇宙の自由自在心の開放された心の状態から、波動の荒い肉体に自由を束縛された心の状態への移行である。
 
魂(たましい)にとっては苦痛になる。
 
一方、死は死後の世界が理解出来ているかにもよるが、がんじがらめの鎧(よろい)を着た肉体に縛られた不自由な状態からの開放を意味する。

本人の自覚は別として本当は喜ばしいことなのだ。

ところが3次元ではほとんどの人が逆にとらえている。
  
人は死ぬと肉体と共に精神=心も消滅すると思っている。
 
ところが肉体が無くなっても本体(心)は永遠に生き続けるのだ。
  
生き続けるだけでなく、自由自在心になって進化し続ける。
  
肉体を持っている今の状態は死を識ることによって、対比として永遠の生命(いのち)を識るために在る。


暗がなければ明はわからない。

闇がなければ光はわからない。

悪がなければ善はわからない。

そして有限=死がなければ、無限=永遠の生命がわからない。
 


死への考え方の真実がわかればすべての考え方が変わる。

病気に対する恐怖、老いること、将来に対する恐怖がなくなり、毎日を安心立命して前向きに生きていくことができる。
 
もうすぐ、すべてが解明される。
 
すべてが、科学的であるとか理屈とかでなく、波動が変わって心でわかるようになる。

そうなってはじめて、次元上昇の準備が始まる。


こころでわからなければ本当にわかったことにはならない。





   




  

2007年9月 7日 (金)

神経が繊細な人は・・・


神経が繊細な人は相手の人が何を考えているのかわかるときがある。
 
特に自分に対して嫌悪感を持っているのがわかったときは強烈だ。
 
マイナスのエネルギーが容赦なく襲ってくる。
 
そこに意識を合わせていると、プラスだった自分のエネルギーがオセロゲームの石のようにマイナスへと裏返っていく。
 
そして、相手のマイナスと一緒になってすざまじいことになる。

自分を中心とした半径500メートルに居る人は影響を受けて気分が悪くなる。
(影響の範囲はその人の器の大きさによる)

なかには頭痛を起こしたり、急に腹を立てる人が出てきたりする。
(近くで、けんかが始まる)
 
それほど、目にみえないエネルギーには力がある。
 
だからいくら相手の人がマイナスのエネルギーを持ってきても感知してはならない。
  
白雪姫でいう毒リンゴを貰うことになる。
  
意識を下にさげて(立っているときは足の裏、座っているときは肛門を意識)
  
意識を相手の想念から外す。
  
そしてプラスの言霊(ことだま)を唱えつづけるとよい。
 


無限なる愛、無限なる調和、無限なる平和

  


唱え続けていると、いつの間にかプラスの波動に共鳴できている自分がわかる。


それしか自分を守り、相手を癒す方法はない。





   








  

意識が落ち込んだとき

 
一日のうちで意識=気持ちが落ち込む瞬間(とき)がある。
  
その日に誰かに批判されたこと、何かのことで自己嫌悪に陥ったことかもしれない。
 
そのまま放っておくと、どんどん大きくなって相手か自分を責めてしまう。
  
そんな時は理屈抜きに、そこから意識を外して、プラスの波動に入っていけばいい。
  
気づいていないが、私たちの周りはプラスのエネルギーで溢れている。
  
宇宙、風、自然、花、みんな自分をやさしく包み込んでくれる波動ばかりだ。
  
 

まず、最初にやることは考えない努力をすること。
 
気になっていることから意識を外すのだ。
 
つまり、意識を頭、つまり上から足の裏=下にさげる。
 
何も考えない状態となる。
 
そして今度は足の裏に行った意識を風(その他なんでもいい)に合わせる。
 
合わせ続ける。
  
すると、段々と自然に気持ちが晴れて明るくなってくる。


なぜ、明るくなったのかなんて理屈いらない。
 

まず、やってみて実感してから考えればいい。




素直な人はお得です。

いいと感じたら考える前に実行している。 

考えない努力をしていると思わぬご褒美を戴ける。

それは無欲になったことに対するご褒美。

欲を無くしたときにプラスのエネルギーが流れる。

エネルギーが流れて初めて具現化(ぐげんか)=現実化される。

それが、宇宙からのプレゼント。





   





  



2007年9月 5日 (水)

結果は関係ない

  
自分の起こしたアクションに対し、結果がどうであったかは全く関係はない。
 
どうしようか思い悩むときは結果を気にしている。
 
相手はどう思うだろうか?どう受け取るだろうか?と
 
結果ばかりを気にして、自分に正直に素直に生きていない。
 
結果を気にすると違う自分を演じなければならなくなる。
 
うその自分を演じていると段々苦しくなってくる。
 
いつもの自分に戻りたくなってくる。
 
だから、いつもの自分でいい。
 
人からどう思われても、誤解されたり、結果が悪くても
 
自分らしく、自然に生きていくほうがいい。


最近特に、そう思う。









  

2007年9月 4日 (火)

心が通じるとき・・・

 
今、何人かの人とメール交換をしているが、その途中で心が通じ合ったことがわかる瞬間がある。
 
文章にはし難いが自分のエネルギーと相手の人のエネルギーが交流しているのが感覚でわかる。

そう、なにかあったかい、ふわっとした感じだ。
 
その時には相手の人も同じように感じている。
  
たぶん、恋愛中の男女はこの感覚があると思う。
 
純粋で爽やかな感覚。
  
だがこの感覚はそう長続きしない。
   
どちらかが独占しようとしたり、相手を自分の思い通りにしようとした瞬間、違う感覚へと変わる。

 
だから、人間関係、男女関係は難しい。
  
人と交流し続けようと思ったら、自分がスッキリしていなければならない。
 
そのとき、相手の人は関係ない。
  
自分のピュアな波動に居続けていれば、相手の波動も変わってくる。





  

2007年9月 2日 (日)

親の愛

  
以前、スーパーに勤めているとき、高校生が万引きをしているのを従業員が見つけて補導したことがある。

私は一従業員として事の成り行きを見ていた。

その時、家に電話をして親に来てもらった。

その子の父親は部屋に入ってくるなり、土下座をして店長に謝り、そして、すさまじい勢いで息子を殴りはじめた。

息子はただ黙って殴られていた。

父親の鉄拳は止まることがなく続けられた。

私たちは、止めないとその子に危険が及ぶと思い父親を抱きとめた。

父親は泣いていた。

その姿を見て息子も泣いた。

そして周りの私たちも感動していた。

父親は子どもが憎くて殴ったのではない。

自分の感情で殴ったのでもない。
 
 
それは、ただ、息子を愛していたから・・・それしかない。

 
同じように子どもが万引きをしても謝りもせず、子どもを叱りもぜず、ただ引き取りに来ただけの親もいた。 

殴られた子どもと殴られなかった子どもはどちらが幸せだったろう?

その時の子どもたちはどうなっているだろう?


ふとその時のことを想い出した。





   
   

2007年9月 1日 (土)

愛(合い)

 
ついこの間、息子とつかみ合いのけんかをした。
  
理由は些細なこと、でもそれをそのままにして流してしまうと息子の将来に良くないと判断した。
 
私はめったに爆発しないが、爆発するときはいつも冷静で、真剣に相手に向かい合う。
  
もう高校3年生で腕力では負けるかもしれない、ふっとばされるかもしれない、そして、修復不能になるかもしれない。
  
でもここで妥協したら自分が自分でなくなる、親としての意味がなくなると瞬間、判断した。
 
まさに紙一重であり、取り返しのつかないことになる可能性があった。
  
世の親は子どもに嫌われたくないために云わなければいけないところで云っていない。
 
すると、子どもはそれでいいものだと勘違いする。
  
次に注意をしようとするときにはスジが通らなくなってしまう。
  
つかみ合いのケンカになっても、その後最悪の結果になっても、愛があればいつかは絶対に分かり合える。
  
けんかをするときにも一生懸命、命を懸けてやらないと駄目だと思う。

  
つかみ合い、話し合ったその後は爽やかな風が吹いていた。



  
 

つかみ合いも分かり合うもそこには愛(合い)がある。

自分の感情で叱ってはならない。

相手のことのみを思って叱るのは必ず響く、感情的ではないその自信が伝わるのだ。




  

  







  





  

ある実験

 
  
ある科学者が実験をしました。平静な人、笑っている人の息を凍らせ、その息を液体にしてモルモットに注射しても何ともなかったが、怒っている人の息を凍らせ、その息を注射すると即死してしまったとのことです。
 
怒っている人の息は毒を含むとのことでした。

さわやかな息を吐いている人が繁盛店をつくり、毒を含んでいる息を吐く人が不採算店をつくるということがわかりました。

お客さまは、敏感に空気の良し悪しを察せられるのでしょう。

当然、毒を含んだ空気を吸えば、もう一度その場所へ行こうとはだれも思わないでしょう。



  

この文章は私が今読んでいる本から一部抜粋したものです。

目にみえないエネルギーのことがわかり易く書かれています。

自分の発しているエネルギーに責任を持つこと、とても大切なことだと思います。




  
思いをカタチに変えよ! 渡辺 美樹 PHP研究所






       
     

無であり空であること

  
これから人間がアセンションに必要なことは、頭でごちゃごちゃ考えず、無であり、空になるとである。

人間は暇さえあると、どーでもいいことや、あーなればいいなという欲望を考えてしまう。


 
小人閑居して不善をなす(しょうにんかんきょしてふぜんをなす)


一般的な人は暇があるとろくなことをしない、考えないという意味だが、的を得ている。
 

そして、こんな時には何をしてもうまくいかない。
 


逆に物事がスムーズに何の障害もなく進んでいる時は、変な雑念や欲望が湧いてこない。

まるで雑念や欲望が湧くとうまく進まないので、何かの力によって止められているようだ。

 
たぶんこのときは 
おまけ をしてもらっている。

 
今回は想念を停止させてうまくいくようにしてやるが、次回余計なことを考えたり、想ったりしたらもう知らないぞ。
と云われているようだ。
  

私は生まれてこのかた、何の雑念もなくスッキリ爽やかな人に数人出会ったことがある。
  

姿は大人なのにまるで無邪気な子どものように屈託がなく笑っている。
  

その笑顔が透き通るように美しい。
  

宇宙はそんな人に力を与える、神様はそんな人がたくさん顕われることを望んでいる。
 

もうすぐ地球はそんな人たちでいっぱいになる。
 

アセンションする次元上昇するとは、そういうことだ。




   







  

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