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2007年8月15日 (水)

審判

  
私は小学生の頃から王選手にあこがれて野球を始め、中、高と途中で中断しながらもやってきた。
  
息子も野球に興味を持ったので小2から6年まで、私はコーチとしてお手伝いさせてもらった。
  
その時、何度か審判を頼まれてやってみたが本当に難しかった。
  
ストライク、ボールの判断はホームベースをかすったか?高さはひざの上から脇の下の範囲がストライク?そんなのわかるわけないでしょ。
 
アウト、セーフも一瞬の出来事で、間一髪を判定するなんて神業(かみわざ)でないと無理だ。
 
今、高校野球をやっているが 
「えー、今のセーフ?」 「あれは入っているでしょ(ストライク)」 と、しょっちゅう思ってしまう。
  
だからやっている方も見ている側もスッキリしない。
  
勝負ごとだから一球、一打に気持ちがこもっている。
  
どれだけの球児が誤審に泣いているか。
  
一番いけないのは後に残ることだ。

「あの時、あれはセーフだった」 「あの誤審さえなければ勝っていたのに」
  

昔と違って今は、科学の技術が進歩しているのだからセンサーを使って判定させればスッキリする。
     
正確だから誰も文句が言えないしみんなそれを望んでいるのではないかと思う。
  
審判がいないとあじけないという人がいるかもしれないが、すっきりしないまま次のことをするよりはよっぽどいいと思う。
   
そもそも人間が人間の行為を裁くなんておかしい。
  
人間の目なんていい加減なものだ。
   
人間の目なんて信用できない。
  

信用できないものをそのままにしておくのは変だと思う。




     

     

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