« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »

2007年8月30日 (木)

会いたい人がいても・・・


最近、あの人に会いたいなあと思っている人がいるが、こちらの思惑通り会えることがない。
 
逆に会う必要のある人はさして苦労もせず、簡単に会えたりする。

この世には偶然はなく、すべては必然だと言われている。

必然とは必要があるということだ。

だから、会う必要のある人には会える。

会う必要のない人は会わないようになっている、と思えばいい。
 
そこには会いたいはない、必要があるか、ないかだけだ。

会いたいは自分の我(我がまま)であって自然な気持ちではない。

会う必要がないのに無理をして会うとその関係は終わってしまう。

もしくは修復に時間がとんでもなくかかる。

それくらいデリケートに出来ている。
 
必要のある時は相手の人も必要を感じているのでスムーズに事が進む。
  
無理をしているときは相手の人も、どうも気が進まないなぁと思っている。
  
人間は、案外、好き嫌い、気が進む進まないという感覚で動いている。

頭を使っているように自分では思っていても、実は後ろで動かされているのだ。(守護霊に)


だから余計なこと(あの人に会いたい)を考えずに忘れていればいい。
  
そうすると、思わぬ時に逢いたい人に会わせてもらえる。(果報は寝て待て)






   





  

2007年8月27日 (月)

なくて七癖

 
人間はたくさんのくせを持っていて、どれだけ少ない人でも7つはあるという意味。


この癖は今生(こんじょう)、つまり今回、生まれてきた時だけのものではなく、前世からのものを引き継いでいる。

つまり、前世であーだ、こーだと思い悩む癖を持っていた人は今もその癖を持っている。

癖は曲とも書き曲(まがった)った、よくないことをいう。
 
人間は癖がない、さっぱりとした人がいい。

言ったことに対して曲って、捻くれて受け取ることほどつまらないことはない。

同じことを云っても、いい方にプラスに受け取れる人は前世で余程癖を無くす努力をして来たにちがいない。

反対に、どこをどう解釈したらそんな風に受け取れるのか?というくらい悪く考える人がいる。

しかしこんな性格嫌だ。治したいと思っても、ちょっとやそっとでは無くならない。本を読んて納得しようとしたり、人から意見された(そんなことではダメだよと)くらいでは治らない。

爪を噛む癖などは自然と治ることもあるが性格的なものは徹底しないと駄目だ。

例えば浪費癖のある人は 
「いけない」 と我慢するよりもお金を使うだけ使って身を滅ぼすか、その寸前まで行く位の状態にならなければ気づくことができない。

借金をして、人に迷惑をかけて、強い取り立てにあって、自己破産して、家族がバラバラになって、路頭に迷うことになって、心の底から絞り出すように 
「もうやめよう」 と思わなければ癖はなくならない。

それでもまた、繰り返すことがある。

それは心がまだ納得していないことを意味する。

盗癖のある人は盗みを何度も繰り返す、浮気癖のある人は浮気を何回もしてしまう。

癖の少ない人はありとあらゆることを徹底的にしてきた人でもある。

だから人間は前世も今もろくなことをしてきていないのだ。

大事なことは過去において何をしてきたか?ではなく、そこから何を得て、納得して、癖を無くしていくかだ。

癖がなくなると、とらわれがなくなって、心がすっきり、爽やかになっていく。
 
癖が無くなることほど幸せなことはない。

 

癖は自分では無くせない。

癖は自分でなんとかしようとするのではなく、宇宙に波長を合わせていればとてつもなく大きな力が包み込んでくれて、いつの間にか無くなっている。

自分の守護霊、守護神に 「どうぞ無くしてください、消してください」 と頼めばいい。





   





  





   

2007年8月26日 (日)

欲望や願望は実現している。

 
欲望や願望は実現するか?

私は自分の欲望や願望はなかなか実現しないもの、思い通りにいかないものだと思っていた。

人間には様々な欲望、願望がある。
 
お金持ちになりたい、家がほしい、彼女がほしい、いい車に乗りたいという物質的なことから、幸せになりたい、満たされたい、愛されたいという精神的なことまで望みを持たないときの方が少ないだろう。
 
ほとんどの人は夢は実現しないまま終わっている?と思っている。
 
しかし、実はあなたの欲望や願望は実現しているのだ。
 
話は少しややこしくなるが、わかってしまえばすごくシンプルで簡単な理屈だ。
 
例えば、あなたが今、お金持ちになりたいと切に願っているとする。
 
金持ちになりたい、金持ちになりたい、金持ちになりたい、金持ちになりたい、金持ちになりたい、金持ちになりたい、金持ちになりたい・・・と思い続けるとする。
  
すると願いは叶えられる。実現する。思ったことは実現した。

なにが実現したかというとあなたは金持ちになりたいと思っている自分になったのだ。
  
金持ちになりたいはなっているのではなく成る以前の状態をいう。
  
あなたは成る以前の状態を一生懸命願っていたのだ。
 
ならばどうすればいいか?

私は金持ちだ、私は金持ちだ、私は金持ちだ、私は金持ちだ、私は金持ちだに言霊(ことだま)を変えていけばいい。
  
そうすれば金持ちになった状態が現れてくる。
  
ただ金持ちに成るには成るがどういった形でお金が入ってくるかはわからない。
 
宝くじが当たる、仕事で成功する、思わぬ遺産が転がり込んでくる、のかも知れない。
 
しかし、誰かが交通事故に遭って保険金が入ってくることで金持ちになるのかも知れない。
  
同じ金持ちでも天に宝を積むようなお金持ちでないとすぐにそのお金もなくなってしまう。
 
正しい、善い金持ちになりたかったら日頃の想念(思っていること)が大切だ。
  

これに関してはまた詳しく書いていきます。




宇宙が味方する経営 伊藤 忠彦 講談社 インターナショナル






   








  

2007年8月25日 (土)

無限の力

 
今出ている力は
本来持っている力のほんの2~3%でしかない としたらこんなもったいないことはない。
 
自分では一生懸命やっている、全力で頑張っている、なのに結果がでないのはなぜか?
 
それは、りきんだり、焦ったりしているので力がそのままやろうとしていることに伝わらないのだ。

そして目に見える力しか信じていないから自分の肉体の力しか出ない。

肉体の力でものを持ち上げようとしたら200KGが関の山だろう。

だが強い意志は山をも動かすという。
 
意志とはつまり目にみえない霊力(れいりょく)をいう。

霊力は3次元を超えた違う次元のことをいう。
 
次元は違うが同時に存在している。
  
つまり今住んでいる地球と雲の上にある宇宙は同時に存在しているのと同じだ。

この霊力を使わない手はない。
 

そのためには、自分の意識を霊力の世界、つまり宇宙に合わさなければならない。
 
実はお釈迦様が組んでいた座禅は宇宙と一体となる方法だった。

肉体の3次元を超えて本来の世界とつながるのだ。

そうすれば2~3%しか出ていない力が100%になる。

100%になると空が飛べたり、霊力で瞬間移動できる。
 
スーパーマンやスパイダーマンは絵空事(えそらごと)ではない。

本来の力が出ればそうなれるのだ。
  
 
人間の無限の力を信じよう。




  




  

レッスン

  
今日、2週間ぶりにある人のレッスンをさせて頂いた。
 
なぜ、させて頂いたという丁寧な言葉を使うのかというと、レッスンをすることで相手の方だけでなく私自身も成長させてもらえるからだ。
 
教えるというのは自分がかなりのところまで理解していないと伝わらない。

テクニックではダメなのだ。

特に目に見えないことをわかってもらうにはイメージしてもらいながらその重要性を伝える。
 
なぜそれをすることが必要なのか?すればあなたはどうなるのか?
 
それも押し付けでなく、その人が心からそうなりたいと思わなければ長続きしない。
  
私が若山先生のレッスンを受けさせて頂いていた頃はレッスンを受けることが楽しくてしようがなかった。
 
次のレッスン日を心待ちにしていた。
 
1999年に始まってもう8年になる。
  
ここまで続いたのは最初の楽しかったレッスンがあったからにほかならない。

今、逆の立場になって人を教えている。
  
でも私には教えているなんておこがましい気持ちはない。
  
あの若山先生にして頂いていたレッスンをあの楽しさを少しでも還元できたらいいなという気持ちだけだ。



教えるというより伝えるという方が近い。

教えることで自分自身の確認にもなる。

わかり易く伝えることは言葉だけではなく心の響きが必要となる。
  
相手のペースに合わせることが大切で決して焦ってはならない。
  
自分がしているのではない、相手の人の本心が求めていることを伝えているだけなんだ。



本当に楽しいこととは決して、上辺の楽しみではなく、魂がふるえるような喜びをいう。




   


  

2007年8月24日 (金)

いつも助けられている

  
あなたは今まで生きてきたなかで九死に一生を得たことがあったはずだ。

絶体絶命のピンチを救われてきたことがあったはずだ。
  
そのどちらもあなた自身の力でのり越えたものではない。
  
自分一人の力なんて無いに等しい。
 
だったら何があなたを救ったのか?

なんだかわからないけど目にみえない大きな力。

それを人間は神、仏といった。

その正体をあやふやにせずハッキリさせる時期がきている。

すでに識っている人も多い。

識った人たちは何の不安もなく、安心立命して生きている。 

  
もうみんなが識っていい時期が来ている。
   


識らなければいけない とき がきている。






   






     







   






   

あなたの直観の正体は・・・

 
今、地球上で生きている人のなかで本当に悟っている人はほんの数名しかいない。
  
その人たちとはお釈迦様やキリストのように地球を救うために進化した星から来た宇宙人のことをいう。
  
それ以外の人は、すべて 同じ穴のむじな となる。
  
どれだけ世の中に貢献した人でも、どんなに立派といわれた人でも本当に悟った人でないと、どこかに悪いところがあったりマイナスの部分があったりする。(決して非難しているのではないです。)
 
どんな人もみんな50歩、100歩たいしたことはない。
  
だがあなたをいつも見守って助けてくれている、あなたの祖先の守護霊、守護神はあのお釈迦様やキリストのように素晴らしい人たちなのだ。
  
肉体人間の立派と呼ばれる人が100人集まってもかなわないほどすごい人なのだ。
  
だから人に頼らず、自分の守護霊、守護神に頼ればいい。
 
 

守護霊、守護神に頼って感謝しているとあなたの直感として危険を知らせてくれる。


どうすればいいか教えてくれる。








  

表面に顕れているそのひとを・・・

 
いま、肉体を持ってこの3次元で生きているということは前世からの何らからの課題が残っていてそれを克服するためである。
 
だから人間は 
なくて七癖 というように欠陥があって当たり前なのだ。
 
人にもあるし、勿論自分にもある。
  
だからあまり目くじらを立てて人を非難するものではない。
  
本心、本当のその人は肉体を超えた奥深いところで光輝いている。
  
だが表面に表れているその人は光を覆う闇のようにくすんでしまっている。
 
くすんでいる別人になったその人を認めてしまうとそのままでいる。
  
しかし、
あなたは本当は素晴らしい人なんですよ と本来のその人を認めると闇が消えて輝き出してくる。

人を褒めて認めてあげると、
その人は伸びる というのはそういうことなのだ。
  
だからどんなに悪く、どうしようもなく見える人も非難してはならない。





   

2007年8月23日 (木)

許してあげよう

  
毎日、暑い日が続きます。

昨日、私と同じ職場の人がバイクで移動中、車と接触して転倒、肩を強打して全治3ヶ月のケガを負った。
  
この人はいつも冷静沈着で事故を起こしたのは意外だった。
 
事故が起こるのは偶然ではなく、相手とどこかで波長が合わないと起こらない。
 
つまり、相手の人が約束の時間に遅れそうでイライラしている、または、朝、奥さんと喧嘩して腹が立っている状態で運転していたら、同じような精神状態の人がそれに共鳴してくる。
  
世の中のすべてのもの、目にみえない心も見える物質も波動でできている。
 
だから心のなかで想ったことが、現実として顕われきて、他の何かと共鳴するのだ。

事故は過失割合があって、100対0でどちらかが一方的に悪かったとする。
  
しかし現象面で何が起こったとしても心が共鳴しているのだから、相手が悪いということはない。

どっちもどっちなのだ。
   
波動を識っていれば全てのことに善い、悪いがないことがわかる。

だから相手を許してあげよう。

あなたの寛大な心で相手を包み込んであげよう。
  

では、事故に合わないようにするにはどうしたらいいか?
  
それは、心の中をスッキリ爽やかにしてプラスの波動にしか共鳴しないようにすればいい。

実はこれは結構難しい。

  
でもそれしか方法はない。


 
「健康になる気功教室 in  大阪」 オリエンタルウインド
                 
http://orientalwind.info/

無限なる癒し 宇宙天使からの贈り物 う寿明 星湖舎







   


   

2007年8月22日 (水)

精神的なことと肉体的なこと

  
精神的なこととは目にみえない心のことを云い、肉体的なこととは目に見える物質的なものことを云う。
 
今、このバランスを取るのが非常に難しい。
  
例えば病気になるときは精神的なストレスが原因になることが多い。
  
だが、お酒の飲みすぎ、たばこの吸いすぎ、食べ過ぎて身体に負担をかけたりするのも病気の原因となる。

ストレスは溜まるといい、水溜りのようになって気(エネルギー)が動かなくなる。
 
気持ちが滅入った状態だ。
   
お酒の飲み過ぎは神経をマヒさせて内臓の動きを鈍らせ、たばこは血管を収縮させて血の流れを悪くする。食べ過ぎは胃から腸への食べ物の流れを遅くさせる。
  
つまりどちらもスムーズに流れていくべきものを鈍らせたり、ストップさせているのだ。
  
健康、健全な状態とはこの両方が順調に流れていることをいう。
   
物質的な流れは自制心があればなんとかなるが精神的なものはそうはいかない。
   
人それぞれ、心の状態は違うし同じことがあっても、ストレスを感じる人もいればいない人もいる。

精神的なことは人では治せない。
   

本当のカウンセリングとは、相手の話を親身になって聴いて、自分の口=中から答えを引き出させることなのだそうだ。

カウンセラーがアドバイスしたり提案するのではない。
   
自分のなかから出てきた答えでないと本物ではない。
   
自分のなかから答えが出せるようになり、肉体のメンテナンスができるようになって初めて
健全な健康体となれる。


宇宙人はバランスが取れている。

人(お医者さん)は病気を治せない。

任せたから大丈夫だという気持ちが一時的に治ったように見えているだけだ。

自分のなかの無限の力を信じて治ったものでないと又、同じことを繰り返す。

病気を造ったのも自分、治したのも自分。

あなたが自分で治したんですよ。あなたの中に治す素晴らしい力があるのですよ。と教えてあげられるのが本当の医者であり、カウンセラー、だからそのことがわかったら医者もカウンセラーもいらなくなる。 





   

 
   

  

2007年8月21日 (火)

男と女の違い

  
同じ男でも色んなタイプに分かれる。

男の性質を強く持っている人(男っぽいというが)女性の部分を少し~半分持った人、半分~多く持った人(オカマ)とも言われる。
  
これは逆に女性にも全く同じことが云える。
 
この配分には前世が大きく影響している。


それと男女違う性器を持つことで男女特有の性格や考え方が出来ていく。

非常に複雑でデリケートなので同性どうしでも理解できないことが起こる。
 
そして反対に異性どうしでもわかり合えることもあるのだ。

非常に複雑で多岐にわたる。
  
だから相手を理解しよう、相手が何を考えているのか、何をしようとしているのか、計画しようとしているのか、自分に対してどう想っているのか、等は考えてもしようがないことになる。(男女関係なく)
  
決して相手は自分の思った通りになんかしない。

考え方は全然違っていることの方が多い。
  
だからもう無駄なことはやめよう、相手の心を推測するのは・・・
 
その代り、自分が何をしようとしているのか?何をすることが本心が一番喜ぶのか?を大切にしよう。
 


そして余裕があったら、相手の人が何をしてあげたらその人の本心が喜ぶのか考えたらいい。







  

2007年8月19日 (日)

ふたりの自分


このところ全く違う2人の自分を経験している。
 
午前中の自分はいらいらして怒りっぽく落着きがない。そしてやっていることの優先順位がどうでもいいことに行っていて無駄な時間を過ごしてしまっている。
 
だが午後からは落ち着きを取り戻し、穏やかになって人に対しても寛大になっている。
 
そしてやることの優先順位がハッキリわかってどうでもいいことには意識がいかない。
  
一日のうちにこの繰り返しを何回やっているだろう。
  
二重人格とまではいかないがちょっと油断するとそうなりかねない。
 
だから午前の違う自分になりそうになったら早くリセットできるように努力が必要だ。
 
どうするかというと、自分の部屋の落ち着ける場所に行って印(いん)を組む。
 
印とは本体(本当の自分)に戻るためにする主に手を使った動作のことをいう。
  
そして印には呼吸法も伴っている。
  
印を組んでいると2人の自分が一人に統一されていくのがわかる。(勿論、午後の自分に)
   
印を何度か繰り返しているとスッキリ、爽やかになってくる。
  
この時がほぼ完全に近く統一した状態だ。
 
印を組むことは、私が講師をしている調和波動気功の基本になる。
  
もし印や気功に興味を持たれたら下記の本を購読されるかオリエンタルウインドのHPを覗いてみてください。
   
話を戻して、問題なのはこの午前と午後の自分の違いがわかってないことにある。
   
そして午前の自分を露骨に他人に対してやってしまうと不審感を持たれ信頼を失う。
   
そして自分も感情に振り回されて疲れ果ててしまう。
   
知り合いの人に2人の自分を一日に何十回も繰り返している人がいる。
  
本当の自分を顕している素晴らしいその人と動物のように感情的になっているその人はまさしく別人だ。
   
本人も大変だが周りの人も気の毒だと思う。
 
    
悟った人、進化した宇宙人は二人の自分が完璧に統一された人をいう。





「健康になる気功教室 in  大阪」 オリエンタルウインド
                 
http://orientalwind.info/

無限なる癒し 宇宙天使からの贈り物 う寿明 星湖舎







    

迷い道

  
本当の自分に意識を合わせていようとしても時々魅せられたように
 迷い道 に入ってしまうことがある。
  
それは人に何かを期待しているとき、人に何かを求めているとき・・・
  
でもそれはすぐに 違う とわかる。
  
心が納得しない、心が喜んでいないのだ。
  
表面的なものが喜んでも心の奥底が喜ばないと本当の喜びではない。
  
表面的な喜びだけを何回繰り返していたって何百回、何千回、何万回繰り返していても何にもならない。
  
だから自分が感じる、自分だけがわかる喜びでいい。
  
自分の外には絶対に幸せはない。
  
幸せ、喜びは 
自分の中にある





        

幸せを感じるとき・・・

  
 ふっ と 幸せを感じるときがある。
 
何か変化があったわけでもなく、うれしいことがあったわけでもないのにそのときに心のなかが温かくなるのだ。
 
私はいつの頃からか気づいていることがあった。
 
それは  自分が宇宙一幸せであること」

誰が決めたわけでもなく、なんの基準もなく、ただ、
そうだ とわかったのだ。
  
それはいつも変わらない。
 
つらいことがあったときも、嫌なことがあったときも、
なんでこんなことがあろのだろう」 とは思っても
 
 自分が宇宙一幸せ であることには変わりがない。
  
自分のなかでは揺るぎないものになっている。
 
これからどんなことが起きようとも無限の時間が過ぎようとも絶対に変わることがない。
  
それは一番奥の本当の自分がわかっているからだと思う。
 
一番奥の本当の自分は宇宙の根源につながっていて何の不安も心配もない。
  
ただ心のなかに温かいものだけがある。
 
そう、私が時々感じている あの ふっ という感触だ。
 
感じるものでもなく、わかるものでもない、言葉や文字では決して顕すことができないもの。
  
だから人にはわからなくてもいい、人にもそれぞれその人のなかでわかる幸せがある。
  
その人にもきっと ふっ と感じる幸せがある。







       

クーラーと風


毎日暑い日が続いている。こう暑いとついついクーラーのつけっ放しになりがちだが、外の気温や風の具合をみながらこまめに切っていくことも大切だ。
 
気温が高くても風が吹いているときはその風が心地いい。
 
扇風機やクーラーの風と違って身体にやさしいのだ。
 
若山先生は 
「風に意識を合わせたらいいですよ」 とおっしゃた。
 
意識を風に合わせていると風にはメッセージが含まれていることがわかる。
 
ただなんとなく意味もなく吹いていることはなくて、弱く吹くときも強い時も、そして無風のときも必ず意図がある。
 
私が好きな句に 
「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かぬる」 がある。
 
お盆の15日を過ぎて外に赤とんぼが飛び始めると秋の気配を感じ始める。
 
その時、メッセンジャーになってくれるのが風だ。
 
風が 
「もう秋だよ」 と季節の変わり目を告げる。
  
ずっと屋内にいてクーラーにばかりあたっていると、風の変化には気づかない。
 
そして、風はいつも私をやさしく包み込んでくれる。
 
緊張した身体を余裕を失った精神をふっと癒してくれる。
 
そしてそんなときは暑さなんて忘れてしまっている。
  
風は常にやさしいので、怒っていることはない。
 
強風が吹いているときや台風のときも怒り狂っているのではなく、人の間違った想念(考えや想い)や、溜めこんだストレスを吹き飛ばしてくれているのだ。
 
だから人全体に吹くときもあるし、ある時は自分にだけ吹いてくれているときがある。
 
でもその時に余計なことを考えていたり、心に余裕がない時はその風にすら気づかない。
 
そのことが後から 
ふっ とわかるときがある。


そのときは風に言う。 
「風さん、ごめんなさい」  












         

2007年8月18日 (土)

男の方が優しい

  
今週の水曜日に高校時代の友達3人(私を入れて4人)で飲みに行ったときに感じたことがあった。
  
それはみんな性格が素晴らしい、とにかく優しいのだ。
  
そもそも面倒くさい同窓会の世話役を喜んで引き受けてくれる人だから良い性格なのは知っていたが、話をしていてびっくりした。
  
自分は関東(住まいは大阪)に大事な用事があるのに、知人からある人の選挙の投票を頼まれるとその用事に遅れてまで、投票に行っている。

行ってなくても 
「行っといたよ、受かってよかったね」 と適当に、嘘を言うことができないらしい。
  
そして、昔、ひどい目にあって、裏切られた人に対しても一切恨みごとを言わないばかりか、その人を今も気遣っている。
  
そしてもう一人は損得関係なく周りの人のために尽くしている。
 
そんな3人なのだ。
  
仏様が3人いる。
  
大げさでなくそう思った。
 
そして、その優しさは偏見や差別でなく、男の人独特のものだと思った。
 
懐(ふところ)が深くておおらかなところは女性では少ない。
  
女性はどうしても子どもを産み、育てるので受身になるからだ。(子どもを守るためには何でもする。)
  
でも、この3人は男、女は関係ないのかもしれないが・・・




   


    




   

2007年8月16日 (木)

案の定

  
同窓会以来、みんな私のグッドムーンのブログを読んでくれている。
  
案の定
、「高度過ぎてついていけない」 「内容が理解できない」 と言っていた。
  
別にわかってもらおうとは思っていなかったので苦笑するしかなかったが、やっぱりかなり飛んでいるのか?
  
現実とかけ離れているのか?

私にその感覚はない。(逆に密着していると思っている)
 
ただ読者の人の数が最近やたらと増えている。
  
北海道から関東、四国、九州、沖縄までたくさんの人が見てくださっている。
 
ハーモニーの人が 
「今はスピチュアルなものが求められているんですよ」  と言っていたがそうなんだろうと思う。
   
うわべのことではなく、本当の奥のことをみんな知りたがっている。
  
真実を求めている。
  
私もちょっと勉強をさぼっているとブログも飽きられてしまうよなあと実感している。







         





    

友達

   
昨日、高校時代の友達3人(男だけ)で炉端焼きに飲みに行った。
   
今回は以前とは違って、自分たちの生い立ちとか病気や貧乏で苦労したことなんか腹を割って話はじめた。
  
みんな明るい性格なのでそんなに大変だったとは想像もできなかった。
  
みんなそれぞれにドラマがある。
  
そしてドラマが多い分だけ強く、たくましくなっていた。
   
強く、たくましくなっているだけでなく、人に優しくなれている。
  
しんどかったことで人の痛みがわかるのだ。
  
優しい人には愛がある。だから長くいても居心地がいい。
  
そして時間がた経つと又、このメンバーで逢いたくなってくる。
   
この歳になって本当の友達ができたように感じた。
  
とても楽しいひとときだった。



   
  

ひとはみな「もっとお金があれば、・・

   
人はみな 「もっとお金があれば、もっと幸せになれる」 という催眠術にかかってしまっている。
 

この文章は私が毎月愛読している小冊子に書かれている日々の指針というコラムに書かれていた。
  
多分、一日のなかでお金のことを考えている時間は困っている人で4割、そんなに困っていない人でも2割は考えているのではないだろうか?
   
つまり16時間起きているとして3時間から6時間は、なんとかしなければ、心配だ、老後はどうなるのか、なにか儲かる話はないか、お金が足りない、もっと給料のよいところへ、今月はどうしようと頭の中を駆け巡っている。
   
そのうちのほとんどは考えてもしようがないことなのに・・・
  
かといって、宝くじが3億円当たったところでお金の悩みはなくならない。
  
当たったことがみんなにバレテいないか?寄付を言ってこられないか?どこに預けたら安心できるのか?仕事をやめてなにかしてみようか?子どもへは黙っていようか?もっと殖やす方法は?
  
なければないでもっとほしいになり、ふんだんにあっても別の悩みが出てくる。
  
お金の催眠術にかかっている時間は変わらない。
  
人はこの催眠術から目が覚めないとアセンション(次元上昇)できないのかも知れない。

  


お金は勘定=感情なのでお金のことを考えているときは感情的になっている。
  


邱永漢(きゅうえいかん)さんが言っていた、お金は足らないくらいがちょうどいい

        
  
       
 邱永漢・・・中国人、華僑の大金持ち






                     

2007年8月15日 (水)

心が通じるとき・・・

    
「あなたが変わらないと人は変わりませんよ」
 と若山先生に言われたことがある。
  
自分で何かを変えようとするのではなく、自分の信じたことを一生懸命にやっていれば結果は知らない間についてくる。
  
自分の気持ちがピュア(純粋)で透明感があればあるほど相手の心に響いて伝わっていく。
  
そして、心と心の交流(目にみえない)があって、そこから物質(目に見えるもの)が動き始める。だから物が良い、優れているとかが問題ではない。
  
物質的には優れたよいものが巷(ちまた)には溢れかえっている。
  
良い物ができれば、今度はもっと良い物ができている。
  
でも良い物がそのまま素晴らしいものとはいえない。
  
素晴らしいものとは素晴らしい人から受け取った、受け継いだものでなければ素晴らしいものではない。
  
素晴らしい人とは自分の中に私利私欲がない、儲けようとか稼ごうとか自分の意思がまったくない純粋な心の人のことを言う。
  
だったら今までそうでなくてもなぜ、物が動いてきたか?お金が動いてきたか?
  
それは欲と欲が共鳴していたにすぎない。
   
つまり、にせものの時代だったからだ。
  
その時代に生きてきた人はいままで通りのやり方で売れなくなっている。
  
そして、通用しなくなっていることに戸惑いを感じ始めている。
   
これから本物の本当の時代が始まる。
  
本物の人が活躍する時代だ。

  

素晴らしいとは素(もと)が晴れていると書く、雲の上はいつも晴れている。

素晴らしい人とはスッキリと心が晴れている人のことをいう。




 宇宙が味方する経営  伊藤 忠彦 講談社インターナショナル










    

審判

  
私は小学生の頃から王選手にあこがれて野球を始め、中、高と途中で中断しながらもやってきた。
  
息子も野球に興味を持ったので小2から6年まで、私はコーチとしてお手伝いさせてもらった。
  
その時、何度か審判を頼まれてやってみたが本当に難しかった。
  
ストライク、ボールの判断はホームベースをかすったか?高さはひざの上から脇の下の範囲がストライク?そんなのわかるわけないでしょ。
 
アウト、セーフも一瞬の出来事で、間一髪を判定するなんて神業(かみわざ)でないと無理だ。
 
今、高校野球をやっているが 
「えー、今のセーフ?」 「あれは入っているでしょ(ストライク)」 と、しょっちゅう思ってしまう。
  
だからやっている方も見ている側もスッキリしない。
  
勝負ごとだから一球、一打に気持ちがこもっている。
  
どれだけの球児が誤審に泣いているか。
  
一番いけないのは後に残ることだ。

「あの時、あれはセーフだった」 「あの誤審さえなければ勝っていたのに」
  

昔と違って今は、科学の技術が進歩しているのだからセンサーを使って判定させればスッキリする。
     
正確だから誰も文句が言えないしみんなそれを望んでいるのではないかと思う。
  
審判がいないとあじけないという人がいるかもしれないが、すっきりしないまま次のことをするよりはよっぽどいいと思う。
   
そもそも人間が人間の行為を裁くなんておかしい。
  
人間の目なんていい加減なものだ。
   
人間の目なんて信用できない。
  

信用できないものをそのままにしておくのは変だと思う。




     

     

豆乳

   
今、私が毎日飲んでいるもの、それは豆乳だ。
  
無調整は少しくせがあるので調整豆乳にしている。
   
人間の身体に合っているのと気分をスッキリさせる効果があるようだ。
 
そして美味しい。
   
スッキリすると自然とプラス思考になるし、直観力も冴えてくる。

反対に気分が悪くなってどんよりさせるのが牛乳だ。
   
そもそも人間の身体に合っていないし、逆に不調和にさせる。


国民は国が動き出してから、テレビの番組で取り上げないと信じないし、自分の生活習慣を変えようとしない。

でも悪いと思ったら、悪いと知ったら自分から第一歩を踏み出さないと何も変わらない。

私はこの本が出た時、もっと早く店頭から牛乳がなくなると思っていた。

でも、数は減ったかもしれないがまだある、存在している。

不思議な現象である。






市販の牛乳になる前の生乳には約4%の脂肪が含まれていて、そのままにすると浮上してくるためホモゲナイザーという機械で脂肪を細かく砕くことをする。

こうして作られたのが 「ホモ牛乳」 と呼ばれるもので、ホモゲナイズ(均等化)することにより、生乳に含まれていた乳脂肪は酸素と結びつき、「過酸化脂質」に変化してしまう。

過酸化脂質というのは、文字どおり酸化しすぎた脂肪ということで、別の言い方をすれば「ひどく錆びた脂」 ということになる。

酸化というのは、物質が酸素と結合することでわかりやすくいうと「錆びる」ということ。

天ぷら油が黒く変色したり、皮をむいて時間がたったリンゴが茶色に変色するのも「酸化=錆び」なのです。

錆びたものを身体にいれると当然、身体も錆びてきて病気やガンの原因になる。

身体は当然、錆びないように抵抗するが、限度を超えると身体を蝕(むしば)み始める。

日本では昔から医食同源と言ってよい食べ物が健康な身体をつくると言われてきた。

牛乳は身体に良いと言われたのは何もわからなかった時代のことであり、正しい情報を入手することが自分の身体を守ることにつながる。

自分の身体は自分で守らなければならない。



子猫に牛乳を飲ませると拒絶反応を起こす、牛乳は牛の赤ちゃんにしか体質に合わない、もちろん人間にも合わない。
  

高温殺菌された牛乳は栄養分がほとんど飛んでいる、だから飲む意味がない。

   

 

  病気にならない生き方 新谷弘美 サンマーク出版




    

2012年に何が起こる?

  
人間が比較的早い年齢で死ぬと 
「まだ若いのに・・・」 「やり残したことがあっただろうに・・・」 と言われる。
  
それは何かを一生懸命していたとしたら途中で断念して、生まれ変わってもまた一からやり直すことになる。
  
だから進化しない、あとちょっとのところで判るのに、いつもいいところでジ・エンドになってしまう。
  
人間はこの繰り返しをしてきた。
   
しかし2012年を境に人は不死となる。
  
後、5年で、そんなバカなと思うだろうが本当にそうなる。
  
個人的な話だが私の父は現在74歳、母は72歳でまだ健在だ。
  
両親とも神秘的?な話は一切信じないが、あと5年生きていてくれたら3次元から異次元への体験が出来るのになぁと思っている。
  
話を元に戻して、死ななくなると、焦ることなく安心して進化し続けることが出来る。
  
時間が存在しないので過去、現在、未来がなくなる。

すべてが一つになりすべてが永遠になる。
    
次元上昇(アセンション)するとは、
そういうことなのだ。


  
空洞地球 ダイアン・ロビンス[著] ケイ・ミズモリ[訳] 徳間書店





     

2007年8月14日 (火)

みんな寂しいんだ

  
私は15年程前に、決意したことがあった。
  
それは人に自分の心の隙間を埋めてもらうことはできない。
   
だから自分一人になっても強く生きていけるように、人に頼らなくていいように、自分で埋めれるようになろうと・・・。
  
そして求めると与えられる法則そのまま、若山先生、う先生、調和波動気功に出会った。
 
そして、それからの私の心は一変した。
  
どんどん弾けて以前と全然違う自分になっていった。
   
振り返ってみると、今の自分が以前と変わった原点はどこにあったのか?それは 
寂しいなぁ だったのだ。
   
どれだけたくさんの友達がいても、家族に囲まれて愛されていても、お金がたくさんあって何不自由なく暮らしていても、心の隙間を埋めることは他人には出来ない、物やお金では出来ない。
  
その心の隙間を埋めれるものは何か?
  
私は愛だと思っている。愛がすべて、愛が自分を救う。
  
それも与えられる、満たされる愛ではなくて、与え続けていく愛。
   
そのことがわかった私は幸せだと思う。
  
そしてそのことに気づいたことを寂しい人に伝えていけたら私はもっと幸せになるだろう。



寂しいときは泣けばいい。
 
寂しいときは無理をせずに、かっこを気にせずに寂しいようと叫べばいい。
  
あなたの寂しさは痛いほどよくわかる、どうしようもないのもよくわかる。

しかし、絶対にあなたは救われる。

だってあなたは目にみえないたくさんの力によって守られているのだから・・・



  

      




    

東京

  
高校3年の息子が最近立て続けに東京へ行っている。
  
最初は大学のオープンキャンパスに行ったのと後は模擬試験を受けてきたようだ。
  
私たち家族は大阪に住んでいているが東京はかなり遠い、少し別の場所?のような気がする。(空気、波動が違うので・・・)
   
そんな所へ一人で何回もよく行くなあ、行動力がすごいなあと思う。
  
ついこの間まで家の近所しか知らなかったし、電車に乗って梅田(大阪駅近くの都心)までも行けなかったのに、突然動けるようになった。
  
一人っ子なので線が細く頼りない感じだったのがずいぶんたくましくなったように思う。
   
もう親としてすべきことはそんなにないと思っている。
  
というより余計なことはしないほうがいい。
  
すると頼るし、自立するのに頼らせた分だけ遅れることになる。
   
別に東京に行かなくても、関西の大学でいいのにと思うが、本人には何か強いこだわりがあるようだ。
   
この子は自分でこうと決めたら絶対に信念を曲げない、強い意志を持っている。
  
東京って息子にとって縁があって、魅力のある所なんでしょうね。





        

墓参り

   
お盆になると帰省してご先祖さまのお墓にお参りにいく、お経をあげて霊をなぐさめる。
   
それが、日本の常識になっている。
  
私も京都にある先祖のお墓にお彼岸には両親、家族と行っている。
  
だが、墓の中に先祖の魂が入っているとは思っていない。
  
冷めた見方だが、お坊さんに回向をしてもらっても、お墓に花をたむけたり、掃除をしたりお線香を焚いたりしても誰も喜ばないことはわかっている。
   
ただ、ご先祖を思い出して大切に想う、感謝することはいいことだと思う。
  
それだけでもいいかなと思っている。
  
でも、魂が入っていない所へ集まって拝んでいる姿は 
「なにやってんだ」 の世界だ。
  
お寺やお坊さんにしてやられている。
  
死んだ霊は宇宙を自由に飛び回って色んな星へ行っている。(そうでない霊もあるが・・・)だからあんな狭いところに入っているわけがないし、お盆やお彼岸だからと帰ってくることもない。(だっていつも側にいるのに・・・)
   
進化した星には当然お墓はない。
  
人は死ななくなっているから墓の意味がない。
  
近い将来なくなるだろう。
  
そのかわりご先祖が四六時中私たちを守ってくださっていることがわかって(守護霊、守護神として)より身近に感じることになる。
  
守護霊とは先祖の悟った霊で絶えずメッセージを送り続けているのだ。
  
このメッセージは直感のことだ。
  
私たちの頭ではこれから起こることがわからない。
  
危険なことが待っていても事前にキャッチすることが出来ない。
  
守護霊は未来がわかっているので 
「危ないよ、そこに行ったら駄目だよ」 と教えてくれる。
  
人間は意識を守護霊に向けていると直感でわからせてもらえる。
  
その道に行ったら危ないことがわかるようになる。
  
進化した星の人たちは守護霊、守護神と完全に一体となった人たちだ。


守護霊、神の助けがなければ人間は生きていけない。

守護霊、守護神は先祖の悟った霊であなたの死んだお父さん、お母さんかもしれないし、おじいさん、おばあさんなのかもしれない。

あなたが幼い子どもを残して死んだら、守りたいと思うはずだ、それが守護霊となる。(悟っていなければならないが・・・)

守護霊、神は自分自身でもある。(少し難しいです。)

守護霊、神はあなたが眠っているときも休まず守り続けている。






    







   




 

盆休み

  
盆休みに仲のよい友達4人で逢うことになった。
  
みんな結構、暇を持て余していて、集まろうぜと声を掛けると二つ返事でOKっだった。
  
仲間と集まると、私はごく普通のおじさんになっている。
  
読者の人は私の書いたブログを読んで 
「グッドムーンてどんな人なんだろう」と想像しているだろうが、どこにでもいる人間である。
   
ただ、普通?の人よりもこれから起こることを少し知っている。わかっているのかもしれない。
   
そして最近、自分では当たり前だと思っていることが、結構、難解なことを書いているらしいと知った。
  
「普段からそんな難しいこと考えてるの?」 「なんでそんなことがわかるの?」
と友人は言うが、私は何も考えていない。考えていたら書けないのだ。
   
文章は頭を使って書くものではないと思っている。
   
浮かんだことをそのまま書いている。
    
友人たちとは明日会うことになっているが、実はその場は私の考えが友人たちとどう違うのか?普段、みんなは何を考えているのかを知るよい機会となっている。
  
どんなことでも吸収できるんだなあ、友達はありがたいなあと思う。






                    

地底人

  
ガリバー旅行記という童話の中でガリバーは7つの国を訪れる。
 
その中で、巨人の国があって、そこはみんなが穏やかに農作業をしながら平和に暮らしている国だったという。
  
実はこの国が地球に存在しているのだ。それも地底に・・・


  
ミコスの身長は4.6メートル、
 
年齢は48万3000歳!


私の身長は15フィート(約4.6メートル)、頑丈で雄牛よりも力強いです。私は小川を飛び越え、川を歩いて渡り、まったく疲労なく最も高い山々を登れます。私は48万3000歳を超えていますが、完璧な状態です。空洞地球の誰もがそうであるように、私も完璧な霊性の中に留まっています。霊性の低い思考形態はここには存在せず、私たちが考えることはすべて実現します。それが生命の法則です。あなた方も地上でこれを悟り始めています。


地球の中は土になっていて、中心にはマグマがある。
ずっとそう思ってたけど、まさか1600メートル下には地球上の人類よりもずっと進化した地底人が住んでいたなんて・・・
これは空想でも仮説でもなんでもありません。
地底に意識を向ければだれでも上記のミコスさんともアクセスできるのです。
このことは長い間封印されて、知らされてきませんでしたが、次々に交信できる人が出てくると隠しようがありませんよね。
  
地球の神秘、地球のすごさ、人間の無限の可能性を実感しましょう。

   


  
空洞地球   ダイアン・ロビンス [著] ケイ・ミズモリ [訳] 徳間書店
  超シャンバラ ダイアン・ロビンス [著] ケイ・ミズモリ [訳] 徳間書店






           

2007年8月13日 (月)

開き直り


あなたが自然にしていたことで、相手の人があなたを誤解したり、嫌いになったとしたら、それは逆にいうと不自然にしていないと認めてもらえなかったり、好きになってもらえなかったことになる。
  
だからその人間関係は、遅かれ早かれ駄目になっていたのだ。
 
あなたは不自然な自分を演じ続けることなんて出来ない。
   
だったら早く決着がついたほうが無駄な時間を使わなくてよかったのだ。
   
この世に起こることはどんな現象が起こったとしても結果的には良かったということしか起こらない。
  
あの時はつらかったけど、それでよかったのだと必ず思う時が来る。
    
だから小さいことにくよくよ、おどおどせず堂々と生きることだ。
   
 
堂々としていると自信に満ちてきて、認められるようになる。
  
あなたらしさが現れたときに人はあなたに好感を持つ。





    







   

いらん神経を使う

  
気になる人、意識をし過ぎている人には他の人に比べて余計な神経を使い過ぎている。
   
まったく使わなくてもいい人にはずうずうしいくらいにフランクに接することが出来るのに、なぜか気になる人にはちょっとしたことでも疲れてしまう。
   
言葉も慎重に選びながら話す。

たいしたこともしていないのにたいそうに思ってしまう。
   
縁は深いのかもしれないが、前世では、結構ピリピリする緊張する間柄だったのだろう。
   
仇(かたき)どうしだったのかもしれない。
   
こんな人が相手の場合は、どうしても相手の気持ちを推し量ってしまうので、考えすぎて人間関係がうまくいかない。
   
そんな時は気の置ける友達のように思い込むようにする。
   
するとへんな緊張感が解けてきて自然に接することができるようになる。
   
それからこちらが意識し過ぎていて、相手はさほど気にしていないことも多い。
  
こちらの緊張は相手に伝わる。
   
リラックスをするには考えない努力が必要だ。
  

考えるとろくなことがない。






   

そんなもんじゃない

  
昨日のブログで親子の情愛に感動して泣いてしまったことを書いたが、その時の出演者で、会社が不況でうまくいかなくなり、自暴自棄になった時に飲み屋のママに癒してもらい深い仲になって夢中になってしまった。
  
その後、会社も倒産して妻と別れようとしたが応じてくれなかった。
  
飲み屋のママは突然いなくなった。どうしても忘れられない、もう一度逢って、今度は自分が助けてあげたい。とよくわからない依頼でゲストの審判を仰いだ。
  
当然非難ごうごうで
、「妻子に申し訳ないと思わないのか」 とか 「いなくなった女性はあなたを頼りになんかしない」 とかクソみそに言われていた。判決は逢うべきでないと出た。
  
前回書いた爽やかな若者と比べるとかなり身勝手で感動するものではなかったけれど、人間の心理状態とはそんなもんだなと思った。
  
理屈や頭ではわかっていても逢いたい気持ちや肌の温もりを求める気持ちは抑えることが難しい。
  
人間は精神的なものだけでなく肉体的なものとの両方でバランスを取っている。
  
精神的なものだけで乗り越えていくのには悟りがいる。
  
達観しないと乗り越えられない。
  
だから身勝手なのも我ままなのもしょうがないように思う。
  
人は本心が出ているときは素晴らしいのに、本心が隠れてしまっているときは動物のような欲望が強く出てしまう。
  
ゲストの人たちはその人のことをボロクソに言ってたけど、五十歩百歩たいして人間なんて変わらないのになあと思った。
  

表面だけに現れている人間はどうしようもないおバカさん。

人間はすぐ他人を批判したがるが、自分もたいして変わらない。
  
だから、簡単に人を批判するものではない。

奥の光輝いている自分に意識を合わせると本来の自分が現れてくる。








   

アカシックレコード

  
人間がすごいなあと思うのは宇宙と交信できるからだ。
   
パソコンが地球上のあらゆる人と交信できるのとは次元が違う。
  
宇宙のある所には人間の過去、未来を出来事を記録している場所がある。
  
この場所のことをアカシックレコードという。
  
未来のことがなぜ記録されているかというと宇宙には時間が存在しないからだ。
  
そこにアクセスすると自分の過去世(前世)もわかるし、未来もわかってしまう。
   
これはごく一部の人が持てる能力ではなく、誰でも簡単に(少し練習すれば)出来てしまう。
  

瞑想して、階段を下りて行って扉を開け、部屋に入って自分の知りたい本を選んで、本をひろげる。
 
そこには自分の知りたいことが書いてあるという。


実は、私はこれを積極的にしようとは思わない。
  
過去や未来がわかったところで、自分は何も変わらないと思うからだ。


そして、知ってしまうとそのことにとらわれてしまいそうな気がする。
  

だけど、人間の無限の能力にはただ驚くばかりだ。
  
今の常識をはるかに超えている。
    
人が宇宙から産まれたことや、これから無限に進化していくことが理解できる。



  
参考書籍 アカシックレコードリーディング 如月 まや






    



    





  

愛されるのは幸せ?

  
「あなたはたくさんの人に愛されて幸せですね」 こんなことをドラマで言っていたが私は違うと思う。
  
お葬式の時、
たくさんの人に悲しまれて、惜しまれて見送ってほしい」 という人がいる。これも違うと思う。
  
多くの人に愛されるとか、死を迎えた時に惜しまれるとか、どうでもいいことだ。
   
例え1000人の人に愛されたとしても自分が数少ない人しか真剣に愛して(男女関係なく)なかったとしたらそれはむなしいものとなる。
    
愛の素晴らしさは心の交流にある。
  
2つ又はそれ以上の魂が溶け合って一つになっていく感動はなにものにも代えがたい。
  
そのためには自分と相手の人の間に壁を作ってはいけない。
  
大きな包容力で包み込んで受け入れる。
  
そうすると魂が交流を始める。
  
受け入れられるとか成就させたいとか関係なく、ただただ与えるのみの愛が本当の愛だ。
  
どれだけたくさんの人に愛されていても幸せではない。
  
与え続ける愛にしか本当の幸せはない。
  
与えて、わかってもらえなくても、嫌われても、むなしくなっても与え続ける。
  
それが愛深い人だ。
 
   

愛は忍耐。
  
愛とは、幸せとは、受け取るものではなく与えるもの。
  
あなたは愛をうけとる人ですか? 与える側の人ですか?

究極の愛は男女、親子、友人、国を越えて人類の平和を願う心である。




    




   

2007年8月12日 (日)

余計なおせっかい

  
私の悪い?くせは余計なおせっかいをすることだ。
   
例えばある人がこの本を読んだらきっと気づきがあって、役に立つだろうなと思ったら、欲しがってもいないのにプレゼントしていた。
  
結局、私の思い違いもあってか、その本はほとんど読まれていなかったようだ。
   
本を読むのにはエネルギーが必要で、余程知りたいことでなければ少々のことではページを開かない。
  
本好きの私には理解出来ないことだった。
  
そして、本は自分が本屋さんに出掛けて、探して買って読むことに値打ちがあり、わざわざ買いに行ってそのままにしておくことはまずない。
   
だから、簡単にあげてしまったら、読もうとしてた本でも読まなくなってしまう。
  
この人、お金持ってなさそうだからあげようかな(失礼ですよね)、とか薦めても自分で買いに行ってまで読まないだろうなと思ったらつい読んでほしくてあげてしまっていた。
   
結局、余計なおせっかいをしていたことになる。
  
このことに限らず結構いらないおせっかいをしていた。
  
 
情けは人のためならず と若山先生に諭されたことがある。

  
情けをかけることは愛とは全然違うなぁーと実感しております。







       

泣いてしまいました。

   
私の涙腺が弱くなるのは親子の情愛で、久しぶりにテレビを見ていて泣いてしまいました。
  
その番組はまず、ある人に逢いたいという人がゲストの人に逢ってよいか判決してもらい、多数決で良しと出れば逢う資格が得られるという内容だった。
  
出てきたのは23歳の若者(男性)で3歳の時、母親に捨てられて父親、父方の祖父母に育てられたという。
  
母の写真も捨てられて、出て行った原因も聞かされることもなく来たが、どうしても母に逢いたい。
   
逢って自分を産んでくれたことにお礼が言いたいと云っていた。
   
その頃になると私の涙腺は緩み始めていた。
  
番組は、ゲストの人たちが感動して当然逢ってよいとの判決がくだったが、残念ながら母親は出演しなかった。
   
理由は家を出た後、再婚して2人の子どもがいること、そのこどもたちに刺激を与えたくないと手紙に書いていた。
   
だけど、一日もあなたのことは忘れたことがなく、時期をみて私も逢いたいと書かれていた。
      
私の涙腺はここで爆発した。
   
人を愛するのは理屈ではない。
   
捨てられたのになぜ逢いにいくのか?とか、大人になったのだから我慢しろ、とか関係ない。
   
人間である以上、情はなくならない。
   
でも、この若者が立派に育ったのは母親がいなくて、我慢することを経験したり、その寂しさを他のことにぶつけられたからかなとも思った。
  
母親がいなくなることがこの若者にとって大きな成長させる原因だったとしたら、誰もこの母を責めることはできない。


だから、人は人を自分の考えや感情で判断してはいけない。



   

   

ストレスの発散

   
先日、私のブログの読者の人から、
「グッドムーンのブログ、最近面白いですね。楽しみにみています」 と言っていただいた。
  
もちろんうれしかったし、ありがたい一言だったのだが、実はブログを書くことは私のストレス?の発散になっている。
   
もやもや、イライラを書くことで解消しているのだ。
   
書いていくうちにスッキリして切り替えが早くなってくる。
   
だからいくつもの文章が書けているのかな?とも思う。
   
そして書いていくうちに自分の気持ちがどんどん自由に開放されていくのを感じる。
   
人に言えないことも人に言えばおかしく取られることも気にしなくてもいい。
   
変な文章だと思う人は次から読まなければよいことだからなんの責任もない。(勿論、読んで傷つく人がいるかは考えています。)
  
   
こんなことが出来る今の世の中って、捨てたものじゃないな、素晴らしい時代だよな、と思った今日この頃でした。







             

親は未熟で当たり前

  
できちゃた結婚で二十歳前後の夫婦がまともに子どもを育てられるわけがない。
   
精神的に大人になっていないのに子どもがこどもを産むようなものだ。
   
もちろん、年をとっていても自覚のない親はたくさんいる。
   
これは親本人に問題があるのではなく、考え方が問題だと思う。
   
私が読んだ 神との対話 のなかで地球上のある集落では若い男女は子どもを作るのが役割で、育てるのは物事(道理)が判っている、育てるのに適している人がするらしい。
  
若い親は育児をしなくてよく、その後、夫婦が別れることもあるだろうし、子育てを一生しないこともあるだろう。
   
これは一見、無責任に聞こえるかもしれないが、子どもにとっては未熟な親よりもちゃんとした大人に育てられたほうが幸せになれる。
  
若い夫婦も遊びたいのを我慢して子育てをする必要がなく、ストレスもかからない。
   
その集落の将来もしっかりした若者が育つので安心できる。
   
すべてにとってよい方法なのだ。
   
子どもは親が育てるべき、二十歳になったら大人の自覚を、なんて本当はどうでもいいことのように思う。
   
誰かが決めた規則、常識、きまりごとに縛られる必要はない。




   
神との対話 1.2.3 ニール・ドナルド・ウォルシュ








                  

パソコンが壊れた

  
実は1か月ほど前に使用しているパソコンが壊れていた。
  
4年ほど前に買って容量も小さかったので思い切って買い換えたのだ。
   
その際、何もバックアップしていなかったので、メールアドレスから保存していたファイルまですべて無くなってしまった。
  
でも、こまったなぁ、どうしようとは思わなくて、スッキリしたなぁーと感じていた。
  
友達や知り合いのアドレスも聞きなおそうともしないし、用事があれば向こうからメールもくるだろうし、資料もそんな重要なものもないし、逆にいらないものを全部捨てることが出来てよかったと思っている。
   
昔乗っていた車が動かなくなったときにも感じたことだが、機械ものが壊れるときはもう十分役割を果たして、ゆっくりしたい、もしくは生まれ変わって他で働きたいというメッセージのように思う。 
   
ゆっくりしたいはまだしも生まれ変わるとはどういうことかいうと、機械ものも魂が宿っていると思う。
    
目に見えるもの(見えないものもそうだが)すべて波動で出来ている。
   
物を突き詰めていくと分子、原子、中間子、素粒子・・・つまりそこには細かい波が集まっている。
   
机に釘を打ち付けると刺さるのは机が穴だらけだということだ。
   
人間の肉体も精密な顕微鏡でみると光の波にしか見えない。
   
だから、もの、機械も、人間も波動でできているので人の考えの影響を受ける
。(波動同士なので)
   
感謝して大事に扱えば長持ちするし、乱暴に扱えばすぐに壊れる。
   
だから、機械が壊れるときはきっとなんらかのメッセージなんだろうなぁと思う。
    

車に ありがとう と感謝していると燃費が伸びるのだそうです。






       






        





            

産みの親、魂の親

   
自分を産んでくれたのはもちろん母親だが、母親が私を造ったわけではなく、心や身体も母親、父親とは関係のないところからきている。
  
私も息子の父親だが私の造った作品だなんて思ってもみない。
  
似ているところはあるが、頭も目も手も足も心や考え方も私が意識的に創り出したものなんて何もない。
  
妻は自分のお腹から出てきているので父親よりも想いは強いが自分がどうこうして産み出したなんて思ってもいないだろう。
  
では、人間はどこからきたのか?誰が造ったのか?心は身体の中にあるのか?頭の中か?
  
不思議なことがたくさんある。神秘的なこともたくさんある。
  
私は魂の親は宇宙にあると思っている。
  
宇宙の偉大なる力が星や自然、植物、動物、鉱物、そして人間を創造したと思っている。
  
だから自分の意識を魂の親である宇宙に合わせないと安心できない。
   
小さい子供が母親にすべてを任せないと不安になるのと同じだ。
  
肉体の親は人間(父、母)で、魂の親は宇宙にある。
  
  

宇宙の偉大な力を神という。
  
人が行き詰まった時、思わず神様と叫ぶのは、偉大な存在を識っているからだ。
  
子どもが神様からの授かりものというのは本当のことだ。

子どもは自分たちの所有物ではない。
    

魂=心は宇宙から来ているので永遠になくなることはない。





      
     

      

女心と秋の空

   
人間は何回も輪廻転生をしているので男も女も数知れず経験している。
   
だったら男の思考と女の思考が同じかと言えばそうではない。
   
女性は男性に比べて内臓の臓器が複雑でストレスも溜まりやすく、感情的にもなりやすいのだそうだ。
   
臓器が少ないと一度気持ちが納得したら後でもやもや、ぐずぐずは少ないが、多いとなかなかスッキリしないし、どうしてもしこりが残ってしまう。
   
しこりが残ると意識がそこに集中して、考えすぎてそのうち感情で考えるようになる。
   
だから直観も鋭いのだけれど感情的にもなりやすいのだ。
   
一方、男性は一度相手を認めると余程のことがない限り人を信じる。
   
昨日までいいと言っていたのに、了解していたのに、今日になって突然変わる。
   
男性にはそれが理解出来ない。
   
その部分を除けば、臓器の違い以外はほとんど同じだと思う。
     
だから自分の性(せい)を意識していない人は男女の性(サガ)を越えている。








    

縁の深い人

  
以前書いたブログで袖すりあうもたしょうの縁のたしょうは多少ではなく、他生、つまり前世のことである。

人は何千回、何万回と輪廻転生(りんねてんしょう)してきているので前世で出会った人の数は半端ではなく多い、だから街ですれ違ったり、電車の中で居合わせた人とも縁があるのですよ、知り合いだったのですよ。という意味のことを書いた。
  
確かに初めて会った人とすぐに打ち解けて 
「あなたとは初対面とは思えません」 とか「以前どこかでお目にかかりませんでしたか?」 と会話するのはよくあることだ。
   
当然縁の深い、浅いがあって、何万回の生まれ変わったうちの100回出会っている人もいれば、数回の人もいる。
   
憎き仇(かたき)同士で殺し合いをしていた人もいれば、親子、夫婦関係だった人もいる。
   

今、出会っている人は前世で必ず関係のあった人たちだ。
  

そのなかでも今、よく逢っている人、家族、友達は前世で関係を清算できていない人たちで、今回解決するために、すぐ側にいたりすぐに会えるようになっている。
    
それから、ある人のことが気になってしょうがない、脳裏から離れない人がいる場合も早期になんらかの解決が必要なのだと思う。
      
縁の浅い人、深い人を含め縁のある人は大切にしていかなければならないですよね



清算するとはわかり合えて許し合えること

前世で仇(かたき)だった人はあなたを目の仇にするが、あなたが仕返しをしなくて許すことができれば清算することができる。

前世で自分が相手にしたことは今生で必ず返ってくる。






   

    

2007年8月11日 (土)

感の鋭い人

   
今日、気功の生徒さんと話をしていてうまく言葉として発してないのに
  
「あっ、それ、わかります」 と言われた時は、少なからず驚いた。
   
波動や気功のことは目にみえないものなので文章や言葉にするのが難しい。
  
相手の人がある程度経験を積んでくれば要点を言うだけで伝わるのだけど初期の人はどうしても言葉だけで理解しようとする。
  
それが少し言葉を言っただけで納得していたのだ。
   
本当に伝わったかどうかは目にはみえないもやもやがスッキリ爽やかになったかでわかる。
  
その場の空気が澄んだようになるのだ。
   
一方、相手の人が理解していない、わからなくて気持ちがもやもやしていたらどんより曇ったような空気になる。
  
ビンビンに伝わる時はこちらが話す内容を考えてなくても勝手に口から言葉が出ている。
   
そして相手の人もスポンジが水を吸い取るように吸収していく。
    
その生徒さんは 
「私は確かに感が鋭いです」 と言っていた。
  
そして 
「だから神経質なんです」 とも・・・
  
神経質と感の鋭いのは意味が違う。
  
感の鋭いのは直観力があることで素晴らしいことだ。
   
本物、偽物を見抜く力がある。
  
神経質は物事に過剰に反応し過ぎて正否の判断がつかない精神状態をいう。
   
だから、直観力の素晴らしいところを伸ばしていけば自信に溢れるようになる。
  
迷わすに生きていけるからだ。
     
感の鋭い人は自分の才能に感謝したらいい。








    

何をしてもいい

  
今自分のなかでいけない、やめておこうとしていることをすべて肯定されて 
 
「何をしてもいいのですよ、あなたのしようとしていることはよいことなのですよ」 といわれたらどんなにか幸せを感じるだろうと思う。
   
人は自己限定して100の力のうち2~3しか出していないという。
   
これは自分が生まれて、物心がつき始めてこの年になるまでこれをやってはいけないとかこうでなければならない、といい続けられてブレーキばかりを掛けてきたからだ。
   
どんなに周りに非難されてもアクセルを踏み続けていることもあるが、自分に自信のないことは、人が見てる、バチが当たるかも知れない、常識はどうなんだろう、人はどう思うだろう・・・ですぐにブレーキを踏むくせが付いている。
   
透明人間になったらどこへでも行けて好きなことが出来る。
  
でも、人はいざ何でも自由に好きなことをしてもいいよと言われてもたいしたことはしないと思う。
   
するとなったら冷静になって客観視できる
。(してない時はやりたいという感情が勝っている)
   
やろうとしたら案外面倒くさくなったりしてやーめたになる。

結局3つのうち一つでも出来れば満足するだろう。
 
     
なんでも出来るんだ、自由なんだという満足感がそうさせるのだろうか?
   
でも好きなことをすればいいと言ってくださったう先生のお言葉は本当にうれしかった。





   



   



      

渋滞

  
盆休みに入って、あちこちで帰省による車の渋滞が始まった。
  
渋滞に巻き込まれるとのろのろ運転、もしくはほとんど止まってしまう。
   
平日や早朝、夜中はスムーズに流れているのに休日や連休前の渋滞にはうんざりする。
  
渋滞の原因は車の量だけでなく、事故によっても起こる。
  
この場合は予測がつかないから余計イライラする。
   
事故の処理が遅れればそれだけ目的地に着くのが遅くなり、もっと早く出ていればなあとか電車にすれば良かったなあとか、結構ストレスが溜まる。
  
実は人間の血管を流れる血流もストレスが溜まれば遅くなり、心配のし過ぎは流れが止まってガンや病気の原因になる。
   
ストレスやガンは川の流れに大きな石を置いてせき止めている状態だ。
  
人間の生命エネルギーは血管を通っている。
   
健康でいるためには血がスムーズに流れていなければならない。
  
気持ちがすっきり、爽やかな時はスムーズな車の流れのようにサラサラと流れている。

私は気にかかることや、思い悩んでいる時は渋滞の道路のようにエネルギーが流れていないことを感じる。
   
そんな時はストレッチをしたり、自分の波長を宇宙や自然の風に合わせて波動調整をする。
   
すると、気持ちがスッキリしてきて気(エネルギー)が流れているのが実感できる。

  
ストレスや心配のし過ぎは車の渋滞に似ている。
   
ストレスが溜まったら軽いストレッチをして、考えない努力をしよう。
  
ガンや腫瘍はせき止められた川の水が腐っていくのと似ている。




  
         






             

これから年をとらなくなる

   
今、地球上に800歳を越えているのに30歳にしか見えなくて元気に暮らしている人がいるそうだ
。(勿論、仕事もしている)
   
一年の周期は地球が太陽の周りを一周した時点である。
  
このことを一周したから一年が経過したと思えば一つ年をとったことになるが、ただ一回りしただけなんだと認識していれば一年は経過していないことになる。(その人の基準で)

つまり30年が30周しただけ、50年が50周しただけだと思えば時間は流れていかない。
   
ほとんどの人は周りが老けていくので自分も同じように年をとるのが当たり前だと思っている。(老化することを気にしている人は認めているので余計早くなる)
  
だが、周りの人が何年経っても年をとらなかったらそれが当たり前になる。
    
人間は思った通りの自分になれるので奇跡と思われることも平気で起こせるのだ。
   

私はこれから50年、歳をとらないと決意すれば、ずっと今のままでいれるのだ。(もしくは老化が極端に遅くなる)
  

3次元は時間があるが4次元以降は時間が存在しない。

  
過去、現在、未来も存在しない。だから2012年以降は人間の平均寿命は1000歳近くになり、100歳で死ぬと若死になるそうだ。自分がなりたい年齢にも自由になれるという。


あと5年程で今では信じられないようなことが起こってくる。
  
死もなくなるし、老化もなくなる。
   
このことをたくさんの人が知れば?いや信じることができれば不安や恐怖は激減するのになぁと思う。
  
信じられない人は是非、下記の本を読んでみて下さい。
  
きっと希望の光が見えてきて、楽しくなってきますよ。



フォトンベルトの謎 渡辺 延朗 三五館、 光の十二日間 ゲーリーボーネル、超シャンバラ ダイアン・ロビンズ 徳間書店







         

2007年8月10日 (金)

トップシ-クレット

    

いつの時代でも国を動かしているごく一部の人たちだけが知っていて、あとのほとんどの人が知らされていない極秘の情報がある。
  
新聞やテレビでは国民が知っても差しさわりのない出来事しか報道されていない。
   
ただ、インターネットにはかなりの事実も入っている。(うそもそれ以上に多いが)
   
本もこんなこと書いてもいいのか?と思われるすごい真実が出版されている。
   
ただ、どんなに驚嘆するような本や情報でも受け取る側の意識が全然違うところを向いていたり、興味がなければ、それこそ猫に小判だ。
   
どんな耳よりな為になる情報もお腹がすいている人には腹のたしにもならない。
   
だから国を動かしている人は国民が鋭く、賢くならないように、逆に鈍くなるようにコントロールしている。
   
これではいけない、このままでは大変なことになるという危機感を持たないようにさせている。
   
だから快楽や娯楽に興味を持たせるような番組を作ったり、社会の仕組みを堕落するようにしている。
   
だがいつまでもそんなマヤカシが通用するわけがなく、たくさんの人が気づきだしている。
   
トップシークレットも漏れ始めている。
   
たくさんの人の意識が目覚め始めるのも時間の問題となった。
   


今、目覚めている2900万人の地上の人々へ。2012年のアセンションまであと2600万人、計5500万人の目覚めが必要です。臨界点を突破すると1万年の平和が保証されます。


 空洞地球 ダイアン・ロビンズ[著]  ケイ・ミズモリ[訳] 徳間書店

永遠になくならないもの

  
街の景色を見ていると少しの時間しか経過していないのにすっかり変わっていまっていることがある。
  
今年の5月に高校の同窓会をしたが30年の経過は中身はともかく外見は変わっている。
   
目にみえるすべてのものはいづれ姿、形もなくなって消えていく。
     
自分の住んでいる建物、景色、植物、動物、そして人間も死んで私の前から消えていく。
  
そう考えることは人間が最も感傷的になる時だと思う。
   
すべて有限ですべてはかなく消えて、すべてがむなしくなる。
   
そこに意識を合わせていると、とことん落ち込んでいく。
   
だが、目にみえるすべてのものがなくなっても永遠になくならないのものがある。
   
それは、無限に拡がる宇宙と人間の魂だ。
   
私はいつの頃からか、人の心、魂は無くならないことに気づいていた。
   
だから、人が死んで周りの人が悲しんでいるのを不思議な気持ちで見ていた。
  
人間の苦しみの究極は死にある。
   
死に対する恐怖が人を苦しめる。
   
死んだら終わり、何も残らないと頑なに思っている人がいる。
   
なんで頑固になっているのだろう?
   
魂が永遠だと思えば自由自在心になるのに、苦しみがなくなるのに・・・
   
どちらかわからなければ良いほうに考えたほうがお得なのに・・・
      
私がいつも不思議だなあと思うことの一つでした。


目にみえるものにしか意識が行かない人は心のなかに地獄がある。

にみえないもの、永遠のものに意識を合わせられる人の心は天国にいる。






      


   

経験すること

   
前のブログで経験が大事だと書いたが、人殺しや戦争、あらゆる悪事でも経験したことで相手の気持ちがわかるようになる。
   
そして気持ちがわかれば相手を許すことができる。
   
口で許すと言っても自分が経験したことでなければ、心から許していることにはならない。
   
例えばあなたが付き合っている彼女、又は妻に浮気をされたとする。
   
信じていたのに、裏切られたと憎くなる。
  
愛が憎しみに変わる。
   
あなたは真面目にやってきた、相手を信じて尽くしてきた。
 
なのに・・・
   
ところがあなたも散々好き放題してきていたらどうだろう。
   
生理的に許せなくても、別れたとしても憎むことはない。
   
あなたも同じことをしてたのだから。
   
肉体を纏って(まとって)生まれてきたのは、経験するためだ。
  
死んであの世に行ったら、経験をするのが難しいのだそうだ。
    
霊体、エネルギー体、つまり魂のみになっているのであの世は同じような魂が集まっている。
  
同じような魂同士では成長しにくい。
   
肉体を持って生きている状態とは色んな意識、魂レベルを持った人と交流できるということなのだ。
   
人を許せるようになるには経験することがいい。

浮気を勧めているのではない。
  
経験は人を成長させる。
   
それが大切なことであって、感情的なことはどうでもいい。





   

男が女で女が男

   
なんのことかと言うと人間は何回も輪廻転生(りんねてんしょう)をしているので、今、男であっても前世では女を何回も経験している。
  
経験することによって異性の気持ちがわかるように、そして、心が動揺しないように修行しているのだ。
   
と言っても自然の摂理として男は女、女は男を求める。
   
お釈迦様は修行の妨げになるとして女性の弟子をとることをずっと拒んできた。
   
それくらい心を惑わす原因となる。
  
ところで、菩薩さま、仏さまは男でも女でもないらしい。
   
菩薩さまがなぜ男と女を超越できたかというと(私の推測だが)、経験が豊富だったからだと思う。
  
男女の経験をふんだんにしているので男の性(サガ)も女の性(サガ)も知り尽くしている。
  
そこに至るまではSEXの数も半端ではなかっただろうし、不倫もすれば、強姦もしていたかもしれない。
  
菩薩さまも最初から悟っていたのではなく、色んな経験を経てきているのだと思う。
   
人の気持ち、男のそして女の気持ちをわかろうとしたら頭で考えるのではなく、経験していなければ本当にわかったことにはならない。
   
今、異性のことで悩んでいる人、SEXのことでもんもんとしている人はある意味、前世を含めて経験が少ないのかもしれない。

異性を知ろうとすることは自分を識ろうとすることでもあり大切なことだと思う。
   
知っていく上で相手の人に迷惑をかけたり、傷つけたりするのでなければできるだけたくさんの経験をすればよいと思う。
   
経験しているうちにきっと色んな気づきがある。
    
その気づきが人間を成長させる。
   

でなければ、男、女に分かれて生まれてきている意味がない。





    

2007年8月 9日 (木)

話を聴く

   
久し振りにある人から電話があった。
   
その人はネットワークの仕事をしているのだが、思ったことをなかなか行動に移せない、自分の実践力のなさをいつも自己反省している人だった。
   
私はそこの商品を自己消費として使っているだけだが、その人はビジネスとして成功させたいという願望を持っていた。
 
頭で考え過ぎるので行き詰まり、あーでもない、こーでもないと分析を始める。
    
不安になる材料をわざわざ見つけて来て、自らモチベーションを下げている。

今度は下がった意欲を上げようとするが不安があるので上がらない。
   
その繰り返しなので、いつも心がスッキリしてなくてもんもんとしている。

だから行動できない。そんな精神状態だった。
      
当然、話は一方的で、聞き役にまわっていたが、しばらくしてこの考えはどう思いますか?と質問してきた。
  
私はこう思いますと答えたのだが、私の話をほとんど聴いていない。
    
質問があって電話をしてきたのもあるが大半はストレスの発散だ。
   
ストレスは溜まると出ようとして、出先を探す。
    
出先が決まったら、ストレスを吐き出し始める。


吐き出すのが目的だ。
   
話をするのはストレスを放し=離し=話したいからだ。だから内容はどうでもいい。
   
ちゃんとした答えとかなるほどと頷くような回答を求めてはいない。
    
人に答えを求めても、そこから解答が得られるとは思っていない。
   
人の考えでは納得しない、自分の奥底からにじみ出たものでないと納得できないことはわかっている。
   
だったらなぜ話をするのか?尋ねるのか?
    
それは話して=放して、スッキリしたいからだ。
 

スッキリすることが直観力を増し、身体のためにも精神にも必要なことを本能的に識っている。
    
   
だから親身になって心から聴いてあげたらいい。
     


自分から答えが出易いように相手の鏡になればいい。
    
そして、自信を失っているのでその人のよいところを見つけて褒めてあげたらいい。


話の長い人はストレスをたくさん持っている。

話を聴くことはストレスをもらうこと。

でも、最後までちゃんと聴けたらあなたは免疫力のある強い人になっています。

自分の体調(コンデション)が悪い時は話を断る勇気も必要です。





     



      










  

2007年8月 8日 (水)

分別心をなくす

   
気功の先生である若山先生は私に 
    
 
「分別心をなくしなさい」 と教えてくださった。
  
今になってその意味が身にしみてわかるようになった。
  
分別の分は分析する心を言い、別も別けて考えることをいう。
   
つまり、善い、悪い、正しい、間違え、好き、嫌い、うれしい、悲しい、得、損、常識、非常識、etc・・・を自分で判断して自分を責めたり、人を責めたりしていた。
   
これをしているうちは気の休まるときがない。
    
それも自分の小さな物差しで計っているので判断したことが、正しいのか、間違っているのかもわからない。
   
実は正しいのか、間違っているかはどーでもいいことなのだ。
   
    
意識して分別をなくそうとすると今までこだわっていたことがなんでもなくなってきた。
  
気分がスッキリしてきて爽やかになった。
   
2極化されたものが調和が取れて融合されていく、解けていくのは素晴らしいことだ。
   
そのことが理解できたことがうれしい。
  
今までマイナスに捉えていたことがプラスに転じたのだ。
  
良き師匠に恵まれて、私はつくづく幸せだなぁと思う。







      

ダイヤモンド

  
今、地球上にいる人をダイヤモンドに例えると3つのタイプに分けられる。
  
このダイヤの原石(元)はすべて同じで素晴らしく光輝いている。
   
そこにどれだけのすす、汚れがついているかだ。
   
このすす、汚れのことをキリスト教ではカルマといい、仏教では業(ごう)という。
  
人間の本心を隠しているものだ。
   
極悪非道な信じられない犯罪を犯す人のダイヤは真っ黒に汚れている。
   
これがタイプ1、今はたくさんの人がこの状態だ。
   
タイプ2は汚れてもいるが光っている部分がある人、割り合いがどちらかに片寄っている。
悪魔の心と天使の心が同居している状態だ。
   
おそらく99%の人がそうだろう。
   
あとのタイプ3は0.00001%の人が聖者、覚者で悟っていて、光のみの少しの汚れもない人だ。
   
あってもその汚れのとり方を識っていて、自分で体得し、実践し、人にそれを伝授している人だ。
  
この人が側にいるだけで、周りにいる人は清まって、くすんだダイヤモンドは輝きを取り戻していく。
  
そして、地球は進化した星になっていく。

   
タイプ3の人がある臨界点を超えて現れた時、一期に次元上昇は始まる。
  
その時、タイプ1の人もみんな3になっていく。
  
タイプ3の人は意識が高い人であれば誰でもなれる。

愛があって、地球をよくしたいという気持ちがあればいつでもなれる。

あなたがその人なのかもしれない。




  
   



   

取り越し苦労

  
取り越し苦労ほど無駄なエネルギーの使い方はない。
   
心配のし過ぎが取り越し苦労につながっていく。
   
ものごとを悪い方悪い方に考えていくと想いはエネルギーなので実現されるようになっていく。
   
海外へ旅行に行った子供たちが親の心配のし過ぎで体調を崩して、つまらない旅になってしまったと聴いたことがある。
   
付き添った人がエネルギーのわかる人だったので、それはもう大変だったそうだ。
   
親の心配するマイナスのエネルギーはすさまじかったらしい。
   
エネルギーは目にみえないので過度の心配が体調と関係があるだなんて思いもしないだろう。

それも親自身の体調だけでなく子供に影響しているとは・・・
  
心配するのは親の愛情、当たり前だと思っている。
  

心配とは心を配る、つまり思いやりという意味でマイナスのエネルギーをばら撒くことではない。

人はもっと、目にみえないもの、目にみえない力に意識を向けて、自覚を待っていかなければならない。


マイナスのエネルギーは自分、家族だけでなく、あらゆる人たちにも影響している。

心配だ、心配だの言霊(ことだま)をだいじょうぶ、だいじょうぶに変えよう。




    

テレパシー

     
テレパシーとは心と心の会話である。だからそこに媒体は何も存在しない。
    
以心伝心、ツーと言えばカーですぐに相手の気持ちがわかってしまう。
  
地球人は今アセンション(次元上昇)の真っ只中にいるので、急に相手の心が読めたり、話す前にエネルギーで感じとったりすることが出来るようになっている。
   
多分、みなさんにもそんな経験があるはずだ。
   
心の中がわかればメールの文字や人の言葉は必要なくなる。
   
文字や言葉は色褪せていく。
   
心のなかと文字や言葉のギャップがあればあるほどその人はうそを言っていることになる。
   
メールは事務的な伝達事項を伝えるものに過ぎない。
   
言葉でも感動は伝わらない。

言葉で感動していると思っているが実はその人の波動(響き)に共鳴しているのだ。
   

そして、どちらも気持ちや感情は間違って伝わる。
   
今、恋愛をしている人、相手に誤解されている人、自分の気持ちがわかってほしい人は文字や言葉で伝えようとしない方がいい。
   
何も言わないほうがいい。相手が自分を本当に理解してくれるのは、目にみえないエネルギーが相手の心に響かなくては無理だ。
  
目にみえないエネルギーを文字で説明するのは本当にむずかしい。
   
限界がある。
   
しいて言えば、自分の愛のエネルギーが相手と一体となったときに本当の理解が生まれる。


それはいつの間にか出来ている(理解されて)ので、時期を予測するものではない。

メールはどーしても文字や文章にとらわれる、ひっかかるので真意が伝わらない。
   
人間関係がうまくいっている人はメールもほとんどしないし、電話も極力していない。







                     

中途半端

   
最後までやり遂げない、途中でやめてしまうことを中途半端という。
   
これは心がスッキリしていないので、そのまま行動になって表れているのだ。
   
昨日、う先生のレッスンで、
「気(エネルギー)が流れていません。何か気になること、思い患っていることがあるのですか?」 と聴かれてしまった。
  
 図星だった。
    
表面をどんなに繕っても、エネルギーは誤魔化せない。
   
気にしていることとは恥ずかしくていえない、言いたくなかったことだったが、丸裸になった私は顔から火を出しながら正直に言い始めた。
   
気になっていること、スッキリしていないことは頭では納得、解決しているのだが、経験が少ないので心が納得していないのだ。
   
心の底がわかっていないのだ。
   
とことん、徹底してやれば心がもういい、わかったになるのだが半端な経験なので気持ちがぐらついている。
   
う先生は 
「好きなように気のすむまでやりなさい」 とおしゃった。
  
そうでないとまた同じことで行き詰る。同じことで悩むことになる。
   
確かにそうだ。でもそれをするには勇気がいる。覚悟がいる。今までとは違うエネルギーがいる。
   
でもスッキリしないことのほうが私には耐えられない。
    
私の尊敬する人が言っていた。
   

  「中途半端は何もしていないに等しい」








     

大人の恋

   
よく年を取ってからの恋は始末におえないとか、老いらくの恋はどーだとかいうがいくつであっても人を好きになることは素晴らしいことだと思う。
   
先日、友人達と話をしていて72歳のお母さんが恋をしているという素敵な話を聴いた。
 
若い頃にご主人が亡くなって、ずーと子どものためだけに生きてきて最近まで娘である友人の家を行き来していたのがある日を境にパッタリと来なくなったそうだ。
   
理由はボーイフレンドを見つけて彼女?の方からアタックして、今はその彼氏と一緒に住んでいるらしい。
   
彼氏の年齢は聴かなかったが、たぶん70歳は越えているだろう。
   
その話をしていた友人は本当にうれしそうだった。
   
今の70才代は若いので老いらくの恋とは言えないが、とても爽やかな恋のような気がする。
   
お母さんが彼氏に愛を告白したときって少女のように胸がトキメイタに違いない。
    
告白された彼氏もうれしかったと思う。
    
2人の気持ちが一つになったとき、感動が起こる。
   
そしてその感動は伝染してその話を聴いていた私たちにも伝わってきた。
   
しばらくその 場 は爽やかな空気が流れていた。





         

2007年8月 7日 (火)

思い通りに生きる


花から花へ飛び交う蝶や大空を飛ぶ鳥はなんの規制もされずに思い通りに生きている。
 
あそこへ行ってはならないとか、ルールを守らなければならないとかはない。
  
面倒くさい監視員もいない。

だから生き生きしている。生命が生きている。
  
一方人間は家族、仕事場、人間関係、いつもなんらかに縛られ、自由を失っている。
   
人を好きになったら不倫、仕事で失敗したらクビ、家に帰れば家族サービス、会社では人間関係が複雑でいじめや派閥があり、楽しいことやわくわくすることが少な過ぎる。
  
人に迷惑をかけなければ、枠からはみ出てもいいじゃないか。
   
人から何と言われようといいじゃないか。
   
枠からはみ出た人間でないと、はみ出た人の気持ちもわからないし、その爽快感もわからない。
  
真面目に生き過ぎるのも面白くない。

しばらく世間の目、枠から外れて、自由に思い通りに生きてみようかと思っている。





     

2007年8月 6日 (月)

考えない努力

    
一般的な常識からは、外れていると思うが私は今、何も考えないようにしている。
というより考えないようにしつつある。
    
考えるのも二通りあって、頭で考えるのと、心で考える?判断することに分かれる。
   
頭で考えると直感が働かなくなる。

そして、頭を使うとまったく違う考えや答えが浮かんできてどちらが正解か、何がなんだかさっぱりわからなくなる。

本当の答えは頭からではなく、もっと奥の深いところから出てくる。
  
そのためには気持ちを沈めて、考えることをやめなければならない。
 
おかしな言い方かもしれないが、今の世の中がおかしいのは心(本心)で考えずに業想念(カルマともいう)で考えているからだ。
  
業想念とは人を憎んだり、敵と思ったり、本心から外れた邪(よこしま)な想い、考えを言う。
 
人の心の中は天使の心と悪魔の心が入り混じっている。
   
どちらが本当の自分なのかわからなくなる。
    
考えることを止めると(意識して)、天使の本当の心だけが現れてくる。
本心が現れるのだ。
   
だからお釈迦様は座禅を組んで想念を沈めるように説いた。
   
宗教、修行、昔とか関係なく、想念をなくす、沈めることが大切だ。
   
現在の方が昔より、業想念が強くなっている。

悪魔がのさばっている。
    

みなさんも一日のうちで何も考えない時間を作ってみて下さい。
    
考えないことがどれだけ気持ちがよくて大切なことかわかりますよ。
   
大丈夫、考えなくても必要なことは心が教えてくれますから・・・


宇宙人(進化した人たち)は頭で考えない
  
女性の感が働くのは子宮で考えているからだ
 
へたな考え休むに似たり

考え過ぎない、しゃべり過ぎない、食べ過ぎない(気功の教え)

考えないとは余計なことを思わない、考えないという意味である




      





              



    




   

儲けること

   
昔、ボーリングが流行っていつもボーリング場は2、3時間の待ち時間があった。
   
ちょーどその頃、人気絶頂の時に近くに大きなボーリング場ができた。
   
最初の頃はいっぱいだったが、しばらくすると閑古鳥が鳴き始めた。
    
つまり、その頃が最高時で後は下火になる一方だったのだ。
    
流行りものはいつまでも持続することはなく、時の経過と共に消えていく。
   
今、何かをして儲けた人はもう終わったと気づいていて、次にやることを始めている。
   
だから、今から儲けようとしている人は雀の涙、もしくは投資した分損をする。
   
しかし、最後の残りかすまで搾り取ろうとしている人は 
「これからですよ」 と言う。
  
流行りもある人が仕掛けている。
    
儲け話も仕掛ける人がいる。
  
そしてまんまと騙される人がいる。

儲けることは悪いことではないが儲けるとはそういうことだ。
   


儲けるとはお金の奪い合いだ。
  
儲けるとは信じる者と書く、信じる前によく観察しよう。
   
儲けるよりも人から喜んであなたに差し上げますと言われることをしよう。
    
本当の儲け話は人には回ってこない。





      

もったいない

  
人はそれぞれ、一人一人、特異な才能を持って生れてきている。
   
私がもったいないなぁと思うのは素晴らしい才能があるのにそれに気付かなかったり、気づいていてもたいしたことはないと過小評価していることだ。
   
人は天から才能を与えられていてそれを磨いていくと仕事になって生活をしていく(お金が戴ける)ことが出来るようになっている。
  

それなのに、インターネットでテクニックを使って人に物を買わしたり、ノウハウを売って儲けようとしている。
  
儲かる人は騙すのがうまいごく一部の人だけで後はいいカモになっている。
  
昔からやり方はちっとも変ってないのにあいも変わらず、たくさんの人が騙されている。
   
そんなことに時間を費やすなんてもったいない。
   
そんなことにエネルギーを使わずに自分のよいところはどこなのか?そのよいところをどう伸ばしていったら人に喜ばれるのか?を考えることが大切だと思う。
  
この人は素晴らしい感性をしているので、文章を書いたら人を感動させて、きっと人を喜ばせるだろうなあと感じる人がいる。
   
そんな人がつまらないことに夢中になっていることほどもったいないことはない。
   
ちなみに私の誇れる才能は、人のよいところがわかって、それを教えてあげられることだ。
  
そのためには洞察力も必要だし、自分をもっと磨くことも必要だと思っている。
  
  

みなさーん、もうそろそろ、もったいないことはやめませんか?
   
もったいないってまだ使えるのに捨ててしまうことですよね。
  
自分のよいところがわからなかったらちょっと恥ずかしいけど人に聴いてみよう。

近い将来、みんな自分の好きなことをして生活していけるようになる。

誰もがイチローのように素晴らしい才能を持っている。

親や指導者の役割はその才能にさりげなく気づかせてあげることだ。




      

お金について

    
近い将来、お金がなくなるとしても、もうしばらくは付き合うことになる。
   
私はう先生にお金に関する本をたくさん紹介していただき、かなりの本を読んだ。
  
そして、お金を生かすも殺すも人の考え方しだいだとわかった。
  
だから良いも悪いもない。
   
お金は複雑でもあり、シンプルでもある。
  
この間生徒さん(アルバイトをしながら夜間の高校に通っている苦学生)が
、「お金の重要性をつくづく感じます」 と言っておられた。
    
私はそんな感心な若者が自分への投資として、貴重なお金を捻出して私のレッスンを受けてくれていることに感動した。

   
そして、「学校の勉強だけでなくお金の勉強も必要ですよ」 と言い。
   
斎藤一人さんの本を薦めた。
   
この人の本はわかりやすく、丁寧にお金について語っている。
  
学校でもお金に関する授業をすれば楽しくて、ためになるだろうなと思う。






        

老後の心配はいらない

     
実は近い将来お金がなくなる。というのは必要でなくなるのでいらなくなるのだ。
  
太陽系の星のなかで地球が一番遅れているのだが、他の星にはたぶんお金というものがない。
  
そして地球もこれから進化していくので自然と無くなっていくのだ。
   
他の星の人たちは地球人のように感情的にならない。
  
人に対して怒ったり、泣いたりしていない、友好的で平和に暮らしている。
  
争うことがないので利害関係が発生しなくなり、お金のやりとりが必要ないのだ。
   
欲しいものがあれば物々交換するし、エネルギーで物質化できる。
   
波動が変わってくると怒りなどの感情が無くなってくる。
  
感情とは勘定、つまりお金のことなのでお金が無くなることになるのだ。
   
だから今から年金をもらう人は別として10~20年後にもらう人はお金が無くなってしまっているので、その時に老後の資金がなくても大丈夫だ。
    
なんて書いてしまうと、働く気力がなくなるかも知れないが、働くことを自分の生きがいだと考えれば年金がどうとか関係ない。
   
みんな将来の心配ばかりしないで今、自分を生かせることにもっと投資をすればいいと思う。
  
自分にずっと投資し続けていればお金は自然と整ってくる。
  
必要なお金はきっと与えられる。
   
 給与は与え給うと書く。






参考書籍、フォトンベルトの謎、光の十二日間、宇宙が味方する経営、何のために働くのか 北尾吉孝





   

2007年8月 5日 (日)

無限なる癒し

  
私の師匠であるう先生の出版された本が売れている。
  
先日梅田の紀伊国屋書店で置いてなかったので店員さんに聴いたら売れ切れて入荷待ちだった。
   
インターネットでの申込みもしばらく待たなければならないらしい。
  
日経新聞の広告に掲載されてから反響が大きくなった。
  
素晴らしい本なので、たくさんの人に読んでほしいと思う。
    

「正しい判断力」 と 「正しい力」 は平常心の中から生まれる。
しかし、平常心を保つのは実はむつかしい。


無限なる癒し う寿明 星湖舎






                 

波動調整

   
波動調整とは本心から外れて違う自分になっている意識を元の自分に戻すことをいう。
   
以前は自分でできなかったので、う先生や若山先生にしていただいていた。
   
最近になってようやく自分でできるようになってきた。
   
ただ最近の自分は感情想念に振り回されて最悪の状態だった。
  

「このままではいけない、ぶれている」
  

判るだけまだましだが、ひどい状態だった。
   
そして今日、心斎橋で人と会うことになっていたので、う先生がレッスンをされている部屋の隣の教室(私が借りている)で波動調整をした。
  
したというよりもその教室はう先生が清めておられるので特別なにもしなくても自然と波動調整できるのだ。
    
そこにいるだけで、整っていく自分がわかった。
    
その教室のありがたさ、う先生に感謝、感謝である。
    
これからは、そこに行かなくても自分で波動調整できるようにしたいと思う。





      

2007年8月 4日 (土)

ありがとうの言葉さえも・・・

  
聖書の中に 
ありがとうの言葉さえも求めてはならない とある。
  
これはどんなに小さな言葉も期待も感謝されることも、求めた瞬間に台無しになることを意味する。
  
人に対する行為は無心の、自然の行いになって初めて生きてくる。
  
私心があるうちは愛情であって、愛ではない。
    
ただ私心を無くすなんて並大抵なことではできない。
   
自分の力では消すことなんてできない。
   
何か大きなものに波長を合わせて私心を消してもらうしかない。
   
それは宇宙の願い言葉を唱えるのが一番だ。
     
私はこの言葉、言霊(ことだま)が大好きだ。
 
   
   

 世界人類が平和でありますように








     

心の自由

  
  
自分が愛されることを求めていてはいつまでたっても幸せになれない。
  
自分が満たされることを求めていても幸せになれない。
   
自分が何かを与えられることを求めていたら幸せは来ない。
  
   
求めること、期待することを一切放棄したとき、心が自由になって幸せになれる。






    

お金と感情

  
お金のことを勘定という。
   
これはお金のことを考えていると感情的になることを意味している。
   
金の切れ目は縁の切れ目というようにどれだけ仲の良い人同士でもお金が絡むと関係がおかしくなる。
   
お金を儲けようとしている人は特に感情がぶれやすく平常心でなくなっている。
  
人の気持ちや大事なことに意識がいかない。
   
お金や感情に振りまわされている状態だ。
    
このような状態になっている人はしばらく放っておいて目が覚めるまで待つしかない。
   
頭を打つまで待っているしかない。
   
ただ何もしないで待つだけでなく、その人の天命がまっとうされるように、早く本心に戻るように祈ってあげればいい。





            

愛すること

    
 愛して心哀しい時があっても
  
 愛しつづけていかなければいけない

 その愛はやがて
   
 輝やかな喜びとなってあなたに
     
 かえってくるに違いない




  愛すること 五井昌久 白光出版







       

スポーツ

   
気功をしている人のなかで、以前テニスを夢中でしていたが今、振り返ってみるとかなりしんどいことをしていたと言っておられた。
  
どういうことかというとテニスも勝負事なので最初は楽しんでしていても段々と勝ち負けにこだわり始めるからだ。

   
勝つためにはどうしたらいいか考える。
  
相手の弱点を探す。
   
相手のミスを喜ぶようになる。
 
勝ったときも負けたときも感情的になる。
  
審判に不満を持つ。
  
勝つと周りにちやほやされ負けるとごちゃごちゃ言われる。
  
勝つ為のテニスになってしまう。
  
勝ちが良いこと負けるのは悪いことだと思ってしまう。

相手の人が敵に見えてくる。
   
勝つためにパートナーを選ぶ。(ダブルスの場合)
  
負けた自分に腹が立つ。

他のことにも勝ち負けにこだわるようになる。



スポーツをしている人は爽やかなイメージがあるが心の中はイライラしている。
  
肉体と精神のバランスが取れていない。
   
勝ち負けにこだわらなくなったとき、周りに影響されなくなったときに本当に楽しんで出来るのだと思う。





    

新陳代謝

  
身体の中の60兆の細胞は絶えず新陳代謝をして入れ替わっている。
  
それと同じように私たちの周りも色んなものが入れ替わる。
   
気功の生徒さんも2人減って、新た2人増えた。
   
付き合っていた友人も何人かは離れていき、新たに付き合い始めた友人がいる。
  
私たちは別れがあるとき、人が離れていこうとするとき、必要以上にその原因を考える。
   
何がわるかったのだろうか?どうすればよかったのか?
    
でも、離れていったのには離れていったほうが良かった原因が必ずある。
   
腐れ縁というが、意味のない関係をいつまでも続けていることは決してお互いの為にならない。
   
スパッと割り切って新しい細胞と入れ替える、今までと違った自分になることも時には必要だと思う。


  

自然は感情を一切持っていない。

人間がかわいそうだからと台風を起こすのを止めたり、雨を降らすのを止めたりしない。

自分の成長の妨げになる人とは付き合わない方がいい。
  
人のことを考えるよりも自分のことをもっと大切にしたほうがいい。

自己中心的な人が結局、愛深い人になっていく。



    
    


2007年8月 3日 (金)

台風の目

   
今、台風が来ているが、台風の中心、つまり目の部分は全くの無風状態だそうだ。
    
中心は無風だがその周りはとんでもない強風が吹き荒れる。
   
今の世の中は強風の中に巻き込まれている状態だ。
   
自分の大切なものも、しがみつこうとしているものも飛ばされそうになっている。
    
でもどれだけ周りが吹き荒れていても自分の心の中は無風状態でいなければならない。
   
あの台風の目のように不動心、平常心でいなければならない。
    
そういえば、目って英語で 
eye と書く。

eye はアイと読む。
   
平常心とは愛のことなのかなぁなんて思いました。
      
近頃愛に敏感になっている私です。


目がきれいな人は魅力的です。

目を大切にしましょう。

心の中が目にあらわれる。







      





       






       

自由

   
人を好きになるとその人をコントロールしたくなる。
   
自分の想っていることと同じことを想って欲しくなる。
   
だが、人は心を縛られることを最も嫌う。
    
相手の気持ちに合わそうとしたら、自由がなくなって、本当の自分でないウソの自分を演じなくてはならなくなる。
   
最初は演じられても段々としんどくなる。
   
自由な自分に戻りたくなる。
   
だから恋愛はむずかしい。
   
恋愛を成就(じょうじゅ)させようとしたら相手を自由にしてあげなければならない。
   
恋愛だけでなく、親子、夫婦、友達との関係も相手をコントロールしようとするからおかしくなる。
   
相手をコントロールするのではなく、自分の気持ちをコントロールしなければならない。




相手が何を考えているかはどうでもいい。

大切なのは自分がどうありたいかだけだ。

意識をすべて自分に向けよう。





  

    

自分の立場から・・・

 
 
自分の立場から見て行動するを「我」といい、他人の立場をのみ想って行動するを「愛」という。それさえも超越してすべて神さままかせにするを 「空」 という。
  


私が大好きな文章です。

愛を行じていこうとするとどうしても見返りを求めてしまう。
  
それは自分が相手に愛を与えているという気持ちがあるからだ。
   
子どもが病気になって、風邪の熱でうんうんうなっているとする。
   
母親は風邪がうつるとか、自分がしんどいとか思いもしないで献身的に付き添う。
   
ありがとうの言葉とか、治ったらなにか見返りをなんて考えもしない。
   
ただ、子どもが少しでも楽になるように、早く治るように祈るだけだ。
   
このときの母親は愛を与えているという感覚なんてこれっぽっちもない。
   
人間の愛のなかでも最高の愛だと思う。
   

でも 「空」 はそれを遙かに超えている。
   
優しいだけが愛ではない。
    

愛は無限の深さがある。

愛のなかに幸せのすべてが入っている。

愛の先に 「空」 がある。




  
       







   

2007年8月 2日 (木)

evolvement(発展・進化)

  
漢字は真実を表わしていると言われているが、英語も単語のスペルのなかに真理が埋め込まれている。
  
宇宙は休むことなく発展、進化し続けているが太陽系の星のなかで地球だけが次元上昇から取り残されているそうだ。
   
何が取り残されている原因かというと争いがあったり戦争をしたりして、自分たちの利権ばかりを主張している。
   
愛することを忘れてしまっている。
   
愛があればすべてが整い、調和されていくのに・・・
    
これからは愛のない人、愛のない会社、組織、国は淘汰されていく。

      
evolvementの最初の4文字は 「 love 」 を逆に綴ったものです
あなた方の発展は愛を通じて行われるのです。 これはあまりにもシンプルなことですが、まだ地上では、それはあまり多くの住人たちには理解されていません。愛は接着剤です。それはあなた方一人ひとりを通じて、あなた方の世界はより高い意識状態へと移行し、あなた方自身への愛と「他者」への愛を通じてそのすべてが行われます。


   空洞地球 ダイアン・ロビンズ 徳間書店






     

2007年8月 1日 (水)

素敵な人

   
今、メールしようかな、電話しようかな、と思いつくことはあるのだが、どちらも止めておこうとすることが多くなった。
   
これは今までの経験に基づいているのだが、どうしようかと迷ったりした時はアクションを起こさずにしばらく時間が経過するのを待つ方がいいと思ったのだ。
   
行動に移したほうがいい時は考えなくても勝手に動いている。
   
その時はスムーズにうまく行っている。
    
メールも電話も地味ではあるが実は大きなアクションの一つなのだ。
   
だから感情にまかせてむやみにしない方がいい。
   
今の世の中で、携帯電話を持ってくれと言われても持たない、メールも嫌いだからしない、という人がいる。
   
素敵な人だな、しっかりと自分を持っている人だなと思う。







      

沈黙の行

  
私と妻はあることがあって、今、必要なこと以外はほとんどしゃべっていない。
   
そのあることとはプライベートなことで言えないが、簡単に言えば考え方の違いがあった。
    
その時、激しい言い合いがあった。
   
その日から会話はほとんど無くなった。
  
以前は会話がなければいけないと思っていたので、思いつくまま、話を探して話ていた。
   

だから、考え方の違いがあると 「それはおかしい」 「違うんじゃない」 とお互いを批判していた。
  
会話がなければこの批判はなかったはずだ。
   
今は会話は少ないがすごく楽になっている。
   
お互いに自分の感情は自分で処理をしようとしている。
   
以前は相手にぶつけていた。
  

沈黙の良さがわかってきた。
   
修行のなかで 沈黙の行 があるそうだ。
    
必要なこと以外はむやみにしゃべらない・・・よいことだと思う。







    

PLの花火大会

   
今日、高校3年の息子がPLが主催する花火大会に行った。
   
関西ではかなり大規模だそうだ。
  
息子がまだ小さい頃、車で行ったことがあったが花火が豪快だったことよりも帰りに道が渋滞して一時間で帰れるところが6時間もかかってしまったことを覚えている。
   
その時妻とケンカをして
 「こんなに大変だったら来なければよかった」 と言った私に対し、「子どもが喜ぶのだったら我慢するのが親でしょ」 と呆れられたことがあった。
   
そもそも私は、どんなに奇麗な花火であっても一瞬のそれも作られたものを、
「きれいだなあ」 とも 「素晴らしいなあ」 ともなんとも思わない。逆に 「つまらない」 と思ってしまう。
  
人はそんな私を面白くない奴、冷めた奴だと思うだろうが本当だからしょうがない。
   
人の一生は長くても百年で永遠の宇宙からみればほんの一瞬だ。
  
そう、この花火のように。
    
ほんの一瞬の百年の間をやれ年を取ったとか、昔はきれいだった、男前だった、羽振りが良かったとか、華やかしき頃を思い起こしてもむなしいだけだ。
   
また、夏の風物詩として夏祭りがある。
  
祭りの終わった後は静けさとゴミが残る。

そして、むなしさだけが残る。
    
一瞬の花火や人の人生に意識を向けずに永遠の生命(いのち)、宇宙の神秘に意識を向けると至福の気分を感じることが出来る。



星をみてるほうがずっと幸せな気分になれる。
   

肉体は一瞬で滅びるが魂、心は永遠に生き続ける。



    



   



      

« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »

最近のトラックバック

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ