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2007年5月31日 (木)

未来の設計図


ものごとが成就、成功するには環境を整えることと、意識を集中させることが必要だ。

例えば大きな仕事を成し遂げるには緻密な計画よりも、絶対に成功させるんだというイメージを持つことの方が先だ。

そしていつまでにするのか?の期限を決める。

そして一日に一回でもいいから成功に近づいていくためのアクション起こす。

すると成功へのエネルギーは期限の日に向かって少しずつ流れていく。

環境はエネルギーが流れている間にいつの間にか整えられていくものであり、自分で計画を立てて、頭で考えて作っていくものではない。

その時、その瞬間にやるべきことを直感で判断する。

直感で判断していったことが環境になっていく。

だから未来の設計図(完成図)は計画通りであったとしても途中のプロセスには思いもよらないドラマがある。

だからやっていて楽しいのだろう。



2007年5月30日 (水)

未来、現在、過去


今まで時間は過去から現在、未来へと流れていくと思っていた。

だが本当は未来に対して思ったことが現在に流れてきていたのだ。

例えば、今日記の2ページ目を書いているとする。

1ページ目はもうすでに過去になってしまった。

この2ページ目もやがて過去になる。

3ページ目は未来のページだが、まだやってはこない。

もう十分後には2ページは過去のものとなり、3ページは未来から現在に移ってくる。

このように、時間は過去から未来へと流れていくのではなく、未来から現在、過去へと流れていっていたのだ。

従って今の瞬間、自分の未来に関する希望や出来事、そして輝かしい将来の設計図を強く思い、成就、大丈夫、必ず出来る・・・などと心の中に強くインプットすることによって、自らの未来に刻まれたことになり、それが現在に流れてくる。

だから過去は関係ない。

未来を強く意識することで現在が変わり過去も変わっていく。

今からいくらでも素晴らしく変えていける。




本当のこと


本当に相手のことを思いやることは、一見冷たく見えることがある。

だから上辺だけでものを考えている人には到底、理解できない。

世の中の人のほとんどは自分のことしか考えていないので人に評価されること、理解してもらえることにしか価値を置かない。


例えば、病気は自分で作ったものだから自分の力、治癒力で治すことが出来る。

だから、本当の医者は
 「治すのは私じゃないあなた自身なんです」 というが頼り切っている依存している患者は医者に対し、頼りにならない、冷たくされた、見はなされたと思ってしまう。

そして、真意を理解できるのはほんの少数の人たちだけなので、貧乏医者になったり、藪医者のレッテルが貼られたりする。

ただ、そのお医者さんはそれをへとも思っていない。

信念を貫いているので、貧乏になることをつらいと思ったり、藪医者の評価に腹を立てることはない。

今、自分の信念を貫いて真っ直ぐに生きていく人が必要だと思う。

人のやれないことをして本当に大事なことをみんなに知らしめる(さりげなく)

そんな人の代表が、お釈迦様であったり、キリストであったのだろう。

本当のこと、大切なことを貫くには強さと勇気がいる。
















前世では・・・


以前、ある人に 「私とあなたは前世で夫婦でした」 と云われたことがある。

その人はそのことをかなり意識していて、私と会うのを楽しみにしていたようだ。(私は全然意識しなかったが・・・)

人は何千、何万回も輪廻転生(生まれ変わり)をしているので、自分の周りの人は元夫婦、元親子、兄弟、恋人、敵同士、恋敵(こいがたき)、師弟関係、・・・とありとあらゆる関係の人がいる。

同窓会等はまさにその集大成のようなところで、あの人とは以前こうだったんだろうなあーとなんとなく、判るときがある。


つまり縁がすごく濃いのだ。


たくさんある高校のなかで同じ高校を選択、受験、そして、3年間同じ場所で同じ時間帯に共通のことをする。


このことは実はすごく意味のあることなのです。(縁をより深くしていた)


私が驚いたことの一つは同級生で結婚したカップルが6組もあったことだ。


たぶん他の学校に比べてもかなり多いほうだろう。


しかし、前世がどうだったかはどうでもいいことで、要は縁の深さ、強さをこれからどう生かしていくかだ。

縁の深い人とはすでに強い絆(きずな)で結ばれている。

だから以心伝心で気持ちが伝わる。

再会することでつながった強い絆は交流が始まって大きなエネルギーにかわる。


そして、次々に色んな奇跡(善いことが)が生まれる。










なにかおかしい


不思議なもので頼りない親からはしっかりした子供ができる。

子供は親を反面教師にして自分がしっかりしないと親のようになると思うからだろう。

この場合、親は子供からは尊敬されないが子供を自立させたことになる。

だが、たいがいの親は子供に尊敬されたい頼りにされたいと願う。

そして無理をして自分のやりたいこと、やるべきことを我慢してしまう。

自分への投資をすべき時にチャンスを逃してしまうのだ。

そんな親をみた子供はつまらなそうに生きている親の姿を見て、覇気のなくなった親を心からは尊敬できない。


どっちにしても子供からは尊敬なんてされないのだ。

だったらもっと自由に生きればいい。

もって自分のためにお金を使えばいい。

子供にも妻にもお金を残す必要はない。

死ぬまでにきれいに使い果たせばいい。

必要以上のお金があるとろくなことはない。


そして、いつまでもよい親を演じることはない。







2007年5月29日 (火)

うれしかったこと


同窓会が終わってみんなが三々五々帰って行くとき、ある女性の人が
  「これで明日からまた頑張れます。本当に楽しかった、ありがとうごさいました」 と言ってくださった。

またある人は
 「月曜日はいつもブルーなのに昨日の楽しさが持続していて、明るく過ごせた」 とメールをくれた。

嵐が去った後のようにぐったりしていたが瞬間、元気になった。

こちらこそありがとうごさいました。












百聴は一見にしかず


耳でどれだけたくさんの話を聴いても、一度の経験には及ばない。
という意味だが耳年増(みみどしま)の言葉巧みな話術は、最初は人を惹きつけるが心まで動かすことは出来ない。

それは表面的なことだけなので奥まで入っていかないからなのだろう。

だが経験したことは自分の心が納得したことなので相手に伝わっていく。


 かわいい子には旅をさせろ は多少の危険は伴なっても経験することの大切さを云っている。

今は、旅(経験)をさせない親が増えている という。

旅先で何かあったらどうしよう、大丈夫だろうか?と心配でしかたない。

旅をさせないのは、子供がかわいいのではなくて自分がかわいいからだ。

子供を保護して守ってやるのが親の役目ではない。

子供が自立できるように突き放すのが本当の役割だ。







2007年5月28日 (月)

同窓会


昨日、高校の同窓会が終わった。

ブログにその様子や雰囲気を書こうとしたがその時の感動は文章ではやはり伝わらない。

学校の食堂で食事をしながら同級生のスピーチが始まった。

卒業後30年の年輪を感じさせる素晴らしいスピーチにみんな箸(はし)を止めて真剣に聴いていた。

私もみんな立派になられたなあーと感動の連続だった。

ほとんどの人は仕事、家庭、その他においても厳しい状況に立たされている。

にもかかわらず、それを笑いやジョークにかえて明るく前向きに生きている。

実は私達はその高校の一期生で先輩も後輩もいない中でクラブやサークルを作ったり、みんなで協力して色んなものを創り上げてきた。

その時には意識していなかったが、フロンティア精神や逆境に強い気持ちは植え付けられていた。


その強くて、それでいて優しい気持ちがスピーチに現れていた。

自分はこの人達と同じ高校に通っていたんだと思うとジーンとして母校が誇りに思えてきた。

そして、みんながいとおしくなってきた。

私が想っているのと同じにみんなが同じように想っている。

そんな空気が流れていた。

私が求めていた心の交流はこれだったんだ。

このことを経験する為に自分は生きている。

大げさかもしれないが、私は心が交流した時に最高の幸せを感じる。








2007年5月26日 (土)

SEX


いきなりすごい言葉が飛び込んできたとびっくりされていると思います。

人間は男と女がいて、性交することで子孫を残し繁栄していく、ただ性犯罪や性の欲望はなかなか無くならない。

なぜ、神様は男と女を分けて創ったのか?

欲望は人間を堕落させる。

金銭欲、物欲、性欲、執着心、愛情、何かを求めると後で必ず苦しみが付きまとう。

このなかでも色欲(しきよく)、性欲は一番超えにくい欲だそうだ。

キリストは性交を想像しただけで犯罪だと云ったと言う。

欲望が渦巻いている現代で何も考えないことなんて無理だ。

そう思っていたとき、ある文章が私の目に飛び込んできた。


 精神的な愛が先で肉体は後です。 と書いてあった。


SEXが悪いわけではない、悪いものを神様が創るわけがない。

人(相手)を純粋に愛する気持ちがお互いに交流し合って、そして自然に結ばれていく。


そんなSEXは美しくて素晴らしいものだと思う。






2007年5月25日 (金)

相反すること


結婚を申し込むときの決まり文句は
 「あなたを幸せにします」 だと思うが実はこれはとんでもない間違いだ。

言われた女性(逆もあるかも)はお任せしていれば、依存していれば精神的にも経済的にも幸せにしてくれると思い込んでしまう。

だからちょっとでも悪い状況になると 
「こんなはずじゃなかった」 「だまされた」 と被害者になった気持ちになる。

幸せは依存していてはなれない。

自立していなければなれない。


病気になるのも、貧乏になるのも、周りの人が言うことを聴いてくれないのもお医者さんのせい、夫のせい、周りのせいにしていては幸せになれない。

受け入れてもらおうとしたら 
「俺にまかせろ」 「すべてやってあげます」 と云えば、人は寄ってくる。

だけどそれは本当に相手のためにも自分のためにもなっていない。


本当の愛は 「僕がいなくてもあなたは一人で生きていけるよ」 と伝えることだ。

だから簡単に 「あなたを幸せにします」 は云ってはならない。

こんなプロポーズを聴いたことがある。

「あなたを幸せにできるかどうかわかりませんが、少なくとも私は幸せになれます」

こんなことを云える人って、かっこいいなーと思いません?



































シンクロ


水泳のシンクロは、同じ動作だけでなく、息を合わせなくてはいけないからものすごい神経を使っている。

見ていると息が詰まりそうになるので、すぐにチャンネルを変えている。

シンクロって意味がよくわからなかったけど、気持ちが共鳴して現象に現れることにも使われているらしい。

この間、同窓会の備品を心斎橋に買いに行った帰りに偶然(ではなく必然ですが)同窓会に出席する友人に出会った。

その友人は会を楽しみにしているが、会が発足した経緯やなぜ私が発起人になったのかずっと気になっていたらしい。

私の顔を見るなり喫茶店に誘われて小一時間、質問を受けた。

説明すると、彼は胸のつかえが降りたようだった。

彼にとっては、会の前に知っておきたかったことなのかも知れない。

それか、私に会いたかったのかも・・・

今回のシンクロは相手の想いが共鳴してきたことだったので、新鮮に感じた。

誰かが言ってたなあー

想うって相手のこころだと・・・みんなつながっているんですね。








2007年5月24日 (木)

自立(人は★になる)


1、人間の真の喜びは、自立にあって依存にはない。

これはある冊子に載っていた文章だが、私のなかで電気が走ったというか、ビィ、ビィ、ビィと来た。

依存のことで思うのは(新聞を読んでいて)発展途上国の開発の遅れた国に対しお金や物資を送っているが、お金や物よりも、どうしたらその国や地域の人たちが自分たちの力で生活出来て、日々生きていけるようになるかを教えてあげるのが大事なんじゃないかな?そうじゃないと最初はその人達も感謝しているが、それが当たり前になって今度はもっと送ってくれ、前はくれたのになぜだ?になっていく・・・と思う。


みんな心の底では自立したがっている。


だけど今までの習慣で頼った方が楽だから、自分でするのはしんどいから勇気がでない。

でも依存のしがらみから離れないといつまでも自分に自信が持てない。

そして、いつも何かに、誰かに頼っている不安な毎日を送ることになる。

私は家族も夫婦も親子も友達もお互い依存せずに自立すべきだと思う。

今、助けてあげるよりもあなたは自分で出来る、乗り越えられると伝えてあげるのがその人の本当の幸せにつながる。

星は距離を保ちながら一人?で輝いている。

人同志も距離を置いて別々に輝いていけばいい。




2007年5月23日 (水)

涙がでるとき


自分が強くなって免疫が出来てくるとめったなことでは泣かなくなる。

泣くのも色々あって感情で泣くとき、感動して泣くとき・・・がある。

もう感情(怒りや悲しみ)で泣くことは無くなったが、感動することは多くなったように思う。

特に厳しい状況で黙々と淡々と自分のやるべきことをしている人をみているとそれだけで感動してしまう。

誰に認めてもらうわけでもなく、褒めてもらえるわけもなく、見返りもなく、何のメリットもないのに愛だけで動いている人は本当に素晴らしい。

そんな人に出会うと勇気がもらえる。

そんな人に出会うと自然と涙が出てくる。






2007年5月22日 (火)

袖すり合うも他生の縁2


この理屈からいうと今あなたが誰かにひどいことを言われているとすると、それは前世において自分のした行為が返ってきていることによる。

あなたが過去においてしたひどい行為は相手の人の心が覚えていていつか仕返しをしようと待っている。

その時、向こうから見ず知らず(この世では初対面)のあなたが歩いてきて肩がぶつかった、その人は急に腹が立ってきて 
 
「どこ見てんだ、気をつけろ」 と口走る。

なんでそんなことを云われないといけないんだと思ったあなたはその言葉にカッとなって喧嘩が始まる。

今、テレビで放送されて新聞に載っている事件、事故、はこうして起こっている。

前世を含めて(グローバル、総合的)みるとどっちが悪いなんてないことがわかる。

だから、なんでも深く考えずに、サラッと許せて、あっさりした性格の人は得だなあと思う。








袖すり合うも他生の縁


街中でたくさんの人とすれ違ったなんの関係もないと思っている人でさえ、前世ではなんらかの関係があったという。

他生の縁は多少だとずっと思っていたが、他生とは前世のことらしい。

今までに何千回、なん万回も輪廻転生してきたのだから、出会うすべての人が縁のある人だと理解できる。

まして夫婦になったり、親子になったり、恋人、友達等はかなり深い関係だったそうだ。

深い関係は仲良しとはかぎらない。

特に夫婦は敵(かたき)同士が多いという。


出会った頃は、まさかそうだとは思わないで、お互いに惹かれる気持ちが恋や愛だと勘違いし、やがて一緒になるが結婚後は前世がそのまま現れてきて、けんかばかりをすることになる。

他人だと気にならないのに妻や夫だと腹が立つのはたぶん仇(かたき)同士だったからだろう。

でも、前世がわかったところで、敵同士だったことを知ったところでなんの解決にもならない。


夫婦になるのは前世の因縁しょうを越えて成長し合う修行の場だそうだ。

そこから、我慢や辛抱、許しを学ぶ。

一番難しい家庭がうまくいっていれば、どこででもやって行けるといわれている。

だが、因縁しょうがあまりにも強くて殺傷事件まで行きそうな場合は離婚した方が良いそうだ。

本人の努力ではどうしようもないのだろう。


確かに縁の薄い、濃い、浅い、深い人がいる。


あなたの気になる人は前世でどういう関係だったか、推理(相手を理解する意味で)してみるのも面白いかもしれない。

ただし、深く入り込まないように、ほどほどに・・・
















2007年5月21日 (月)

よく思ってもらおうとしないこと


情けない話だが、息子に好かれようとして、お小遣いを渡したことがあった。

相手の財布の中身を気にして、足らないだろうと優しいふりをしているが、実は 
「おとうさん、ありがとう 」 と言ってくるのを期待していた。

どうしてもいるのだったら相手から言ってくるものをおせっかいにも、じーさんばーさんがするようなことをしてしまった。

お金だけでなくどんなことでも相手に何かを期待する、よく思ってもらおうとするとしっぺ返しが必ずある。

不純な考えは不純な結果となる。

何もしないほうがいい、どうしてもそうしたほうがいい場合は自然とそうなってくる。

だから自分の力で何とかしようとしない方がいい。

相手の人が自分で出来ることを信じてあげるだけでいい。

それ以外、なにもしなくていい。





怒っている人


人間ウオッチングを始めて、怒っている人は自分の感情をコントロールできないでそれを他人にぶつけているのだなとわかってきた。

例えば、宝くじで3億円が当たってウキウキ気分のときは電車で足を踏まれようが、阪神タイガ-スが負けようが、3万円入った財布を落とそうが、突然の雨でびしょ濡れになろうが、約束を破られようが少々のことでは腹は立たないはずである。

なぜそうかというと怒りの感情よりもその時は喜びのうれしい感情のほうが大きいからだ。

ということは他人や状況は関係なく、自分のこころの問題になる。

マイナスの感情よりもプラスの感情を大きくしていると幸せを感じることが多くなる。


本当に幸せな人はプラスと愛の気持ちをたくさん持っている人なんですね。


相談


私は今まで、プライベートな相談を人にしたことがなかった。

自分のことは自分で決めるべきだし、人に相談しても答えが見つからないのはわかっていたから。

ただ、経験者の考えは聴いてみたいなあーと漠然と思っていた。

でも、電話をして話を聴いてもらうのは違うとわかっていた。

すると自分から聴こうと行動を起こしたのではなく、聴きたいを思っていたその人が突然、目の前に現れたのだ。

自分の意志が反映して、この人に聴きなさいというシチュエーションが出来上がったことに驚いた。

そしてその人も
 「私に話があるんでしょ」 とわかっていたようにされていた。

話は以心伝心で伝わり、私の思っていた通りの答えが返ってきた。

私にとって確認の意味があったのだと思う。

必然(必要)なことは必ず起こるのですね。
















うわさばなし


人と話をしている時に気をつけないといけないのは、人が他人の評価をしているのに振り回されないことだ。

よい評価であればまだしも、悪い評価をした場合、聴いてしまった人は間違いなく影響を受ける。

言った人が信頼できる人であればあるほど、悪いイメージは膨れ上がり、それまでの自分のイメージが塗り替えられていく。

第一インスピレーションの直感(正しい選択)のまま貫けばよいが、このイメージによって逆の選択をしてしまうことがよくある。

 
「あ、いけない振り回されている、自分のポジションに戻らなきゃ」 と自分の本来の場所に戻ると冷静な自分になれる。


ややこしい人とは噂(うわさ)を信じて振り回される人であり、素直な人とは直感で生きれる人のことだ。

あなたが素直な人であったなら、それは何にもまして、素晴らしい財産だ。


どれだけお金があるより素晴らしい。










2007年5月19日 (土)

人気のある人


最近、人間ウォッチングが面白い。

その中でなぜか名前が出てくる人、みんなが慕っている、好かれている人はどんな人かがわかった。

その人はおしゃべりで話が上手なわけでもなく、聴き上手なわけでもなく、いつも淡々として、いつも楽しそうにただ、笑っているだけなのだ。

そして、時々みんなのおもちゃ(いじられ役)にもなっている。

この役をする人が学校にも、会社にも、色んなサークルにも一人いるとその場が和む。

みんなを包み込んで調和させている。

その人がいるだけで、喧嘩やもめごとが少なくなる。

人間関係がうまくいっているところにはこのタイプの人が必ずいる。

ドラマでも名脇役がいないとつまらない作品になってしまう。

そして、この人の人気が落ちることはない。














自分が元気だったら・・・


プラスのエネルギーもマイナスのエネルギーも伝染する。

ある人があることで落ち込んでいて元気がなかった。

自分が信じていたことや信じていた人に対して、思わぬ結果(想像していなかった)が出たとき人は相手だけでなく、自分を信じることに疑い始める。

これが結構つらいんですよね。

そんな時、超元気で、ノー天気(ちびまるこちゃんに出てくる山田みたいな人)で、プラス思考(マイナスをプラスに変えれる)人が笑い飛ばしてくれたり、勇気づけてくれると瞬間、元気になる。

エネルギーは誤魔化せないので励ます人が同情や言葉だけで云ったとしてもそれは伝わらない。

カラ元気では伝わらないのだ。


本当に自分が元気でないと本当に人が好きでないと、本当に愛でいっぱいでないと人を元気にすることはできない。


私はそんな人になりたい。












2007年5月17日 (木)

今の自分


中学、高校の頃の友達と31年ぶりに会ったとき
、「お前があんなブログを書いているなんてあの頃からは想像出来ない」 と云われた。

確かに私のブログは哲学的に思えたり、思想家のような難しい人が書いた文章にみえるのかもしれない。

だからどんな人か会ってみたいとはあまり思わないだろうと思う。

ただ、たぶん彼は私に会ってみたら昔のまんまの私であったので、ブログの私とは余計にかい離した印象を持ったと思う。


私が以前の私と中が全然違ってきたのは8年前にう先生や若山先生に出会ってから、気功をしてからであり、その違った部分はブログの文章に出てきているのだろう。

ただ、本質的な元々の私はそのままのはずである。


その頃は本当の自分が、わからなくてさ迷っていた。


何にもわかっていない、情けない、自信のない自分がいた。

だから同窓会であの頃に戻りたいのではない。

正直に云うと戻りたくない。

あの頃はみんなも私と似たりよったりだったと思う。

同窓会に出るのにも勇気がいる。

同窓会は過去を振り返るためにあるのではなく、これからの素晴らしい未来を創って行くためにするんだ。


それでなければやる意味がない。






2007年5月16日 (水)

おまじない


人間生きていると何度か修羅場がある。

以前は、かんべんしてくれ、また来た、もういやだと思っていたが、最近では慣れっこになってくるものはしょうがないと逃げずに受けることにしている。

そして修羅場?が過ぎ去った後は強くなった自分を見つけることが出来て、なんとも云えないうれしさがある。

そして、その余韻に浸る間もなく次の試練がやってくる。

試練や修羅場は乗り越えていなければ次の分が来ることはないので次々にやってくるということは全てクリア出来る、出来ていると思っていい。

飛行機は離陸するときに大きな風の抵抗がなければ浮上できない。


だから、障害は自分が飛び立つために必要なものだと思えばいい。

そして、しんどくなった時は 「大丈夫、大丈夫」 と自分に言い聞かせていると不思議と安心感が出てくる。

安心感が出てきたらもう大丈夫、解決したも同然だ。


切羽詰った時は言霊(ことだま)を使うといい。

言葉にはエネルギーが宿っている。















2007年5月15日 (火)

しんどいことはダメではない


しんどかったり、疲れたりする時、確かにつらいし嫌だけど、実は自分がしんどくて重たくなっている側(そば)で軽くて元気になっている人がいる。

エネルギーは重たい方から軽いほうに流れる。(宇宙の法則)

だからしんどい時は誰かが楽になっていると思えばいい。

昔、学校の帰り道でじゃんけんで負けた人がみんなのカバンを持つ遊びがあったが、自分の荷物を誰かに持ってもらうと楽になる。

反対にたくさんのカバンを持たされるとしんどくなる。

そして、しんどい時にはたくさんのカバンを持たされていると思ってしまう。

だが、持てない以上の荷物を持たされることは絶対にない。

その荷物は乗り越えられる重さになっている。

神様はそんな意地悪なことはしない。

必要以上に重たく感じるのは考え過ぎているか、マイナスに受け取っているかだ。

前のブログで離婚出来て喜んでいる人の話をしたが、離婚を自由になれたと受け止めるか、捨てられたと受け止めるかで同じ状況でも心の状態は全く違ってくる。

そして、しんどいこと、マイナスと思っていたことが実はプラスから出たマイナスであったことに気づく。

それがわかったとき、しんどさは大きな喜びに変わる。








頑張らなくていい


頑張っている人をみると大変だなあ、しんどいだろうなあと思ってしまう。

以前、私も頑張って、頑張って、病気のような症状が出るまで、くたくたになるまで、限界がくるまで頑張っていた。

だから、今しんどい人の気持ちが痛いほどわかる。

でも、そんなに頑張らなくていいんだよ。自分を責めなくてもいいんだよ。ということが判ってからずいぶん楽になりました。

言葉や文章ではこれくらいのことしか伝えられないけど、きっと楽になって幸せが感じられるようになります。

だからその時まで、出来るだけ頑張らないでください。

無理をしないでください。



この人は宇宙人か?・・・


少し前のことだけど同窓会の打ち合わせをした時に幹事が集まった。

同じ高校に通っていても500人近い生徒がいたので知らない人も多く、その中の一人の女性は初対面同然だった。

年をばらすと私は49歳で同級生は当然48か49になる。

紹介されてびっくりしたのはその人はどう見ても30歳前半にしかみえなかったのだ。

見た姿は、服や化粧で少しくらいは若く見せれるが雰囲気やエネルギーは誤魔化せない。

その人は無理をしているのではなく全くの自然体でいた。

少し神秘的な話をすると今地球上に700歳の人が30歳と云ってバリバリ働いているらしい。

常識では考えられないが、地球の今の科学では解明出来ないことがいくらでもある。


以前読んだ本で地球の地下1600メートルには別の人類(地上よりもずっと進化した)が住んでいて私たちを見守ってくれている。

その人たちが地上にも住んでいる。と書いてあった。


なにをバカなとほとんどの人は思うだろうが、私はそうだろうなと思っている。

神秘的なことが好きな人や今までの既成概念を変えたい人は読んでみられたらいかがでしょうか?

尚、その同級生が地底人(宇宙人)であるかは判っておりません。



 「超シャンバラ」 
ダイアン・ロビンス著 ケイ・ミズモリ訳 徳間書店




















2007年5月14日 (月)

スパイダーマン


スパイダーマンは他の人よりエネルギーが強いので善いことをすれば、嫉妬や、やっかみを受け、悪いことや失敗をすれば目立って叩かれる。

何をしても損な役割で、時々そんな自分が嫌になって自暴自棄(じぼうじき)になる。

だけどそこに必ず数少ない理解者が現れてスパイダーマンは徐々に癒されていく。

この理解者はスパイダーマンの守護神であり、スパイダーマン自身でもある。

つまり、自分を救っているのは自分自身ということだ。

強く求めると必ず助けてくれる。

それも他人が助けてくれるのではなく、自分を信じる力が自らを救う。










マイナスを探すのはやめよう


眼科医であり、気功の先生である若山先生は、
「人はみんなマイナスを探しているのです。だから病気が治らないのです」 とおっしゃった。

若山先生は目の手術をされていて成功して完璧に治ったと思っていたのにまた繰り返す、その部分は治っても今度は違うところが病気になる、なぜなんだろう?

それは人は常にマイナスを探してエネルギー(気)を滞らせて、気が病む、つまり病気の状態を創りだしているからだ と気づかれた。

自分で自分のエネルギーを不調和なものにして病気を創りだしている。

そして、創造したとおりの自分を創っている。

もちろん自分のせいだけではない。

色んな理由が重なって不調和になっている。

だから自分で調和した状態に持っていけばいい。

すると自然と病気は無くなっていく。

これが本当の自然治癒力という。


治癒力を高める方法はいくつかあるが、どーでもよいことで悩んだり、マイナスを探すことを止めるだけで見違えるように快復していく。


自分の身体は自分で治せる。


心を癒さずして真の治療はない。(若山先生)





















30年の時空を超える


同窓会の打ち合わせで2人の男性と会ってきた。

2人とも外見は変わっても気持ちは昔のままで瞬間で打ち解けた。

言葉を交わす前(会う前)から気持ちが交流していた感じかな?

気持ちが交流しているとたいした内容の話はいらない。

自然に思いつくままにおしゃべりし、なごやかな空気が漂う。

以前、小学校の同窓会の幹事をした人達が半年前から何度も集まって飲み会をしながら企画をしていったと聴いたことがあって、そんなに何度も集まらなくてもいいのに・・・と思ったが今自分がやってみて判るようになった。

本番はそれまでの下準備で決まる。

打ち合わせも大切だけどチームワークが出来ていなければうまくいかない。

なんの見返りも求めず自分の方から
 「手伝うよ」 と云ってくれた友達に感謝、感謝。







2007年5月13日 (日)

別れと出会い


最近、経験していることは、別れと出会いだ。

長い間付き合っていても別れは突然訪れる。

もうこれ以上の接触はお互い無駄ですよ。と云わんばかりの状況がくるのだ。

それは非常にクールで冷たい感じがする。

でも離れたほうが早く自立(成長)出来て、本当に幸せになっていくには必要なことなんだ。

お互いに納得して爽やかな別れになれば良いがそれが判るには時間がかかる。

反対に出会いは順番待ちのようにお待たせしました。の感覚で現れる。

初めて会ったはずなのになつかしい感じがする。

おそらく前世で会っていたに違いない。

出会って、なにかを解決して、清算して、そして、その後はやはり別れになる。

宇宙の進化は集合と離反の繰り返し。

一つになったり離れたりを繰り返して進化していく。

だから別れをなげくことも悲しむこともいらない。

本当は喜ばしいことだから。













一人になること


以前、調和波動気功のセミナーで女性の人が
 「やっと離婚することが出来ました」 と本当に晴れ晴れとした顔でスピーチされていたことがあった。

離婚することがそんなにうれしいのかなあと不思議に思ったが今になって判ったような気がする。

人間の理想の姿とは 
一度は結婚を経験して、そのあと一人になること だそうだ。

なにも別れることを薦めているのではないが、人は心のどこかで一人になりたがっているのではないだろうか?

自由になりたがっているのではないだろうか?

家族ってなんだろう?

夫婦ってなんなんだろう?

人間が勝手に決めた集合体であって、理想の姿ではないような気がする。








2007年5月12日 (土)

スパイダーマン3


今日やっと念願だったスパイダーマン3を観に行くことが出来た。

1も2も大好きで1は3回も観に行ったほどだ。

私が今まで観た映画のなかで印象に残る言葉があって、その言葉はいつまでも心に残っている。

スパイダーマンのおばさんが苦悩しているスパイダーマンに言った言葉で

 「一番難しいことから始めなさい。それは自分を許すこと」 があった。

私はそれを聴いた時涙が出そうになった。

みんなそれぞれ色んな苦悩を持っている。

悩みのない人なんて誰もいない。

そしてその苦悩の原因は自分を許せないことにある。

人を許せないのは実は自分を認めていなかった、愛していなかった、許していなかったことにある。


自分を許せると人のことも許せるようになる。






感動したこと


今日、同窓会の招待状を送った女性の人から携帯に電話がかかってきた。

その人は出席するつもりはなくて、欠席の返信を出そうとしていた。

ところが同窓会の通知が行っていない(実施を知らない)友人にその旨を伝えたところ 「私はどーしても行きたい、だからあなたも付いて来て」 と言われたらしい。

その友人は重い病気にかかっていて、同窓会の何日か前に大きな手術をすることになっていてとても行ける状況ではないそうだ。

なのに絶対に行く、行きたいと言っているという。

きっと心が強く求めているのだろう。

同窓会には最後に会わなければ死ぬに死ねない縁の人が来るのかも知れない。

私はその話を聴いて今回の同窓会はすごく意味のあることだったんだと痛感した。

そして命懸けで来てくれる人に失礼のないように一生懸命にしようと自分に言い聞かせた。





2007年5月11日 (金)

オリエンタルウインドとは


私たちがお伝えしたいのは、
「すべての人は自らで自らをいやせること」

本来人間は完全円満に機能するよう、生まれついています。
ですが、現代に生きる私たちは薬や病院、学校や
「何か自分を治してくれる所」に治してもらわないと
自分を癒せないと思っています。
その「何かにいやしてもらえる」という思いが
実は結局自分を不調和な状態にしています。

私たちの気功レッスンは、
レッスンにきて「治って」いただくのではありません。
自分で自分を整え自然治癒力を高め、
本来の自分自身に戻っていただくための気功法をお伝えしています。

心配されなくても大丈夫。
お伝えしたことを毎日の生活で実践していただければ、
必ずどなたでも変わります。
少しずつでも続けていけば、
ある日悩みがすっかりいやされていることに気付く日が必ずきます。
私たちもそうでしたから…

私たちが幸せになれたように、皆様にも幸せになっていただきたい

それが気功教室 Oriental wind の願いです


オリエンタルウィンド             http://orientalwind.info/






なんだそうだったのか


小さい子どもが親にひどいことを言ったり、腹を立てて叩いてくるのは自分の感情を処理出来ずにぶつけているのだ。

親なら思いっきりぶつかって行っても受け止めてくれるし、優しく癒してくれるのを識っている。

だから自分に対して感情や怒りをあらわにしてくる人は感情を消してもらうためにくるのだと思えばいい。

家族であろうが友達であろうが上司であろうがみんなあなたに甘えているのだ。

そう思えば、たいがいのことにも腹が立つことがなくなってくる。





本質をみる


気功をしていて色んな人と接するが、話をした後でどっと疲れるのは相手のマイナスの部分に自分の意識を合わせているからだ。

相手の人が、ぐちばかりを言ったり、聞くに堪えないようなことを言ったとしても、それは吹き出てきているうそのその人であって、本当の姿ではない。

本当のその人は純粋で思いやりがあって、愛に溢れた人なのだ。

だから、表面のその人を見るのではなく、その奥にいる素晴らしいその人に意識を合わせなければならない。

そして素晴らしいその人に語りかけていけば、奥の本当の姿が現れてくる。

私の師匠であるう先生や若山先生はどんな時も奥の私と接してくださった。

今になってやっと、そのありがたさがわかるようになった。









2007年5月10日 (木)

我慢すること


人は生命(いのち)を生かすために生まれてきた。

だから自分の魂が喜ぶこと、楽しいことをたくさんすればいい。

人の犠牲になったり、自分が我慢をして人を救ったとしてもそれは命を生かしたことにはならない。

よく、人の為、人のことを思ってというが、人の為は偽り(いつわり)と書く。

これは人の為にすることが悪いのではなく、自分の心が喜んでないと言う意味なのだろう。

本当の愛は人も生かし、自分も生かす。

我慢すること、犠牲になることはやめて、自分の気持ちに正直に生きよう。






決まっている2


同窓会の幹事をしていてつくづく判ったことは来てもらおうと電話したり、会の内容を詳しく説明したところで来る人は多少の障害があっても来るし、来ない人は車で送り迎えするから来てと頼んでも絶対に来ない。

それは理屈ではなく心が決めているからだ。

人は決断する時に頭で考えて決めているように思っているが、実は知らず知らすのうちに直感で決めている。

だから、直感以外のあーだ、こーだは全て間違いであり、時間の無駄以外のなにものでもない。

と偉そうに言っているが、これがなかなか難しく、これが出来たならば肉体人間の限界を遥かに超えた無限の可能性が現れてくる。

よく人間は潜在的に持っている能力の数%しか出していないと言われるが、直感だけで動けたときは100%の力が出てくる。


、スパイダーマン3が上映されているが、本来の人間はスパイダーマンそのものなのだ。

だから自分を自己限定しないで自分には無限の力、可能性があると思えばいい。

人は思ったとおりの自分を創造していくことができる。






2007年5月 9日 (水)

未来は決まっている。


この先どうなるのだろうと先のこと将来のことが不安になったりするが、実は明日のこともあさってのこともずっーと先のことも決まっている。

何かの偶然が重なって今があるように思えるが偶然はなくて全ては必然なのだ。

最近、自然に任せずに自分の頭で考えたことをしようとするとみごとなまでにうまく行かない。

はやる気持ちをぐっと押さえて時期を待っていたら必ずよい方向へ進んでいく。

時期は自分でコントロールできないので神様にお任せすることになる。

唯一、コントロール出来るのは自分の気持ちを平常心に保つことだけだ。

平常心を保っていると神様が使いやすい器となるので全てが整ってくる。

神様は人を幸せにしてあげようとしてくれている。

せっかく幸せになれるのに我で壊してはもったいない。

未来のことは善くなるに決まっているのだから、焦らずにのんびり行こう。











人を助けようとしたら・・・


人を元気づけ、明るくなってもらおうとしたら自分はその人の100倍プラス思考でなければ救うことは出来ないと以前のセミナーでう先生がおっしゃっておられた。

人は今、明るく、楽しい状況にあるのではなく、辛い厳しい状況にいる人の方が多い。

普段はニコニコしてなんの悩みもありませんというような顔をしていても実際は違う。

顔で笑って心で泣いているのだ。

言葉で頑張れと励ますよりもプラスのエネルギーを送った方がその人の本来の力で乗り越えることができる。

調和波動の素晴らしさはここにある。







2007年5月 8日 (火)

言霊(ことだま)


言葉にはエネルギーがあって自分はもちろん、相手の人も元気にさせることができる。

この言霊のことがわかっていて、プラスの方向で人と話が出来る人が思いやりのある人だと思う。

逆に冗談であっても本気に取れるネガティブな言葉は使ってはならない。

ピアノを習っている感性が豊かな知り合いの女の子(高校3年)に

 「○○ちゃんは自分で曲は作らないの」 と聴いたところ、小さい頃曲を作っていて、その曲を先生にみてもらったら 「もう作らないほうがいい」 と言われたのでそれからやっていない。と答えが返ってきた。


その先生は虫の居所が悪かったのか、意地悪だったのかはわからないが言ってはいけないことを言ってしまった。


マイナスの言葉に負けないだけの強さは必要だけど、自分から発することは絶対にしてはいけないと思った。











自立すること


本当にこれでいいのだろうか?と思う疑問に大学へ子どもを行かすのに当たり前のように学費や、下宿するならその費用まで全て出してやることが本人のためになるのか?ということだ。

私の友人に高校までは義務教育に近いので、親がみてやるがその後は就職するなり、進学するなり自分でしなさいと子どもに言っている人がいた。

その子は二十歳まえから自立をしなければならず、学校選びも仕事選びも真剣になる。

おんぶにだっこの子はいつまでも依存心が抜けずすねをかじり続ける。

一方の子どもは食べていくために節約や倹約をしてたくましく育っていく。

デザイナーのこしのなんとかさんがアメリカに留学中お金に困って母親にお金の無心を電話でしてきたそうだ。

その母親は
 「お前に貸すお金はない」 ときっぱり断ったという。

本当に本人のことを思えば渡すべきではないしその時の苦労が後に生きてくる。

そこまで考えられる親はどのくらいいるだろうか。







2007年5月 6日 (日)

一生懸命な人はしんどい


エネルギーとは不思議なもので怠惰なマイナスのエネルギーは元気のよいプラスのエネルギーに寄って行く。

判りやすく言えば明るい電灯のもとには虫や人などたくさんのものが光を求めて近づいてくる。

人も輝いている人、心が温かい人のもとに集まるようになっている。

だからどうしても一生懸命に生きて、輝いている人はマイナスのエネルギーを受けてしんどくなる。


 良い人は長生きしない は人のマイナス想念を受けて身体がまいってしまうのだ。


だったら、良い人?は損なのか?早死にするのか?

そんなことはない、求めれば必ず与えられる。

あなたのことを理解して助けてくれる人がきっと現れる。

だから・・・もうしばらく我慢してください。







真剣


真剣に生きている人は共通点がある。

それは、常に自分を向上させようとするオーラを出していることだ。

気功の先生である若山先生は人間の唯一(ゆいつ)持ってよい欲は
 「向上心です」 とおっしゃった。

宇宙は常に進化していて留まったり後退することはない。

だから過去はどうでもいいことであって、今が大切だ。

今の自分が未来の自分や周りの環境を創っていく。

真剣であることは向上心につながる、だが焦ったり感情で動いていたら宇宙の法則に乗れない。

真剣でなおかつゆったりのんびりする(時期を待つ)そのバランス感覚が難しい。




人の気持ちより自分の・・・


何が一番しんどいかというと、相手の人の気持ちを推し量って自分で勝手に判断することほどしんどくて、また馬鹿らしいことはない。


人は十人十色(じゅうにんといろ)、同じことを言っても受け取りかたはそれぞれ全然違う。

だから良い結果を求めてもそれは出来ない相談なのだ。

極端な言い方をすれば100万人の人が理解を示してくれなくても自分という理解者がいればそれでいい。

たくさんの人が思っていることが正しくて、少数の考えが間違っているなんてどうでもいいことだ。

それよりも自分の中から出てくる直感やひらめきを大事にしたい。


私は今までもそうしてきたし、これからも続けていく。








言葉やメールでは伝わらない


最近、メールで自分の気持ちを伝えようとしたが、正確に伝えることは無理だった。

打っていくうちに段々とこれは違う、そうじゃないとわかるようになった。

どういうことかというとメールではエネルギーは伝わらないのだ。(よほどスッキリした人同士は別だが)

メールは誤解されたり間違って伝わることが多い。

どうしても文面だけに意識がいって、その奥の本心がぼやけてしまう。

だから、用件や事務的な伝達だけにして文章に感情をいれるのはやめたほうがいいと思う。(言葉にも感情を入れないほうがいい)

言葉も心から発したものでないと相手に響かない。

要はメールも言葉も上っ面ではダメだということ。

自分が内から出しているエネルギーを整えれば言葉もメールもなにもいらない。

なぜなら肉体も精神も(目に見えるもの、みえないもの)全てエネルギーで出来ているからだ。








2007年5月 5日 (土)

象の時間、ネズミの時間


呼吸は当たり前のことだが、生まれてから死ぬまで一生続く、そしてどのような呼吸をしていたかが、大げさではなくその人の一生を決める。


現れてくる現象に振り回されて一喜一憂していたら心臓はいつもバクバク状態、精神的にも肉体的にも良いはずはない。

ある本を読んでいたら面白いことが書いてあった。


「哺乳類ではどの動物でも一生の間に心臓は20億回打つ、ネズミは心臓の心拍数が多いので数年しか生きないが心臓の鼓動がゆっくりな象は100年近い寿命をもつ」

よくビックリしたときに 「寿命がちぢまった」 というが、そのときには心臓がドキドキして明らかに平常心を失っている。

正しい呼吸法をしていると常に平常心が保たれているので現象にとらわれて振り回されることはない。

正しい呼吸法とは


静かに吸って、穏やかに止めて、さわやかに吐く である。

意識して毎日続けているといつの間にか色んなことが整ってくる。















2007年5月 4日 (金)

緊張すること


昨日、ヤマハが主催するデュエットのコンサートへ行ってきた。

ただの演奏会だと思っていたら本線に進む予選会になっていて演奏する人はかなり緊張していた。

デュエットは文字通り2人と言う意味で、2つの楽器を使ってそれぞれに奏でる音を一つの調和した音にしていくことに難しさがある。

どちらかが過度の緊張をしていたらそれが相手に伝わって緊張を増幅することもある。

反対に一人がリラックスしていると相手も安心して日頃の練習の成果が出る。

なぜ緊張するかと言えばうまくやろう、結果を出そうとする力みが原因だ。

競技になっていないにしてもたくさんの人の前に出たら気が上がってきて平常心を保つことが出来なくなる。

平常心を保とうとしたらまず、自分が今どういう状態(気が上がっている)にあるかを客観的にわかることが第一にあり、次に上がった気を下げることをしなければならない。


気を下げる方法は古いやり方では手のひらに人と書いて飲み込んだり、「だいじょうぶ、大丈夫」 と心のなかで唱えたりすることがあるが、やらないよりはそれなりの効果はあるだろう。

だがこれだと一時的に下がった気がすぐに上がってくることになり、持続性がない。

調和波動気功では常に意識を下丹田(へそのした3.5センチ)か足の裏を意識しつづけることを教えてくれている。

気が収まって(落ち着いて)いないと的確な正しい判断や、ましては日頃どおりの演奏は出来ない。

よい演奏をしている人は自分で意識しているかどうかはわからないが気が下に収まっていたようにみえた。

名演奏家と言われる人は常にこれができている人だと思う。




2007年5月 3日 (木)

感動する人


私が
 「この人はすごいなあー」 と感心して感動させられる人とは自分のことは置いといて人の喜ぶことや助けてあげることができる人だ。

それも恩を着せることはせず、さらりと当たり前のようにやってしまう。

男の人、女の人とか関係なく、こんな人が一人でもいたら周りの人はよい影響を受けて心が豊かになる。

昨日、そんな素晴らしい人たちに出会えた。

今もその余韻に浸って幸せな気分が持続している。





2007年5月 2日 (水)

人は生まれてくるときも死ぬときも・・・


人は48歳ともなると家族構成は色んな人がいる。

若くして結婚して子どもも結婚して孫のいる人、子どもがまだ小さい人、離婚した人、ずっと独身の人、子どものいない人、似たような状況の人はいるがみんなそれぞれに違う。

独身の人や子どものいない人がさびしい気持ちでいるのかといえばそんなことはない。

自分のペースで自由に生きている人がいる。

周りが思うような孤独で暗いイメージはない。

反対に家族がたくさんいても常に孤独感があってむなしい毎日を送っている人もいる。

多くの人はいつも周りに家族や友達がいてコミュニケーションがとれていないと不安になる。

自分だけ疎外されて取り残されたように思ってしまう。

だけど自分が自分らしく自然体でいられるのは一人になった時だ。

一人になった時に本当の安心や安らぎを得られる。

象は死が近づくと群れから離れて自分の死に場所を探すそうだ。

そこには孤独感やさびしさはない。


だが、多くの人は自分の最後をたくさんの人にみとられて死ぬことを望む。

象のほうがよっぽど気高くていさぎよい。


人は一人では生きていけない、だけど依存せずに一人でも生きていけるようにならないと死を平常心では迎えられないと思う。


アメリカインディアンの言葉に 
 人は生まれてくる時も死ぬときも一人で生まれて、一人で死んでいく。 とあるそうだ。

一人でいることが平気な人はきっと強い人なのだろう。







2007年5月 1日 (火)

魅力のある人


同窓会の幹事をしていると当然のことながら、IT機器を使いこなしている人、中途半端な人、全然やっていない人と出会う。

私は中途半端な部類に入り、使いこなしている人からみればなんとも頼りないのだろう。

書類を送ってもらうのにこちらの受け皿ができていないと内容を見ることができない。

ダウンロードして」 と云われてもどうしていいのかわけがわからなかった。

だけどそれが出来たり、わかっているからその人がどうだとか人間性には全く関係がない。


電話で親しくなった同窓生の女性の人は携帯電話も持っていない、そして、メールも嫌い、PCは会社で使うだけの人がいた。


この間FAXで名簿を流してもらったらビックリするほど美しい字を書いていた、なんでも自分を磨く為にペン習字と書道を習っているそうだ。


周りから携帯を持つことをさんざん薦められても浦島太郎になるよと云われてもガンとして人の云うことに流されない。


本当に凄い人ってこういう人なんだろうなあーと感心した。


もしかして一番まともな人なのかもしれない。


それが証拠に話をしているとこちらが爽やかな気分になってくる。

今度、同窓会の打ち合わせで会うことになっているが、今から楽しみにしている。






空を見ると元気になる


落ち込んでいるとき、手っ取り早く元気になる方法は空をみること。

空(宇宙)からは調和されたプラスのエネルギーが降り注いできている。

だから、雨が降っていようと、どんよりとした曇り空だったとしても、空をみているだけで身体中に元気がみなぎってくる。

逆に落ち込んでいるときは自然とうつむきかげんになってしまう。

下の方はマイナスのエネルギーが漂っているので、下を向いているだけでネガティブな波長に共鳴してしまう。

パソコンやメールはどうしてもうつむきかげんになってしまうので気分転換が必要だ。

それにはストレッチや体操もいいけど、まず、空をみる(上を向く)ことをお薦めします。


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