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2007年4月30日 (月)

波長が合う人


私が以前、会社で働いていたころ職場に中年のバツ一同士の男の人と女の人がいて、なんとなく波長(気)が合いそうだったので
、「お話でもされてみてはどうですか?」 と柄にもなくキューピット役をしたことがあった。


そして、2人はポートピアにデートに行った。
デートの次の日に真面目な男性の方から 
「あんなに楽しかった日は久しぶりでした。話がはずんで時間の経つのを忘れるくらいでした」 とうれしそうに報告をしてくださった。


しばらくたって、その男性に 「あれから又、会われましたか?」 と聴くと浮かない顔で 「もう会うのはやめました」 と答え、理由を尋ねると「このままお付き合いすると結婚を考えないといけないし、相手の方にはお嬢さんがいらっしゃるし、自分が責任が取れるか自信がありません。だから会わないほうがよいと思ったのです」 と答えが返ってきた。


私はびっくりして、もっと気軽にリラックスしてお付き合いすればいいのになあ、まだなにも起こっていない先のことをあれこれ考えて楽しい今の時間を無くすのはもったいないなあと思った。


恋愛も人付き合いも考えすぎずに自然に任せていればうまくいくように思う。


お2人ともとてもいい人だったので、少し残念だった。



2007年4月29日 (日)

話をするときは・・・


こちらの話をわかってもらおうとして一生懸命にしゃべっていても一方通行であることが雰囲気で感じ取れる。

こんな時は話せば話すほど心は離れていく。

そうではなくて相手の立場に立って、大きい気持ちになれたとき、相手の心が溶け出して私の心と一つになっていくのがわかる。

その瞬間(とき)に、熱いものが交流してこころがあったかくなる。

時間は長い必要はない、一瞬であってもこの経験ができた人は必ず心が覚えていて決して忘れることはない。

私が最近幸せを実感するのはこの瞬間をたくさん経験できているからだと思う
。(自分で云うのも変だけど)

話をするとき、人と会うときに自分(我)をなくしていくことの大切さがわかった。



2007年4月27日 (金)

自分でする


自分でするべきことを人にしてもらおうとすると必ずしっぺ返しがある。

冷たくされたり、断られたり・・・たいがいの人はそれに耐えられなくて途中で止めてしまう。

なんだか試されているようだ。


おまえは本気なのか?最後までやる気はあるのか?自分を信じているのか?

その課題をクリアした人だけご褒美で精神的な喜びや、物質的な物を与えられる。

だから、人を頼ろうとすると 自分でしなさい と突き放される。

それは他人が云っているのだが実は目に観えない何かが、その人に言わせているような気がする。

だから、冷たくされても協力してくれなくても

 
「これは自分でしなさいということなんだなあ」 と納得してしまう。

冷たくされた人にも不思議と感謝の気持ちが涌いてくる。

自分ですることは自立であり、大きな喜びをもたらしてくれる。







2007年4月26日 (木)

牛乳とお肉


牛乳は当たり前のことだが牛のお乳であって、生まれたての子牛が飲むためにある。

子牛の体質にだけ合うようになっている。

だから大きさや身体のつくりが違う猫が飲めば拒絶反応を起こすのは当たり前で、人間も決して合っているわけではない。

牛乳を飲むと下痢をしたり、気分が悪くなる人がいるのは当然のことだと思う。

自然の摂理から考えれば簡単なことなのにカルシウムが豊富だとか身体に良いと言われるとわからなくなってしまう。

つぎに肉がなぜ身体に悪いのかは、人間の歯は32本(親知らずを含む)あって、その内訳は植物をかみ切るのに適した門歯(前歯)が上下二対ずつ、犬歯(糸きり歯)が上下一対ずつそして、かみ切った植物をすりつぶすための臼歯が上下5対ずつとなっている。

つまり人間の場合、肉(動物食)を食べるための犬歯が「一」なのに対し、植物を食べる歯は、門歯「二」と臼歯の「五」を足した「七」あるということだ。


この「七対一」という歯の割合を、そのまま植物食と動物食のバランスに当てはめると「植物食85%、動物食15%」という食事バランスになる。

牛や馬は草は食べるが肉は絶対に食べない、人間の歯も肉を食べるようには出来ていない。









2007年4月25日 (水)

牛乳は「錆びた脂」


前にもブログに書きましたが、牛乳が酸化された飲みものになっていることをもう一度復習してみようと思います。

市販の牛乳になる前の生乳には約4%の脂肪が含まれていて、そのままにすると浮上してくるためホモゲナイザーという機械で脂肪を細かく砕くことをする。

こうして作られたのが 「ホモ牛乳」 と呼ばれるもので、ホモゲナイズ(均等化)することにより、生乳に含まれていた乳脂肪は酸素と結びつき、「過酸化脂質」に変化してしまう。

過酸化脂質というのは、文字どおり酸化しすぎた脂肪ということで、別の言い方をすれば「ひどく錆びた脂」 ということになる。

酸化というのは、物質が酸素と結合することでわかりやすくいうと「錆びる」ということ。

天ぷら油が黒く変色したり、皮をむいて時間がたったリンゴが茶色に変色するのも「酸化=錆び」なのです。

錆びたものを身体にいれると当然、身体も錆びてきて病気やガンの原因になる。

身体は当然、錆びないように抵抗するが、限度を超えると身体を蝕(むしば)み始める。

日本では昔から医食同源と言ってよい食べ物が健康な身体をつくると言われてきた。

牛乳は身体に良いと言われたのは何もわからなかった時代のことであり、正しい情報を入手することが自分の身体を守ることにつながる。

自分の身体は自分で守らなければならない。

 

  病気にならない生き方 新谷弘美 サンマーク出版

















2007年4月22日 (日)

人に好かれようとするより・・・


息子が幼い頃、母親に
 「ママ、だーいすき、ママはー?」 と毎日のようにきいていた時期があった。

妻は当然、 「ママもあなたのことがだーいすきよ」 と答えていた。

たぶん幼心に母親の愛を確認したかったのだろう。

そして安心してもう高校生になって聞くこともなくなった。(当たり前ですよね)

今日、気功のセミナーで、う先生が

「人に好かれようとするより、人を好きになるほうが楽です」 とおっしゃった。

人に好かれようとすることは、相手をコントロールしようとする力が働く。

だからしんどい。

人を好きになることは相手に関係なく、心が自由なので楽になる。








2007年4月21日 (土)

忙しい


忙しいという字は心を亡くすと書きます。


気持ちが疎かになっているのです。 と云われたことがある。

失敗したことや、やり遂げられなかったことの言い訳につい、 「忙しかったから」 と云ってしまう。

本当の原因はそうではなく、気持ちがふらついていたことを本人が一番知っている。

失敗する時は気持ちが集中していない、他のことを考えている時だ。

そんな時、叱ってくれる周りの人がいることは幸せなことだと思う。






2007年4月15日 (日)

愛すること


愛の語源は合うということ、2つ、あるいはいくつかのものが溶け合って一つになっていくこと。

人と会うことも、逢うことも愛につなっがている。

愛は物質的ではなく、精神的なことをいう。

だから実際に逢わなくても、離れていても心は通じあう。

高校野球の甲子園はアルプススタンドの応援と観客と選手が一体になったとき感動やドラマが生まれる。

音楽コンサートでも素晴らしい演奏は観客の心をとらえて一つのエネルギーに変わる。

するとその場所は磁場(波動)が上がり他の場所よりスッキリ、爽やかな場となる。

劇場のこけら落としに名演奏家に来てもらうのも最初に磁場を高める意味があるらしい。

バラバラに離れていた心が一つになっていくことほど素晴らしく、美しいことはない。

ものごとが成功する、成就するとはこのこと(一つになること)をいうのかもしれない。






2007年4月14日 (土)

無題


大人と子どもの違い(精神的に)は客観的に観れるか観れないかにある。

昔は自分のことにせいいっぱいで人のことなんて全然わかっていなかった。

客観的にみれるようになると相手の素晴らしさがハッキリと観えてくる。

優しさ、心遣い、気配り、そんな目に観えない心の部分がわかるようになる。

それがわかるようになって初めて、本当に人が好きになれるのかも知れない。







弥勒菩薩


菩薩様は男でも女でもないらしい。

中性とかいう意味ではなくて、男女の恋愛感情がないのだ。

男は女の人に愛されたいと思い、女も男の人に愛してほしいと願う。

男女の性の欲望がなくなれば争い事はほとんどなくなるだろう。

男も女も関係なく人を愛せるようになったらどんなに楽で楽しくなるだろう。


私たちの年齢(50歳前後)の同窓会はその垣根が以前より少なくなってきている。

男女を超えた友達って素晴らしい。






2007年4月13日 (金)

幸せになるには


以前、老人ホームへ仕事で行った時、エレベーターの中に
 幸せは他人が決めるのではない、自分で決めるものだ と書いた文字が貼ってあった。

今、同窓会の幹事をしていて、様々な事情の人と話をする。
家庭や仕事が順調な人、そうでない人、健康な人、病気の人。

お金がたくさんあるから幸せだとは限らない。

最近、私が自分は幸せだなあと思うのは物質的なことではなく、自分の気持ちに正直に生きているからだと気がついた。

どんな状況にあっても自分らしく素直に生きていればなにも恐れることはない。

幸せになる一番の秘訣は正直に素直に生きることだと思う。


西洋のことわざに

一日だけ幸せでいたいなら理髪店ヘ行け。一週間だけ幸せでいたいなら車を買え。一ヶ月幸せでいたいなら結婚をしろ。一年だけ幸せでいたいなら家を買え。一生幸せでいたいなら正直でいることだ」 
とあるそうだ。その通りだと思う。









ストレス太り


よく、ストレスのある人は太りやすいというが、なんの根拠もないわけでなくちゃんとした理由(わけ)がある。

何か悩み事があって気掛かりでしょうがないという状況は思いのエネルギーが流れずに留(とど)まってしまっている。

つまり川の流れに重い(思い)石を置いている状態だ。(川の流れは血液の流れ)

せき止めていると流れが悪くなって水が腐ったり、水たまりが大きくなる。

新陳代謝がスムーズに行かないと古いエネルギーが溜まって太ってくる。

そして、癌や腫瘍もこうして出来る。

病は気(エネルギー)からは昔からよく言われている。

スッキリ、爽やかな人はエネルギーが常に流れているので、体型はスマートで病気とは無縁だ。


但し、体型はスリムであっても健康であるとは限らない。

宇宙は目に見える物も、観えないものも全てエネルギーで出来ている。

もちろん、人間も肉体(物質)ではなくエネルギーで出来ている。




2007年4月 9日 (月)

今日は私の誕生日です。


4月7日は鉄腕アトムが生まれた日、8日はお釈迦様、そして4月9日は私の誕生日です。(49歳になりました)

実はこの日が来るのをずっと前から意識していました。

49は7×7で7が七つ集まっています。

7は宇宙の数字と云われ、完成を意味します。


一週間は7、潮の満ち引き(28日)や、赤ちゃんが生まれる周期は必ず7の倍数になっている。

他にもラッキーセブン、七福神、七不思議、七五三 などがある。

七転び八起きは七で完成されて、現象に現れるのは八回目だと言う意味かな?と勝手に解釈したが、たぶん当たっていると思う。

私が7の数字で驚いたことはどんな数字を7で割っても必ず同じ数字の繰り返しになることだ。


1を7で割ると0.1428571・・・だが他の数字を7で割ってもこの数字の繰り返しになる。

つまり無限、宇宙、完成を意味する。

七は完成だけど49は完成の完成、大完成になるので

 今日からまた凄いことになるぞ とわくわくしています。

完成とは調和、平和、愛を意味します。


どうぞ、みなさんも7という数字を意識してみてください。

きっと、よいことがありますよ。



2007年4月 8日 (日)

シンプルイズベスト


あれも伝えたい、これも云っておきたいなど人と話をしているとついつい欲張りになってしまうが、主旨が伝わればあとは云い忘れたことがある・・・くらいがちょうどいい。

喋り過ぎると誤解を招いたり、逆に間違って伝わることもある。

言葉はそのまま伝わらないことがあるが、雰囲気やエネルギーは絶対に間違って伝わることはない。

だから、自分に正直に生きていれば口べたでも大丈夫だ。

反対に、言葉でどれだけ巧みに話しをしても、邪ま(よこしま)な不純なエネルギーも相手に必ず伝わる。

だからいつも心をスッキリ、爽やかにすることが大切だなあーと感じている、今日この頃です。





2007年4月 5日 (木)

電子レンジでチンはやめよう


我が家では、冷めたおかずや冷凍していたご飯を温めるのに電子レンジを利用していた。


でも、これでいいのかな? という疑問は感じていて、真相を追究しないまま続けていた。

ある本を読んで、「そうか、とんでもないことだったのか」 とわかった。

レンジで、ものが温まる原理は食べ物の細胞をすごい速度で振動させてその摩擦熱で温めているそうだ。

摩擦で温まった食べ物は細胞と栄養が破壊される。

味が落ちなかったとしても人の身体のエネルギーにはならない。


食べ物というのは生きていて、いただきます」

の本当の意味は 命をいただきます ということだそうだ。

私たちは生きている、そして、食べ物の命のおかげで生かされている。

だから生きているもの(新鮮な)を食べないと拒絶反応を起こしてしまう。

極端に言えば生きている食物を死んだ食べ物にしていることになる。

それが証拠にレンジで温めた水を植物に与えるとすぐに枯れてしまうそうだ。

便利さにかまけてつい利用していた。



これからはガスで温めるか、冷たくなってもそのまま食べるようにしようと思う。



病気にならない生き方2(実践編) 新谷 弘美 サンマーク出版

2007年4月 4日 (水)

究極の客観視


今にして思えば、初めて自分を客観的に観れた時があった。

それは数年前、リストラにあって、上司から退職を迫られた時だった。

某外資系の保険会社にいて成績が出せなかった私は、ここで辞めれば自分がダメになってしまうと思い込んでいて、かなり無理をしながら頑張っていた。

そして上司と辞める辞めないで話し合っている土壇場のとき、どうしようもなくなって、ある人に電話をかけていた。(無意識のうちに・・・)

その人は 「○○さん、もしかして○○さんはボクサーなのにお相撲を取っていませんか?」
と言って下さった。


私はその言葉を聴いて身体からスッーと力みが消えて、とめどなく涙があふれてきた。


「そうか、自分は自分の土俵で生きていなかったんだ」


その日、上司と会った私はスッキリした気持ちで退職の意思を伝えることができた。

そして、その人は自分を客観的に観る方法を教えてくださった。


それは、紙のまん中に縦線を引いて左に自分のしたくないこと(仕事)、右にしたいこと(仕事)を箇条書きに書き並べることだった。


驚いたことに自分のしたくない仕事は、その時にしていた仕事、そのものだった。






想念が大事


桃太郎が鬼が島に退治に行こうと決心した時、実はサル、犬、キジの意識はつながっていて、一緒に鬼退治に行くことは、会う前から決まっていた。

これは何を意味するかというと、思ったことは必ず実現するということだ。

自分がなにかをやりたい、実現させたいと思ったら、絶対に出来ると信じること。

そして、決心したら(機が熟している状態)、直感のままアクションを起こす。

桃太郎はきびだんごを持って鬼が島へと向かった。

思っているだけでは何も起こらない。

そして、一人でもやるんだという決意も大切だ。

当然、何もかもうまく行くとは限らず途中で邪魔が入ったり、止めたくなったり、諦めそうになったりするが、決して投げ出してはいけない。

協力者は孤独になって、やるしかないと腹をくくったときに現れる。

偉業を成し遂げた人は皆同じ道を通っている。

想念が大事、すると成功への道は知らない間に用意されている。











2007年4月 3日 (火)

生き方


ある相撲取りがいた。

強くて将来は大関か横綱になれるとも云われていた。

そんな全盛期のとき急に辞めてしまったそうだ。

理由は 「ちゃんこの店をやりたい」 だった。

周囲は当然猛反対、「ちゃんこ屋なんていつでもできる」 「辞めてからでいいではないか」 「これからなのにもったいない」 「何を考えているのだ」 ありとあらゆることを云われたそうだ。


でも本人が本当にしたかったのは
ちゃんこ屋さん

修行時代に覚えたちゃんこで、もてなした人の喜ぶ顔を見るのが幸せだったらしい。

人はそれぞれ 
幸せを感じること が違う。

たくさんの人が幸せと思うことは誰にでも当てはまるとは限らない。

私はこの話をう先生から聴かせて頂いて

人にわかってもらおうとすることが、なんてちっぽけなことなのだろう。
と気づいた。

そして、
自分が納得していれば、周りは関係ない と思えるようになった。

それでも、周りに惑わされそうになったとき、この話を想い出している。






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